有田嘉伸著 『社会科教育の研究と実践』

社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』第17号2005 (p.97)
【書評】
有田嘉伸著『社会科教育の研究と実践』
(西日本法規出版, 2005年) 6,000円
KiHIVi
(兵庫教育大学)
有田嘉伸氏は今春,長崎大学を定年退職して,
41年の教員生活にピリオドを打たれた。本書はそ
れを記念し,氏の主な研究成果26編を集めて編ま
れたものである。全体は以下の4部からなる。
I世界史教育の理論
Ⅱ社会認識教育論の探究
Ⅲ社会科教育の実践
Ⅳアメリカ史研究
この論文構成に,氏の教員・研究生活の歩みを
窺うことができよう。それは学部・修士課程時代
における「アメリカ革命史」の研究から始まる。
第Ⅳ部に掲載された「連合規約時代における中央
政府輸入関税案問題」はその一端を示している。
次に高校教員時代における「世界史教育」の研究
が挙げられる。その成果は第I部に収められた10
編の論敦に見ることができる。さらに,長崎大学
教育学部教員時代における「社会科教育」の研究
がそれに続く。第Ⅲ部の7編の論敦はその時代の
研究成果からなっている。なお,第Ⅲ部には,高
校・大学教員時代におけるさまざまな教材開発と
授業実践の記録が掲載されている。
ここではI部, Ⅱ部, Ⅲ部の内容を紹介したい。
まず,第1部「世界史教育の理論」にはlO編の論
敦が収録されているが,内容は大きく三つに概括
される。第一は歴史学者らによる世界史構成論の
考察である。日本の「世界史」に大きな影響を与
えた羽仁五郎,上原専禄,遠山茂樹,太田秀通,
謝世輝の世界史構成を分析・考察し,それぞれの
世界史理論の抽出を図っている。第二は,学習指
導要領における世界史構成論ないし学習論の考察
である。具体的には,主題学習,文化圏学習,也
歴科「世界史A」の前近代史構成を検討・考察し,
その特質と課題を明らかにしている。第三は,上
記二者を踏まえて学習指導要領「世界史」の変遷,
および世界史教育理論の研究史を跡づけ,整理し
ている。これらの論敦は,後学の徒にとって,自
らの研究の位置付けを図る上で座標軸的な役割を
果たすものといえるだろう。
次に,第Ⅱ部「社会認識教育論の探求」には7
編の論故が収録されている。それらは平成元年の
学習指導要領改訂により低学年社会科が廃止され,
高校社会科が地歴科と公民科に解体・再編された
こと,さらには平成十年の改訂により総合的な学
習の時間が導入され,社会科の授業時数が一層の
削減を迫られたことなどを受け,改めて社会科の
統合原理や学習論を探求しようとしたものである。
その中で,特に注目されるのは, 「社会科と生活
科における活動・体験」, 「総合学習と総合的な学
習の時間」, 「匡l際理解教育と異文化理解教育」,
「社会科歴史と歴史科」といった比較思考的な問
題設定である。それぞれ似て非なるものとの対比
を通して社会科の本質に迫っており,ここに氏の
研究手法の特性を窺うことができる。
第Ⅲ部「社会科教育の実践」には8編の論敦が
収録される。そのうち5編は広島大学附属中学校・
高等学校教員時代の世界史に関する実践研究であ
る。私事になるが,学部生の時代に教育実習の指
導をしていただいた筆者には,先生のかつての授
業風景を彷彿させる特別な論致となっている。ま
た,残りの3編は長崎大学に移って後,社会科教
育法の指導の一環として取り組んだ地域教材の開
発研究と授業設計論からなっている。特に「長崎
の食文化」と「長崎街道」の教材化は,それ自体
すぐれた地域教材であるだけでなく,教材開発の
視点と方法を示唆するものともなっている。
本書は,世界史教育の実践と研究に携わる者,
社会科教育法の指導に携わる者にとっては貴重な
文献であり,熟読玩味することを薦めたい。
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