第2回 オープンソースとオープンイノベーション

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第2回 オープンソースとオープンイノベーション
第2回
オープンソースとオープンイノベーション
1、クローズドイノベーションからオープンイノベーションへ
(1)イノベーションのサイクル
オ ー ス ト リ ア の 経 済 学 者 シ ュ ン ペ ー タ ( Joseph Alois
Schumpeter, 1883-1950)によるならば、イノベーションとは
新しい物を生産する、あるいは既存のものを新しい方法で生
産することであり、生産とは物や力を結合することとなる。
本稿で論じるイノベーションは、新しいまたは著しく改善さ
れたプロダクトやプロセス、新しいマーケティング方法、事
業慣行、職場組織、対外関係における新しい組織的方法の導
入実施をいう。
イノベーションの形態は社会環境に加えて競争条件によっても変化する。従
来のクローズドイノベーションが効率的、効果的ではなくなり、オープンイノ
ベーションの有効性を示す環境が整いつつあると考えられるのである。
経営学者の Henry Chesbrough(1956-)1は従
来の自前主義的な経営戦略を「クローズドイノベー
ション」と呼び、新しいものを「オープンイノベー
ション」と名づけた。クローズドイノベーションは、
企業が自分でアイデアを発展させ、マーケティン
グし、サポートし、資金調達しなければならない
ということである。このイノベーションの形態で
は自社内ですべての研究開発活動を行うとする態
度が支配的である。
クローズドイノベーションの特徴として企業は競争環境の中で生き残るため
には、自社における競争力の優位性を確実なものにすることが必要であり、そ
のためには、自らの企業秘密を死守し、独力で新しい事業、新しい製品開発を
実施するのが経営の常道とする、いわゆる自前主義があった。クローズドイノ
ベーションで成功を収めた背景には、企業内での研究開発・製品化の好循環が
ある。具体的には、図2-1のようなサイクルとなる。
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参考文献
Chesbrough,Henry(2003)"OPEN INNOVATION, Harvard Business School"(大前恵一
郎『OPEN INNOVATION』, 産業能率大学,2004 年)
Chesbrough,Henry, Wim VanHaverbeke and Joel West. (2006) "Open Innovation
Researching a New Paradigm ,Oxford University Press" (長尾高弘訳『オープンイノベー
ション―組織を超えたネットワークが成長を加速する』英治出版、2008 年)
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図2-1
クローズドイノベーションのサイクル
Chesbrough によって、クローズドイノベーションのサイクルは、企業内部
で研究開発投資をすることにより、言い換えれば、自社の資源を用いて新技術
を発見することとなる。続いて自社の新技術を用いて新製品を販売する。そこ
で、新製品を販売することで売り上げ、利益が確保され、そこでの収益を原資
として研究開発投資を行うこととなるのである。こうした循環を維持するため
には、新技術に関する知的財産権は厳しく守り、他社には利用させないことが
重要となる。
しかし、競争環境、研究、開発環境の変化により、クローズドイノベーショ
ンの有効性は低下しつつあると考えられる。要因として様々なものが背景に考
えられるが、Chesbrough によると ①労働者の流動性上昇。②従業員の知的
レベルの向上。③ベンチャーキャピタルの存在。④市場競争の激化。以上の四
点が挙げられる。
こうした状況では、新技術が開発されたとき、開発に携わった研究者および
技術者にとって、以前になかった選択肢が出現した。それは図2-2のようなサ
イクルとなる。
図2-2
変化するイノベーションのサイクル
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図2-2によると新たな選択肢出現によって、例えばもし所属する企業での
商品化が困難であるならば、自らがベンチャー企業を立ち上げて商品化するこ
とが可能な環境が整備されていることがわかる。ベンチャー企業の設立ならび
にその存続は困難と思われるが、成功したベンチャー企業の中には、Google、
Apple などの多額の研究開発を行ってきた大企業に匹敵する成果を挙げている
例も存在する。そして、成功した場合で株式公開し、魅力的な価格で大企業か
ら買収を受けることも可能であろう。このように人材やアイデアの流出によっ
てイノベーションの形態は変化を迫られることになるのである。
(2)イノベーションの形態
従来においては、クローズドイノベーションは有効性を示していた。
図2-3に、クローズドイノベーションにおいて、研究開発から新製品がマーケ
ットに出るまでのプロセスを示す。
図2-3は研究プロジェクトが選別過程を経て開発が行われ市場へと至る様子
を表している。ここで重要な点は、研究はあくまで自社領域内で行われている
ことである。イノベーションが自社内に囲い込まれているのでありにおけるビ
ジネスプロセスの囲い込みを想定させる。
図2-3
クローズドイノベーション
しかし、先に議論したイノベーションのサイクルが変化するために、クロー
ズドイノベーションの説得力は全企業には当てはまらないとしても、低下する
ものと考えられる。そこで、クローズドイノベーションにかわり、オープンイ
ノベーションが説得力を持つようになった。
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オープンイノベーションは、Chesbrough(2006)によれば、知識の流入と流
出を自社の目的にかなうように利用して、社内イノベーションを加速するとと
もに、イノベーションの社外活用を促進する市場を拡大することである。
図2-4
オープンイノベーション
図2-4に、オープイノベーションにおいて、研究開発から新製品がマーケッ
トに出るまでのプロセスを示す。図2-4からは、オープンイノベーションで企
業の境界線にゆらぎが生じ、自社以外の研究成果いわば外部資源が結び付くこ
とで付加価値が作り出されていることが理解できる。また、自社内では市場へ
至らなかった研究成果は外部へと公開される。
オープイノベーションは自社資源と外部資源と結び付ける開発スタイルであ
る。オープンソースの開発、活用は、言うまでもなくコミュ二ティを中心とし
た水平的な分業体制で行われている。ここでは、開発参加者の交流、貢献が新
たな付加価値を生み出している。すなわち、Raymond(1998)による「目玉の数
さえ十分あれば、どんなバグも深刻ではない」の言葉通り技術および知識の連
結が生じるのである。いうまでもなくこのことは、「目玉の数さえ十分あれば、
どんなバグも深刻ではない」の言葉通り技術および知識の連結が生じるのであ
る。いうまでもなくこのことは、伽藍とバザール」におけるバザールモデルを
表すものであり、さらには、オープンイノベーションの存在を想起させるので
ある。
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1、オープンイノベーションとオープンソースのビジネスモデル
(1)オープンソースの三段活用
オープンソースのビジネスモデルについてエンドユーザーとして使用、ビジ
ネス活用、開発貢献の観点から考察を行っている。そこで工内(2010)に依拠す
ることでオープンソースにおけるビジネスモデルについて議論しよう2。
図2-5
オープンソース活用のビジネスモデル
図2-5はオープンソースに関連するビジネスモデルを表している。横軸は経
済効果の大きさと表し、縦軸はコストの高低を表している。
第一段階はエンドユーザーとして使用するものである。ここでは、他の商用
ソフトワェアと同じように、単に「使って終わり」というものである。オープ
ンソースはいわゆるオープンな標準であるので、そこでの競争圧力がコスト低
下に寄与すると考えられる。そのため活用コストは小さいが経済効果も同様に
小さい。
第二段階はビジネスの活用を目指すものである。ビジネスモデルとしては例
えば、アプリケーションソフトワェア販売、ザポート、システム構築が考えら
れる。オープンソースはソースコードが公開されているため、それを活用する
ことで必要な機能を拡張することが可能である。ライセンス面でも他の商用ソ
フトワェアと比較として、知的所有権の制約小さい。いわばオープンソースの
制約の緩さを利用することとなる。ここでは、ビジネスを目的としたものであ
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工内隆(2010)
「よしっ、Linux で行こう!」VOL2 Linux 3 段活用説
http://www.jp.linux.com/whats-new/column/kunai/325519-kunai0916 参照
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るので、第一段階と比較して経済効果は大きいが、そのための人員、設備が必
要となるためコストは上昇することになる。
第三段階は開発参加であり、最も大きな経済効果と生み出すことになる。具
体的には、バグ修正やパッチ提供をはじめとしたオープンソース開発への関与、
コミュ二ティへの人的・財政的支援を通じてコミュ二ティと課題共有すること
である。このことにより「集合知」が形成されて機能拡張、安定性上昇が期待
され得る長期的見て、この成果はユーザへと還元される。
(2)オープンソースにおける開発貢献の構造
先に議論したオープンソース三段活用では、開発貢献が最も大きな効果を生
み出すことになる。したがって開発貢献へと焦点を当てることで、そのイノベ
ーション構造の背景について考察しよう。
図2-6 イノベーション形態の比較
図2-6において左方の図にグローズドイノベーション下のコスト構造が示さ
れている。
グローズドイノベーションでの開発から製品化の流れは先に論じたように、
自己完結的な性格を持っている。一般的に相応の付加価値を生み出すためには、
相応の技術革新並びに開発コストを費やすことが必要となる。図2-6における
左方の図から理解できるように、企業は技術革新で付加価値を出すために、開
発コストは自社がすべて負担しているため、多大な付加価値を生み出すために
は、多大な開発コストが必要になると考えられる。
図2-6の右方には、オープンイノベーションのコスト構造が示されている。
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オープンイノベーションは、すでに議論したように自社技術だけでなく、他
社が持つ技術やアイデアを組み合わせて革新的な商品やビジネスモデルを生み
出すことである。すなわち先に議論したように、「連結の経済性」の発現によ
る相乗効果が見込まれると考えられるのである。
図2-6における右の図で特徴的であるのは、開発活動が他社と平行して行わ
れていることである。いわば、開発コストが各社により分担されていることで
ある。したがって、左の図で示されたクローズドイノベーションと同等の技術
革新を期待する場合、コストと比較して相対的に大きな技術革新成果が生じる
というレバレッジ効果発生が考えられるのである。
これはソフトウェアをはじめとした情報財の持つ消費の非排除性と非競合性
が存在しており、さらには、GPL をはじめとしたライセンス形態がそれを補完
している。(ライセンスについては第3回で講義)
(3)開発貢献における収益とコストの関係
さらに開発貢献へと参加する企業の指針あるいは目的について
Chesbrough(2006)に依拠し開発コストの観点から考えてみよう。
図2-7
開発コスト構造
図2-7は企業のソフトウェア開発の構造を示したものである。いうまでもな
く企業は自社の製品の独自性ならびに競争優位を確立させることで競争してい
る。顧客は通常競争優位性すなわち付加価値へと対価を支払っており、これは
図中の収益へと至る。例えば、競争優位の源泉としては独自アプリケーション、
それに特有なソリューションあるいは特定のハードウェア があげられる。
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ここでクローズドイノベーションを仮定したものが、図2-7における左の図
である。ここでは自社の収益と開発コストとの関係が示されている。ここで重
要なのは収益を生み出すための開発コストすべてが自社で賄われている点であ
る。
しかし、技術革新あるいは新興国の台頭でハードワェアの価格が低下し、ク
ライアントサーバシステムやネットワーク系システムの普及などにより、企業
は市場で競争が激しくになる。こうした競争圧力の影響を表したのが図 10 にお
ける中央の図である。すなわち競争圧力により収益が低下していることが見て
取れる。さらに競争激化により収益確保にはさらなる開発コストが必要である
ことも中央の図は示している。
ここでオープンソース活用について考えてみよう。オープンソース活用につ
いては図2-7においては右の図で示されることになる。これはまずオープンソ
ースはいわゆるオープンな標準であるので、ここで競争原理が作用し開発コス
ト削減が期待できる。これは図中の①の効果で示されている。ここで削減され
たコストのすべてあるいはその一部を開発貢献に回した場合、これは図中の②
で示される。これは連結による開発コストのシェアならびにレバレッジ効果に
よるさらなる収益拡大が見込まれることと考えられる。この効果は図中の③で
示される。
そのために同じ開発コストで付加価値は低下することになる。そこで、企業
は外部技術を利用し、連結のレバレッジ効果をしている。すなわち、開発コス
トはシェアされていることで社内開発コストを減らし、それをシェアされる開
発コストへと振り向けることで付加価値を上昇させる形で付加価値、生産性を
高めている可能性を示唆している。
(4)オープンソースのビジネス戦略
経営戦略の方向性には「囲い込み型経営」と「オープン型経営」がある。こ
れをイノベーションに当てはめると、「自前主義的」なものとオープンイノベ
ーションの二つに分類できる。前者から後者への移行は様々な要因が背景にあ
るが、情報化の進展もその一つと考えられる。業務内部化と比較して外部資源
の活用が相対的に有利になると考えられるのである。オープンイノベーション
は自社資源と外部資源とを結びつける開発スタイルである。オープンソースは
Raymond の「伽藍とバザール」でバザールモデルとして位置づけられているよ
うに、オープンイノベーションの一つとして考えられる。オープンソースの活
用には「使って終わり」のレベルから、最も大きな経済効果と生み出すことを
図って、ここから外部のオープンソース開発の成果を取り入れ自身の競争力向
上に繋げようとする意図がうかがえる。
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