口疫の簡易・迅速・低コスト診断ニ 迅速な行政対応を目的としたm〝ーtip

〔特集2:2011年農林水産研究成果10大トピックス〕
口蹄疫の簡易・迅速・低コスト診断:
迅速な行政対応を目的としたmultiplexRT-LAMP法の開発
山崎渉・三津尚明
宮崎大学農学部獣医学科
口蹄疫の感染拡大を防ぐには,初発例を迅速かつ確実に診断した上で遅滞なく殺処分し,早
期に封じ込めることが重要である。それゆえ簡易・迅速かつ低コストの検査法であるmultiplex
RT-LAMP法を用いた口蹄疫の診断法を開発した。牛豚由来の286臨床検体を使用して,OIE
の推奨するリアルタイムRT-PCR法と比較を行った結果,我々が開発したmultiplexRTLAMP法はリアルタイムRT-PCR法と同等の診断能力を有することが明らかになった。本診
断法はバイオセキュリティ上の問題を回避できる安全な遺伝子検査であり,口蹄疫の一次スク
リーニング法として有用であることが示唆された。
(キーワード:Multiplex,RT-LAMP,口蹄疫,遺伝子検査,行政対応)
ウイルス分離等によって確定診断がなされる。
1.はじめに
しかし,現行の体制は材料採取から診断確定ま
ヒトや動物,食料ならびに家畜飼料・敷料等
でに日数を必要とする上に煩雑であるため,早
の国境を越えた移動の増加(グローバリゼーシ
期封じ込め措置を行う上で支障となっている。
ョン)に伴い,海外悪性伝染病のわが国への侵
問題解決には都道府県で実施できる安全な高感
入リスクは増大している。2010年,宮崎県で発
度迅速スクリーニング検査法の開発が有用であ
生した口蹄疫では2,000億円を超える経済被害
る。それゆえ筆者らはリアルタイムRT−PCR
により,県畜産業は壊滅的な打撃を被った。口
法と比較して,より簡易迅速かつ低コストの検
蹄疫の感染拡大防止には,初発例の早期診断に
査が可能であることが知られているRT−
よる摘発ならびに迅速な殺処分によるウイルス
LAMP(RTLoop-mediatedlsothermalAmpli‐
拡散の封じ込めが重要である。国が定める現在
fication)法を用いた口蹄疫の診断法の開発に
の防疫指針によれば,病変形成などの肉眼所見
取り組んだ。
や臨床所見によって口蹄疫が疑われる場合,検
体を東京都内の動物衛生研究所に搬送した上で,
2.LAMP法
リアルタイムRT-PCR(ReverseTranscription
PolymeraseChainReaction)法や抗体測定,
LAMP法は,2000年にNotomieraノ.(2000)
によって開発されたDNAを短時間で増幅・検
出する技術である。鎖置換型酵素,6−8領域を
WataruYAMAzAKIandNaoakiMIsAwA:Simple,rapid
andcost-effectivediagnosisoffbot-and-mouthdis‐
ease:developmentofamultiplexRT-LAMPassay
fbrrapidadministrativedecisionmaking
認識する4−6本のプライマーならびに基質等を
用い,60-65℃付近の一定温度下で標的遺伝子
が増幅される。それゆえ,増幅効率ならびに反
−37−
農林水産技術研究ジャーナル35(5)2012
応特異性が高く,15-60分程度の短時間で標的
LAMP法の詳細な原理については,アニメー
遺伝子を10,−1010倍程度に増幅させることがで
ションを含む豊富な解説が掲載されている栄研
きる。RNAを対象とする場合は,上述の試薬
化学のウエブサイト(http://loopampeiken・
混和時に逆転写酵素を加えておくのみで増幅が
CO.』p/)を参考にされたい。
可能である(RT-LAMP法)。反応副生物であ
るピロリン酸マグネシウム生成により生じる濁
度上昇によって判定するために増幅から判定
3.Multiplex化により特異性を増強した口
蹄疫診断用RT−LAMP法の構築
までを1本の反応チューブ内で完結させること
口蹄疫ウイルスは動物衛生研究所を除き国内
ができる。専用の測定機器が無い環境でも,
では取り扱えないため,まず既知の口蹄疫ウイ
ヒートブロックやウオーターバスを使用して増
ルス3D領域の塩基配列と相同な人工合成ヌク
幅・検出が可能である。
ネオチド鎖を作製し,陽性対照とした。次に
公衆衛生分野ではマラリアやコレラ,腸管出
GenBankに登録されている全7血清型(A,C
血性大腸菌,ノロウイルスなどの感染症や食中
O,Asia−1,SAT−1,SAT−2,SAT−3)
毒を引き起こす多くの病原体の迅速検出を目的
からなる265の口蹄疫ウイルス3D領域の塩基
としたLAMP法が多数開発されている。SARS
配列を用いて多数のプライマーを設計した。
結核菌群,レジオネラ,マイコプラズマ,イン
BLAST検索により各プライマーの特異性を確
フルエンザなどではすでに診断キットがヒト用
認した。口蹄疫ウイルス遺伝子の多様性に対応
の体外診断用医薬品として認可されている。動
するために,さらに既報の2セットのプライ
物用においても近年開発が進んでおり,アフリ
マー(Dukesαα/、,2006;Shaoe/α/、,2010)
カ豚コレラや豚コレラなどを対象とした
も利用してmultiplex(複合)化した。このう
LAMP法が開発されている。LAMP法はPCR
ち良好な増幅を示したmultiplex4セット(セ
法と比較して簡易迅速性,検出感度ならびに経
ット1−4)を選択して以降の試験に用いた。
済性に優れている。高価な機器類や試薬類を必
要としないLAMP法は開発途上国における感
4.臨床検体を用いた有用性評価
染症診断や野外調査に特に有用である。なお,
RT−LAMP
1976年から2011年の35年間にアジア・アプリ
(ReverseTranscriptionLoop-mediatedisothermaIampI而cationl
プライマー
30分
63°C・15-60分
試薬
核酸抽出機
I
→唾
肉眼による判定
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図lRT−LAMP法による検査の流れ
−38−
山崎・三浬:口蹄疫の簡易・迅速・低コスト診断
力・ヨーロッパ・南アメリカ大陸において採取
表lMultiplexRT-LAMP法とリアルタイムRT−
●
PCR法の結果比較
され,英国動物衛生研究所に保存されていた
MultiplexRT-LAMPセット1
牛・豚由来の臨床検体から無作為に抽出した
の結果/リアルタイムRT-PCR
の結果
286検体(C型を除く6種の血清型からなる)
を用いて,OIE(世界動物保健機関)の推奨す
診断的感度(陽性)
229/231(99.1%)
るリアルタイムRT-PCR法(Callahaneraノ.,
診断的特異度(陰性)
40/55(72.7%)
2002;Reideraノ.,2009)と今回開発したmulti‐
286臨床検体を使用:リアルタイムRT-PCR法において231
検体が陽性,55検体が陰性.
plexRT-LAMP法との比較を行った。286検体
から抽出されマイナス80℃で冷凍保存されてい
たRNAを用いて,各multiplexRT-LAMP法
表2リアルタイムRT-PCR法で陰性を示した55検
ならびにリアルタイムRTLPCR法を実施した。
体の診断的特異度
リアルタイムRT-PCR法はCt値(闘値サイク
MultiplexRT-LAMPセット1
検体種類(Ct値)
ル値,thresholdcycle)32,増幅サイクル数50
の条件(ReidaaJ.,2009)で実施した。RNA
の結果/リアルタイムRT-PCR
の結果
SVDV(Ct値陰性)
7/7(100.0%)
保存量の制約から,1反応あたりリアルタイム
NVD(Ct値陰性)
24/24(100.0%)
RT-PCR法では5瓜L,multiplexRT証AMP
NVD(32<Ct値く50)
法では即LのRNAをそれぞれ使用した。RT
9/24(37.5%)
SVDV:豚水庖病ウイルス陽性検体,NVD:口蹄疫ウイ
ルス陰性検体.
-LAMP法の手順は図1に示すとおりであり,
皮膚や血液,水庖液などを材料としてRT−
LAMP法を実施した場合,判定所要時間は45
表3MultiplexRT-LAMP法とリアルタイムRT−
PCR法の検出感度蟻の比較
分から90分程度である。プライマーを除く反応
陽性対照の希釈濃度
試薬はキット化され市販されているが高価であ
検出系
るので,自家製試薬を使用しRNA抽出後のl
MultiplexRT−
反応あたりコストを100円程度に削減した。
LAMPセット1
リアルタイムRT-PCR法の結果は口蹄疫ウ
イルス陽』性231検体,陰性55検体であった(表
1)。リアルタイムRT-PCR法と比較したmul‐
tiplexRT証AMP法で最も良好な結果を示し
リアルタイム
RT−PCR
10−1’10−2
1
0
−
3
1
0
−
4
1
0
−
5
実 施 せ ず + +
+・(一)b(÷)c
1サンプルにつき2回実施,+:2回ともに陽性,一:2
回ともに陰性,(一):Ct値検出だが,カットオフ値を上
回るため判定は陰性,a:Ct値は28.3と28.6,b:Ct値は
34.1と36.0,C:Ct値は44.3と陰性
たのは,用いた4プライマーセットのうち,セ
ット1であり,診断的感度99.1%(229/231)
ならびに診断的特異度72.7%(40/55)を示し
リアルタイムRT-PCR法において32を超え
た(表1)。リアルタイムRT−PCR法陰性の検
る弱いCt値を示し口蹄疫陰性と判定された24
体のCt値ごとの詳細はCt値陰性:31検体(豚
検体のうち,15検体がmultiplexRT証AMP法
水胞病ウイルス陽‘性の7検体含む),Ct値32を
陽性と判定されたのは表3に示すとおり,両者
超え50未満:24検体であり,Ct値陰性検体に
の検出感度の違いによると推測された。リアル
限れば診断的特異度は100%(31/31)を示した
タイムRT-PCR法陽性かつmultiplexRT-
(表2)。検出感度はmultiplexRT-LAMP法
LAMP法陰性を示したスーダン由来の2検体
がリアルタイムRT-PCR法よりも100倍優れて
は再テストではmultiplexRT-LAMP法で弱い
いた(表3)。
陽性を示した。リアルタイムRT-PCR法にお
−39−
農林水産技術研究ジャーナル35(5)2012
けるCt値も弱いことからこれらは微量なウイ
めて低い,安全性の高い検査法である。都道府
ルスを含む検体と推測された。以上の結果から,
県の家畜保健衛生所と食肉衛生検査所はBSE
開発したmultiplexRT岩LAMP法は口蹄疫診断
スクリーニング検査専用に安全キャビネットを
に有用であり,現行の口蹄疫診断法のスクリー
備えた安全性の高い検査施設を保有しており,
ニング法となり得る可能性が示唆された
新たなインフラ整備を行わなくても,一次スク
リーニング検査体制を構築することは可能であ
(Yamazakieraノ.投稿中)。
る。
5今後の展望
グローバリゼーションに伴う海外悪性伝染病
感染症対策の基本の一つは「早期発見・早期
の侵入リスク増大という社会情勢の変化に対応
終息」である。2010年の宮崎県えびの市におけ
するために,現行の口蹄疫診断体制を変更した
る口蹄疫飛び火事例においては,検査結果を待
場合の費用対効果,メリット・デメリットを見
たずに臨床所見を基に迅速に殺処分を行った結
極めながら,農家の安心と国家の安全という相
果,封じ込めに成功している。この封じ込め成
互の利益に立脚した実効性の高い防疫体制の構
功事例は迅速な初動対応の重要さを証明してお
築が求められている。なお,農場での迅速診断
り,短時間で口蹄疫を診断できるスクリーニン
を目的とした抗原あるいは抗体検出用イムノク
グ法の確立は初動対応をより確実にするもので
ロマトキットが開発されているが,診断的感度
ある。
が低く,陽性例を見逃がす可能性があるため,
現行の口蹄疫診断体制は都道府県が検体採
現時点では初発例の摘発には適さない。さらな
取・搬送,動物衛生研究所が診断という形で役
る技術革新による,農場で実施可能な診断的感
割が分担されている。遺伝子検査を一次スク
度・診断的特異度ともに優れた口蹄疫の簡易迅
リーニングとして都道府県が実施し,陽性検体
速診断法の開発が望まれる。
を動物衛生研究所において確定診断する体制が
参考文献
構築できれば,より迅速な口蹄疫の初動対応が
可能になるであろう。このような検査体制
は,2001年以来BSE(牛海綿状脳症)検査に
おいて実施されており,有用性が実証されてい
る。リアルタイムRT−PCR法やmultiplexRT
-LAMP法などの遺伝子診断法はウイルスの培
Callahan,』.D、eraノ.(2002)J・Am、Vet、MedAssoc.,
220:1636-1642.
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Notomi,T、ααI.(2000)NucleicAcidsRes.,28:E63.
Reid,S、M、αα1.(2009)J、VetDiagn、Invest.,21:321
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養を伴わない上に,核酸抽出時にウイルスを不
活化しているため,実験室内汚染リスクのきわ
8:133−142.
〒88チ2192宮崎市学園木花台西1−1
−40−