はじめに

今、なぜ和算なのか
はじめに -この本の読み方と編集委員による補足
「今、なぜ和算なのか」-タイトルに言葉を補うと「学校で数学を指導あるいは学ぶにあたり、今注目すべき
は和算である。では一体なぜ和算なのか。
」とでもなりましょうか。つまり、この本は数学を教える先生方や数
学を学ぼうとする学生さんをはじめ、数学に関わるすべての方に、その心構えや数学との向き合い方を説いた本
です。タイトルには和算とありますが、和算そのものを紹介するというよりもむしろ和算の精神にスポットを当
て、現在の数学教育を見直そうという気持ちが込められています。
今、皆さんが触れる数学のほとんどは西洋数学です。西洋数学は論理的・説得的な性格を持っています。しか
し、学ぶ側にとっては論理的であろうとするあまり証明や理由にがんじがらめにされてしまう恐れがあります。
そうしていつしか数学が嫌いになっていく。皆さんが学ぶ数学が西洋的だからといって数学の学び方までも西洋
的な必要があるのでしようか。本書はこのことを問いかけています。
一方、和算は江戸時代の数学と言われますが、西洋数学とは異なる特質があります。それは直観的・体得的で
あるという性質で、東洋的と言ってよいかも知れません。それでいて西洋数学に劣らぬ成果を生み出したのです。
このことから、皆さんが学ぶ数学は西洋的な側面である論理が中心だけれども、子供や学ぶ側の視点に立てば、
論理よりも直観を重視して体得的に学んでいく方が教育上優れているのではないでしようか。これが本書の主張
なのです。
本書では広く文化論から始め、数学史や数学論、日本数学教育史および数学教育論を述べてこのような主張の
論拠をあげています。
第一章は文化論です。勉強と遊びは一見対極的な位置関係にあると思われます。そうではなく、ここでは遊び
は学問を内包するという見地に立って「遊び」を論じています。このことが遊びとしての学問、遊びとしての数
学に結びついていきます。
第二章は数学史論です。ギリシア・ローマから始まってヨーロッパや古代インド、中国の数学史について述べ
られ、最後に日本の数学史として和算が紹介されています。単に「江戸時代の数学」で終わることなく、その特
質や反省も読み取ることができます。
第三章は数学論です。数学論と言いますと、堅苦しくて難しい印象があります。確かに専門的な内容に立ち入
った個所もありますが、読み物として肩ひじを張らずに、場合によってはささっと走り読みしてもいいでしょう。
そうした中で、例えば「数学的真理は絶対的に正しいと言えるのか」あるいは「数学は一つだけか」という疑問
について、数学的に述べている個所があります。このように引っかかりを感じたところや目に飛び込んでくる文
言を気に留めて読むと、もしかするとあなたが持つ数学のイメージは変わるかも知れません。
第四章は日本数学教育史です。近年ではゆとり教育や脱ゆとりなどが話題になっています。内容を削減したり
増やしたり、日本の数学教育を歴史的に概観すればこのような事態は今に始まったことではありません。時代が
変わることで教育も変わる、それは良くも悪くも必然と言わざるを得ないでしょう。でもそうした流れの中にい
て翻弄されるのではなく、流れの外から時流を見る気持ちで読み進めて頂ければ、後の章へとつながります。
第五章は数学教育論です。ここでは相対する二つの立場を論じています。それは端的には論理 vs 直観ととら
えてもよいでしょう。このことを念頭に読んでいただくと、あなたの数学教育観にも大きな刺激を与えることに
なるでしょう。
そして、第六章が本書の結論部分です。ここでも和算から具体例が紹介されています。これらを単に数学や数
学教材の話題にとどまらず和算の精神を感じ取るつもりで読んでみてください。今の日本の数学教育にどういっ
たことが求められるのか考えさせられることでしょう。
著者が座右の銘にされた論語に出てくる言葉です。本立ちて而して道生ず、物事の根本が確立すれば、自ずと
道は開けるといった意味です。
では、数学の本質は何でしょう。教育や数学教育の根本とは何でしょう。あなたもこの言葉を傍らにおいて本書
を読み進めてみませんか。読み終えたとき、どんな道が開けてくるでしょうか。そして、今よりもっと数学が好
きになっているでしょう。