ー世界では貧困・災害の克服も平和の条件 大学時代に放浪の旅、アジア

■世界では貧困・災害の克服も平和の条件
大学時代に放浪の旅、アジアの虜に
賢は百娠円前後から数百億円。
ターナシ9ナルなどの年間活動
医師団︶や米国・CAREイン
フランスのMSF︵国境なき
ンドの救ライセンターで三ヵ月
本を入れて横浜港から出発。イ
ろう﹂。リュックサックにこの
のベストセラー﹁何でも見てや
きっかけは小田実さんの当時
﹁善意だけでは何もできぬ﹂失敗に学ぶ
これに対し、AMDA︵アジア
あたりにあって病院に担ぎ込ま
まな放浪生活でした。何度か食
れるなど危ない目にも遭ったの
間研修を受けたあとは全く気ま
のNGO︵非政府組織︶は政府
ですが、アジアの多様性と活気
医師連絡協礪会︶の予算はせい
から手厚い援助を受けているの
ぜい六、七億円。もちろん欧米
ですが、決定的な違いは人道援
に大きく後れを取ることになっ
プト文明やシルクロードの話を
大好きで、子供のころからエジ
の高校教師。二人とも世界史が
-
以来、二十五年、アジアなしの
ドラの箱]を開けてしまった。
生活は考えられない毎日です
の虜︵とりこ︶になり、[パン
える﹂意昧なのに、日本では﹁政
NGOの非政府は﹁国境を超
祖父は裁判官。父は法学部出身
生まれ膏ったのは広島県で、
助に対し、国とNGOの二人三
府ご距離を置くこき﹁反政府﹂
脚ともいえる密接な関係です。
などと解釈され、欧米のNGO
たとみています。
員佐藤徳夫︶
︵聞き手は編集委
が原点になった。
ボジアの苦い体験
扶助の精神はカン
後の八四年。相互
げはそれから五年
AMDAの旗揚
す。
たって続くわけで
する日が数年にわ
仲間づくりに奔走
修に出向くなど、
開いたり、現地研
ろんな国際会議を
生や留学生との交流を中心にい
にそれ以来、アジア各国の医学
何もできない。この教訓をテコ
受け皿がなければ善意だけでは
たわけです。現地の情報と人脈、
たこと自体、大きな間違いだっ
当然、歓迎されるだろうと思っ
ね。我々は人助けの医療チーム。
この派玖の失敗は強烈でした
発見できず、カラ振りに。
難民キャンプさえなかなか
が、事前調査不足などから
学部生二人が現地に飛ぶ
援で菅波内科医と岡山犬医
七九年のカンボジア難民救
うです。
したい感情が自然に膨らんだよ
ヘのこだわりと医学で人助けを
がなぜか明から離れず、アジア
無残に死んでいる、そのシーン
人兵士がニューギニアの海岸で
偶然見た一枚の写真。若い日本
高校二年生の夏、祖父の密斎で
悪くないな﹂と言う父の一言と、
換したのは﹁シュバイツアーも
医学部︵岡山大学︶へ方向転
官になるのが夢でした。
よく聞かされ、祖父と同じ裁判
そもそも日本では平和に対す
る考え方、受け止め方がバラバ
ラなんですね。太平洋戦争の総
括が国民レベルできちんとでき
ていれば凛礦は違ったと思いま
す。世界の人々が求める平和と
は何か。日本人の平均的な平和
観は戦争のない状筆をいいます
が、国際社会ではこれに加え、
貧困と災害の克服も平和の三原
則として常識になっています。
﹁今日の生活と明日の希望﹂。
一番大切なのはこのことで、日
本人は平和=非驚事にこだわり
過ぎて、国際社会の責務に十分
こたえていないのが現実です。
アジア・中近東十力国へ放
浪の旅に出たのは大学四年
生の奏。医学生だった、十
ヵ月間の体験がAMDAへ
の道の伏線となる。
ルサカを訪れた菅波代表e
今年2月、診療所建設プロジェクトでザンビアの
菅波
茂氏
しげる
すがなみ
アジア医師連絡協議会代表
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