DE ANTONI Andrea

京都市六原などを調査してきま
山や富山県立山・神奈川県箱根・
そういった場所である青森県恐
場所があります。私はこれまで、
日本には﹁地獄の入口﹂とか﹁魔
界へつながっている﹂とされる
■地獄の入口
であることが気になりはじめた
た が、 あ ま り に 数 が 多 く、 深 刻
の類のことは聞き流していまし
聞 か せ て く れ ま し た。 最 初、 そ
幽霊や憑依についての話を私に
に 耳 を 傾 け る こ と で す。 彼 ら は
て 行 っ た こ と は、 酒 場 で 人 の 話
フィールドワークのひとつとし
ポットについて調べ始めました。
続 さ せ る か を 課 題 と し、 心 霊 ス
あ り ま せ ん。 同 じ よ う な 感 覚 に
人が幽霊を見るといった経験は
イタリアではカトリック教の
考え方が強く根付いているため、
3 治癒とは何をさすのか
■文化の違いで名前が違う
2 儀 礼︵ ご 祈 祷・ お 払 い ︶ を
受けた経験や感覚
という病名で診断されたか。
1 通院で症状はどう変化した
か、 ど の 診 療 科 に 案 内 さ れ、 何
とを検証してきました。
事象には科学的に解明がしきれ
存 在 し て い ま す。 身 体 に 起 こ る
助けになるであろう人達が多く
す。 世 の 中 に は 私 の 研 究 領 域 が
どんな文脈によってそれらが位
いずれも身体の関わりや、反応、
で す。 日 本 の 憑 依 と 症 状 は 違 い
わゆる悪魔祓いと呼ばれるもの
較としては、数は少ないですが、
ま す が、 共 通 項 も 見 ら れ ま す。
治 癒 過 程 に つ い て 調 査 し ま す。
置 づ け ら れ る か、 と い う 研 究 で
2003/10 ヴェネツィア カ・フォスカリ
大学 外国語学部 東アジア学科 卒業
B.S.TIMES とイタリア文化会館 - 大阪が連携して
京都大学人文科学研究所の特別研究員と
イタリアの文化を紹介する企画です して来日。同志社大学非常勤講師や京都
イタリア文化会館 - 大阪 大学(人文科学研究所)・研究員を経て現
http://www.iicosaka.esteri.it
在、2014/04 から立命館大学国際関係学部・
イタリア人准教授が研究する
し た。 多 く は 人 間 の 生 活 圏 と 少
のです。
陥っても幽霊という文化がなけ
な い 分 野 が あ り、 研 究 分 野 が 医
国際関係学部 / 国際関係学科 憑依と除霊
し 離 れ た 川 の 傍 に あ り、 死 体 を
■憑依の正体とは
れ ば、 エ ネ ル ギ ー と い う 別 の 単
療や社会制度に広く応用されて
立命館大学 准教授
ヴェネツィア出身のアンドレア准教授は東洋学の学びをきっかけとして、
葬る場所だったのです。
■心霊スポットをめぐる
通 常、 気 分 が 悪 く な る と 病 院
に 行 き ま す。 で す が、 そ こ で 治
語 に 変 わ っ た り、 体 験 に 気 付 か
いけばと願います。
准教授
日本で研究生活を送ることになった。獄地へ繋がる場所に着目し、憑依について調査する。
学 問 で す。 京 都 大 学 に 研 究 員
ら ず に、 儀 礼 で 治 癒 し た と さ れ
な か っ た り し ま す。 お 祓 い の 比
エ ク ソ シ ス ト が 存 在 し ま す。 い
と し て 勤 め て い た 時、 伝 承 や 伝
る患者について以下のようなこ
実 は 呪 術、 イ タ コ と い っ た 憑
依に関する研究は比較的古い
記をどのように現代の研究に継
2010/02 同大学院 博士課程 修了
【地中海通信とは】
デ アントーニ アンドレア
DE ANTONI
Andrea
地中海通信