基礎商法2 第4回 本日の内容 • 商業登記 2 基礎商法2 第4回 商業登記 3 商業登記の意義 I. 商業登記制度 1. 定義 商法、会社法等の定めに基づき商業登記簿になす登記 2. 制度趣旨 ① 企業における重要事実の公示 ② 公示した事実について相手方の認識を擬制 ③ (とくに会社法における)諸規制の実効性確保 3. 商業登記事項 ① 絶対的登記事項 ② 相対的登記事項 ※条文上、両者を合わせて「登記すべき事項」 4 II. 商業登記手続 1. 登記義務者 「当事者」(個人商人なら本人、会社は会社代表者) ※不動産登記と異なり単独申請主義 2. 具体的登記手続 登記手続については商業登記法が規定 • • 基本的には登記義務者が管轄する法務局、地方法務局(支所、 出張所)において登記申請 例外的に裁判所による嘱託登記等あり 5 3. 登記申請の審査 i. 審査権限の範囲 a. 申請事項の形式的適法性のみを審査する(形式的審査権主 義)(判例〔最判S61.11.集民149-89〕、通説) 申請事項の実体的な真実性についても審査権限を有する(実 質的審査主義)(旧説) ⇒①登記手続の渋滞、②登記官の審査能力(裁判官ではない)の 点から、現在では実質的審査主義に立つ見解はほとんどない b. ii. 商登24条10号の扱い 「登記事項につき無効・取消原因があるとき」には登記申請を 却下できる ⇒実質的審査権限を認めたもの? 〔判例〕(最判S43.12.24百-11)取締役の退任によって法定の員数を 欠くに至った場合に、権利義務役員(会346Ⅰ)となることを理由 に退任登記申請が却下 →退任取締役が却下処分取消請求 〔判旨〕「・・・法律上許された資料のみによるかぎり、登記官は前記 (権利義務取締役の成否)のような事項についても審査権を有す る」 6 III. 会社法における登記 1. 設立登記事項(主なもの)(会911Ⅲ) ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ 事業目的 商号 本店・支店の所在場所 資本金 発行可能株式数 発行済株式総数 取締役の氏名、代表取締役の住所・氏名 取締役以外の設置機関 公告方法 2. 会社成立後の登記事項 ① 取締役・代表取締役の就任・退任 ② 募集株式発行等による発行済株式総数の変更、資本金額の 変更 7 司法試験で出題された 登記簿(H26論文) 8 商業登記の効力 消極的公示力 一般的効力 積極的公示力 登記の効力 創設的効力 特殊な効力 不実登記 の効果 その他の効力 9 I. 一般的効力 1. 消極的⇔積極的 消極的公示力=登記すべき事項が未登記の場合の効力 積極的公示力=登記すべき事項の登記後の効力 ※要は登記の公示力のこと 2. 消極的公示力(商9Ⅰ前段、会908Ⅰ前段) 〔要件〕登記すべき事項につき未登記 〔効果〕善意の第三者に対して登記すべき事項を対抗不可 i. 適用範囲 • 法律行為のほか、取引的不法行為にも適用あり • 民事訴訟に適用があるか否かについては見解が分かれるが、 判例は消極(最判S43.11.1百-6。ただし特殊な事案で射程不明 確) 10 ii. 「第三者に対抗できない」 • 登記義務者から未登記の事項についての事実を第三者に主張 できない、との意味。第三者からその事実を主張することは差し 支えない • 登記当事者相互間(たとえば取締役=会社間)や第三者相互間 には適用がなく、原則に戻って事実の主張はそれぞれが自由に 行える iii. 第三者の善意 • 商9Ⅰ前段の「善意」は文字通りの善意であり、過失の有無を問 わない(重過失があってもよい) • 善意・悪意の判断時期は第三者が法律上の利害関係を有する に至った時点 • 証明責任については、登記義務者が第三者の「悪意」を証明す る責任を負う 11 3. 積極的公示力 i. 商9(会908)Ⅰ後段の意義 条文をそのまま読むと、“登記事項については、登記後におい ては、正当の事由がない限り常に第三者は悪意と見なされる” という趣旨に読める(悪意擬制説) ⇒表見規定(民112、商24、会354)が実質的に死文化するおそれ (誤信の要件が満たされない) ii. 「正当の事由」 交通の途絶や登記情報の滅失などの客観的事情のみを指し、 主観的事情(病気や不在)は含まない 突然の代表者の交代があった場合でも、登記簿を閲覧可能な 日数が経過すれば正当事由はない(最判S52.12.23百-8) 12 4. 悪意擬制説の問題点とその解決 i. 設例 甲株式会社代表取締役Aは退任後(退任登記済)に、代表印等 を用いてXと取引を行った。Xが甲社に支払いを求めたところ、甲 社はAの代理権を争い、Xは民112による表見代理を主張 通常であれば(取締役の事例でなければ)、XがAの代理権消滅 (=代表取締役退任)につき善意・無過失であれば民112によっ て甲社の支払責任肯定 ii. 悪意擬制説からの帰結 商9Ⅰ後段の適用がある場合には、同項の「正当の事由」がない 限り、登記事項を善意の第三者に対抗できるから、民112の(類 推)適用の余地なし(最判S49.3.22百-7) ⇒代理権(代表権)の有無が登記で公示されている場合には、代理 権消滅について悪意が擬制される(商9Ⅰにいう「正当の事由」が ある場合を除く) ⇒代理権の有無が登記で公示されている場合には、表見規定は適 用の余地がなくなるのではないか 13 ii. 学説の状況 a. b. c. d. 表見代表取締役(会354)、表見支配人(商24)の規定は、商業 登記の一般的効力の例外として定められた規定だから、これら の規定は商9(会908)Ⅰに優先して適用される【例外規定説】 表見規定の適用要件を充足する場合には、商9(会908Ⅰ)後段 の「正当の事由」がある【正当事由弾力化説】 商業登記は事実を公示するものであるから、事実と異なる登記 については登記の公示力は生じない。表見責任が生じる場合 は、表見規定によって擬制される事実と登記が相違していると 考えて、登記の積極的公示力を否定【異対象説】 商9(会908)Ⅰ後段は悪意を擬制するものではなく、退任登記を 行えば、代表権喪失による無権代理を会社が主張できるにとど まる。そのうえで表見規定が適用される(積極的公示力の存在 を否定)【異次元説】 14 iii. 検討 学説a、bは、商9(会908)Ⅰについて悪意擬制説に立ったうえで、 (少なくとも商法の)表見責任が生じる場合については、登記を 確認していない第三者を保護する立場 学説dは、民112を含めて表見責任が成立する場面で善意の第 三者を保護することを目指すが、積極的公示力を否定する点に 問題あり(登記制度の意義を没却するのではないか) iv. 留意点 会社法において表見代表取締役(あるいは総則における表見 支配人)に関する事案が取り上げられた際には、登記に関する 言及がなければ表見規定についてのみ検討すれば足りる 一方、事案のなかで登記について言及があった場合には、必ず 登記の効力について検討をすべきであり、とくに善意の第三者 について悪意が擬制されることになるのかどうかを論じる必要 が生じる 15 II. 創設的効力 1. 意義 会社は本店所在地の設立登記で成立(会49,579,754Ⅰ 等) ⇒登記によって新たな法律関係を創設することを「創設的効 力」 2. 会社設立後の商号変更と創設的効力 〔例〕甲会社は設立登記を経由して設立された後に商号を乙 会社に変更するも未登記。甲(乙)会社代表取締役A の手形行為について手形債権者Xが、未登記の乙会 社は存在しないとしてAに対し無権代理人の責任を追 及 〔判例〕(最判S35.4.14民集14-5-833)変更商号未登記であっ ても会社は実在しており有権代理 16 II. その他の効力 ① 商号譲渡の対抗要件(商15Ⅱ) ② 外国会社は登記を行うまでは国内での継続的取引禁止 (会818Ⅰ) ③ 持分会社社員の退社登記・持分全部譲渡登記後2年、 または持分会社解散登記から5年で持分会社社員の債 権者に対する責任消滅(会586Ⅱ,612Ⅱ673Ⅰ)【免責的 効力】 ④ 吸収合併消滅会社の消滅の対抗要件(会750Ⅱ、 752Ⅱ) 17 不実登記 I. 総論 1. 不実登記 登記された事項に対応する事実が存在しない状態 2. 不実登記の基本的な効果 登記は基礎となる事実の存在を前提とするから、基礎と なる事実を欠く登記については効力は生じない ※登記事項に、対応する事実が存在することについての事実上の 推定が働く余地はあるが、事実の存在が法律上推定されるわけ ではない 18 II. 不実登記を信頼した第三者の保護 1. 総論 不実登記がなされると、対応する事実が存在するような 外観が生じ、これを誤審した第三者に不測の損害が生じ るおそれ ⇒登記を信頼した第三者保護の必要性(一種の外観法理) 2. 不実登記と第三者の保護 〔要件〕 ① 不実登記がなされたこと ② 登記をした者に故意・過失のあること ③ 第三者が善意であること 〔効果〕 登記をした者は登記の不実を第三者に対抗できない 19 3. 具体的検討 i. 「登記をした者」 登記申請権者を指す。株式会社における取締役等の就任登 記・退任登記については会社が登記義務者で有り、会社代表 者が実際の登記を行う義務を負う ii. 「故意・過失」 ① 登記に対応する事実が存在しないことを認識しつつ登記する 場合が故意、対応する事実が存在しないことについて不注意 により知らないで登記した場合が過失 ② 自己の故意・過失によらない不実登記が存在する場合でも、不 実登記の存在を知りつつ、あるいは重過失でその事実を知ら ずにこれを放置した場合についても本条2項の適用があるかど うかについては議論あり 20 III. 登記簿上の取締役 1. 問題意識 (とくに中小の)株式会社の破綻時において、債権者が代表取 締役の責任を追及(会429Ⅰ)しても、実際には十分な賠償を 得られないことが多く、必然的に他の取締役・監査役等の監視 義務違反を追及 ところが中小企業においては員数あわせの取締役が多く存在 しており、一般の取締役に対する責任追及とは同列に扱えな いケースが存在 通常の取締役 名目的 登記簿上 事実上 取締役 の取締役 の取締役 選任決議 ○ ○ × (退任済 含む) × 登記 ○ ○ ○ × 職務の執行 ○ × ×/○ ○ 21 2. 総論 「登記簿上の取締役」 =法定の選任手続を欠いている が、就任登記がなされている者 ※積極的に取締役としての職務を行っているかどうかは問われない が、多くの場合には名目的な存在であり、監視義務違反を責任原 因とする損害賠償請求(会429)の場面で問題になる 3. 原則 「登記簿上の取締役」は選任決議を経ておらず取締役 の地位にないため、取締役としての責任は負わない(実 際の職務執行の有無は問わない) 22 4. 会社法908条2項類推適用による責任追及 会908Ⅱは登記義務者(=会社)が虚偽登記を行った場 合の外観責任を定める規定だが、登記簿上の取締役が 虚偽登記の出現に加功したような場合には、外観責任 の基礎が共通することから同条類推適用(最判S47.6.15 百-9) ii. 「加功」 i. 就任登記について本人が承諾を与えたこと(前掲最判S47.6.15) ※登記には押印のある就任承諾書と押印と印鑑証明の添付が 必要(商登54Ⅰ、商登規61Ⅱ)であることから、承諾の有無は 明確 下級審裁判例には、印鑑証明の手交を不実登記出現への「加 功」とするものもある ※ただし、これらの「加功」は会429による責任追及を可能にす るための一種の方便という側面もある点に注意(一般化でき ない) 23 iii. 「故意または過失」 ① 故意・過失の対象は、就任の事実がないのに登記について承 諾を与えたこと(前掲最判S47.6.15) ② 「取締役」が不実登記を(悪意・重過失で)放置していた場合に ついては、当該「取締役」の故意・過失は認定すべきでない(当 該取締役には不実登記を変更する手段がないから) IV. 退任取締役と登記の残存 1. 退任登記 退任登記は会社(代表取締役)に登記権限/義務があり、 退任取締役には登記権限はない(もちろん義務もない) ⇒退任取締役が退任登記を求めるには、会社に対して(委任契約の 終了に基づく原状回復として?)退任登記請求訴訟を提起する必 要がある 24 2. 退任登記の残存と会908Ⅱ i. 基本的な考え方 上記1の事情から、退任登記が残存している(退任登記に向けた 行動をしていない)ことで責任を負わせるのは酷。 ii. 退任取締役による不実登記への「加功」 よって、「加功」が認められるのは以下の場合に限られる(最判 S62.4.16会百-73) ① 明示的に登記の残存について明示的に承諾した場合 ② 退任後に積極的に取締役として対外的、内部的な行動をあえて 行った場合 ※業務執行をしていない名目的取締役の責任(≒監視義務違反の 責任)が認められた例は稀 25
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