国土地理院の標高タイル・ベクトルタイルに見る 地理空間情報の活用

vol.11 2016
技術動向レポート
国土地理院の標高タイル・ベクトルタイルに見る
地理空間情報の活用促進の可能性
情報通信研究部
チーフコンサルタント 井上 敬介
筆者は 2014年11月に「地理空間データを活用したサービスの普及と今後の展望」という題
(1)
でコラム
を執筆し、地理空間情報の概要と活用の現状について報告した。地理空間情報に関連
したソフトウェアの開発と普及、データの公開はその後も進展を続けている。
筆者は特に、地理空間情報の数値計算など科学技術分野への活用に着目してきたが、2015年
(2)
10月12日に開催された FOSS4G 2015 TOKYO コアデイ
に参加した際、拝聴した講演の
中に特に興味を持った話題があった。国土地理院の藤村氏が登壇し、近年の国土地理院の取り組
(3)
みについてご報告された内容である。本レポートでは、ご報告された内容のうち地理院タイル
での標高タイルとベクトルタイルの公開について取り上げて解説し、今後の展望について私見を
述べてみたい。
1. 地理院タイルとは
まず初めに、画像タイルと地理院タイルとい
う用語の解説から始めたい。
縮尺が 2 倍になるように定義されている。すな
わち 1 つズームレベルが上がれば、 1 枚で表示
されていた内容が 4 枚の画像で表示されること
近年、多くの方がウェブサイト上で地図を見
になる。ズームレベル 0 では、地球全体が 1 枚
たり、活用したりした経験をお持ちのことと思
の画像に収まる。画像のサイズはどのズームレ
う。店舗位置の表示や道先案内など、位置情報
ベルでも256ピクセル×256ピクセルである。画
を扱うサイトでは必ずと言ってよいほど利用さ
像タイルとズームレベルの関係を図表 1 に示す。
れている。近年ウェブサイトで利用されている
多くのサービスでズームレベル20程度まで
地図のほとんどは、マウス操作で表示範囲を移
の膨大な縮尺が用意されているため、ユーザは
動したり縮尺を変更したりできる。表示される
実質的に任意の縮尺で地図を表示することが可
領域が変更されると、新たに必要になった画像
能になっている。
がタイル状の画像として次々に読み込まれ、隙
画像タイルを利用した地図の表示という方
間なく並べて表示される。この際利用される画
式は世界中で様々なサービスで採用されてお
像を、画像タイルと呼ぶ。
り、また画像タイルをダウンロードするための
画像タイルは、地球上の表面をメルカトル図
URL を公開して誰でも利用できるようにして
法によって平面上に投影し、様々な縮尺で同じ
いるサービスも多数ある。このような形で公開
大きさの正方形の領域に分割し、各領域の画像
された画像タイルは、マッシュアップ
(地図や航空写真など)を作成したものである。
1
画像の縮尺は1つズームレベルが上がるごとに
(4)
によ
りユーザ独自のデータと重ね合わせて表示する
国土地理院の標高タイル・ベクトルタイルに見る地理空間情報の活用促進の可能性
際のベースマップとして幅広く利用できる。
限らずウェブ上で地理空間情報を扱う「タイル」
そして、国土地理院が公開している日本国土
といえば、「画像タイル」のことであった。し
に関する画像タイルが、地理院タイルである。
かし、近年国土地理院は、全国の標高データと、
URL が公開されており、利用規約に従えば誰
基盤地図情報のうち道路中心線、鉄道中心線な
でも無料で利用することができる。電子国土基
どのデータを、画像タイルと同じ正方形領域ご
本図と呼ばれる基盤データから作成された地図
とに分割したファイルとしてウェブ上で公開す
のほか、白地図、土地利用図、衛星写真など多
る試みを行っている。これらのことを、標高タ
様な画像タイルが公開されている。また、大雨
イル・ベクトルタイルと呼んでいる。標高タイ
や火山噴火などの災害発生直後の現場付近の画
ルは GeoJSON
像なども、領域を限定したデータとして公開さ
ルタイルは GeoJSON 形式で配信されている。
(5)
れている。国土地理院が運営する地理院地図
(7)
形式と CSV 形式で、ベクト
画像タイルが画像であるのに対し、標高タ
を利用すれば、地理院タイルとしてどのような
イルとベクトルタイルは数値データ(ラスター
データが公開されているか実際に見ることがで
データ、ベクトルデータ)であり、分析・加工・
きる。なお、国土地理院は、地理院タイルの利
表示方法の変更などが容易に行える。それが、
用に関連する技術仕様やサンプルコード、ツー
タイル状のデータとしていつでもインターネッ
ルなどを技術者向け SNS「GitHub」を通じて
トから入手できるようになった。
(6)
提供
している。
2. 標高タイルとベクトルタイル
ここまで述べてきたように、地理院タイルに
(1)標高タイルやベクトルタイル配布の意義
標高タイルやベクトルタイルに含まれる標高
データ、道路中心線、鉄道中心線などの情報は
図表1 画像タイルとズームレベルの関係
(資料)国土地理院のウェブページ(http://maps.gsi.go.jp/development/siyou.html) より引用
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初めて公開されるものではなく、従来から基盤
(8)
ムレベル15で定義される正方形の領域別に分
で誰でも無
割されており、小さい領域単位でデータをダウ
料で入手できた情報である。しかし、標高タイ
ンロードできる。なお、ベクトルデータの場合
ル・ベクトルタイルという形で利用できるよう
は、ラスターデータのように単純なデータ量の
になったことには、以下の意義があると筆者は
削減は行えないため、ズームレベルは1種類し
考えている。
か用意されていない。
① データの取得範囲、解像度に関する高い自
②マッシュアップが可能なサービスの提供
地図情報ダウンロードサービス
由度の提供
ウェブブラウザ上で動作する Javascript 言
標高データは基盤地図情報ダウンロードサー
語で簡単に処理できる形式でデータが公開され
ビスでは、5m メッシュと10m メッシュの二種
たこと、またログインなどを必要とせずにデー
類の解像度で配布されている。データを取得
タをダウンロードできるようになったことか
する時は、領域を選択して zip 形式で圧縮した
ら、ベクトルタイルをベースマップとしたウェ
ファイルとしてダウンロードするのだが、ファ
ブ地図を作成するなど、マッシュアップでの利
イルごとに含まれる領域が比較的大きいため、
用が可能になった。
ダウンロードするファイルは数メガバイト単位
画像タイルはそのまま表示する以外の使い方
と大きなものとなる。また、データはオリジナ
は困難であるが、標高タイルやベクトルタイル
ルの解像度のみで公開されているため、広範な
であれば色や線の太さをユーザが変更するな
範囲についてラフな分析を行いたいなど、詳細
ど、より高い自由度で活用できる。
なデータが必要ない場合は、ユーザが自らデー
タ加工を行い、必要な解像度にする必要がある。
一方標高タイルでは、データは256ピクセル
×256ピクセル、ファイルサイズでは数十キロ
る新しい仕様の試行
国土地理院の標高タイルとベクトルタイルの
バイトと比較的小さい単位に分割されており、
公開という取り組みには、地理空間情報の数値
ユーザは本当に必要な範囲のデータだけをダウ
情報をウェブで配信する新しい仕様を提案し、
ンロードすることができる。またズームレベ
有用性の実証実験を行うという意義があるよう
ルが0 ∼ 14と多くの解像度で用意されている。
に思う。
そのため、狭い領域の詳細なデータを取得した
これまで地理空間情報の数値情報を、ウェ
い場合は高いズームレベル、広い領域の大まか
ブ上で取り扱いやすい共通した仕様で配信する
なデータを取得したい時は低いズームレベルの
サービスは、十分普及していない。例えば、イ
データをダウンロードすることで、ユーザが自
ンターネットで公開されている地球全体の標
ら加工せずともニーズに合った解像度のデータ
高 デ ー タ と し て は、GEBCO
を取得することができる。
3
③ 地理空間情報の数値情報をウェブで配信す
(9)
(10)
、ETOPO
、
(11)
SRTM
などがあるが、配信の仕方はまちまち
ベクトルタイルについても状況は類似してい
である。それぞれ独自のウェブページで公開さ
る。基盤地図情報ダウンロードサービスでは
れており、ダウンロードしたい範囲の指定方法
比較的大きな領域単位で zip ファイルでダウン
やファイルフォーマットの指定方法は異なる。ダ
ロードするのに対し、ベクトルタイルでは、ズー
ウンロード可能なファイルの形式も、GeoTiff
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国土地理院の標高タイル・ベクトルタイルに見る地理空間情報の活用促進の可能性
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だ っ た り と、 標 準 的 な
イムに表示することも簡単に実現できるし、ま
フォーマットを採用してはいても、サービスに
た標高によって地面を色分けしたいわゆる「色
よって異なる状況になっている。
別標高図」を生成することもできる。標準的な
だ っ た り NetCDF
地理空間情報の数値情報をウェブで配信す
色別標高図は地理院タイルでも既に公開されて
る標準仕様は、存在しないわけではない。地
いるが、グレースケールなどに色を変えたいこ
理空間情報の仕様に関する標準化団体である
ともあれば、特定の高さの範囲(例えば海岸付
(14)
が、ラスターデータの 配 信 用 に WCS
近)での標高の変化を強調して表示するために
(Web Coverage Service)
、ベクトルデータの配
標準とは異なるカラーマップで色別標高図を作
信用に WFS(Web Feature Service)という仕様
りたいこともあるだろう。標高タイルを活用す
を策定し、公開している。しかし、これらの仕
れば、クライアント側で簡単に実現できる。
OGC
様でデータを配信するサービスはそれほど普及
していないように思う。これは WCS や WFS が
ウェブ地図が普及している今、これらの使い
方が当面主要な活用方法となるだろう。
サーバの負荷が比較的高く、多くのクライアン
トにデータを配信するには課題があることが原
因ではないかと考える。WCS や WFS では、
デー
タを取得したい範囲やファイルフォーマットを
② 数値計算や設計での活用
発展的な活用方法として、数値計算や設計な
どの場面での活用が期待できる。
クライアントが指定できる。これらはクライア
標高データは、もともと数値計算で広く使わ
ントからすれば便利な機能ではあるが、サーバ
れている。例えば、河川で氾濫が発生した際の
で動的処理を行うことが必要になるため、サー
浸水範囲や津波発生時の津波到達範囲を予測す
バの負荷につながってしまう。また仕様が比較
る場合など、枚挙にいとまがない。ベクトルタ
的複雑で、学習に時間がかかることも普及を妨
イルで公開されているデータは、例えば渋滞予
げる要因ではないかと思われる。
測には道路中心線が使われるし、都市計画など
このような状況を踏まえ、国土地理院は既
に普及している画像タイルの仕様や GeoJSON
で重要になる情報が多く含まれている。
現在はこれらのデータを利用したい場合は、
ファイルフォーマットなどを組み合わせてシン
事前にダウンロードするなどしてデータを入手
プルな仕様を作り、ウェブでの利用に適した新
することが一般的である。しかし、デスクトッ
たな配信仕様を提案し、試行しているように思
プ GIS や CAD などが標高タイル、ベクトルタ
える。
イルに対応すれば、ユーザが解析対象の領域を
選んだ時点で瞬時に必要なデータを入手できる
(2)標高タイルとベクトルタイルの活用方法
次に、標高タイルとベクトルタイルの活用方
法について考えてみたい。
ようになり、データ準備の手間を著しく軽減で
きる。また、事前にダウンロードするなどして
準備した場合と異なり、国土地理院が現在公開
している最新のデータを利用できることにな
① ウェブサイトでの活用
る、というメリットもある。
まず容易に思いつくのは、ウェブサイトでの
標高タイルが様々なズームレベルで公開され
活用である。標高タイルを利用すれば、ウェブ
ていることのメリットは、数値計算で利用され
地図上でマウスカーソル位置の標高をリアルタ
る場合にも大きい。例えば津波発生時の解析を
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行う際、沖合部では解像度の低い格子を使い、
重要である。例えば先に例に上げた地球全体の
詳細な解析をしたい都市部に近づくほど解像度
標高データが国土地理院の標高タイルと同一の
の高い格子を使う手法がよく用いられる。この
仕様で公開されれば、世界中の標高データを全
ような格子の例のイメージを図表 2 に示す。こ
く同様に入手できるようになり、世界中でこの
の場合、作成したい格子の解像度に合わせた標
仕様のデータのユーザが増える。この仕様で公
高タイルを入手して利用すれば、効率的に格子
開できるデータは、標高データに限らない。植
生成を行うことができる。もしもオリジナル
生高や建物高なども標高データと同一仕様で公
の解像度の標高データを入手して使った場合、
開されれば、自然科学や都市計画などの分野に
データ加工に多大な時間を要することになる。
需要があると考えられる。同一仕様で公開され
るデータが増加すれば、アプリケーションがこ
3. 今後の展望
の仕様に対応することの意義も大きくなり、対
最後に、今後の標高タイルとベクトルタイル
応するアプリケーションが増えていくだろう。
さらに発展的な使い方として、
「数値計算の
に関する展望について述べてみたい。
まず、標高タイルやベクトルタイルを簡単に
ウェブ上でのマッシュアップ」というアイデア
活用できるソフトウェア環境の整備が望まれ
も考えられる。例を上げてみよう。現在、地球
る。既に標高タイルやベクトルタイルを活用
温暖化による気温変化の予測値など多種多様な
した Web サイトの構築例は公開されているが、
数値計算の結果が国内外のウェブサイトで公開
ライブラリという形で整備することでより容易
されているが、これらも同じ仕様で流通できる
に利用できるようになるだろう。
データである。気温変化の予測値をもとに農業
(15)
など
への影響を評価するなどの解析をする場合、現
ウェブマッピング用ライブラリにこの仕様の
在はデータのダウンロードやファイル形式の変
データの描画機能が組み込まれるという形が、
換など、煩雑な作業を経由して行う必要がある。
速やかな普及に有効と思われる。
しかし数値計算の結果がこの仕様で公開されて
具体的には、OpenLayers、Leaftlet
また、同一仕様で公開されるデータの増加も
図表2 津波の解析で利用する格子の例
いれば、ウェブ上でマッシュアップ的に行うこ
とも可能になる。用途は Javascript で実装で
きる程度の計算負荷の低い解析に限られるが、
それでも有効活用できる場面は少なくないので
はないだろうか。
標高タイルとベクトルタイルの公開をきっか
けに、ウェブを利用して最新の地理空間情報を
いつでも簡単に入手でき、活用できる環境が
整っていくことに期待したい。
注
(1) 「地理空間データを活用したサービスの普及と今後
(2)
5
の展望」
:http://www.mizuho-ir.co.jp/publication/
column/2014/1104.html
FOSS4G 2015 TOKYO:
http://www.osgeo.jp/events/foss4g2015/tokyo
国土地理院の標高タイル・ベクトルタイルに見る地理空間情報の活用促進の可能性
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地理院タイル:
http://maps.gsi.go.jp/development/siyou.html
マッシュアップ:ウェブ上に公開されている情報
を加工、編集して組み合わせることで、新たなサー
ビスを構築すること
地理院地図:地形図、写真、標高など日本の国土
の情報を発信するウェブ地図。
http://maps.gsi.go.jp/
国土地理院情報普及課公式 GitHub アカウント:
https://github.com/gsi-cyberjapan
GeoJSON:JSON 形式を用いて地理空間情報を表
現し、メタデータと関連付けるファイル形式。
基盤地図情報ダウンロードサービス:日本の基盤
地図情報ダウンロードするために国土地理院が公
開するサービス。http://fgd.gsi.go.jp/download/
GEBCO: 大 洋 水 深 総 図(General Bathymetric
Chart of the Oceans)全世界の海底地形図。
http://www.gebco.net/
ETOPO:アメリカ海洋大気庁(NOAA)が公開す
る 数 値 標 高 モ デ ル。https://www.ngdc.noaa.gov/
mgg/global/global.html
SRTM(Shuttle Rader Topography Mission):米
国スペースシャトルに搭載したレーダーで取得
したデータから作成した数値標高モデル。http://
www2.jpl.nasa.gov/srtm/
GeoTIFF:TIFF ファイルに地理的位置に関する
情報を埋め込む仕様を追加したファイル形式
NetCDF:多次元の配列データを格納するための
ファイル形式。
OGC(Open Geospatial Consortium): 地 理 情 報
システムの標準化団体。
http://www.opengeospatial.org/
OpayLayers、Leaflet:オープンソースのウェブ
マッピング用のライブラリ。Javascript のプログ
ラムと CSS ファイルなどからなり、マッシュアッ
プによるウェブ地図を簡単に作成できる。
参考文献
1. 地理空間情報の基本と活用 橋本雄一編 古今書院
2. FOSS4G HAND BOOK 森 亮(OSGeo 財団日本
代表)監修
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