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非線形ダイナミックスで遊ぶ : ソフトマターの時空構造
(ソフトマターの物理学2003-普遍性と多様性-,研究会報告
)
吉川, 研一
物性研究 (2003), 81(2): 212-215
2003-11-20
http://hdl.handle.net/2433/97682
Right
Type
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Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
研究会報告
非線形 ダイナ ミックスで遊ぶ :ソフ トマターの時空構造
京大理
吉川研一
§1. 細胞サイズの世界
私たちが、命 あるもの と、無生物 を見分 けるときには、時間軸上の事象 を指標 とす ること
が多い。心臓細胞の拍動 、細胞分裂の リズム、神経細胞の発火 、 日周性 の リズム (
サーカ
デ ィアン ・リズム) な どな ど、いずれ も "生 きもの" らしさを、感 じさせて くれ る。 とこ
ろで、 この よ うな生命 の リズムの特質 とは何であろ うか ?あるいは、生命の基本単位 であ
る細胞 、この細胞 を特徴づけるumのスケールには、なにか特別 な意味があるのであろ うか ?
nm1 m スケールの ソフ トマ ターの物性の記述には、GL(
ギンツブル グー ランダ ウ)
の描像
が有効である。生物 を含 む多 くの 自然現象は、非保存系であるので、時間軸上の変化 の特
は、秩序パ ラメー タ¶の滑 らかで連続的な関数であるので、初期条件 を¶。とした とき、その
未来に¶。の値 を再び とることはできない。すなわち、 リズムを生み出す よ うな現象は生 じ
えない。 これ は 、c
m∼m スケール のマ クロな世界 との大 きな違いである。マ クロな世界で
は 、Ne
wt
onの運動方程式 によ り、時間の二階微分がいきな り出て くるので、 リズム運動は
簡単に生 じる (
単一の変数で記述 され る運動方程式の相空間の次元が 2となる)
。秩序パ ラ
メー タ¶を複数の変数で記述す ると、相空間の次元 も 2以上 とな り、 リズムが生 じて もよい
m∼岬 1スケールでは、散逸の効果が大きいため (
【
粘性項]
>【
慣性項】
)、持続的な リズ
が、n
ム (
軌道安定な リズム運動) とはな らない。一方、マ クロな系では二慣性項が粘性項 よ り
も大き くなるため、第ゼ ロ近似 として、非減衰型の調和振動 を取 ることが可能 となる。 し
か しなが ら、 このよ うな リズムは不可避的に軌道不安定であ り、摂動が与 え られ ると、軌
道 も変化 して しま う。 また、サブ nm の世界では、量子論的特質が顕在化す るが、原子間
振動な どでは、断熱近似が良い精度 で成 り立つために、調和振動的な描像が有効であるこ
m∼pm スケールの世界は、散逸が大 きいために、非平衡開放条
とが多い。それ に反 して、n
件が、持続的な リズムが起 こるための必須の条件 となる。
mas
s
)
の "
流れ"の中に置かれた、n
mlL
m スケールの世界で見 られ る
エネル ギーや物質(
リズム現象 には、散逸 系な らではの性質がある。軌道安定性 、分岐現象、引き込み同調 な
どの非線形振動子 としての特質 を、生物の リズムに見出す ことができる。
生物 リズムは一般 に リミッ トサイ クル振動であ り、少数 の 自由度で もって運動 を特徴つ
けることができる。細胞 スケール は、極 めて大 きな 自由度の システムである。大 自由度系
が少数 自由度 の運動 に縮約 され ることを、Hake
nは隷属原理 (
s
l
av
i
ngpr
i
nc
i
pl
e
)と呼んだ。
u
n1 m スケールでの、遅 い(
ms
-day)自由度
極 めて多数の速い変数が、断熱的に縮約 され、r
の運動が生 じるが、この遅い運動モー ドは、必然的 に強い非線形性 を示す よ うになる。
mlL
m スケール の世界では、少数の 自由度で
要約す ると、非平衡開放条件下におかれた n
記述可能 な、遅い運動 のモー ドが出現 し、その遅い運動のモー ドはその強度の非線形性 ゆ
-
2
1 2
-
「ソフ トマ ターの物理学
2
0
0
3 -普遍性 と多様性 -」
えに、システム全体に及ぶ集団運動 とな りえる。 これが、今回の発表のサブタイ トル にあ
る、"ソフ トマターの時空構造"の意味す るところである。
細胞の リズムは、極 めて複雑であるので、それ をそのまま観察 して も、システムの特性
を理解することは困難である。一方、細胞 を分解 して、個々の部品であるタンパ クや DNA
な どの構造 を詳細 に調べで も、部品の レベルでは、システムの特性 がすでに失われている
ために、細胞の リズムや生きているメカニズムの本質に触れ ることは絶望的である。
そこで、"
お もちゃ"で遊ぶ意味が出て くる。 ここでは、ブラックボ ックスの無い、極め
て簡単な "
お もちゃ"の研究のた ぐいを紹介 したい。その方法論 は、光によ り、 ミクロな
世界を、制御可能な非平衡開放条件におき、そこで生 じる時空間の現象 を、見て、調べて、
遊ぶ とい うことである。
§2. ミクロな蒸気機関
図 1は、水滴の生成一成長一 消滅の リズム運動の実験の模式図であ り、図 2には実際の
観測結果 を示す。 このよ うに、過飽和蒸気の雰囲気のなかで、水滴 は軌道安定な リズムを
I
/
の研究)
刻む ことができる。 (
当研究室の市/
5s
図 1 水滴の リズム運動の観察
図2 (
A)
水滴の生成、成長、消失の光学顕微鏡像。
(
B)
時空間プロッ ト
§3. ビーズクラスターの成長 ・爆発の リズム
図 3, 4には、ザブマイクロメータの負に荷電 した ビーズが、 レーザー(
1
064mm)
の焦点
位置で、クラスターを形成 ・成長 し、爆発す る様子 を しめ した。 ここでは、 レーザー焦点
近傍 に生 じる引力的なポテ ンシャル と、光圧 との競合 によ り、不安定性が引き起 こされ、
Ma
gome
,e
tal
.
,Ph
ys
.
Rev
.
E,65,
045202(
2002
)
)
自発的な リズム運動が観測 されている。 (
-21
3-
研究会報告
1
2
12 34 5
3
4
時間間隔 :1
/
3s
ll
H(
図 3 プラスチ ックビーズの凝集 ・成長 ・消滅
図4
の リズム
ビーズクラスターの
リズム運動の模式図
§3. ビーズクラスターの成長 ・爆発の リズム
図 5には、油水の均一溶液 に、
毎
レーザー を照射 したことによって、
i
!i
mel
s
%
]
鴻
5
生 じる微小液滴の運動パ ター ン
を示 した。 ここで、均一相は o
i
l
-
r
i
c
hであ り、wat
e
r
r
i
c
hの水滴が
焦点付近か ら湧 き出 している。生
成 した水滴は、光場の斥力 を受 け
周縁-移動 し、縮小 ・消滅す る。
油 としては、 トリエチルア ミンを
064
用いてお り、 レーザーは波長 1
1
0L
l
m
nm の YAG レーザーである。 (
当
図 5 均一相か らの ミクロ水滴の湧 き出 し、
研究室 の向井 、膚 箸 らの研究)
成長、移動、消滅 の運動パ ター ン
§4. チ ューブの往復運動
図 6、 7には、 リン脂質でできたチュー ブの末端 が レーザーで トラ ップ されている状態
での往復運動の実験 を示 した。 レーザー光は、光学的に二つの ビームに分裂す るよ うに し
ているため、チ ューブの配 向方向が双安定 となっているO レーザー によって、生 じた ミク
ロな ス ケ ー ル で の 温 度 勾 配 が 、 リズ ム運 動 の 起 動 力 とな っ て い る。 (
Nomu
r
a,e
lal
.
,
Ph
ys
・
Re
v
・
Le
t
t
・
,88,
0
93903(
200
2
)
.
-
2 14 -
「ソフ トマ ターの物理学 2
00
3 -普遍性 と多様性 -」
嗣
二
.
r」
2
. .
ぎ
■
■
∴
剛
窒
.
LLll
・
1
・)
∵
Tx
し
′1
l
l
tS
Cr
図6
図 7 チ ュー ブの リズム運動 の光学
リン脂質チ ューブの往復運動
顕微鏡観 察。
(
模 式図)
。
§5. 単一高分子鎖の リズム運動
DNAの よ うな 、s
e
mi
le
f
x
i
bl
eな高分子鎖 は、折 り畳み転移 が一次相転移 となる。 とす る
と、その速度過程 は、時間依存性 の GL方程式 にみ られ るよ うに 、3次の非線形性 であ らわ
され る。 そ こに、 も う一変数 が フィー ドバ ックパ ラメー タ と して加 わ る と、軌道安 定な リ
o
l
d
/
unf
o
l
dの構
ズムが生 じて も良い。 この考 え方 を、実際の実験 で検証 し、長鎖 DNA の f
,e
tal
.
,Che
m.
Ph
ys
.
Le
t
t
リ330,
造変化 が、レーザー場で引き起 こされ るこ とを観察 した。(
Mq
yam a
3
6
1
(
2000
))
§6. 非平衡 開放系は面 白い
上記 の よ うに、光に よって制御 され た非 平衡 開放場 の世界 で、時 間併進対称性 を破 るよ
うな、様 々な実験系 を作 るこ とが可能 で あ る ことが分 か った。 光以外 に も、化学反応や熱
流 な どの介在す る非平衡条件 下では、 自然 は千変万化 の変化 を見せ て くれ る。未知 の遊 び
の世界が、まだ手のつ かない状態で残 され てい る。
【
文献】 1)真 山、吉川 "レーザー場で創 出 され る高分子 の非線形 ダイナ ミックス"、高分子 、
51
,
93
6
(
2
0
02
)
.
2
)北畑 、吉川 "非線 形 システ ム :反応拡散 系か ら生命 現象-"応用物理 ,
7
1
,
1
1
26
(
2
0
02
)
.
3
)原 田、吉川 "生命現象 と非線形科学 "El
e
c
t
r
o
c
he
mi
s
t
r
y,
71
,
3
41
(
2
0
0
2
)
.
4
)吉
DNAの高次構造 スイ ッチ ング と遺伝 子発現"生物物理 4
2,1
7
9
(
2
0
0
2
)
.
川祐子、湊元、吉川 "
5
)吉川編 、"
DNA:
紐 の物理 、分子情報 か ら時空構 造- の シナ リオ"数理科学 6月号 (
2
00
2
)
.
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