バブル 泡バブル顛末記 〜 研究とアウトリーチのはざまで 〜 渡辺宙志 ( 東大物性研 ) 1. はじめに 2. 研究とアウトリーチ 自分の研究成果がプレスリリースされることに! × 研究者は研究をするのが仕事 ◯ 研究者は研究成果を公開するのが仕事 わかりやすい説明ってどうすれば良いんだろう? 専門家で無い方にも興味をもってもらうには? 2014 年に、我々が日本で一番大きなスーパーコンピュータ「京」を使って 得た研究成果が米国物理学協会 (American Institute of Physics, AIP) か らプレスリリースされることになりました。リリースされた後、スミソニア ン博物館から取材申し込みを受けるなど、大きな反響がありました。このプ レスリリース騒動 (?) で感じたことを紹介してみたいと思います。 研究者が得た研究成果は、専門家による査読を経て雑誌に掲載されます。こ れが研究者にとっての業績となります。しかし、科学論文は同分野の専門家 にしか理解できません。近年、税金を使って研究をしている以上、研究成果 を専門家でない方にもわかりやすく説明すべき、という考えが広がっていま す。この活動をアウトリーチといいます。 3. 研究内容 4. 研究成果 「京」を使い、世界で初めて泡の相互作用を詳細に解明 スパコンの中で泡のダイナミクスを追え! 気泡 気液界面 分子間力 マクロ YouTube で動画を 見ることができます ミクロ 急減圧直後 多数の泡が発生 私達が利用する電力の大部分は、水を加熱して蒸気を作り、その力でタービン を回して作られています。しかし、その時どのように水が沸騰しているのかは よくわかっていません。水を加熱するとまずミクロな泡ができて、何桁も大き くなりながら壁から剥がれて流れていきます。このような現象はマルチスケー ルと呼ばれ、扱いが極めて難しい種類の問題となります。 大きな泡がより大きく 小さな泡がより小さく 最後に一つの 泡に収束 問題を解析するには、泡がたくさん出現する状況を再現する必要がありました。 泡を一つ作るのに 1 万個くらいの粒子が必要です。さらに最低でも泡を 1 万 個くらい作らないと理論と比較できません。そこで、「京」を使って数億粒子 規模の計算を行い、泡が出る状況を再現することに成功しました。 [H. Watanabe et al. J. Chem Phys. vol. 141, pp. 234703 (2014)] 6. プレスリリースの反響 5. プレスリリースの経緯 「スミソニアンマガジンですが」「えっ!?」 プレスリリースのタイトル、盛ったから ・・・へ? AIP 広報 ディレクター ぼく スミソニアン博物館 得られた成果は J. Chem. Phys. という雑誌に掲載され、さらに AIP からプレ スリリースされることになりました。何度かやりとりした後「気泡成長におけ るオストワルド成長の役割を探る」というタイトルで確定したと思った時、 AIP 広報ディレクターから「タイトルをちょっと盛ったよ」という連絡が来ま した。こうして「シャンパンの泡は世界のエネルギー危機を救う?」というタ イトルでリリースされることになりました。 MOTHERBOARD AIP からのプレスリリースは大きな反響がありました。欧米では新年をシャン パンで祝う風習があることも影響したのでしょう。すぐにスミソニアン博物館 のウェブニュースをはじめ、いくつかのニュースサイトから取材申し込みが来 ました。さらに Discovery Channel、HPC Wire といった有名なサイトでも 取り上げられ、それを見た別のサイトがさらに…と多くのサイトで取り上げら れました。スペイン語のサイトからの取材も受けました。 8. おわりに 7. 伝言ゲーム 「正しさ」と 「わかりやすさ」の バランス そんなこといってないよ 「シャンパンの泡が発電所の効率を上げる」 「科学者は泡がエネルギー問題を解決すると信じてる」 その「科学者」ってぼくのこと? 「シャンパンの泡があなたの家を照らす!科学者は語る」 「スパークリングワインの栓を抜けばエネルギー問題が解決する」 ちょっとなにいってるか わかりません 「シャンパンがシミュレーションの新時代を告げる」 「いつだってシャンパンが答えなのさ!」 そうですか… 「科学者が 4000 本のシャンパンを空けたんだって! もう勘弁してください… 次はそのパーティに俺も呼んでくれよな!」 大手ニュースサイトに掲載されてから、引用、孫引きが繰り返されるたびに、タイトルは徐々に大げさになって行きまし た。また、科学サイトだけではなく、一般のサイトでもこの話題が取り上げられました。例えばゴシップを扱うサイトで は「科学者がスパコンで 4000 本のシャンパンを空けたそうだ」という記事が掲載されました。「4000 ノードの計算」 が伝言ゲームで「4000 本のシャンパン」になったようです。一方、我々も広報に努めたのですが、日本では全くといっ てよいほど話題になりませんでした・・・ THE UNIVERSITY OF TOKYO ディスカバリーニュース The Institute for Solid State Physics この一連の騒動 (?) は研究のアウト リーチについて考えるよい機会とな りました。同じ成果に関する広報で も、キャッチーなタイトルをつける か否かで反響の大きさが全く異なり ます。実態とかけ離れた宣伝をして もいけませんが、税金を使って研究 をしている以上、その成果をわかり やすく周知するのも研究者の義務で す。わかりやすくしすぎると本質か らずれてしまい、正確であろうとす ると説明が専門的になりすぎる、研 究のアウトリーチは難しい問題です。 Computational Materials Science Initiative
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