185 収益型担保としての集合物譲渡担保 「物」の概念から再構成して― ― 内津みずほ 髙野 美弥 村井 惠悟 (片山研究会 3 年) Ⅰ はじめに Ⅱ ABL 1 ABL とは 2 米国における ABL 3 今後の ABL の展望 4 小 括 Ⅲ 判例法理の再検討 1 集合物譲渡担保の出発点 2 集合物譲渡担保権者及び設定者の権能 3 ABL の普及に対して 4 小 括 Ⅳ パラダイム転換の許容性と「物」 1 分析論と集合物論 2 集合物から無体物へ 3 小 括 Ⅴ 結びに代えて 186 法律学研究51号(2014) Ⅰ はじめに 物権法定主義(175条) の下、民法典に厳格な規定を置く典型担保に対し、そ の例外として、現実の必要性に応じて理論構成された非典型担保においては、一 定の異なる解釈を許容し得る。もっとも、担保法全体について、目的物の交換価 値を把握する価値権として従来観念されてきた担保物権に関して、学説上、新た な捉え方をする見解が有力に主張されている。かかる見解は、「生かす担保」1)の 2) 観点から、あるいは担保権が収益権能を有すると再構成する「収益の担保化」 の観点から、担保法全体の「パラダイム転換」を起こそうとするものである。そ して、実際に集合物譲渡担保という収益に着目した担保形態の普及に伴い、従来 の担保像と離れた判例法理が集積されつつある。 本 稿 で は、 ⑴ 集 合 動 産 譲 渡 担 保 を 実 務 の 面 か ら 捉 え た ABL(Asset Based Lending)の現状と理論的構成を分析した上で、⑵日本の裁判所は集合動産譲渡 担保、ひいては ABL の普及に対しいかなる態度を示してきたか検討する。そして、 以上を踏まえ、⑶上記議論をその客体の面から捉えて、前述の担保像の転換が担 保法全体に波及しうるかを考察する。 Ⅱ ABL 集合動産譲渡担保を実務の面から捉えたものに、集合動産・集合債権担保融資 すなわち ABL がある。ABL とはその名の通り、企業が保有する在庫や売掛債権 を担保として融資を受ける手法のことであり、近年注目を集めている新しい制度 である。これまで我が国においては、金融機関の融資は長い間不動産担保に過度 に依存してきた。しかし、バブル崩壊や長期デフレの中で、不動産の価値は非常 に不安定なものとなり、担保不動産の担保力不足や担保割れを生じさせる事態と なった。こうした状況の中で、不動産担保に代わる担保として注目されているの が、動産や売掛債権を目的物とした資金調達、すなわち ABL である。不動産に 代わって動産を融資の担保物とする意義は、不安定な不動産担保に代わるだけで なく、今まで活用されていなかった財産を担保とすることで融資の幅を大きく広 げることにあり、ABL は、従来は目立った不動産を所有しないがために融資を 受けることができなかった中小企業にとって融資拡大の道を拓くものである。経 187 済産業省をはじめとし、我が国では近年 ABL の普及に注力しており、徐々に ABL の利用は増加しつつある3)。本章では、ABL の概要と現状を解説し、英米法 との比較を交えつつ我が国での現行の ABL を再評価した後、本稿のテーマであ 4) る「担保法のパラダイム転換」 と ABL の結びつきを明らかにする。 1 ABL とは ABL とは、企業が有する在庫や売掛債権、機械設備等の事業収益資産を担保 とする融資手法のことであり、担保にとられた資産でも、通常の企業活動の範囲 では企業側が自由に生産活動に利用できる5)ため、企業の事業継続・発展を大き く支援することのできる制度である。不動産担保や保証人への過度な依存が問題 となってきた昨今の融資において、ABL はそこからの脱却を促す制度であると 言える。ABL は集合動産譲渡担保を実務の面から捉えたものであると前述したが、 正確には集合動産だけではなく集合債権も担保の対象となる。 我が国においてこの ABL が注目されるようになったのは2000年代になってか らのことであり、2005年から実際の取引実績が出始めたところであって6)、まだ まだ未発達な制度である。ABL が注目されるようになった背景には、本章冒頭 で述べたように、不安定な不動産担保からの脱却を図るという目的がある。旧来 型の不動産や個人保証に頼った融資手法は、マクロ経済の持続的な高成長という 前提を元に機能しているものであり、これが崩れると機能しなくなるという根本 的な問題を抱えていた。これによって、90年代のバブル崩壊後、金融機関の資金 供給機能の低下、景気低迷の長期化がおこり、90年代後半には貸し渋りによる企 業倒産の増加をもたらしたのである7)。こうした流れを受けて、旧来型の融資方 法からの脱却の声が高まった。ABL は事業収益資産を評価・管理し、その大き さによって与信枠を設定するため、景気変動によって左右する金融機関の融資ス タンスや不動産価値変動の影響を受けにくい。 ABL は集合動産譲渡担保と集合債権譲渡担保をすべて一体として、企業の事 業収益資産としてフローの観点から把握し、担保とするものである。このような 収益回収・管理型担保は交換価値を担保の基本としてきた従来の制度からの転換 を示す。これが、いわゆる「担保法のパラダイム転換」8)である。従来の担保は、 目的物の換価の時点の交換価値に着目していたが、収益としてのキャッシュフ ローに着目して、投資がなされるようになったのである。 この転換によって、担保法学における「良い担保」と「悪い担保」の判断基準 188 法律学研究51号(2014) についてのパラダイム転換も生じる、とする見解がある9)。これまでの担保は、 債務者がデフォルトに陥ったときのための債権回収の手段であり、「債権者のた めの担保」の側面が強かった。そして、より多くの債権を回収できる担保が「強 い担保」であり、価値評価方法が明確で安定し、換価処分が確実なものが「良い 担保」とされてきた。これに対して ABL は、融資を受けている企業の存続が図 れれば担保対象は次々と創出されるため、融資者側に想定外のリスクをもたらさ なければ、企業の存続を図るだけでよく、デフォルトに陥った際の債権回収とい う概念の必要性は従来よりも遥かに薄くなる。このような考えに基づけば、ABL はいわば「債務者のための担保」であり、債務者の企業活動を存続・繁栄させる ような担保が「良い担保」となる。総括して言えば、従来の担保はデフォルトに 陥った際の回収の面からして、債務者の経済を「終わらせる」担保であったのに 対し、ABL は債務者の事業を継続させる「生かす担保」である。この理論は現 在 ABL を語るにあたり多く用いられている発想であり、ABL ひいては担保概念 全体の今後に関わる重要な考えであると言える。 従来の担保法が見直されることで、先に述べた不動産担保の不安定性の解消や 融資幅拡大だけではなく、非典型担保の論点であった、形式的な所有権者の地位 を強調した際、過剰担保物をすべて担保権者に持っていかれてしまう、いわゆる 「担保権者の丸取り」の問題にも対応し得る。債務者がデフォルトに陥ることを 前提とするのではなく、事業継続を念頭に置いた担保を行うことで、丸取りの議 論以前の問題にもっていくことができる10)。 生かす担保としての ABL の実践に伴って、交換ツールとしての側面も注目さ れている11)。ABL は融資の際の動産評価、融資中のモニタリング等、銀行と被 融資者の関係が従来よりも密接になるものであり、リレーションシップバンキン グの側面が強い。その中で、「担保の機能の核心はコミュニケーションの媒体で あるところにある」というように、担保を債権者からの事業状況の報告手段、債 権者側からの貸出に関する再交渉の手段と捉えることができる。 ABL の活用は、従来の担保論からの転換を示すものであり、これからの社会 にとって非常に重要な役割を果たすものと言える。 2 米国における ABL 第 1 節では ABL の概論について述べたが、ここで米国における ABL について 検討していく。米国においては日本よりも遥かに前から動産譲渡担保の制度が普 189 及している。そこで、米国型 ABL との比較を交えて日本の ABL を再検討する。 そもそも、ABL のもととなっているのは古くから英国にある浮動担保(floating charge)の制度である 。これは銀行が全ての事業用資産を担保にとり、融資先 12) 企業が債務不履行に陥ると、担保物が確定し銀行が収益管理人を選任、結晶化し た担保物の占有を取得して換価処分し、担保債権の弁済に充当するというもので ある。米国では1962年に作られた統一商法典(UCC)によって、この浮動担保制 度が活用されている。これが米国型 ABL である。 米国において ABL の融資残高は2004年の時点で3621億ドルであり、全米の事 業向け融資の19%以上を占めている。仮に日本で今後米国と同等の水準まで普及 すれば、その潜在的市場規模はおよそ78兆円と推定される13)。日本の ABL が米 国レベルまで普及すれば、その経済効果は多大なものとなることは間違いないだ ろう。 米国型 ABL と日本が目指す ABL には大きな相違点がある。たとえば、「伝統 的な融資は与信先企業の貸借対照表や損益計算書やキャッシュフロー計算書に表 現される企業の財務内容や収益性やキャッシュフローによって決められる信用力 や返済能力に応じて、その可否が判断されて実行されるものであって、担保物の 価値に依存した融資ではない。ところが ABL は、同じく浮動担保権の設定を受 ける時点で外形は全く変わらないが、収益性やキャッシュフローに着目するので はなく、担保物の価値そのものに依存する点で全く異なる。担保物の価値も清算 価値である事が望ましい。」との指摘がある14)。米国ではそもそも、清算専門業 者とよばれる業者が存在し、店舗閉店の際の閉店セール等を請け負っており、そ うした在庫処分の売却ノウハウが出発点となって、ABL に活用されてきた。し かし、先に述べたように、我が国が目指している ABL は、清算価値の把握に特 化するものではなく、あくまで企業を生かすことに目を向け、事業収益資産を総 合的に判断するものである15)。もちろん、ABL の普及に向けて、資産の価値把 握は大きな課題である。普及率が伸び悩んでいる理由の一つは、資産評価の方法 が確立されていないことであろう。だが、米国型のようにその清算価値に特化し た評価を行う必要はなく、企業を生かすための価値把握であることを念頭におい た上で制度を整えていくことが求められる。 3 今後の ABL の展望 ここまで、 「生かす担保」としての ABL の有用性について述べてきた。では、 190 法律学研究51号(2014) 実際にどのようにすれば「生かす担保」として ABL を活用することができるの だろうか。本節では ①実務的側面として、金融機関が ABL を実施する上で、 当然必要不可欠である評価・管理・処分体制の整備について、及び②で理論的側 面として、債務者を「生かす」ためには、不要とも思える、「固定化」概念につ いて検討する。 ( 1 ) 評価・管理・処分体制の整備 ABL を実施する上で、動産・債権譲渡担保の評価、管理(モニタリング)、処 分の方法の確立が不可欠である。この 3 つの体制を整えて、「担保物の担保適性 を見極め(評価)、その価値を維持すべく逐次確認し(管理)、必要に応じて換価 処分を行う(処分)」という一連の流れが初めて可能になる。 「評価を行なう事に より担保物の特性および換価処分のための二次マーケットや売買ルートの情報が 入手され、その情報をもとに担保取得後のモニタリングの体制を整え、そして万 が一のときの換価処分や回収の対策を講ずる事が可能になる」16)と言われている ように、この一連の作業は、個々の目的のために実施するのではなく、金融機関 が一貫した作業フローを構築することで、初めて担保としての有効性が高まるの である。 2007年から 4 年間実施された調査17)によると、金融機関が ABL を実施する意 向がない理由、業務プロセスの課題それぞれにおいて、「行内の体制・ノウハウ」 が確立されていない」という回答が毎年上位を占めている。金融機関にとって、 ABL の積極的活用に踏み切れない理由は、行内体制が整わないことにある。ABL の開始に伴って、2005年の動産譲渡登記制度、2007年の金融庁金融検査マニュア ルの改定、中小企業信用保険法、そして2011年の日本銀行の低利融資枠拡大等の 制度が作られる18) とともに、経済産業省も多くの提言をしており19)、国内では ABL 普及に向けた体制が徐々に整えられてきていると言える。その中で ABL が いまだに爆発的普及には至らないのは、実際に融資を行う金融機関の体制が整っ ていないことが大きな原因であろう。各金融機関の体制の確立、もしくは外部委 託環境の整備を行っていくことで、ABL 普及への道は大きく開かれる。これは 今後の ABL のための大きな課題である。 ( 2 ) 担保物の固定化 ABL の活用に関する理論的問題として、「固定化」の問題がある。本稿のテー 191 マは集合動産譲渡担保であり、本章の主題である ABL は集合動産譲渡担保の実 務的側面から派生した話と捉えている。ABL は集合動産譲渡担保・集合債権譲 渡担保の双方をまとめたものであるが、集合債権担保については固定化の議論を する必要はないため、ここでは集合動産担保についての固定化議論を展開してい く。従来、「譲渡担保の目的物は集合物そのものであり、個々の動産は譲渡担保 の直接の目的物ではない」という、いわゆる集合物論を前提とし、担保権の実行 の際には目的物を集合物から個別動産へと「固定化」させるという理論が採用さ れてきた。かかる固定化の意義の 1 つは、設定者の処分権を奪うことにある。 また、これに対し、前掲平成18年判決が、集合物そのものが目的物であると同 時に、その構成要素もまた目的物であると捉えて『二重帰属性』を肯定している ことからすれば、固定化理論を採用することは、理論的に認めがたいとの批判も ある20)。もっとも、この点について、金融機関の担保権実行の面から考えれば、 二重帰属性を肯定しつつも、いずれかの時点で固定化を行うことが必要である。 実行にあたっては固定化の時期が重要になってくるが、この点については、前掲 平成18年判決の「通常の営業の範囲」の解釈と関連して、第Ⅲ章で取り上げるこ ととする。 固定化議論については、未だ多くの学者の間で意見の対立があり、明確な結論 には至っていない。ABL の普及のために、引き続き更なる議論が重ねられ、理 論的整合性が図られていく必要がある。 4 小 括 以上より、「生かす担保」としての ABL の普及にはいまだ多くの問題がある。 ABL が普及するためには、評価・管理・処分体制という実務的側面からの問題と、 固定化概念に代表されるような利用に伴う理論的側面からの問題という、両側面 から問題を把握し、それが 1 つずつ解消されていくことが必要である。2005年に 実用の始まった ABL は、 8 年目を迎えた今も、満足に普及していない。これま で述べてきたように、ABL の潜在的市場規模は多大なものであり、今後の日本 経済の発展に大きく貢献することが期待される。とりわけ、2011年 3 月の東日本 大震災を受けて、震災復興の真っただ中にある現在の日本において、震災によっ て多大な損害を受け、資産が毀損し、不動産担保等を利用した従来の融資を受け ることが難しい中小企業再建手段として注目されている。今後、ABL が金融イ ンフラの 1 つとして確立され、融資手段のスタンダードとなることに大いに期待 192 法律学研究51号(2014) したい。 Ⅲ 判例法理の再検討 第Ⅱ章では、ABL の有用性及び課題を中心に見てきたが、その ABL の普及に 対し日本の裁判所はいかなる態度を示してきたか。また、本稿の冒頭で述べた担 保権の収益権能について、現在の判例法理の中から見出すことは可能か。 従来、譲渡担保一般の法的構成については大きく議論が展開されてきたところ ではあるが、仮に所有権的構成に立つ場合でも、それは、担保権を目的物の交換 価値を把握する価値権として観念し、その処分権能を議論の根底に置いていたも のであることは言うまでもない。もっとも、集合物譲渡担保については、典型的 21) な譲渡担保とは異なり『収益の担保化』 の考え方が念頭にあり、かかる担保権 は純粋に処分権能のみを有するものではないと言える。 本章では、近時注目される集合物譲渡担保に関する 2 つの最高裁判例(最一判 平成18・ 7 ・20民集60巻 6 号2499頁、最一判平成22・12・ 2 民集64巻 8 号1990頁)を中 心に、集合物譲渡担保に関する従来の最高裁判例の要点を概説し、判例法理の中 で担保権の権能についていかなる理解がなされてきたか、また収益権として担保 権を再構成する観点から両最高裁判例の ABL の実務に対する影響を考察する。 1 集合物譲渡担保の出発点 集合物譲渡担保については、まず、一物一権主義との関係で、流動性のある目 的物について譲渡担保権を設定できるのか、またその対抗要件はどのように具備 されるのか、について議論が展開された。前者については最一判昭和54・ 2 ・15 民集33巻 1 号51頁、後者については最三判昭和62・11・10民集41巻 8 号1559頁の 判示するところではあるが、本章では要点を概説するにとどめ、詳しくは「物」 の概念の捉え方に関連して本稿第Ⅳ章において取り上げることとする。 まず、流動性のある目的物について譲渡担保権を設定できるのかについては、 前掲昭和54年判決は「構成部分の変動する集合動産についても、その種類、所在 場所及び量的範囲を指定するなどなんらかの方法で目的物の範囲が特定される場 合には、一個の集合物として譲渡担保の目的物となりうるもの」と判示し、契約 の客観的有効要件の確定性の問題として、目的物の特定性を要件にこれを肯定し た。 193 また、その対抗要件はどうのように具備されるのかについては、前掲昭和62年 判決は「債権者と債務者との間に、右のような集合物を目的とする譲渡担保権設 定契約が締結され、債務者がその構成部分である動産の占有を取得したときは債 権者が占有改定の方法によつてその占有権を取得する旨の合意に基づき、債務者 が右集合物の構成部分として現に存在する動産の占有を取得した場合には、債権 者は、当該集合物を目的とする譲渡担保権につき対抗要件を具備するに至つたも のということができ、この対抗要件具備の効力は、その後構成部分が変動したと しても、集合物としての同一性が損なわれない限り、新たにその構成部分となつ た動産を包含する集合物について及ぶもの」と判示して、設定時における占有改 定により、新たにその構成部分となった動産についても対抗要件を具備すること ができるものとした。 この時期の我が国においては、「収益の担保化」の観点の下に集合物譲渡担保 を用いるという視点が浸透しておらず、両判決でも、集合物譲渡担保権者及び設 定者の具体的な権能について問題にされていない。もっとも、集合物譲渡担保が 一物一権主義との関係でも理論的に許容し得るとされた点で、集合物譲渡担保と いう担保形態の出発点となったといえる。 2 集合物譲渡担保権者及び設定者の権能 近時、集合物譲渡担保権者及び設定者の権能に関わる 2 つの最高裁判例(前掲 平成18年判決、同平成22年判決)が登場した。 ( 1 ) 平成18年判決の検討 本判決は、集合物譲渡担保の目的物につき、譲渡担保権設定者による処分の効 力が争われた事案において、「構成部分の変動する集合動産を目的とする譲渡担 保においては,集合物の内容が譲渡担保設定者の営業活動を通じて当然に変動す ることが予定されているのであるから,譲渡担保設定者には,その通常の営業の 範囲内で,譲渡担保の目的を構成する動産を処分する権限が付与されており,こ の権限内でされた処分の相手方は,当該動産について,譲渡担保の拘束を受ける ことなく確定的に所有権を取得することができると解するのが相当」と判示した。 集合物譲渡担保権設定者が「通常の営業の範囲内」において、担保目的物を構 成する動産につき処分権能を有することは、学説上も異論がないところであり、 本判決もこれに従ったものといえる。 194 法律学研究51号(2014) そもそも、設定者に「通常の営業の範囲内」において処分権能を与える趣旨は、 設定者の営業活動を通じて集合物を構成する動産を変動させ、もって担保目的物 たる集合物の担保価値を維持することにある。そうだとすれば、集合物譲渡担保 権者が把握する価値は、「設定者の営業活動を通じて維持された」集合物を構成 する動産の交換価値といえる。したがって、設定者に処分権能を与えることは、 すなわち集合物譲渡担保権者は単純な目的物の換価時点での交換価値を把握する ものではないと捉えることを意味する。 「収益の担保化」の観点からは、同判決が、設定者に与えられた処分権能の範 囲につき、「通常の営業の範囲内」という事案に即して解釈し得る抽象的な文言 を述べるにとどめた点に、意義を見出すことができる。そもそも、現実には多種 多様な業種・規模の営業形態が存在する以上、「通常の」営業の範囲内か否かは、 絶対的に定まるものではなく、譲渡担保権設定契約の内容や設定者の営業形態に 着目して相対的に決せられるものである。そして、設定者に処分権能を与えた趣 旨が前述の点にあるとすれば、「通常の営業の範囲内」の解釈についても当然か かる趣旨を全うする方向で柔軟に解釈すべきである。例えば、本判決の事案では 「通常の営業の範囲内」の設定者の処分権能について専ら一時点における量的範 囲を念頭に議論がなされている。もっとも、仮に時間的範囲についても同時に問 題になる場面を検討する場合には、目的物の担保価値維持に資する限りにおいて 「通常の営業」を継続させる方向で解釈することが望ましい22)。そして、かかる 場面では、設定者の処分権能の時間的範囲の拡大に伴ってその量的範囲も変動し 得る。確かに、担保権を目的物の交換価値を把握する価値権として観念する従来 の考え方からすれば、債務者(設定者)が債務不履行に陥った段階で設定者の目 的物の処分権能を喪失させ、担保権者はその時点で担保権を実行すれば足りる。 もっとも、設定者に営業を継続させて目的物の価値を回復できる場合には、担保 権者としては、即時に設定者の処分権能を喪失させることは望んでおらず、むし ろ設定者の処分権能を拡大して一種の投げ売り等を許し、あるいは処分権能を縮 小して慎重な経営を行わせるなどして、設定者に目的物の価値を回復させる機会 を与えることを望む場合があるといえる。そうだとすれば、かかる処分権能の量 的範囲の変動は、譲渡担保権設定契約当時の両当事者の合理的な意思として、当 然に予定されているものと解する。なお、かかる見解に立つと、固定化の時期は、 債務不履行の時点ではなく、「通常の営業」の廃止の時点であると解する23)。 このように、本判決は「通常の営業の範囲内で」与えられた設定者の処分権能 195 について、その時間的範囲及び量的範囲を設定者の営業状態と相対的に捉える余 地がある。そして、かかる設定者の個々の動産についての処分権能の変動が、譲 渡担保権設定契約当時の両当事者の合理的意思として予定されていることは、設 定者の集合物全体についての収益権能に対して担保権者の関与が認められること を意味する。この点で、「収益の担保化」の観点から、本判決に意義を見出せる。 後述の平成22年判決において「通常の営業の継続」を問題にしているのも、かか る趣旨と解する。 ( 2 ) 平成22年判決の検討 本判決は、集合物譲渡担保権者が譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として、 担保目的物の滅失により譲渡担保権設定者が取得した共済金請求権の差押えを申 し立てた事案において、「構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡 担保権は,譲渡担保権者において譲渡担保の目的である集合動産を構成するに 至った動産(以下「目的動産」という。)の価値を担保として把握するものである から,その効力は,目的動産が滅失した場合にその損害をてん補するために譲渡 担保権設定者に対して支払われる損害保険金に係る請求権に及ぶと解するのが相 当である。もっとも,構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保 契約は,譲渡担保権設定者が目的動産を販売して営業を継続することを前提とす るものであるから,譲渡担保権設定者が通常の営業を継続している場合には,目 的動産の滅失により上記請求権が発生したとしても,これに対して直ちに物上代 位権を行使することができる旨が合意されているなどの特段の事情がない限り, 譲渡担保権者が当該請求権に対して物上代位権を行使することは許されない」と 判示した。 従来、集合物譲渡担保権に基づく物上代位権の行使の可否は議論の分かれると ころであったが、本判決は、その行使時期に関しては明確ではないものの、304 条の「差押え」に加えて「通常の営業の廃止」をその行使要件として、一般的に これを肯定したものといえる24)。 もっとも、物上代位は、債務者が債務不履行に陥った段階での債権回収の問題 にすぎないところ、収益権として担保権を再構成する観点からの本判決の意義は ないとも思える。 ただし、傍論ではあるが、本判決は「特段の事情」があれば「通常の営業」の 廃止以前にも物上代位権を行使できるものと判示した。本判決は、 「特段の事情」 196 法律学研究51号(2014) について「目的動産の滅失により……直ちに物上代位権を行使することができる 旨」の「合意」を例に挙げる25)が、かかる「特段の事情」として許容される事 情の限界付けは、担保権者が債務者の債務不履行に陥る前に「目的である集合動 産を構成するに至った動産の価値」をどこまで「担保として把握」できるか、す なわち、収益権として担保権を再構成できるか否かを意味する。「特段の事情」 という例外を許容する点で、本判決は、担保権が収益権能の側面を有することを 容認するものといえる。この点について、本判決類似の事案において今後いかに 判例法理が確立されるか期待したい。 なお、物上代位の行使時期については本判決では明確にされていないが、滅失 した動産が担保目的物の構成部分の一部にすぎない場合を考慮すべき点、設定者 に処分権能を与えた趣旨が営業活動を通じて目的物の担保価値を維持させること にある点からは、物上代位の行使時期は、債務不履行の時点や設定者による動産 の補充の有無ではなく、原則として総合的に「通常の営業の継続」の有無を基準 に判断すべきであると解する26)。 3 ABL の普及に対して 第 2 節では、平成18年判決、22年判決について収益権として担保権を再構成す る観点から検討してきたが、本節では、「生かす担保」と後順位譲渡担保権者の 保護との調和の観点から、両判決が ABL の実務に対する影響を検討する。 そもそも、 「生かす担保」の観点からは、原則として、設定者が個々の動産に つき有する処分権能について、単独の譲渡担保権者が干渉することが望ましい。 前掲平成18年判決が「重複して譲渡担保を設定すること自体は許される」としつ つ、 「劣後する譲渡担保に独自の私的実行の権限を認めた場合,配当の手続が整 備されている民事執行法上の執行手続が行われる場合と異なり,先行する譲渡担 保権者には優先権を行使する機会が与えられず,その譲渡担保は有名無実のもの となりかねない。このような結果を招来する後順位譲渡担保権者による私的実行 を認めることはできない」と判示しているのもかかる趣旨と解する。 もっとも、かかる判決の下では、私的実行が許されず債権回収手段に乏しい後 順位譲渡担保権を設定する意義は小さく、担保目的物の残余価値を十分に活用で きない。そして、単独の譲渡担保権者が譲渡担保権を設定して「丸取り」するこ とを事実上許容することとなり、「生かす担保」を強調しすぎた不当な担保制度 の構築を許すことになるとも思える。 197 ただし、前掲平成22年判決により、後順位譲渡担保権者による物上代位権の行 使、具体的には、設定者の先順位譲渡担保権者に対する清算金請求権についての 物上代位権の行使が認められるとすれば、後順位譲渡担保権設定の意義は大きく なる。このように、後順位譲渡担保権者の保護が厚くなれば、譲渡担保権を重複 設定することで目的物たる集合物の担保価値を十分に活用できることとなる。こ の点で、両判決は単独の譲渡担保権者の干渉に対する歯止めとして、次なる ABL の普及にインセンティブを与えるものと評価できる27)。 4 小 括 以上より、判例法理においては未だ、従来から観念されてきた目的物の交換価 値を把握する価値権としての担保権像を明示的に覆すものは登場していない。そ して、典型担保についてはその内容について民法上の規定が存在する以上、物権 法定主義(175条)から、収益権として再構成することは許容し難い。もっとも、 集合物譲渡担保については、そもそも設定者の営業活動を通じて集合物を構成す る動産を変動させるものとして機能することを前提として、集合物譲渡担保権者 が設定者の収益に関与する余地がある。そして、収益に着目した ABL という担 保形態の普及が進めば、判例法理においても、少なくとも集合物譲渡担保のよう な非典型担保権が収益権として承認される可能性は高い。前掲平成18年判決、22 年判決を中心に裁判所も ABL の普及に肯定的であるとも言える現状において、 両判決に続き、判例法理が集積されることを期待したい。 Ⅳ パラダイム転換の許容性と「物」 ここまで、ABL の普及及び判例法理による承認といった具体的な議論に重点 を置いてきたが、本章では、議論を具体から抽象へと昇華し、本稿冒頭で述べた 「担保法のパラダイム転換」(権利の内容に着目した議論)を、権利の客体の面から 再構成して、「物」の概念を再検討する28)。 従来、譲渡担保の法的構成について、一物一権主義との関係で、分析論をとる べきか、あるいは集合物論をとるべきか、大きく議論が展開されてきた。もっと も、担保権者の把握する価値が純粋な目的物の交換価値でないとも考えられる集 合物譲渡担保においては、かかる議論自体不要ではないか。前掲平成18年判決で は、集合物が「譲渡担保の目的物」であるとしながらもそれを構成する個別動産 198 法律学研究51号(2014) も「譲渡担保の目的物」であるとし、二重帰属性を肯定している29)。かかる判例 の立場に立つならば、そもそも「物」を有体物と捉える硬直的な物の概念自体が 実際的でない30)。 そこで、本章では、分析論及び集合物論に対する批判に触れながら、裁判所は 集合物譲渡担保に関して物の概念をいかに捉えてきたか、ABL の普及に伴う今 後の展望を含めて、考察する。 1 分析論と集合物論 まず、そもそも分析論とは、集合物を構成する個々の動産に分解し、それぞれ の動産に応じた複数の譲渡担保を設定し、それが一括して効力を生ずる、という 法的構成のことをいう。そしてこれら個々の動産が、これら財産群の構成部分に なることを停止条件として譲渡担保の目的物となり、財産群の構成部分でなくな ることを解除条件として譲渡担保の目的物でなくなると説明される。分析論は、 従来の民法理論に依拠して解釈論的に構成された理論であると言われている。 かかる分析論に対しては、「著しく技巧的であり、かつ、当事者の意思に必ず しも合致するものではない」点、また「個々の搬入物に対する譲渡担保の設定時 31) 期が後れることになり、譲渡担保権者が著しく不利益な立場になりかねない」 点から批判がなされる。 そもそも、流動的な動産を目的物とする集合物譲渡担保において、従来の民法 理論に依拠した構成を完遂しきれるのかどうか疑問である。そうすると、個々の 動産に対する物的支配という構成ではなく、分析論から離れて、集合動産譲渡担 保の法的構成を考えておく必要性がある。判例が分析論を採用していないことも、 かかる趣旨と解する。 そこで、登場したのが集合物論である。集合物論とは、単一性の例外として、 流動動産を一個の集合物と捉え、一個の集合物それ自体の上に譲渡担保が成立す る理論をいう。そして、かかる集合物論内においても 2 つの対立がある。 1 つは、 集合動産譲渡担保権の価値把握の対象は集合物に尽き、構成個別物上には譲渡担 保権は存在しないとする説(集合物論A)。もう 1 つは集合物譲渡担保権は集合物 も構成個別物をも物権の対象として優先的に価値把握する説である(集合物論 B) 。後者の集合物論 B は判例法理で承認され、以下がその代表的な 2 つの判 32) 例である。 199 (1) まず、最一判昭和54・ 2 ・15民集33巻 1 号51頁の事案は、上告会社は被 上告会社に対し、本件乾燥ネギフレーク28トンの所有権を取得したところ、被上 告会社が無断でその残部を第三者に引き渡したと主張し、不法行為又は寄託契約 上の債務不履行に基づく損害賠償請求をしたものである。一審、二審とも譲渡担 保契約時においては、単に訴外会社所有の乾燥ネギフレーク28トンを譲渡担保と して提供することを約したにとどまり、いまだその目的物の特定は遂げられてい なかったと判断し、上告会社の請求を棄却した33)。しかし最高裁は、「構成部分 の変動する集合動産についても、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するな どなんらかの方法で目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物として譲 渡担保の目的となりうるものと解するのが相当である」と判示して、集合物論を 初めて採用した34)。なお、実際の事案においては、集合物としての特定の要請を 満たさないとして、集合物譲渡担保の効力が否定された。 (2) 次に、最三判昭和62・11・10民集41巻 8 号1559頁の事案は、甲に対し鋼 材を売却したYが、売買代金の回収を図るため、動産売買先取特権に基づいて、 甲の倉庫に搬入済みの鋼材につき、旧競売法 3 条による動産競売の申立をしたと ころ、Xが「右倉庫内及び同敷地・ヤード内にある棒鋼等一切の在庫商品」につ いては、既に甲との間でいわゆる流動集合動産譲渡担保設定契約を締結しており、 譲渡担保の目的である集合物自体につき占有改定が行われていることにより、そ の構成部分である本件鋼材についても、対抗要件具備の効力が及び、かつ引渡し を受けていることになるとして、競売手続きの不許を求める第三者意義の訴えを 提起した、というものである。第一審、二審とも請求を容認したのでYが上告35)。 そこで最高裁は「債権者と債務者との間に、右のような集合物を目的とする譲渡 担保権設定契約が締結され、債務者がその構成部分である動産の占有を取得した ときは債権者が占有改定の方法によつてその占有権を取得する旨の合意に基づき、 債務者が右集合物の構成部分として現に存在する動産の占有を取得した場合には、 債権者は、当該集合物を目的とする譲渡担保権につき対抗要件を具備するに至つ たものということができ、この対抗要件具備の効力は、その後構成部分が変動し たとしても、集合物としての同一性が損なわれない限り、新たにその構成部分と なつた動産を包含する集合物について及ぶもの」と判示して、設定時における占 有改定により、新たにその構成部分となった動産についても対抗要件を具備する ことができるものとした36)。 200 法律学研究51号(2014) 2 集合物から無体物へ 以上のように、分析論、集合物論いずれを採用すべきか大きく議論が展開され ていたが、従来の判例では、集合物論 B が採用されていた。もっとも、かかる 議論自体、現実(ABL の普及)に即していないようにも思える。なぜなら、ABL の実務の視点からは、集合物論 A 及び B を採用することは困難だからである。 まず、集合物論 A の下では、設定者が個々の動産を処分し得ることとの論理的 整合性がとれない。すなわち、担保権者が実行する際には固定化の概念が必要で あると解する以上、設定者の処分についても同様に個々の動産を観念しなければ、 設定者は個々の動産を処分し得ない。そして、集合物 B の下では、個々の動産 を担保目的物としつつ、かかる物につき設定者が処分権能を有すると解するのは 不自然である。 このように、集合物譲渡担保においては、集合物論の下、担保権者の有する所 有権と設定者の有する権限が分離37)することを理論的に説明しがたい。ここで、 視点を変えて、権利をその客体の面から捉えて、そもそも担保権の客体たる担保 目的物の概念、すなわち「物」の概念を変えることで説明がつかないか。 本稿では、以下、集合物譲渡担保権者が有する権利の内容に即して「物」の概 念を再構成することを提唱する。すなわち、集合物譲渡担保権者が目的物の交換 価値を把握するにとどまらず、設定者の収益に関与することと対応して、「物」 は有体物に限られず、有体物が生み出す無体的な価値をも含む概念として再構成 すべきである(このような取組みは、既にフランス法において実践されている38))。そ うすると、設定者が処分し得る個々の動産は単なる有体物にすぎないから、無体 的な価値をも含む担保目的物たる「物」そのものではないといえる。このように 考えれば、譲渡担保権者が目的物全体につき価値把握することと、設定者が個々 の動産につき処分権能を有することとの論理的整合性を保てる。 前述の通り ABL の実務において分析論、集合物論の採用は適しておらず、ま た最新の判例においてもどちらの理論も採用されていないと思われる。前掲平成 18年判決では、本章の冒頭でも軽く触れたが、集合物が譲渡担保の目的物としな がら、それを構成する個別動産も譲渡担保の目的物であるとしており、いわゆる 「二重帰属性」を肯定しつつ、設定者の処分権能を認めている。かかる判決は、 現実には分析論、集合物論いずれの理論も採用していないに等しい。同判決を踏 まえると、集合物論 B を前提とする前述の 2 つの判例も物の概念を変える観点 201 から検討し直す必要がある。 ( 1 ) まず、前掲昭和54年判決の事案では、特定の原則との関係を問題にして いる。この点について、「収益の担保化」の観点から、「特定性の維持の問題は、 公示のあり方と密接に関連した問題」であるとし、「平常時には、一定の公示に よって担保がついてくることが警告されれば十分であり、特定性をうるさくいう 必要はないという発想も可能」という見解もある39)。もっとも、そもそも目的物 の特定性が要求される趣旨は、契約の客観的有効要件の確定性を充足する点にあ る。そして、かかる特定性が充足されなければ、第三者が不測の損害を被る恐れ が生じてしまう。そうだとすれば、かかる特定性は緩和することなく、集合物に 即した公示としてなお維持されるべきである。 (2) 次に、前掲昭和62年判決の事案は公示の原則との関係を問題にしている。 この点について前述の「収益の担保化」の観点から、「収益性を確保するための 経営維持機能を重視するなら、公示にそれほどのコストをかける必要はなく、実 際に必要になったときに調査によって目的物の特定ができる程度の、つまり調査 の端緒となる程度の公示でよい」という見解もある40)。もっとも、そもそも公示 が要求される趣旨は、物権は絶対性・排他性を備えた権利であり、物権の帰属状 態を社会に公示しなくてはならない点にある。そして、公示がなされていなけれ ば、同一物に対して同一内容の契約が存在してしまうなど、安全な物権取引が確 保されにくい状況に陥ってしまう危険性がある。そうだとすれば、公示の原則も 緩和することなく、厳格に維持するべきである。 以上の 2 点を踏まえて、集合物論と異なり「物」の概念を変えて無体的価値を も含む目的物に担保権を設定すると考えるとしても、なお特定性、公示性を維持 すべきである41)。 3 小 括 以上より、譲渡担保の法的構成としての分析論及び集合物論は、いずれも現状 (ABL の普及) に即しておらず、また判例法理においても採用されていないと評 価できる。もっとも、特定の原則、公示の原則を厳格に貫いた上で、少なくとも 集合物譲渡担保のような非典型担保においては、そもそもの物の概念から現状に 即して再構成する必要性が高い。そうすると、ABL の普及が進む現状においては、 202 法律学研究51号(2014) 物権法定主義(175条)の原則の下民法典に規定を置く典型担保と、例外的に現 実の必要性に応じて理論構成された非典型担保との間に、物の概念についての一 定の乖離が生ずるのはやむを得ない。そして、物の概念の議論と表裏の問題とし て「担保法のパラダイム転換」も同様に、現状では非典型担保においてのみ許容 し得ると言わざるを得ない。物の概念についての有力説に続き、判例法理および 立法の集積に期待したい。 Ⅴ 結びに代えて 我が国の流動的な金融状況に対しては、硬直的な典型担保では補いきれず、柔 軟な非典型担保への依存が高まる。とりわけ、ABL に代表される集合動産・集 合債権譲渡担保は、実務の面からも有用性の高いものであり、今後さらなる普及 が期待される。そして、本稿において検討してきた点はどれもその普及に際して 非常に重要な事項であり、その普及を進める上でさらなる議論が要請される。 「担保法のパラダイム転換」は、「物」の概念と表裏の問題として、少なくとも 非典型担保においては許容し得ると評価できるものの、解釈論の域を超えた議論 であり、かかる ABL の普及が、典型担保も包含する担保法全体へ強い求心力を 発揮すれば、「担保法のパラダイム転換」が現実のものとなる。 最後に、本稿を執筆するにあたって、多大なご指導ご鞭撻をいただいた片山直 也教授に感謝の意を表して、結びに代えさせていただく。 1 ) 池田真朗「ABL の展望と課題 ― そのあるべき発展形態と「生かす担保」論」 NBL864号21頁。 2 ) 内田貴「担保法のパラダイム」法教266号 8 頁。 3 ) 経済産業省経済産業政策局産業資金課「ABL の概要と課題」日本銀行金融高度 化セミナー資料(2011年)20頁。 4 ) 前掲注 2 )参照。 5 ) 最一判平成18・ 7 ・20民集60巻 6 号2499頁。 6 ) 前島顕吾「特集Ⅱ ABL の現状と課題⑸福岡銀行における取組事例と今後の課題 検討」金法1770号69頁。 7 ) 経済産業省 ABL 研究会「ABL(Asset Based Lending)研究会報告書」(2006年 3 月) 3 頁。 8 ) 前掲注 2 )参照。 9 ) 池田・前掲注 1 )26頁。 203 10) 池田・前掲注 1 )27頁。 11) 木下信行「金融行政の現実と理論」(金融財政事情研究会、2011年)215頁。 12) 高木新二郎「アセット・ベースト・レンディング普及のために」NBL851号81 2 頁以下。 13) 前掲注 7 ) 9 頁。 14) 高木・前掲注12) 3 頁。 15) 池田・前掲注 1 )23頁。 16) 小野隆一「特集Ⅱ ABL の現状と課題⑷動産・債権譲渡担保の評価・管理(モニ タリング)・処分の実際」金法1770号64頁。 17) 前掲注 3 )25頁。 18) 日本司法書士会連合会編「動産・債権の譲渡登記の実務」(金融財政事情研究会、 2010年)。 19) 林揚哲/新井竜作「特集Ⅱ ABL の現状と課題⑵『ABL 研究会報告書』の概要」 金法1770号50頁。 20) 森田宏樹「集合物の『固定化』概念は必要か」金商1283号 1 頁。 21) 前掲注 2 )参照。 22) この点について、前掲注 1 )参照。 23) これに対し、固定化と対応して再流動化と捉える見解として小山泰史『流動財 産担保論』(成文堂、2009年)281頁。 24) 森田修《判批》金法1930号60頁参照。 25) かかる「合意」について類型化して分析する見解として、片山直也《判批》金 法1929号29頁。 26) 柴田義明《判批》ジュリ1454号77頁。 27) 後順位譲渡担保権者の債権回収手段を検討したものとして、粟田口太郎「動産・ 債権譲渡担保の最新判例分析と法的問題点」事業再生研究機構編『ABL の理論 と実践』(NBL、2007年)163頁。 28) これに対し、行為の側面から権利を再構成する見解として、片山直也「財産と 管理」新世代法政策学研究17号124頁。 29) 前掲注20) 参照。 30) この点に関して、フランス法の物の概念を概観したものとして、片山直也「財 産」北村一郎編『フランス民法典の200年』(有斐閣、2006年)177頁。 31) 伊藤進「集合動産譲渡担保理論の再検討」ジュリ699号92頁。 32) 池田真朗「ABL―「生かす担保論」後の展開と課題」NBL975号32頁。 33) 判タ383号95頁。 34) 松井宏興《判批》判タ411号50頁。 35) 判タ662号67頁。 36) 橋本英史《判批》判タ706号52頁。 37) ニコラ・バンクタン=原恵美訳「財産の法における権限」学習院大学法学会雑 204 法律学研究51号(2014) 誌49巻 1 号88頁。 38) 前掲注30)参照。 39) 前掲注 2 )参照。 40) 前掲注 2 )参照。 41) この点について、包括的担保権設定の特定性・公示性に言及するものとして、 森田修「ABL の契約構造」金法1959号37頁。
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