近赤外分光法によるコマツナ全窒素、全炭素、含水率の非破壊予測 皆川千夏、稲垣哲也、横地秀行、土川覚 名古屋大学大学院生命農学研究科 目的 植物工場では光や温度、養液などの栽培環境をコントロールして効率的、安定的に野菜を成長させることが求められている。通常、最適な栽培条件を探索する ためには、多量の試料による統計的評価が必要となる。また、植物工場では、植物の成長を日々観察し、その変化に栽培環境を対応させながら栽培することが 必要である。迅速かつ植物を生かしたまま分析できる近赤外分光法であれば、植物の環境の変化に対する応答をリアルタイムで観測することが可能である。その ため、植物の成長に最適な環境を迅速に見つけだすことが可能となり、実際に野菜を栽培している間のモニタリングに用いることができる。 近赤外分光法は、茶葉の全窒素やタンニンの測定に使われており、乾燥した葉の化学成分を測定できることが既往の研究で示されている[1]。 しかし、水による吸収が強く現れるため、含水率が高い新鮮な状態の葉で測定することは乾燥状態で測定するに比べ難しいと考えられる。 今回、植物工場の栽培種でもあるコマツナの含水率、全炭素、全窒素の定量を新鮮な状態で高精度推定することを試みた。小型の分光器を用いて植物を育成させな がら近赤外スペクトルを取得し、周りの環境によって、スペクトルがどのように変化するか、またそこから予測される成分量がどのように変化していくかを観察することを最 終目的とした。今回はその端緒として、植物生育状況の指標となる成分の予測程度を把握することを基礎研究として行った。 試料と実験方法 分光器で測定 Matrix-F(Bruker) 波数領域:1000-4000 cm-1 分解能:8 cm-1 積算回数:128回 新鮮な 状態の葉で 測定 生重量(𝑊𝑓𝑟𝑒𝑠ℎ) を測定 乾燥 含水率(%) 𝑊𝑓𝑟𝑒𝑠ℎ − 𝑊𝑑𝑟𝑦 × 100 𝑊𝑑𝑟𝑦 マクロコーダー JM1000CN(Yanaco) 乾燥し粉末にした葉 で測定 全炭素(%) 全窒素(%) 乾重量(𝑊𝑑𝑟𝑦)を 測定 有機元素分析計で 測定 発芽二週間から六週間のコマツナ(Brassica rapa var. perviridis)の葉127枚を用いた。白色板の 上に葉を置き、葉脈にかからないように光ファイバのプローブを垂直にあて、葉の近赤外スペクトル を測定した。一枚の葉につき10カ所で測定した。その後、SPAD値(葉緑素含量を表す値)、重量、 葉面積を測定し、24時間65℃で試料を乾燥させ、乾重量を測定した。前後の重量から含水率を 算出した。乾燥した試料を粉砕し、有機元素分析計を用いて全炭素含有率、全窒素含有率を測 定した。 解析はThe Unscrambler (ver.9.6, CAMO)を用いて行った。近赤外スペクトルを説明変数、全窒素、 全炭素、含水率をそれぞれ目的変数とし、PLS回帰分析を行った。スペクトルの前処理はMSCと二 次微分を検討し、各々のPLS回帰分析で以下の前処理、波長領域を選択した。 スペクトルの前処理 波数領域 MSC(Multiplicative Scatter Correction), 10000-4000cm-1 含水率 二次微分 全炭素 二次微分 7550-4250cm-1 全窒素 二次微分 7550-4250cm-1 含水率 結果 表1.各測定項目間の相関係数 葉面積 cm2 SPAD値 生重量 g 全炭素 全窒素 乾重量 g 含水率 % C % N % 全窒素 全炭素 含水率 C/N 葉面積 cm2 SPAD値 生重量 g 乾重量 g 含水率 % 0.22 0.62 0.14 0.78 0.45 0.85 -0.33 -0.61 0.22 -0.28 C% 0.36 0.64 0.01 0.38 -0.72 N% -0.37 -0.24 0.16 -0.18 0.71 C/N 0.40 0.33 -0.16 0.22 -0.78 図2.予測値と実測値の散布図 表2.PLS回帰分析の予測精度 N -0.62 0.70 -0.96 図1.コマツナの葉の吸光度スペクトルと二次微分スペクトル LV R2cal R2cv RMSEC RMSECV 含水率(%) 127 4 0.93 0.92 0.47 0.51 全炭素(%) 125 8 0.85 0.81 1.22 1.38 全窒素(%) 124 10 0.92 0.88 0.41 0.34 40個体127サンプルで近赤外スペクトル、葉面積、SPAD値、生重量、乾重量、126サンプルで全炭素、全窒素を測定し、各項目間の相関係数を算出した。(表1)イネの場 合、葉色で簡易的な窒素の栄養診断を行うことがあるが、本研究ではSPAD値と窒素含有率の相関係数は-0.244となった。そのため、コマツナの窒素含有率評価にSPAD 値を用いることはできない。一方で、含水率と炭素、窒素それぞれの間には、-0.716、0.706と高い相関係数が得られた。得られた近赤外スペクトルとその二次微分スペクト ルを図1に示す。微弱な吸収を強調するために、スペクトル前処理として二次微分を施した。全炭素の予測の際には1サンプル、全窒素の予測の際には2サンプルをアウトラ イヤーとして除いた。これらは、PLSスコアではほかのサンプルと差は見られないが、同じ個体から採取した異なる葉の全炭素および全窒素との差が大きかった。そのため、マ クロコーダーJM1000CNを用いた全炭素および全窒素の測定ミスであったとし、アウトライヤーとした。全窒素、全炭素および含水率をそれぞれ目的変数として行ったPLS回 帰分析の結果は、決定係数がそれぞれ、0.81、0.88 、0.92と非常に高い値となった。また、バリデーション時のRMSE(root mean square error)も十分低いことから、本法に よる各成分の予測可能性が示された。(図2、表1) 全窒素でのPLS回帰分析の結果について考察した。説明変数、目的変数に対 するPLS Componentの寄与率を調べると、全窒素予測時に得られたPC3はス ペクトルの分散を約0.6%説明する一方で、全窒素分散を約35%説明している ことがわかった。同様に、PC4は説明変数の分散を約0.2%説明する一方で、 目的変数の分散を約12%説明している。(図3)そのためPC3およびPC4に、窒 素量によるスペクトルの変化がより多く反映されてているものと推測し、これを 確かめるためにスコアに対する説明変数の貢献度をあらわすローディングベク トルを観察した。(図4)説明変数に対する寄与率の高いPLS Component1と比 較すると、 PLS Component3,4 のローディングは4800 cm-1付近で正に、 図3.全窒素予測時の(a)説明変数と(b)目的変数に 4460 cm-1付近で負に大きい。また、PLS Component3,4のスコアと全窒素実 対する介在変数の寄与率 測値との関係を散布図に示す(図5)と、全窒素実測値の低いサンプルでスコ アが小さいとわかる。 4800 cm-1 にはO-H伸縮振動とO-H変角振動の結合 音が見られ、これはスターチやスクロースによるものである[2]。窒素施用が増 えるとコマツナのスクロース含有率は減少する[3]。一方、4460 cm-1にはN-H の伸縮振動とC=Oの伸縮振動の結合音が観察でき、これはアミノ酸に由来す るものと考えられる[2]。以上から、PLS Component3,4は窒素量の変化による 図5.全窒素実測値と PLSスコアの散布図 二次微分スペクトルの変化を反映して算出されていて、それらが全窒素予測 の際に大きく寄与していると言える。 図4.全窒素予測時のローディングベクトル 参考文献 謝辞 [1] 森田明雄, 小西茂毅, 中村順行, 清水絹恵, 横田博実, 育種学研究6:1~9 (2004) [2] 岩本睦夫, 河野澄夫, 魚住純, 近赤外分光法入門, 幸書房(1994) [3] 建部雅子, 石原俊幸, 松野宏治, 藤本順子, 米山忠克, 日本土壌肥料科学雑誌66(3), 238-246,(1995) 本研究は農研機構、革新的技術創造促進事業(異分野融合共同研究)「ICT活用農業 事業化・普及プロジェクト」の助成を受けたものです。
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