遷移金属酸化物への光キャリア注入 東京大学 物性研究所 村岡祐治 hν

遷移金属酸化物への光キャリア注入
東京大学
物性研究所
村岡祐治
遷移金属酸化物(TMO)の伝導特性はキャリア数の増加により、絶縁体(モット
絶縁体)から金属あるいは超伝導へと劇的に変化する。キャリア数の変化には化学置換
法が一般的であるが、近年では外場を用いた試みがなされている。特に光を用いてのキ
ャリア数制御は基礎科学および応用の両側面から注目されている。遷移金属への光キャ
リア注入例としてこれまでに(La,Sr)MnO3 および(Pr,Ca)MnO3 があるが、結果は電気抵
抗の変化が小さい、あるいは不可逆というものであった [1,2]。最近我々は遷移金属酸化
物ヘテロ接合を用いた、高効率でチューナブルな光キャリア注入法を発見した [3,4]。こ
れは遷移金属酸化物薄膜を n 型のチタン酸化物基板上に作製し、これに紫外線を照射す
るという、簡単な手法である。この時基板で生成された正孔−電子対のうち、正孔のみ
が選択的に薄膜に注入される(図 1)。光を用いた物性制御が可能であり、また、化学置
換法でしばしば問題となる
‘不均一性’を含まない、ク
リーンなキャリアドープ法と
hν
して興味が持たれている。本
講演では、この光キャリア注
入法を高温銅酸化物超伝導体
100~ 500 Å
YBa2Cu3O7-x(YBCO)へ適用し
0.5 mm
TiO2:Nb/
SrTiO3:Nb
た例を中心に紹介する [5]。
YBCO 薄膜はレーザ
TMO
図 1 光キャリア注入の概念図
ーアブレーション法(KrF エ
キシマレーザー: λ = 248 nm)
により、Nb5+をドープした n 型基板 SrTiO3:Nb(100)(STO:Nb)上に作製した。反射高速
電子線回折により膜が 2 次元成長していること、および原子間力顕微鏡により膜表面が
平滑であることを確認した。膜厚は 400 Å であった。電気抵抗測定はカンタムデザイン
社の PPMS を用い、4 端子法にて行った。光源には Xe ランプを用い、フィルターを使
用することによりλ = 300 – 400 nm の(紫外)光を取り出した。この光を光ファイバー
に通して PPMS 内へ導入、試料に照射した。
図 2 に YBCO/STO:Nb における室温での、紫外線照射下、面直方向の開放端電
圧の光照度依存性を示す。高照度で 0.8V の大きな光起電力が観測された。このことは、
YBCO 薄膜と STO:Nb 基板界面でヘテロ接合が形成されていることを意味する。最も重
要な事実は、このとき YBCO 薄膜側に‘正’の光起電力が生じていることである。膜に
ホールが注入されたことを示している。光起電力は STO のバンドギャップ 3.2eV 以上
のエネルギーをもつ光を照射しないと生じないことから、光照射により基板で生じたホ
ールが界面を通して YBCO 膜に流れ込んだと考えられる。注目すべきは 10-5 < L < 10-2
の広い照度範囲で Voc が照度に対し直線的に
増加していることである。これは膜に注入さ
10
0
れるホール密度が照度によりチューナブル
であることを示している。
射前と照射下での、面内電気抵抗の温度依存
Voc (V)
図 3 に YBCO/STO:Nb における光照
10
性を示す。光照射前、薄膜は Tc = 25 K の超
10
10
-1
-2
-3
伝導特性を示した。Tc はこの物質の示す最高
値(90K)よりも低く、膜がアンダードープ状
10
-4
10
態にあることがわかる。酸素欠損が生じてい
-4
10
-2
2 10
L (mW/cm )
0
10
2
るためであろう。光照射下では、照度の増加
図 2 YBCO/STO:Nb における
とともに電気抵抗の絶対値が減少、Tc も 30K
室温での開放端電圧の照度依存性
まで上昇した。光照射により、基板から膜へ
ホールが注入された結果であると考えられ
150
もると 0.02 ホール/Cu となった。
講演では光キャリア注入のメカニ
ズムおよび 注入されたホール数について議
R (Ω)
る。Tc の変化より注入されたホール数を見積
100
dark
50
light
論する。
0
0 10 20 30 40 50 60 70 80
参考文献
[1] H. Katsu, H. Tanaka and T. Kawai. Appl.
Phys. Lett. 76 (2000) 3245.
T (K)
図 3 YBCO/STO:Nb の様々な光照度
下における電気抵抗の温度依存性
[2] K. Miyano, T. Tanaka, Y. tomioka and Y.
Tokura. Phys. Rev. Lett. 78 (1997) 4257.
[3]Y. Muraoka, T. Yamauchi, Y. Ueda and Z. Hiroi. J. Phys: Codens. Matter 14 (2002)
L757.
[4] Y. Muraoka and Z. Hiroi. J. Phys. Soc. Jpn. 72 (2003) 781.
[5] Y. Muraoka, T. Yamauchi, T. Muramatsu, J. Yamaura and Z. Hiroi. J. Magn. Magn.
Mater. in press.