知的貢献 [主な研究成果名]トマトとウイルスの生き残り戦略の攻防をタンパク質の立体構造から解明 [要 約]トマトのウイルス抵抗性タンパク質(Tm-1)がウイルスのタンパク質(ToMV-Hel) と結合してウイルス増殖を抑える仕組みを、X 線結晶構造解析から解明した。トマ トとウイルスが、互いのタンパク質のアミノ酸を変化させて生き残りを図って変化 してきたこと(共進化)を、進化の段階における、それぞれのタンパク質構造解析 から明らかにした。 [キ ー ワ ー ド]トマトモザイクウイルス、ヘリカーゼ、抵抗性遺伝子、結晶構造、共進化 [担 当]生物研 農業生物先端ゲノム研究センター 生体分子研究ユニット 植物科学研究領域 植物・微生物間相互作用研究ユニット [連 絡 先]029-838-7910、7009 [背景・ねらい] トマトモザイクウイルス(ToMV)は、多くのナス科の作物に感染してモザイク病を引き起こし(図 1)、 収穫物の量と質の低下をもたらす。現時点で、植物のウイルス病には治療方法が無く、感染個体の排 除と抵抗性品種の育成により防除が行われてきた。ToMV 抵抗性トマト品種の育種には、野生種トマト がもつ Tm-1 遺伝子や Tm-22 遺伝子等が用いられてきた(図 1)。しかし、抵抗性遺伝子をもつトマトに も感染できる ToMV 変異株が現れ、有効な防除法の開発が望まれている。我々はこれまでに、Tm-1 が ToMV の増殖に必要な「複製タンパク質」と結合して ToMV の増殖を阻止すること、ToMV は複製タ ンパク質が Tm-1 と結合しないように進化することにより抵抗性トマトに感染することを明らかにし た。今回の研究では、Tm-1 と ToMV タンパク質の複合体の立体構造を決定することなどにより、Tm-1 による ToMV 認識機構ならびに ToMV による抵抗性打破の機構の解明を目指した。 [成果の内容・特徴] 1.ToMV の複製タンパク質は 3 つの部分から構成されると予想されるが、その中の「ヘリカーゼドメ イン(ToMV-Hel)」について、単体の結晶構造を決定した。ToMV-Hel は、ウイルスがコードするスー パーファミリー 1(SF1)で立体構造が明らかにされた世界初の例であり、また SF1 ヘリカーゼと しても新規な構造を持っていた。 2.Tm-1 は ToMV-Hel に結合することを明らかにし、両者の複合体について結晶構造を決定した。相互 作用面には ATP が存在し、複合体の形成に重要な役割を果たしていた(図 2)。 3.Tm-1 が結合できない変異型 ToMV タンパク質は、ToMV-Hel に 2 か所のアミノ酸変異をもつ(変異 株では、979 番目のグルタミンがグルタミン酸に、984 番目のヒスチジンがチロシンに変化している)。 これらは Tm-1 が結合する界面に位置し、ToMV は Tm-1 との結合部位が変異することにより、Tm-1 遺伝子による抵抗性を打破していることが明らかとなった。 4.野生種トマトの中には、変異した ToMV の増殖も阻止する強力な Tm-1 遺伝子をもつ個体が存在す る。この変異型 Tm-1 では 91 番目のイソロイシン残基がスレオニンに変化している(I91T)。この 変異型の Tm-1(I91T)と ToMV-Hel との複合体の構造を決定したところ、91 番目のスレオニン残 基が水素結合ネットワークを形成して複合体を安定化するため、Tm-1(I91T)タンパク質は Tm-1 よりも強くヘリカーゼドメインと結合することを明らかにした。 5.今回得られた結晶構造を基に Tm-1 と ToMV-Hel との結合領域について詳細な解析を行った結果、 ToMV がどのように Tm-1 との結合を回避しているかが明らかになった。これにより、認識と回避 からなる植物とウイルスの攻防を分子レベルで示すことができた(図 3)。 [成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等] 1.ToMV-Hel、Tm-1 およびこれら複合体の結晶構造が明らかとなった。 2.ToMV-Hel が変化して Tm-1 による認識を回避する仕組みが明らかになった。 3.ToMV-Hel 単体や複合体の構造を基盤情報として、同種のウイルスの増殖を阻止する新しい抗ウイ ルス薬剤の開発に取り組む予定である。この開発により、ウイルス病を回避し安定した収量の確保 が期待される。 - 10 - [具体的データ] ToMVの ヘリカーゼドメイン ToMVの ヘリカーゼドメイン ATP ATP Tm-1 図 1 ToMV を感染させた普通の トマト(左)と Tm-1 遺伝子を導入 した組換えトマト(右) 図 2 ToMV-Hel と Tm-1 の複合体構造 Tm-1 タンパク質(水色および青色)は二量体を形成し、それぞ れが ToMV-Hel(ピンク色および紫色)と 1 分子ずつ結合して いる。両者の接触面には ATP が存在している。 ToMVの ヘリカーゼドメイン Tm-1 D1097 D1097 D1097 I91 T91 I91 Q979 E979 E979 F88 ToMV F88 F88 ToMV(Q979E) Tm-1 Tm-1 Tm-1 ToMV(Q979E) Tm-1(I91T) 図 3 ToMV の 複 製 タ ン パ ク 質 と Tm-1 の共進化 (左)Tm-1 は ToMV ヘリカーゼに結合し てウイルスの増殖を阻害する。このとき Tm-1 の 91 番目のアミノ酸であるイソロ イ シ ン(I91) が、ToMV ヘ リ カ ー ゼ の 979 番 目 の グ ル タ ミ ン(Q979) お よ び 1097 番目のアスパラギン酸(D1097)と 相互作用している。 (中)ToMV は、Q979 を変化させてグル タミン酸(E979)とすることで、Tm-1 との結合を回避し感染する。 ( 右 )Tm-1 は I91 を ス レ オ ニ ン(T91) に変化させることにより、E979 をもつ ウイルスの増殖を阻害する。 [その他] 研究課題名:ウイルス増殖阻害薬剤開発に向けた基礎研究 中期計画課題コード:1-25、2-21 研究期間:2012 ~ 2014 年度 研究担当者:石橋和大、錦織雅樹、相宏宇、杉山成(大阪大)、新山真由美(大阪大)、加藤昌彦、 毛塚雄一郎(岩手医科大)、小林千歩子、井上豪(大阪大)、野中孝昌(岩手医科大)、 松村浩由(大阪大)、石川雅之、加藤悦子 発表論文等: 1)Ishibashi K, Kezuka Y, Kobayashi C, Kato M, Inoue T, Nonaka T, Ishikawa M, Matsumura H, Katoh E (2014)Structural basis for the recognition-evasion arms race between Tomato mosaic virus and the resistance gene Tm-1 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 111(33): E3486-E3495 2)Kato M, Kezuka Y, Kobayashi C, Ishibashi K, Nonaka T, Ishikawa M, Katoh E(2013)Crystallization and preliminary X-ray crystallographic analysis of the inhibitory domain of the tomato mosaic virus resistance protein Tm-1 Acta Crystallographica Section F 69(12):1411-1414 3)Nishikiori M, Sugiyama S, Xiang H, Niiyama M, Ishibashi K, Inoue T, Ishikawa M, Matsumura H, Katoh E (2012)Crystal structure of the superfamily 1 helicase from Tomato mosaic virus Journal of Virology 86 (14):7565-7576 - 11 -
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