中尾彰彦氏博士論文審査要旨

中尾彰彦氏博士論文審査要旨
I.論文の主題と構成
中尾彰彦氏が提出した博士論文のタイトルは、『キウィバンクの統治構造と
ビジネスモデルの研究』である。
本論文が対象とするキウィバンクは、2001 年に国有企業(SOE)であるニュ
ージーランド・ポスト(NZ ポスト)の子会社として設立され、郵便局を通じ
た小口金融サービスを全国に復活させ、その後も高い成長を続ける銀行である。
金融のユニバーサルサービスを担いつつ、住宅ローンを中心とする総合的小口
金融サービスを提供し財務内容も良好な郵政金融モデルである。
本論文の課題は、キウィバンクのこれまでの事業活動と組織運営を検討する
ことによって、従来の研究で十分に解明されてこなかった以下の 3 点を明らか
にすることである。第 1 は、キウィバンクの統治構造とキウィバンクの成功と
の関係性を明らかにすることである。第 2 は、ユニバーサルサービスを展開す
るキウィバンクのビジネスモデルを分析・解明し、収益を上げにくいとされる
小口金融分野で、低リスクで収益力のある経営基盤を確立したキウィバンクの
成功の要因を解明することである。第 3 は、郵政民営化の政策展開の中で、改
革を迫られている我が国のゆうちょ銀行が、金融のユニバーサルサービスを提
供するための示唆を得ることである。
論文の構成は、以下のとおりである。
序
章
本論文の目的及び構成
第1章
ニュージーランドの改革とキウィバンクの設立
第2章
NZ ポスト/キウィバンクの経営状況と経営課題
第3章
SOE のガバナンス改革とキウィバンクの統治構造
第4章
キウィバンクのビジネスモデルの解明と成功要因の分析
第5章
キウィバンク、ゆうちょ銀行等の収益・リスク構造の比較分析
第6章
我が国とニュージーランドの住宅市場・住宅金融の比較分析
第7章
ゆうちょ銀行への示唆
終
章
全体の総括及び今後の展望
別
表
参考文献
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Ⅱ.論文の概要
序章では、先行研究の概観をふまえて、本論文の目的と課題及び論文の構成
を述べている。
第 1 章では、80 年代のニュージーランドの急進的な改革がもたらした外資系
銀行による金融市場の寡占・郵便貯金の消滅など規制緩和による弊害の発生か
ら、市場原理主義の見直しの一環しての 2001 年のキウィバンクの創設までの経
緯を、ニュージーランドの構造改革と SOE のガバナンス改革の流れをふまえて
論述している。
第 2 章では、NZ ポスト/キウィバンクの経営状況を検証し、我が国とも共
通する郵便市場の縮小、郵便と金融の連携や金融部門の株式売却等に関する議
論などの経営課題と事業の今後の方向性について検証している。
第 3 章では、政府資料やインタビュー等をもとに、国有企業改革の最終形で
ある SOE の新たな統治構造を具体的に整理している。そのうえで、NZ ポスト
/キウィバンクの統治構造を検証し、真の所有者である国民の株主統制が一貫
して機能する統治構造が構築されていることを確認している。そして、こうし
たガバナンス構造が、国民の利益と社会的使命に配慮し、「公」と「私」の企
業間競争を促進し、キウイバンクのこれまでの順調な事業展開のを支えるもの
であったことを指摘している。
第 4 章は、財務分析やインタビューをもとに、キウィバンクが商品開発、競
争戦略を通じ総合的な小口金融サービスをユニバーサルに提供し、住宅ローン
を中心に安定した経営基盤を確立したビジネスモデルの中身を解明している。
そして、この革新的ビジネスモデルは SOE の統治構造が誘導していることを検
証している。
第 5 章では、キウィバンクとゆうちょ銀行・邦銀等のビジネスモデルの違い
が生みだすリスク・収益構造上の問題を分析し、ゆうちょ銀行の今後の経営課
題を解明している。
第 6 章では、既存住宅を活用した住み替えが活発に行われるニュージーラン
ドの住宅取引、住宅金融サービスと我が国の市場を比較分析する。その上で我
が国の既存住宅は取引市場が未整備で住宅金融サービスも行き届いていない半
面、潜在需要が大きく価格下落リスクも小さいので、金融機関にとっては収益
力強化と経営の安定化につながる住宅金融サービスが実現可能であることを指
摘している。
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第 7 章では、キウィバンクのビジネスモデルの成功要因は一般的に低マージ
ン・ハイリスクとされる中低所得層の国民に対し、有益でリスクの少ない住宅
ローンモデルを構築したことであり、なかでも収益性向上とリスク管理に効果
を発揮したのが所得補償の付いた住宅ローン保険であったことを指摘してい
る。そのうえで、ゆうちょ銀行がかんぽ生命と連携し、キウィバンクと同様の
手法で、中低所得層の国民に既存住宅の取得を支援する住宅金融サービスを行
えば安定した経営基盤の構築につながると指摘している。
終章では、全体の総括と今後の展望について述べている。
III.論文の評価
本論文の評価点は、以下の諸点である。
第 1 は、キウィバンクの統治構造とキウィバンクの成功との関係性を明らか
にしたことである。SOE の統治構造は、国(持株大臣) が株主としての権限と
責任の範囲で国民の利益を優先しつつ「公」と「私」の企業間競争を促す仕組
みとなっている。したがって、SOE の統治構造の下で運営されるキウィバンク
は、「持株大臣の期待声明」やそれに基づき作成される SCI に従い、国民の利
益とサービス向上を優先する形で国民の株主統制が働き、収益の上がり難い小
口金融分野で競争力のあるビジネスモデルを構築、実質的に金融ユニバーサル
サービスを提供することができたのである。
第 2 は、キウィバンクのビジネスモデルを分析・解明し、収益を上げにくい
とされる小口金融分野で、低リスクで収益力のある経営基盤を確立したキウィ
バンクの成功の要因を解明したことである。すなわち、キウィバンクは、住宅
ローンとその関連サービスをメイン商品として、ニッチ市場が求め、他の銀行
が提供していなかったサービスレベルを他の銀行よりも安くシンプルなパッケ
ージ製品として提供することによって新しいユニバーサルで総合的な小口金融
サービスと安定した経営基盤の両方を実現したのである。
第 3 は、2 度にわたるニュージーランド現地調査をふまえて説得力のある分
析を行っていることである。文献や資料を読み解くだけでなく、2012 年と 2014
年の調査で、政府関係者・研究者・実務家に直接インタビューし、文献や資料
で得られた事実や推論を確認し、政策や事業に込められた意図を明らかにして
いる。インタビュー対象者・質問項目・回答内容の詳細が、本論文巻末に別表
として 23 頁にわたって掲載されているが、この別表が本研究の貴重な成果でも
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ある。
第 4 は、著者の長年にわたる郵政業務の経験をふまえて、改革を迫られてい
る我が国のゆうちょ銀行が、キウィバンクの成功から学ぶべきことを明らかに
しようとしたことである。ゆうちょ銀行がかんぽ生命と連携し、キウィバンク
と同様の手法で、中低所得層の国民に既存住宅の取得を支援する住宅金融サー
ビス事業を行うという提案は検討に値するものであろう。
IV.結論
本論文は、民営化された後に再建されたニュージーランドのポストバンクで
あるキウィバンクの事業展開を、ガバナンスの構造とビジネスモデルに力点を
置き、2 度にわたる現地調査をふまえて詳細に検討した優れた研究である。確
かに、キウィバンクのガバナンス構造から我が国の改革が学ぶべき課題、既存
住宅への金融サービスにおける金利リスクの検討、中低所得者を対象とした住
宅金融サービスを展開する場合のニュージーランドと日本の社会的制度の違い
等、さらに深めるべきいくつかの課題が残されている。しかし、そうした残さ
れた課題は、本論文が成し遂げた成果をふまえて、今後検討されるべきもので
あろう。
本論文は、キウィバンクの本格的な研究として優れており、博士論文として
合格(優)と評価することができる。
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