このページを印刷する 【第 98 回】 2015 年 9 月 16 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 「日本型軽減税率」は軽減税率より マシ。ただ、実現には大きな壁 軽減税率よりは“マシ”な 財務省案 財務省案は、マイナンバーカードの所持に加え、自分 の購入記録を政府に知られることに、抵抗を感じる人が多く、国民の反発が予想される 消 費 税 を 10%に引 き上 げる際 の低 所 得 者 負 担 軽 減 に関 する財 務 省 案 が、 突 然 出 てきた。買 い物 時 に消 費 者 が、消 費 税 10%分 を支 払 い、「酒 類 を除 く 飲 食 料 品 」に関 しては、後 から 2%分 を払 い戻 す仕 組 みだ。マイナンバー制 度 で希 望 者 に配 られる個 人 番 号 カードを、会 計 の際 に店 舗 の端 末 にかざすこと が必 要 となる。 拡大画像表示 筆 者 が知 ったのは、9 月 5 日 土 曜 日 の朝 刊 だが、その日 の夕 方 、読 売 新 聞 社 から、「財 務 省 が出 した、日 本 型 軽 減 税 率 の案 (以 下 、財 務 省 案 )に対 する コメントをいただきたい」というメールと電 話 をいただいた。 当 方 も寝 耳 に水 なので、記 者 から財 務 省 案 の内 容 を教 えていただき、直 ちに 以 下 のようなコメントを伝 えた。 1.財 務 省 案 は、これまで与 党 で検 討 されてきた(欧 州 型 の)軽 減 税 率 案 が行 き詰 まって出 してきたものだろう。 内 容 的 には、軽 減 税 率 より優 れている。軽 減 税 率 は、生 産 者 、卸 、小 売 と、 あらゆる取 引 段 階 で大 きなコストを生 じさせるが、財 務 省 案 は、小 売 段 階 だけ となっている。また、還 付 する者 に所 得 制 限 を設 ければ、軽 減 税 率 とは異 なり、 逆 進 性 対 策 になる。 2.一 方 で、マイナンバーカードを活 用 すると言 っても、1 年 目 には 2000 万 人 程 度 のカード取 得 しか準 備 しておらず、また、カードを使 うことに抵 抗 もあるので、 現 実 性 ・実 行 可 能 性 には疑 問 が残 る。乗 り越 えるべき課 題 は山 積 している。 3.筆 者 はこれまで、低 所 得 者 への給 付 というカナダ方 式 が、簡 素 で手 間 もか からず優 れている、と主 張 してきたが、種 々議 論 の結 果 、財 務 省 案 には問 題 が多 いということになり、カナダ型 になる可 能 性 も残 されているのではないか。 そのためには、政 治 論 として、民 主 党 案 というハードルを乗 り越 える必 要 があ る。 しかし、このコメントは、読 売 新 聞 社 の社 論 に合 わないということで、結 局 掲 載 されなかった。ちなみに、取 材 記 者 からは、丁 重 なお断 りをいただいたのだ が、コメントを求 めておきながら、「自 らの社 論 に合 わないコメントは掲 載 しな い」という読 売 新 聞 社 の対 応 には、マスコミのあり方 として、公 平 中 立 な報 道 と いう建 前 からしても、大 いに疑 問 がある。 マイナンバーカードの利用など 実現には様々な課題が残る それはともかく、財 務 省 案 の最 大 の問 題 点 は、マイナンバーカードを店 頭 で かざさなければならないという点 だ。IC チップを読 み取 る際 、他 人 にカードに記 載 されている番 号 を見 られ(知 られ)たくない、というのは人 情 だろう。 また、自 分 の購 入 記 録 を政 府 (税 務 当 局 )に知 られたくない、という気 持 ちも 十 分 理 解 できる。こうなると、消 費 税 還 付 のためにカードを使 う場 面 は限 られ てくることになる。 加 えて店 側 も、カードを読 み取 る機 械 (リーダー)の設 置 コストや手 間 がかか る、それよりなにより、自 らの売 上 が税 務 当 局 に把 握 されることになるのは、何 としても避 けたい、と考 えるだろう。 今 後 、このあたりの課 題 をいかにして乗 り越 えて実 現 していくのか、知 恵 の出 しどころだろう。 いずれにしても 軽減税率は最悪 最 悪 の選 択 肢 とも言 える「(欧 州 型 )軽 減 税 率 ではない」という点 は、もっと強 調 されてもよい。 欧 州 ではうまく回 っているではないか、という反 論 がある。しかし欧 州 には長 い付 加 価 値 税 の歴 史 があり、消 費 税 に対 する感 覚 もわ が国 とは大 きく異 なる。 たとえば価 格 表 示 が内 税 (欧 州 )か外 税 (日 本 )かという違 いに現 れている。こ の点 については、第 8 回 や第 55 回 でも述 べたところであるが、改 めて次 回 以 降 整 理 したい。 その欧 州 でも、軽 減 税 率 の執 行 を適 正 に行 うための規 則 は、極 めて複 雑 怪 奇 で、事 業 者 、消 費 者 、税 務 当 局 に多 大 のコストをかけている。たとえば、英 国 財 務 省 の、食 料 品 とテークアウト(take-away)サービスとの区 分 の規 則 だけ で、以 下 の分 量 がある。 (参 照 URL) http://www.hmrc.gov.uk/manuals/vfoodmanual/VFOOD4220.htm 軽 減 税 率 の執 行 を巡 るトラブルや訴 訟 は、数 え切 れない。これを避 けること ができることのメリットは極 めて大 きい。 次 に軽 減 税 率 は、消 費 額 の多 い金 持 ちほど受 益 (軽 減 額 )が大 きくなる、金 持 ちへのばらまき策 である。消 費 税 負 担 が低 所 得 者 に重 くなるという逆 進 性 対 策 には全 くならないことを、忘 れてはならない。 財 務 省 案 は、報 道 によれば、1 人 当 たり 4000 円 を上 限 とするという。しかし、 低 所 得 者 対 策 とする以 上 、軽 減 の対 象 となる者 には、所 得 制 限 をつけるべき だ。消 費 税 法 には、「低 所 得 者 対 策 」を検 討 すると明 記 されている。 税制の大原則に反する 「政治とカネ」の世界 今 回 の財 務 省 案 に対 して、読 売 新 聞 が強 く反 対 し、欧 州 型 軽 減 税 率 の導 入 を主 張 する根 拠 は何 か。それは、食 料 品 の次 は新 聞 に範 囲 を拡 大 したいと考 えているからである。 実 はこの点 に、軽 減 税 率 のもう 1 つの大 きな問 題 がある。 ひとたび軽 減 税 率 が導 入 されれば、毎 年 のようにその範 囲 の拡 大 が主 張 さ れる。縦 割 りのわが国 では、これが利 権 に結 び付 き、かつての自 民 党 税 制 調 査 会 に見 られたような陳 情 合 戦 になり、利 権 政 治 に向 かうことは、日 の目 を見 るより明 らかだ。 この点 についてマスコミは頬 かむりしているが、税 制 は、公 平 ・中 立 ・簡 素 とい うのが 3 大 原 則 で、それに反 する軽 減 税 率 は「カネと政 治 」の問 題 を惹 起 させ る。 いずれにしても、生 産 ・流 通 ・小 売 りと、あらゆる取 引 に対 して多 大 なコストの かかる軽 減 税 率 ほど、国 民 に媚 びる政 策 はない。DOL 連 載 第 92 回 、第 93 回 を参 照 してほしい。 カードを使 うという点 で批 判 が多 いようだが、財 務 省 案 が国 民 に受 け入 れら れなければ、あとは「カナダ型 の給 付 」にならざるを得 ない。具 体 案 については、 DOL 連 載 第 94 回 を参 照 されたい。 筆 者 はこの案 を数 年 前 から主 張 しているが、低 所 得 者 世 帯 、つまり世 帯 収 入 300 万 円 以 下 に 1 人 当 たり 2 万 円 、300 万 円 から 400 万 円 までは 1 人 当 た り 1 万 円 を給 付 するという案 の必 要 財 源 は、3000 億 円 程 度 である。 事 務 手 続 きも、現 在 自 治 体 が行 っている「簡 素 な給 付 措 置 」の延 長 なので、 コスト負 担 も限 定 的 である。 自 公 は、「給 付 (給 付 付 き税 額 控 除 )」は民 主 党 案 だから飲 めないというよう な矮 小 化 された判 断 でなく、日 本 国 の立 場 から判 断 すべきではないか。
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