虚血性神経細胞障害の分子機構 -アポトーシス関連

岐阜薬科大学特別研究費報告書 (2008)
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―平成20年度 岐阜薬科大学特別研究費(奨励)―
虚血性神経細胞障害の分子機構
-アポトーシス関連分子の発現制御における亜鉛の役割-
原
1.緒
言
宏 和
と標準化用レポーター遺伝子(TK-pRL)を細胞にトラン
スフェクションした。一晩培養した後、ピュリチオン存在
中高年で発症頻度が増す脳梗塞などの虚血性脳血管障
下でZnSO4を 6 時間暴露させた。その後、細胞を可溶化し、
害は、日本における死因の上位を占めている。また、一命
ルシフェラーゼ活性を測定した。PUMAプロモーター変異
を取り留めたとしても後遺症を伴うことが多く、高齢化社
体を用いる実験では、PUMAプロモーターのp53 結合部位
会を迎えた現代において、患者の quality of life(QOL)の
を変異させたレポーター遺伝子(mut PUMA-pGL4)を使
観点から治療薬の開発は急務な課題である。しかし、脳梗
用した。
塞により惹起される虚血性神経障害の分子機構は未だ明
ウ エ ス タ ン ブ ロ ッ ト : 細 胞 を 可 溶 化 し た 後 、 12 %
らかとなっておらず、また、本疾患に対する有効な治療薬
SDS-PAGE にて分離した。その後、PVDF 膜に転写し、抗
もほとんどない。
p53 抗体、抗アクチン抗体を用いてウエスタンブロットを
虚血時に亜鉛が神経終末から大量に放出されること、
行った。検出は化学発光により行った。
高濃度の亜鉛が神経細胞死を引き起こすことなどから、近
年、亜鉛が脳虚血による神経細胞障害に深く関与している
3.結果・考察
ことが示唆されている1,2)。これまで、亜鉛によりミトコ
ンドリア機能障害が生じることは報告されているが、亜鉛
亜鉛による神経細胞障害:本研究では、亜鉛を細胞内
がアポトーシス経路をどのように活性化しているのかに
に速やかに流入させるために、亜鉛イオノファであるピュ
ついては不明な点が多い。そこで、本研究では、アポトー
リチオン存在下で亜鉛を暴露した。はじめに、SH-SY5Y
シスの実行に重要なBcl-2 ファミリーの中で、アポトーシ
細胞で亜鉛暴露により細胞障害が惹起されるかどうかを
スに対し促進的に作用するPUMAやNoxaなどのBH3-only
検討したところ、Fig.1A に示すように、亜鉛濃度依存的
タンパク質の発現に対する亜鉛の影響とその発現調節機
に細胞障害が生じた。また、DNA 断片化も高濃度の亜鉛
の暴露により引き起こされた(Fig.1B)。DNA 断片化がみ
構について検討した。
とめられたことから、亜鉛による SH-SY5Y 細胞死にはア
2.実
験
ポトーシス経路が関与している可能性が示唆された。
細胞障害性の測定: ヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞
を 96 穴プレートに 1.5x104個/wellで播種した。次の日、ピ
ュリチオン存在下で種々の濃度のZnSO4 をSH-SY5Y細胞
に 16 時間曝露させた。培地で 1 回洗浄した後、MTT法に
より細胞障害性を測定した。
RT-PCR:細胞から総 RNA を抽出した後、cDNA を作
製した。PCR は、94℃, 2 分, 1 サイクル; 94℃, 40 秒, 58℃,
40 秒, 72℃, 1 分, 32 サイクル
(PUMA)、28 サイクル(Noxa)
または 30 サイクル(GAPDH)の条件で行った。
レポーターアッセイ: SH-SY5Y細胞を 24 穴プレート
Fig.1 A) Effect of Zn2+ on cell viability. Values (means ± SE,
n=4) are expressed as percentages relative to untreated cells. ** P <
0.01 vs untreated cells. B) Zn2+-induced DNA fragmentation.
に 1.5x105個/wellで播種した。次の日、ヒトPUMAプロモ
ーター領域を組込んだレポーター遺伝子(PUMA-pGL4)
BH-3 only タンパク質発現に対する亜鉛の影響:PUMA、
岐阜薬科大学医療薬剤学大講座臨床薬剤学研究室(〒502-8585 岐阜市三田洞東5丁目6-1)
Laboratory of Clinical Pharmaceutics, Department of Biomedical Pharmaceutics, Gifu Pharmaceutical University
(5-6-1, Mitahora-higashi, Gifu 502-8585, JAPAN)
原
6
宏和:虚血性神経細胞障害の分子機構-アポトーシス関連分子の発現制御における亜鉛の役割-
Noxa などの BH-3 only タンパク質はアポトーシスの実行
において重要な役割を担っている。神経細胞においても、
酸化ストレスにより惹起される細胞死に PUMA が関与し
ていることが報告されている。それゆえ、亜鉛による神経
細胞障害にもこれらの遺伝子が関与している可能性が考
えられる。そこで、亜鉛の暴露によりこれら遺伝子の発現
が亢進するかについて、RT-PCR 法を用いて検討した。
その結果、Fig.2A に示すように、PUMA の発現が亜鉛
濃度依存的に著しく亢進することが明らかとなった。一方
で、Noxa の発現は亜鉛により影響を受けなかった。次に、
亜鉛による PUMA 発現誘導の時間依存性について検討す
るために、亜鉛(30 μM)を暴露し 2、4 および 6 時間後
の PUMA 発現を RT-PCR 法により解析した。その結果、
時間依存的に PUMA の発現が亢進し、6 時間で最も強い
発現がみとめられた(Fig.2B)。
Zn (μM)
A)
0
20
30
B)
40
2h
C
PUMA
Noxa
GAPDH
Fig.4 Involvement of p53 in Zn2+-induced PUMA expression.
A) Zn2+ promotes the accumulation of p53 protein. B)
Mutagenic analysis of PUMA promoter. Values are mean ± SE
of three separate cultures. * P < 0.05, and ** P < 0.01 vs control.
# P < 0.05 vs control. WT: wild type. mut: mutant.
Zn
4h
C
Zn
6h
C
Zn
PUMA
GAPDH
p53 が関与しているかどうかを検討した。p53 は通常状態
ではユビキチン化により分解されているが、DNA損傷な
どによりその分解が抑制され、種々の遺伝子の転写を活性
化する。そこで、亜鉛によりp53 の分解が抑制されるかど
Fig.2 Effect of Zn2+ on expression of BH3-only protein. A) Dosedependency. B) Time-course study.
うかをウエスタンブロット法を用いて検討した。その結果、
Fig.4Aに示すように、亜鉛暴露後、時間依存的にp53 タン
PUMA プロモーター活性に対する亜鉛の効果:亜鉛に
よる PUMA mRNA の増加が PUMA 遺伝子の転写活性の亢
進により起きているかどうかをヒト PUMA プロモーター
のレポーター遺伝子を作製し検討した。PUMA プロモー
ターのレポーター遺伝子(PUMA-pGL4)をトランスフェ
クションした細胞に亜鉛を 6 時間暴露し、そのレポーター
パク量が増加することから、亜鉛によりp53 の分解が抑制
され、細胞内でp53 タンパクの蓄積が亢進することが明ら
かとなった。次に、p53 のPUMA 発現に対する関与を
PUMAプロモーターのp53 結合領域の変異体を用いて検
討したところ、p53 結合部位の変異プロモーター(mut)
では野生型PUMAプロモーター(WT)に比べ亜鉛による
活性を測定した。その結果、Fig.3 に示すように、PUMA
PUMAプロモーターの活性化が低下した(Fig.4B)。これ
プロモーターが濃度依存的に活性化することが明らかと
らの結果から、亜鉛によるPUMA mRNAの発現誘導では
なった。このことから、亜鉛による PUMA mRNA の増加
は転写レベルで起きていると考えられた。
p53 が重要な役割を担っていることが明らかとなった。し
かし、30 μMの亜鉛濃度で、わずかながら変異PUMAプロ
モーターの活性化がみとめられたことから、亜鉛による
PUMAの発現亢進には他の転写因子も関与している可能
性が考えられた。
種々のストレスにより惹起される神経細胞死おいて
PUMA の重要性が示唆されていることから、亜鉛による
神経細胞死にも PUMA が関与しているのではないかと考
えられる。本研究で、亜鉛による PUMA の発現調節機構
が明らかとなったことから、今後は、亜鉛による神経細胞
死における PUMA の役割について解明していきたい。
Fig.3 Activation of the PUMA promoter by Zn2+. Values are
mean ± SE of three separate cultures. * P < 0.05 vs cells
treated with vehicle.
亜鉛によるPUMA発現におけるp53 の関与:がん抑制遺
伝子p53 は、PUMAの発現調節に重要な転写因子であるこ
とが報告されている3)。そこで、亜鉛によるPUMA発現に
4.引用文献
1) Koh JY, Suh SW, Gwag BJ et al., Science, 272, 1013
(1996).
2) Kim EY, Koh JY, Kim YH et al., Eur. J. Neurosci. 11, 327
(1999).
3) Yu J, Zhang L, Hwang PM et al., Mol. Cell 7, 673 (2001).