鳥井昭宏:「電解加工用三相PWM整流器の線形モデル」

電解加工用三相 PWM 整流器の線形モデル
正員
中田篤史* 非会員
後藤昭弘* 正員
元谷卓** 上級会員
鳥井昭宏**
Linearization Model of Three-phase PWM Rectifier for Electrochemical Machining
Atsushi Nakata*, Akihiro Goto*, Suguru Mototani**, Akihiro Torii**
キーワード:放電電流,電解加工,線形モデル
Keywords:discharge-circuit current, electrochemical machining, linearization model
1.
まえがき
電解加工は,電極を N 側,加工対象物(ワーク)を P 側
としてその隙間に塩水など電解液を流しながら直流電流で
3.
シミュレーション回路構成
電解加工用直流電源には放電時の電流を制限する必要が
金属を加工する手法である。電極とワークとの極間が狭く,
あることを述べた。本論文では電鉄等で使用されているき
加工中に電解液から発生する水素の泡が原因で放電が生じ,
電側に直流リアクトルを挿入した三相 PWM 整流器を応用
1 回の加工工程で数回短絡状態になることも珍しくない(1)。
することとする(2)。図 3 に整流器の回路構成を示し,その制
放電が発生すると電極とワークの両方が損傷するため,加
御ブロック線図を図 4 に示す。図 3,4 の回路定数と制御定数
工を中断し,破損した電極の交換及び加工途中のワークを
を表 1 に示す。
破棄して初めから再加工する必要がある。放電時,直流電
源の電解コンデンサから瞬間的に大電流が流れることによ
り,損傷が大きくなる。電解コンデンサと負荷間に直流リ
アクトルを挿入し,短絡電流を抑制する手法があるが(2),負
荷急変時 LC 共振による電圧振動が生じるため,新たにこれ
らを抑制する対策が必要で,その設計手法の確立が重要で
ある。
図 3 整流器回路構成
本論文では放電電流抑制用 PWM 整流器の設計のための
線形モデルを検討する。
2.
電解加工時の放電
図 1 に電解加工構成を示す。予備実験には市販の直流電
源 40V,400A を使用した。極間距離は 0.1mm から開始し,電
図 4 整流器の制御ブロック線図
表 1 回路定数と制御定数
極を 1.5mm/min で下げて 150A 電流を流した。電解液の流量
は 5l/min となるようにポンプの回転数を調整する。予備実
験に用いた安定化電源は 10V とし 300A で電流制限をかけた。
図 2 に放電(赤丸)したときのワーク写真を示す。安定化電源
の電流制限をかけたものの,加工時に発生した水素の気泡
で放電が生じ,コンデンサ電流が瞬間的に流れた。その結
果,このような放電痕が生じ,電極も破損した。従って,
放電による短絡状態が生じても電解コンデンサから急激に
図 4 では PI 出力と相電圧の積を交流側線電流の指令値とし,
電流が流れない対策が必要である。
電流フィードバック制御を行う。これをここでは
ACR(Automatic Current Regulator)と呼ぶこととする。電流制
御系の電流指令値 Iac*と交流電流 Iac は十分に追従する制御
定数とした。図 3,4 の回路及び制御ブロック線図を非線形モ
デル化したものを,図 5 に示す。ただし,交流側線間電圧
実効値 Vac(rms)は一定値(20Vrms)とする。
図 1 電解加工構成
図 2 放電時ワーク写真
図 5 整流器の非線形モデルブロック線図
図 5 の除算部分を(3)式の結果と電力 P とを乗算した結果を
まとめると図 9 となる。図 9 に線形補償モデル化したブロ
ック線図を,図 10 に PWM 整流器と線形補償モデルの出力
電圧 Vo 波形を示す。ゲイン Kc(=1/Ro=1/0.1)は 10 とした。Kc
の算出法を(4)式に示す。
.......... (4)
図 6 PWM 整流器と非線形モデルの出力電圧 Vo 波形
図 9 に示すように図 8 の Idc=P/Vo* だけの近似に加え,
図 5 の非線形モデルは交流電力と直流電力が等しいとい
Idc=-(Vc-Vo*)/Ro(Vo*は 40V 一定の直流成分)を追加して補償を
う仮定からモデリングしている
(3)(4)
。それぞれの電力は
............................. (1)
であり,PWM 整流器は力率 1 制御をしており三相交流の有
効電力は脈動がなく一定であるので,交流電流の振幅値
行った。図 10 に示すように,(3)式を用いてコンデンサ電圧
の変化分を補償することで,非線形モデルとほぼ同一の特
性を持つモデル化が可能となった。
Iac*
は
....................................................... (2)
となる(4)。直流電流 Idc を求めるために電力 P を直流コンデ
図 9 整流器の線形補償モデル化したブロック線図
ンサ電圧 VC で除算しているため,非線形モデルとなる。図
6 に PWM 整流器と非線形モデルの出力電圧 Vo 波形を示す。
50%負荷(200A)から 100%負荷(400A)の負荷急変時を模擬し
ている。負荷が変動すると LC 共振による電圧振動が発生す
る。図 6 では PWM 整流器の出力電圧波形と,非線形モデル
の出力電圧波形は良く一致している。しかし設計法を確立
するためには,この非線形モデルを線形化する必要がある。
文献[4]では直流コンデンサ電圧 VC は変化しないという仮
定で線形モデル化を行っている。ここではコンデンサ電圧
図 10
4.
PWM 整流器と線形補償モデルの出力電圧 Vo 波形
まとめ
に変化がないので,定数 Vo*(40V)を用いた。図 7 に線形モデ
電解加工を行うと,電気分解によって水素が発生して放
ル化したブロック線図を示す。また,図 8 に PWM 整流器と
電が生じ,直流コンデンサから瞬間的に大電流が流れる問
線形モデルの出力電圧 Vo 波形を示す。LC 共振による電圧振
題があることを述べた。放電電流を抑制するために,直流
動が発生するため,直流コンデンサ電圧 VC も変化し,図 8
コンデンサと負荷の間に直流リアクトルを挿入すると,LC
に示すように VC を一定とした線形モデルでは誤差が生じる。
共振によって出力電圧が振動することを述べた。放電電流
抑制用 PWM 整流器の設計のため,線形モデルが必要なこと
を述べ,従来から発表されている非線形モデル,線形モデ
ルの特性を示した。従来の線形モデルでは直流電圧が変化
図 7 整流器の線形モデル化したブロック線図
しない仮定であり,本研究のように直流電圧が変動する場
合には誤差が生じることを述べた。本論文では線形補償モ
デルを示し,除算を用いた非線形モデルとほぼ同様の特性
が得られることを明らかにした。
本研究の一部は,総合科学技術・イノベーション会議の
SIP「革新的設計生産技術」
(管理法人:NEDO)によって実
施されました。ここに記して深く感謝いたします。
文
図 8 PWM 整流器と線形モデルの出力電圧 Vo 波形
そこで除算部を線形化するために,次式を用いることと
(1)
(2)
する。
.................................... (3)
a はコンデンサ電圧 VC の定常値 Vo*(40V),b はコンデンサ
電圧 VC の振動成分の振幅,
振動成分の瞬時値(|x|≦1, x=sin t)
を想定している。b/a<<1 であるならば,(3)式が成り立つ。
(3)
(4)
献
荒井,葉石,高鷲:
「電解加工の研究-短絡検出と電流遮断」,電気加
工学会誌, Vol.8, No.15, pp.29-43, (1974-1975)
長谷,小西,奥井:
「電気車負荷の特性を考慮した直流変電所用 PWM
コンバータの電圧制御方式」,日本機械学会交通・物流部門大会講演
論文集,Vol.12, pp.91-94, (2003)
電気学会・半導体電力変換システム調査委員会:
「パワーエレクトロ
ニクス回路」
,オーム社,pp.88-90,(2000)
伊東淳一,伊東洋一:「パワーエレクトロニクス技術教科書」,CQ
出版,pp.120-123,(2014)