神経ペプチド・ホルモン分子の進化と機能 行動制御モデルとしてのスンクス 坂本浩隆(岡山大学 大学院自然科学研究科・理学部附属臨海実験所/共同利用拠点) 多くの動物において本能行動は生まれながらにして備わっており、それらを制御する動 作メカニズムは複雑な神経回路系をもって形成・維持されている。しかしながら、本能行 動がどのような動作機序によって調節されているかを考えた場合、脳神経系の活動・回路 システムに加え、 ‘ホルモン分子’などの液性調節因子が重要な役割を担うことはもはや疑 う余地がない。以上の背景から、現在、私の大きな研究課題としては、動物・普遍的に本 能行動を司る神経基盤を解明することを目指している。本シンポジウムでは、その一環と して食虫類スンクス(Suncus murinus)を用いた、神経ペプチド・ホルモンによる行動制 御メカニズムの解明、およびその分子・進化的な考察について、以下のふたつのパートに 分けて紹介したい。 (1)脳下垂体神経葉ホルモン(バソプレシン・オキシトシン) 脳下垂体神経葉ホルモンのバソプレシン、オキシトシンは脳内で作用して、伴侶の選択 性(一夫多妻と一夫一妻の切換えなど)、および自閉症の発症などにも密接に関係している こともあり、共に哺乳類の社会性形成・維持に関わる重要な因子であると考えられている。 このことはバソプレシン・オキシトシンがスンクス特有のキャラバン行動などにも関与す る可能性をも示唆する。さらに、スンクスへのバソプレシンの急性投与が、嘔吐反射を誘 発するという報告もある。そこで本研究では、スンクスにおけるバソプレシン・オキシト シンおよびそれらの受容体の遺伝子を網羅的に同定し、その分子進化と機能について調べ た。 (2)ボンベシン様ペプチド(ガストリン放出ペプチド) 我々はこれまでに、齧歯類の脊髄においてボンベシン様ペプチドのひとつ、ガストリン 放出ペプチド(GRP)が、勃起、射精等の雄の性機能を制御していることを報告してきた。 一方、ほぼ同時期に、同じ GRP が、同じ脊髄レベルで、痛みとは独立した神経メカニズ ムにより、痒覚(かゆみ)のみを特異的に伝達することが報告された。そこで本研究では、 まず、スンクスにおける GRP およびその受容体・遺伝子を同定し、スンクス脊髄にも異 なるふたつの脊髄 GRP 系が存在するかどうかを解析した。さらに、これらふたつの脊髄 GRP 系の機能局在を解析することにより、哺乳類における脊髄 GRP 系の分子機能の普遍 性について調べた。 以上のスンクスでの多角的な解析と、我々がこれまで霊長類ニホンザル、および齧歯類 ラット・マウスで蓄積してきた知見とを包括的に考察すると、行動制御モデルとしてのス ンクスの有用性が強く示唆される。今後、よりスンクスに特有のホルモン分子・機能に着 目していくこと、およびその進化的普遍性が明らかになることなどにより、全く新たな研 究分野の創造も期待できる。
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