O BRASIL No. 969

BOLETIM
No. 969
(会報)
OUTONO
発行
一般財団法人 日伯協会
(秋)
理事長
三 野 哲 治
TEL/FAX
O BRAS
IL
2015
URL
http://www.nippaku-k.or.jp
E-mail
[email protected]
平成27年10月31日
(季 刊)
神戸(078)230−2891
〒650−0003 神戸市中央区山本通3丁目19−8 海外移住と文化の交流センター2階
編集
会報編集委員会
ブラジル兵庫県人会創立55周年式典参列者
今号の主な記事
ブラジル訪問報告
P.
2-5
ブラジル経済情報、
コーヒーブレイク
P.
10
日伯協会からのお知らせ
P.
6-7
ブラジルトピックス
P.
11
書籍紹介、編集後記
P.
12
移住ミュージアムだより
P.
8
移住者を支えた宗教家
P.
9
印刷/菱三印刷株式会社 〒652-0803 神戸市兵庫区大開通2丁目2-11 TEL
(078)
576-3961
兵庫県パラナ州友好提携45周年・ブラジル兵庫県人会創立55周年記念
兵庫県民交流団に参加して
兵庫県民交流団団長 秋武 宏
大に行われた。三野日伯協会理事
長は来賓として祝辞を述べられ、
サンパ
ウロ市議会からの表彰状贈呈とブラジル兵庫
県人会からの記念品の贈呈を受けられた。
井戸知事はパラグアイから乗った飛行機のエンジン不調
で到着が遅れたが式典に間に合い、
祝辞を述べた。
式典から祝賀会への模様替えには若者が動員されたが、
大半は日本へ留学、研修に行った若者かその子弟で手際よ
く働いていた。
ブラジル訪問は3回目だが、今回は県民交流団団長として
兵庫県・パラナ州友好提携45周年調印式等の公式行事に
参列し、
在クリチバ日本国総領事公邸では日ブラジル外交関
係樹立120周年祝賀会に招かれる等初めての体験をした。
サンパウロでは開拓先没者慰霊碑を参拝し、
ブラジル兵庫
県人会創立55周年記念式典に出席した。
クリチーバの公式行事では
8月20日、
イグアス宮殿(州庁舎)
で井戸知事を迎えての観
閲式及び兵庫県・パラナ州友好提携調印式が行われた。県
議会議長、
日伯協会理事長、県民交流団、経済団、環境団、
柔道団、兵庫県国際交流協会が同席した。式典では新たな
提携事項を含む調印が行われた。井戸知事の挨拶では、州
知事室に井戸・リッシャ両知事と着物姿の娘さんの写真が
飾ってあるエピソード等を話された。池田敏雄在クリチバ総
領事の挨拶では、
「兵庫県産海苔」の輸出に期待し、更なる
発展に協力の言葉を戴いた事は、県民交流団参加の水産
振興関係者にとって今後の展開への大きな励みとなったこと
と思う。
在クリチバ日本国総領事館での外交関係樹立120周年祝賀
会では、地元在住の日伯新聞の古老記者から、過去の取材で
特に井戸知事を中心に纏めたビデオを、知事と面談の上手渡
される場面もあった。
サンパウロの公式行事では
2
No.969
8月23日、木原ブラジル日本都道府県人連合会副会長の
先導により、
イビラプエラ公園内に建立された「開拓先没者
慰霊碑」
を全員で参拝し、兵庫県民交流団としての記帳・献
花を行なった。
その後のブラジル兵庫県人会創立55周年記
念式典及び祝賀会は訪問団を含め総勢300人が参加し盛
農園訪問と各地観光
8月24日はサンパウロ郊外のホソヤ
(細谷)果樹農園を訪
問した。移住3世代のホソヤ農園の柿は、
品評会で30年以上
に亘り常に1等品として表彰されている。
日本では見られない
1個700gの柿もある。
ホソヤさんは、
農協の組合長が常に1級
品を目指せと指導されたことを、
忠実に行ってきただけである
と謙虚な方である。意欲、
気力を堅持する心に敬服した。
訪問した我々に対し、
奥さんと若いお嫁さんが時間をかけ
て作られた自家製の果実による菓子や料理は、美味しい物
ばかりで、
もてなしに感謝する次第である。観光では、
コルコバードの丘:登山ケーブルが故障で駄目かと思ったが、
ガイドの機転により通常利用する事のないバス登山となった。
イグアスの滝:水量が多く、雄大で自然への畏敬を感ずる
が、
逆に、
魚類・魚影が見られなかった。
サンバ鑑賞:伝統ある地域文化と推察されるが、時代には勝
てず、大衆から特定な分野の芸術と化していくように思われた。
全行程10日間のうち、
ブラジルに滞在できたのは7日間、
あ
わただしいスケジュールではあったが、1人のけが人、病人も
出すことなく全員無事に帰国できたことで、
団長としての役目
を果たすことができたものと安堵している。関係者のご協力
に感謝します。
兵庫県パラナ州友好提携45周年・ブラジル兵庫県人会創立55周年記念
「自分の経験を次世代に」
ブラジル兵庫県人会会長 松下大谷瞳マルリ氏の創立55周年式典挨拶より
母県より井戸県知事、石川県議会議長、三野日伯協会理事長、秋武県民交流団団長ほか多くの皆様をお迎え
できたことを厚くお礼申し上げます。
私は1985年、海外研修生として県立尼崎病院で鍼灸の勉強をさせていただきました。ブラジルから外国に行く
のが難しかった時代に日本で研修できたことは私の人生の糧になりました。
生花や書道を教わったことも楽しい思い出です。このような自分の経験から、これからの若者には広い視野で
物事を考えられる人間になって欲しいと思い、会長の仕事を引き受けました。新役員はこの考えに賛同した元留学
生、元研修生たちです。今年の日本祭りでは、ラーメン・手巻き寿司・ケーキを作り販売しました。今後も先輩方が
築かれたブラジル兵庫県人会と母県の絆を大切にし、友好、親善の架け橋となれますよう努力いたします。
長い間、兵庫県人会にご尽力いただきました尾西前会長に感謝申し上げると共に皆様の益々のご健勝とご多幸
をお祈りしております。
(ニッケイ新聞より引用)
創立55周年式典は、8月23日午前11時より約300人が出席
し、サンパウロ市の北海道協会会館で開催された。尾西実行
委員長の開会の言葉で幕開けし、会長・来賓挨拶の他祝賀
会では、鏡割りサンバショー等が行われた。
ブラジル兵庫県人会は、1960年県外務課常塚純一係長の
県民 視 察を機に発 足
し、県費留学生・技術
研修員の選考と派遣、
農 業高校 生の受け入
れ等を主な事業として
祝辞を贈る日伯協会三野理事長
いる。
松下氏は今年3月の定期総会で、尾西前会長より引き継ぎ会長に選任され就任した。日系3世で理学
松下大谷瞳マルリさん経歴】 療法士、既婚、家族は脳神経外科医の夫との間に一男二女、親族49人が医師、県人会役員歴6年
3
No.969
兵庫県パラナ州友好提携45周年・ブラジル兵庫県人会創立55周年記念
兵庫県友好代表団訪問報告
公式行事の概要
兵庫県とパラナ州との友好提携45周年にあたり、両県州の交流と相互理解を一層推進するために井戸県知事を代表とする友好
代表団が、議会訪問団、経済訪問団、県民交流団、環境訪問団、柔道訪問団などと共に総勢82人でブラジル・パラナ州を訪問した。
パラナ州では井戸、
リッシャ両知事の交流協議の他、友好代表団の見守る中で友好提携45周年共同声明の調印を行い、今後の
交流の一層の推進を確認するとともに記念祝賀会に出席した。
サンパウロでは、
ブラジル兵庫県人会創立55周年を迎えることから、記念式典に参加し県人会員との交流を深めた。
代表団のブラジル日程
8月18日㊋
8月19日㊌
8月20日㊍
マラカナン・スタジアム視察
リオデジャネイロ日本商工会議所と
の意見交換会・懇親会
在リオデジャネイロ領事館
シスメックスブラジル
住友ゴムブラジル訪問
兵庫県・パラナ州友好提携
45周年共同声明調印式典
パラナ州政府庁舎
(イグアス宮殿)
パラナ日伯修好120周年祭式典委員会主催 周年記念
コンサート クリチバ市内 グアイリニャ劇場にて
8月21日㊎
8月23日㊐
8月24日㊊
県柔道訪問団とパラナ柔道連盟との
合同練習
クリチバ市内バコージ体育館にて
ブラジル兵庫県人会創立
55周年式典
北海道協会会館にて
日系移民開拓先没者慰霊碑参拝
イビラプエラ公園にて
公式行事の写真
4
No.969
兵庫県・パラナ州友好提携45周年記念式典
ブラジル兵庫県人会創立55周年式典
井戸知事一行と経済使節団が住友ゴムブラジルを訪問
先没者慰霊碑を参拝した訪問団
開演挨拶する山脇委員長
熱演のコンサート舞台
兵庫県パラナ州友好提携45周年・ブラジル兵庫県人会創立55周年記念
兵庫県民
交流団に
参加して
8月26日、参加者全員事故もなく無事関空に
帰着。記 憶が 薄らぐ前に、写 真交換会をしよう
などと言っているうちに、早くも2か月が過ぎようと
しています。この会報「ブラジル」へも記憶に新し
いうちに一言ずつ書いていただいたので、以下に
ご紹介します。
ブラジル初日 ポンデ・アスーカルに全員集合
訪問団参加者より
ブラジル訪問所感 副団長 柿 聰
私にとって2回目のブラジル訪問であった。
1回目は今から35年前の1980年で、勤務先
(川重)
の駐在員、現地企業を視察した。
業務出張のため、観光は余りできず、印象に残るのは、数時間のイグアスの滝見物ぐら
いであった。このたびの訪問では、そのイグアスの滝を、
ブラジル側、
アルゼンチン側、
各1日という豪華版で満喫できた。
最後に訪問したサンパウロ郊外の日系3世農家は、柿・梨・枇杷等の栽培で成功し、な
かでも柿は、30年連続で表彰され、皇室へも献上したと聞き、大いに感激。その際、柿は
イグアスの滝展望橋にて
心に残るコルコバードの丘
ブラジル語でもカキ
(Caqui)
であると知り、
ご縁の深さを痛感した次第である。
30年振りの「カフェジーニョ」
山岡 昭雄
日本の反対側のブラジル
土井 哲也
を再訪して
カフェジーニョ、
ネルの布フィルター
で濾した濃い珈琲を小さなカップに注
ぎ入れ、砂糖をガバッと入れかき混ぜ、
クイッと飲み干す。口のなかに珈琲の
苦みと砂糖の甘さが一気に広がる。こ
れが乾いた空気にマッチして
「これぞ
ブラジル」
と実感したことを鮮明に記
憶している。今回街角のコーヒースタ
ンドを覗いたが、
どこもエスプレッソに
カプチーノ。
リオではカフェジーニョと
いう言葉は殆ど聞かなくなった由。
これも食のグローバル化かと思わず
嘆息。
しかし旅の終わりに聖市の中央
市場で発見。赤いTシャツに浅黒い肌
の青年が、特大のコーヒーアーンにた
め込んだドリップコーヒーを小さなカッ
プに手際よく注いでいる。周りにはカッ
プを手に煙 草をゆらせている男 達 。
どっこいカフェジーニョは下町でしっか
りと生きていた!
37年ぶりのブラジル、前回は
「レオ」
という洗礼名も授かっていたので、大学
の終わりにバチカンの後、
リオのキリス
ト像を訪れた。その時女性のガイドさん
に、
「日本の裏側のブラジル」
と言って注
意された記憶があった。今回クリチーバ
を案内してくれた森口さん
(たつの市の
森口製餡所が本家)
にも同じことを言っ
てしまい、その見方を糺すべきとアドバ
イスをされた。日伯が反対側にあるの
は事実だけれど、表や裏と価値づける
のはおかしい。オリンピック、日本なら
もっと手際よく進める。それは事実だろ
うけれど、実際のオリンピックやその後
の活かし方まで見ないと評価は難しい。
県民交流団の主眼は草の根の国際
交流ということだが、県人会の式典で、
兵庫県のへ研修員であった方々が中
心的役割を果たされていたのは、未来
への展望を感じた。
森田 真紀
ブラジルについて「地球の反対側」
「ヴォサノバやサンバ等素敵な音楽」
「日系の方が世界一多い国」等聞き、
一体どんな国なのかと思っておりまし
た。それをこの旅で知り、肌で感じる
事が出来ました。
多く印象に残った中、思い出される
のが歌にも出てくる名所「コルコバー
ドの丘」でのハプニングです。キリス
ト像の足元迄行くケーブルカーが止ま
り動かないとの情報が入り、もしや絶
景を眺めることは不可能なのか?と
思った時、乗合バスで行ける事になり
ました。しかし、ガタガタ山道を3人席
に4人乗り。揺れはカウボーイ並み!ス
リルを味わった分、景色は格別でし
た!様々な方との出会いもあり素敵な
旅に参加させて頂き、心から感謝申し
上げます。
会員以外の 参加者より
今回のブラジル行きは、飛行時間が余りにも長く、迷いに迷った末の参加でしたが本当に楽しく、参加させて頂き本
当に良かったと思っております。
ブラジルは地球の反対側、余りにも遠い国でしたが、今回の旅を通じ急に身近な国となりました。
ビショビショになりながらも興奮して見た壮大なイグアスの滝、
コルコバードの丘から眺めたリオの絶景、連日のバイ
キングの後に出た久々のお寿司のあのお酢味に感激した事、そして何よりも参加者の皆様と楽しく交流出来た事‥全てに
感謝の旅でした。有難う御座いました。
5
No.969
会
日伯協
からの
せ
お知ら
Relatório
レポート
秋篠宮殿下同妃殿下
海外移住と文化の交流センターご視察
日本ブラジル外交関係樹立120周年に合わせて10月27
日から11月10日の15日間にわたって、ブラジルを訪問され
る秋篠宮殿下同妃殿下が、海外移住と文化の交流セン
ター・移住ミュージアムを見学された。今回は、非公式訪
問ということで、日伯協会が中心となり、センターの関係
者が一体となってお迎えしました。
午前11時30分のご到着に当たっては、三野理事長を
始め、ご説明役の中牧弘允国立民族学博物館名誉教授
等がお出迎えし、14時30分ご出発までの3時間にわたっ
て、ご見学いただいた。
この間、移住ミュージアムでは25万人のブラジル移住
者の歴史に触れられ、在住日系人の皆さんとの懇談に続
き、日ブラジル外交関係樹立120周年記念の移住ミュージ
アム企画展も見学いただいた。
ブラジル県民交流団に
当協会会員10数人が参加
8月17日、関空を出発、26日帰国したブラジ
ル訪問団に、当協会から10数名が参加した。
三野理事長、多田副理事長夫妻、竹内常務
理事、山岡監事、秋武宏(団長)、柿聰(副団長)
【個人会員】土井哲也、鹿子嶋栄三、森田
真紀【法人会員】兵庫県漁連関係者
イグアス宮殿
にて
リオコルコバードのキリスト像の前で
ホソヤ果樹農園にて
ブラジル兵庫県人会
松下会長来県
9月17日、ブラジル兵庫県人会松下会長が、兵庫県から
の訪問団に対するお礼のため、井戸知事へ挨拶に来県さ
れた。
この機会に、当協会へも来会され三野理事長へ表敬
挨拶があり、海外移住と文化の交流センター・移住ミュー
ジアムを見学された。
6
No.969
左から3人目が松下会長
⇒関連記事4、5ページ参照
ブラジルのお話―ミニトーク
9月27日、兵庫県三田市のまちづくり共同センター国際
交流プラザ主催で、当協会 会員川村栄太 郎さんのミニ
トーク「ブラジルのお話」があった。
この催しは、移住ミュージアム春季企画展で展示した
パネル30枚を三田市まちづくり共同センター6階で展示
公開したことに伴うもので、40人を超える参加者があった。
川村さんの移住体験とともに、子供さんたちの教育に
関心が集まり、参加者一同熱心に聞き入っておられた。
Notícias
今後のスケジュール
第21回中南米音楽会開催
10月25日㈰開催の第21回中南米音楽会は、定員
いっぱいの60人の参加を得て盛り上がりました。
創立90周年記念事業
実行委員会立上げ
日伯協会は、2016年に創立90周年を迎えます。
今回は、事務局主導ではなく、会員参加の取り組み
とするため、7人の委員で10月6日実行委員会を立ち
上げました。
第1回委員会では、
日伯協会の存在をより広く知っ
てもらい、入会を促進すること、
そして記念事業には1
人でも多くの方に参加してもらえる内容にしていくこと
が確認された。第2回委員会では、具体的実行案につ
いて検討することになっています。
神戸港ラテンアメリカン・カーニバル
に日伯協会コーナーを
8月1・2日の2日間に亘ってハーバーランド高浜岸壁
で開催された
「第1回神戸港ラテンアメリカン・カーニ
バル」
に、
日伯協会のブースを出展しました。
内容は、神戸とブラジルで、B1サイズのパネル11
枚とリオのカーニバルの写真5枚を展示した。ブース
内ではアマゾンの薬草から作ったお茶「レデッシュ
ティ」の販売も行いました。
ブースには、お祭りに参加した人達のうち、結構多く
の人が覗いておられ、神戸とブラジルの関係に改めて
認識したという方も多かった。
秋の企画展始まる
移住ミュージアム特別企画
展が10月24日開幕しました。期
間は、12月23日までの2か月間。
今回は、ブラジル北パラナ
への移住経験を持つ楠本さん
が神戸新聞の取材を受けたこ
とで、新聞紙上でも紹介され、
早くも大勢の見学者に恵まれ
ています。
移住というと、暗いイメージ
が付いて回る傾向があります
が、今回の北パラナは肥沃な
土地に恵まれ多くの成功者を出しています。
明るい話題の多い企画展です。皆様のご来場をお待ち
しています。
定例理事会開催予定 12月11日㈮
2015年度第2回の理事会・評議員を12月11日に開催
することになりました。
2016年が日伯協会創立90周年になることから、記念
行事の実行委員会を立ち上げ準備に入っていますので、
今回の理事会・評議員会で大きな方向付けができるもの
と期待しています。
第22回中南米音楽会開催
恒例となった山田芳信率いる「バンダブラジル」と
「神戸マリンバソサエティ」による共演です。ご期待
下さい。
ブラジル・ポルトガル語講座開講
10月3日㈯から6週間6回コースのブラジル・ポルトガル語
講座が開講した。今回も会話コースは定員一杯の15人、文
法講読8人でスタートしました。
次回は、2016年2月6日㈯からとなります。受講ご希望の
方は、早めに事務局へ声をかけてください。
7
No.969
移住ミュージアムだより
JICA次世代育成研修(大学生)ご一行
昨年訪伯された安倍首相の肝いりで始まった「JICA日
ミュージアム案内後の感想文に次のような記載があった。
系社会次世代育成の大学生版」により、訪日中(7月1日∼
「祖父母がこの場所ですごした数日間、どんな気持ち
26日)の9か国・20人の学生が、7月23日㈭当ミュージアム
だったのだろう。不安だったのだろう、さみしさもあったの
を訪れた。
だろう。そんな事を考えながらこのミュージアムを見ました。
従来、中学生の来日が中心で大学生の訪問は初めての
ケースであった。各国からの選りすぐりの学生の内分けは、
ブラジル(男4名、女5名、計9名)、ボリビア(女2名)、パラ
グアイ(男女各1名)、ペルー(女2名)、のほか、アルゼンチ
ン(女)、ベネズエラ(女)、コロンビア(女)、メキシコ(男)、
ドミニカ共和国(男)からそれぞれ1名の学生である。メン
もっと多くの人に知ってもらいたいです(ブラジルの女子
学生)」
お気づきのように女子学生が20人中13人を占めており、
ここでも今はやりのウーマンパワーの力強さを感じた。
近い将来、日本と参加各国を結ぶ有為な人材となること
を期待してやまない。
バーのうち2人を除き、いずれも日本語を理解していた。
アマパ州マカパー紀行
寄稿者谷田なつ美さん(元JICA日系社会青年ボラン
ティア・小学校教諭)が、6月14日に来館された。夏休み中
にマカパーを再訪され、その紀行文が寄せられた。
マカパーはブラジル北部にあるアマパ州の州都である。
赤道直下に位置し、陽射しがとても強い。年中暑く30∼35
度以上で乾季と雨季の二つある。このマカパーも日本移民
の歴史を持つ。戦後1953、54、57年の3回、計57家族343
名がこの場所に移り住んだ。2年近く、ここの日系社会青
年ボランティア(JICA)としてインタージェニウス校で活動
した。主に音楽教育の支援を行い、日本文化を通した青
少年の育成、アマパ日伯協会の活性化を行った。今回1年4
その赤道がセンターラインとなっているサッカー場で、地
か月ぶりの里帰りであったが、学校やマカパーの人々は大
球を真ん中にした試合をみることもできる。なんと言っても
好きだ。マカパーには観光スポットと言える場所はたくさ
アマゾン河をダイナミックに感じられるのがマカパーの最
んある。赤道モニュメント(写真)、要塞、アマゾンの植物
大の魅力だろう。マカパーはアマゾンのフルーツが豊富で、
や昔の人々の暮らしが体感できるサカカ博物館など。また、
本場のアサイーを楽しめる。
赤道のモニュメントの近くに「あなたは世界の中心にい
8
No.969
赤道をまたぐ筆者(右足が北半球、左足が南半球)
る」という面白い道路標識がある。
アマゾン大河を超えたもう一つのブラジルへ行ってみて
はいかがだろうか。
ブラジル移住者を支えた宗教家
ドナ・マルガリーダ・渡辺
カトリックの教えを実践し、福祉事業に一生を捧げた。
(旧姓 池上トミ・1900年生∼1996年没)
(前山隆 編著 ドナ・マルガリーダ・渡辺より)
枕崎の少女出稼ぎ移民
枕崎でカツオ会社を経営する池上家の長女として生まれ
たトミは、1908年会社が破産、母の死、叔母の家では小学校
にも行けず子守りをやらされ、
心も歪んでいった。
土地を離れたいと思っていたトミは、父の会社で船頭をし
ていた鳥越末次郎の移住を知り同行を依頼した。笠戸丸移
民を知った父は、
ブラジルへ夢を託して妹ツヨと弟恒則を移
住させていた。父も同意し、鳥越家の養女として第3回移民
で渡伯する。1912年3月、11歳の少女は神戸を出てサントス
経由サンパウロの移民収容所へ。直ちに鳥越夫婦との養女
契約を解除し叔母に引き取られた。
ブラジル人に心を学ぶ
叔母の家は4家族が同居する生活で、6月よりブルー家に
住込みで働くことにした。
ブルー家はフランス系伯国人であり、
当主のパウロも息子のセレスティーノも聖州の医療分野で貢
献した高名な医師であった。
トミを直接訓育したのは妻のセ
バスチアナで何事にも厳格だが、慈悲深い人であった。
カト
リック教会の活動にも熱心で宗教界から大きな信頼を寄せら
れていた。
ブルー家はトミを可愛がり、
当主は辛抱強くポルトガル語を
教え、
家庭教師を付けて学ばせた。
セバスチアナは礼儀作法
も実の娘の様に教えてくれた。信仰心の厚い彼女に手を引
かれて教会にも出入りし、神父との付合いも生まれた。16歳
の頃には家計も含め家庭のことは総て任された。
ブルー家に
は上流家庭の人が出入りし、
そのお客様にも紹介され、
上品
な言葉を身に付ける。
1918年、
信仰を学んだトミはブルー家の下で洗礼を受け、
洗
礼名を聖マルガリーダ伝になぞらえた。後には教会の要請で
多数の移民子弟にカソリックの教義と優しさの心を教え始める。
バチカンより第1回小切手受け取る
彼女の上品なブラジル語は移民収容所の役人、
政治警察、
慈善団体の信頼を得るうえで効果があり、事業の総てに立
会い処理している。
戦後の救済会と老人ホーム「憩の園」
戦後も貧困者・孤児・病人の世話に明け暮れる中の1951
年12月、
主人が事故死するが、
支援者・家族の支えで救済会
を続けた。
1953年伯国法に公認された社会福祉法人救済会に改称
する。
その後日本政府の補助金を基に日本移民援護協会が
設立され、救済会は多くの事業を委譲し、高齢者福祉の問
題に力を注ぐようになる。
サンパウロ市の東方25キロにある土地を入手し1958年5月
念願の老人ホームを開園した。
日系人社会に多大な貢献をしたドナ・マルガリーダは、
ブラ
ジルに来てブルー家という良い家庭に恵まれ、
カトリックを深く
信仰するドナ・セバスチアナに育てられたことが、
自分の人生
を実りあるものにした感謝の言葉を述べている。
戦争と救済活動
1928年、
会計士をしていた渡辺儀平と結婚し3人の子供と
幸せな家庭を築いた。
ところが1941年1月ブラジルは日本と国
交断絶し、
日本人会の指導者が移民収容所に収監され事態
になり、
マルガリーダ
(トミ)
の生活は大きく変わっていく。
日系人の重鎮宮腰千葉太から、収監されている人への支
援を依頼され、
5月にカトリック婦人会の名前で衣類を届けた。
翌月にはサンパウロ大司教館の業務として支援活動を出来
るようになり、
聖市カトリック日本人救済会の中心として活動す
ることになる。
開園当時の「憩の園」
9
No.969
ブラジル経済 政治の混迷が一層深まる
SMBC日興証券 武田泰典
ブラジルの政治情勢は混迷を一層深めている。財政再建策や大
たな弾劾請求書を議会に提出した。弾劾は議会の専決事項であ
統領の不正疑惑等を巡って与党内及び与野党間の対立が激しさ
り、弾劾手続き開始の決定権は下院議長が有している。
クーニャ下
を増しており、政策協議が停滞。政治の混迷は企業の投資抑制や
院議長は与党内における反大統領派の急先鋒であり、手続き開始
レアルの下落につながっており、景気の悪化に拍車をかけている。
に前向きな姿勢を示している。大統領は与党内の造反防止に腐心
政府は8月31日に、基礎的財政収支が赤字となる来年度予算案
しており、与党内から反対を受けている一部の財政再建策を撤回
を議会に提出した。金融取引暫定負担金
(小切手税)
が与党内か
する可能性もあろう。弾劾には上下両院で3分の2以上の賛成が必
らの強い反対によって撤回に追い込まれたことが影響した模様。格
要であり、最終的には否決される可能性が高いとみられるが、弾劾
付け大手S&Pは政府による財政再建の実行力に対して懸念を示
審議の長期化は財政再建などを巡る政策協議にも影響しよう。政
し、9月9日にブラジルの外貨建て長期債格付けを投資不適格級に
治の混迷は今しばらく続きそうだ。
引き下げた。格下げを受け、政府は同14日に追加の財政再建策を
財政収支および基礎的財政収支
発表したが、
これについても与党内から反発が出ており、議会での
採決の目処は立っていない。
一方、ルセフ大統領は、財政収支の「粉飾」
と昨年の大統領選
での不正献金に関する2つの不正疑惑について議会から追及を受
けている。この不正疑惑を理由に野党と一部の与党議員は9月17
日、ルセフ大統領の弾劾請求書を下院に提出。更に、政府が昨年
の財政収支を会計操作によってかさ上げ
(粉飾)
したとされる疑惑
について、連邦会計検査院が10月7日に違法との判断を下してお
(過去12ヵ月累積額の対GDP比、%)
4
2
0
▲2
▲4
▲6
▲8
▲10
り、
これに関連して野党が支援する弁護士グループが同21日に新
基礎的財政収支
(財政収支+利払い費)
財政収支
※データは15年8月まで
11/1
12/1
13/1
14/1
15/1(年/月)
(出所:CEICおよびブラジル中央銀行などよりSMBC日興証券作成)
Coffee break コーヒーブレイク
「Youは何しに日本へ?」にテレビ出演
掲題の番組(テレビ東京制作:テレビ大阪放映)
をご覧に
なったことはありますか?
去る8月10日㈪18:57∼20:00の放送分に、
日伯協会
(細江、
三井)
が取り上げられました。7月のある日、
「トラキチ オオバ」
と名乗る日系3世の大男と取材クルー
(ディレクター、
カメラマ
ン、通訳の3人)
が突然やってきて、100年前メキシコに渡った
「ヨシマツ オオバ」の出身地を調べたいので協力して欲しい
と要請があった。
当移住センターからはメキシコへの渡航・記録はないと伝え
たが、話の途中で、
「フクオカ オンガギン」の言葉があった。
それは「福岡県遠賀郡」のことと察し、事務所で地図により
場所を説明。4人は早々に北九州市若松区(旧遠賀郡)
に
10
No.969
向かって行き、
そこで市の方々の協力でめでたく親戚にたどり
着いた。親戚の方が、60∼80年前に届いたという20数通の
手紙を保存されていたのには感動した。
Tópicos (Brasil)
トピックス
サンパウロ総領事館開設100周年
7月28日
「在サンパウロ領事館開設100周年記念」昼食会が
サンパウロ日系団体、
日本政府関係団体、諸外国領事館関係者
360人が参加して総領事公邸で開催された。当初の1984年8月
には
「在リオ・デ・ジャネイロ総領事館」
として事務所が置かれたが、
1915年7月に正式な
「在サンパウロ総領事館」
として開設された。
S&P社が伯国格付け、
一層の緊縮財政と増税を求めら
れるレヴィ財相
信 用 格 付け会 社スタンダード&プ
アーズは8月9日伯国の格付けランク
「投資不適格」
に引き下げた。10日には
ペトロブラス、エレトロブラス、
ブラジル
銀行等も
「投資不適格」に格下げされ
た。風刺ジャーナリストのジャゼ・シモン
氏はこの状況を評し、
「伯国は2部リー
グに降格しちゃった。何てことだ。でも最
下位のヴァスコより先に?」
とのコラムをフォーリャ誌に寄せている。
国籍欲しさにマイアミへ、
新生児胸に帰国するママ達
日本産海苔市場開拓に前進
兵庫県漁連が
伯 国 向け輸出開
始。8月末72万枚
の海苔が到着した。
2 0 13 年 の日本か
ら伯国への輸出量
は 約 4 0 万 枚だが
伯国全体の海苔
の輸入量から見る
とわずか0.13%。
輸入される海苔の95%は中国産で、次は韓国産。今回の72
万枚の海苔が1回で輸出されたのは大きな変化と言える。現
在は伯国内に工場建設も計画しており、特にパラナ州のパラ
ナグア市が積極的に誘致している。
120周年花火大会
日本風の4500発盛大に
9月12日、
日伯外交樹立120周年を祝うメイン記念事業である
「花火祭り」
がサンパウロ市で行われた。伯国の材料を使って日
伯の花火職人が共同制作し、
コシノ・ジュンコさんが演出。
曇天で冷え込む中であったが、梅田大使、村田商議所会頭も
参加、浴衣姿の女性も見られ1万人が華麗な花火を堪能した。
米国で生まれた子供は誰でも米国の市民権を得ることができる
ため、
ブラジルから観光ビザで入国し、米国で出産し米国籍を持
つ子供と帰国することを考える女性が増えており、
「マイアミでお
母さんに」
という名前のパック旅行を用意する会社も出てきている。
航空会社は月数が進んだ妊婦を飛行機に載せる際には医師の診
断書の提出を求めるが、妊婦が飛行機で旅行することを禁止する
法律はない。旅行会社は飛行機に乗り込む前に産科医の診察を
受けること、
できれば妊娠7ヶ月目までに渡米することを勧めている。
夢と希望を抱いて海を越えたコチア青年60周年
9月20日、コチア青年移住60周年記念式典がサンパウロの国士舘スポーツセン
ターで開催され約700人が出席した。コチア青年はコチア産組の受け入れで1955
年より12年間で2508人が移住している。これに先立つ8月28日には連邦議会の
講堂で飯星下議、藤村公使が出席し、日伯外交樹立120周年の公式行事として記
念式典が開催された。
11
No.969
サンパウロのアルジャーゴルフクラブ(吉岡定冶理事長)が創立50周年
「誰でも自由にプレーできる日系人のゴルフ場を作る」という夢を
抱く草分けとなる11人が、創立を目指して同志を募り、1965年6月に9
ホールを完成させた(現在は18ホール)。
50周年を迎えた現在は約500人の会員を有し、日系人の方に親し
まれている。同ゴルフ場の11番ホールは“森の廊下”と呼ばれ、木で
囲まれた細長いコースで 知られている。サンパウロにはPL教団が
1968年に開場したPLゴルフ場もある。
アルジャーゴルフ場のコース
LIVROS
PLゴルフ場のコース
えい そん
笠戸丸移民 未来へ継ぐ 裔孫
赤嶺園子著/ニッケイ新聞発行・沖縄タイムス社発売/2,000円+税
笠戸丸移民781人のうち沖縄県人は325人、
その遺族や墓石をブラジル・アルゼンチン・沖縄まで追跡
調査した記録である。
親子の絆が強い沖縄人、
ある笠戸丸移民の今際の言葉は
「お父さん、お母さん、私は親不孝をいたしまし
た。跡取りである私はご先祖様に申し訳ないことをしました。」
であった。
過酷な環境で苦労の連続だったが運よく成功した人、苦労をしたが楽しく暮らした人、夫に先立たれたが子
供に夢を託して働いた人、錦衣帰郷を果たしたが沖縄戦で犠牲になった人、
それぞれの人生が書かれている。
NHKでおなじみの歯科医師金城山戸・無二の親友儀保蒲太、
ブラジル大統領の運転手をした比嘉秀吉、
トランク一杯の旧円を買わされな
がら泣き言も言わない田場ウシ、沖縄に残した妻を思って働いた太田公雪、
日本人としての矜持を持ち共に助け合って暮らした様子が書か
れている。
Nota do Editor
編 集 後 記
県民交流団の皆様、寄稿いただきありがとうございました。コルコバードでは登山電車の突然の休止もツニブラ旅行社の機転によりバスで頂上へ。
青空にそびえるキリスト像と眼下に見える市街はまさに“麗しき都市 リオ”でした。イグアスも前日の雨による大瀑布で歓迎してくれ、農場見学では
果物を栽培する日系人の方と交流し、手作りのケーキもいただきました。長い旅でしたが、皆様の好奇心と食欲が地球の裏側に行かせる源泉と理解で
きました。5年後も皆でブラジルへ行きましょう。
文協の呉屋会長、サンパウロ総領事館の関口首席領事と女性のリーダーが誕生しており、松下新会長の女性としての視点での活躍が期待されます。
谷田さん、最北端アマパの貴重な情報ありがとうございました。
編集】編集委員会:池田光昭、鹿子嶋栄三、加茂周治、竹内康雄、辻信一、南部真知子、西田裕、三井敏明(50音順)