2015.3.2. 京大賃金訴訟 最終陳述 1 原告 髙山佳奈子 これまでの私たち

2015.3.2.
原告
京大賃金訴訟
最終陳述
髙山佳奈子
これまでの私たちの主張を、原告西牟田祐二さんと一緒にまとめて述べたいと思います。
第一に、原告は賃下げに同意していません。原告伊勢田哲治さんを含む、教職員によって選出され
た各事業場の過半数代表者が、賃下げに反対する意見を被告に提出しています。
第二に、被告が賃下げ率を決めた算定式は、運営費交付金の削減が大きくなればなるほど賃下げ幅
が小さくなるという、通常考えられる内容とは正反対のものでした。これは周知徹底の問題以前に、
それ自体として不合理です。もちろん、教職員に理解・了承されるはずもありません。
第三に、被告は財政状態を立証しておらず、団体交渉でも一度も説明していません。財務部長の尋
問すら行わず、人事課職員に「わかりません」と証言させました。被告の「給与規程」は、達示とい
う形式で総長が定める内規にすぎません。また、執行年度が未定で不要不急の事業のため棚上げにさ
れている運営費交付金債務や、新総長のもとで従来の使途の不透明性が指摘されている間接経費はそ
れぞれ数十億円に上ります。不合理な予算計画は変更が可能であり、実際、変更されてきています。
第四に、被告は賃下げを国に事実上強制されたと主張していますが、強制されたとしても、緊急避
難に該当しない限り、違法性は阻却されません。さらに、緊急避難が成立する場合であっても、国に
求償すべきことになるだけです。被告は教職員に対し全額を補償する義務を負います。また、強制の
存在を本当に主張するのなら、証人として、文科省からの出向者だった浅野元総務部長、あるいは松
本前総長、あるいは同じく文科省からの出向者だった西阪前財務担当理事の誰か 1 人でも尋問すべき
です。しかし被告は、自ら挙証責任を負うのに、強制の事実を一切論証していません。
第五に、京大は、運営費交付金の減額によって、実際に復興財源確保の要請に 100%応じました。
賃下げの有無は復興とは無関係です。賃下げを強行するのであれば、「横並び」それ自体の合理性を
論証する必要がありますが、それは不可能です。「赤信号みんなで渡れば怖くない」という論理は成
り立ちません。何十人で渡ろうが違法は違法です。証人は、たとえ 1 円でも賃下げが必要であった旨
を述べましたが、それなら 1 円にすべきだったのです。実際には被告は、平成 25 年度には平成 24 年
度の 1.5 倍額の賃下げを行い、その理由を一言も教職員に説明していません。
第六に、賃金の決め方は法律で定められています。国立大学法人法が準用する独立行政法人通則法
63 条 3 項は、給与の基準が「法人の業務の実績を考慮し、かつ、社会一般の情勢に適合したものとな
るように定められなければならない」としています。そもそも、ラスパイレス指数によれば、被告職
員の給与水準は国家公務員よりも明らかに低いのです。さらに、本年 4 月 1 日施行の改正独立行政法
人通則法は、この「社会一般の情勢」が「国家公務員の給与」という意味ですらないことを明示しま
した。新法は業務の実績以外に複数の考慮要素を定め、その中に「民間企業の従業員の給与等」も含
めています。また昨年 12 月 25 日の閣議決定「独立行政法人改革等に関する基本的な方針」8 頁は、
「当該法人と就職希望者が競合する業種に属する民間事業者等の給与水準との比較など、当該法人が
必要な人材を確保するために当該給与水準とすることが必要である旨」を説明するものとしています。
私の研究仲間である欧米各国の法学教授たちは、すでに日本でのこの賃下げに眉をひそめておりま
す。「そんな賃下げはおよそ考えられない」「なぜ訴訟を起こさないの?」「ハラスメントではないの
か」といった疑問の声が国際学界の場で私に浴びせられているのです。このような賃下げがまかり通
れば、日本はもはや法治国家ではありません。日本の司法制度は国際的信頼を失います。日本が横に
並ばなければならないのは、人権蹂躙国家ではなく、国際人権水準です。そして、京都大学の社会的
責任は、日本の教育・研究政策をリードし、国際競争力を牽引することにこそあると信じます。
1
原告
西牟田祐二
裁判長そして裁判官のみなさん
わたくしは原点に立ち戻って主張したいのです。
私たちは、法に従うべきなのでしょうか?
それとも、
政府に従うべきなのでしょうか?
法人化以降、私たち京都大学教職員は公務員ではありません。
国立大学法人京都大学教職員の労働賃金は、法人とわたくしたちとの間の労使の交渉と合意に基づい
て自主決定すべきものです。
政府からの賃金引き下げの要請は、国立大学法人の労使関係への不当な介入であり、法的な意味は全
くありません。
運営費交付金が引き下げられたとしても、それ自体が不当なものではありますが、それがあったとし
ても、労働賃金を引き下げる必要はありません。京大法人は財政的な余裕があり、賃金を引き下げる
必要は全くありませんでした。このことはこの裁判の過程で明瞭に証明されています。
今回の賃金の引き下げについて原告に「黙示の同意」はありませんでした。これがあったとする法人
の主張は全く認められません。
認められないだけではありません。「引き下げられた賃金を黙って受け取っている人間は黙示の同意
をしているのだ」と強弁する法人の主張は、労働賃金が生活手段そのものであり、引き下げられたと
してもそれなしでは生活することはできないという雇用関係というものの実態を全く無視するもの
であり、決して容認できるものではありません。
「引き下げられた賃金に同意できないなら拒否すればいいではないか。どうだ拒否できないだろう。
それなら同意しているのだ。」などという主張は、経営者として最低・最悪の主張であります。京都
大学法人は、意識的にか無意識的にか、日本の労使関係の中に最悪の主張を持ち込みました。厳重に
抗議いたします。
最後に、法人は、「政府の資金を受けて運営されている以上、政府の言うことに従わなければならな
い」と主張しました。
しかし、ちょっと待って下さい。もしこれが本当なら、誰が考えても、大学という存在は制度的に成
り立ちません。
国立大学法人京都大学も含め、およそ大学に託された使命は、時の政府の政策の妥当性をも検討の対
象として、あらゆる事項に関し、徹底的に検討を加え、以って国民が最善の選択をしうる基礎となる
真理を解明することに尽きるのです。
国立大学法人に交付される運営費交付金は、時の政府の資金というものではないでしょう。この大学
の目的のために国民から託された国民の資金に他なりません。
「政府の資金を受けて運営されている以上、政府の言うことには従わなければならない」という被告
の姿勢では、真理を解明するという国民からの信託に応えることは決してできません。
以上あらゆる点を踏まえて、今回の賃金引き下げに何の合理性もありません。
裁判長、そして裁判官のみなさん。
以上を踏まえ、法に従って厳正なる判決をどうぞよろしくお願い申し上げます。
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