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アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』の比喩
の特徴
岩谷, 智
西洋古典論集 (1991), 9: 31-50
1991-12-20
http://hdl.handle.net/2433/68599
Right
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Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
アポ ロニオス ・ロデ イオス 『アル ゴナ ウテ イカ』の比境 の特徴
岩谷
智
1 比橡 の研究
アポロニオス ・ロデ イオス 『アル ゴナ ウテ イカ』の研究 はホ メロスの詩 その
もの との比較検討 を抜 きに しては成 り立たな いのは言 うまでもな いが,その
さいホ メロスの詩 の研'
究 の成果か らも大 いに得 る ところがある.そ して比橡
を扱 う場合 もその例外 ではな い.
本章 で は まずホ メロスの比喰研究 の流れ を概観 したのち, 『アル ゴナ ウテ
イカ』の比喰研究 が いか にそ こか ら影響 を受 けて いるか を検討 し,そ して同
時 にその問題点 も指摘 した い.
1- 1 ホ メロスの比境 に関す る研究
ホ メロスの比晩 につ いて これ まで言われてきた ことをすべて要約す るのは不
可能であろ うし, また本稿 の考察 の範囲 を越 えるものでもあるので, ここで
1
)
は叙述 との対応 にポ イン トを しぼって代表的な見解 を挙 げ ることにす る (
比境 と叙述 の対応 にかんす る研究 は 3つの段階 を経 て発展 してきた.それ
はまず,比境 と叙述 の具体 的な対応点 を探 る段階,そ して対応 を トー ンの一
致 と見 る段 階,そ して,比橡が詩 の構成 に対 してもつ役割 を重視す る段 階で
ある.
G
.
Fi
nsl
er(
19
14
)はまず,ホ メロスの比晩 は物語 のなか で独立 した生命 を
持 った完結 した小詩 で,聴 き手 はそれ によってまった く別 の世界へ と連れ だ
され,新 たな思念 に漂 った後 に,新鮮な気拝 で叙述 に引 き戻 され る とす る.
そ して これ はホ メロスの比橡 が叙述 とただ一 つの点でのみ結びつ いて いる と
いう性質か らくるものであ る とし,その t
e
rti
u
mco
mp
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ati
o
ni
s を探 るア
プローチを とる (2)
- 31-
それ に対 して,W
i
l
a
m
o
wi
t
z(
1
9
2
0
)は比境 と叙述 との トー ン(
S
ti
m
m
ng
u
)
q)
一致 を重要視 す る.た とえば, 『イ リアス』第 8巻 の末尾 で,優勢 の トロイ
ア軍 が一晩 中かが り火 を焚 き続 けて いるさ まが明るい星月夜 にた とえ られ て
いるのにた い し,第 9巻 冒頭 で,非勢 のアカイア軍 は,北西 の風 に荒れ る海
にた とえ られ て いるのは,詩人が比晩 によって両軍 の雰囲気 を対比的 に表現
しようとしたためである とす る (8)。
H
.
F
r
a
e
n
k
el
(
1
9
2
1
)はこう した Wi
l
a
m
o
wi
t
zのアプローチ を継承 し,叙述
との対応 を探 す ことに汲 々 とす る態度 に最終 的な決別 を告 げた.すなわち,
比境 と叙述 の多様 な結びつき, トー ンの寄与 ,比橡か ら比境 へ の e
c
h
o
e
sを
検討 し, どの結びつきも正 当である とした上 で,比境 の基本 的な 目的 と第の効果 はそれ らが喚起 す る感情 にある と述べたのである.そ して比境 は視覚
的,知 的,感情 的な さまざまな レヴェル の意味 に同時 に働 きか けることによ
って, いわば単純 な叙述 のテーマ にた いす る付随旋律のよ うな もの とな って
いる とす る (4)。
またB
o
w
r
a(
1
9
3
0
)も同様 に,ホ メロスの比晩 はそれ 自体 で完結 し, また し
ば しば驚 くべ き美 しさをも って いるけれ ども, シェイクス ピアや ミル トンな
どの凝 った文学 に見 られ るよ うな正確 な対応 は打ちだ しては いな いとし,そ
の 目的 は,二 つのものが, い くつもの点 で対応 している とい うことを言わん
とす ることではな く,それ らに共通す る- つの性質 を強調す ることにある と
す る (5)
それ に対 し,T
.
B
.
L
.
W
e
b
s
t
e
r(
1
9
5
8
)
は,比境 には 「クロス リフ タレンス」
の働 き,すなわち,叙述 のなかの離れた部分 をむすびつける働 きがある と蹄
a
r
r
ol
l皿o
ul
t
o
n(
1
9
7
7
)は,比境 を個別 に扱 った リ,氏
持 した (
6
). さらに,C
境 とコンテ クス トの対応点 にのみ注意 を向けるアプローチ は不十分 である と
断言 し,比境 が詩 の大 きな輯成 に対 して持つ役割 を重視すべ きである と強調
して いる (7)
1- 2
『アル ゴナ ウテ イカ』の比橡 に関す る研究
『アル ゴナ ウテ イカ』の比喰研究 は前節 で概観 したホ メロス の比喰研究 に大
-3
2-
いに影響 を受 けて いる.
G
.
W
.
比
o
o
n
e
y(
1
9
1
2
)は 『アル ゴナ ウテ イカ』注釈 の序 のなかで 「比橡 は,そ
れが結びつ いて いる出来事 に明るい光 を当て,適切なデ ィテール でも ってそ
れ を説 明す る.そ こにはホ メロスの比境 には見 出 し得 な いような適切 さがあ
る」 と述 べ る. これ はアプ ローチ としてはホ メロスの比喰研究 の第-段 に相
当す る見方 である (8)
それ に対 して,J
.
F
.
C
a
r
s
p
e
c
k
e
n(
1
9
5
0
)は
H
.
F
r
a
e
n
k
e
lの研究I
を受 けて,
「アポ ロニオス ・ロデ イオスの比境 は,物語 に対 して常 に密接 に結びつ いて
いることによって,叙述 のなかの特定の瞬間の意味 と効果 を高 め,時 には叙
述 の役割 を果 した り,あるアクシ ョン,あるいは場面 を, よ りはっき りと 目
に見える局面 に移 しかえる ことによって雰 囲気 を強 めた りす る」 とす るが,
同時 にホ メロスの比境がもっていた働 き,すなわち,叙述 との
`
l
o
o
s
e
'で,
c̀
a
s
u
al
'で さえある結びつきによって,叙述 の意味 と効果 を拡大 し,次元
の違 うよ り複雑な感情 を喚起 し,皮肉なコ ン トラス トを作 りだ し,時 にはア
クシ ョンによって作 りだ された緊求 を緩和す る働 き, を失 って しまって いる
とす る (
9
). これ はホ メロス研究 の成果がもっ ともみ ごとに 『アル ゴナ ウテ
イカ』研究 に応用 された例 である.
そ してホ メロスの比喰研究 の第三段階に相 当す るのが
J
.
K
.
N
e
w
m
a
n(1
9
8
6
)
である.彼 はアポロニオス 。ロデイオスの比境 には,物語 の中の離 れた部分
をつなぎあわせ て一 つの出来事 を別 の出来事 の観点か ら眺 め させ よう とす る
役割がある とす る (
10
). しか し, 『アル ゴナ ウテ イカ』はた しか にカ ッリマ
コスが
k
a
k
o
nとして しりぞけた長大な叙事詩であるが (ただ し四巻合計 で
六千行 に満 たず, 『オデュ ッセ イア』の半分以下 である),実質的 にはエ ピ
ソー ドをひ とつひ とつつなげていくといった手法 で作 られたもので,ホ メロ
e
w
m
a
n
スの詩 のよ うに統一 的な輯成 を 目指 したものではな い.それ ゆえに,N
の説 はうのみにできな い.
2 ア レクサ ン ドレイア
以上 のように, 『アル ゴナ ウテイカ』の比喰研究 は,ホ メロスの比喰研究 の
- 33-
成果 を取 り入れ て発展 して きたわけであるが,無理 な応用 で しかな い場合 も
ある.我 々はホ メロス研究 の貴重 な成果 はむろん取 り入れ るべ きであるが,
それ に縛 られ るべ きではな い.今なすべ きは 20世紀 のホ メロス研究 という
フィル ター ご しではな く,直接 ,ヘ レニズム時代 に生 きた アポ ロニオス ・ロ
デ イオスが どのようにホ メロスの伝統 を解釈 し,そ してあ らた に創造 したか
を考 えるこ とである.
アポ ロニオス ・ロデ イオスの生涯 につ いて詳 しいことは分か っていな い.
S
ui
das には 「アポ ロニオス,ア レクサ ン ドレイア生 まれ.叙事詩人. ロ ド
ス島で暮 ら した時期 がある. シッレウスの息子。カ ツリマ コスの弟子 で,ニ
ラ トステネス とテ ィマル コス と同時代 の人.プ トレマイオス三世 の時代 に活
躍 し,ア レクサ ン ドレイア図書館 の館長 としてエラ トステネスの跡 を継 いだ」
との記事が ある。 またス コ リアに付 された二つの伝記か らは,彼 が最初 に発
表 した 『アル ゴナ ウテ イカ』は酷評 され,その後 ロ ドスに赴 いて修辞学 を教
え,市民権 を贈 られ るほ ど大 きな評判 を得 た ことな どが知 られ る.そのほか
にエ ピグラム詩や ,一般 に 『都市建設 Eti
s
ei
s』 として知 られ る諸都市 の
歴史や特徴 な どを扱 った叙事詩 を書 くとともに,ホメロス研究 家 としても名
高 く, 「ゼ ノ ドトスへ の反論 」 と題 され る論文 を書 いた ことな どが分か って
いる.
こう したプロフィールか ら浮び上が って くるのはいうまでもな く学者詩 人
としての姿 であ り,そ して いまとくに重要 なのはホ メロス研究 家 としての側
面 である. 「ゼ ノ ドトスへ の反論 」の内容 はいま直接知 る ことはできな いが,
ア レクサ ン ドレイアの学者 たちの関心 の的であったホ メロス のテキス トに関
す る諸問題 ,すなわち,個 々の単語 の形態論 的な異 同か ら,ある部分 をテ キ
ス トに含 めるか否 か という問題 にいたるまでの様 々な点が扱 われて いたであ
ろ うことは想像 に難 くな い.そ してそ う した研究 の成果が 『アル ゴナ ウテ イ
カ』 にも反映 され ている と考 え られ る.た とえば単語 の選択 に関 して言えば,
『アル ゴナ ウテ イカ』 はゼ ノ ドトスの方針 と一致す る点 も多 く見 られ るもの
の (とくに代名詞 の選択 ),全体 としてはア リス タル コスの方針 に従 って い
ll
).
ることが指摘 されて いる (
これ らの点以外 にもホ メロス研究 の成果 が 『アル ゴナ ウテ イカ』 に反映 さ
-
34-
れ て いる と考 え られ る点 がある.すなわち,ホ メロス にで て くる表現 で酸味
であ った り畢解 であった りす るものがあれ ば,それ を分 か りやす く言 い換 え
た り, あ る いは合理化 のた めにモチーフを改変 した りす る ことがあ る. た と
えば 『イ リアス 』4
.1
17 で 「まだ使われて いな い矢 (
i
o
nabl
e
t
a)」 に 「黒 い
痛 みの座 (
mel
ai
n
eo
nhe
r
m'o
d
y
n
ao
n」 とい う形 容句 が用 い られ て いるが ,
.
27
9では,エ ロス の持 って いる 「まだ使 われ て い
『アル ゴナ ウテ イカ 』 3
な い矢」 にた い して 「
苦痛 にみちた (
pol
_
yst
o
no
n)」 とい う明確 な形 容詞 が与
.
210
え られて いる. またモチーフの点 に関 して は, 『アル ゴナ ウテ イカ 』3
1
4 はヘ ラが アイエテスの館 に赴 くイアソ ンらの一行 を零 で隠す場面 であ る
.1
4-15でアル キ ノオ ス の館 に向か うオ
が, この場 面 は 『オデ ュ ッセ イア』7
デ ュ ッセ ウス をアテネが霧 で隠すモチーフに基 づ いて いる. ところが アテネ
がオデ ュ ッセ ウス 自身 を好 で包むのに対 し, 『アル ゴナ ウテ イカ』で はヘ ラ
は町 を欝 で包 むのである (
di
'as
t
e
os
). これ はホ メロスのモ テ ィー フに対す
るバ リエ ー シ ョンであ り,そ こには合理化 の意識 が働 いて いる と考 え られ る
(12).
また モテ ィーフの改変 としては, 『イ リアス 』2
2.
1
4
7
-52 で,スカマ
ン ドロス河 の二つの源泉が一方 は温か い水 を,そ して他 方 は冷 た い水 を湧 き
出させ て いる とされ るが, 『アル ゴナ ウテ イカ』3
.
2
2ト7 で はアイエテス の
館 の一 つ の泉が季節 に応 じて冷た い水 と温 か い水 を出す とされ て いる こ とも
その一 つ の例 と して挙 げ られ よ う。
3 アポ ロニオス ・ロデ イオスの比橡 の特徴
アポ ロニオス ・ロデ イオス の比境 は 灘o
o
ne
y以来 その 「適切 さ」 で知 られ て
きた。 しか しその適切 さ とは どのような性 質 のものであ ろ うか.本節 では,
アポ ロニオス ・ロデ イオス の比境 の修辞的技巧 ,梼成 的工 夫 を糸 口に してそ
の特徴 をさ ぐ りた い.
3- 1 厳 密 な対応
ア リス トテ レスは 『トビカ 』8
.
2
.1
5
7
a で, 「分か りやす くす るた め には,
- 35-
例 証 や比橡 を加 え るべ きで ある. しか し例 証 は, コイ リロス に使 われ るよ う
な もので はな く,ホ メロス に使 われた よ うな,適切 で, しか もわれ われが よ
く知 って いるものか ら取 られな けれ ばな らな い. そ うすれ ば,提示 され た事
柄 は いっそ う分 か りやす いものにな るだ ろ うか ら」 と語 って いる. こう した
評 か ら,ホ メロスの比橡 はその適切 さのゆえに高 い評価 を受 けて いた こ とが
分 か る.
た しか に,次 のよ うな例 は対応 のはっき りした, ア リス トテ レスの称 賛 を
Od.9.
38
2f
f.
)
.
受 けるにふ さわ しい比境 である (
部下 た ちが先 の尖 ったオ リー ヴの丸太 を掴 んで,
キュクロブスの眼 に突 き刺す と,
′私 は上 か ら押 さえ付 けなが ら
回転 させた. それ は,船材 に孔 を穿 つ とき,一人 が錐 を支 え,
その下 で仲 間が両側 に張 った皮紐 を引 いて,
錐 を休 みな く回転 させ るさまに似 て いた.
こ こで は先 の尖 った丸太 が錐 にた とえ られ て いる というだ けでな く,丸太 の
上 か らの しかか るオデ ュ ッセ ウスが錐 を支 え る船大工 に対応 し, また, とも
に突 き刺す だ けでな く回転 させ る動作 にも共通性 が認 め られ る (18).
しか しこの例 は じつ はホ メロスの比橡 と しては一般 的な もので はな く,普
通 はただ一点 の対応 があるのみであ った.た とえば メネ ラオスがパ ンダロス
の矢 に射 られて負傷す る場 面 の比嘘 である (
Il
.4.1
41
ff
.).
ち ょう ど人が真紅 に象牙 を染 めた ときのよう,
マ イオニ アか カ リアの女 が,馬 の頼 当て飾 りにす るた め に.
大勢 の騎士たち に求 め られた けれ ど,部屋 にず っ と しまって置 かれ る,
王 の宝物 として.馬 には飾 りで駁者 には 自慢 の種 だ.
そのよ うに, メネ ラオスよ,御身 の恰 好 のよ い腿 か ら,
ふ くらはぎや ,かか とまでが血 にまみれ て しまったのだ.
この比境 で は, メネ ラオス の肌 に血 が流れ るのが,象牙 をそ める紅 にた とえ
- 36-
られて いるが,その点以外 の,た とえば,頼 当て飾 りが王 の宝物 である とか,
多 くの駁者 の 自慢 の種 であ る とか という事柄 はメネラオスの負傷 とは何 のか
かわ りもな いのである (14)
しか し,つぎのように極端 に対応 の薄 いものにつ いては古代か ら分か りに
Il
.
1
0
.
5
f
f
.).
くいとされ て いた ことがス コ リアか らうかが い知れ る (
ち ょうど髪美 しいへ レ女神 の夫ゼ ウス神 が稲妻 を光 らせ ,
おそろ しい大雨 か定か を降 らそうとな さる ときのよう,
あるいは吹雪 か.それ は雪 が,田畑 か,
また ははげ しい戦 さの顎 に降 り積 もる時の こと,
そのよ うにアガメム ノンは胸のうちで い くども呼きたてた.
この比境 に対 して S
c
h
ol
i
aAは 「(ゼ ウスが稲妻 をひ らめかせた) と同
様 にアガ メム ノンの魂 は坤 いた. しか し比境 はあ らゆ る点 に対 してあ るわ け
ではな いので,個 々の点 には働 いていな い」 と述べ る.一 方, S
c
b
ol
i
ab
T
は 「
激 しさ と銭 さ と思索 にふ けっている」点 で類似す る とし, さらに 「ギ リ
シアの大将 が最高神 にた とえ られて いるのもふ さわ しい」 と述べ る. こう し
た見解 が出 され ること自体 , とりもなおさず対応 が唆味 である と考 え られ て
いた ことの反映である (15)
アポ ロニオス ・ロデ イオスが こうした批判 を念頭 に置 いて比境 を作 ったの
は疑 いな く,彼 の比境 は対応 の明確 さと多 さという点で いわば模範 的なもの
3
.
8
7
6
以下 ) と,
とな って いる. メデ ィアが アルテ ミスにた とえ られ る比喰 (
o
ur
c
eと考 え られ る,ナ ウシカアが アルテ ミス にた とえ られ る比喰
その s
(
O
d
.
6
.
1
0
2
f
f
.) とを比べ てみればその ことははっき り分 か る (18). すなわ
ち 『オデュ ッセ イア』では,侍女たち と雀遊び に興 じて いるナ ウシカアが,
ニ ンフ と共 に狩 を して いるアルテ ミスにた とえ られて いるわ けだが,そのポ
イン トはナ ウシカアが他 の女 たちよ り技 きん出て美 しいということに尽 きる.
一方, メデ ィアの場合 も 「美 しさ」はた しかに対応点 であるが, じつ はそれ
はいくつか の要素 のうちの一 つにす ぎな い.ヘカテの杜 に急 ぐメデ ィア と
h
e
c
a
t
o
m
b
eを受 けるために赴 くアルテ ミス,馬車 と戦車,恐れおのの く野獣
- 37-
とたみび と, というように複数 の対応点が認 め られ るのであ る (17).
3-2 修辞 的技巧
以上 のように対応点 の多 さはた しかにアポ ロニオス ・ロデ イオスの比槍 のひ
とつの特徴 であ り, さまざ まな研究者がすでに指摘 している ところ車もあ る.
しか し,アポ ロニオス ・ロデ イオスの叙述 と比境 の結び付 きはただ単 に対応
点 の多 さだ けに基 づ くものではな い.ヘ レニズム文学 の特徴 である細かな修
辞 的技巧 が叙述 と比喰 とをさらに厳密 に結び付 けて いる例 がある.つぎに挙
げるのは, メデ ィアが魔法 の薬 をイアソンに手渡す場面 で, キアスムスの構
3.
1
0
1
9
f
f
.
)
.
文が使われ て いる比橡 である (
‥‥‥胸 の中は熱 くな った (
i
ai
ne
t
o
),
t
e
k
o
m
e
n
e
)ほ どに.それ はば らの露 が
とろける (
t
e
ke
t
ai
)
のに似 て いた,朝 の光 に暖 め られて (i
ai
no
m
e
n
e
)
.
消 える (
この比嘘 はイメジェ リも非常 に美 しいが,技巧 的 にも見 るべ きものがある.
ai
ne
t
o(
1
0
1
9
).
‥t
e
k
o
m
e
n
e(
1
0
2
0
)と t
e
k
e
t
ai
(
1
0
2
1)‥ .i
aト
す なわち ,i
n
o
m
e
n
e(
1
0
2
1
)というキアスムス碑文が見 られ, しかも前 の鼠 では本動詞だ っ
た i
ai
n
oが後 の鼠 では分詞 とな り, また ,t
e
k
oはその逆 にな って いるので
あ る.そ して重要 なのはこのキアスムスが,比喰 内部だ けにお さまって いる
のではな く,叙述 と比境 の両方 にまたが って いる点 であ る. この場合叙述 と
比橡 の結び付 きは対応点 にあ る とともに,キアスムス韓文 にもある といって
よい (18).
つぎに挙 げるのは A
l
l
i
t
e
r
a
ti
o
nが用 いられて いる例 であ る. これ はさき
ほ どの魔法 の薬 の由来が語 られ る箇所 である (
3.
8
5
1
f
f
.
)
。
その草 が最初 に生 え出たのは,生 肉を食 う薯が
カ ウカソス山の斜面 で,不幸 なプ ロメテ ウスの体 か ら
真 っ赤な体液 を地 に したた らせた ときの こと。
- 38-
花 は地面 か ら- キュー ピッ トほ どの高 さに咲 き,
コ リュ コス岬のサ フラ ンに似た色で,
二本 の茎 で支 え られて いる.地下 の板 は
いま切 られたばか りの肉そのものだ.
メデ ィアは,山に生 える樫の樹液 そっ くりの,
その板 の黒 い汁 をカス ピ海 の点穀 に集 めて薬 をつ くった.
ここも大変 に凝 った構成 にな っている.魔 法の薬 の原料 となる花が 「コ リュ
Ko
r
y
ki
oii
kel
o
pkr
o
koi
)」(
85
5)にた とえ られ,その前
コス岬 のサ フラ ン (
後 の叙述 のなか に 「カ ウカ ソス山の斜面 (
k
ne
moi
seniEau
kasi
oi
si
n)
」(
8
5
Kas
pi
eie
nk
oc
hl
oi
)」(
85
9)という語句 が配 され て
2
), 「カス ピ海 の見穀 (
l
i
t
e
r
ari
o
nは,叙述 と比境 の
いる.地名形 容詞 と名詞 の組 み合わせ によるAl
両方 にまたが り,一体 とな ってメディアの魔法 の薬 にエ ヰ ゾテ ィツクな雰 囲
気 を与 えて いる (=
).
一方,同 じよ うにAl
l
i
t
er
ati
o
nが使われて いなが ら,叙述 とのつなが りと
いう点 では疑 問符 をつけざるをえないものがある.仲間 を呼ぶ イアソンが獅
子 にた とえ られる比境 であ る (
4.
13
3
8
f
f
.).
‥. さなが ら森 のなか で
雌 を求 めて獅子が呪 えるよう,鋭 い (
b
a
rei
ei
)声 に谷 あ い (
b
es
s
ai
)は
hy
p
o
br
o
m
e
o
usi
n),
遠 くの山 まで鳴 り響 き (
ゎo
es
)
や
恐 ろ しさで野 の雄牛 (
牛(
bo
o
n)を飼 う者 たち (
bo
up
el
at
ai
)の毛 は逆立 つ。
だが仲 間たちにはイア ソンの叫び 昼
決 して恐 ろ しくなか った,友 を呼ぶ声だったか ら.
ここでは b
a
rei
ei
,(
hy
po)
b
ro
me
o
usi
n,b
es
s
ai
,b
o
e
s,bo
upel
a
t
ai
,b
oo
n
というよ うに,獅子 の叫びが谷間にこだ まする様子が
b̀
' のAl
li
te
rati
o
n
によって効果 的に表現 され て いる (20). しか し,比境では獅子 の叫び を聞 い
た牛や牛飼 いが恐れおのの くのに対 し,す ぐあ とでイアソ ンの叫び を聞 いて
- 39-
も仲 間たち は決 して恐 ろ しくなか った と言 われ る。 これ は ,Al
l
i
t
er
ati
o
n
に こだわ るあ ま り,叙述 との対応 が おろそか にな って しまった ということか
も しれ な い.
3-3 構成 的工 夫
修 辞 的技 法 が比橡 と叙述 の緊密 な結び付 き に寄与 す るもので あ る とすれ ば,
棒成 的工夫 は い くつもの対応 の存在 という前提 にた って,比晩 の効果 を高 め
るものであ る.つ ぎの例 は比橡 が叙述 を移行 させ る例 であ る (
2
.
1
3
0
f
f
)
.
ち ょう ど,岩穴 に巣 をつ くる蜜蜂 の大群 を
羊飼 いか養蜂 家が煙 で いぶす と,
蜂 は しば らくは巣 の中 に群 が った まま,
ぶんぶん動 き回 って いるが,やがて黒 い煙 に燦 し出 され て
岩 か ら遠 くへ飛 んで い くよ う,
そのよ うにベ ブ リュキア人たちはもはや長 くは踏 み と どまれず
奥 地へ散 って ア ミュコスの死 を知 らせ る ことにな った .
これ は,緊迫 した戦 争 の場面 を平和 な牧畜 の情景 にた とえ る というホ メロス
によ くみ られ るタイプの比嘘 である. しか し, アル ゴナ ウタイ と羊飼 い (あ
る いは養蜂 家 ),ベ ブ リュキア人 と蜜蜂 といった厳 密 な対応 が見 られ る点 で
はアポ ロニ オス ・ロデ イオスの比橡 の特徴 が よ く出て いるものでもあ る. さ
らに ここで は,叙述 の時 間的経過 に比喰 内部 の時 間的経過 が対応 して いる.
つ ま り比橡 のあ いだ に叙述 のひ とつ の局面 が次 の局面 へ移 行 して いるので あ
る.
直前 の叙述 :アル ゴナ ウタイがベ ブ リュキア人 をけち らす。
比境 の前半 :羊飼 い (
養蜂 家)が蜂 を いぶす 。
比境 の後半 :蜂 が逃 げ 出す.
-4
0-
直後 の叙述 :ベ ブ リュキア人が逃 げ出す .
比橡 の内部 における 「いぶす 」 行為か ら 「
逃 げ出す」行為へ の移行 は,叙述
の時間的経過 に対応 し, また先取 りす るもの とな って いる. これ は,比境 と
叙述 のそれ ぞれ の要素 が数 多 く対応 して いる という前提 が あ っては じめて可
能 にな る手 法 でもある.
.1
0
0
3
-5の木 こ りの比境 で は,
こう した例 は他 にも見 られ る.た とえば1
直前 の叙述 :アル ゴナ ウタイ らが 「大地 の子 」 を倒 す .
比橡 の前半 :木 こ りが木 を倒す.
比境 の後半 :その丸太 を木 こりは波打 ち際 に並べ る.
直後 の叙述 : 「
大地 の子」 らが港 に横 たわ る.
とな って いる.
.
9
6
8
7
1ではへ カテの杜 でおちあ った イアソ ンとメデ ィアが 山中の
また ,3
軽 あるいは樵 の木 にた とえ られて いるが, これも
直前 の叙述 :二人 は黙 って立 って いる.
比境 の前半 :風 のな い とき,木 が静 か に立 って いる.
比橡 の後半 :風が 出て きて,木が揺れ動 く.
直後 の叙述 :二人 は これか ら多 くを語 りだそ う とす る.
といった よ うに物語 の局面 を移行 させ る比境 と考 え られ る.
これ らの比嘘 は,ホ メロスの戦 闘場面 によ くあるような物 語 の流れ のなか
a
u
s
eとな って決定的瞬間 を際立 たせ る といった種類 の比喰 で
の印象 的な p
はな く,逆 に,ある局面 を別 の局面 に移行 させ る ことによ って,その瞬 間 を
印象付 けよ う とす るもの と考 え られ る (21
).
次 の例 も同様 の移行 を含 んで いる とみなすべ き比嘘 であ る (
3
.
6
5
6
f
f
。
)
.
ち ょう ど,部屋 の中で新妻 が若 い盛 りの夫 (の死 ) を
-4
1-
嘆 いて いるよう.その夫 に彼女 を嫁 がせたのは兄弟 と両親 だ ったが.
侍女 らとは まだだれ とも顔 を合 わ さな いのは,
恥 らい と自制 のゆえ.それ で奥 にひ き こもって悲 しみ に くれ ている.
ある定 めが夫 を滅 ぼ したのだ.二人が互 いの思 いに
6
6
0
喜び を見 出さな いうちに.そ して心 を引き裂 かれ,
夫 の いな い寝 台 を見つめて,静 か にはげ しく涙 を流す.
女 たちに噸 られ,罵 られた りしな いよう.
そのよ うに, メデ ィアは悲嘆 に くれて いた.
この比境 は,H
.
F
r
a
e
n
k
e
lが大腿 なテキス トの入れ替 え (
6
5
8
9を6
6
2のつぎに
移す) を提唱 して以来 ,大 きな論議 の まとにな ってきた. F
r
a
e
n
k
e
lは,6
6
2
行 までの状況 は 「夫 をな く した若 い妻が心 に苦悩 を抱 いて,夫の いな い寝 台
を見 つめ,静 か に部屋 のなかで泣 いて いる」 というなん ら説 明を要 しな いも
のであるのに,6
6
3
行で 「
女 たちの噺 リとか らか いを避 けるため 」 そ うして
いるのだ と聞か され るのは驚 きである,それ ゆえ, ここにはなん らか のギ ャ
ップが存在 す る, と考 えるのである.そ こで ,6
5
8
6
5
9
行 を6
6
2
行 と6
6
3
行の
間 に置 いてみる と,そのつなが りが はっき りす る という.すなわち, 「彼女
はまだ侍女 たち と親 しく交 わ らず,部屋 に閉 じこも って悲 しみを隠 している.
内気でもあ り,賢明でもあるか らだが,それ は女 たちのあ ざけ りとか らか い
をさけるため...」 というエ 合 にうまく結びつ く, というのである (22).
それ に対 して ,H
.
E
r
b
s
eは次 のように反論す る (28) . この比橡 の直前 の叙
6
5
3:ai
d
o
s
)と大胆 な恋心 (
6
5
3:
t
h
r
a
s
y
s
述 のなかで, メデ ィアの恥 らい (
の葛藤が措 かれ る.そ して恥 らいが一時的 に打ち勝 ち, メディアは
hi
m
e
r
o
s
)
臥床 に倒れ る. この状況 を明示 して いるはず の比境 は,特殊 な前提条件 の描
6
5
6
6
6
1
a
)と, メデ ィアの 目下 の状況 に厳密 に対応 す る行為 の
写 をす る前半 (
叙述 となる後半 (
6
6
1
b
6
6
3
)の二つ に分かれて いる.
前半 :若 い花嫁 が,結婚 の幸せ を楽 しむ前 に夫 を失な い,侍女 たち とのつ
きあいを避 ける.
後半 :夫 を奪われた寝台 を見 つめて泣 くが,侍女たちの噛 りを受けな いよ
-4
2-
う静 か に泣 く.
す なわ ち ,6
62
行 と6
6
3行 は密接 に結びつ いて, この不幸 な 乙女 は と りわ け
愛 の享楽 の期待 が失 われ て しまった こ とを悲 しみ,それ ゆえ に,女 た ちの う
わ さ話 を恐 れ て いる ということを示唆す る.も し,F
ra
e
nkelの言 うよ うに,
6
5
8
-9
行 を6
6
3行 に結 びつ けて しまえば,花嫁 の振舞 いは まった く理 解 で きな
くな る. というのも,も し彼女 の悲 しみが 乙女 にふ さわ しいものであ るな ら
ば,侍女 た ちが彼女 を頓笑 う理 由はな いか らである. アポ ロニオス ・ロデ イ
5
3
行 目の t
hr
as
yshi
m
e
r
os という表現 によって暗示 され た メデ ィ
オス は ,6
アの欲望 を比境 のなかで品 よ く表現 して いる.
この E
r
bs
e の論 は H
urstの支持 をうけた のち (24),札C
a
mp
bel
lによ っ
て極端 に まで推 し進 め られた (25㌦
c
am
pb
el
lは とくに この比境 に用 い られ
た単語 に性 的な含意 がある と主張す る.す なわち,
t
hr
as
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os(
6
5
3
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e。
であ る と し, こう した表現 は まとまって `
ap
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ct
ur
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ex
ual
ur
ge' を作 り出す として いる.
また ,H
l
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m
o
n.'とまで言 う (28)
E
r
bs
e らが この比境 か ら読 み取 る人物像 はきわめて品位 を欠 普,物 語 のな
かの メデ ィア像 とは まった く掛 け離れ て いる.彼女 はエ ロス の矢 に射 られ な
が らも, 「
処女性 と両親 の館 が私 のもので あ り続 けます よ うに」(
3。
640)と
願 う女性 であ り,大地 か ら生 まれ る勇士 と雄牛 を倒す手立 て をイア ソ ンに教
-4
3-
えた後 で さえ, 「メデ ィアの名 を患 いだ して下 さい」(
3.
10
69
-7
0)
, 「ただ
私 の こ とを思 いだ して下 さ い」(
3.
11
0
9
-1
0)ということ しか ロに しな い乙女
な のであ る.
はた して t
h
al
er
o
n,de
ne
si
n,d
ai
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e
n
e な どの単語 は C
amp
b
el
lの指摘
す るよ うに `
as
ex
ualur
ge
' を示 唆 して いるのであろ うか .そ してなぜ こ
の比橡 の花嫁 は侍女 たちのあ ざけ りを恐れ るのであろ うか .
まず ,t
bal
e
ro
nにかん しては, 『イ リアス 』l
l.
22ト47の イ ピダマスや,
『アル ゴナ ウテ イカ』第-巻 のキュ ジコス のエ ピソー ドな どの,若盛 りの夫
の死 のモテ イー プの一環 と して考 えてなん ら不都合 はな い し, 自然 である.
一 方,d
e
nesi
n と dai
o
me
ne にかん して は,た しか に唆 味 な使われか たが
e
ne
a は本来 は L.
S. に `
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et
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な され て いる.d
goo
do
rb
ad' とあるよ うに 「策略」 の意 であ り, 『アル ゴナ ウテ イカ』で
も, メデ ィアの魔 法 の薬 の 「
策 」(
3.
11
68
),ある いはキル ケの 「計略 」 (
4
.
5
59)な どと使 われ て いる. しか し, この比境 ではも うす こ し意味範 蹄 を広 げ
て, 「
考 え」 くらいが妥 当か も しれな い. とすれ ば `
t
ar
pe
me
naide
ne
si
n
all
el
o
n'は 「お互 いの考 え を喜 び あ う前 に」ある いは 「お互 いの心 が通 じあ
う前 に」 くらいの意 味 であ ろ うか.
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ai
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ne にか ん しては,da主
o(
A):t
obu
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nu
pと,d
a主
o(
ち):t
odi
vi
deの
どち らの完 了分詞 に とるか で見解 が分れ て いる.前者 を とれ ば, 「
心 を燃 や
して」 とな り,後者 を とれ ば, 「
心 引 き裂 かれ て」 とな る. しか しいずれ に
せ よ唆 味 で ある こ とはた しかであ り,最終 的 には この比喰 内部 だ けで は解 決
不可能 と考 え られ る.
とすれ ば アプ ローチを変 えて,前後 の叙述 か らこの比境 を検 討 してみる こ
ともむだで はな い。比境 という修辞技法 は叙述 との相互作 用 で成 り立 って い
る し, しか も 『アル ゴナ ウテ イカ』の比橡 の特 質 はす で に述 べ た よ うにそ の
厳 密 な対応 にあ るか らであ る.
約 200行物語 をさかのぼ る ことにす る. メデ ィアはエ ロス の矢 を受 けて
イア ソ ンに- 自惚 れ したあ と,彼 の姿 を心 のなかで患 い浮 べ る (
3.
439
f
f.
).
その とき,彼女 は 「
彼 がす でに死 んで しまったかの よ うに嘆 き」, 「頬 に大
粒 の涙 を流 し,静 か に泣 く」.そ して恋 の苦 しみ に耐 えかね て 「さっさ と死
-4
4-
ね ば いい」 と言 う. しか し,す ぐに 「無事 に (
死 の運命 を) のがれ た らい い
のだが」 とも言 う.そ して 「も し雄牛 に負 けて滅 ぶ定 めな ら, どうかそ の前
に,わた しが けっ して忌 まわ しい禍 を喜 んだ りしな い こ とを分 か っても らえ
ます よ うに」 と言 う.
つ ま り,花嫁 の比境 は この最初 の出会 い直後 の メデ ィアの苦悩 が下敷 にな ・
って いる と考 え られ るのである.も しそ うだ とすれ ば,比橡 の d
ai
o
me
ne は
enesi
n は 「お互 いの理解 」すな わ
「
心 引 き裂 かれ て」 と考 え られ よう し,d
ち 「
J
E
Jの通 いあ い」 と考 え られ るのである.
それ ではなぜ メデ ィアは6
6
3
行 (
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-
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s)にあ るよ うに女 た ちのあ ざけ りを恐 れて静 か に涙 を流 して いるので
あろ うか.H
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2行 目の `
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a'にかん して `
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uda
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ve
rt
.'であ る と指摘 し, この新妻 が静 か に涙 を流 して いるの
は性 的な感情 を抱 いて いるのを恥 として いるか らだ と見 る
(27).
しか し, メ
デ ィアの感 じて いるai
dosとは本 当にそ う した性質 のもので あ ろ うか.
do
s はエ ウ リピデ スの 『ヒ ッ
じつ は この比境 で例示 され るメディアの ai
ポ リュ トス』のパ イ ドラのそれ と共通す る ところがある.パ イ ドラは ヒッポ
リュ トスへ の恋 に苦 しみ,狩 を した い,馬 を駆 りた いとうな され る.乳母 は
「
人前 で気 がふれた ような ことをいって はな りませ ぬ 」(
Hi
pp
.2
13
f.)といさ
do
umet
ha
める.す る とパ イ ドラは 「いまロに した こ とが恥 か しいか ら (ai
菖
art
al
el
e
gm
e
n
amoi
)
」(
2
4
4
)と言 って いったん外 した ヴェール を顔 にか け
ても らう。 この ときパ イ ドラが 口に した内容 は, ヒッポ リュ トス と一緒 に い
た い という願望 はた しか に裏 に隠 され て いるにせ よ,あ くまでも狩や乗馬 の
望 みであ る.そ して彼女 の 「
取 らい」 は, 「口に した内容」 にた いす るもの
である と同時 に,王家 の女 として人前 で心 乱す ことにた い してでもあ る.乳
母 の, 「た とえも し他人 に言 えな いような ことでお苦 しみだ と しても, こ こ
gy
nai
k
es
)ですか ら,大丈夫 」(
29
3f
.)とい う言葉 にもパ
に_
いる人 た ちは女 (
イ ドラは沈 黙 を守 る (
最終 的 に彼女が沈黙 を破 るのは乳母 の 「嘆願 の手 」 を
尊重 す るた めである) (28)
パ イ ドラも夫 をな くした花嫁 に喰 え られ る メデ ィアも, とも にアプ ロデ イ
チ (エ ロス) によって恋 に落 ち,ai
d
os の ゆえに,気心 の知 れ た女 た ちにも
-4
5-
ゝ
打ち明け られず に,ひ とり苦 しんで いる.状況的 にもパ イ ドラは乳母 によ っ
て告 白を余儀 な くされ る直前 であ り, メデ ィアはカル キオペ にイアソンを救
う手立 て を話す直前 であるように共通性 を持つ. こう したふた りの沈黙 と苦
悩 に見な ければな らな いのは,決 して性 的な欲望な どでな く,王家 の女 と し
ての誇 りな のである.
ra
e
n
kelや E
r
bse らの解釈が生 じる余地 があるのセあろ う
では どこに, F
か. この部分 の樟戊 か らその点 を考 えてみた い.
3.
65
663)か らな る.E
rb
seは 5行半 と 2行半 に分
この比橡 は全体 が 8行 (
けて解釈 したが,Vi
a
n は前後半 4行ずつ に分 け,後半部分 は,前半 に使わ
れた語句 を言 い換 えなが ら花嫁 の内面 にまで踏 み込 んだ描 写 を して いる とす
る (29). すなわち,
:6
60
-6
61
a=
65
66
夫 の死
花嫁 の悲 しみ と部星 に閉 じこもる姿 :6
61
b66
2=(
6
5
8
),
65
9
b
:6
63
=
6
58
-65
9
a
部屋 に閉 じこもる理 由
という点がそれ ぞれ に共通す る要素 である とす る.た しか に前半 と後半 の対
応 は Vi
an の指摘 す る とお りである. しか し,重要なのは対応 す る要素で は
n t
h
al
am
oi
si
な く,対応 しな い要素 の方 である.すなわち,前半 では, e
(
65
6)
,myc
boi(
6
5
9)といった 「部屋 に閉 じこもる」 という状況が強調 され て
いるのにた い し,後半 では,そ う した表現 はな い.一方,後半 にあるsiga
mal
a(
kl
ai
ei
)(
6
62
)という 「
静 か に激 しく嘆 く」 といった表現 に相 当す る詩
句 は前半 にはな い. これ は じつ は移行 の技法が用 い られて いる ことを意味す
る.すなわち,
直前 の叙述 :メデ ィアが取 らいによって部屋 に引き止 め られ る.
比槍 の前半 :新妻 が恥 ちいと自制 のゆえに部屋 にひ き こもる.
'
比橡 の後半 :新妻 が静 か にはげ しく涙 を流す.
直後 の叙述 :メディアが侍女 たちに気付 かれな いよう嘆 く.
-
46-
という棒成 にな って いるのである.
以上 の点 か ら, この比境 には叙述 か らの数 多 くの対応点 が織 り込 まれ , し
か も移行 の技法 までが用 い られて いる ことがわか る. しか しそ う した要諦 は
ひ とつ の短 い比橡 に とって は過重なもの とも いえる.その結果 , この例 で は,
本来 は明確 でな けれ ばな らな いデ ィテール に唆味な単語 が もち い られた り,
前後半 のつなが りがな いよ うな樟成 にな って しまった ので ある.
おわ りに
アポ ロニオス ・ロデ イオス は,ホ メロス の比境 にた いす る批判 を意識 して,
「
適切 な」比橡 を作 ろ うと した.そ してそ の 「
適切 さ」 とは第一義 的 には対
応 の数 の ご とであ ったが,ヘ レニズム文学 に特徴 的な細 かな技巧 ・工 夫 も,
叙述 との結 び付 き を密 にす るのに一役か って いる場合 が あ る. 『アル ゴナ ウ
テ イカ』 の比境 の魅力 は, そ う した厳密 な対応 ,修辞 的 ・輯成 的工 夫 , イ メ
ジェ リの美 しさ といった さ まざまな要素 が組 みあわ さ リ,決定 的な瞬 間が 印
象的 に表現 され て いる ところにある。 しか しときに破綻 を感 じさせ る場令 も
あ り,それ は,数 多 くの点 で対応 を作 り出 し,その うえ修 辞 的 ・構成 的工 夫
を放 り込 む という要請 が個 々の比橡 にた い してやや もす る と過重 な負担 とな
りかね なか った こ とを示 唆 して いる。
注
テ キス トと して は主 に F.
Vi
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80 を使用 した.
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1) ホ メロスの比境 を言語 的 に考察 した もの として は,G.
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97
2 がある.S
hi
p
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に対す る反論 としては,岡道男, 「
比境の言語」, 『ホメロスにおける伝統
98
8年,創文社参照 のこと.o
ral poet
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y の観点か
の継乗 と創造 』所収 ,1
A.
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らの研究 としてはJ.
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74 がある. また,別のアプローチ として ,Ri
つの別 々の事象 に本質的な一致点 を見出す比境 に哲学的思考 の芽生えをみた.
E.
Ri
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い上が っていく煙 に喰え られ る比境 と,そのモデル とな った 『イ リアス』の
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f.
)とを比較 して,単純 に,
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二つの煙 の比喰 (
ニオス ・ロデ イオスの比橡の方が適切 さの点 でもイメジェ リの点 でも優れて
いるのは疑 いな い」 とす る.G.
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4の記述 (「だが,かれ ら
が平野か ら町 とアイエテスの館 に着 くと,す ぐさまヘ ラは零 を晴 らした 」 )
か らみて,霧 はイアソン一行が平野 にいる間だけかか って いる と考 え られ る
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s という表現 はつ じ? まがあわな いとす るが, ここではそ
ので,di
う した厳密 な論理 よ り, コル キス人 らの住む 「町」そのも のを零 に包む とい
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n の意識 の方が優先 されて いる と考 えるべ きである.
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) Cf.A.C
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.のゼテス とカライスが猟犬 にた とえ られ る比晩 も対応点 の
(
17
) 2.
27
8
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とくに多 い比境 である.
(
18
) Cf.L
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n はホ メロスにも こう した移行 の比境 はい くつか認 め ら
れ るが;それ は詩人が意 図的にお こな ったのではな く,偶然 の結果 だ とす る.
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を挙 げ, これ も6
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行 に結びつけて いる と指摘す る.
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