第1章 予期せぬ困難を乗り越えるためにキャリア教育で何ができるか 1.キャリア形成における予期せぬ困難 高 等 学 校 卒 業 後 の キ ャ リ ア 形 成 の 途 上 に は , 様 々 な リ ス ク が 潜 ん で い る 。 例 え ば , 2012 年 度 新 卒 者 の う ち , 過 去 3 年 以 内 に 離 職 し た 高 卒 者 は 40.0%, 大 卒 者 は 32.3%に 達 す る ( 注 1) 。 ま た 2014 年 の 調 査 に よ る と , 大 卒 者 が 初 め て 就 職 し た 会 社 を 辞 め た 理 由 の 上 位 3 位 は, 「 労 働 時 間・休 日・休 暇 の 条 件 が よ く な か っ た 」 ( 22.2%), 「人間関係がよくなかった」 ( 19.6%),「 仕 事 が 自 分 に 合 わ な い 」( 18.8%) と い ず れ も 消 極 的 で あ り ( 注 2 ), 大 半 が 予 期 せぬ離職であった可能性が高い。高等学校卒業後に就職した高校生においても,同様ある い は そ れ 以 上 に 厳 し い 状 況 で あ る と 推 察 さ れ る 。働 き 続 け る こ と が で き な い ブ ラ ッ ク 企 業 , あるいは学業中断につながりかねない大学生のブラックバイトも大きな社会問題となって い る 。「 ブ ラ ッ ク 企 業 」に つ い て ,新 聞 社 の デ ー タ ベ ー ス ( 注 3 ) で 検 索 し て み る と ,関 連 記 事 は 2012 年 に 22 件 だ っ た も の が , 2013 年 度 に 237 件 , 2014 年 に 279 件 と 急 増 し て い る ことからも,そのことが伺える。 このような現状において,卒業後に待ち受けている予期せぬ困難に対処するための方法 を,キャリア教育を通じて学習することは極めて重要な意義をもっている。特に,生活基 盤を脅かしかねないような深刻な事態については,当事者個人の力だけで乗り切ることは 容易でなく,専門的支援を提供できる公的機関を含めて,他者に相談することが問題解決 につながることも少なくないであろう。 し か し ,「 総 合 的 実 態 調 査 」 の 「 高 等 学 校 ・ 卒 業 者 調 査 」 に お い て ,「 学 ん だ り 働 い た り す る こ と が 困 難 な 問 題 が 起 こ っ た と き の 対 応 」( 問 8 ) を 尋 ね た と こ ろ ,「 公 的 機 関 を 知 っ ているので活用する」者の割合は1割強にとどまる。一方で,1割弱の卒業生が「1人で 問題を解決しようとする」あるいは「解決のための方法を知らない」と回答している。ま た ,「 困 難 な 問 題 が 起 こ っ た と き に 相 談 で き る 学 校 か ら 情 報 提 供 を 受 け た 機 関 」( 問 9 ) を 尋 ね た と こ ろ ,「 上 記 の 機 関 に 関 す る 情 報 提 供 は な か っ た 」 と い う 回 答 が 16.8%,「 上 記 の 機 関 に 関 す る 情 報 提 供 の 有 無 に つ い て 覚 え て い な い 」 と い う 回 答 は 45.8%で , 両 者 を 併 せ る と 62.6%に も 達 す る 。 以下では,これら二つの質問項目(問8と問9)を取り上げて分析を行うことで,予期 せぬ困難を乗り越えるためのキャリア教育の必要性と可能性を検討したい。 2 .「 困 難 な 問 題 が 起 こ っ た と き の 対 応 」 に 関 す る 分 析 第1に, 「 相 談 機 関 の 情 報 提 供 を 受 け て い な い か 覚 え て い な い 者 」と「 そ れ 以 外 」と を 比 較 を し た ( 図 1 )。 前 者 は 後 者 に 比 べ て ,「 解 決 方 法 を 知 ら な い 」 者 の 割 合 が 1.6 ポ イ ン ト 高く, 「 1 人 で 問 題 解 決 し よ う と す る 」者 の 割 合 が 3.4 ポ イ ン ト 高 く ,逆 に「 公 的 機 関 を 活 用 す る 」 者 の 割 合 は 10.4 ポ イ ン ト も 低 い 。 第2に,キャリア教育において「就職後の離職・失業など,将来起こりえる人生上の諸リ ス ク へ の 対 応 に 関 す る 学 習 」 に 「 取 り 組 ん で い な い 」「 役 立 た な か っ た 」「 役 立 っ た 」 と 回 答 し た 卒 業 生 間 で 比 較 し た ( 図 2 )。 諸 リ ス ク に 関 す る 学 習 に 「 取 り 組 ん で い な い 」 者 は , 「 役 立 っ た 」と 回 答 し た 者 に 比 べ て , 「 解 決 方 法 を 知 ら な い 」者 の 割 合 が 0.7 ポ イ ン ト 高 く , 「 1 人 で 問 題 解 決 し よ う と す る 」 者 の 割 合 が 3.0 ポ イ ン ト 高 く , 逆 に 「 公 的 機 関 を 活 用 す 13 る 」者 の 割 合 は 7.6 ポ イ ン ト 低 い 。ま た , 「 役 立 た な か っ た 」と 回 答 し た 者 は , 「役立った」 と 回 答 し た 者 に 比 べ て ,「 解 決 方 法 を 知 ら な い 」 者 の 割 合 が 1.1 ポ イ ン ト 高 く ,「 1 人 で 問 題 解 決 し よ う と す る 」 者 の 割 合 が 3.0 ポ イ ン ト 高 く , 逆 に 「 公 的 機 関 を 活 用 す る 」 者 の 割 合 は 7.2 ポ イ ン ト 低 い 。 2.5% 0.9% 解決のための⽅法を知らない 1⼈で問題を解決しようとする 情報提供を受けていな 4.2% それ以外 7.6% 公的機関を活⽤する 0 図1 い+覚えていない 7.6% 4 8 18.0% 12 16 20 情報提供を受けていないか覚えていない者とそれ以外の者の「困難への対応」 2.2% 2.6% 1.5% 解決のための⽅法を知らない 1⼈で問題を解決しようとする 取り組んでいない 4.9% 役だった 7.5% 7.9% 公的機関を活⽤する 0 図2 役⽴たなかった 7.9% 7.9% 2 4 6 8 15.1% 10 12 14 16 諸リスクへの対応についての学習状況にみる「困難への対応」 以上のことから,相談機関の情報提供を受けていない,あるいは受けたかどうかを覚え ていない卒業生は,学んだり働いたりすることが困難になった際に,公的機関を活用しよ うする者が少なく,解決方法がわからなかったり,一人で問題を解決しようとしたりする 者が多い傾向にあることが明らかになった。また,人生上の諸リスクへの対応に関する学 習に取り組んでいない,あるいは取り組んでも役立たなかったと感じている卒業生も,同 様 の 傾 向 に あ る 。 し か し ,「 総 合 的 実 態 調 査 」 に よ る と ,「 人 生 上 の 諸 リ ス ク へ の 対 応 」 に つ い て , 取 り 組 ん で い る 担 任 は わ ず か 30.1%で あ り , 学 習 機 会 の な い 学 校 は 49.3%, 学 習 に 取 り 組 ん で い な い 高 校 生 は 34.8%, 取 り 組 ま な か っ た 卒 業 生 は 42.4%に も な る 。 3 .「 学 校 か ら 情 報 提 供 を 受 け た 機 関 」 に 関 す る 分 析 第1に, 「 学 校 か ら 情 報 提 供 を 受 け た 機 関 」に つ い て「 な し 」あ る い は「 覚 え て い な い 」 と 回 答 し た 者 に つ い て ,「 困 難 が 起 こ っ た と き の 対 応 」 の 回 答 間 で 比 較 し た ( 図 3 )。 情 報 14 提 供 を 受 け て い な い か 覚 え て い な い 者 の 割 合 は ,「 解 決 方 法 を 知 ら な い 」 者 で 81.8%,「 1 人 で 問 題 を 解 決 し よ う と す る 」者 で 75.0%で あ る が ,「 公 的 機 関 を 活 用 す る 」者 は 41.2%で 過半数を下回っている。 解決⽅法を知らない 81.8% 1⼈で問題を解決しようとする 75% 公的機関を活⽤する 58.8% 20% 40% 情報提供を受けていない+覚えていない 60% 80% 100% それ以外 困難への対応別にみる「情報提供の有無」 リスク対応学習に取り組んでいない 69.8% リスク対応学習が役⽴たなかった 30.2% 73.3% リスク対応学習が役⽴った 26.7% 55.3 0% 20% 44.7 40% 情報提供を受けていない+覚えていない 図4 25% 41.2% 0% 図3 18.2% 60% 80% 100% それ以外 諸リスクへの対応についての学習状況にみる「情報提供の有無」 第2に,キャリア教育において「就職後の離職・失業など,将来起こりえる人生上の諸 リ ス ク へ の 対 応 に 関 す る 学 習 」 に 「 取 り 組 ん で い な い 」「 役 立 た な か っ た 」「 役 立 っ た 」 と 回 答 し た 卒 業 生 間 で 比 較 し た( 図 4 )。情 報 提 供 を 受 け て い な い か 覚 え て い な い 者 の 割 合 は , 「 取 り 組 ん で い な い 」者 で 69.8%, 「 役 立 た な か っ た 」と 回 答 し た 者 で 73.3%で あ る が , 「役 立 っ た 」 と 回 答 し た 者 は 55.3%に と ど ま る 。 以上のことから,学んだり働いたりすることが困難になった際に,解決方法がわからな かったり,一人で問題を解決しようとしたりする卒業生には,相談機関の情報提供を受け ていない,あるいは受けたかどうかを覚えていない者が多い傾向にあることが明らかにな った。また,人生上の諸リスクへの対応に関する学習に取り組んでいなかったり,取り組 んでいても役立たなかったと感じたりしていた卒業生も,同様の傾向にある。 4.分析結果から示唆される課題と可能性 以 上 の 分 析 の 結 果 ,高 等 学 校 の 教 育 課 程 で 「 ,人生上の諸リスクに遭遇したときの対処法」 に関する教育を充実させ,特に「学校や職場などで学んだり働いたりすることが困難な問 題が起こったときに相談できる機関」について,積極的に情報提供することの重要性が確 15 認された。これらの取組は,問題を解決するために「公的機関を活用する」卒業生を増加 さ せ ,「 1 人 で 問 題 を 解 決 し よ う と す る 」「 解 決 の た め の 方 法 を 知 ら な い 」 卒 業 生 を 減 少 さ せることに寄与する可能性が高い。 「諸リスクへの対処法」に関する教育の内容については,既に様々な提案がなされてい るが,以下に一例を示したい。 ・労働の実態(労働条件,労働環境,労働疎外,メンタルヘルスなど) ・職業の実態(産業構造,職種,就職活動,求人票の見方,ブラック企業対策など) ・労働者の権利(労働基本権,労働者保護法制,労働組合など) ・セーフティネット(社会保険,雇用保険,労働保険,生活保護,奨学金など) ・困ったときの相談窓口 また,公的な相談機関としては,次のようなものが挙げられる。 ・労働組合(誰でも,いつでも,一人でも入れる「ユニオン」もある) ・ 総 合 労 働 相 談 コ ー ナ ー ( 労 働 条 件 ・ い じ め ・採 用 な ど の 相 談 な ど ) ・労政事務所(労働相談や労働教育講座など) ・労働基準監督署(事業所に対する監督,労働者災害補償保険の給付など) ・ハローワーク,ジョブカフェ,地域若者サポートステーション(就業支援など) ・雇用均等室(男女の均等な機会及び待遇の確保対策など) ・高齢・障害・求職者雇用支援機構(職業能力開発など) ・勤労青少年ホーム(働く青少年の余暇活動の支援など) ・ 日 本 司 法 支 援 セ ン タ ー ( 法 テ ラ ス )( 法 律 相 談 ) ・各大学・専門学校等のキャリアセンター(在学生に対するキャリア支援) 相談機関に関する情報提供を含む,予期せぬ困難を乗り越えるためのキャリア教育は, 教育課程内においては公民科の「現代社会」と「政治・経済」及び特別活動の「ホームル ーム活動」などの時間において,実践の余地がある。下記に,学習指導要領及びその解説 に お い て 関 連 す る と 思 わ れ る 箇 所 を 抜 粋 ・ 引 用 し て お き た い ( 傍 線 部 は 加 筆 )。 た だ し ,「 総 合 的 実 態 調 査 」 で 「 相 談 機 関 の 情 報 提 供 を 受 け た 」( 問 9 ) と 回 答 し た 卒 業 生 の 8.4%が「 相 談 や 支 援 に 関 す る 公 的 な 機 関 の 存 在 は 知 っ て い る が ,活 用 の 仕 方 が わ か ら ない」 ( 問 8 )と 回 答 し て い る こ と を 考 慮 す る と ,相 談 機 関 の 名 称 な ど を 周 知 す る だ け で は 不十分な可能性がある。実際のキャリア形成に役立つ取組にするためには,具体例などを 挙げながら,多様な文脈における公的機関の活用方法を理解させることが有効ではないだ ろうか。 16 ①現代社会 【学習指導要領】 (2 )エ 現代の経済社会と経済活動の在り方 … ま た ,雇 用 ,労 働 問 題 ,社 会 保 障 に つ い て 理 解 を 深 め さ せ る と と も に ,個 人 や 企 業 の 経 済 活 動 に おける役割と責任について考察させる。 【学習指導要領解説】 「 雇 用 ,労 働 問 題 」に つ い て は ,近 年 の 雇 用 や 労 働 問 題 の 動 向 を ,経 済 社 会 の 変 化 や 国 民 の 勤 労 権 の 確保の観点から理解を深めさせる。その際,終身雇用制や年功序列制などの制度の変化,非正規社員 の 増 加 ,中 高 年 雇 用 や 外 国 人 労 働 者 に か か わ る 問 題 ,労 働 保 護 立 法 の 動 向 ,労 働 組 合 の 役 割 ,仕 事 と 生 活 の 調 和( ワ ー ク・ラ イ フ・バ ラ ン ス )な ど と 関 連 さ せ な が ら ,雇 用 の 在 り 方 や 労 働 問 題 に つ い て 国 民 福祉の向上の観点から考えさせることが大切である。 ②政治・経済 【学習指導要領】 (3 )ア 現代日本の政治や経済の諸課題 ぼう 少 子 高 齢 社 会 と 社 会 保 障 ,地 域 社 会 の 変 貌 と 住 民 生 活 ,雇 用 と 労 働 を 巡 る 問 題 ,産 業 構 造 の 変 化 と 中小企業,農業と食料問題などについて,政治と経済とを関連させて探究させる。 【学習指導要領解説】 「 雇 用 と 労 働 を 巡 る 問 題 」に つ い て は ,少 子 高 齢 化 や 産 業 構 造 の 変 化 ,規 制 緩 和 の 進 展 な ど に よ り 就業形態が多様化し労働市場が大きく変化していることなどを,日本の労使関係の特色,勤労の権 利と義務,労働基本権の保障,労働条件の改善,労働組合の役割などに触れながら理解させる。 ③ホームルーム活動 【学習指導要領解説】 (3 ) 学 業 と 進 路 … ま た ,生 徒 が ,将 来 直 面 す る で あ ろ う 様 々 な 課 題 に 柔 軟 に か つ た く ま し く 対 応 し ,社 会 人・職 業 人 と し て 自 立 し て い く た め に は ,生 徒 一 人 一 人 が ,学 ぶ こ と ,働 く こ と ,そ し て 生 き る こ と に つ い て 自己の問題として真剣に受け止め,それぞれの深い結びつきを理解していくことが必要である。 エ 進路適性の理解と進路情報の活用 … ま た ,産 業・経 済 の 動 向 に 関 す る 情 報 ,職 業 や 職 業 生 活 の 実 情 に 関 す る 情 報 な ど ,進 路 の 選 択 決 定に必要な情報を収集,活用する… オ 望ましい勤労観・職業観の確立 …生徒が,様々な社会的役割や職業及び職業生活について理解するとともに… ※刊行時,最新のものを掲載している。 (注1) 厚 生 労 働 省 2015『 新 規 学 卒 就 職 者 の 在 職 期 間 別 離 職 率 の 推 移 』。 (注2) 厚 生 労 働 省 2014『 平 成 25 年 若 年 者 雇 用 実 態 調 査 の 概 況 』。 (注3) 朝日新聞社データベース『聞蔵』調べ。 17
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