東北地域農林水産・食品 ハイテク研究会だより No.1 2015.09 巻 頭 言 食品カロテノイド研究のトピックスと将来 東北大学未来科学技術共同研究センター「戦略的食品バイオ未来技術構築」 東北大学大学院農学研究科「食の健康科学」研究ユニット (東北ハイテク研究会会長) 教授 宮澤 陽夫 天 然 に 存 在 す る カ ロ テ ノ イ ド は 500種 と も 700種 と も い わ れ る 。 そ の う ち 日 常 摂 取 す る 食 品 に 含 ま れ る も の は 50種 く ら い で あ り 、 さ ら に 、 ヒ ト 血 中 の カ ロ テ ノ イ ド は 、 β -カ ロ テ ン 、 α -カ ロ テ ン 、 リ コ ペ ン 、 ル テ イ ン 、 ゼ ア キ サ ン チ ン 、 β -ク リ プ ト キ サ ン チ ン の 6種 で 95%を 占 め る 。 我 々 は 、 カ ロ テ ノ イ ド が 脂 溶 性 で あ り 、 in vitro 試 験 で 強 い 抗 酸 化性を示すことに興味を持ち、ヒトが摂取した時の生体内抗酸化効果を、生体膜脂質の 過 酸 化 産 物 で あ る PCOOH (phosphatidylcholine hydroperoxide) の 分 析 に よ り 評 価 し て き た 。 PCOOH 分 析 に は CL(化 学 発 光 )-HPLC と LC-MS/MS を 用 い て い る 。 ア ル ツ ハ イ マ ー 病 患 者 の 赤 血 球 に は PCOOH が 特 徴 的 に 健 常 者 よ り 有 意 に 高 濃 度 に 蓄 積 し て い る 。 こ の 状 態 は 老 化 赤 血 球 の 典 型 で あ り 、 酸 素 供 給 能 を 欠 落 し 、 脳 細 胞 の ATP 産 生 を 抑 制 し 脳 機 能 低下をもたらす。ここで緑色野菜のホウレンソウに含まれるルテインを摂取すると老化 1 -4 ) 赤血球濃度を低下させることができる 。カロテノイドはヒトの体内で確実に抗老化 ・抗酸化の力を発揮している。 一方、カロテノイドについてはその多機能性が期待されてきている。従来から、プロ ビタミン A 活性は良く知られている。以前よりカロテノイドによるがん予防が研究さ れているが、前向きヒト臨床試験では有効性はまだ確認されていない。失明の原因にな る加齢黄斑変性症に対し、網膜にルテインが多いことから注目されるが、健常人への積 極投与についての検証はまだ十分にはできていない。動脈硬化の予防では、ヒト試験で ト マ ト に 含 ま れ る リ コ ペ ン 投 与 が 血 漿 中 の 炎 症 性 サ イ ト カ イ ン で あ る TNF-α を 低 下 さ せ る の で 血 管 壁 炎 症 の 抑 制 に 役 立 つ と 推 定 さ れ て い る 。 天 然 の リ コ ペ ン は all-trans 型 で あ り 、 11個 の 共 役 二 重 結 合 と 2個 の 非 共 役 二 重 結 合 を も つ が 、 光 や 熱 エ ネ ル ギ ー を 吸 収 し て で き る 5-cis 体 が 最 も 安 定 と い わ れ る 。 血 中 に は 、 diepoxide を 経 て dihydroxy 体 な ど 代 謝物が検出されるといわれるが、さらに検証が必要である。食品カロテノイドの、運動 による骨格筋損傷の回復、抗糖尿病作用が期待されるもののヒト試験の成績はない。皮 膚の老化予防へのカロテノイドの効能も期待されるが、明確なヒト試験結果はない。抗 肥 満 作 用 で は 海 藻 由 来 の フ コ キ サ ン チ ン に よ る UCP-1の 発 現 上 昇 と 内 臓 脂 肪 低 下 が 注 目 されるが、ヒト試験での検証が待たれる。もっとも、フコキサンチンの吸収率は極めて 低い。脂肪肝は肝臓のメタボリック症候群といわれるが、カロテノイドにその発症と進 展の予防効果が期待されている。肥満の脂肪組織にマクロファージが浸潤しているが、 マクロファージは炎症性サイトカインの産生細胞であり、炎症とインスリン抵抗性を制 御 す る こ と で 重 要 な 役 割 を 果 た す 。 組 織 浸 潤 し た マ ク ロ フ ァ ー ジ に は 炎 症 惹 起 性 の M1 と 抗 炎 症 性 の M2と い う 対 照 的 な 表 現 型 が あ る 。 肥 満 に な る と M1優 勢 に な り 、 炎 症 の 慢 性 化 と イ ン ス リ ン 抵 抗 性 の 発 症 に 結 果 す る 。 カ ロ テ ノ イ ド に は 抗 炎 症 性 の M2優 位 に する働きが予測される。ヒトの脳は重量の半分は脂質であり、しかも、酸素代謝が活発 -1 - 東 北 ハ イ テ ク 研 だ よ り No.1 で多価不飽和脂肪酸を多く含む。認知症者の脳には脂質酸化物が多く蓄積していて、脂 溶性の抗酸化成分が少ない。脳血管関門はカロテノイドをほとんど通さないので、脂溶 性抗酸化分子を通過させる食品加工的な工夫が将来は必要である。 最 近 、カ ロ テ ノ イ ド の 腸 細 胞 へ の protein-mediated transport の 研 究 が 進 ん で い る 。Ezetimibe は コ レ ス テ ロ ー ル 輸 送 の 阻 害 剤 で あ る が 、 Caco-2細 胞 で は β -カ ロ テ ン の 取 り 込 み も 同 時 に 抑 制 す る 。 小 腸 か ら の カ ロ テ ノ イ ド 吸 収 に は scavenger receptor type B1(SB-B1) や adenosine triphosphate (ATP)-binding cassette (ABC) A1 transporter が 関 与 す る と 考 え ら れ て い る。この機構により体外へ排出されるカロテノイドも多いと予想される。これがヒト血 中 に 6種 し か 検 出 さ れ な い 理 由 か も 知 れ な い 。 食 品 カ ロ テ ノ イ ド は ヒ ト 体 内 で 確 実 に 抗 老化と抗酸化の力を発揮しているのである。 1)T.Kiko,K.Nakagawa,T.Tsuduki,H.Arai,T.Miyazawa: Significance of lutein in red blood cells of Alzheimer's disease patients. J.Alzheimer's Disease,28,593-600(2012) 2)K.Nakagawa,T.Kiko,K.Hatade,P.Sookwong,H.Arai,T.Miyazawa: Antioxidant effect of lutein towards phospholipid hydroperoxidation in human erythrocytes. Brit.J.Nutr.,102: 1280-1284(2009) 3)K.Nakagawa,T.Kiko,K.Hatade,A.Asai,F.Kimura,P.Sookwong,T.Tsuduki,H.Arai,T.Miyazawa: Development of a high-performance liquid chromatography-based assay for carotenoids in human red blood cells: application to clinical studies. Anal.Biochem.,381(1),129-134(2008) 4)T.Miyazawa,K.Nakagawa,T.Miyazawa: Liquid chromatography-based assay for carotenoids in human blood. Vitamin A and Carotenoids (Chemistry,Analysis,Function and Effects),Series of Food and Nutritional Compounds in Focus,ed by Victor R.Preedy, Royal Society of Chemistry, UK,ISBN: 9781849733687,184-203(2012) 研究会トピックス 平 成 27年 度 東 北 ハ イ テ ク 研 記 念 講 演 会 を 開 催 ( 27/7/1、 仙 台 市 ) 「日本農業の未来と技術開発-バックキャスト視点から-」と 題 し 、( 国 研 ) 農 研 機 構 中 央 農 業 総 合 研 究 セ ン タ ー 門 間 敏 幸 上席研究員から講演をいただき活発に意見交換を行いました。 ( 参 加 者 : 56名 ) 平 成 27年 度 活 力 あ る 東 北 農 業 を 創 造 す る た め の ワ ー ク シ ョ ッ プ を 開 催 (27/7/31、盛 岡 市 ) 「機能性表示食品とその研究の最前線」と題し、第3回ワークショップを開催しまし た 。 講 演 は 、( 国 研 ) 農 研 機 構 食 品 総 合 研 究 所 大 谷 敏 郎 所 長 か ら 「 農 産 物 の 表 示 も 可 能 に な っ た 新 た な 機 能 性 表 示 食 品 制 度 と 今 後 の 機 能 性 食 品 研 究 」 に つ い て 、( 国 研 ) 農 研機構東北農業研究センター 渡辺 満上席研究員から「寒締め 栽 培 に よ る ホ ウ レ ン ソ ウ の 高 品 質 化 ・ 高 機 能 化 」 に つ い て 、( 公 財)岩手生物工学研究センター 矢野 明部長から「岩手産アワ ・キビの健康機能成分-ルテインとゼアキサンチン-」につい て 話 題 提 供 を い た だ き 、意 見 交 換 ・ グ ル ー プ 討 議 を 行 い ま し た 。 ( 参 加 者 : 59名 ) -2 - 東 北 ハ イ テ ク 研 だ よ り No.1 「寒締め栽培によりホウレンソウの抗酸化成分は増加する」 農研機構東北農業研究センター産学官連携支援センター 渡辺 満 <寒締め栽培によるホウレンソウの高品質化> ホウレンソウの旬は秋~冬、これからが美味しい季節です。東北農研では、ホウレン ソウを冬の寒さにあてること(寒締め栽培)によりさらに美味しく高品質化できること を明らかにしており、ホームページ研究関連特集ページ内“寒締め菜っ葉情報ひろば ( http://www.kanjime.affrc.go.jp/)” で 栽 培 法 、 成 分 の 推 移 を 公 開 し て い ま す 。 品 質 面 で は 、 ①凍結を防ぐためにショ糖が増加し美味しくなる、②ビタミン C 含量が増加するなど 栄養性が高まるなどのメリットを、データとともに紹介しています。 <寒締め栽培によりホウレンソウの抗酸化能は増加する> ホ ウ レ ン ソ ウ は ブ ロ ッ コ リ ー 、 ア ス パ ラ ガ ス な ど 他 の 野 菜 と 比 べ て 、 ORAC 値 ( 抗 酸 化 能 ) が 高 い 野 菜 で す 。 寒 締 め 栽 培 す る こ と に よ り 、 ホ ウ レ ン ソ ウ の ORAC 値 は さ ら に 上 昇 し ま す ( 図 1 )。 <寒締め栽培により増加する抗酸化成分> ホウレンソウには、特徴的なフラボノイド化合物(植物色素)が多種類含まれていま す。寒締め栽培により抗酸化能を有するフラボノイドは増加し、これにより抗酸化能が 上 昇 す る こ と が 分 か り ま し た ( 図 2 )。 作 物 は 低 温 に 晒 さ れ る こ と で 、 体 内 の 酸 化 ス ト レスが上昇し、ダメージとなります。ホウレンソウでは、フラボノイドなど抗酸化物質 の増加により酸化ストレスの亢進が抑制され、ショ糖による凍結防止効果などと合わせ て、厳しい寒さの中でも生育できるものと推定しています。 寒締め栽培は、ホウレンソウの機能性の観点からもメリットがあることが分かりまし た 。 平 成 27年 4 月 か ら 、 新 た に 食 品 の 機 能 性 表 示 制 度 が 始 ま り 、 制 度 に 基 づ い た 表 示 加 工食品が既に登場しています。本制度では農産物、すなわち野菜などの生鮮物も表示対 象 に な っ て お り 、現 在 の と こ ろ 温 州 ミ カ ン( β - ク リ プ ト キ サ ン チ ン )、大 豆 モ ヤ シ( イ ソフラボン)の届け出が認められています。ホウレンソウでは、カロテノイドのルテイ ンが注目されており、機能性表示に向けた取り組みも進んでいます。これに対してホウ レンソウに含まれるフラボノイドのエビデンスは十分ではなく、現時点で表示は困難で す。今後のエビデンス蓄積が期待されます。 30 20 10 0 図1 寒締(ハウス開放) 対照(ハウス非開放) 4000 総フラボノイド (mg/kg FW) H-ORAC値 (μmol TE/g FW) 40 3000 2000 1000 0 寒締前 寒締14日 寒締25日 寒締40日 寒締め栽培による抗酸化能の変化 図2 -3 - 寒締(ハウス開放) 対照(ハウス非開放) 寒 締前 寒 締14日 寒 締25日 寒 締40日 寒締め栽培によるフラボノイドの変化 東 北 ハ イ テ ク 研 だ よ り No.1 当面の行事予定 〇 10月 7 日 :「 知 」 の 集 積 と 活 用 の 場 の 構 築 に 向 け た シ ン ポ ジ ウ ム の 開 催 ( 農 林 水 産 省主催:農林水産省会議室) 〇 10月 16日 : 平 成 28年 度 「 農 林 水 産 業 ・ 食 品 産 業 科 学 技 術 研 究 推 進 事 業 」 へ の 応 募 に 向けた勉強会の開催(研究会主催:岩手大学農学部講義室) 〇 10月 28日 : 第 5 回 WS「 果 肉 が 赤 い り ん ご 品 種 と そ の 将 来 性 」( 研 究 会 主 催 : 果 樹 研 ・ 東 北 農 研 ( 盛 岡 市 )) これまでの主な活動実績 ○ 6 月 3 日 : 第 1 回 WS「 岩 手 の 産 直 の 生 き 残 り を か け た 戦 略 と は ! 」 ( 参 加 者 : 59名 ) 講 師 :( 株 )高 橋 農 園 高 橋 淳 氏 、元 紫 波 町 産 直 連 絡 協 議 会 堀 切 真 也 氏 、 宮 守 川 上 流 生 産 組 合 樋 田 陽 子 氏 、( 株 ) J A シ ン セ ラ 川 村 成 志 氏 ○6月4日:企画委員会(仙台市) ○ 6 月 15日 : 第 1 回 連 絡 調 整 会 議 ( 東 京 ) ○ 7 月 1 日 : 役 員 会 、 総 会 、 記 念 講 演 会 ( 参 加 者 : 56名 ) ○ 7 月 3 日 : 第 2 回 WS「 放 射 能 の 可 視 化 技 術 」( 参 加 者 : 15名 ) (岩手大学農学部主催、研究会共催) ○ 7 月 31日 : 第 3 回 WS「 機 能 性 表 示 食 品 と そ の 研 究 の 最 前 線 」( 参 加 者 : 59名 ) ○ 9 月 4 日 : 第 4 回 WS「 東 北 日 本 海 側 水 田 輪 作 秋 田 現 地 検 討 会 」( 参 加 者 : 66名 ) (東北農研主催、研究会協賛) 研究会事務局からのお知らせ 東北ハイテク研事務局では、初めての試みとして「研究会だより」を発行致しまし た。会員の皆様に研究の最新情報や各種制度、セミナー等の開催について、情報を提 供 し て ま い り た い と 考 え て お り ま す 。( し ば ら く は 不 定 期 の 発 行 に な り ま す 。) 内容につきましても皆様方のご意見を伺いながら、より充実した 情報を迅速に提供できるよう努力致しますので、ご協力の程、よろ しくお願いいたします。皆様方のご意見をお待ちしております。 ホームページの見直し作業を行っており、近日中にリニューアル版の アップを行います。 東北地域農林水産・食品ハイテク研究会事務局 松井 孝正 〒 014-0102 秋 田 県 大 仙 市 四 ツ 屋 字 下 古 道 3 東北農業研究センター 大仙研究拠点内 TEL:080-2806-9926 FAX:0187-66-2639 E-mail:[email protected] -4 -
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