敦煌莫高窟 108 窟西壁における塩の潮解と水蒸気移動の可能性

第 49 回地盤工学研究発表会
22
D - 04 (北九州) 2014 年 7 月
敦煌莫高窟 108 窟西壁における塩の潮解と水蒸気移動の可能性に関する研究
莫高窟 潮解
水蒸気
大阪大学大学院
正会員
大阪大学大学院
正会員
大阪大学大学院
学生会員
○小田
和広
小泉
圭吾
伊藤
ハイテック(株)
1.
三彩恵
朴
春澤
国際高等研究所
谷本
親伯
地域地盤環境研究所
岩崎
好規
敦煌研究院
楊
善龍
敦煌研究院
郭
青林
はじめに
中国敦煌莫高窟は崖面に掘削された石窟群内に壁画や塑像が保存されている世界遺産であり,典型的な乾燥気候に位置
する.現在莫高窟では塩害による壁画の損傷・剥落が問題となっている.塩害とは,水分の蒸発により地盤の間隙水中
に溶けていた塩類が壁面付近で固体となって析出する現象のことである.石窟内壁画において塩害が発生する場合は,
地盤奥からの水分供給が必要であるが,窟内調査孔での観察などを考慮すると,水分が液水として存在することは考え
難い.そこで本研究では,地盤内の温湿度変化や水蒸気移動により地盤内の塩類が潮解することで液水に変化する可能
性を検討することを目的として,石窟内調査孔における温湿度測定や透湿計算,水蒸気移動に関する室内実験を実施し
た.これらの結果を合わせて解釈し,石窟周辺地盤の水分状態を推定する.
2.
108 窟調査孔内温湿度測定
P7
P7
塩害被害が顕著な 108 窟西壁の調査孔において温湿度測定を実
砂砾岩
P2P6
P3
P5
P4
P4
P5
P3
1000
1000
1200
P6
P2
500
700
P1P1
300
施した.調査孔は石窟背後地盤方向に水平深度 4.7m に渡り掘削さ
れた掘削孔である.図1に調査孔内に設置した温湿度センサの位
depth
温湿度探头
隔离物
4.7m
3.5m
2.5m
说明:图中尺寸均以毫米计
置を示す.
図1
数据线
1.5m
調査孔内センサ(P1~P7)設置位置
温度測定の結果,窟壁面付近においては窟内の室温に影響され
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
て季節により変動がみられるが,水平深度が深くなるほど,その
値は一定に近づく.水平深度 3.5m 以深は年間を通して 12℃~
相対湿度 (%)
13℃と,敦煌周辺の平均気温 11.1℃に近い値で安定している.湿
度測定の結果,水平深度 1.5m 以深は年間を通して湿度 100%を示
し,常に高湿度環境にあることがわかった.NaCl の潮解湿度であ
る湿度 75%付近を詳細に見るため,図 2 に水平深度 1.5m 以浅の各
月の各湿度における平均値を深度方向の分布で表したグラフを示
す.深度 0m が石窟側,深度 1.5m が地盤奥側を示している.図 2
数据记录仪
0.8m 0.3m
1月
2月
3月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
1.5 1.4 1.3 1.2 1.1 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0
水平深度(m)
より,湿度 75%を境界として湿度の値が上下するのは水平深度 0.35
図 2 水平深度 1.5m 以深の孔内湿度分布
m~0.8m の範囲であることが読み取れる.
以上より,水平深度 0.35m 以深では地盤内の塩類が潮解発生可能な環境にあることがわかった.
2.
透湿計算式による水蒸気移動の検討
乾燥状態にある地盤内において,潮解発生に必要である水蒸気の供給を検討するため,調査孔内温湿度測定で得られ
た 108 窟内と 108 窟近傍地盤内のデータを用いて,地盤奥と石窟間における水蒸気移動量を透湿計算式によって求める.
(8 月)に最小値を示しており,年間を通して,石窟近傍の奥地盤
Estimation of deliquescence of sodium chloride and water-vapor
9/19
8/20
7/21
6/21
5/22
4/22
3/23
2/21
f0:礫岩外側水蒸気圧 (hPa)
図 3 に算出結果を示す.移動量は冬季(1 月)に最大値を,夏季
1/22
K’:湿気貫流率 (g/(m ・h・hPa))
fi:礫岩内側水蒸気圧 (hPa)
12/23
2
11/23
w=K’(fi-f0) f…式(1)
w:水蒸気移動量 (g/ m2・h)
9/24
で得ら
れた 22.042 を用いた.
0.5
0.45
0.4
0.35
0.3
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
0
10/24
湿気貫流抵抗の和の逆数であり,本研究では過去の研究
2)
水蒸気移動量(g/㎡・h)
式(1)に透湿計算式を示す 1).湿気貫流率 K’は複数の構成材料中の
図 3 石窟壁面周辺・水平方向の水蒸気移動量
ODA, Kazuhiro KOIZUMI, Keigo ITO, Misae Osaka University
movement from the west wall of Cave No.108 in the
Dunhuang Mogao Grottoes
43
から窟内方向への水蒸気移動が存在することがわかる.これは石窟近傍地盤に,年間を通して奥地盤からの水蒸気の供
給があることを示唆しており,石窟近傍地盤内に存在する塩類が高湿度下によって潮解している場合,水蒸気移動が塩
類の吸湿を促進している可能性が考えられる.
4.
水蒸気圧差による水蒸気移動
透湿計算式によると,温度と湿度によって決まる水蒸気圧の勾配によって水蒸気が移動する.実際に水蒸気圧差を与
えた際にこの原理が再現され,潮解が発生するのかを調べるため室内実験を実施した.供試体両端を,奥地盤の気象と
石窟内の気象を模擬した容器で挟み,供試体内の状況を観測することで,石窟近傍地盤における水蒸気移動とその影響
を推定する.ここで意味する模擬とは,それぞれの現地気象や地盤特性を再現しているわけではなく,奥地盤と窟内の
水蒸気圧の関係性を模擬することを意味する.図 4 に供試体とセンサ配置を表した模式図を示す.地盤内を模擬した円
筒型の供試体は豊浦標準砂で作成し,供試体内に NaCl 層を配置した.供試体内では,温湿度と電気伝導度を測定する.
電気伝導度は比抵抗の逆数で電気の流れやすさを表す値である.模擬奥地盤側の容器内は,温度は断熱材で変動を抑え,
湿度は飽和 Na2SO4 溶液と水を用いて容器内の湿度が 93%以上の状態を保つようにした.模擬窟内側は,恒温槽を用い
て温度は 0~2℃で設定し,湿度は 30%以下の状態を保った.
図 5 に供試体内の湿度の時間変化を示す.供試体は乾燥状態の試料を充填したので低湿度から開始している.時間経
過とともに徐々に上昇し,奥地盤側の 65cm 地点では開始 6 日後に NaCl の潮解湿度である 75%を超えたが,窟内地盤
側の 40cm 地点では湿度 55%程度までの上昇にとどまった.
電気伝導度は各 NaCl 層で測定したが,60cm 地点以外は 0(mS/cm)から値は変化せず,乾燥状態の NaCl が絶縁体であ
るため,深度 20cm,40cm では NaCl の吸湿が無かったことを示している.60cm 地点は実験開始 7 日後に反応し,その後
段階的に 0.03(mS/cm)まで上昇した.実験開始 6 日後に深度 60cm において湿度が 75%を上回ったことと併せて考慮する
と,60cm 地点で潮解が始まったことによる塩層の電気伝導率の上昇を捉えたものと推測できる.
65cm(HOBO1)
図 4 供試体とセンサ配置
1/3
12/29
12/24
12/19
12/14
12/9
70cm(模擬奥地盤)
12/4
:センサ
40cm(HOBO2)
11/29
NaCl層
0cm(模擬窟内)
11/24
60 50 40
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
11/19
模擬奥地盤
0 (cm)
30 20 10
模擬窟内
相対湿度 (%)
70
図 5 供試体湿度
写真1に実験終了後に供試体を解体し観察したところ 60cm 地点で確認された 2.5cm 程度
の塊状の塩を示す.供試体は 60cm 地点側を上にして作成したので締め固めの影響によるも
のではなく,60cm 地点で水蒸気の吸湿が発生していたことを表していると考えられる.
以上より,高水蒸気圧側に近いほど供試体内の湿度は上昇し,水蒸気圧勾配による水蒸
気移動が確認できた.また湿度上昇に伴い,高水蒸気圧側の塩層では潮解が発生していた
ことが電気伝導度値と供試体の解体によって示唆された.
5.
写真1
塊状の塩の様子
まとめ
0.8m
本研究では,地盤内の温湿度変化や水蒸気移動により地盤内の塩類が潮解するこ
とで液水に変化する可能性を検討することを目的として,石窟調査孔内温湿度測定
0.3m~0.8m
や透湿計算,水蒸気移動に関する室内実験を実施した.その結果,石窟近傍地盤は
潮解可能な範囲が広がっており,潮解時に必要である水蒸気が年間を通して奥地盤
潮解
潮解せず
側から供給されていることがわかった.また,水蒸気圧勾配により湿度が変化し,
潮解が発生することが室内実験によって実証された.図 6 に本研究結果から考えら
れる石窟周辺地盤の水分状態の概略図を示す.以上より,地盤内が乾燥状態にあっ
ても,高湿度環境にある奥地盤では潮解が発生しており,潮解による液水が石窟壁
石窟
壁面
潮解の進行度合
が変化
図 6 水分状態概略図
面近傍に供給される可能性が考えられる.
謝辞:本研究は JSPS 科研費(22254003)により行われた.ここに記して謝意を表す
参考文献
1) 田中俊六・武田仁・足立哲夫・土屋喬雄:最新建築環境工学(改定版),pp.225-228,井上書院
2) 谷本泰雄・谷本親伯・小泉圭吾・舛屋直:敦煌莫高窟における NaCl の潮解現象に関する研究,日本材料学会学術講演会講演論
文集 55,133-134,2006
44