「日本の顔」となるブランド観光地を目指して

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「日本の顔」となるブランド観光地を目指して
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「日本の顔」となるブランド観光地を目指して
∼「海風の国」
(佐世保・小値賀)におけるDMOの形∼
公益財団法人 佐世保観光コンベンション協会
理事長 飯 田 満 治
昭和23年 佐世保市生まれ
昭和46年 早稲田大学第一法学部卒業
昭和47年 株式会社九十九島観光ホテル入社
昭和58年∼平成15年 財団法人佐世保観光開発公社理事
昭和60年 株式会社九十九島観光ホテル代表取締役社長
平成10年∼15年 社団法人佐世保観光協会副会長
平成10年∼11年 佐世保商工会議所副会頭
平成11年 同 常議員(現在)
平成15年 財団法人佐世保観光コンベンション協会副理事長
平成21年 財団法人佐世保観光コンベンション協会理事長
平成25年 公益財団法人佐世保観光コンベンション協会理事長(現在)
平成25年 株式会社ジェイ・ティ・アイ佐世保支社取締役会長(現在)
1.はじめに ∼
「海風の国」とは∼
うくしま)
」、400年以上の歴史を誇る国の伝
統的工芸品「三川内(みかわち)焼」や江戸
はじめに、私たちの地域のご紹介をしま
時代の平戸往還の本陣跡が現存する江迎本陣
しょう。
「海風の国」は、日本の最西端に位
跡、江戸時代から今も続く茶市で賑わう早岐
置し、海で約60㎞離れた五島列島最北の島
瀬戸、世界遺産登録を目指している「長崎の
「宇久島」をエリアに含む人口約25万人の中
教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産
核都市である佐世保市と、宇久島に隣接し五
「黒島天主堂」が現存し隠れキリシタンの歴
島列島を構成する小値賀本島のほか大小17の
史を今に伝える黒島、明治時代に鎮守府が置
島からなる人口約2,600人の小値賀町の1市、
かれたことで急速に発展した佐世保港を取り
1町で構成されます。対馬暖流が流れ温暖な
巻く近代化遺産群など、数えきれないほどの
気候と、多くの島々が点在する外洋性多島海、
魅力を備えた特色ある地域です。また、小値
複雑なリアス海岸の自然環境が、他にない美
賀町は佐世保港から高速船で約1時間30分、
しい景観と豊富な水産資源をもたらす豊かな
生活圏を共有する地域であるとともに、先述
地域です。
した西海国立公園としても一つの圏域を構成
ハウステンボスや佐世保バーガーで全国的
する地域で、古くは遣唐使船の風待ち浦とし
に知られる佐世保市ですが、前述した自然環
て、江戸期には捕鯨の基地として隆盛を誇っ
境を代表する西海国立公園「九十九島
(くじゅ
た歴史を持ち、属島のひとつ野崎島には、黒
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島と同じく世界遺産登録を目指す旧野首教会
「海」が暮らしを隔てるものではなく一つの
が現存し、隠れキリシタンの歴史を今に伝え
大きな暮らしの舞台であること、そして島国
ています。
日本が長い歴史の中で育んできた文化のルー
ツがここ最西端の海にあるというメッセージ
を込めています。同時に、進取の気鋭に富み、
しなやかな感性で異文化との交流を楽しむ当
圏域の人々の気質を表しています。
旧野首教会堂(小値賀町野崎島)
さて、視点を変えて当圏域の地理的環境や、
地勢、気候、自然環境、そしてそれらと密接に
関係する歴史を紐解き、様々な角度から見直
すと、当圏域にしかない特性が見えてきます。
九十九島でのシーカヤック体験
・古代からつづく暖流がもたらす温暖な気
候と自然環境による命の豊かさ。
・海を渡ってもたらされる異文化を日本で
最初に迎え、交流してきた、世界への玄
本市の観光は平成21年から平成27年まで6
関口としての役割。
年連続で増加しており、堅調に推移していま
・複雑な海岸線が作り出す浦々と無数の
島々で醸成された多様な暮らし。
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2.好調に成長を続ける佐世保観光
す。特に本市観光を代表するハウステンボス
と九十九島パールシーリゾートが好調で、他
このように見ていくと、その特性が、当圏
観光地を牽引する形で本市観光が伸張してい
域の一見ばらばらにも見える多彩な魅力全体
るのが特徴です。また、平成21年、九十九島
を裏付けていることがわかります。
水族館「海きらら」のオープン、平成22年、
私たちは、当圏域を「海風の国」と名付け
H.I.Sによるハウステンボス再生、平成24年、
ました。この名前には、生活様式の変化に伴っ
全国和牛能力共進会開催、平成25年、長崎国
て忘れられた「海からの視点」を取り戻し、
体リハーサル大会、平成26年、長崎がんばら
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「日本の顔」となるブランド観光地を目指して
ん ば 国 体、 が ん ば ら ん ば 大 会、 平 成27年、
光庁が大きく舵を切ります。それが「新観光
九十九島遊覧船みらい就航と、様々なイベン
圏」です。当時、全国49か所にまで膨れ上がっ
トや観光施策等が全体的な観光客数を引き上
ていた観光圏の中から、6か所だけが「新観
げたことも特徴の一つと言えるでしょう。
光圏」として国土交通大臣の認定を受け、
「住
このような右肩上がりの中にある好調な観
んでよし、訪れてよし。」の観光地域づくり、
光産業を維持するとともに、さらに伸ばしてい
そして我が国の顔となる「観光地域ブランド
くことが当協会の役割であると考えています。
の確立」に取り組むこととなりました。その
一つが私たち「海風の国」佐世保・小値賀観
3.目指す将来像 ∼観光地域
づくりとブランド観光地∼
光圏です。
私たちは、まず、この新観光圏事業を推進
するために佐世保市と小値賀町の支援を受け、
話しは少し変わりますが、これまでの我が
当協会内に観光地域づくり推進室を立ち上げ
国の観光施策の多くが、観光地や観光施設へ
ました。そして関係各所のご協力を頂きなが
の集客や宿泊施設、飲食施設等の利用促進に
ら調査を行い、議論を交わし、私たちの地域
多くの費用とエネルギーを注いできました。
が持つDNAともいうべき、地域独自の価値
本市も例外ではなく同様の取り組みを行って
を洗い出し、我が国を代表するに足る価値の
来ました。このことは決して間違いではなく、
提供をめざすためのブランドコンセプトを創
今後も必要かつ重要なことだと思います。し
り上げたのです。
かし、現在の観光を取り巻く環境は非常に厳
※ブランドコンセプト:
「海風の国」
しさを増しています。なぜなら、それは少子
∼暮らしを育む海舞台、浦々の四季で迎え
高齢化、人口減少という危機を迎えているか
る西海物語∼
らです。どんなに観光施設がきらびやかで魅
力的であったとしても衰退している地域を誰
が訪れようと思うでしょうか。そこに住む人
たちが地域独自の歴史や文化に誇りをもち、
愛着をもって住み続けている地域をこそ訪れ
たいと思わないでしょうか? この考えは実
は平成18年、今から10年も前に、国が掲げた
「観光立国」において「住んでよし、訪れて
よし。」という基本理念に示されています。
しかし残念ながら長い期間、効果的な実行を
伴わないものでした。ところが平成25年、観
「海風の国」シンボルマーク
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先述しましたが、多彩な魅力を誇る地域特
性のゆえに統一したイメージが描きにくかっ
4.新たな取り組み「九十九島PR」
た弱点を、この圏域を「海をルーツとする小
私たち佐世保市民の誇りであり、かけがえ
さな魅力の集合体」として表すことで独自の
のない財産ともいうべき「九十九島(くじゅ
価値に変換したのです。「海風の国」に特徴
うくしま)」は九州では73.6%と一定の知名
ある11のエリアを設定し、それぞれにエリア
度を誇りますが、首都圏を始めとする関東圏
コンセプトをたてました。これでやっと次の
では28.5%と、ハウステンボス80.9%や佐世
ステージに進むことができます。いよいよ観
保バーガー74.0%と比較すると圧倒的に知名
光地域づくりです。
度が低いことがわかっています。そこで、
「住んでよし、訪れてよし。」の実現は地域
九十九島の全国的な知名度を上げるべく平成
が主役です。地域独自の魅力を再認識し、地
27年度から3か年計画で取り組み始めたのが
域におけるブランド価値の提供を地域自身が
「九十九島PR事業」です。
行う仕組みづくりを進めています。取り組み
1年目(平成27年度)は、関東圏の方々が
始めから3年、いまだ全域には至っていませ
「行ってみたい」と思うために必要な、
「興味」
ん が、 重 点 エ リ ア に 黒 島、 江 迎、 三 川 内、
を惹くコンテンツ作りを行いました。その際、
九十九島を位置付け、徐々にその体制が構築
佐世保側が「売りたい素材」を並べ立て告知
されつつあります。
するのではなく、消費者である関東圏の方々
また、我が国を代表するブランド観光地と
が「買ってみたい」と思う(興味を示す)内
なるためにはブランド価値の提供と維持・改
容にして伝えていくことが必要ですから、
善の仕組みが必要です。そこでまずは宿泊施
九十九島の素材や情報をそのまま伝えるので
設の品質管理を行う「SAKURA QUALITY
はなく、「関東在住のよそ者目線」で隠れた
(サクラクオリティ)」に全国の新観光圏の仲
魅力を表現することを目指しました。具体的
間と取り組むこととしています。このほかに
には、9人の関東圏のクリエイター候補生を
魅力的な二次交通や「海風の国」らしい滞在
受講生とし、㈱POOLの小西利行氏を校長と
交流プログラムとして「SASEBOクルーズ
する「九十九島大学」を設置して、小西氏を
バス“海風”」や「SASEBO軍港クルーズ」
含めて9人の著名クリエイターを講師として
など新たなチャレンジも始めています。
お招きし、九十九島の99の観光素材の「ネタ
化」を行ったのです。
「ネタ化」とは、ひと
つひとつの素材を「伝わる」ように受け手側
の短い言葉で表現することで、言葉だけでは
なく、Vineという6秒動画アプリを使用し
て動画でも表現しました。九十九島の99のミ
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「日本の顔」となるブランド観光地を目指して
九十九島の月明かり
九十九島の夕やけ
ニ動画を一度に見ることのできる公式ホーム
①九十九島の「ストーリー」が伝わる(素
ページを開設したほか、PR素材映像の蓄積
材の質的醸成)
も図りました。
1年目に体験したクリエイターが体感
実はこの取り組み、佐世保市と株式会社宣
をストーリーに仕立て、特別感を座談会
伝会議、事業構想大学院、そして当協会が産
等で発信する。
官学連携で取り組んでいる「九十九島大学」
②九十九島の「多様性」が伝わる(素材の
としてグッドデザイン賞2015(分類「教育・
量的インパクト)
推進・支援手法」)を受賞しました。 こ の
1年目に撮りためた映像を最大限に編
「九十九島大学」は、旅クリプロジェクトの
集し活用。交通やインターネット広告等
一つで、旅とクリエイティブを掛け合わせて、
で興味喚起に、キュレーションサイトで
地域活性化を図るプロジェクトです。
旅好きの行動支援に展開し、ストーリー
2年目となる平成28年度は
の魅力を伝える。
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③九十九島の「食」が伝わる(首都圏での
5.終わりに ∼観光地域づくり
体感インパクト)
プラットフォーム(=DMO)
プラットフォーム(=DMO)
首都圏で人気の高い九十九島の食材
を目指して∼
を目指して∼
(カキ、トラフグ等)を使った企画を都心
部で展開する。
これまでに述べてきた様々な取り組みを、
ことを計画しています。
ブランドコンセプトのもとに一体感をもって
確実に進めるためには様々な機能と役割を担
う一つの組織体が必要です。それが新観光圏
事業で求められる機能「観光地域づくりプ
ラットフォーム機能」であり、近年、地方創
生を機に聞く機会が多くなってきた「DMO
(=Destination Management Organization)」
です。マーケティングに始まり、目標値の設
定・管理、ブランドコンセプトの維持・管理・
九十九島に咲くカノコユリと遊覧船「パールクィーン」
「海風の国」佐世保・小値賀観光圏 推進体制
観光圏推進協議会(最高意思決定機関4名)
観光圏アドバイザー
・清水愼一(観光地域づくりPF推進機構会長)
・坂元英俊(観光圏中核人材育成委員)
・佐世保市長 ・佐世保観光コンベンション協会 理事長
・小値賀町長 ・おぢかアイランドツーリズム協会 理事長
小値賀町
佐世保市
観光圏推進委員会(執行機関9名)
観光圏庁内プロジェクト会議
・佐世保観光コンベンション協会(正副理事長5名)
・おぢかアイランドツーリズム協会 理事長
・佐世保市観光物産振興局長
・小値賀町総務課長
・長崎県県北振興局長
(計19課)
・観光物産振興局
・企画部 (5課)
・財務部
・農水商工部 (3課)
・都市整備部 (3課)
・土木部
・港湾部
・市民生活部 (2課)
・環境部 環境保全課
・教育委員会 社会教育課
NPOおぢかアイランド
ツーリズム協会
観光地域づくりプラットフォーム (公財)佐世保観光コンベンション協会
企画推進課
・計画策定 ・地域の魅力発掘 ・人材育成
・滞在交流型商品企画造成
・地域のホスピタリティ向上
・マーケティング調査 ・地域マネジメント
・ホームページ企画管理 ・計画評価
事務局長(常務理事)
観光地域づくり会議
・事務局長(常務理事)
・観光地域づくりマネージャー(13名)
・事業部長
・企画推進・誘致宣伝・案内販売各課長
事業部
誘致宣伝課
・修学等観光客誘致 ・MICE誘致拡充
・滞在交流型商品営業
・滞在交流型観光商品受付販売
案内販売課
・ワンストップ窓口(観光案内/旅行商品造成・販売)
総務部
総務課 ・会計 ・庶務
賛助会員(観光施設/宿泊施設/交通事業者/商工業者/飲食事業者/地域・各種団体/個人/その他)
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「日本の顔」となるブランド観光地を目指して
向上、情報の一元管理と統一的発信、観光客
へのワンストップ窓口のサービス提供など、
求められる機能は多岐に渡ります。しかし、
これまで述べてきた全ての取り組みを計画的
かつ効果的に進めるためには必要不可欠です。
そこで、私たちは国、長崎県、佐世保市、小
値賀町の支援を頂きながら新観光圏事業とし
て推進しているところです。今後もぶれるこ
となく確実かつ着実に事業を推進していき、
「海風の国」佐世保・小値賀が国内外を問わず、
選ばれる観光地となるとともに、地域住民の
皆さまが誇りと愛着をもって暮らし続けてい
くことができる観光地域づくりに取り組んで
いきたいと思います。
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