INSIGHT: 航空宇宙・防衛

2016年3月
INSIGHT
航空宇宙・防衛
宇宙産業は、
買い手市場
航空宇宙・防衛 (Aerospace & Defense) 業界全体の中で、宇宙産業が最もホットなセクター
のひとつであることは疑うべくもない。サプライヤーが工業レベルの大量生産を目指す一方、
その顧客企業も、競合他社も、目まぐるしい勢いで革新的な技術を繰り出しており、その変化
の様相はドラマチックで、従来の産業標準を一変させてしまう可能性もある。
近い将来、衛星打ち上げ費用は 3,000 万ドル~ 5,000 万ドル
図1:世界の静止通信衛星発注数と世界全体の衛星サービス
(34.5 ~ 57.5 億 円、1ドル =115 円 換 算)の価 格 帯 にまで
の収益(2009 ~ 2015 年)
10億ドル
下がり、低地球軌道には、1,000 機もの衛星がひしめき
140.0
12.0
合うようになると予測されている。現在、国家安全 保障
122.9
10%
118.6
113.5
120.0
10.0
目 的で行 われる衛 星の打ち上 げには、4億 2,000 万ドル
107.8
99.2
92.9
100.0
(483 億円、同換算)もかかるケースがあることを考えれば、
8.0
9%
80.0
このコスト低減がいかに劇的な変化であるかが分かるだろ
7%
6.0
う。宇宙産業各社は、顧客層の多様化に伴うニーズの広が
60.0
5%
4.0
4%
りと、絶えず変化する市場の要求に迅速に対応し続けなけ
40.0
4%
31
2.0
ればならない。これは歴史のある既存プレーヤーにとって、
27
20.0
24
18
19
10
とりわけ厳しい課題である。また熾烈な競争はもとより、
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
さまざまな国家宇宙プログラムには政府の資金供給がな
宇宙探査機の発注数
成長率
世界全体の衛星サービスの収益
されていることもあって、コスト引き下げの圧力が厳しい。
出典:米国衛星産業協会(Satellite Industry Associations)
(Tauri Group)、Gunter’s Space
古くから宇宙ビジネスで一定の地位を築いてきた企業や、
Pageをもとに、AlixPartners分析
政府サプライヤーとして長い実績を持つ企業も、価格引き
下げを余儀なくされている。そして多くの場合、各社が独自 「破壊的な」木を見て、森を見る
でコスト削減を実現するよりも早いペースで、新たな変化が
ここ数年来「破壊的」と言われ、価値基準を一変させるよう
起こっている。
な画期的な技術が、異例のスピードで数多く開発された。
再利用型ランチャー、
デジタル技術による衛星の軌道再構成
ランチャー(発射装置)や商業衛星のメーカーは、各社それ
およびそのサービス化、
3D印刷製造技術、
ナノ衛星、
マイクロ
ぞれに努力を積み重ねてきてはいるが、生産能力が過剰
衛星、ボルトオン式ペイロード、これら全てが重大な技術
で、価格差別化がまったくできていないという根本的課題
革新によって可能になった。全体の傾向として、宇宙業界
に、未だ対処できていない。そうした根本的課題に解決の
における最近の議論や論争はもっぱら、
テクノロジーを中心
兆しが見えるまで、宇宙産業は、買い手市場であり続ける
に展開されている。
だろう。最近は組織統合や戦略的提携も実施されているが、
これも過剰能力の削減を目的としたものではなく、垂直
一方ビジネス面に関して、新技術の商用化可能性、もしくは
統合によって得られるメリットを期待して実施されているも
このところ続いている業界再編が話題の中心だ。具体例と
ののようだ。
しては SSL と MDA の合併、Orbital と ATK の合併、Airbus
と Safran とのジョイントベンチャー Ariane6、Lockheed
宇宙探査機の発注数は過去 12 か月間に急減したが、衛星
Martin によって最近設立された衛星研究開発施設などがあ
サービスによる収益は世界全体で増加を続けている。
ただし、
る。
収益の成長率は、過去数年と比べて低下している(図 1)
。現
在、宇宙産業で競合するベンダーの数は、統合前の段階で、
少なくとも9カ国 17 社に上る。業界は自ら改革を進めている
が、2016 年こそ変化を引き起こし、現在の買い手市場に立ち
向かえるよう、自らの能力を高めなければならない。 %
1 Michael Belfiore, “The Rocketeer,” Foreign Policy, 2013年12月9日; http://foreignpolicy.com/2013/12/09/the-rocketeer.
2 Melody Petersen, “Congress OKs bill banning purchases of Russian-made rocket engines,” Los Angeles Times, 2014年12月12日; http://www.latimes.com/business/la-fi-russian-rocketban-20141213-story.html.
1
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しかしそこには、重大な論点が抜け落ちている。話題の焦点
が技術革新であれ、業界再編であれ、技術の進歩が余り
にも速く、ユーザーのニーズや需要の変化が余りにも劇的
である点を見逃してはいけない。すなわち、この業界で生き
残るためには、製造コストやサイクルタイムをかつてないほ
ど削減する必要がある(図2)。
るにもかかわらず、こうした「特注」タイプの生産の学習
曲線が緩やかになっていたり、あるいはコストが下ってい
たりすることを示す証拠はほとんどない。これらの製造
サイクルタイムを短縮し、コストを削減しながら、必要な
信頼性レベルを維持するために、ランチャーや衛星のメー
カーは、航空宇宙・防衛業界の他部門では既に当たり前と
なっている生産技術を採用しなければならない。
これまで宇宙産業で想定されてきた学習曲線
衛星の大量生産にこれまで
必要とされてきた労働量
出発点(求められるレベル)
労働時間
宇宙探査機1機当たりの総労働量
図2:規模の重要性 — 偉大な「傑作」から、小規模な「工業製品」へ
コスト目標
衛星の大量生産に必要な
労働量(求められるレベル)
-
200
出典:AlixPartners
新しい宇宙産業市場は非常に競争が激しい。そこで生き
残れるのは、研究所で実験的に「傑作」を生み出す方式
から、航空宇宙品質を備えた「工業製品」へと迅速に移行
することができるメーカーだけになるだろう。
400
ユニット数
600
800
図3:製造期間の増大、2014 年、2015 年
月数
40.0
重量が1,000キログラムを上回る衛星の平均的な製造期間(月)
34.0
衛星の製造を事業としている企業の中には、非常に低い
初期見積額に対し、さらに 40% 超のコスト削減を実現する
企業もある。このような大胆な動きは、民間のセキュリティ
分野や国家安全保障分野にも広がっており、同時に重要
性も高まっている。高度な機能性や耐久性が求められる
国家安全保障分野でも、いずれは商業分野で実現されたイ
ノベーションが採用される可能性が高い。リードタイム短
縮に関連したイノベーションがその代表格である。商業分
野の動向から適切な動きを読み取り、これを採用すること
ができれば、確固たる競争優位を獲得することができるだ
ろう。
30.0
30.0
20.0
10.0
-
2004年
出典:Futron Incorporated、Gunter’s Space Page
2015年
宇宙産業において大量・高速生産手法を導入することは
可能だが、そのためには、反復可能かつ生産可能な設計
と、専用の生産システムが必要になる。宇宙分野のメーカー
の中には、既に平行パルスラインなどの生産方式を採用し、
不必要な試験を廃止し、戦略的在庫を実現してサイクル
タイムの削減を図っている企業もある。しかし、宇宙分野
のメーカーの大部分は、未だに衛星を特注の単発製品とし
て扱っている。その結果、コストの高い手法が残っており、
サブシステム、システム、最終組立の各段階で重複する試験
を行ったり、限られた動作しか期待されていない機器にあら
ゆる種類の性能要件を要求したりしている。そしてメーカー
は、そうしたコストと時間のかかる要件をサプライヤーにも
課している。しかしながら、製品企画・開発、製造、サプライ
チェーンマネジメントに伴う課題を解決するつもりなら、業界
はこうした旧来の考え方を変えなければならない。
宇宙製品が、工業製品化する
ランチャーや衛星は一般に、高価格・少量生産の「特注
品」的な性格を持つ。高度な個別設計を要する部分が多く、
当然、エンジニアリングコストも高くなる。ひとたび製品が
軌道上に打ち上げられると、補修や変更はできないため、
打ち上げに当たって一分の隙も無い完璧な信頼性と、軌道
上での極めて長い製品寿命が求められる。その結果、設計
時間はさらに長くなり、コストも増え、さらに厳しい技術要
件を生むといった悪循環をもたらしている。
現在の製造サイクルタイムは、2年から3年である。サイ
クルタイム は、過 去 10 年 の 間 に 長 期 化してきた。衛 星
がより重く、より複雑になったため、建造に要する労力
や精 巧さも増したた めである(図3)。このような方 向
性を維 持していくことが、ますます不 可 能になりつつあ
2
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まとめ:工業化された宇宙ビジネスを打ち上げる
}} クレーンの使用など、コストやリスクが大きいプロセスの
必要性をなくすための治具や工具を設計する。
宇宙産業が標準的な航空宇宙業界の学習曲線と同様の
発展を実現するためには、現在の慣行のほぼ全てを見直さ
なければならない。真の変革に必要なスケールのコスト削
減を実現しようとすれば、衛星やランチャーに関する技術の
あらゆる側面を見直す必要がある。例えば、以下のステップ
が考えられる。
}} 柔軟で再設定が可能な試験機器を設計する。
サプライチェーンマネジメント
}} カテゴリーを明確に設定し、支出を戦略的に管理する。
}} 内製・調達の決定を定期的に見直し、サプライヤーの価格
の上昇を管理する。
製品企画・開発
}} サプライヤーとの単独供給関係を避ける。
}} 組織が抱える障害やこれまでの考え方を打破し、コスト
}} ビルドトゥスペック方式(顧客が提供する仕様設計に基づ
やスケジュール面での実績を、技術的卓越性と同等に重
視する文化を確立する。
いて製造)からビルドトゥプリント方式(顧客が提供する
詳細設計に基づいて製造)に移行する。
}} 顧客企業と協力し、コスト・性能・スケジュールのトレー
ドオフを最大限に活用した要件を定義する。
}} 標準設計やモジュール設計を採用し、(1)コスト、
(2)スケジュールタイム、
(3)リードタイムを削減・短縮
する。
}} 技術コスト削減手法を積極導入するとともに、サプライ
ヤーからの情報を設計活動全体に取り入れる。
}} サプライヤーと協力し、サプライヤー側の文書作成、試験、
管理のためのコストを削減する。
}} 品質(生産から軌道上の性能に至るまで)に対し、強力な
}} デジタル技術の利用を増やし、設計のカスタマイズを最
インセンティブを導入する。
小限に留める。
近い将来、実際に衛星打ち上げ費用が 3,000 万ドル~ 5,000
万ドルにまで下がり、低地球軌道に 1,000 機もの衛星がひ
しめき合うようになる未来が訪れるかどうかは、今のところ
定かではない。しかし、こうしたベンチャー・ビジネスモデ
ルに投資する価値が本当にあるのか、プロフィットプール
(全ステークホルダーの利益の総和)がバリューチェーンの
間で最終的にどのように配分されるのか、といった疑問とは
無関係に、既に宇宙産業は、不可逆的な変化を遂げつつあ
る。衛星やランチャーのメーカーは、事業のあり方を見直し、
劇的なコスト削減や生産リードタイムの短縮を求めはじめて
いる。こうした市場での競争に適応することができなければ、
長期的に生き残れる可能性は低い。
}} 部品、一部組み立て、組み立て完了の各段階で重複する
試験を廃止もしくは最小化する。
}} 過去に一回だけあった特異な事象に基づいて策定され、
受け継がれてきた試験プロトコルを廃止する。
}} 商業グレードの仕様やハードウェアの利用を増やす。
製造
}} リーン・マニュファクチュアリング(効率的で無駄のない
製造)の原則を全面的に取り入れた生産システムを設計
する。
}} 自動化された反復的な試験方法やプロトコルを利用する。
}} オートメーションやロボットを導入し、品質の向上を図る
と同時にコストを削減する。
}} 積層造形技術の利用を劇的に増やす。
SpaceX:市場を破壊し、
ランチャー技術を破壊する
SpaceX として一般に知られる Space Exploration Technologies Corporation 社は、いかにも民間企業らしい、シリコンバレー
の影響を受けたアプローチを、
再利用型ランチャー技術に採用している。無駄のない「リーンな」組織モデルを取り入れた同
社の再利用型機の生産ラインは、計画・設計・生産の革新的モデルとして、宇宙ビジネスセクター全体で参考にすることが
できる(図4)。設計、製造、プロトタイプ試験の各プロセスがそれぞれ緊密に連携し、循環しており、経験から得た教訓を
フィードバックできるようになっている。事前に全てのシステム間の相互作用を予測するには大きな手間と費用がかかるが、
この方法ならば実際の経験を通じて学習することが可能であるため、そうした予測が必要ない。同社が製造する各種製品
には共通機能が多く、
製造プロセスはごく一部を下請業者に委託しているものの、
多くの部分を内製化している。標準化など、
一般のメーカーと同様の製造方法を活用している。同社の開発コストは競合企業の約 25%、運営費は他の従来型ランチャー
のメーカーの 50% 程度である 。
図4:SPACEX:破壊的技術の最前線
Dragon(宇宙探査機)
再突入能力を備える
Falcon 9(ランチャー)
マーリンエンジン9基を搭載
Falcon Heavy(ランチャー)
Falcon9にサイドブースター(横付補助
ロケット)を追加(現在研究開発中)
Grasshopper
(離着陸機能実証機)
3 Tim Fernholz, “What it took for Elon Musk’s SpaceX to disrupt Boeing, leapfrog NASA, and become a serious space company,” Quartz.com, 2014年10月21日; http://qz.com/281619/
what-it-took-for-elon-musks-spacex-to-disrupt-boeing-leapfrog-nasa-and-become-a-serious-space-company/.
4 AlixPartners, “Disruptive Innovation in Aerospace and Defense,” 2015年3月; http://www.alixpartners.com/en/LinkClick.aspx?fileticket=uonkB2ORYOE%3d&tabid=635.
3
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