おける香辛料・ハーブの語彙と 味覚語彙に関する

I
論文
はじめに
ニューギニア系言語 アメレ語 に
おける香辛料・ハーブの語彙と
味覚語彙に関する言語学的分析
図1 ニューギニア島とアメレ語が話されている位置1)
本研究では、パプアニューギニアの現地語のひ
とつであるアメレ語
(Amele, 図1参照)の香辛料と
ハーブの語彙に関する調査と、味覚語彙の調査を
実施した
(cf. Roberts 1987, 野瀬 2014)。ニューギ
野瀬昌彦
Masahiko Nose
滋賀大学 経済学部 / 准教授
ニア島はオーストラリア大陸とともに、生物学的に
はウォレス線によって分断される東南アジア地域
とは異 なる分布を示しており、それは 植物相でも
同様である。そのため、
「香辛料諸島」と呼ばれる
香 辛料 が 豊富 なインドネシアの モルッカ 諸島
(Dalby 2002: ch. 2, Keay 200: ch. 11)が 地理
的に近く存在するにも関わらず、パプアニューギニ
アには香辛料、ハーブの類が少ない。パプアニュー
ギニアでは、今も700以上の現地語 が話されてお
り、人々の多くは伝統的なライフスタイルを維持し
ている
(鈴木1991)。
本研究では、ニューギニア系言語 のひとつであ
るアメレ 語エリアで、香辛料とハーブに関 する語
彙調査と味覚に関する語彙の調査を実施した。食
物関係語彙 の 収集を通して、言語接触 や 借用を
含め、言語学的な観点から、人々の食生活とその
特色 を 明 らか にすることを 試 みた(cf. Enfield
1)図1の 描画 においてはHaspelmath et al. (eds.). 2005.
The Worl d Atl as o f Lang uage St ructures. Ox ford:
Oxford University Pressを使用した。
046
彦根論叢
2015 autumn / No.405
2002, Haspelmath & Tadmor 2009, Muysken
2008,鈴木1991)。
の 先 行 研 究 にDalby(2002) が あ る。Dalby
(2002)はジンジャー、ビャクダン、シナモンなどの
本論では、第2 節で、食と言語学の関わりを示し、 スパイスに関し、文献ベースのルーツ、伝播につい
いくつかの 先行研究を 紹介 する。第3節でアメレ
て記している。スパイスの主たる原産地として、マ
語 のエリアで実施した調査結果を示 す。第 4 節で
レー群島、中国、インド及び新大陸
(インカ、マヤ、
パプアニューギニアのハーブ・香辛料 の使用と味
アステカ)を挙 げており、アラビア人やヨーロッパ
覚語彙 の 相関関係 や 嗜好 について 議論 を行 い、
人 が貿易を通じて取引し、世界 に広まったことを
第5節で結論とする。
記述した2)
。スパイス以外 の食べ物や料理一般の
ものとしては、日本語 で 書 かれたものに、石毛
II
食と言語学 の 接点
(2013)や
原(2008)がある。とりわけ、パプア
ニュー ギニアにお ける 食生活 については 鈴木
本節では、食と言語学 の関わりについて述べる。 (1991)が詳しい。
特にスパイスやハーブに関する先行研究と味覚に
関する先行研究を紹介し、本研究がパプアニュー
2.2. 味覚 に 関 する先行研究
ギニアでの調査で明らかにしたい点を示 す。料理
日本語 の「 おいしい」は英語では“ delicious”、
について言えば、一般的に欧州だとフランス料理、
中国語では
「好吃」のように、味覚に関する語彙は
中国だと中華料理のように、場所により料理や 食
各言語で異なるが、日本語 の「辛い」が英語では
べるものが 異 なる( 石毛 2013,
原 2008: 94-
“ hot”で、語が「暑い・熱い」と関連があるように、
95)。また、アメリカのように各国の料理が集い、そ
各言語で 独自の 味覚と語彙 の関係 が 存在 する。
の中から独自のものが出現するようなこともある。
通言語に渡る味覚語彙 の調査としては、Senft et
これと並行して、料理の名前や材料 の名前も言語
al.(2007)があるが、特に中国の貴州省で話され
毎に語彙があり、
“tofu”や“ramen”のように借用
るプイ語に関して調査した高嶋・梶丸
(2011)では、
されているものもある
(
現地でインタビューした結果、プイ語自体にはそれ
原 2008)。本論 が取り上
げたいスパイスとハーブについてはDalby(2002)
ほど多様な味覚語彙がない一方で、中国語の貴州
による先行研究が存在し、味覚に関する先行研究
方言では「辛味」を表わす語彙が3つあることを指
としては、高嶋・梶丸
(2011)を紹介する。また、接
摘した。
触に基 づく語彙 の 借用については、Haspelmath
高嶋・梶丸(2011:128)は、味覚に関する語彙
& Tadmor(2009)があり、さまざまな言語での
は食文化に直接反映されており、その地域の食文
(食関係の語を含めて)借用語の様相を詳細なレ
化の歴史の積み重ねが見え隠 れすると指摘してい
ベルで実践している。
る。本研究においても、パプアニューギニアにおけ
る食文化 の 一面を観察するために、以下3節に示
2.1. スパイスに 先行研究
す調査を実施した。
スパイスの語彙についての、言語学的観点から
2)著者のDalbyは言語学者であるが、Dalby (2002)におい
ては、各スパイスの語源や他言語の名称についてはほとんど
触れていない。
ニューギニア系言語アメレ語における香辛料・ハーブの語彙と味覚語
彙に関する言語学的分析
野瀬昌彦
047
III
アメレ 語 の村 での2014 年 の調査
加えて、山で採集できるナッツや葉菜類を利用
したり、サクサクと呼ばれるセイゴヤシのデンプン
本節では、2014 年8月から9月にかけて実施した
をこんにゃく状にしたものを食したりする(cf. 鈴木
ハーブとスパイスに関する語彙調査と味覚語彙の
1991)。一方で、町のスーパーで入手できる米 やイ
調査について示す。
ンスタントラーメン、魚の缶詰やランチョンミート
アメレ語は、図1に示すニューギニア島マダン州
を購入し、それらを使用した料理が 多い。つまり、
の 北東海岸部 の海岸 から離 れたブッシュ 地帯で
いわゆるパプアニューギニア特有の料理というも
話されている。アメレ語を話 す人口はおよそ5,000
のは、伝統的なものと現代的なものの混合であり、
3)
人で、全員がトクピシン とのバイリンガルである
種類も少ない(石毛 2013: 206)。これは、スパイ
(Roberts 1987: 8-11)。200人 から300人で 構成さ
スを多く使用し、伝統的な料理の種類が多いイン
れる村が複数存在している。筆者は2006 年以来、
ドネシアやタイ、マレーシアとは対照的である(石
アメレ語の村のひとつであるセイン 村(Sein)を訪
毛 2013:第3章)。そこで、本研究では、香辛料 の
問し、文法調査を実施している
(野瀬 2014)。セイ
原産地のひとつであるマレー群島に近い位置にあ
ン 村をはじめとしたアメレ語地域は、一部を除くと
るパプアニューギニアにおいて、ハーブやスパイス
電気の供給 がなく、飲料水は谷川の水を利用して
がどれだけ使用されているかを言語学的な点から
いる。つまり、人々は伝統的な生活スタイルをある
調査したわけである
(cf. Enfield 2002)。
程度維持しているのである。食生活においても同
様であり、ヤムイモ(下の図2を参照)やビーテル
3.1. 調査1:ハーブとスパイスの 語彙
ナッツ
(ビンロウジ)を栽培し、日常的に飲食に使
本研究では、エスビー食品会社が監修している
用する。
『 ハーブとスパイスの図鑑』
( エスビー食品・藤沢
2013, 以下「図鑑」と記す)を使用し、図鑑に収録
されているハ ーブとスパイス105 種 が、パプア
ニューギニアに存在するか、そしてセイン 村で料理
として使用するかどうかをアメレ 語 の話者数人に
対して調査した。加えて言語学的な調査として、当
該のハーブやスパイスが 使用される場合、その名
称 がトクピシンまたはアメレ 語で存在 するかどう
かを質問した
(cf. Ross 2009)。この図鑑は各ハー
ブや各スパイスが写真つきで掲載されており、そ
の学名、英語名や原産地の情報が記載されている。
調査対象の105 種は葉、根、種子、果実、その他
図2 ヤムイモとアイビカの葉をココナッツジュースで煮た料理
(写真はすべて著者によるものである)
に 細分 化 されており、アメレ 語 話 者 が パプア
ニューギニアに存在 すると認 めたものはそのうち
(Tok Pisin)は英語 ベースのクレオール言語で
3)トクピシン
4)表1( )内の数字は、トクピシンかアメレ語の語彙として
あり、パプアニューギニアの 公用語 の 一 つである。詳しくは
存在するものを示す。計12 種類しか存在しない上に、その多
Mihalic (1971)。
くはトクピシンからの借用である(うち、アメレ語のみの語彙
は5 種類のみ)
。さらに、トクピシンの語彙は英語語彙からの
借用である。例えば、カレーリーフは
“ kari leaf ”
。
048
彦根論叢
2015 autumn / No.405
の28 種 であった。詳細 については 以下 の 表 1に
示す。
表1:パプアニューギニアにおけるスパイスとハーブの数
種類
葉
根
種子
果実
その他
合計
図鑑での数
35
8
16
23
23
105
調査結果 の数
4)
12(
,5)
4(
,3)
0(
,0)
9(
,3)
3(
,1)
28(
,12)
図3 村で栽培されているレモングラス
全体的には、図鑑で示されている数の30 パーセ
ント弱しかパプアニューギニアに存在しないこと
5)
そのうち、トクピシンまたはアメレ 語 の 名称を
が判明した 。その28 種類のうち、17種類はトクピ
持 つものが5 種である。とりわけ、クレソンとレモン
シン名もアメレ語名も存在せず、英語 の語彙のま
グラスはアメレ語 の名称を持ち、村での導入が早
まである。トクピシンまたはアメレ語としての独自
く、生活に根付いているものだと言える(図3を参
の語彙として存在するものはそのうちの12 種類の
照)。
みであった。調査協力者によると、28 種の中には、
加えて、セイン 村(及びマダン州の 他の 低地や
パプアニューギニアには存在するが、
(セイン 村の
沿岸地域)では、調査に使用した図鑑以外 の食用
ような低地ではなく)高山地域 のみに存在すると
の葉種 2つが存在した。ひとつが“tulip”と呼ばれ
いう認識である種が多い
(そしてその名称はアメレ
るもの
(図4)で、アメレ語名が
“ ifel ”であり、もうひ
語 やトクピシンではわからない)。それでは、表1の
とつが
“aibika”と呼ばれるもの
(図5)で、アメレ語
種類に関して、パプアニューギニア
(とりわけ、マダ
名が
“erum”である。
ン州のアメレ語地域)での使用について順に説明
する。
3.1.1. 葉
パプアニューギニアに存在すると回答があった
のは、オレガノ、カフェライムリーフ(tp: muri 6))、
カレーリーフ、クレソン(am: saasmen, tp: smel
kumu)、コリアンダー、サボリー、チャービル、チャ
イブ、マスタードグリーン(tp:bakuso)、ルッコラ、
ルッコラ・セルバチコ、レモングラス(am: barin,
tp: smel kunai)の12 種類である。
図4 Tulip(アメレ語名:ifel)
5)ただし、マダンの町のスーパーにおいては、日本のスーパー
6)該当する種のトクピシンでの名称をtp、アメレ語での名称
に存在するようなスパイスコーナーが存在し、
27種より多くの
をamで示した。なお、何もないものは英語名のままで使用し
スパイスが入手可能である。
ているか、ハイランド
(高山地域)で栽培されている種は名称
が明らかではない。
ニューギニア系言語アメレ語における香辛料・ハーブの語彙と味覚語
彙に関する言語学的分析
野瀬昌彦
049
3.1.3. 種子
種子はいずれもパプアニューギニアでは存在し
ないとの回答であった。とりわけ、ゴマさえも存在
しないようである。当然であるが、ピーナッツ 類の
ような食べる種子は存在する。ナッツ 類の語彙は
アメレ 語独自のものが存在するようだが、本論 で
は扱わない。
3.1.4. 果実
図5 Aibika(アメレ語名:erum)
果実種では、カルダモン、唐辛子(tp: lombu)、
ハバネロ、ハラペーニョ10)
、プリッキーヌー(tp:
“ Tulip”,
“aibika”のどちらも自生するものもあ
lombu)、バニラ、パプリカ(tp: tomato)、ピンク
れば、栽培されているものもある。とりわけ図2で
ペッパー、マンゴーパウダーの9 種が確認された。
示 した 料理 では、
“aibika”が 使用 されている。
特徴的な点は、唐辛子的な形状 のものの名称 が
“Aibika”は、ホウレンソウのような食感である。
いくつかあることと、コショウ類の存在が確認でき
これらは両方、アメレ語名を持 つことから、図鑑に
なかった点である。また、バニラ(vanilla)は英語
は収録されていないが、アメレ語地域(及び周辺
そのままの名称であるが、セイン 村及び近郊 の村
の低地から海岸地域)の食生活に深く根ざしたも
で 栽培されている。Raka(1998)はトクピシンで
のであると言える。
3.1.2. 根
根種としては、ガランガル
(am: bairu)、ガーリッ
ク7)
、ジンジャー
(am: qana 8), tp: kawamal)、ター
メリック(am: bairu 9)
)の4 種 だけが 確認された。
中でも、ジンジャーが料理の味付けに頻繁に使用
される。鈴木
(1991:54)は、ジンジャー(ショウガ)
は呪術 や邪術に関わるとともに、医療 の中でも重
要な役割を果 たしていることを指摘している。また、
ホースラディッシュやワサビのような風味 づけのも
のは存在しなかった。
図6 バニラの乾燥(セイン村にて)
7)パプアニューギニアにガーリックは存在するのだが、料理
10)ただし、村の食事で唐辛子やパプリカの類を見たことは
に使われることはあまりなく、少なくとも低地・沿岸地域では
ない。しかし、知識としてはあるようである。また、パプリカのト
マイナーな存在であるとのことである。
“c”は声門破裂音
(glottal stop)
“
、q”は
8)アメレ語の表記で
有声 の 舌背両唇軟口蓋破裂音(voiced dorso-labiovelar
クピシン名が
“tomato”というのは興味深い。鈴木
(1991:54)
によると、唐辛子は政府が一時期その栽培を奨励したが、そ
の後放置され、そのまま見捨てられているとの記述がある。
plosive)である。
“ bairu”であ
9)ガランガルとターメリックのアメレ語名が同じ
るのは、アメレ語話者にとって両者の区別がないものと考えら
れる。
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彦根論叢
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書かれたバニラの栽培指南書であるが、それによ
表 2 日本語とアメレ語の味覚語彙の対照表
ると、バニラは19 世紀に西洋より栽培目的のため
1.おいしい
2 .まずい
3.甘い
4 .甘酸っぱい
5.酸っぱい
6 .辛い(唐辛子)
7.塩辛い
8 .辛い(ワイン、酒)
9.口がしびれる
10.ピリッと酸っぱい
11.軽い、あっさり
12 .苦い
13.苦くて渋い
14 .酸味のある
15.脂っこい
16 .薄い
17.濃い
18 .渋い
19.硬い
20.やわらかい
21.さっぱりしている
22 .ホカホカだ
23.フワフワだ
24 .くさい
25.生臭い
26 .コクがある
27.コクがない
にもたらされたとのことである
(cf. Keay 200)。
3.1.5. その他
最後に、その他の種として、エシャロット、オニオ
ン、シナモン(am: mio, tp: smel diwai)の3 種が
確認された。とりわけ、シナモンに関してはアメレ
語・トクピシン両方に名称 があるので、早くにパ
プアニューギニアに定着したと考えられる。しかし、
シナモンが料理(そして料理以外にも)にどのよう
に使用されるのかについては未調査である。
3.2. 調査2:味覚 に 関 する語彙
次に、スパイスとハーブの調査1と並行して、味
覚語彙 に関する調査を同様 にアメレ 語話者数人
に実施した。
「 おいしい」、
「まずい」をはじめとする
33 種類の味に関する表現について、調査者がトク
ピシンと英語で説明し、該当する表現 がアメレ語
に存在するか、存在するのであればどのような表現
11)
になるかを尋 ねた (cf. 高嶋・梶丸 2011)
。その
結果のうち、27種類の表現を以下の表 2に示す12)
。
表 2において特徴的な点を指摘する。まず、
「う
まい」と
「まずい」の対照だが“
、mebahic(
”良い)と
いう語と、否定詞
“qee”を使用した
“mebahic qee”
mebahic
mebahic qee
tin ac 13)
tin ac qee
muug ac
muug ac
muug ac
該当表現なし
dain ac bahic
該当表現なし
muug ac qee
iispanec
tin ac qee
該当表現なし
sarar ac
muug ac qee
gagadic ac
gagadic ac
gagadic ac
bodoe
該当表現なし
dain ac
bodoe
tuur ac
hurue
soos mebahic
soos mec qee
で「まずい(良くない)」の意味をなす。アメレ語で
は形容詞の用法で“good /not-good ”という対立
を表すペアが 多い。
「辛い・すっぱい・塩辛い」は
で対照的な意味を表す傾向がある( つまり“ bad ”
“muug ac”で、その反対は
“muug ac qee”である。
に相当する語 が存在しない)。同じように、味覚語
“tin”は甘さを示し、甘くない
「苦くて渋い」風味は、
彙でも否定詞“qee”を付加することで反対の意味
“tin ac qee”になる14)
。
11)味覚の語彙については、伊藤祥雄著. 2009.『すぐに役立
(ニューギニア
14)鈴木(1991)の調査地であるウェスタン州
つ中国語 の基本単語集』
(ナツメ社)の130-131ページの項
島南西部)では、人々は
「塩なし文化」であったが、後にオース
目を参考にした。
トラリアの影響で食卓塩が導入された。アメレ語の地域にお
「ほん
12)表 2に含まれない残りの5つの味覚語彙であるが、
のり甘くてうまい」
、
「辛くてひりひりする」や「すっぱくてまずい」
いても、塩の使用が遅れたことが、味覚語彙の種類に影響が
あるとも考えられる。
等 の表現であるが、そのニュアンスを調査者 が媒介言語で
説明するのが難解なため、適切な回答が得られなかった。
“ac”は、
「ある・存在する」
13)いくつかの表現に付加している
を意味する語である。
ニューギニア系言語アメレ語における香辛料・ハーブの語彙と味覚語
彙に関する言語学的分析
野瀬昌彦
051
この種の対立は、味覚語彙でも積極的に使用さ
ついて考察する。加えて、スパイス語彙 の 種類の
れており、その結果、27種類の味覚語彙は表 3に示
貧弱さと味覚語彙 の相関関係について考察 を加
す6 種類の系列にまとめることができる“
。mebahic”
え、食関係の語彙と食文化の関係についても言語
系は
「うまい・まずい」など、料理のおいしさに関す
学 的 な 観 点 か ら 解 釈 を 与 え た い(cf. Enfield
るものであり、
“muug”系は「辛さと酸っぱさ」の意
2002, Muysken 2008, Thomason 2001)。
味を受け持 つ。
“tin”系は「甘さ」、
“gagadic”系は
調査1では、ハーブとスパイスの図鑑を使用し、
「濃いものや硬いもの、渋いもの」を包含し“
、dain”
パプアニューギニアのアメレ語コミュニティにおい
は「熱いものとしびれるもの」、最後に“ bodoe”は
て、どの種類が 使用され、実際にアメレ 語 やトク
「 やわらかさ」を意味する。これは、日本語 や中国
ピシンでどのように呼 ばれるかを調査した。その
語に観察される味覚語彙や感覚と比較すると、非
結果、話者 がパプアニューギニアにも存在すると
常に貧弱に見える。
指摘した 種 は28 種 で、うちトクピシンまたはアメ
レ語 の名称を持 つものは12 種だけであった(表1
表 3 アメレ語の基礎的な味覚語彙
及び以下の表4を参照)。
mebahic系 うまい、まずい
muug 系
酸っぱい、辛い、塩辛い、あっさり、
次に調査 2では、アメレ語 の味覚語彙の調査で、
うすい
tin 系
gagadic系
dain 系
bodoe系
甘い、苦い
濃い、渋い、硬い
27種の味覚表現に関して、アメレ語での表現を尋
ねた。その結果、
「うまい・まずい」の対立や
「辛い・
軽い、あっさり」の対立が、
“good/not-good ”のよ
しびれる、ホカホカ
うな意味関係であることが判明した。これは、
「う
フワフワ、やわらかい
まい」に対して「まずい」という形容詞が存在せず、
「 うまくない」と否定する表現になっている。その上、
また、表 2において、いくつかの味覚語彙が「該
「 酸 っぱさ、辛 さ、塩辛 さ、あっさり、薄 さ」が
当表現なし」となっている。それは(
、ワインや酒の)
“muug”という語 にまとめられ、
「甘 さ、苦さ」が
「辛い」、
「ピリッと酸っぱい」、
「酸味のある」そして
“tin”という語にまとめられるように、味覚語彙 が
「さっぱりしている」という表現である。辛さや酸っ
上の表 3に示 す6 種の基礎語彙に包含される点が
ぱさは表 3における“muug”系の意味範囲になる
判明した。
のだが、一部は“muug”では収容できない意味 が
まず、本節では、トクピシンやアメレ 語 のハー
15)
存在するようである 。
ブ・スパイス語彙 がどこから来 たのかについて考
察する。以下の表4に、トクピシンやアメレ語 の名
IV
結果 の 分析と議論
称を持 つ12 種の英語名とその原産地を、図鑑を参
照しつつ示す。
本節では、アメレ語話者による聞き取り調査を
表4 の英語名と現地名称を対照してみると、2番
2つ実施して判明したことをまとめる。その上で、ス
の“ kari leaf ”以外英語とはまったく異なることが
パイスの経路に関する点とアメレ語語彙の関係に
わかる。つまり、単なる英語 の語彙 からの 借用で
「甘い言葉」や
「苦い経験」
、
「言葉が辛口」などの、
15)加えて、
味覚語彙から意味拡張した表現についても今後調査する必
要がある。
052
彦根論叢
2015 autumn / No.405
表 4 パプアニューギニアで独自の名称を持つ種の英語名
と原産地
英語名
原産地
現地名称
(アメ
レ語独自の名
称には下線)
1.Kaffir lime leaf 熱帯アジア
muri
スリランカ、イ kari leaf
2 .Curry leaf
ンド
3.Watercress
ヨーロッパ及び smel kumu,
アジアの熱帯 saasmen
地域
4 .Mustard green ヨーロッパ、
中国、中近東、
インド
bakuso
インド、熱帯ア smel kunai,
ジア
barin
6 .Galangal
7.Ginger
8 .Turmeric
9.Chilli pepper
10.Prik kee noo
11.Paprika
12 .Cinnamon
中国南部
熱帯アジア
熱帯アメリカ
熱帯アメリカ
熱帯アメリカ
一説ではベト
ナム
ラと同様に、19 世紀以降にヨーロッパ人が 持ち込
んだ可能性が高い(Dalby 2002, Keay 200)。他
方、表4において1, 5, 6, 7, 8, 12番の中国や熱帯ア
ジアが原産地の種に関しては、いくつかの 伝播可
能性 が考えられる。一 つは、3万年から5万年前の
いわゆるニューギニア系 の人々が 到達した 際 に
持ってきた場合で、2つ目が、5千年前から7千年前
に到達したオーストロネシア人 が 持ち込 んだとい
う可能性 である。そして3つ目が、19 世紀以降 に
ヨーロッパ人 が 持ち込 んだというシナリオである。
5.Lemongrass
熱帯アジア
アジア以外 の原産地の場合、第3節で論じたバニ
bairu
kawamal, qana
bairu
lombu
lombu
tomato
smel diwai,
mio
ここでは、特に7番のジンジャー(ショウガ)を取り
上 げ て、そ の 伝 播 の 経 路 を 考察 する。Dalby
(2002:21-22)によると、現在 のオーストロネシア
語 の 多くで古 いオーストロネシアのジンジャーの
語彙 から派生した語が 使用されていると指摘して
いる。つまり、オーストロネシア人 がジンジャーを
持 って太平洋 の島々に伝播したと主張している。
しかし な がら、ジンジャ ー は タガログ 語 で は
“ luya”、インドネシア語では“ jahe”という語であ
り、トクピシンの
“ kawamal ”やアメレ語の
“qana”
はない 語 が 存在 するわけである(cf. Muysken
とは関係がありそうにない16)
。少なくとも、言語学
2008: chapter 1)。ただし、トクピシンの語であ
の点からジンジャーの伝播 の経路を明らかにする
る3 番、5 番と12番に注目すると、何らかの 匂いが
ことはできない。また、トクピシン、アメレ 語及 び
あるハーブやスパイスに対して、
“smel ”という語
周辺言語の語彙からも、その経路 や特徴を見出す
が 付加している点 が 特徴的 である。一方、アメレ
ことはできない。それにも関わらず、ジンジャーはト
語では、6 番と8 番が同じ語
“ bairu”となっているが、 クピシンとアメレ 語にそれぞれ 独自語彙を有して
2つは根の種類では共通するが別物である(脚注9
いる点 から、ジンジャーがパプアニューギニアの
も参照)。
人々、とりわけアメレ 語をはじめマダン州沿岸部
次に、表4において、原産地の項を見 たところ、
の現地の人々の食生活に深く浸透しており、少な
アジアをはじめ、さまざまな場所が原産地になって
くとも新たに導入されたものではなく、その使用が
おり、この点 からトクピシンやアメレ 語 の語彙を
長い歴史を持っていることは確実である。
持 つ種の特徴との相関関係を見つけるのは難しい。
16)また、アメレ語と隣接するオーストロネシア系のベル 語で
は、ジンジャーは“ŋisi ŋes”
、同じくオーストロネシア系タキア
語 では、
“ŋes”と呼 ばれ、他 の 言語とは 異 なるようである
(Mager 1952: 230, Ross 2009)
。
ニューギニア系言語アメレ語における香辛料・ハーブの語彙と味覚語
彙に関する言語学的分析
野瀬昌彦
053
次に、スパイス語彙の種類の貧弱さと味覚語彙
語話者 が持 つ味覚語彙と実際 の料理の味付けや
との相関関係について考察する。調査1において、
嗜好が相互に影響し、密接に関連していると言え
105 種のうち28 種類しかパプアニューギニアでは
る。その 結果、中国語 や日本語であるような味覚
(アメレ語話者の観点で)存在が確認できず、さら
表現「 ほんのり甘くてうまい」、
「 すっぱくてまずい」
に12 種のみ現地語彙として存在することが判明し
や「辛くてヒリヒリする」はアメレ語では該当表現
た。つまり、アメレ語コミュニティ
(そしておそらくア
が存在しないのである。もしくは、
“muug”等の基
メレ語に隣接するコミュニティ)においては、ハー
礎的語彙で補われるはずである19)
。
ブや香辛料 の 使用が少ないと考えられる17)
。それ
最後に、パプアニューギニア及びアメレ語にお
を 踏 まえて、調査 2で 味覚語彙 を 調 べてみると、
ける食に関する語彙と食文化の関係について考え
酸っぱさと辛さが同じ語で 表現されるなど、味覚
る。第2 節で言及したように
「味ことばは、如実に食
語彙においても表 3に示 すような独特 の 体系を持
文化を反映する」
(高嶋・梶丸 2011: 128)。だとす
つことが分 かった。
ると、本調査 で 明 らかになったことは、パプア
ここでは、特に「辛い」という味覚を取り上げて
ニューギニアではハーブや 香辛料 の 使用がアジ
みよう。表 2によると、辛いには3 種類あり、唐辛子
ア諸国と比較すると非常に少ない(ただし、図4や
の辛さと塩辛いことと、ワインやお酒の辛さである。
図5で示したような独自のものが存在する)。そして、
アメレ語では、前者 2つは
“muug ac”で表され、最
味覚語彙も日本語 や中国語 のものと比較すると少
18)
後のアルコールの辛さは該当表現 がない 。これ
ない上に、アメレ語では6系統の基礎語彙に収斂
は高嶋・梶丸
(2011)のプイ語の例と対照的である。
してしまう。他方、レモングラスやジンジャーなどの
この
“muug ac”は酸っぱさにも適用される。つまり、
ように深く現地の 食生活と結びついているものあ
“muug ac”の意味範囲は、単に辛さを表すのでは
り、現在でもタイやマレーシア、中国やフィリピン
なく、
「口に対 する刺激 ある味付け」に相当するよ
うである。また、アメレ語においては表 3に示した
ように、
“muug”の 他5つの 基礎的な味覚 の 体系
が存在し、その範囲内で味覚の判定 が行われる。
これについては、味付けの種類が少ない(香辛料
の類が少ない)から味覚語彙が限定されたものに
なるのか、それとも、料理の味付けにおいて、より
繊細で詳細な味付けをする動機 づけが 少ないか
ら、それゆえにハーブや香辛料 の種類が少なくな
るのかという議論になる。この議論については、サ
ピア・ウォーフの仮説の点から解釈を加える
(関連
研究として、Enfield 2002, 野瀬 2014)。つまり、認
識 や嗜好は言語に影響されるわけであり、アメレ
図7 Medicine leaf(アメレ語名:saubig)
17)これについては、現地の食事 の種類やバリエーションを
18)ただし、調査協力者に甘口ワインと辛口ワインを飲ませ、
見てある程度想定していたことである。実際にゴマにおいて
どのような味 がしたかを調査すれば、何らかの表現が得られ
は存在しないとの回答 や、ニンニクは存在するが、それを使
るかもしれない。
用した料理を見たことがなかった。
054
彦根論叢
2015 autumn / No.405
の食文化の交流や影響も多くなり、変化していくこ
異なる結果になる可能性がある。それにも関わらず、
とが 予想される。最後に、食物 ではないが 図7に
ジンジャーと数種類のハーブがアメレ語語彙を持
“medicine leaf ”と呼 ばれる現地産のハーブを示
ち、それらが食生活や伝統文化と密接に結びつい
す。これは切り傷などに直接塗布する薬草的なも
ている点と、その 結 びつきや 食生活 での反映 が、
ので、アメレ語名は
“saubig”と呼ばれる。このよう
日本や中国、他のアジア地域とはかなり異なる点
に、伝統的なハーブとヨーロッパ人やオーストロネ
を、言語学的な点から明らかにすることができた。
シア人が 伝えたハーブや香辛料を少ないながらも
利用し、パプアニューギニアの食文化が構成され
【付記】
ていると言える。つまり、語彙と文化は借用も含め
アメレ語 の調査 においては、パプアニューギニア
て関連づけられると言える。
のセイン 村の方々、特 にNeret Tamoさんにお 世
話になりました。
V
結論
2つの調査 の結果、パプアニューギニア
(今回の
調査地 のアメレ 語 の 地域)は香辛料 やハーブの
参考文献
⦿ Dalby, A. 2002. Dangerous Tastes: The story of Spices.
Berkeley/Los Angeles; University of California Press.
(
口幸子訳.
『スパイスの人類史』
.原書房)
.
種類が数少ない上に、存在するものも19 世紀以降
⦿ Enfield, N.J.(ed.)
. 2002. Ethnosyntax: explorations in
に西洋人が 持ち込 んだものが 多く、語彙的には英
grammar & culture. Oxford: Oxford Univeristy Press.
語 ベースのものが多数であることが判明した。つま
⦿Haspelmath, M, & Tadmor, U.(eds.). 2009. Loanwords
り、英語のみの語彙
(借用)、トクピシン名、アメレ
語名の順に、伝播時期や浸透度を想定することが
できる。味覚語彙においては、そのバリエーション
in the world ’s languages: a comparative handbook.
Berlin: Walter de Gruyter.
⦿ Keay, J. 200. The spice route: a history. Berkeley/Los
Angeles: University of California Press.
は限定的で6つの基礎語彙でまかなえることが判
⦿ Mager. J. F. 1952. Gedaged-English dictionary. Ohio:
明した。
「辛い・すっぱい・塩辛い」がすべて
“muug
Board of Foreign Missions of the American Lutheran
Church.
ac”という語で表現される等、日本語 や中国語と
比較すると、きわめて単純なことがわかった。味覚
語彙については、今回の調査では借用語は存在し
なかった。
このような結果 は、調査者 が現地でフィールド
調査して、現地の 食や語彙調査をしていたときに
予測していた通りであった。パプアニューギニアの
北部沿岸地域 では、香辛料・ハーブの語彙 が 元
来より少ないと同時に、味覚関係の語彙の種類も
少ないことが判明したが、高山地域や島嶼地域は
⦿Mihalic, F. 1971. The Jacaranda dictionary and grammar
of Melanesian Pidgin. Hong Kong: Jacaranda.
⦿ Muysken, P. 2008. Functional categories. Cambridge:
Cambridge University Press.
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Printers.
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Croom Helm.
⦿ Ross , M . 2009. L oa nword s i n Ta k ia , a n Ocea nic
language of Papua New Guinea. In: Haspelmath, M.
and U. Tadmor(eds.).: 77-770.
19)複雑な味覚の語彙であるが、我々も母語と異なる第二言
語で味を表現する際、味覚に関する語彙が母語と比べると少
ししか 持っていないことに気付く。母語においても、微妙な味
覚語彙を身につけていくのは、大人になってからのものであり、
その習得過程にも注目する必要があるだろう。
ニューギニア系言語アメレ語における香辛料・ハーブの語彙と味覚語
彙に関する言語学的分析
野瀬昌彦
055
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(編)
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どう使用するのか「
.社会言語科学会 第33回大会発表論
文集」
:48-51.
056
彦根論叢
2015 autumn / No.405
Lexical Usages of Herbs/Spices and Senses
of Tastes in Amele, Papua New Guinea
A linguistic Study
Masahiko Nose
Amele is a Trans-New Guinean language
spoken in Madang Province, Papua New Guinea. Indigenous people, such as the Amele, still
hold onto their native language, though they
speak Tok Pisin as a lingua franca. The Amele
as well as other native people in Papua New
Guinea, generally, still maintain their traditional lifestyles in villages.
This study conducted two types of investigations of the dietary life in the Amele society in
terms of linguistics. The author has been visiting the field and has found that they use various
spices and herbs in their cooking. They use
salts, several sauces (imported from Thailand
or Indonesia), coconut oils, and gingers for the
seasoning in their traditional cuisines.
First, this study examined lexical usages of
herbs and spices. We utilized the picture book
of herbs and spices, and confirmed whether
they are available in Papua New Guinea by
showing these pictures. There were 105 types of
herbs and spices mentioned in the book; however only 28 were confirmed to be available by
the Amele speakers. In particular, 12 of 28 types
have individual names in Tok Pisin or Amele,
and others are referred to by their English
names only. The 12 types include watercress,
lemongrass, ginger, cinnamon, etc. These are
considered to be deeply related to the Amele
society and were imported a long time ago.
Lexical Usages of Herbs/Spices and Senses of Tastes in Amele,
Papua New Guinea
Second, this study investigated senses of
tastes in Amele. There are broad senses of
tastes, such as delicious, hot, bitter, etc. The author selected 33 types of tastes and examined
their expressions by the Amele speakers. They
answered 27 out of 33 types of expressions in
Amele and did not find appropriate expressions
for several complicated tastes, such as “slightly
sweet and nice.” The 27 expressions acquired in
this study can be classified into six sections,
which comprise a taste system of Amele. They
are “delicious (good),” “sour and hot,” “sweet,”
“strong,” “warm,” and “soft.” Particularly, various tastes of spices are included in the “sour
and hot” section, and the taste word “muug ac”
in Amele indicates “spicy, sour, and salty.” Such
a broad meaning of “muug ac” implies that
there are few types of spices in Amele.
In conclusion, first, many types of herbs and
spices have been brought by the Westerners
since the 19th century and only few types with
their own native names might have been
brought earlier. Second, the taste expressions of
Amele are limited, but they are constructed in
their own taste system. Accordingly, their dietary life appeared to differ from that of the
neighboring Asian countries.
Masahiko Nose
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