2015 年 1 月 1 日~18 日 - 「戦争と女性の人権博物館」日本建設委員会

挺対協週刊ニュース 2015 年 第 1 号
(2015 年 1 月 1 日~18 日)
挺対協週刊ニュースで私たちと活動を共にしてくださる皆様にご挨拶申し上げます。このところ
老眼の到来など、純粋に個人的な理由で週刊ニュースを中断し、昨年は事務局からの web news
で挺対協の活動を共有しようと努力しました。
しかし、それすら 10 月からは滞ってしまい、大変申し訳なく思っていました。新年からはまた週
刊ニュースを再開することを決意し、こうして今日、会員の皆様にお届けいたします。
週刊ニュースを読まれて温かな反忚をいただければ、私たちもより楽しく活動ができそうです。
2015 年の新たな一年も健康で送れるよう、解放された世界が実現できるよう、皆さんと一緒に励
みたいと思います。
ユン・ミヒャン常任代表
※今週は 1 月の 2 週間分の活動をまとめた内容になっているため長くなっています。辛抱強く読ん
でくださいね^^。来週からは一週間ずつの内容になりますので、短くなると思います。
1 月 1 日(木)
1.2015 年最初のナビ基金の後援者はインミョン女子高校:元旦。休日にも関わらずティントン♪
携帯電話にメッセージが届いた着信音が鳴りました。インミョン女子高からナビ基金に入金があっ
たという銀行からの連絡でした。インミョン女子高では 2014 年 12 月 30 日に行われたチャリティー
バザーでの収益金 261,880 ウォン、インミョン図書サークル「ケム」11,200 ウォン、山学校ヒョンス家
族 50,000 ウォンを集め、ナビ基金へ 323,080 ウォン寄付してくれました。ご尽力くださったホン・イ
ンギ、マ・ドゥヨン、チョン・ソクチュン、チェ・ジョンミン、イム・ジェホ先生、ありがとうございました。
それ以外にもナビ基金にご協力くださった皆さまへ感謝申し上げます。私たちは 2015 年、ハルモ
ニたちの平和の夢を乗せ、戦時下で苦しんでいる性暴力被害者や子どもたちの希望になれるよう、
一生懸命駆け抜け、飛び立ちたいと思います。
1 月 2 日(金)
1. 挺対協事務所の仕事始め:2015 年の活動を本格的に開始する前に、ハルモニたちのシェル
ター「平和のウリチプ」で雑煮とケーキを準備し、キム・ボクトンハルモニ、キル・ウォノクハル
モニと一緒に事務所の仕事始め式を行いました。新年の私たちの願い「2015 年、ついに解
放!」というスローガンを叫び、ケーキの上には「2015 年」のキャンドルを灯して火を吹き消し、
55 名の生存者たちと挺対協スタッフの健康、日本軍「慰安婦」問題の解決のために沢山の進
展を勝ち取ることを決意し、解放への扉を開きました。また、新年からは残業ももう少し減らそ
うという小さな希望も共有しました。
2. キム・ボクトンハルモニ、新年を迎え 2013 年 5 月に日本全国巡回集会の際に訪問した大阪朝
鮮初等学校の孫たちにプレゼントとして 100 万ウォン:キム・ドンフィ事務所長とイ・ジヨン博物
館チーム長が東大門の卸売市場まで出かけて靴下を買ってきました。キム・ボクトンハルモニ、
キル・ウォノクハルモニが新年のメッセージを書いて下さったので、私たちは事務所でそのメッ
セージを印刷・裁断し、全校生徒 300 名用に靴下 2 足を 1 セットにしてハルモニのメッセージを
つけてラッピングしました。そして、プレゼントの包みは発送されました。キム・ボクトンハルモ
ニの可愛い孫たちへの愛が子どもたちにそのまま伝わることを願って。
(メッセージ:皆さんに平和を 今年もお疲れ様でした。新年も頑張りましょう。キル・ウォノク/
キム・ボクトン)
3. 仕事始めの会を終えて:キム・ボクトンハルモニ、キル・ウォノクハルモニとスタッフたちが、共
に過ごした昨年一年間に私たちの社会で起こった辛い出来事、新年に新たに起こっている出
来事について話している時、煙突の上に上って籠城を始めたサンヨン自動車のリストラされた
労働者たちのニュースが伝えられました。キム・ボクトンハルモニは 10 万ウォン、キル・ウォノ
クハルモニは 5 万ウォンを封筒に入れ、頑張ってくださいと伝えて欲しいと「私は 90 歳になる
けれど、まだ諦めずに日本政府を相手に闘っているからあなたたちも諦めないでと伝えて欲
しい」と仰いました。活動家たちも十匙一飯とばかりに 12 月の活動費から寄付を出し合いまし
た。(寄付金は 1 月 3 日に直接、平澤のサンヨン自動車解雇労働者煙突籠城の現場に出向い
てハルモニたちのメッセージと一緒に伝えました。)
4. イ・ヒェジェ先生、ユン・ジョンオク先生に電話で新年の挨拶:済州島から、春川から、遠くにい
てもいつも日本軍「慰安婦」問題解決の為、挺対協の為に激励を送って下さるイ・ヒョジェ先生
とユン・ジョンオク先生。電話で 2015 年の挺対協が画策している計画や希望についてご報告
し、より一層努力しますという決意と情熱を伝えました。お二人ともいつもの通り、頑張れと忚
援してくださいました。
1 月 5 日(月)
1. コンゴからの手紙:
12 月にナビ基金から挺対協が送った 2,000 ドルを無事受け取ったという確認と共に、感謝の
言葉が届きました。カメラの購入と子どもたちの学費などに 1,560 ドルを支出したこと、今後は
子どもたちの健康管理のために支援金を使う予定だということでした。
2. イェール高校ハンビョル団の学生たちが訪問し、挺対協活動に 117,280 ウォンを寄付してくれ
ました。この寄付金は学園祭で手作りトルティーヤを販売した収益で、昨年から日本軍「慰安
婦」問題に関心を持って寄付を続けてくれています。冬休みが終わると戦争と女性の人権博
物館と水曜デモにみんなで一緒に来てくれると約束してくれました。青少年たちがこうやって
日本軍「慰安婦」問題解決のための活動に関心を持って一緒に活動してくれる姿にまた希望
が湧いてきます。
1 月 6 日(火)
1. 今日の事務所会議は先週に仕事始めの会があったため、お休みしました。
2. 女性家族部、日本軍「慰安婦」関連資料をユネスコに登録するための活動:女性人権振興院
の傘下にユネスコ推進事業団を新設し、その団長をシン・ヘス先生、チーム長にハン・へイン
先生が決まり、本格的な活動が進められているようです。今日、ハン・へインチーム長が挺対
協事務所を訪れ、ユン・ミヒャン代表と会議を行いました。事業趣旨・推進スケジュールなどの
計画を説明し、挺対協の参加と協力を要請しました。これについては、事業推進の過程にお
いて事前の議論の共有がないままメディアに伝えられ、その後に民間団体に協力や参加を求
める等、非民主的なやり方が問題視されていました。しかし、基本的には日本軍「慰安婦」関
連の資料をユネスコに登録することについては意味のある活動であるということに同意しまし
た。ただし、時期的に今年が 2015 年ということで、挺対協としてはこの事業にあまり時間を割
くのが難しいという点と共に、これからも日本軍「慰安婦」問題解決に総力を注ぎつつもずっと
資料の収集は続けていく予定であること、この資料が今後、後世の人々へ良い資料として、
遺産として残されることを希望するという話を伝えました。
3. 事務所のスタッフたちは今日も残業をすることになってしまいました。監査や総会の準備など
で忙しい一日を送っています。
1 月 7 日(水)
1. 水曜デモ 23 周年、第 1160 回水曜デモ:零下の寒い中ですが、平和路は熱い連帯の心で集ま
った人々によって始まる前から熱気に包まれています。今日もキム・ボクトンハルモニ、キル・
ウォノクハルモニが中央の席を守っています。早朝から始発に乗って江陵(カンヌン)から、慶
尚南道の三千浦(サムチョンポ)から来た女子高生たち、仁川(インチョン)から来た小学生たち、
江陵の注文津(チュムンジン)中学校の歴史クラブのボランティアチーム、龍仁(ヨンイン)シンル
ン中学校の学生会メンバー、ケヨン女子高の生徒たち、クァニャン中学校の歴史クラブ「ばん
そうこう」、ヨンヒ中学校歴史クラブ、小学生たちで構成されたケヤン歴史探検隊、仁川ケサン
女子高の生徒たち、ハナム中学校の生徒たち、劇団 GORAE、平和ナビネットワークの弘益
(ホンイク)ナビと梨花(イファ)ナビ、イ・ミギョン議員、挺対協のボランティアとスタッフたちがハ
ルモニの周囲を一杯に囲み、冷たい風を防いでくれました。
司会の挺対協事務総長キム・ドンフィさんの新年の挨拶と決意で本格的に始まり、次は平和
ナビたちによる「岩のように」の歌に合わせたダンスが行われました。ユン・ミヒャン代表とイ・ミ
ギョン議員が 23 という数字のキャンドルが飾られたケーキを持ってキム・ボクトンハルモニと
キル・ウォノクハルモニの前に登場し、キャンドルに火をつけました。みんなで1,2,3 という合図
に合わせて火を消しました。こうしてまた私たちは水曜デモ 24 周年の幕を開けました。
経過報告でユン・ミヒャン挺対協常任代表は、この間デモを主催しながら直面した困難を思い
返し、いまだにハルモニたちの叫びを黙殺している日本政府を批判しました。続いて 1992 年
の最初の水曜デモを一緒に計画したイ・ミギョン議員も発言され、初期の水曜デモを始めた頃
を回顧し、これまでたくさんの市民たちの参加によって水曜デモを続けることができたと感謝
の言葉を述べました。日本が戦争犯罪を認め、ハルモニたちに謝罪し賠償する時まで国会で
頑張り続けますと覚悟を明らかにしました。
自由発言では挺対協ボランティアのチェ・ヘジンさんも水曜デモが 1160 回を迎えた感想と決
意を語りました。平和ナビネットワークの活動家パク・ウネさんは大学生たちによる最初の平
和の碑(少女像)が建てられた事、サポーターズなど計画中の活動を通してもう一つの平和の
碑が設置されることを願っていると発言しました。また、小学生によるケヤン歴史探検隊員は
ハルモニたちが幸せになれる良い世界を作りますと決意を語り、「日本は謝罪しろ、恥を知
れ!」と叫びました。三千浦女子高から来た生徒たちは涙目になりながら、寒い中参加してく
ださるハルモニたちに感謝と申し訳なく思う気持ちを伝えました。綺麗にラッピングされた手袋
と年賀状もプレゼントし、温かさも一緒に伝えてくれました。最後に劇団くじらのイ・ヘソン代表
の声明書の朗読で 2015 年最初の水曜デモを終えました。
天候のせいでスピーカーのバッテリーが放電してしまい、音が途切れ途切れになってしまい大
変でしたが、意に介せず大きな声で発言してくださった発言者の皆さん、水曜デモ 23 周年の
成果がまさにこのような素敵な人々であったことを再度実感する、そんな日でした。
2. 大阪でソウル平和路の水曜デモに連帯し、2006 年 10 月から大阪駅の前で始まった水曜デモ
がいつの間にか 100 回を迎えました。第 100 回水曜デモには 110 名の大阪の市民が集まり
ました。90 分間行われたデモでは連帯する団体からの発言やパフォーマンスが続きました。
「ヘイトスピーチと表現の自由を考える堺市民の会」、在特会などを相手に損害賠償を求める
訴訟を起こしている A さん、「南京大虐殺 60 カ年大阪実行委員会」「橋下市長の『慰安婦』・性
暴力発言を許さず辞任を求める会」「関西沖縄文庫」「子どもたちに渡すな!あぶない教科書
大阪の会」「日本軍『慰安婦』問題・関西ネットワーク」「辺野古に基地を絶対つくらせない大阪
行動」など、様々な運動団体は平和を守って安倍政権の暴走を止めなければという同じ気持
ちを持って連帯発言をしました。また、西アフリカの楽器で韓国の名曲「アチミスル(朝露)」を
演奏し歌い、在日同胞青少年たちが準備したサムルノリのパフォーマンスもありました。最後
に挺対協から送った連帯メッセージと「日本軍「慰安婦」問題解決!大阪デモ」の声明書を朗
読して力強いシュプレヒコールと共に第 100 回水曜デモは終わりました。2015 年も諦めず日本
軍「慰安婦」問題の解決、そして戦争ではなく平和のための戦いを続けることを決意しました。
3. 挺対協に 2014 年の一年間ご支援くださった方々が年末調整の税金控除が受けられるよう、
国税庁年末調整簡素化サービスシステムに寄付金リストを登録しました。
4. 平和ナビネットワークのユ・ヒジョンさんが事務所を訪問し、ユン・ミヒャン代表と 2015 年の平
和ナビ活動の方針と計画について議論しました。特に、新人たちが平和ナビの活動に参加で
きるようなアイディアや、今年 1 年平和ナビが活躍できるような計画、その計画を推進するた
めに挺対協が一緒に行う活動などについて議論しました。平和ナビたちの羽ばたきが 2015 年
も全国各地に広がるよう期待します。
1 月 8 日(木)
1. 新年の素朴な目標のうちの一つを実行中です。それは「スタッフたちの健康な体、健康な職
場づくり」です。実践のために今日から博物館では毎週木曜日の朝 8:30~10:00 にヨガをす
ることにしました。今日はその初日です。一山(イルサン)にあるヨガスタジオ Yoga Yuj のペ・ユ
ンジョン先生が朝早くから私たちの健康な生活のためにご協力くださることになりました。今日
はその活動の始まり!!!!皆さんも新年の目標を沢山作って実行してみてくださいね^^。
私たちも皆健康な体で末永く丈夫でいられるよう頑張ります。
1 月 9 日(金)
1. 江西区庁が故ファン・グムジャハルモニの追悼展示を準備しています。ファン・グムジャハル
モニは昨年 1 月 26 日に亡くなられました。江西区庁に奨学金を支援し大きな感動を残して逝
かれました。ハルモニが亡くなれた後もハルモニを忘れないという意志がこうした活動へと繋
がっています。今日、江西区庁と戦争と女性の人権博物館が所蔵しているファン・グムジャハ
ルモニの遺品を貸し出すための約定書を交わし、遺品を貸し出しました。
2. 光州(クァンジュ)MBC ラジオ「視線集中」でユン・ミヒャン代表が電話インタビューを受けました。
「23 年間続けてきた水曜デモ」について話しました。
3. 米国ウォールストリートジャーナルがユン・ミヒャン代表と約 2 時間、日本軍「慰安婦」問題の
懸案事項についてインタビューのレベルを超えて語りました。挺対協の活動について、日本
政府への要求について、河野談話と村山談話について、65 年の日韓協定、道義的責任と法
的責任、安倍談話に対する期待と要求などなど…質問を聞きながら日本政府と韓国政府が
日本軍「慰安婦」問題を巡って冷ややかな関係が続いていることに対する米国の不満と焦燥
感などが読み取れましたが、だからこそもっと心を込めて私たちの運動と意義を伝えようと努
力しました。記事がどのように掲載されるか、どう編集されるか心配ではありますが、真心を
歪曲しはしないだろうと期待しています。
4. 京仁(キョンイン)教育大学の博物館・美術学科夜間大学院に通う現職の教師 8 名が博物館
訪問:小学校の現職教師たちで、これまで日本軍「慰安婦」問題に接点のなかった先生方でし
たが、博物館に来て映像「希望に羽ばたく蝶」を見て、ユン・ミヒャン代表の話も聞き、博物館
建設までのプロセスと目的、日本軍「慰安婦」問題解決のための運動を通して、これら全ての
活動が目指す平和と人権教育について説明を受けました。そして、文化芸術・建築などの各
分野で活躍する人々がこのような活動に参加することがどれほど価値のある素晴らしいこと
なのかについても話し合いました。
1 月 10 日(土)
1. 京畿長老連合会の定期総会でユン・ミヒャン代表特別講演:「私たちは 2 度と同じ被害を繰り
返してはいけない!」というタイトルで、キム・ジュンギ監督が故チョン・ソウンハルモニの肉声
で作った映像「少女の物語」を上映後、女性たちが日本軍「慰安婦」制度によって味わった苦
痛、解放後に韓国社会が彼女たちに加えた被害、被害者たちと挺対協が一緒に取り組む「ナ
ビの夢」について、解決のため、平和を達成するために、連帯する時だという内容の講演を行
いました。
2. 水原(スウォン)アン・ジョムスンハルモニ訪問:水原教会で京畿長老連合会の総会を終えてか
ら水原セリュ洞に住むアン・ジョムスンハルモニ宅を訪れました。ハルモニは幸い健康管理を
しっかりされておられました。糖尿も悪化せず、足腰の痛み以外は大丈夫そうです。食事もし
っかり取られています。ハルモニに子どもはいませんが、甥夫婦と一緒に暮らしています。心
配事はいつも甥の健康と甥の嫁が経営する食堂の繁盛を願うことです。考えてみると甥と一
緒に暮らしているから心配になることもありますが、ハルモニにとってはその心配が生きる力
の源となっているのかもしれません。
1 月 12 日(月)
1. ハルモニたちのシェルター「平和のウリチプ」での健康管理プログラム:毎週月曜日の朝は健
康教室の日です。11 年間ハルモニたちの健康管理を引き受けてくださっているユン・ヨンシク
先生が今日も来てくれました。おかげで今日はユン・ミヒャン代表も肩の治療してもらい、ボラ
ンティアのキム・ハナさんも腰と骨盤を診てもらいました。キム・ボクトンハルモニは代表の前
で体の柔軟性と関節の健康さをこんな風に見せびらかしています^^。
2. 2015 年事業計画のためのワークショップ:2015 年の事業の方案、目的、組織、各委員会別の
事業計画、25 周年特別事業などについて、各自が準備した資料を基に説明し、討論しながら
事業計画を具体化していきました。
1 月 13 日(火)
1. 議政府(ウィジョンブ)中等読書討論教育研究会の先生方が夏・冬休みのたびに行う「師弟合
同読書討論会」が始まってから 7 年目となりました。今年の読書討論会は『20 年間の水曜日』
を一緒に読み、著者であるユン・ミヒャン代表が参加して講演と座談会、サイン会も行いまし
た。議政府中等読書討論教育研究会の先生たちだけでなく、歴史の先生も参加され、より意
義深い討論会になりました。12 日から始まった討論会で、初日に初めて会って同じグループ
になった先生、仲間たちと自分が読んだ本の内容を共有したり、もう一度読み直したり、様々
な方法で表現する時間を持てたと仰います。学生たちのグループワークの結果を見ると、『20
年間の水曜日』に込めようとした気持ち、意味、精神を子どもたちがしっかりと受け止めてくれ
ているのを感じることができました。
二日目である今日、学生たちは 100 名ほど参加していたのではないでしょうか。1 部では『20
年間の水曜日』に込めた内容をもう一度噛み砕き、『20 年間の水曜日』の後日談についても
話しました。2015 年に私たちが一緒につくりたい世界についても話しました。
2 部では座談会形式で学生たちが著者に聞いてみたいことを事前に紙に書いて掲示板に貼り、
司会を務めた 2 人の学生が著者に質問をしました。「本当は何歳ですか?」など、面白い質問
もありました。「挺対協の活動が職業ですか?」「韓国政府が積極的に取り組んでくれたとして
も大変な仕事だろうに、私たちの政府がしっかりしてくれないのでどうしているのですか?」と
いう質問もありました。「子どもの頃の夢は?」という質問もありました。とってもありがたい質
問でした。20 年以上日本軍「慰安婦」ハルモニたちと一緒に活動しながら「ハルモニ中心」の
考え方、言葉、事件中心の歴史について話してきましたが、こうやって「活動家の人生の話」、
「活動家の考え」、「活動家の痛み」を中心において話すことができるという事、これが今日の
私にとっては癒しになり慰労になるのです。座談会後には『20 年間の水曜日』の本にサインを
する時間を持ち、一人一人、参加した学生と会話をしながら今日を記憶しました。サインが全
て終わって…6 時間の会が終了しました。長時間でしたがむしろ元気をもらえた時間でした。
ありがとうございました。
1 月 14 日(水)
1. 梨花(イファ)女子大アジア女性学センター主催で EGEP(Ewha Global Empowerment Program)
の参加者 32 名が朝 9 時 30 分、戦争と女性の人権博物館を訪問しました。博物館を見学後に
ユン・ミヒャン代表の講演を聞き、博物館建設のプロセスと意味、日本軍「慰安婦」問題解決
の為の活動、ナビ基金に至るまで学ぶ時間となりました。講演後には質問の時間に他のアジ
アの状況についても話が及び、時間が足りなくなるほどの関心の強さが感じられました。
2. 第 1161 回水曜デモが、いつもと変わらず平和路に集まった人々の胸に平和への熱望を持た
せてくれます。今日の水曜デモは水原(スウォン)平和ナビと水原青少年平和ナビの主管で行
われました。今日も様々な学校の青少年たちが参加しました。背が小さいので前列でデモに
参加した小学生、手作りのプラカードを一生懸命頭の上に掲げて立つ高校生、海の向こうの
海外からハルモニに会いに来た人々によって、今日も平和路は大混雑です。眼の定期検診
の為参加できないキム・ボクトンハルモニの空席を、今日は大邱(テグ)から来てくれたイ・ヨン
スハルモニが埋めてくれました。キル・ウォノクハルモニはいつも通り最前列を守ってください
ます。
ユン・ミヒャン代表は経過報告で、日本政府が平和憲法 9 条の改悪、集団的自衛権の行使な
ど、歴史を逆行してまた戦争ができる国に変貌していると糾弾し、それが犯罪だと知っていな
がら沈黙し、すでに起こした歴史的過ちも隠ぺいしてきた日本と国際社会の過ちについても指
摘しました。また、自国民を保護しハルモニたちの法的賠償と公式謝罪のために誰よりも積極
的に取り組むべき韓国政府の無責任な姿はもっと大きな罪であるとして、2011 年 8 月 30 日に
韓国憲法裁判所が日本軍「慰安婦」問題の速やかで正しい解決の為に責任を果たすべき政
府がこれを果たさず傍観していることは「違憲」だという判決を下したにも関わらず、韓国政府
は未だに、日本政府が解決策を講じることを待つという消極的な対日外交を続けていると発
言しました。2015 年には水曜デモをしなくてもいいように、この問題が解決される事を願い、こ
の場に参加している皆が大きな声で叫びます。2015 年にはついに解放を!2015 年にはハル
モニに人権を!
経過報告に続いて今日の自由発言では人種・性別・年齢を超えて多様な人々の声を聴くこと
ができました。水原平和ナビの運営委員であるイ・ダルホさんは光復 70 年、分断 70 年である
2015 年の位置づけとその重要性について話してくれました。スリランカから来たある女性は 92
年から続くこの水曜デモに参加することができる事を嬉しく思い、参加して連帯し、正義と名誉
を取り戻すために闘いますと決意を明らかにしました。「慰安婦」ハルモニの問題は全世界に
衝撃を与えた問題であり、女性たちには大きな悲しみであり、多くの時間が流れたにも関わら
ず名誉と正義のために私たちは闘い続けなければならないと発言しました。そして、ハルモニ
たちの健康を願うと共に、一緒に闘い続ける事、正義は必ず成し遂げられると、素敵な言葉を
伝えてくれました。
今日の自由発言で、ある学生は「今年は光復 70 周年ですね」と暗示した後、光復の辞書にあ
る意味「奪われた主権を取り戻す」について言及し、果たして奪われた主権をもう一度取り戻
す事だけが光復なのであろうか?という問いを投げかけました。日本軍「慰安婦」問題が正し
く解決され、ハルモニたちの名誉と人権が回復され、隠ぺいされた歴史の真実が示され、正
義が完全に達成されたとき、私たち皆は本当の光復を記念できるでしょう。
馬山(マサン)にあるテボン高校の女学生は自由発言の最後に「日本軍「慰安婦」問題は日本
の帝国主義の暴力の結果であり、今も全世界のどこかで沢山の女性たちが同じような被害に
あっています。私たちはこのような時代でどうすればいいでしょうか。単に帝国主義や戦争だ
けでなく、資本主義の時代の下、同じような被害が起こっているのです。私たち皆は歴史を知
り哲学を学び、どのように生きるか考えなければなりません。もっと知らなければいけないし、
行動して生きなければなりません」と、とても強い調子で切々と訴えました。最後に声明書を
読み上げ、力強くスローガンを叫び「一人じゃない私」という歌を一緒に歌って第 1161 回水曜
デモを終えました。
今日のデモに参加した団体は、ヒャンナム高校、ケサン女子高、仁川西岬中学校、民族問題
研 究 所 、ク ムル コ 学 校 、パ ル ゴク 中学 校 、ヤ ン ジュ ペクソ ク 高校 、出 版 社フ マニタス、
EGEP(Ewha Global Empowerment Program)、海外の女性活動家たち、梨花(イファ)ナビ、平和
ナビネットワーク、人権トハギ(+ or 足し算)法律、ハナム中学校、チャンギョン小学校、タン
ジンシンピョン高校、ファティマの聖母フランチェスコ修道女会、ミネルバフォーラム、日本平和
委員会、馬山(マサン)テボン高校、蔚山(ウルサン)社団法人 micos、劇団 GORAE、ボランティ
アのシン・ホソンさん・シン・ヒョンギュさん親子、キム・ジンセさん、チェ・ヘジンさん、キム・ソン
ミンさん、それ以外にも沢山の方々が参加してくださいました。
3. 今日の水曜デモを終え、ハルモニたちとボランティアたちのお昼ご飯を漢陽(ハニャン)大学法
学部のパン・スンジュ教授がご馳走してくださいました。昨年の後半から毎週水曜日には水曜
デモに参加してくださっている方です。ありがとうございます。
4. 蔚山(ウルサン)でももうすぐ平和碑が建てられます。水曜デモが終わって食事もできないまま
ユン・ミヒャン代表は高速道路に乗って蔚山に向かいました。夜 7 時から 9 時 30 分まで、蔚山
サンサン工場で蔚山に平和碑を建てるために非常に重要な役割を担う建設推進委員の方々
に会い、講演することになっていました。約 50 名の推進委員たちが集まりました。「ついに解
放!」というテーマで平和碑に込める日本軍「慰安婦」ハルモニたちの願いについて話しまし
た。そして、蔚山の平和碑建設が成功するよう、毎週水曜日デモの時に参加者が集めてくれ
る「平和碑建設募金」から 100 万ウォンを預けました。
5. ハルモニたちのシェルターのソン・ヨンミ所長は今日、キム・ボクトンハルモニと眼科の診療に
行きました。定期的に治療を受け、片目の視力だけでも健康を維持できるよう気を配るハルモ
ニ…。皆さんも一緒にお祈りしてください。
1 月 15 日(木)
1. 先週に続き今日も朝からヨガ教室が行われました。今日からはシェルターの居間で行いま
す。
2. 統一部の社会文化交流分課長と懇談会を行いました。ユン・ミヒャン代表とキム・ドンヒ事務局
長が世宗路政府庁舎にある統一部を訪問し、社会文化交流分課長と担当主務官と共に 2015
年の一年間、挺対協が推進する日本軍「慰安婦」問題解決の為の南北連帯活動に関して政
府の協力を要請しました。解放 70 年であり分断 70 年でもある 2015 年。北に故郷を持つ南在
住のハルモニたち、南側に故郷を持つ北在住のハルモニたちに良いニュースになればいい
のですが。
3. セジョン市でも平和碑が建てられます。統一部との懇談会後、昨日の蔚山に続いてセジョン市
にユン・ミヒャン代表が駆けつけます。(写真:招待講演会)セジョン市平和碑建設推進委員会
で夜 7 時にユン・ミヒャン代表の招待講演会が開かれ、皆が集まりました。50 数名の推進委員
たちが一緒に日本軍「慰安婦」ハルモニたちの夢について、私たちの責任について話し合い、
平和碑の建設を通して「二度と後世に私たちのような痛みを味あわせてはならない」というハ
ルモニたちの意思をしっかりと記憶することを願う想いを伝えました。
講演後、推進委員たちと一緒に懇談会を行い、今後の募金などの推進計画、スケジュールな
どを話し合ってから戻りました。
4. 会議の前日、スタッフは夜遅くまで一ヵ月間行われた活動の報告と、審議する案件の内容整
理などに明け暮れています。明日の定期会議を前に、今夜のスタッフの仕事は深夜まで及び
ます。
1 月 16 日(金)
1. 2015 年最初の実行理事会会議を行いました。一ヵ月間の活動報告をし、事務所スタッフたち
のワークショップを通して作成した 2015 年の各委員会別事業計画を審議し、予算案について
も議論しました。分厚い会議資料がスタッフたちの苦労を表すような、そんな会議となりまし
た。
2. メキシコの Global Village News 雑誌の記者が、昨年 12 月に訪問してキム・ボクトンハルモニを
インタビューした記事が、1 月 16 日付のニュースに掲載されました。
3. 外務部が来週月曜日(19 日)、日本軍慰安婦被害者問題関連の日韓局長級会議を東京で行
うというプレスリリースを発表しました。
4. 南海(ナメ)に住むパク・スギハルモニから電話がありました。療養院にしばらくいましたが、心
細いようです。あれこれと不満を吐露されたので、電話が終わった後、南海郡の女性福祉チ
ーム長とハルモニの義理の息子さんに電話をし、良い対策を考えています。
来週の 2015 年第 2 号でまたお会いしましょう。
それまで貴く幸せな時間を送れるようお祈り致します。