反 論 書(1)

反
論
書(1)
平成 28 年4月4日
審査申出人は、国地方係争処理委員会の審査の手続きに関する規則第
7条に基づき反論書を提出する。
国地方係争処理委員会
御中
審査申出人代理人弁護士
竹
下
勇
夫
同
久
保
以
明
同
秀
浦
由紀子
同
亀
山
聡
同
松
永
同
加
藤
同
仲
西
和
宏
裕
孝
浩
本件における争点は多岐にわたり、その主張内容も極めて複雑である
ことから、審査申出人は、本書面において、その主張の概略を述べるこ
ととする。
目次
第1章
埋立承認取消の経緯 ................................................................... 3
第1
仲井眞前知事による埋立承認の瑕疵 .......................................... 3
第2
翁長現沖縄県知事による本件埋立承認取消の経緯 ...................... 3
第2章
地方自治法第245条の7の要件を欠くこと ............................. 4
第1
概要 ........................................................................................... 4
第2
審査の対象 ................................................................................ 4
第3
本件埋立承認の瑕疵(2号要件不適合) ................................... 5
1
総論 ........................................................................................... 5
2
本件埋立対象地の有する環境的価値 .......................................... 6
3
2号要件に係る瑕疵(各論) ..................................................... 7
4
承認に至る審査過程の問題点 ................................................... 11
第4
本件埋立承認の瑕疵(1号要件) ............................................ 12
1
概要 ......................................................................................... 12
2
埋立ての遂行によって沖縄県の地域公益が著しく損なわれること
....................................................................................................... 13
3
埋立てにより損なわれる地域公益を正当化するに足る根拠は認め
られないこと .............................................................................. 17
4
本件埋立承認が1号要件に適合していないこと ....................... 17
5
前沖縄県知事による本件埋立承認の判断過程の合理性の欠如 .. 18
第5
職権取消の制限にかかる是正指示理由には根拠のないこと ...... 20
1
1
職権取消制限の法理を根拠とする是正指示をなしえないこと .. 20
2
本件埋立承認を放置することは公共の福祉の要請に照らし著しく
不当であること ........................................................................... 22
第6
結語 ......................................................................................... 23
2
第1章
第1
埋立承認取消の経緯
仲井眞前知事による埋立承認の瑕疵
仲井眞前知事は、沖縄防衛局が提出した環境影響評価書に対し、知
事意見として、生活環境及び自然環境の保全は不可能であるとの見解
を示し、本件埋立承認のわずか1か月前に出された沖縄県環境生活部
長意見も同様の趣旨であった。
にもかかわらず、前知事は、平成 25 年 12 月 25 日に安倍首相など
と会談し、同首相が示した沖縄振興策、北部振興策事業を礼賛したう
え、これらを基礎に本件埋立承認申請について検討すると述べるや否
や、わずか2日後に、それまでの自己の言動等を完全に翻し、かつ沖
縄県環境生活部長意見等を無視して突如本件埋立承認を行った。
このように、本件埋立承認の経緯は、極めて不自然・不合理であっ
た。
第2
翁長現沖縄県知事による本件埋立承認取消の経緯
平成 26 年 11 月に沖縄県知事に就任した翁長現知事は、本件埋立承
認の適法性を慎重に審査するために専門性を有する有識者で構成され
る第三者委員会を設置した。第三者委員会の結論は、本件埋立承認出
願は、公有水面埋立法4条第1項1号ないし3号の各要件を充たさず、
本件埋立承認には法的な瑕疵があるというものであった。
これを受けて沖縄県内部で精査した結果、本件埋立承認出願は、公
有水面埋立法第4条第1項1号及び2号の要件を充足せず、本件埋立
承認には取り消しうべき瑕疵が存したものとして、翁長現沖縄県知事
は、本件埋立承認を取り消した。
3
第2章
第1
地方自治法第245条の7の要件を欠くこと
概要
行政行為に法律的な瑕疵がある場合には、正当な権限を有する行政
庁はこれを是正するために職権取消をすることができる。
また、職権取消は同一行政庁が自ら判断するものであるから、現沖
縄県知事は、本件埋立承認について、要件適合性を自ら判断できる。
現沖縄県知事は、第三者委員会の検証結果を受けて検討した結果、
本件埋立承認出願は1号要件及び2号要件への要件適合性を欠くもの
であったと判断したが、その要件適合性判断は合理的であり、裁量の
逸脱ないし濫用はない。1号要件及び2号要件に適合していないにも
かかわらずなされた本件埋立承認には取り消しうべき瑕疵があること
から、現沖縄県知事は本件埋立承認を取り消したものであり、本件埋
立承認取消しは適法になされたものである。
また、前沖縄県知事が本件埋立承認出願が1号要件及び2号要件に
適合するとした判断は、考慮要素の選択及び判断の過程の合理性を欠
いたものであった。
なお、職権取消制限の法理は、あくまで私人の信頼保護のためのも
のであるから、本件には適用されず、仮に適用されるとしても、瑕疵
ある本件埋立承認を放置することは公共の福祉に著しく反するもので
あるから、いずれにせよ本件埋立承認取消しは否定されるものではな
い。
第2
審査の対象
本件関与において、
「法令の規定に違反」しているとして取消しを指
示されているのは、現沖縄県知事がなした本件埋立承認取消しである。
現沖縄県知事は、本件埋立承認は、1 号要件及び2号要件への要件適
合性を欠いていたことから、違法であるとして取り消したものである。
4
したがって、1号要件及び2号要件についての現沖縄県知事の要件適
合性判断が違法であるか否かが問題であるところ、同一行政庁以外の
ものが公水法の免許・承認要件を都道府県知事と同一の立場で直接判
断することはできないものというべきであるから、国地方係争処理委
員会の判断の対象は、現沖縄県知事がした1号要件及び2号要件の要
件適合性の判断について、裁量の濫用ないし逸脱という違法があった
か否かである。
なお、現行地自法が、国と地方が対等な関係にあることを前提に、
国の関与について最小限の限度の原則を定め(地自法 245 条の3第1
項)、地方公共団体の自主性と自立性に配慮されるべきことを定める以
上、国が是正の指示できるのは、地方公共団体の事務である法定受託
事務が、単に違法であるというだけでは足りず、それが重大かつ明白
な場合に限られるというべきであろう。
第3
1
本件埋立承認の瑕疵(2号要件不適合)
総論
2号要件の判断基準は、環境保全の見地から「問題の現況及び影響
を的確に把握したか」「これに対する措置が適正に講じられているか」
「その程度が十分と認められるか」により判断される。
また、公有水面埋立法が、環境保全法制としての性質を帯びるに至
った経緯を踏まえると、地方公共団体の長に対して、環境保全のため
に同法上の権限を行使することを強く要請している。
そして、2号要件の上記判断については、環境分野における専門的
な知見による分析が必要不可欠であるから、その分析に基づいて、地
域環境保全という趣旨に照らして厳格になされるべきである。
5
2
本件埋立対象地の有する環境的価値
(1)自然環境
ア
自然生態系
(ア)辺野古崎・大浦湾は、サンゴ礁が広がる辺野古崎周辺と外洋環
境から内湾的環境の特徴をもつ大浦湾が一体となって存在する
極めて稀な地理的特徴を有し、数々の絶滅危惧種ないし準絶滅危
惧種等希少・特異的な生物群が生息している等、琉球列島の中で
も極めて特異な生物相を有している。
また、同海域は、絶滅危惧種とされるジュゴン、準絶滅危惧種
に指定されているボウアガアマモ、リュウキュウアマモ、リュウ
キュスガモ等の海藻、これらの海藻や、豊かなサンゴ群が育む魚
類甲殻類貝類等の多種多様な生物が生息し、ワシントン条約にお
いて国際希少性動植物とされるアカウミガメ、アオウミガメの産
卵地となっているおり、その環境的価値は極めて大きい。
陸域についても、本件埋立のために土砂が採取される計画とさ
れている辺野古市ダム周辺区域には、国指定天然記念物であるカ
ラスバト等の重要な種が多数確認されるなど、その要保護性は高
い。
(イ)自然環境の評価
辺野古崎・大浦湾は、沖縄県の「自然環境の保全に関する指針」
(平成 10 年)により評価ランクⅠとされ自然環境の厳格な保護
を図る地域とされているほか、
「日本の重要湿地500」
(平成 13
年環境省)に選定されており、ラムサール条約登録湿地要件を充
たす国際的に重要な湿地である。同地域のような浅海域の湿地は、
海洋生物多様性保全戦略(環境省平成 23 年)においてもその重
要性が強調されている。
6
また、同海域に生息しているジュゴンについては、その保護が
国際的な関心事になっており、我が国においても「生物多様性国
家戦略2010~2020」においても、同地域に生息するジュ
ゴンについて、種の保存法の国内希少野生動植物種の指定が検討
されている。
(2)生活環境等
本件埋立対象地域は、美しい眺望や山林等に囲まれた静謐さを
兼ね備え、良好な大気環境、水環境を有することから、県民や観
光客らのレクリエーションの場等として利用されているほか、大
浦湾全体を見渡す大規模リゾート施設が存在する等、観光資源と
しての価値を有している。
(3)国または地方公共団体の計画等
本件埋立対象地域については、その環境保全のため、数多くの国
または地方公共団体の計画においていずれも重要な位置付けがなさ
れている
3
2号要件に係る瑕疵(各論)
(1)生態系
極めて重要な自然環境を有する辺野古崎・大浦湾を事業実施区域
とするには、本件事業の必要性、国内においてこの地域を選定する
ことの必要性・適切性、事業を実施する場合の環境保全策の内容・
実効性等環境保全施策との整合性を具体的に明らかにする必要があ
るが、国はなんら具体的な検討も説明をしていない。
また、事業計画の規模が必要最小限であることの説明や、他の海
域との比較における本件海域の価値の評価もしておらず、生態系に
ついての評価も定量的ではなく定性的評価にとどまるなど全く不十
分である。
7
(2)海草
本件埋立てにより、多種多様な生物の餌場となっている海草藻場
が消失することの影響は甚大である。しかし、沖縄防衛局の予測・
評価は、代償措置の内容、工事や地形変化による影響のいずれにつ
いても、具体性を欠くだけでなく、明らかに誤った記載も見られる。
(3)ジュゴン
ジュゴンの希少性に鑑みれば、その生態調査及び評価は科学的根
拠に基づき最大限の慎重さをもって行われる必要があるところ、沖
縄防衛局による調査は、調査期間が短い、地域個体群特定の根拠が
不明であり、地域個体群の将来にわたる生息域とその生息環境の予
測がなされていないなど、科学的根拠に乏しい結果に終わっている。
(4)ウミガメ
沖縄防衛局は、ウミガメが、なぜ事業実施区域を利用しているの
かという予測を行わないまま、他にもウミガメが上陸可能な砂浜が
あるから逃避先での生存は保持されるなどと科学的根拠に基づかな
い安易な判断をしている。また、代償措置の内容も全く具体性・実
効性が明らかにされていない。
(5)サンゴ
沖縄防衛局による事業実施区域におけるサンゴ生息のポテンシ
ャル評価は不適切である。サンゴ移植については、移植技術が確立
されていないにもかかわらず、埋立工事進行中に移植がうまくいか
なかった場合の対応について何ら具体的なものを示していない。ま
た、移植後の調査も、通常の動植物の調査の場合と変わらない年4
回とするのみで、もっと密に調査すべきではないかという環境生活
部長の懸念に答えないばかりか、真摯に検討する姿勢すら見せてい
ない。
8
(6)埋立土砂による外来種の侵入
沖縄県は、その独自性に富む、豊かな自然環境・生物環境を有し、
かつ、生物多様性おきなわ計画に代表されるとおり、これに特別な
価値を見出している。その様な前提を踏まえれば、外来生物の混入
には格別の配慮が必要である。
しかしながら、アルゼンチンアリをはじめとする外来生物の混入
に関して、沖縄防衛局は、沖縄県からの度重なる指摘に対しても、
土砂の採取地域を特定しているにもかかわらずこれが特定されてい
ないとして、具体的な対応策を示していない。
したがって、本件環境保全措置は、土砂採取地域の外来生物の現
況及び影響を適切に把握するという前提が欠如している点において
「問題の現況及び影響を的確に把握」しておらず、また、沖縄県が
4度にわたり求めたにもかかわらず、何ら具体的な対策を示してい
ないものであるから「土砂等の性質に対応して害虫等の防止その他
環境保全に十分配慮した」
(2号要件審査項目⑵)という審査基準に
適合しない。
(7)航空機騒音
沖縄防衛局は、①飛行経路は周辺地域上空を基本的に回避するこ
とによって音の減衰が見込まれること、②環境保全措置が必要であ
る場合には米軍に措置を理解して運用するよう要請すること、③沖
縄防衛局長の設定した条件下においては環境基準を超過する騒音は
発生しないことを理由として、「十分配慮」したものと評価した。
しかし、①については、これまで全く遵守されてこなかった普天
間・嘉手納飛行場に関する平成8年協定、普天間飛行場に関する平
成 24 年協定と同じ「基本的」という表現が用いられ、米軍が各合
意に基づく運用をしなくとも、これに対して何ら実効的な対応はし
9
ないということを表明しているに等しいし、騒音の評価や周辺住民
の生活の安全にとって極めて重要である飛行経路についての検討が
極めて不十分である。
また、②については、平成8年協定及び平成 24 年協定は形骸化
していると断じられていることから、沖縄県は、知事意見、環境生
活部意見及び4次質問において、度々沖縄防衛局の環境保全措置の
問題点を指摘してきたが、沖縄防衛局の対応は「適切な対策を講じ
る」とするのみであって、何ら実効性ある環境保全措置が明らかに
されていない。
さらに、③については、位置通報点、場周経路、施設間移動等の
検討が不十分であることに加えて、騒音の発生に大きな影響を生じ
得る飛行回数の予測風向きによる音の伝播への影響の検討不足、環
境影響評価手続の最終段階に至って突如現れた MV-22 オスプレイ
に関しては、騒音の検証に必要なデータが環境保全図書に示されて
いないこと、名護市の観測データと大きな乖離を示していること等
から、環境基準を超過する航空機騒音が発生しないという評価はお
よそ信用に足るものではない。
以上から、本件環境保全措置は明らかに「現況及び予測を的確に
把握」したものでもなく、また、
「影響の程度が(中略)基準に照ら
して許容できる範囲にとどまっている」ものでもなく、本件承認審
査は不合理である。
(8)低周波音
沖縄防衛局は、環境省が発行する手引き「低周波音問題対応の手
引書」
(平成 16 年発行)を物的影響の基準となる閾値として採用し
ておきながら,心理的影響に関しては、古い「低周波音に対する感
覚と評価に関する基礎研究(昭和 55 年度文部省科学研究費「環境
10
科学」)」に基づいて得られた閾値を基準値として評価を実施してお
り、不当である。
MV-22 オスプレイは、100Hz 以下の低周波音が極めて強いという
音響的特徴が報告されている機体であるにもかかわらず、同機は環
境影響評価手続上、検討が不十分であり、心理的影響については、
自ら設定した高い(緩い)閾値との関係ですら基準値を超過し、環
境省の手引書によるならば全ての測定地点において基準値を超過す
る。物的影響に関しては全ての予測地点において基準値を超過し自
らの予測・評価の整合性すら取れない状況に陥り、環境保全図書に
おいても、
「事業者として実施可能な限りの対策」を実施しているの
か否か、及び「国または地方公共団体による環境保全の基準又は目
標との整合性」があるか否かについて明言できていない。
また、飛行経路、運行回数等々については、航空機騒音と全く同
様の問題点がある。
以上から、本件環境保全措置は明らかに「現況及び予測を的確に
把握」したものでもなく、また、
「影響の程度が(中略)基準に照ら
して許容できる範囲にとどまっている」ものでもないから、1号要
件審査項目⑺に適合するとした、本件承認審査は不合理なものとい
うべきである。
4
承認に至る審査過程の問題点
(1)本件審査過程の合理性を判断するには、専門家による科学的知見
を踏まえた知事意見や環境生活部長意見により指摘された問題点が、
沖縄防衛局の回答により、承認の時点において解消されたのか、解
消されたとすれば、どのような理由で解消されたのかを具体的に明
らかにされなければならない。
(2)しかし、抽象的な表現が使い回されているだけで、何ら具体性や
11
実効性が担保されていない沖縄防衛局の環境保全措置に対し、承認
時の審査結果欄には「環境保全に十分配慮した対策が取られている
と認められる。」と記載されているのみであり、その判断過程は合理
性を欠いている。
第4
1
本件埋立承認の瑕疵(1号要件)
概要
「国土利用上適正且合理的ナルコト」とは、埋立自体及び埋立地の
用途(埋立後の土地利用)を判断対象として、埋立てにより得られる
利益と生ずる不利益という異質な諸利益について、現行の法体系の下
で社会に普遍的に受け入れられている諸価値に基づいて比較衡量をし
て総合的判断をした結果、前者が後者を優越することを意味するもの
と解される。
公水法は、国が事業主体となる公有水面埋立承認の出願についても、
都道府県知事を免許・承認権者としているのであるから、国が行う事
業についても、
「当該埋立ての必要性及び公共性の高さ」を審査するこ
とになる。
公水法は、国防に係る事業の除外規定をおかず、国防に係る事業で
あっても公水法の対象となり、都道府県知事が要件適合性の判断を行
うものとされているのであるから、公水法が都道府県知事に付与した
権限とその責務に基づき、埋立てによる不利益を正当化しうる「当該
埋立ての必要性及び公共性の高さ」が認められるか否かを、都道府県
知事が審査しなけらばならないことは当然である。
現沖縄県知事は、以下に述べるとおり、本件埋立承認出願は「国土
利用上適正且合理的ナルコト」という1号要件を充足していないと判
断したが、その判断に、裁量の逸脱ないし濫用は認められないもので
12
ある。
なお、前沖縄県知事の1号要件適合性判断は考慮要素の選択や判断
の過程の合理性を欠いていたものであった。
2
埋立ての遂行によって沖縄県の地域公益が著しく損なわれること
(1) 本件埋立対象地の自然環境的価値と埋立てがもたらす影響
本件埋立対象地は、第3・2(1)において述べたとおり、自然
環境的観点から極めて貴重な価値を有する地域である。そして、第
3・3(1)から(6)において述べたとおり、本件埋立てが遂行
されれば、この貴重な自然環境を保全することはできず、いったん
埋立てが実施されると現況の自然への回復がほぼ不可能となる。
(2) 航空機騒音等の不利益
本件埋立ては、普天間飛行場代替施設の建設のためとされており、
第3・3(7)
(8)で述べたとおり、米軍飛行場が地域住民にもた
らす騒音や低周波音の被害、軍用機との墜落の危険性など、住民の
生活や健康に大きな被害を与えるものである。
海兵隊航空基地の沖縄県内への新設は、基地被害を県内でたらい
回しをして沖縄県内への将来にわたる基地負担の固定化にほかなら
ない。
(3)
ア
生活環境に関する不利益
本件埋立対象地である辺野古漁港周辺の松田の浜、東松根前の
浜は、地域住民がハーリー会場等の行事で使用する場所であり、
本件埋立てが行われれば、地域住民の伝統文化及び地域間交流の
場所が失われ、地域社会にとって大きな不利益が生ずることにな
る。
また、本件埋立対象地に隣接する平島及び長島については、地
13
域住民が日常的に憩いの場として利用している貴重な環境であ
るが、本件埋立てが行われれば、代替施設との距離が近くなるこ
とから、立入禁止となって利用できなくなる可能性が高い。また、
波高や潮の流れが大きく変わる可能性が高く、周辺環境が多大な
影響を受けることが懸念される。特に、代替施設建設に伴う潮流
のシミュレーションが正しく行われていないという問題もある
中、平島及び長島は本件埋立対象地との距離が非常に近いことか
ら、砂浜が消失するなど大きな影響が考えられ、地域社会にとっ
て大きな不利益が生ずる。
イ
辺野古漁港で主に水揚げされるのは、ブダイ、タマン、イセエ
ビ、サザエ等であるが、辺野古漁港近海ではブダイやタマン等の
稚魚期も確認できる。
立入禁止区域内の自然は長期間よく保全された状態にあり、魚
類も健康的に暮らしているものと予想される。また、辺野古崎地
区の大浦湾周辺海域屈指の広大な海草藻場とサンゴ礁は、魚類の
産卵、生育の場でもあり、水産資源の源となっているものと予想
される。本件埋立てが行われれば、埋立対象地の広大な海草藻場
や、サンゴ礁が失われる結果、魚類の産卵・生育の場が消失する
ことが予想され、また、潮流の変化による周辺海域の環境の変化
に加え、航空機による騒音や低周波音による海域生物への影響な
ども予想される。
(4)
ア
地域振興開発の阻害要因となることの不利益
地方公共団体の地域計画等の阻害要因となることによる不利益
沖縄県の「生物多様性おきなわ戦略」では、北部圏域の将来像
として、ジュゴンとその生息環境、ウミガメが産卵する砂浜、サ
ンゴ礁の保全を目指している。また、沖縄県の「自然環境の保全
14
に関する指針」では、埋立区域の辺野古沖及び大浦湾西岸は「自
然環境の厳正な保護を図る区域」であるランク1とされ、生物多
様性保全上最も重要な海域のひとつとしている。また、沖縄県の
「琉球諸島沿岸保全基本計画」は、名護市東海岸地域を「ほぼ全
域に貴重な自然植生、リーフ内環境及びすぐれた海岸景観を有し
ている」として、海岸保全施設(堤防、護岸など)を設置しない
としている。本件埋立ては、沖縄県が「生物多様性おきなわ戦略」
や「自然環境の保全に関する指針」等で定めている自然環境や海
岸保全のための施策と対立する阻害要因であり、これらの戦略や
指針等で保護を図った自然環境上の諸価値を大きく損なうこと
は明らかである。
また、名護市の計画では、たとえば、名護市景観計画において
東海岸地域の景観形成方針について「東海岸景観地区では、自然
と調和した印象的な沿道景観を育てる」とされ、「第4次名護市
総合計画」では本件埋立対象地周辺に関しては市東海岸地区とし
て「地域風土を生かした交流空間の形成~自然と共生する地域環
境づくり~」が掲げられ、自然を生かした取り組みがなされてい
る。「名護市土地利 用基本計画」において、本件埋立対象 地周辺
地域は、教育・研究や情報・通信・金融業務、産業・交流、医療・
福祉機能等や生活基盤の充実により地域の都市機能の充実を図
る地域として、周辺のすぐれた自然景観に留意した名護市の副都
心と位置づけられている。本件埋立てが、名護市の前記各計画と
対立し、これらの計画で実現を目指している土地利用計画や地域
開発計画等の阻害要因となり、これらの各計画で実現を図った地
域計画上の諸価値を損なうことは明らかである。
イ
振興開発の阻害要因となることの不利益
15
米軍基地の返還跡地の振興開発は総じてうまく行われており、
その例としては、那覇市小禄・金城地区、那覇新都心地区、北谷
町の桑江・北前地区、北中城村のアワセゴルフ場跡地、 読谷村
の読谷補助飛行場跡地、国頭村奥間リゾートなどがある。
本件埋立対象地周辺は、名護市東海岸地域に残された、海岸の
後背地に広大な面積を有する唯一の大型海浜地として、大浦湾の
対岸のカヌチャリゾート同様、キャンプ・シュワブが返還された
あかつきには、手付かずの豊かな自然環境に恵まれた、希少生物
の生息する区域という特性と相まって、これらと共存しうる県内
屈指のリゾート地等になりうる潜在力を有している。しかし、海
域の埋立てと基地建設が行われた場合、恒久的に基地として利用
されることから、地域発展や雇用の拡大は望めないことと なり、
本件埋立対象地の辺野古崎地区の海域を埋め立てて代替施設を
建設することは、豊かな自然環境を破壊することになることのみ
ならず、同地域が秘めている環境の共存を図った上でのリゾート
地としての経済的潜在力もまた完全に喪失してしまうことであ
る。
(5)沖縄県の過重な米軍基地負担を固定化するものであること
沖縄県における米軍基地の存在は、自治権行使の重大な制約要因
であり、また、地域振興開発の深刻な阻害要因となっているもので
あるが、今日において新たに沖縄県内に恒久的本格的な基地を建設
することは、沖縄県への米軍基地の固定化を意味するものである。
全国の在日米軍専用施設の 73.8 パーセントを抱え、70 年余にわ
たって過重な負担を強いられてきた沖縄県に、その民意に反して、
新基地を建設することにより、埋立対象地域の自然環境、生活環境
を破壊し、沖縄県の基地負担を将来にわたって固定化することの不
16
利益は、あまりに深刻なものである。
3
埋立てにより損なわれる地域公益を正当化するに足る根拠は認め
られないこと
本件埋立承認出願は、海兵隊航空基地の建設を目的とするものであ
り、海兵隊航空基地新設の動機は普天間飛行場の返還にあるとされる
が、普天間飛行場を返還する必要があるということと、本件埋立対象
地に海兵隊航空基地を新設することとは、次元の異なる問題であり、
普天間飛行場の返還の必要性からただちに本件埋立対象地への海兵隊
航空基地新設の必要性が導かれるものではない。
埋立必要理由書は、本件埋立対象地への海兵隊新基地建設が、普天
間飛行場返還のための唯一の選択肢であるとしているが、その根拠に
ついては、埋立必要理由書は抽象的なマジック・ワードを羅列するだ
けで、具体的な根拠を何ら示していない。普天間飛行場代替施設を県
内に移設しなければならないとする理由、すなわち、抑止力・軍事的
プレゼンスが許容できない程度に低下すること、地理的に優位である
ことや一体的運用の必要性などについて、なんら具体的・実証的説明
はなく、埋立必要理由書の記載をもって埋立必要理由を認めることは
できないものである。
4
本件埋立承認が1号要件に適合していないこと
3において述べたとおり、埋立ての必要性は、相対的に、高度とは
言えないものである。
他方、2において述べたとおり、70 年余にわたって理不尽に沖縄県、
沖縄県民にのみ米軍基地負担を負わせ続けてきながら、今また、沖縄
県の民意に反して、本格的・恒久的基地を新設することにより、沖縄
県の貴重な自然環境、良好で静謐な生活環境を破壊し、自治権の空白
地帯、地域計画や経済的発展等の地域振興についての阻害要因をあら
17
たに作出し、さらに将来にわたって沖縄県に基地を固定化して負担を
負わせ続けることは、日本国憲法第 13 条や第 25 条等の人権保障、正
義公平の観念、平等原則に反し、地方自治の本旨の保障に悖り、公共
の福祉の増進や「国土の均衡ある発展」とその前提となる「健康で文
化的な生活環境の確保」という国土利用の基本的理念や環境基本法の
「現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するととも
に人類の福祉に貢献」という目的などに真っ向から反するものであり、
この不利益は著しく重いものである。
埋立てによって失われる利益(生ずる不利益)を上回る埋立ての利
益は認められないものであり、本件埋立承認出願は「国土利用上適正
且合理的ナルコト」の要件に適合していなかったものである。
5
前沖縄県知事による本件埋立承認の判断過程の合理性の欠如
前沖縄県知事による1号要件(「埋立ての必要性」を含む。)の判断
に係る考慮要素の選択や判断の過程は、以下のとおり、合理性を欠い
ていたものであった。
(1)「埋立ての必要性」
埋立ての必要性については、審査基準に基づき具体的・実質的
な審査を行った形跡がみとめられないこと、抑止力論等について
の沖縄県と防衛省との間の2次にわたる質疑応答についても「埋
立ての必要性」についての本件審査の対象としていないことなど、
審査の実態は「埋立必要理由書」の記載の形式的な確認にとどま
っておりその内容の合理性・妥当性等について検討を行っていな
い。
(2)航空機騒音及び低周波について
第3・3(7)
(8)において述べたとおり、審査・検討過程は
不合理なものである。
18
(3)自然環境及び生活環境等について
環境影響評価手続における免許権者等で示された問題点に対
応できていないこと、定量評価をしておらず、明らかに誤った記
載があり、その他記載に丁寧さ、慎重さを欠くといった問題点が
あることから、環境保全措置が問題の現況及び影響を的確に把握
し、これに対する措置が適正に講じられているとは言い難く、か
つその程度も 十分と は認めがたいこと、といった問題点がある。
また、環境影響評価手続での問題や、環境保全措置については
事後的に、「必要に 応じて専門 家の指 導・助言を得て必要な措置
を講じる。」との意 見表明だけ で、当 該環境保全措置の全てが適
正かつ十分と認められないこと等種々の問題がある。
自然環境及び生活環境等に悪影響が生じることについては知
事意見において「事業実施区域周辺の生活環境及び自然環境の保
全を図ることは不可能である」とされていたものであり、また、
本件埋立承認の約1か月前に提出された環境生活部長意見にお
いても同趣旨の見解が示されていたことに鑑みると、上記の問題
点が適切に考慮されるべきことは明らかであり、考慮要素の選択
及び判断の過程は合理性を欠いているものである。
(4)沖縄県における過重な基地負担や基地負担についての格差の固
定化について
沖縄県における過重な基地負担や基地負担の格差が、地域振興
の著しい阻害要因となっていること、米軍基地に起因する様々な
負担・被害が生じていること、沖縄県民が過重な基地負担・格差
の是正を求めていること等は、何人もが知っている公知の事実で
ある。
そして、新たに海兵隊航空基地を建設することは、この沖縄県
19
における過重な基地負担や基地負担の格差を固定化するものであ
り、その不利益は顕著なものである。
沖縄県における過重な基地負担や基地負担についての格差の
固定化という不利益は、「国 土利用 上適正且合理的ナルコト」の
総合判断の重要な判断要素であると考えられるにもかかわらず、
適切に考慮されていないのであるから、考慮要素の選択及び判断
の過程は合理性を欠いているものである。
(5)「国土利用上適正且合理的ナルコト」の総合的判断の欠如につ
いて
埋立てによって得ら れる利益、す なわち 、「埋 立ての必要性 」
については「埋立必要理由書」記載の理由に実証的根拠が認めら
れないのに対し、他方で、埋立てによって失われる利益(生ずる
不利益)は、自然環境及び生活環境等に重大な悪影響を与え、地
域振興の深刻な阻害要因となり、沖縄県における過重な基地負担
や基地負担についての格差を固定化するものであるから、その不
利益の程度は重いものであり、両者を衡量すると、不利益が利益
を上回るものである。
しかしながら、審査の過程においては、このような衡量がなさ
れておらず、1号要件の判断において、考慮要素の選択及び判断
の過程の合理性を欠いていた。
第5
1
職権取消の制限にかかる是正指示理由には根拠のないこと
職権取消制限の法理を根拠とする是正指示をなしえないこと
(1)瑕疵ある行政行為は是正されるべきこと
法治主義の観点から、行政行為に瑕疵がある場合には、正当な権
限を有する行政庁がこれを是正するというのが大原則である。是正
20
指示が理由とする職権取消制限の法理は、あくまでも行政に依存す
る私人の信頼利益保護のための例外的な法理であるから、是正指示
理由は、瑕疵ある行政行為の是正についての原則と例外を取り違え
たものである。
(2)国土交通大臣が「是正の指示」において職権取消制限の法理を主
張することはできないこと
職権取消制限の法理は、判例上、条理として認められている法理
であって「法令の規定」
(地自法 245 条の7第1項)ではないから、
そもそも「是正の指示」の根拠とならない。
また、この法理は、行政処分による受益を享受できるとの信頼が
保護されるべき当該行政処分の名宛人であるところ、国土交通大臣
は、本件埋立承認処分の名宛人受益者ではなく、埋立承認取消処分
の名宛人でもないのであるから、職権取消制限の法理を主張する適
格を欠く。
(3)沖縄防衛局自体が職権取消制限の法理を主張できないこと
職権取消制限の法理は、授益的行政処分による授益に対する名宛
人私人の信頼利益保護を目的とする。国や地方公共団体は、法律に
よる行政の原理の下、積極的に法令を遵守し適法な法状態を主体的
に形成するべく義務付けられているものであるから、国や地方公共
団体あるいはその機関が、職権取消制限の法理を援用することは背
理であり、認められない。
とりわけ、公有水面埋立の「承認」は、名宛人は、国の機関に限
定をされており、私人が名宛人となる「免許」とは本質的に異なっ
ており、私人とは異なる立場に基づくものであるから、上記の理は
より一層強く妥当する。
(4)小括
21
本件埋立承認処分は、公有水面埋立法が保護しようとしている適
正な国土利用や環境保全・災害防止(公有水面埋立法4条1項)な
どの公益や地元市町村の利益(同法4条1項)、利害関係第三者の法
益(同法3条3項)を保護するために、当該承認処分が違法である
場合には、違法な埋立工事を防止するために同処分の効果を覆滅さ
せる必要性は極めて高い。
埋立の免許(承認)権限により地方公共団体の公益を保護すべき
責務を負っている知事が、誤って違法に公有水面の埋立を承認して
しまい、事後にその誤りに気付いたとしても、国土利用上適正性を
欠き、貴重な自然環境を破壊してしまう埋立工事を手を拱いて傍観
せざるを得ないとは到底考えられない。
したがって、法治国家における法律による行政の原則を貫徹する
観点からすれば、埋立事業の公益性は、裁量処分たる埋立承認取消
処分の違法・不当事由として考慮されるべきであって、それのみで
は違法な埋立承認処分の存続を正当化する事由とはなりえない。
2
本件埋立承認を放置することは公共の福祉の要請に照らし著しく
不当であること
(1)本件埋立承認取消による不利益
仮に、本件について、職権取消制限の法理の適用があるとしても、
本件承認の取消しによって生ずる不利益の程度は高度なものと評価
できない。
すなわち、普天間飛行場を県内にしか移設できないという地理
的・軍事的根拠は存しないし、日米両国間の信頼関係を悪化という
点は、それ自体が漠然としているうえ、他の可能性を排して辺野古
移設にこだわり、県外国外移設に向けた努力を怠った国の責任であ
る。
22
(2)瑕疵ある本件埋立承認を放置することによる不利益
他方、瑕疵ある本件埋立承認を放置することによる不利益は甚大
である。
すなわち、70 年余にわたって米軍基地の過重負担により、沖縄県
の自治が侵害され、住民は負担にあえいできており、沖縄県民は、
基地の異常なまでの集中の解消を求め、本件埋立承認出願に対する
明確な反対の意思を示しているところ、新基地建設は、沖縄の民意
に反して、本件埋立対象地の貴重な自然環境を不可逆的に破壊し、
付近の生活環境を悪化させ、地域振興開発の阻害要因を作出するも
のであり、これは、基地負担・基地被害を沖縄県内に移設してさら
に将来にわたって固定化するものにほかならない。
第6
結語
本件埋立承認出願については 1 号要件及び2号要件への要件適合性
を欠いていたとの現沖縄県知事の判断は合理的になされたものであり、
要件適合性判断について沖縄県知事の裁量の逸脱ないし濫用は認めら
れない。また、前沖縄県知事による1号要件及び2号要件の判断過程
は合理性を欠いていたものであった。なお、私人の信頼利益保護のた
めの職権取消制限の法理は本件埋立承認取消には適用されないもので
あり、仮に適用があるとしても、瑕疵のある本件埋立承認を放置する
ことは公共の福祉の要請に照らして著しく不当であると言うべきであ
るから、職権取消しは否定されない。
前沖縄県知事のした本件埋立承認は要件適合性を欠いた違法な行政
処分であるから、取り消されなければなならないものである。本件埋
立承認取消は適法になされたものであり、法令違反は認められない。
よって、本件関与は、地自治第 245 条の7第1項の要件を欠く違法
な国の関与であり、取り消されなければならない。
23
以上
24