平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
腸溶性製剤の薬剤放出機構に関する化学的考察
Chemical Aspects in Releasing Mechanism of
Enteric-Coated Medicines
薬化学研究室 4 年
07P058
師社 新太
(指導教員:杉原 多公通)
1
要 旨
腸溶性製剤は、経口投与された後、食道や胃などで溶解することなく腸に到達し、腸で
溶解して吸収される。胃の中は酸性ではあるが、腸の中はほぼ中性であり、薬剤をコーテ
ィングしている物質がこの液性において変化するので、薬剤が放出されると考えられる。
この腸溶性製剤の化学的な仕組みに興味を持ち、文献の調査を始めた。
腸溶性製剤は、他の製剤とは異なったコーティングが用いられている。セルロース系ポ
リマー、ビニル系ポリマー、アクリル系ポリマーを基材とし、側鎖水酸基へエステル結合
を介してトリメリット酸、フタル酸、マレイン酸、コハク酸などの多価カルボン酸を弱酸
性解離基として導入したものや、メトキシ基やアセチル基などを疎水性基として導入した
ものが多い。これらのモノエステル・モノカルボン酸化合物は弱酸性を示す解離基であり、
カルボキシ基の pKa が小さいほど、溶解 pH は低くなる。疎水基が結合すると溶解 pH は
上昇する。これらの特性を持った置換基の結合割合により溶解 pH はが調整されているこ
とがわかった。
また、溶出過程に関して言えば、酸性時、未解離のカルボキシル基が溶解を妨げ、少数
の解離カルボキシル基やヒドロキシルプロピル基はポリマーに導入されている疎水基の凝
集力に打ち勝つことができず溶解しない。中性へと pH が上がることで解離の静電自由エ
ネルギーが上がり、弱酸性解離基は多く解離する。これにより電荷を帯びたところに水が
引き寄せられると水和し、また高分子間も静電反発力を生じて結合が緩むため水分子が侵
入し膨潤する。水和力と膨潤の圧力が高分子間の凝集力を超えると、高分子鎖が引き離さ
れて溶媒に分散し溶解がおこると考えられている。
2
キーワード
1.腸溶性製剤
2.弱酸性解離基
3.セルロース誘導体
4.多価カルボン酸
5.疎水性基
6.溶解 pH
7.膨潤
8.解離度
9. pKa
10.静電反発力
3
腸溶性製剤とは
主薬が胃酸によって分解されるものや胃粘膜を刺激しすぎるものなどを胃(pH1~
3.5)では溶けずに腸(3.5~8)で溶けるようにしたもの。
また大腸をターゲットとしたものもある。
しかし溶けるというがどのような機構で溶けるだろうか?
主な腸溶性製剤にされるもの
サラゾスルファピリジン、レボドパ、ランソプラゾール、エソメプラゾール、ラクト
フェリン、プロキフェリン・エフェドリン、アスピリン、アデノシン3リン酸2ナト
リウム水和物、肝臓加水分解物、テガフール、ブホルミン塩酸塩、フラビンアデニン
ジヌクレオチドなど
剤系
コーティング剤
薬を腸溶性被膜で覆ったもの
マトリックス剤
薬と腸溶製剤を混合して固めたもの
・被膜の厚さで溶解度を調整できる。
・徐放性被膜併用することがある。
・製剤の表面積で溶解度が変わる。
・2種類の腸溶剤を使うことがある
弱酸性解離基と適当な疎水性を示す基を持った高分子電解質
pH-log〔α/(1-α)〕=pK
PH-log10〔α/(1-α)〕
=pK0+0.434eΨ/kT となる。3)
トリメリット酸
pKa 2.49 水溶性(/100g water)2.1g
フタル酸
pKa 2.75 水溶性(/100g water)0.6g
マレイン酸
pKa 1.75 水溶性(/100g water)Free
コハク酸
pKa 4.00 水溶性(/100g water)7.7g
この弱酸性解離基がpHが上がるにしたがって解離度が増え水溶性が増すことにより高分子鎖が
水溶液中に分散する。この時解離性基のpKaが低いほど溶解pHが低くなる。
2
セルロースアセテートトリメリテート
溶解pHが5.0
セルロースアセテートフタレート
溶解pHが5.5
セルロースアセテートマレエート
溶解pHが5~6.5
セルロースアセテートサクシネート
溶解pHが5~6.5
ヒドロキシプロピルメチルセルローストリメリテート
溶解pHが4.5
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート 溶解pHが5~7
メトキシル基
HPO基
フタリル
or
トリメリット基
スクシニル
or
マレイル基
アセチル基
ヒドロキシプロピルメチルセルローストリメリテート1
1.87
0.24
0.65
なし
なし
ヒドロキシプロピルメチルセルローストリメリテート2
1.87
0.24
0.28
なし
なし
ヒドロキシプロピルメチルセルローストリメリテート3
1.41
0.2
0.64
なし
なし
ヒドロキシプロピルメチルセルローストリメリテート4
1.41
0.19
0.3
なし
なし
ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレートHP55
1.87
0.24
0.66
なし
なし
ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレートHP50
1.86
0.24
0.4
なし
なし
芳香族ポリマー
脂肪族ポリマー
メトキシル基
HPO基
フタリル
or
トリメリット
基
1.87
0.24
なし
0.33
0.46
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートマレエート2
スクシニル
or
マレイル基
アセチル基
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート
AS-L
1.87
0.24
なし
0.41
0.48
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート
AS-M
1.87
0.24
なし
0.28
0.57
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート
AS-H
1.87
0.24
なし
0.15
0.68
この弱電解質が解離することで帯電することにより、解離したH⁺が周辺の解離基からの制電相互作用
により高分子イオン周辺に引き寄せられる。これを引き離すのに仕事を要するので一般の溶液のpHと解
離定数Kの逆数の常用対数pK、電離度αとの間の式がことなる。
解離基のもともとの水溶性も影響するため、芳香族解離基は置換度が増えるにしたがい溶解pHが上
がる。脂肪族解離基は置換度が増えるに従い溶解pHは下がる。
一方導入した疎水基は凝集結合し高分子の強度を増させ、耐酸性を増させるとともに水溶性を下げ
る。
これらの置換基の結合する割合で溶解pHが変わる。2)
3
用いられる基剤
セルロース誘導体系
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートマレエート、
セルロースアセテートフタレートなどがある。4)
・セルロース上の任意の水酸基に疎水基、親水基、弱酸性解離基がエステルもしくはエーテ
ル結合したもの。
・溶解pHの調節は結合させる置換基の割合で行う。
・疎水基の割合を増やすと溶解pHが大きくなり水に溶けにくくなる。
・弱酸性解離基の割合を増やすと溶解pHが小さくなるが、フタリル基などの芳香族弱酸性
解離基では逆に大きくなることがある。1,2)
ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート
8)
セルロースアセテートフタレート
8)
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート
9)
ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートマレエート
10)
4
例:セルロース誘導体の溶解過程
まずセルロースは水酸基同士が
規則正しく水素結合しているた
め非常に水に解けにくくなってい
る。
水溶性セルロースや腸溶性セル
ロースは水酸基が他の置換基と
結合しているため
綺麗な水素結合を作ることがで
きず、セルロースよりも水に溶け
やすくなっている。5)
腸溶性セルロース誘導体はセルロースの鎖にメトキシ
基やアセチル基などの疎水性基、ヒドロキシ基やヒド
ロキシプロポキシル基などの親水性基、スクシニル基
(コハク酸)やフタリル基(フタル酸)などの弱酸性解離
基が結合してできている。またこの鎖がファンデル
ワールス力により凝集し絡み合っている。
側鎖に疎水基を多く置換させているため酸性水溶
液中では溶解しないが、pHが上がることによって解
離の静電自由エネルギーがあがり弱酸性解離基が解
離する。
この解離し電荷を帯びたところに水が引き寄せら
れ水和し、また高分子内のみならず高分子間にも静
電的反発力を生じ結合をゆるめるため水分子が入っ
てきて膨潤する。
この膨潤の圧力に高分子間の凝集力が耐えきれなくな
ると引き離され溶媒に分散し溶解する。
周りを覆っていたセルロース誘導体がはがれて薄くなって
いくことで薬剤まで水が浸透し溶出していく。1,7)
5
メタクリル酸コポリマー系
メタクリル酸コポリマーL、メタクリル酸コポリマーS、
メタクリル酸コポリマーLDなどがある
・メタクリル酸とアクリル酸エチルやアクリル酸メチルが共重合したもの。
・溶解pHの調節は異なる溶解pHをもつメタクリル酸コポリマーを混合することや、アルキル基の
大きさを変える、メタクリル酸の割合を増やす。
・もろい性質があり、可塑剤としてアクリル酸エチル・メタクリル酸メチルコポリマーやクエン酸トリ
エチルを添加することがある。6)
メタクリル酸コポリマーLD
メタクリル酸コポリマーL
ビニル系
ポリビニルアルコールアセテートフタレートなど
4)
キトサン(大腸溶解)
・多糖類の一種で、ポリ-β1→4-グルコサミン。
・直鎖型の多糖類でグルコサミンの 1,4-重合物。
・キチンのN-アセチルアミノ基のアセチル基がはずれてアミノ基になっ
ているため、他の基材と違い陽イオン性ポリマーである。
・酸性で溶解するため大腸をターゲットとした薬剤に使われる。
・腸溶性性剤と併用されることが多い。11)
まとめ
• 今回腸溶性製剤はセルロース系、ビニル系、アクリル系などの高分子ポリマーの側鎖に弱酸性
解離基や疎水基親、水性基をついたものを基材に使っている。
• 弱酸性解離基の種類と、疎水性基との置換割合で溶解するpHを調製することができる。
• 弱酸性解離基の解離によって溶解が進行する。
• 今回分かったこと法則に則れば違った素材での腸溶性製剤を作製出来ると考えられる。
6
謝辞
本論文の発表および作成にあたり、テーマの選定から論文の執筆に至るまで指導
教員の新潟薬科大学薬学部薬化学研究室 杉原多公通教授に丁寧かつ熱心に御指導
していただきました。ここに感謝の意を表します。
また、ご指導していただきました新潟薬科大学薬学部薬化学研究室 本澤忍准教
授に心から感謝致します。
引用文献
(1) Akira, Takahashi.; Tadaya, Kato.; Fumiaki, Kamiya. Koubunshi Ronbunshu. 1985, 42, 803-808
(2)Hiroyasu K,okubo, sakae Obara, Katsuyoshi Minemura, Takashi Tanaka . Chem. Pharm. Bull. 1997. 45.
1350-1353
(3)Shintarou, Kanbayashi.; Takaaki, Arai.Koubunshi Ronbunshu. 1991. 48. 67-73
(4)http://www.j-tokkyo.com/1996/A61K/JP08133989.shtmll H25. 2. 11
(5)セルロース利用の最先端技術. 2008, 22-28
(6) http://www.higuchi-inc.co.jp/pharma/excipient/eudragit/index.html H25. 2. 11
(7)改訂高分子合成の化学. 1979, 18-20
(8)http://www.genome.jp/kegg/ H25. 2. 11
(9) http://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/ H25. 2. 11
(10) http://chemfinder.camsoft.com/chembiofinder/Forms/Home/ContentArea/Home.aspx H25. 2. 11
(11)http://jscc.kenkyuukai.jp/special/?id=1930 H25. 2. 11
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