第5章 キャリア教育における「卒業生の体験発表会」の意義 1.異校種間連携と卒業生との交流 発達段階に応じた継続的かつ体系的なキャリア教育を実現し,児童生徒の学校間の移行 に連続性をもたせるための方策の一つとして,異校種間連携がある。連携の効果には,生 徒に対する効果と学校・教職員に対する効果があるが,前者については「進学する学校に ついての情報を収集することで,不安が解消され,新しい生活環境に対して円滑に適応」 できること「 , 将 来 に つ い て の 視 野 が 広 が り ,学 習 意 欲 の 向 上 や 生 活 全 般 の 向 上 に つ な が る 」 こと,年長者と「交流をもつことでよりよい育成につながる」ことなどが期待されている (注1) 。 実際, 「 キ ャ リ ア 教 育・進 路 指 導 に 関 す る 総 合 的 実 態 調 査 」 ( 以 下「 総 合 的 実 態 調 査 」)の 「 中 学 校 調 査 」の 結 果 に よ る と , 「 高 等 学 校 等 の 体 験 入 学 や 学 校 紹 介 な ど ,上 級 学 校 に 関 わ る体験活動を取り入れること」を重視してキャリア教育の計画を立てている中学校は 75.2%で あ り , 実 際 に 何 ら か の 形 で 「 高 等 学 校 な ど の 上 級 学 校 」 と 連 携 し て い る 中 学 校 も 69.3%に 達 す る 。一 方 で ,取 組 内 容 に よ っ て 差 が 見 ら れ る こ と も 事 実 で あ る 。す な わ ち , 「高 等 学 校 な ど 上 級 学 校 へ の 訪 問 や 見 学 ,体 験 入 学 ,学 校 説 明 会 」を 実 施 し て い る の は 97.3%, 「 高 等 学 校 な ど 上 級 学 校 の 関 係 者 を 招 い て 行 う 学 校 説 明 会 」 を 実 施 し て い る の は 76.8%で あるのに対して, 「 卒 業 生( 高 校 生 な ど )に よ る 体 験 発 表 会 」を 実 施 し て い る の は ,わ ず か 30.4%に す ぎ な い 。「 社 会 人 に よ る 生 き 方 や 進 路 に 関 す る 講 話 ・ 講 演 」 の 実 施 が 68.2%で あ ることを考えると,先輩と対話する機会よりも,比較的年齢の離れた職業人による講話が 優先されている状況である。 し か し な が ら ,「 総 合 的 実 態 調 査 」 の 「 中 学 校 ・ 卒 業 者 調 査 」 に よ る と ,「 将 来 の 生 き 方 や 進 路 に つ い て 考 え る た め に 実 施 し て ほ し か っ た 体 験 活 動 」と し て , 「卒業生の体験発表会」 は 26.7%と 第 2 位 を 占 め て お り , 「 社 会 人 や 職 業 人 の 講 演・講 話 」 ( 17.9%)や「 高 等 学 校 な ど 上 級 学 校 の 先 生 の 講 話 ・ 講 演 」( 14.9%) よ り も 高 く な っ て い る 。な お , こ こ で い う 「 卒 業 生 」が ど の よ う な 年 齢 で あ る か は 定 か で は な い が , 「 社 会 人 」が 別 の 選 択 肢 と し て 設 定 さ れていることを考えると,高校生あるいは大学生が中心であると考えられる。以下では, 中学生が卒業生(先輩)との交流を通じて何を望んでいるか,詳しく分析する。 2 .「卒業生の体験発表会」に関する分析 まず, 「 中 学 校・卒 業 者 調 査 」に お け る「 将 来 の 生 き 方 や 進 路 に つ い て 考 え る た め に 指 導 し て ほ し か っ た こ と 」に つ い て , 「 卒 業 生 の 体 験 発 表 会 」を 実 施 し て ほ し か っ た と 回 答 し た 者 と 「 そ れ 以 外 」 の 比 較 を 行 っ た ( 図 1 )。 前 者 は 後 者 に 比 べ て ,「 高 等 学 校 な ど 上 級 学 校 の教育内容や特色」 ( 16.4 ポ イ ン ト 差 ), 「 卒 業 後 の 進 路( 進 学 や 就 職 )に つ い て の 相 談 の 方 法や内容」 ( 12.5 ポ イ ン ト 差 ), 「 高 等 学 校 な ど の 上 級 学 校 や 企 業 へ の 合 格・採 用 の 可 能 性 」 ( 10.7 ポ イ ン ト 差 ),「 卒 業 後 の 進 路 ( 進 学 や 就 職 ) 選 択 の 考 え 方 や 方 法 」( 10.4 ポ イ ン ト 差 ), 「将来の職業選択や役割などの生き方や人生設計」 ( 10.2 ポ イ ン ト 差 )な ど 多 く の 項 目 で,指導を望む者の割合が高くなっている。 た だ し ,こ う し た 指 導 が 得 ら れ る 体 験 活 動 は , 「 卒 業 生 の 体 験 発 表 会 」だ け で は な い と 考 え ら れ る 。そ こ で ,先 の 比 較 で ポ イ ン ト 差 の 大 き か っ た 上 位 5 項 目 に つ い て , 「高等学校な 39 ど 上 級 学 校 へ の 訪 問 や 見 学 ,体 験 入 学 ,学 校 説 明 会 」及 び「 社 会 人 や 職 業 人 の 講 演・講 話 」 の 希 望 者 と の 比 較 を 行 っ た ( 図 2 )。 3 者 の 中 で ,「 卒 業 生 の 体 験 発 表 会 」 の 希 望 者 が 最 も 高 か っ た 項 目 は な か っ た 。一 方 で , 「 高 等 学 校 な ど 上 級 学 校 へ の 訪 問 や 見 学 ,体 験 入 学 ,学 校 説 明 会 」の 希 望 者 は , 「高等学校など上級学校の教育内容や特色」 ( 53.4%)や「 高 等 学 校 な ど の 上 級 学 校 や 企 業 へ の 合 格 ・ 採 用 の 可 能 性 」( 35.4%)の 割 合 が 最 も 高 く ,ま た「 社 会 人や職業人の講演・講話」の希望者は「将来の職業選択や役割などの生き方や人生設計」 ( 37.9%) の 割 合 が 最 も 高 い 結 果 と な っ た 。 したがって, 「 卒 業 生 の 体 験 発 表 会 」に 対 す る ニ ー ズ は ,進 路 情 報 を 入 手 す る こ と だ け に とどまるものではない。例えば,上級学校に関する知識を獲得するだけであれば,上級学 校訪問や体験入学等で代替可能な場合もあるし,社会人としてのマナーを知るだけであれ ば,職業人の講話の方が効果的である場合もある。そうではなく,飽くまで同じ学校出身 の「 卒 業 生 」と の 交 流 を 通 し て 生 き 方 を 考 え る こ と に ,こ の 活 動 の 意 義 が あ る と 思 わ れ る 。 40 0% 10% 20% 30% 40% 50% 39.8% 34.4% ⾃分の個性や適性(向き・不向き)を考える学習 ⾼等学校など上級学校の教育内容や特⾊ *** 45.4% 29.0% 産業や職業の種類や内容 ** 21.9% 学ぶことや働くことの意義や⽬的 *** 29.8% 27.7% 17.9% 卒業後の進路(進学や就職)選択の考え⽅や⽅法 *** 34.5% 卒業後の進路(進学者や就職)に関する情報の⼊⼿⽅法と 20.8% その利⽤の仕⽅ ** 卒業後の進路(進学や就職)についての相談の⽅法や内容 将来の職業選択や役割などの⽣き⽅や⼈⽣設計*** 20.9% ⾼等学校などの上級学校や企業への合格・採⽤の可能性 31.1% 28.0% 17.3% *** 28.5% 29.3% 16.8% *** 44.9% 30.6% 25.4% 社会⼈・職業⼈としての常識やマナー 進学にかかる費⽤や奨学⾦制度 *** 13.4% 労働に関する法制や制度の仕組み *** 6.3% 11.9% 近年の若者の雇⽤・就職・就業状況の動向 ** 13.9% 社会全体のグローバル化(国際化)の動向 *** 21.1% 20.8% 15.0% 8.5% 就職後の離職・失業など、将来起こり得る⼈⽣上の諸リス 19.1% クへの対応 ** 転職希望者や再就職希望者などへの就職⽀援の仕組 *** 16.1% 7.9% 男⼥が対等な構成員として様々な活動に参画できる社会の 卒業⽣の体験発表会 9.2% 6.0% 重要性 * 7.9% 特に指導してほしかったことはない *** 26.6% それ以外 19.5% *** p<.001 ** p<.01 * p <.05 図1「卒業生の体験発表会」を希望する卒業生が「将来の生き方や進路について考えるため に指導してほしかったこと」 41 0% 20% 40% ⾼等学校など上級学校の教育内容や特⾊ 60% 36.7% 45.4% 53.4% 卒業⽣の体験発表会 29.3% 31.6% 30.1% 卒業後の進路(進学や就職)についての相談の⽅法や内容 上級学校への訪問など 28.0% 35.4% 24.6% ⾼等学校などの上級学校や企業への合格・採⽤の可能性 社会⼈や職業⼈の講演・ 講話 44.9% 卒業後の進路(進学や就職)選択の考え⽅や⽅法 53.7% 46.1% 31.1% 28.3% 37.9% 将来の職業選択や役割などの⽣き⽅や⼈⽣設計 図2「将来の生き方や進路について考えるために指導してほしかったこと」についての 3 者間比較 3.分析結果から示唆される課題と可能性 分析の結果からは,子供たちは年齢の離れた上級学校教員や社会人(職業人)の講話だ けでなく,比較的年齢が近い卒業生とのコミュニケーションを望んでいることが示唆され る。生徒にとって,同じ中学校出身の先輩は自分たちと類似の経験をしており,生きた情 報 を 提 供 し て く れ る た め ( 注 2 ),キ ャ リ ア モ デ ル に な り や す い 。す な わ ち ,上 級 学 校 の 教 育 内容や特色,卒業後の進路についての相談の方法と内容,上級学校や企業への合格・採用 の可能性,卒業後の進路選択の考え方や方法,生き方や人生設計,などについて卒業生か ら 学 ぶ こ と で ,そ れ を 効 果 的 に 内 面 化 で き る の で は な い だ ろ う か 。特 に 高 校 生 を 招 く 場 合 , 中学生と在学期間中が重なっている「顔見知り」の卒業生(例えば,中学校3年生を対象 に実施する場合,高等学校1年生ないしは2年生)に依頼することで,親近感がより一層 高 ま る 可 能 性 も あ る 。 既 に 69.3%の 学 校 が 「 高 等 学 校 な ど の 上 級 学 校 」 と 連 携 し て い る こ とを考えると,この連携の一つとして「卒業生の体験発表会」を実施するハードルはそう 高くないと推察される上に,今後更なる質的充実も期待できる。 最 後 に ,体 験 発 表 会 の 在 り 方 に つ い て 若 干 の 提 案 を 試 み た い ( 注 3 )。ま ず ,生 徒 か ら み て 魅力的なモデルというのは,個々人の特質や人間関係によって異なる。さらに,生徒にと って適切なキャリアモデルは,本人がどのような進路や生き方を志向しているかにもかか わっており,極めて多様であろう。したがって,体験発表する卒業生を選択する際には, 生徒集団の特性やニーズを踏まえることが重要である。可能ならば,場合によっては進路 等の異なる複数人に依頼し,幾つかのパターンを用意することも考えられるであろう。生 徒は特定の一人をモデルとすることは決して多くはないだろう。多くの場合,複数の人間 の様々な側面から影響を受けつつ,自分なりのビジョンを作り上げていくものと考えられ る。その点からも,可能なかぎり,様々なモデルに触れる機会があることが望ましい。 42 さ ら に ,事 前 と 事 後 の 学 習 も 体 験 発 表 会 の 効 果 を 高 め る ( 注 4 )。体 験 前 に は ,発 表 の ど の 部分に注意するべきかを生徒に意識させておく必要がある。また体験後には,振り返りの 時間を設定し,体験の内容とそれを受けての思考過程を言語化することで,記憶を長期間 にわたって保持することができる。 2011 年 に 高 校 生 を 対 象 に 行 わ れ た と あ る 調 査 で は ,高 校 生 の 約 7 割 が「 目 指 し て い る 人 や あ こ が れ て い る 人 が い な い 」と 回 答 し て い る ( 注 5 )。こ う し た 状 況 に あ っ て ,中 学 生 が 身 近な先輩を手掛かりにキャリアモデルを作り上げていくことの意義は小さくないであろう。 モ デ ル と な る 目 標 と し て の 人 物 が い る こ と で ,自 己 の キ ャ リ ア に 見 通 し を も つ こ と が で き , ひいては進路選択に向けた意欲を高めることにもつながるのではないだろうか。 (注1) 文 部 科 学 省 2011『 中 学 校 (注2) このような類似した立場の人による支援は, 「 ピ ア・サ ポ ー ト 」と 呼 ば れ る 。そ キャリア教育推進の手引』教育出版。 れは, 「 一 般 に ,同 じ よ う な 経 験 を し た 人 は よ り よ い 関 係 を 結 ぶ こ と が で き ,結 果 的 に よ り 確 実 な 共 感 や 妥 当 な 対 応 を 提 供 で き る と の 事 実 」に よ っ て 定 義 さ れ , 「同様の経験をした人たちは,互いに,専門家には提供できない,思いもよら な い 実 際 的 な 助 言 や 示 唆 を 与 え 合 う こ と が で き る 」 と さ れ る ( Mead & MacNeil 2006 “Peer Support: What Makes It Unique?”, International Journal of Psychosocial Rehabilitation, 10 (2), pp.29-37)。 (注3) こ れ ら の 提 案 は ,Albert Bandura の モ デ リ ン グ 理 論 か ら 示 唆 を 得 て い る( A.バ ン デ ュ ラ 1979『 社 会 的 学 習 理 論 』( 原 野 広 太 郎 監 訳 ) 金 子 書 房 )。 (注4) 「卒業生の体験発表会」を直接取り扱っているわけではないが,体験活動によ る成長・変容と事前指導・事後指導の関係性については,次章の第6章で取り 扱っている。 (注5) リ ク ル ー ト 2012『 Career Guidance』 No.40 43
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