MARKET アジア太平洋地域不動産市場:2016 年の見通し (2016 年 2 月 11 日発刊の Asia Pacific Real Estate Market Outlook 2016 日本語抄訳) CBRE APAC リサーチ 2016 年は、アジア太平洋地域の不動産賃貸市場ならびに投資市場において、さまざまなリスクや課題が浮 上すると同時に、新たなビジネスチャンスも生まれてくると考えられる。同地域の経済については、全体的には 堅調に推移する見通しである。ただし、中国経済の先行きについての不透明感が高まる中で、不動産マーケッ トの成長は地域全体で鈍化するだろう。いくつかの都市では既に調整局面にある。市場のトレンドやリスク要 因を捉えることは、新たなビジネスチャンスを掴む上でますます重要となろう。以下は、CBRE の APAC(ア ジア太平洋地域)リサーチによる、APAC 不動産の賃貸市場ならびに投資市場の向こう1 年間の見通しをまと めたものである。 マクロ経済: う。Economic Consensus では 、 である。 経済成長は概ね横這い 2016 年のアジア太平洋地域の GDP 成長率の見通しを複数回にわたって 一方、各国の中央銀行は当面は アジア太平洋地域における経済 下方修正し、現時点では、2015 年と 緩和姿勢を続けるとみられ 、金利 成長は、他の地域を引き続き上回る 。 同じ+4.6% と予想している ( 図表1 ) は低 水 準に据え置かれるだろう。 と予想される。ただし、世界経済の アジア太平洋地域全体の景気に対 域内の経済成長が想定を下回るよ 先行き不安が強まる中で、特に輸出 する影響力の大きさに鑑み、中国経 うであれば、更に引き下げられる可 セクターにとっては厳しい環境となろ 済の減速は引き続き大きな懸念材料 能性もある。 図表1 2016 年のアジア太平洋地域各国の GDP 成長率予測 9 伸び率上昇 8 GDP成長率(%) オフィス: 伸び率横這い・低下 7 6 2015 年12月 2015 年 1月 短期的には慎重姿勢 従前のペースを下回る経済成長、 5 企業マインドの低下、そして業績に 4 対する懸念などを背景に、短期的 3 2 に企業のオフィス戦略はより慎重な 1 ものとなろう。長期的にこの地域で 0 のプレゼンスを高めてゆくための基 盤を整えることに注力しつつも、そ 出典:Oxford Economics 、Economic Consensus 、2016 年 12 月 のためのコストを抑えることは多く March-April 2016 45 MARKET の企業にとって重要課題になるとみ 図表 2 アジア太平洋地域においてオフィス需要をけん引する業種 られる。 アジア太平洋地域のオフィス需要 日本 2016 年の新規需要は域内全体で 韓国 2015 年と同程度になると CBRE で オーストラリア は予想している。オフィス需要のけ シンガポール その他の 東南アジア諸国 でもインターネット関連のソフトウェ インド ア開発やサービス関連企業となるだ 需要増 ろう。また、証券会社やアセットマ 新たな自己資本比率規制が重しとな り、多国籍金融機関の動きは鈍いと 。 予想される ( 図表 2 ) これらのことを踏まえると、2016 年のアジア太平洋地域のオフィス賃 貸市場では二つの大きなトレンドが 想定される。一つは、多国籍企業を 中心とした、コスト削減を動機とす る移転事例の増加である。特に北 京、香港、上海などでは、割安な賃 需要減 需要横這い (注) 専門サービス:法律事務所 、会計事務所 、経営コンサルタント会社などを含む。金融:証券会社 、投 資会社 、アセットマネジメント会社 、消費者金融などを含む。 出典:CBRE Asia Pacific Research 、2016 年 1 月 図表 3 オフィス賃料および利回りの見通し ( 2016 年) 2016年の利回り変動見通し(ベーシスポイント) れる。一方、コスト削減志向に加え、 IT ニュー ジー ランド ん引役は、引き続き IT 系企業 、中 関のオフィス需要も底固いと考えら 保険 金融(多国籍) 中国 は 2016 年 も 堅 調 に 推 移 し よう。 ネジメント会社など、国内系金融機 金融(国内) 専門サービス 20 利回り上昇 賃料低下 15 利回り上昇 賃料上昇 パース ソウル 10 台北 広州・ブリスベン 5 0 バンガロール 上海 メルボルン 北京 深圳 シンガポール -5 ニューデリー -10 バンコク 東京 香港 シドニー ムンバイ オークランド マニラ -15 -20 -25 -30 利回り低下 賃料上昇 利回り低下 賃料低下 -20 -15 -10 -5 0 5 10 15 2016年の賃料成長率予測(%) 出典:CBRE Asia Pacific Research 、2016 年 1 月 料や大規模な供給を背景に、中心 部からやや離れた立地への移転が スなどのワークプレイス導入が、更 が増えると考えられるが、それでも、 増加すると考えられる。その一方、 に拡大すると考えられる。 昨今のテナントニーズにマッチした スペースでない限り、成約に至るの 日本やオーストラリアでは、都心部 46 は難しいだろう。 でのプライムビルの新規供給やイン アジア太平洋地域の2016 年の賃 フラの向上により、都心集中の動き 貸オフィス市場を見通してみると、新 が続くと予想される。もう一つ想定 興国の一部では供給過剰がリスクと アジア太平洋地域のグレード A されるトレンドは、より柔軟なオフィ なりそうだ。一方、先進国では需要 オフィス賃料は、2015 年に対前年比 ススペースや、よりテナントニーズに の鈍化が懸念される。その結果、 2.7% 上昇した。2016 年は、伸び率 マッチしたオフィス環境を求める動 2016 年の域内の空室率は11% と、 は0.5% に低下すると予想される。 きである。コストやオフィススペース 前年末に比べて5ポイント上昇する 域内のほとんどの市場で賃料の伸 の効率性向上という観点から、サー と予想する。従って、市場ではテナ びが鈍化すると予想される中、新規 ビスオフィスの利用や、フリーアドレ ント優位の条件が提示されるケース 供給の増加と需要の鈍化の両方が ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.30 想定されるシンガポールでは、賃料 する場合、物件調査および市場調査 消費」 )に力を入れている。ファスト は大幅に調整される可能性がある。 にこれまでに以上に時間と手間をか ファッションを展開するリテーラー 一方、オーストラリアでは、空室率が けるようになるとみられる。 は、国内系、外資系を問わず、その ほとんどが新規参入に慎重になるだ 8 年振りの低水準にあるシドニーを 中心に、フリーレントなどのインセン アジア太平洋地域におけるリテー ろう。しかし、既に進出済みの都市 ティブが縮小し、実質賃料は上昇す ラーの出店活動は、2016 年も概ね や、規模の小さい都市での拡張意 るだろう。 堅調とみられる。しかし市場により 欲は強い。また、比較的手頃な価 状況は異なる。日本 、オーストラリ 格帯のラグジュアリーブランドの出 オフィス賃貸市場の勢いが鈍化す ア、ニュージーランドが引き続き最も 店意欲も旺盛だ。一方、高級ラグ るとみられる一方、プライムオフィス 活況な市場であるのに対し、中国で ジュアリーについては、出店の勢い のキャップレートは既に過去最低水 は小売売上の鈍化を背景にリテー は国や都市によって異なるだろう。 準まで低下している。従って、プライ ラーは出店に慎重になろう。一方、 引き続き訪日外国人の増加が期待 ムオフィスのキャップレートは 2016 シンガポールや香港では、賃料が弱 できる日本では、腕時計や宝飾品ブ 年には横ばいで推移し、2017年には 含んだことを受け、これまでは予算 ランドを中心に需要は引き続き強い 。 徐々に上向くとみられる ( 図表 3 ) オーバーで出店が難しかったスペー 。 とみられる ( 図表 4 ) スにリテーラーの関心が集まる可能 リテール: 需要の中心は 立地・店舗改善に アジア太平洋地域において2016 性がある。 年に予定されているショッピングセン 成長を続けるオンラインショッピン ターの新規供給は、対前年比 45.2% グは、従来型のリテーラーにとって 増の 6,380万平方フィート ( 約180万 アジア太平洋地域では賃料や人 ますます脅威となるだろう。ショッ 坪) である。大量供給が見込まれる 件費が高水準であることから、リ ピングセンターでは、F&B ( 飲食) 部 市場、特に域内で最も多い新規供 テーラーの出店に対する慎重な姿勢 門の売上げを伸ばすために 「 リテー 給が予定されている中国では、優良 は 2016 年に一段と強まると予想され ルテイメント ( =リテール+エンター テナントの確保が難しくなるだろう。 る。既に、2015 年からリテーラーに テイメント;日本で言うところの 「 コト よる採用の動きは徐々に落ち着き始 めている。運営コストの上昇に加え 図表 4 リテーラーの需要動向 ラグジュアリー て、昨今のアジア通貨安はさらにリ 飲食 ファストファッション スポーツ キッズ関連 百貨店 テーラーの収益を圧迫することにな るだろう。 中国 日本 リテーラーの間では、既存の店舗 そのものの立地改善に加え、消費者 韓国 オーストラリア ニュー ジー ランド にとってより良い買い物体験が可能 シンガポール な店舗づくりを目指す傾向が強まっ その他の 東南アジア諸国 ている。従って、移転動機は立地や インド 物件の向上が中心となるだろう。ま た、特にマーケットに新規参入して 間もないテナントが拡張移転を検討 需要増 需要減 需要横這い 出典:CBRE Asia Pacific Research 、2016 年 1 月 March-April 2016 47 MARKET ラグジュアリーを中心に、リテー 図表 5 リテール賃料の見通し ( 2016 年) ラーの出店需要が旺盛な日本やオー 店では賃料の上昇が見込まれる (図 表5 ) 。しかし、アジア太平洋地域 全体で見ると、2016 年のリテールの 上昇鈍化 上昇基調 上昇に転換 下落に転換 低下基調 2015 2016(予測) 15 年間賃料変動率(%) ストラリア、ニュージーランドの路面 20 10 5 0 -5 賃料は1% 弱とわずかながら下落す -10 る見通しである。 -15 -20 -25 賃貸市場での需要鈍化を背景に、 リテール不動産への投資も2016 年 には減速すると予想される。引き続 出典:CBRE Asia Pacific Research 、2016 年 1 月 き強い投資意欲を見せるのは、経験 や実績のある投資家層に絞られる 図表 6 小売販売総額に対するオンラインショッピング売上げの割合 だろう。オーストラリアと日本では 25% キャップレートが底を打ち、ニュー ジーランドでは更に低下余地がある ものの低下ペースは鈍化するだろう。 一方、中国ではキャップレートが上 昇する可能性が非常に高い。 2009 2014 2020 (予測) 20% 15% 10% 5% 0% 物 流: 需要のけん引役は 引き続きE コマース 出典:Euromonitor International 、2015 年 12 月 アジア太平洋地域における物流 の効率化を図ろうとする動きもみら 国の Tier 1都市や日本でみられるよ 賃貸市場では、2016 年もテナント需 れる。オーストラリアと日本では、こ うな、製造品の最終組み立ての拠点 要は堅調に推移する見通しである。 れまで物流エリアではなかった場所 をコストが抑えられる南アジアや東 製造業/輸出部門は弱含むとみら で物流施設の新規供給が散見され 南アジアに移管するという動きであ れる一方、E コマースの拡大が引き るようになっており、運営の効率化 る。一方、オーストラリアでも工業用 続き市場を牽引すると予想される。 や、コスト削減といったニーズの受け 地が他の用途に再開発される事例 従来型のリテーラーもオンライン専 皿になる可能性がある。 が出始めている。 業のリテーラーも、積極的にオンラ その他の今年の注目テーマとして 2016 年の物 流 施 設の新 規供給 は、製造業の拠点が地価の高い中 は、2010-2015 年 の 年間 平 均 4,080 心部から郊外に移転する動きに伴 万平方フィート ( 約115 万坪)と大き 製造業が業績不振に直面する中 い、その跡地で行われる従来型の く変わらない 4,560万平方フィート で、潤沢に供給されている先進的物 物流施設から先進的な物流施設へ ( 約128万坪)になる見通しである。 流施設に集約移転することで事業 の建替えなどが挙げられる。既に中 そのうちの54% がシンガポール、東 イン販売の拡大に取り組んでいる 。 ( 図表 6 ) 48 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.30 京、ソウルで供給される。今後数年 図表 7 先進的物流施設の今後の新規供給 間、これら3 つのマーケットの空室 Guangzhou 広州 2010-2015年間平均 2016(予測) 2017(予測) Perth パース 率は大量供給により上昇圧力がかか Shenzhen 深圳 ることに留意する必要がある。ただ Beijing 北京 しそれでも需給バランスを大きく崩 Hong Kong 香港 すことにはならないと予想する ( 図表 Auckland オークランド Brisbane ブリスベン 7) 。 Shanghai 上海 Melbourne メルボルン アジア太平洋地域全体で見ると、 物流施設に対する需要は堅調であ るものの、供給過剰が懸念される一 Singapore シンガポール Sydney シドニー Greater Seoul ソウル圏 Greater首都圏 Tokyo 0 部の市場ではテナント誘致競争やテ ナントのコスト重視の動きが重なり、 賃料は小幅な伸びに留まる可能性 が高い。シンガポールでは需要の 低迷と大量供給により賃料のマイナ 15 20 25 百万スクウェアフィート 貸床面積ベース 図表 8 物流施設賃料の見通し ( 2016 年) 6% 2015 2016 (予測) 4% てアジア太平洋地域全体の賃料の 2% 年間賃料変動率 。 予想される ( 図表 8 ) 10 出典:CBRE Asia Pacific Research 、2016 年 1 月 ス成長が見込まれており、結果とし 伸び率はほぼ横這いで推移すると 5 0% -2% -4% -6% 物流施設のキャップレートについ -8% ては、中国の Tier 1都市やニュー -10% ジーランドなど、堅調な投資需要が 期待されるいくつかのマーケットで は更なる低下が予想される。ただし CBRE Asia Pacific Research 、2016 年 1 月 その低下幅は昨年に比べて小幅に とどまるだろう。 投資マーケット: 投資家の意欲は 引き続き強いものの、 投資活動は鈍化 一段と強まる可能性があるため、投 る。そのため、買主と売主の目線の 資家の動きは昨年に比べてやや沈 乖離が拡大し、結果として投資活動 静化する可能性がある。低金利や が抑制されてしまうことが予想され 低利回りの環境下で投資家は堅調 る。 な賃料上昇が期待できる市場に目を 向けるだろう。 リターン目線を低めに設定してい る機関投資家は、長期保有を前提と 2016年も、アジア太平洋地域に対 資金調達コストは相変わらず低く してプライムコアアセットに注力する する機関投資家や不動産投資ファン 抑えられており、オーナーが売り急ぐ だろう。 一方、不 動産ファンドや ドの投資意欲は引き続き強いと予想 ような環境にはない。一方で、賃料 REIT など、やや高めのリターン目標 される。ただし、投資家のリターン 上昇の見通しが弱含む中、投資家 がある投資家については、投資戦略 目線に合った投資物件の不足感が の価格目線は徐々に低下しつつあ をバリューアッドやオポチュニス March-April 2016 49 MARKET ティックにシフトせざるを得なくなる 後押しすることが期待される。中国 のものは Tier 1都市に集中すること 可能性がある。高利回りを希求する は今後も多くのグローバル投資家が になろう。 投資家の中には、トランク・ルームや 注目するとみられるものの、投資そ 学生寮など、ニッチ・アセットを検討 するものも今後は増えるだろう。 図表 9 事業用不動産投資総額の見通し ( 2016 年) 120 レンダーの貸出態度がやや慎重に なる傾向もみられるが、アジア太平 100 洋地域全体における投資金額はほ るとみられ る。 プライム 物 件 の キャップレートの10 年国債利回りに 対するスプレッドの高さに鑑み、日 本とオーストラリアは 2016 年も引き 続きアジア太平洋地域全体の牽引 役となろう。インドにおいては 2015 年末に施行された対内直接投資の 規制緩和が不動産投資マーケットを 50 ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.30 10億USドル ぼ前年並みで概ね安定的に推移す 80 60 40 20 0 2005 2006 オーストラリア 2007 日本 2008 中国 2009 2010 香港 2011 2012 シンガポール 2013 韓国 (注) 1,000 万米ドル以上のオフィス 、リテール 、物流 、ホテルおよび複合施設 出典:CBRE Asia Pacific Research 、2016 年 1 月 2014 2015 インド 2016 (予測) その他
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