地域に対する潜在的意識と顕在的意識の関係性 -潜在的ヴェイレンスと潜在的接近回避の差異ー 林 靖人(信州大学) Keyword:顕在的意識、潜在的意識、IAT 【問題と研究目的】 【研究方法・研究内容】 地域に対する態度や地域産品などの選好調査において IAT とは、Greenwald, McGhee, & Schwartz(1998)ら は、一般的に「リッカート・スケール」と呼ばれる心理 によって開発され、近年の心理学分野における代表的な 尺度法が用いられる。たとえば、 「あなたは、地域に対し 潜在的連合の測定課題である。 て愛着を持っていますか」という質問に対して、 「 〔1〕全 IAT では図1で示す くあてはまらない 〜〔5〕とてもよくあてはまる」の 5 ように、パソコンの 1 段階で回答する形式をとる 。 リッカート・スケールに対する回答の妥当性や信頼性は、 モニターに表示され た概念のカテゴリ分 回答者が自身の意識に意図的にアクセスでき、それを正 けをおこなう。具体 しく表出させていることが前提となる。しかし、それは 的には、中央に表示 必ずしも容易ではない。 される概念(例: 「幸せ」 )が、上方の左右に配置される 図 1:IAT の実験画面 例えば、林(2009)は、判断対象が自身に縁のある地域 「良い」あるいは「悪い」のどちらに分類されるかを判 産品の場合は、対象の絶対評価を高くしたり、一方で比 断する。幸せはポジティブな意味を含む概念であり、良 較対象を相対的に低く評価することがあることを指摘し いカテゴリに含まれると判断することになる。実験参加 ている(例:リンゴの地域ブランドとしては全国的に青 者はできるだけ早く、間違えないように回答するよう求 森リンゴの評価が高いが、長野県民が評価をすると信州 められる。 リンゴの評価を高めると同時に、青森リンゴの評価を低 ただし、この際に重要となるのが「良い」と組み合わ くする) 。これは、普段あまり自覚していなくても地域(出 せ表示されている「福島」の存在である。これらがセッ 身地やゆかりのある地)が自らのアイデンティティ形成 トで表示されているため、判断の際には「良い」と「福 に深く関わっており、その地域に対する低い評価が自尊 島」の概念的結びつきに関する処理が入り込みカテゴリ 心の低下につながる恐れがあるためだと考えられる。 分類課題に影響を与える。すなわち、福島が良い概念と このように、地域に対する意識や産品の評価は、自身の 結合していれば矛盾なく判断できるが、悪い概念と強く 意識をスケールによって表出(顕在化)させる際に、謙 結合している場合は、良い-福島が矛盾する情報表示のた 遜、照れ、見栄などの他に地域に対する「ひいき」や「偏 め判断が遅延する。良い-福島・悪い-福島の結びつきに 見」などの非意図的・潜在的な意識が働き、回答を歪め いずれかへの偏りがなければ判断時間に差は生じない。 る可能性が含まれている。したがって、より正確に地域 このような判断時間の差分によって、特定の対象につい に対するイメージや態度を捉えるためには、①どのよう て偏ったイメージ(≒ステレオタイプ)が形成されてい な質問が潜在的意識による影響を受けやすいのか、②潜 るかどうかを被験者が直接的に意識しない状況で測定可 在的意識の内容によって影響は異なるのかを明らかにし 能になる。 ておくことが重要となる。 なお、一般的な IAT におけるカテゴリは「ポジティブ / 以上の議論に基づき、本研究では心理学研究等で用いら ネガティブ」 (ヴェイレンス)が用いられることが多い。 れる「潜在連合テスト:IAT(Implicit Association Test) 」 しかし、実際にヴェイレンスとの連合が見られたとして を用いて地域に対する潜在的意識の強さを測定し、その も、それは一般的な知識としての連合か、あるいは個人 強度が生鮮食品に対する関わり方やコミュニティ意識の の感情を伴った連合なのかは判別できない。またヴェイ 表出にどのような差異をもたらすのかを探索的に検討し レンスに対する潜在的知識連合があっても購買行動の動 た。 機づけに結びついているかどうかには疑問が生じる。実 際、山中ら(2012)が女子学生の高脂肪食品に対する潜 1 心理検査等においては 7 段階や 9 段階等で答えることもあるが、一般的 なマーケティング・リサーチで用いられる場合は、4 段階の強制選択か中 間(回答不可)を含んだ 5 段階スケールが一般的に用いられる。 在的知識連合を行った実験では、高脂肪食品に対してネ ガティブな潜在連合を持つ一方で、行動としては潜在的 〔表 3〕IAT に用いた実験刺激リスト 接近欲求を持っていることが示された。そこで、本研究 でも山中ら(2012)にならい、一般的な「ポジティブ / ネ ガティブ」のカテゴリ分類課題に加え、 「接近 / 回避」 カテゴリへの分類課題も設けて実験を行った。 〇実験 [実験協力者]:大学教職員 24 名(男性 13 名/女性 11 名/ 平均年齢 37.3 歳) 。 本実験では一般的な購買者を想定す るため大学教職員を対象とした。 [実験刺激]:地域に関する顕在的意識の測定として地域 産品に関する評価として表 1 に示す 「地域の生鮮食品関 【結果】 はじめに、ヴェイレンス IAT および接近回避 IAT の結 果を示す(表 4,5)。 与尺度」 (林,2010) 、及び地域に対する意識として表 2 〔表 4〕ヴェイレンス IAT の D スコア に示す「コミュニティ意識尺度-短縮版」 (石盛ら,2013) を用いた。 〔表 1〕地域の生鮮食品関与尺度 〔表 5〕接近回避 IAT の D スコア 関係保持志向 IAT の分析では D スコアと呼ばれる反応時間から導き だされた潜在連合の強さを示す指標が算出される。D ス 〔表 2〕コミュニティ意識尺度 コアは 0 より大きくなればなるほど連合が強いことを 意味しており、本研究においては D スコアが高いことは、 東北に対してネガティブな潜在意識および潜在的な回 避志向を持っていることを表すように設計した。 以下の分析では各潜在連合の高低により、地域生鮮食 品関与尺度、コミュニティ意識尺度の回答に差異が生じ るのかを検討するため高群、低群にグループ分けを行っ た。グループ間の D スコア差異を確認するため一元配置 [実験手続き]:実験は個別に実験室に案内して実施した。 の分散分析をおこなった結果、ヴェイレンス IAT、接近 参加者は実験概要についての説明を受けた後、最初に 2 回避 IAT ともに高群と低群の間に有意な得点差が見ら 種類の IAT テストを実施した。一つは感情(良い-悪い) れ、いずれも高群の方が D スコア高いことが示された に関する潜在的連合条件であり、もう一つは行動(接近 (ヴェイレンス:F(1,21)=55.1, p<.01 接近回避: -回避)に関する潜在的連合条件であった。IAT に用い F(1,21)=48.9, p<.01) 。続いて、ヴェイレンス IAT およ た実験刺激を表 1 に示す。本研究では、東日本大震災後 び接近回避 IAT の高低と地域生鮮食品関与尺度、コミュ の原発事故から問題となっている東北の産品における ニティ意識尺度の回答の関係性について分析を行った。 「風評被害」を想定し、評価対象を「東北」地方と対比 条件として「九州」地方に設定した。IAT 実験終了後、 参加者は地域生鮮食品関与尺度、 コミュニティ意識尺度 等に回答をし、実験を終了した。 〇ヴェイレンス IAT と地域生鮮食品関与 「関係保持」志向においてヴェイレンス IAT 高群の得 点が有意に高くなる可能性( 傾向差) が示された (F(1,15)=3.22,p<.1) 。すなわち、東北に対して潜在的 尺度やコミュニティ意識尺度の回答に与える影響を検討 ネガティブ意識を持つ人ほど地域ブランドの選択に強 おこなった。 いこだわりを示す可能性が示された〔図 2〕 。 実験結果からは、 東北地方に潜在的ネガティブ感情を持 〇ヴェイレンス IAT とコミュニティ意識 つ人ほど地域ブランドへの強いこだわりや他人任せを厭 「他者任せ」志向においてヴェイレンス IAT 高群の得 うことが示された。他の項目と比較すると二つの下位項 点が有意に低いことが示された(F(1,15)=5.19,p<.05) 。 目は地域への高い関心やコミットメントにつながるもの すなわち、東北に対して潜在的ネガティブ意識を持つ人 である。このことから、地域産品へのコミットメントに ほど、地域の他人や行政頼みとするのを厭うことが示さ 関する質問は、回答者の地域に対する潜在的な感情記憶 れた〔図 2〕 。 の影響を受けやすく、顕在的な質問紙による評価に歪み が発生しやすい可能性があると考えられる。 4.50% 4.15% 3.21% 3.50% 3.00% 2.60% 2.50% 2.00% 一方、 東北地方に対する潜在的回避志向を持つ人ほど現 3.70% 4.00% 2.04% 1.63% 1.75% 1.93% 2.25% 3.11% 3.33% 3.25% 2.96% 2.63% 2.44% 2.06% 在住んでいる地域に強い愛着を感じ、自己のアイデンテ ィティを形成する一部としてとらえる可能性が示された。 1.50% このことから特定の地域に対して潜在的な回避志向は、 1.00% 0.50% 現在の地域に対する評価を高め、自分の居場所としての 0.00% 肯定化を促進したり、内集団化する可能性が考えられる。 〔図 2〕ヴェイレンス IAT の高低と 地域生鮮食品関与、コミュニティ意識の得点 【今後の課題】 本実験では試みとして東北地方(九州地方)をケースと 〇接近回避 IAT と地域生鮮食品関与 して扱った研究であり、結果の一般化においては課題が IAT 特定の低群と高群の間に、統計的に有意な差異は 残る。今後、他の地域を同様に用いても同様の結果が得 見られなかった〔図 3〕 。 られるのか、あるいは現在の東北地方の特異な状況に限 〇接近回避 IAT とコミュニティ意識 定的なものなのかを検証する必要がある。 「自己同一化」志向において接近回避 IAT 高群の得点 が有意に高くなる可能性(傾向差)が示された (F(1,15)=3.71,p<.1) 。すなわち、東北に対して潜在 【引用文献】 的回避意識を持つ人ほど、地域に強い愛着を感じ、自己 〇 Greenwald, A. G., McGhee, D.E., & Schwartz, J. L. のアイデンティティを形成する一部としてとらえる可 K. (1998). Measuring Individual Differences in 能性が示された〔図 3〕 。 Implicit Cognition: The Implicit Association Test. Journal of Personality and Social Psychology, 7 4, 4.50% 3.70% 4.00% 3.21% 3.50% 3.00% 2.50% 1464-1480. 4.15% 2.38% 2.00% 2.60% 2.04% 1.75% 1.93% 2.25% 2.44% 3.11% 3.33% 3.25% 2.63% 2.96% 2.06% 〇 林靖人 (2009) “消費者の関与が地域ブランド評価に 与える影響” 地域ブランド研究, 5, 53-87. 1.50% 〇 山中祥子・山祐嗣・余語真夫(2012).女子大学生にお 1.00% 0.50% ける高脂肪食品に対する潜在的態度の検討 社会心理 0.00% 〔図 3〕接近回避 IAT の高低と 地域生鮮食品関与、コミュニティ意識の得点 【考察】 本研究では、地域(東北地方)をケースとして、ヴェイレ ンスと接近回避カテゴリの 2 条件による IAT を行い、潜 在的なネガティブ意識や回避志向が、地域生鮮食品関与 学研究 27,101-108.
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