TPPとRCEPの比較分析 名古屋大学柳瀬ゼミⅰ 臼井和樹 櫻木隆文 今村拓哉 研究動機 • 交渉の大筋合意がなされた環太平洋戦略的経済連 携協定(TPP)は、太平洋周辺諸国で関税のない自由 貿易圏を戦略的につくる構想である。環太平洋とは 言うが、中国や韓国、台湾、インドネシアといった太 平洋周辺に位置する経済大国・新興国が加入してい ない。 研究動機 • TPP合意が騒がれているが、今年の10月12日から16 日、韓国釜山で東アジア地域包括的経済連携協定 (RCEP)の10回目の交渉会合が開催された。RCEPと は、TPPと比べて話題に上がる事が少ないが、「環太 平洋」ではなく「東アジア」という枠組みの中で経済連 携を行おうとするものだ。 ⇒では、この2つの経済連携にはどんな違いがあるの か。日本にとって、どちらがより有益なのか。 • 第1章 貿易協定の厚生効果 • 第2章 TPPとRCEPの概念的な相違 • 第3章 TPPとRCEPの回帰分析 第1章 貿易協定の厚生効果 1.貿易創出効果と貿易転換効果 2.域内交易条件効果 1.貿易創出効果と貿易転換効果 • 貿易創出効果 ー関税撤廃による価格低下によって新たな需要が創出されることにより、 域内貿易が拡大する効果 ・貿易転換効果 ー関税撤廃の対象国が域内のみに限定されるため、域外国からの輸入が、 関税が賦課されない域内国からの輸入に転換される効果 つまり、貿易創出は生産費の割高な国から割安な国への供給源のシフト、 貿易転換は逆に生産費の割安な国から割高な国への供給源のシフトと捉 えることができる • モデル A国(自国)、B国、C国の3モデル 生産コスト:B国>C国 → 自由貿易価格:PB>PC B国またはC国からの財の輸入に同率の輸入関税を 課す →関税賦課後の価格の低い,C国から財を輸入する →B国との自由貿易協定の効果を分析 図1 P S PC+t PB PC D O S1 S0 D0 D1 Q CS=消費者余剰、PS=生産者余剰、TR=関税収入 図2 図3 P P S S CS PC+t PB 貿易転換効果 による損失 貿易創出効果 による利益 PC+t PB PC TR PS PC D D1 D0 S0 S1 D Q D1 D0 S0 S1 Q • 消費者余剰: 関税 < 協定 • 生産者余剰: 関税 > 協定 • 関税収入: 関税 > 協定(=0) ⇒社会的余剰への影響: 貿易創出効果による利益(図の薄緑の三角形の部分) - 貿易転換 効果による損失(図の黒の長方形の部分) 価格がPC+tからPBに下がったため貿易が拡大(貿易創出効果)し、貿 易相手国がC国からB国に変わった(貿易転換効果) cf.関税同盟を形成する前に適用される関税率は2つの水準に分けられる ①禁止的関税率ー自給自足(貿易創出効果のみ) ②非禁止的関税率ーB国やC国と貿易を行う 日本の関税率の単純平均(2014)は4.9%だが、突出して高い品目がある ・コメ 778% ・砂糖 328% ・バター 360% ・小麦 252% ・大麦 256% ・脱脂粉乳 218% ・小豆 403% これらは、自国と外国との価格差に起因する TPPやRCEPによりこれらの関税が引き下げられると、国内の農業に影響が 及ぶと考えられる(TPPに関しては実際に引き下げられることが決定) 2.域内交易条件効果 • オファーカーブ(輸入財の各量と、それを得るために提供する用意の ある輸出財の各量との組み合わせによりなる曲線)を用いる • A国は財1を輸出して財2を輸入、B国は財2を輸出して財1を輸入 • 国際相対価格はC国によって決定され、またC国は一定の価格比(OCの傾きで無制限に財1や財2の取引に応じる • AとBは輸入財には無差別に関税をかけており、オファーカーブはOAとO-B A´ 図4 財2 C PTA B´ A c B b a O 財1 • A国はaで、B国はbで、それぞれC国と貿易を行っている ⇒A国とB国が地域貿易協定を形成し、両国の域外関税が域外国Cに とって禁止的な水準になったとする 域内の関税撤廃によって、締結国からみたお互いのオファーカーブは O-A´とO-B´へそれぞれシフト 均衡点はcとなり、両国の直面する交易条件はO-CからO-PTAへシフト する すなわち、A国にとって有利化(財2に対する財1の価値が高まった) ・A国にとっては、自国の関税撤廃に加え交易条件の有利化によって、協定 締結後の厚生は必ず増加する(関税は自国にとって非効率であるという仮 定) ・B国にとっては、自国の関税撤廃というプラスの効果と交易条件の不利化 というマイナスの効果が発生し、協定締結によって厚生が増加するかは不 定 ー交易条件が有利化した域内国は必ず経済効果が増加する反面、不利化 した域内国には厚生が減少する可能性が残る ※以上2つの分析から、貿易協定はプラスの効果が大きいように感じられる が、負の側面もあり、厚生を増加させない、あるいは減少させる可能性を残 すことが分かる 第2章 TPPとRCEPの概念的な相違 参加国の違いについて • 両方のFTAに参加している国 オーストラリア、ニュージーランド、日本、ブルネイ、シンガポール、マレーシア、 ベトナム ・TPP(環太平洋パートナーシップ)のみ 米国、チリ、ペルー、カナダ、メキシコ ・RCEP(東アジア地域包括的経済連携)のみ 中国、韓国、インドネシア、フィリピン、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、イン ド 主導国の違いについて • TPP・・・米国 「高水準の21世紀型の協定」 ・RCEP・・・ASEAN 中国が実質的な主導権を握ろうとしている TPPの交渉分野(21分野) • 関税 • 原産地規則、貿易円滑化、SPS、TBT • 貿易救済、政府調達、知的財産、競争政策 • サービス(越境サービス、金融、電気通信、一時的入国) • 投資、非適合措置、電子商取引、能力構築・協力 • 環境、労働、法的・制度的事項、分野横断的事項 規制や制度を規律することに重きを置いている RCEPの交渉分野(8分野) • 物品貿易、サービス貿易、投資、経済協力、知的財産、競争、紛争 解決、その他 福永佳史氏(ERIA上級政策調達官)によるとTPPの対象分野の中で RCEPでカバーされないのは政府調達、労働、環境、分野横断的事項 の4分野だけ 経済規模 表1 人口 GDP TPP 11.4% 37.5% RCEP 48.8% 28.7% 貿易の自由化 • TPP・・・10/5に参加国が大筋合意 多くの農産物や工業製品の関税が即時、あるいは将来的に引き下げ、 撤廃されることが決定 牛肉の関税が38.5%から9%へ マグロ、サケ、マスなどは撤廃 自動車に関しては米国が日本にかけている関税を20年目に半額、2 5年目に撤廃 貿易の自由化 • RCEP まだ交渉段階 2014年8月の閣僚会議では自由化率を各国が80~90% と提案する中でインドが40%と提示したためインドを除いて 合意する案が浮上 第3章 TPPとRCEPの回帰分析 設定 • TPPやRCEPに入っている国の関税が日本の輸出量にどれほどの影 響を与えているのか、両者にはどれほどの相関があるのかを調べ、 それらを踏まえてどちらが日本にとって効果的かを結論付けたい。 • 被説明変数ー日本の輸出額 説明変数ー各国の関税率(単純平均)、TPPからはカナダ、メキシコ、 ペルー、RCEPからはカンボジア、タイ、インドを選んだ ・データは2006~2014(2007を除く) ・上記の国を選んだ理由ーTPPとRCEPの両方に加盟している国を除き、 さらに推移の変化の少ない国を除いたから データは下のとおり 年 輸出額(千円) 表2 カナダ カンボジア メキシコ ペル― タイ インド 2006 75,246,173,392 5.5(%) 14.3 14 10.2 10 19.2 2008 81,018,087,607 5.5 14.2 12.6 10.2 10 14.5 2009 54,170,614,088 4.7 14.2 12.6 6.1 10.5 13 2010 67,399,626,696 4.5 14.2 11.5 5.5 9.9 12.9 2011 65,546,474,948 3.7 12.5 9 3.9 9.9 13 2012 63,747,572,215 4.5 10.9 8.3 3.7 9.8 12.6 2013 69,774,192,950 4.3 10.9 7.8 4.1 9.8 13.7 2014 73,093,028,311 4.2 10.9 7.9 4.1 11.4 13.5 回帰分析1 回帰分析は下図 回帰統計 重相関 R 重決定 R2 補正 R2 標準誤差 観測数 0.990702806 0.98149205 0.87044435 2925058210 8 分散分析表 自由度 回帰 残差 合計 切片 X値1 X値2 X値3 X値4 X値5 X値6 6 1 7 変動 4.5373E+20 8.55597E+18 4.62286E+20 係数 標準誤差 -1.31582E+11 93168023016 16970167247 9859203607 16220538129 6126703242 -16846136249 4616557480 2077796572 2295772809 3058864650 2300898703 3401714976 1460737831 分散 観測された分散比 有意 F 7.56217E+19 8.838473 0.251952471 8.55597E+18 t -1.412308432 1.721251322 2.647514901 -3.649068883 0.905053219 1.329421694 2.328764891 P-値 0.392231 0.33506 0.229913 0.17028 0.531703 0.410564 0.258214 下限 95% -1.31539E+12 -1.08303E+11 -61626607618 -75505060770 -27092762767 -26176825343 -15158718975 上限 95% 1.05223E+12 1.42243E+11 94067683876 41812788271 31248355910 32294554643 21962148928 下限 95.0% -1.31539E+12 -1.08303E+11 -61626607618 -75505060770 -27092762767 -26176825343 -15158718975 上限 95.0% 1.05223E+12 1.42243E+11 94067683876 41812788271 31248355910 32294554643 21962148928 考察 • 補正R2ー事象のあてはまりの良さを示す指標である補正R2の値が、 約0.87であり、1にかなり近かったので、今回のモデルのあてはま りは良かったといえる。 • t値ー基本的に|t|>2となれば有意でデータとして採用してよい ので、今回の分析では、カンボジア、メキシコ、インドの値が有意で あるので採用される(以後この3か国にのみ注目) • 推定係数に着目すると、カンボジアとインドの係数は正の値で、メキ シコだけ負の値をとった 考察 • 推定係数の値が正(カンボジア、インド、これらはRCEP) →関税が上がると輸出量の増加 →逆に考えると、経済統合をして関税を下げると輸出量が減ってしま う ・推定係数の値が負(メキシコ、これはTPP) →関税が上がると輸出量の減少 →経済統合をして関税を下げると輸出量は増加 新たな疑問 • RCEPに関して必ず、関税が上がると輸出量も上がってしまうのだろう か • ここでは、先ほどのカンボジアとインドを例にとる カンボジアの輸入最大国は中国で2位は香港、インドの1位は中国で 2位はUAE→カンボジアの関税と中国、香港の輸出額推移とを回帰分 析 UAE 表3 中国(10億ドル) 香港 791.46 335.75 145.59 1,132.57 392.96 239.21 1,005.92 352.24 192 1,396.25 441.37 214 1,743.48 510.85 302 1,818.40 553.49 349 1,949.99 622.28 379 2068.93939 642.19296 385 中国輸出量とカンボジア関税 概要 回帰統計 重相関 R 0.918080267 重決定 R2 0.842871376 補正 R2 0.816683273 標準誤差 203.2642223 観測数 8 分散分析表 自由度 1 6 7 変動 1329778 247898.1 1577676 係数 4861.296691 -264.283684 標準誤差 598.8627 46.58453 回帰 残差 合計 切片 X 値 1 分散 観測された分散比 有意 F 1329778 32.1852769 0.001291 41316.34 t 8.117548 -5.67321 P-値 0.000187628 0.001291318 下限 95% 3395.933 -378.272 上限 95% 下限 95.0% 上限 95.0% 6326.661 3395.933 6326.661 -150.295 -378.272 -150.295 香港輸出額とカンボジア関税 概要 回帰統計 重相関 R 0.94514267 重決定 R2 0.893294667 補正 R2 0.875510445 標準誤差 41.97819566 観測数 8 分散分析表 自由度 回帰 残差 合計 切片 X 値 1 1 6 7 変動 88513.07 10573.01 99086.08 係数 1351.593947 -68.18431557 標準誤差 123.6773 9.620653 分散 観測された分散比 有意 F 88513.07 50.22961703 0.000396 1762.169 t 10.92839 -7.08729 P-値 3.48378E-05 0.000395915 回帰分析2 下限 95% 1048.966 -91.7252 上限 95% 下限 95.0% 上限 95.0% 1654.221 1048.966 1654.221 -44.6434 -91.7252 -44.6434 • インドはさらに変数を増やして考える →説明変数をインドの関税とインドの対外直接投資(被説明変数は中 国とUAEの輸出額 対外直接投資のデータは下図(単位は100万USドル) 表4 2006 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 14,284.99 21,147.36 16,031.30 15,932.52 12,456.13 8,485.70 1,678.74 1,056.47 インドと中国 概要 回帰統計 重相関 R 0.932877 重決定 R2 0.870259 補正 R2 0.818363 標準誤差 202.3311 観測数 8 分散分析表 自由度 変動 1372986.728 204689.3105 1577676.039 分散観測された分散比 有意 F 686493.4 16.76916 0.006063 40937.86 標準誤差 502.2317244 36.05137161 0.010933073 t 6.900559 -2.82288 -4.39849 2 5 7 変動 47882.67684 9871.990362 57754.6672 分散観測された分散比 有意 F 23941.34 12.12589 0.012079 1974.398 係数 621.4555 -16.978 -0.00942 標準誤差 110.2957865 7.917290354 0.002401027 t 5.634444 -2.14442 -3.92154 回帰 残差 合計 2 5 7 係数 切片 3465.68 X 値 1 -101.769 X 値 2 -0.04809 インドとUAE 概要 P-値 0.000979 0.036983 0.007032 下限 95% 2174.652 -194.442 -0.07619 上限 95% 下限 95.0% 4756.708 2174.652 -9.09573 -194.442 -0.01998 -0.07619 上限 95.0% 4756.707588 -9.095733537 -0.019984686 上限 95% 下限 95.0% 904.9798 337.9311 3.374078 -37.33 -0.00324 -0.01559 上限 95.0% 904.9798058 3.374077799 -0.00324369 回帰統計 重相関 R 0.910533 重決定 R2 0.82907 補正 R2 0.760698 標準誤差 44.4342 観測数 8 分散分析表 自由度 回帰 残差 合計 切片 X 値 1 X 値 2 P-値 0.002441 0.084842 0.011165 回帰分析3 下限 95% 337.9311 -37.33 -0.01559 考察 • カンボジアやインドも貿易主要国との貿易においては、係数の値が 負の値になっているので、関税と貿易輸出量が負の相関(インドの相 関係数の値はあまりよくはなかった) →RCEPも関税を減らして輸出額を増やす効果あり。ただし、効果の出 てくる国が限られてくる。初めの分析から日本が加盟してもあまり効果 がない。(1章でみた、貿易転換効果、域内交易条件効果が原因であ る可能性もある) →輸出量に影響するのは関税だけではないので、日本に関しては関 税以外の要素が強く出てしまった可能性あり 結論 • TPPやRCEPという経済統合はどちらも関税の撤廃もしくは削減という ものを目標にしている →日本に関しては、関税を減らして輸出量が伸びるTPPの方が適当 →TPPに加盟すべき 参考文献 • 財務省貿易統計http://www.customs.go.jp/toukei/suii/html/nenbet.htm • 世界経済のネタ帳 http://ecodb.net/country/CN/tt_mei.html ・WORLD TRADE ORGANIZATION https://www.wto.org/english/res_e/reser_e/tariff_profiles_e.htm ・file:///C:/Users/Owner/Downloads/ri.pdf ・http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5814?page=3 ・石川幸一・馬田啓一・国際貿易投資研究会編(2015)『FTA戦略の潮流』文 眞堂 ・遠藤正寛(2005)『地域貿易協定の経済分析』東京大学出版会
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