相続・資産税の世界 No65(2015・10 ) 相続対策の専門家 堀光博税理士事務所 家族信託における不動産取得税 ~家族信託における不動産取得税の問題点と信託法と税法との違い~ Ⅰ 家族信託における不動産取得税 今や、ハウスメーカーの顧客向け研修では、家族信託を活用した相続税対策が流行りに なっています。そのほとんどは、相続させる側の委託者が亡くなられるまでの効果を説い たものがほとんどです。家族信託は信託終了時のソフトランディングが一番重要であると いうことを説いた研修や書籍を見たことがありません。信託では不動産取得税が非課税で あることのみを説く方もおられます。 (家族信託についての詳細は、当事務所のHPの『家族信託の世界』家族信託研究所の妹尾哲也先生のコ ラムをご参照ください。) 家族信託ことを、ご存じない方にご家族信託の概要を図で説明いたしします。 次の図は、家族信託の基本図の中でも重要な不動産の信託のケースの構造図です。 【 家族信託の基本図 】 委託者が受益者を指定し、又は受益者を変更する権利を有します。 Aさん Aさん 信託契約 委託者 信託する(預ける) 受 託 者 信託利益の交付 託される(預かる)人 受益権 信託財産を管理・運営・処分 託す人(預ける人) 課 税 上 は 受益 者 分離 実物財産 受益者 信託財産 が信託財産を所 所有権移転登記をする。 不動産の受益権化 有している。 Aさんの財産の内、賃貸不動産を信託という枠の中に入れ込む(信託財産化)) Aさんが所有していた不動産を、信託という鍵のかかった 箱に入れられた不動産を表示しています。 この点線の枠内は従来所有していた実物財産です。 1 上の図は、Aさんがお持ちの財産の内、賃貸不動産のみを信託財産に組みます(借入があれ ば借入金を含みます)。子供さんが受託者で、Aさんが信託財産から得られる利益を受ける 受益者です。賃貸不動産はAさんの財産から完全に分離されて管理・運営・処分される鍵 のかかった箱の中に入ってしまいます。鍵を持っているのは受託者です。信託終了時や信 託財産から解除された時には信託の箱から解放され、信託財産はその時の元本受益者の所 有物(信託財産から解放された実物資産)になります。 Ⅰ 信託受益権の継承等による不動産取得税 前図で、個人的な不動産信託(家族信託)に関する不動産の移動に係る不動産取得税に ついて見てみましょう。 (以下、不動産取得税を「取得税」 、信託委託者を「委託者」、信託受託者を「受託者」、信託受益者を「受益者」 、 信託受益権を「受益権」と略称することもあります。) 第一段階 信託発足時 信託契約で、委託者が収益不動産(現物不動産)を信託財産に組み入れ信託契約を原因 として登記上、受託者の所有名義にした時には、これは形式的な所有権の移転であり取得 税は非課税です。 (以下、イラストの人物像が同じものは同一人物としています。) 課税・非課税とは⇒不動産取得税が,課税されるか非課税のことです。 第二段階 1 信託解除、又は信託終了時 信託財産を解除、あるいは信託終了時に当初の委託者が信託財産を取得したとき 当初の委託者=受益者が継続したままの状態で、収益不動産を信託財産から解除し て実物不動産に戻しました。或いは、信託が終了して委託者の元に実物不動産に帰り ました。この時には、受託者名義から当初の委託者名義に所有名義が戻ります。これ 2 も、形式的な所有権の移転になりますので取得税は非課税です。 信託財産から解放された状態の実物不動産です 委託者 受託者 受益者 信託解除 受益権分配 信 託 実物不動産 所有権移転 非 課 税 実 動 物 産 不 非 課 税 信託受 益権 売却 実 動 物 産 不 課税 連続して同一人 同一人物が不動産を信託して、信託が終了ないし、その不動産を信託から解除して、完全に自分の 不動産にした状態を実物不動産と言います。⇒ 形式的な所有権の移転の繰り返しになります。 したがって、いずれの場合も形式的な所有権の移転として不動産取得税は課税されません。 第三段階 第三者に受益権を譲渡して売却するケース 当初の委託者から相続により受益権を譲渡後に譲受者が信託を解除 第二段階以外の場合で、信託不動産を信託解除した時には、実物不動産に戻り、その時 の元本受益権者に所有権が移転します。その時に、解除した者が相続を原因とした元本受 益者でない限り取得税が課税されます。 現物不動産の相続、相続人への遺贈であれば取得税は非課税です。したがって、上記以 外は取得税の負担が生じます。なお、相続人が相続放棄をして信託契約で受益権を取得し た場合は、相続による受益権の取得とはならないものと考えられますので、相続放棄者が 受益権を解除して実物不動産とした場合は、一般承継とはなりませんので取得税は課税さ れるものと考えます。 第1次受益者 第2次受益者 信託解除 受益権分配 (相続) 信 託 実物不動産 所有権移転 非 課 税 信託受 益権 非 課 税 信託受 益権 非 課 税 実 動 物 産 不 売却 課税 課 税 実 動 物 産 不 地方税法 73 条の四のロ 信託財産は倒産隔離機能があるからといって、信託契約で受益者となった者が相続放棄をす れば相続により取得していません(すなわち、一般承継にはならない)ので、信託解除時に不動 産取得税は課税されると解釈されます。 3 収益受益権の移転で取得税が節税になるか? 当初の委託者が死亡し、信託契約により指定された第二受益者に元本受益権が移転する とします。元本受益権の移転は債権の移転ですので不動産所有権の移転ではありません。 したがって、不動産取得税の課税の範囲外ですので、非課税というよりも不課税というべ きでしょう。であるならば、更に相続した者が第三者に信託受益権を売却すればその譲受 けた者にも取得税が節税になるとお考えになるでしょう。親族内ならともかくとして、信 託不動産は受託者に管理・運営・処分権があります。とかく、不動産の取引では法的にも 物的にも更地とする取引が強く残っていますので、日本においてはこのような不安定な状 況での¿*}第三者への受益権の譲渡ということは恐らくないものと思われます。 (地方税法の参考条文) 地方税法 73 条の 7 の形式的な所有権の移転等に対する不動産取得税の非課税規定で、相続により取 得した受益権は債権ですので、不動産取得税は課税対象外です。受益権を当初の委託者より相続により取 得した受益権者が、信託不動産を信託解除して実物不動産にした場合は、地方税法 73 条の 7 では次の ように規定しています。 前記の第一段階では当初の委託者が信託不動産を解除した場合と同様に、信託受益権を相続により取得 した者が信託不動産を解除しても、地方税法 73 条の7の四のロに規定(当該信託の効力が生じたときに おける委託者から相続により取得した者)から、受益権を取得した相続人が信託不動産を解除したとして も不動産取得税は課税されないとされます。 Ⅱ 受益者連続型信託では、第二次受益者以降の相続人は、誰から受益権を相 続するか 信託法上の受益権の相続 税法上の信託受益権の相続 委託者=第一次受益者 配偶者・第二次受益者 ゅえけ者 委託者から 相続する。 直前の受益者から 子・第三次受益者 相続する 孫・第四次受益者 信託法上の受益権の相続関係 税法上の信託受益権の相続関係 「税法上のみなし規定」 4 1.信託法上の受益権の相続 信託法上は、子や孫は当初の信託委託者から信託契約にしたがって相続又は贈与に より、受益権を取得したとされています。したがって子や孫は、年数の経過に伴って 今は亡き委託者から相続により受益権を取得したこととされます。 2 相続税法上の受益権の相続等 相続税法(相続税・贈与税)では、信託法にしたがえば第二次相続以降の受益権の相 続に対しては、委託者の死亡後年数が経過すれば既に課税権の行使が除斥期間(消滅時 効)となりことがほとんどですから、現実に経済的利益を信託法に従って相続により取 得したとしても、課税できないことになります。 そこで、相続税法では、受益権は常に直前の受益者から相続又は贈与(対価の支払 いがない場合) により取得したというみなし規定を設けています 3 民法上の遺留分の請求 民法上は、第二次以降の受益権者は当初の委託者から相続または遺贈により受益権 を取得したことになっていますので、受益権が他の相続人の遺留分を侵しているとき は、遺留分権者は第二次受益権者だけでなく信託契約による第三次以降の受益権予定 者に対しても同時に遺留分の請求をしなければ、第三次受益権者以降に対する遺留分 権は消滅時効により遺留分権が消滅することにもなりえます。 このような第三次受益権者以降の受益権者にも同時に遺留分の請求をしなければなら ないということの説明を信託設計指導したコンサルタントがしなかった場合に、遺留 分の請求が消滅時効になったときの民事上の損害賠償責任は誰にあるのでしょうか。 4 損害賠償責任は拡大されつつある。 現在、民法の大改正作業が進行しています。この民法の改正の骨子は、一般人と事 業者・専門家間との情報格差によって一般人が損害を被らないようにと聞き及んでい ます。今後は、TPPによるマーケットの国際化対応をも含めて、取引や契約書には 詳細な説明責任が課せられてきます。 裁判になれば、家族信託を指導した者が責任を負わなければならない時代になって くるかもしれませんね。指導者した者が既に死亡していた場合は、その者の相続人に 損害賠償請求が来るかもしれません。現に、税理士損害賠償責任の裁判事例では死亡 した税理士の相続人に莫大な損害賠償責任が課せられています。 したがって、委託者の大きな財産を信託財産とする場合に、家族信託をご指導され る方は、委託者・受託者、受益者予定者だけでなく、時間をかけて関係者全員への説 明と意思の確認等を経て全員の同意を得て、且つ書面による説明と同意を得ておくよ うにしておかなければならないと思われます。 5
© Copyright 2024 ExpyDoc