2015 January http://www.molecular-activation.jp 48 研 究 紹 介 43%で得た。置換基をもつアルケニル炭酸エステルを用い た場合には、立体的込み合いが大きい炭素と芳香環の間で 炭素-水素結合切断を経る極性官能基をもつア ルキル基導入法の開発と不斉反応への展開 A01 班(慶應大理工)垣内 史敏 結合が生成した化合物を主生成物として得た。 有機合成反応において短工程で高効率かつ高選択的に官 能基変換を行うことは、元素消費の削減や単離・精製段階 種 々 の 反 応 条 件 検 討 の 途 上 で 、 触 媒 と し て の煩雑さを抑制するために重要である。これまでに数多く Ru(η5-2,4-Me2C5H5)2 を用いた場合には、炭素-炭素結合の の検討が行われており、近年では炭素-水素結合を用いた 位置選択性が逆転することを見出した(式2) 。 高選択的な触媒的分子変換反応の開発が世界的に広くに行 われている。これらの研究により、多種多様な官能基が炭 素-水素結合を利用して導入できるようになった。また、 適用可能な基質の種類は 10 年前と比較できないほど広範 になっている。しかしながら、カルボニル基などの極性官 能基をもつアルキル基導入反応に関する研究例は未だほと んど無い。1 当研究グループでは、アルケニルエステルを用いた芳香 族炭素-水素結合のアルケニル化反応が、Ru(cod)(cot)触媒 芳香族化合物として 2-フェニル 3-ピコリンを用いた場合 には、興味あることに炭素-炭素結合生成の位置選択性が 式1の反応で観測されたものとは異なり、立体的込み合い が少ない炭素上で炭素-炭素結合生成は進行した生成物を 単離収率 46%で得た(式3) 。 存在下で進行することを見出している。2 この反応では、 炭素-水素結合切断の後、β‐酸素脱離を経て進行してい ることを見出している。本研究では、環状アルケニル炭酸 エステルをエノラート等価体として用い、配向基を利用し 現在不斉反応への展開を図るために、多置換炭素上で炭 た位置選択的な芳香族炭素-水素結合切断とβ‐酸素脱離 素-炭素結合生成が選択的に進行するアリールオキサゾリ を組み合した触媒的α‐アシルアルキル基導入反応の開発 ン類を基質に用いて、異なる置換基をもつ環状アルケニル を目指している。具体的には、アリールオキサゾリン類や 炭酸エステルとのカップリング反応についても検討を行っ アリールピリジン類などの芳香族化合物と環状アルケニル ている。 炭酸エステルとの反応を遷移金属触媒存在下で行い、オル このように、炭素-水素結合切断を利用した官能基化反 ト位にα‐アシルアルキル基を導入する新規触媒反応の開 応において、ほとんど例が無いα‐アシルアルキル基の導 発を目指している。 入を行える新規反応系の開発に成功した。 はじめに、式1に示すようなアリールオキサゾリンと環 状アルケニル炭酸エステルの反応を行ったところ、炭酸エ 1) Zhu, C.; Falck, J. R.; Chem. Commun. 2012, 48, 1674-1676. ステルからの脱炭酸によりエノラートが生成したのち、芳 Chan, W.-W.; Zhou, Z.; Yu, W.-Y.; Chem. Commun. 2013, 香環上に導入されたと考えられる生成物が得られた (式1) 。 49, 8214-8216. 無置換の環状アルケニ炭酸ルエステルの場合には、対応す 2) Matsuura, Y.; Tamura, M.; Kochi, T.; Sato, M.; Chatani, N.; るアルキル化生成物が GC 収率 31%で得られた。ジメチル Kakiuchi, F. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 9858-9859. 基もつ場合にも対応する生成物が生成した。五員環部位を Ogiwara, Y.; Tamura, M.; Kochi, T.; Matsuura, Y.; Chatani, もつエステルとの反応では、アルキル化生成物を GC 収率 N.; Kakiuchi, F. Organometallics 2014, 33, 403-420. 貴金属-ニッケル合金の調製と構造特性の評価 への影響が見られた。電子供与性置換基を導入した場合に A02 班(九大院理)濵﨑 昭行 は、無置換のものと同様の条件で反応が完結したが(entry れ、反応温度を高めるとともに、反応時間を 12 時間または 本研究では、 ニッケルをベースとした固体触媒を調製し、 24 時間へと延長する必要があった(entries 2 and 3) 。また、 その表面構造や吸着特性などを詳細に解明することで、新 アルキル基の変更は、反応性に大きな影響を与えなかった 規な有機合成反応の開発へと結びつけることを目的として (entry 4) 。 いる。 Table 2. Hydrogenolysis of benzylic alcohols over Au–Ni-2. 1) 、電子求引性置換基を持つ基質では反応性の低下が見ら 塩化金酸および硝酸ニッケルを含む水溶液を塩基性にす OH ると、沈殿物が生じる。これを 300 °C で空気焼成した後に R2 R1 Au–Ni-2 (10 mg) H 2 (2 MPa) R2 R1 1,2-DCE 水素加圧下で還元すると、一部が合金化したものが得られ Entry る(Au–Ni-1) 。それに対し、沈殿物を 300 °C において水素 Substrate Temp. (°C) Time (h) Yield (%) 100 6 99 150 12 99 150 24 96 100 6 99 OH 気流下で還元すると、 金とニッケルの還元が同時に起こり、 Me 1 より合金割合の高いもの(Au–Ni-2)が生成する 1。この違 MeO いは、空気焼成の後に水素還元したものでは酸化コバルト Me 2 上に 0 価の金ナノ粒子が分散した状態(Au/NiO)を経由す Cl るが、沈殿物を直接水素気流下で還元すると、金とニッケ MeO 2C と考えられる。 OH Me 3 ルが同時に 0 価となるため、より合金を形成しやすいもの OH OH 4 このようにして調製した金–ニッケル合金を用い、1-フェ ニルエタノールの水素化分解について検討を行った(Table 1)1。触媒活性は使用する溶媒に大きく影響を受け、アル 同様の手法により、金以外の貴金属とニッケルとの組み コール(entry 1)や炭化水素(entries 2 and 3)中ではあま 合わせや、貴金属とニッケルの比率を変更しても、合金が り反応は進行しなかった。溶媒としては 1,2-ジクロロエタ 調製できることを見いだした。Figure 1 は、貴金属とニッ ン(1,2-DCE)が最も適しており、反応時間を 24 時間に延 ケルの比を 1:1 で調製した金–ニッケル合金およびパラジ 長することで、非常に高い収率でエチルベンゼンが得られ ウム–ニッケル合金の電子顕微鏡写真を示している。 た(entries 4 and 5) 。Au–Ni-1 に比べ合金割合の高い Au–Ni-2 は、より高い触媒活性を示し、6 時間で反応が完結した (entry 6) 。金を含まない酸化ニッケルのみでは全く反応が Ni Ni 進行せず(entry 7) 、パラジウム炭素では芳香環の還元が競 合し、エチルベンゼンの選択性が低下する結果となった (entry 8) 。 Au Ni1:1 Au–Ni-2 を触媒として、その他のベンジルアルコール類 Au Pd):)Ni1:1 Pd についても水素化分解を行った(Table 2) 。いずれの基質で Figure 1. Transmission electron microscope images of Au–Ni and Pd–Ni も収率よく反応が進行したが、置換基の違いによる反応性 alloys. Table 1. Hydrogenolysis of 1-phenylethanol over various catalysts. 今後は合金の構造特性についてより詳細な解析を行い、 触媒活性との関連性を見いだしていくことで、新規な分子 Catalyst (10 mg) H 2 (2 MPa) OH Me Me 変換反応の開発へと結びつけていく予定である。 100 °C Entry Catalyst Solvent Time (h) Conv. (%) Yield (%) 1 2 3 4 5 6 7 8 Au–Ni-1 Au–Ni-1 Au–Ni-1 Au–Ni-1 Au–Ni-1 Au–Ni-2 NiO Pd/C MeOH Toluene Heptane 1,2-DCE 1,2-DCE 1,2-DCE 1,2-DCE 1,2-DCE 3 3 3 3 24 6 12 12 0 13 40 39 99 99 0 99 0 4 12 36 98 98 0 72 1. Nishikawa, H.; Kawamoto, D.; Yamamoto, Y.; Ishida, T.; Ohashi, H.; Akita, T.; Honma, T.; Oji, H.; Kobayashi, Y.; Hamasaki, A.; Yokoyama, T.; Tokunaga, M. J. Catal. 2013, 307, 254. 分子の動的挙動に基づく触媒機能スイッチング A03 班(奈良先端大)松尾 貴史 えられる。我々は、ATP/ADP/AMP 間のリン酸基転移を触 金属錯体が関与する触媒反応の設計においては、反応点 ッチングが可能かどうかを、ピレンプローブを用いて検討 の元素の選択、中心金属に直接影響を及ぼす配位子の分子 している 2)。 大腸菌由来 Adk 変異体(A55C/C77S/V169C) 設計を重視する。非天然酵素の設計でも、タンパク質高次 のシステイン残基にピレンプローブを導入した化学修飾 構造が提供するプリセットされた反応場(アミノ酸側鎖官 Adk は、基質 ADP の結合に伴い、希薄条件(µM 以下)でエ 能基の位置、配向など)をファインチューニングすること キシマー発光を示し、その蛍光特性は、Adk 触媒サイクル が多い。一方、構造的にフレキシブルな分子をベースとし に呼応して、 繰り返しスイッチングが可能である。 つまり、 て、光、熱、リガンド結合などの外部刺激により、ある分 タンパク質一分子のモーションで、修飾分子間の距離が制 子構造を取ったときに機能を発揮する「分子の動的挙動に 御可能であることを示している。また、CLOSED 型タンパ 基づく反応場変換」(機能スイッチング)も機能化学の観点 ク質表面でのピレンの接近状況を、X 線結晶構造解析によ から魅力的である。 り評価できた 3)。現在、ピレンを触媒機能を有する金属錯 動的挙動に基づく反応系スイッチングの例として、アゾ 2+ 媒するアデニル酸キナーゼ(Adk)が触媒サイクル中に数 10 Å オーダーの OPEN ⇄ CLOSED 構造変化を示すことに着 目し、タンパク質構造変化に基づき、修飾分子の機能スイ 体と置き換えることで、2つの金属錯体間の距離制御に依 ベンゼンの両末端に、Zn 錯体を連結した分子を合成し、 存した触媒機能 ON/OFF、触媒経路スイッチングを検討し DNA 切断の活性 ON/OFF スイッチングを構築した 1)。この ている。本系は、ホストタンパク質本来の構造動的効果に 分子は、アゾベンゼン部分が光異性化した際にのみ、DNA 基づく反応制御システムとしての応用が期待される。 2+ の切断活性を示す。酸化還元特性のない Zn を反応中心と し、牛胸腺 DNA 切断活性に対する pH 効果 (pH = 5.5〜11) が pH = 8.5 付近で活性が最大となることから、Zn2+のルイ ス酸性に基づき、DNA 鎖のリン酸エステルが加水分解され ていると考えられる。 L = H 2O or OH- L N Zn N L N N N N N 300 nm < λ < 400 nm L N N > 420 nm Δ N Zn L N N L Zn N L N L N Zn N L DNA cleavage OFF DNA cleavage ON References 1) Panja, A.; Matsuo, T.; Nagao, S.; Hirota, S. Inorg. Chem. 2011, 50, 11437–11445. 2) Fujii, A.; Hirota, S.; Matsuo, T.; Bioconjugate. Chem. 2013, 24, 1218–1225. 3) Fujii, A.; Sekiguchi, Y.; Matsumura, H.; Inoue, T.; Chung, W.-S. Hirota, ON/OFF スイッチングを担う分子として、大きなコンフ S.; Matsuo, T. in submitting. ォメーション変化を示すタンパク質分子を用いることも考 報 告 トピックス 第4回分子活性化国際シンポジウム 茶谷直人 水 田 勉 氏 ( A02 班 、 広 大 院 理 ・ 教 授 ) ら の 論 文 (Organometallics, 2014,33,6692-6695) が ACS の Editor’s Choice に選ばれました。 http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/om5008488 第 4 回分子活性化国際シンポジウム(別称:The 2nd International Conference on Organometallics and Catalysis)を、 平成 26 年 10 月 26 日から 29 日の間、奈良市の東大寺総合 文化センターにて開催した。中国、韓国、台湾等の東アジ ア各国を中心に、 日本を含む 17 か国から 235 名もの参加が あった。村井眞二氏(阪大名誉教授、本新学術領域研究評 価委員)の基調講演を皮切りに、Ben L. Feringa 氏(オラン ダ University of Groningen 教授)と David Milstein 氏(イス ラエル The Weizmann Institute of Science 教授)による基調講 演、20 件の招待講演、主としてポスター発表申込者から選 抜された一般講演 7 件と、 89 件のポスター発表が行われた。 本新学術領域の班員からも、佐藤美洋氏(A01 班、北大院 工・教授) 、田中健氏(A01 班、東工大院理工・教授)生越 専介氏(A03 班、阪大院工・教授)の招待講演、松永茂樹 氏(A02 班、東大院薬・准教授) 、西村貴洋氏(A02 班、京 大院理・講師) 、砂田祐輔氏(A02 班、九大先導研・助教) の一般講演、ならびに多数のポスター発表があり、有機金 属化学ならびに触媒化学に関する活発な議論が連日行われ た。また 28 日のバンケットにも多数の参加者があり、奈良 の地酒を楽しみながら旧交を温め、新たな交流を結ぶなど 大いに盛り上がった。翌日の Milstein 氏の講演を最後に、 本シンポジウムは盛会のうちに終了した。 お知らせ 第8回公開シンポジウムプログラム 平成 27 年 1 月 23 日(金)〜24 日(土) 大阪大学 (豊中キャンパス 基礎工学部国際棟 Σホール) 1月23日(金曜日) 13:40~14:10 ニッケルを触媒とする炭素-水素結合の変換反 応、茶谷直人(阪大院工) 14:10~14:30 ニッケララクトン中間体を経由する分極した多 重結合への立体選択的カルボキシル化反応、佐藤美洋 (北大院薬) 14:30~14:50 炭素-炭素結合切断による有機フッ素化合物の 選択的合成、網井秀樹 (群馬大院理工) 14:50~15:10 ロジウム触媒を用いるアレンの新規環化反応、 向 智里(金沢大院医薬保) 15:10~15:30 Ni 触媒を用いた脱エステル型カップリング反応、 山口潤一郎(名大院理) 15:50~16:10 置換ベンゾシクロブ、村上正浩(京大院工) 16:10~16:30 遷移金属触媒を用いるアルキンの gem 型カルボ アミノ化反応、倉橋拓也(京大院工) 16:30~16:50 フェロセンの C-H 結合開裂を利用した面不斉化 合物の触媒的合成、柴田高範(早稲田大先進理工) 16:50~17:30 特別講演:C–H アリール化反応の新規触媒系の 開発と医薬品合成への応用、関 雅彦(㈱エーピーアイ コーポレ ーション) 1月24日(土曜日) 9:40~10:10 遷移金属触媒を用いる炭素-水素結合のカルボ キシル化反応、岩澤伸治 (東工大院理工) 10:10~10:30 金属アミドを活用する触媒的炭素-炭素結合生 成反応の開発 山下恭弘(東大院理) 10:30~10:50 三重架橋ベンザイン錯体を鍵としたベンゼンへ の直截的官能基導入反応の開発、高尾俊郎(東工大院理工) 10:50~11:10 分子表面の多彩な活性化に基づく不活性カルボ ン酸誘導体の水素化、斎藤 進(名大院理) 11:10~11:30 イリジウム触媒による高原子効率型環化反応、 西村貴洋(京大院理) 11:30~11:50 ニッケル錯体を触媒とするベンゼンの直截的水 酸化反応によるフェノールの合成、伊東 忍(阪大院工) 13:20~13:50 光学活性塩素架橋2核イリジウム錯体触媒によ る含窒素複素芳香環の不斉水素化反応、真島和志(阪大院基礎工) 13:50~14:10 メソポーラス有機シリカ上への金属錯体の担持 と触媒反応への応用、原 賢二(北大触セ) 14:10~14:30 分子認識部位を付与したルイス酸開発、安田 誠 (阪大院工) 14:30~14:50 分子の動的効果に基づく反応場制御、松尾貴史 (奈良先端大物質) 14:50~15:10 ナノサイズ分子空孔を活用した活性化学種の反 応制御、後藤 敬 (東工大院理工) 発行・企画編集 新学術領域研究「直截的物質変換をめざした分子活性化法の開発」 連 領域代表 茶谷直人([email protected]) 広報担当 伊東 忍([email protected]) 絡 先
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