ドイツ中小企業の強みと公的支援策

27.12.15
ドイツ中小企業の強みと公的支援策
一般社団法人東京都中小業診断士城西支部顧問
国際化コンサルテイング研究会アドバイザー
著 者
田 口 研 介
はじめに
ドイツの国民性は質実剛健で日本の国民性と相似している。軍国主義一色であった少年の頃、友人とニ
ュース映画館に行き、ドイツ陸軍の高々と足を上げ一糸乱れぬ横隊行進を鑑賞して高揚感に浸った微笑
ましい記憶がある。また社会人になって総合商社に在籍の頃、来日したドイツの輸入業者一行と洋紙の
輸出商談に立会ったことを思い出す。彼等の大仰な身振り手振りやクロージングでの迫力に圧倒された
が、商談が纏まった後の懇親会ではビールの乾杯で笑顔の絶えない好々爺振りであった。
さきの大戦ではドイツと軍事同盟を結び、ともに戦い敗れたが、戦後は技術を磨き工業立国として、ま
た輸出立国として経済再建を果たし、今日の繁栄を勝ち取っている。ただし、敗戦処理でドイツはナチ
スの残虐行為を率直に認め、被害国への補償に即応したが、日本は中国や韓国と歴史問題を引き摺ずっ
た儘である。過去の歴史の延長線上に新たなページを塗り替えには、
「過去のことは水に流す」日本式の
美徳が仇にならぬよう早期決着を図るべきではなかろうか。
Ⅰ.ドイツ連邦共和国における中堅・中小企業(Mittelstand)の強みについて
1.概説
Mittelstand(ミッテルシュタット)とは、ドイツ経済産業の中核を担う中堅・中小企業の総称である。
解説書によると 2003 年から 2010 年までの期間、ドイツの大企業は 150 万人の雇用数を減らしたが、
Mittelstand は 19 万人の雇用数を創出したと報じている。さらに同期間におけるドイツを除く EU3 か
国の Mittelstand 数は 2%弱の増加なのに、
ドイツ Miitelstand の雇用数と GDP は EU4 か国合計の 30%
を占めている。なお、ボン中小企業研究所による Mittelstand の定義では従業員数が 500 人未満、年間
売上高 5,000 万ユーロ(約 51 億円)未満の企業とされており、EU 自体の定義では従業員 250 人未満
かつ年間売上高 5,000 万ユーロ以下とされている。該当企業数は企業総数の 99.7%を占めている。
2.製品セグメントの集中化による輸出重点化政策
Mittelstand は、
“We only focus on one thing、but we do it better than anyone else.”表現のとおり、
競合の激しい製品分野では他社と戦わず、自社の得意な分野に集中、特化して業界トップを目指すこ
とを基本方針とし、国内市場はもとより、輸出貿易や海外拠点の設立に取組み、新市場を確保してい
る。
Mittelstand は、総企業数に占める輸出企業の割合が非常に高い。これは欧州圏の中央に位置するとい
うドイツの地理的優位性や、19 世紀後半まで欧州全体に君主国が割拠する体制にあった歴史的背景に
より、国や地域を超えて貿易取引を行うことへの抵抗感が少なかったことによる。さらには、グロー
バル人材を積極的に活用することにより、欧州市場だけでなく、日本や中国、アフリカ等の海外市場
にも幅広く貿易を展開し、受注を確保している。
3.理系学生やグローバル人材の採用による海外展開
Mittelstand は、規模は小粒だが、自社の技術がドイツ経済を支えていると自負する人材が多いため、
人材確保の面で有利に働き、優秀な理科系の学生が自分の技量を活かせる職場と見込んで就職してい
る。ドイツは隣国と陸続きのため外国人の往来が多く、企業内にも外国人の同僚が沢山いるので、英
語等の外国語力は全般的に非常に高い。また大手メーカーから提供される図面に基づき生産を請け負
う企業が多く存在したが、EU 市場の拡大に伴い人件費の安い東欧の業者に生産委託が集中するケース
が増えたため、特殊な専門分野で自社独自の技術力を発揮する Mittelstand だけが生き残っている。
4.需要家直販体制の構築とアフターサービスの充実
Mittelstand は、欧州地域外では自社の販売会社を設置せず、輸入代理店や外国企業との戦略的なパー
トナーシップを組む手法を取っており、インド、ブラジル、米国、エジプト等には現地企業を自社製
品の販売代理店に指定している。販売代理店に対しても自社製品に関する研修を定期的に実施してい
るが、大切なデータや技術的ノウハウの伝達には厳格に限度を設けて実施している。最終需要家に対
しては口頭説明だけでなく、現場入りして直接、助言ができる人材を派遣している。また需要家のニ
ーズを良く聴いて解決策の提案を行い、製品改良や新製品開発に繋げている。また後進国市場の需要
家に対しては、細部に亘ってコンサルティング活動を集中させる態勢を整えている。
5.系列化の脱却と高収益の確保による経営基盤の強化
日本では総じて売上高の規模に応じて営業利益率が変動する傾向がみられるが、ドイツでとは売上高
の規模と営業利益率は必ずしも比例しておらず、Mittelstand は大企業に劣らない5%程度の売上高営
業利益率を確保している。日本の産業構造は大企業を頂点に系列取引を中心とする垂直統合型が多く、
自動車産業を代表例に挙げると、親企業がマーケティング、製品の設計開発、最終組立、営業、販売、
アフターサービスを行い、系列の中小企業は親企業から委託を受けて、部品の加工や組立等を行う分
業体制を維持しており、収益性で親企業に劣後している。
一方、Mittelstand は日本の垂直統合型の産業構造に所属しないため、大企業とは比較的に対等な取引
関係を維持しており、複数の企業を自社の顧客として直接取引しているので、新たな顧客ニーズに対
し自社独自の技術開発を行うことができる。さらには、自社の差別化製品を輸入代理店経由で海外に
設置された販売網を活用して販売を行い高いシェアを維持するとともに、10~15%の利益を加算して
販売しているので、高収益性の確保による経営基盤の強化を図っている。
6.価格競争を排し品質重視の徹底による市場開拓
Mittelstand は、過当な価格競争を行わず、品質重視の徹底を貫き通している。低コストを求めて生産
の一部を海外に切り替える企業もいるが、原則的には国内生産に集中して高品質を堅持しつつ、国内
市場並びに海外市場向け販売システムの整備と再構築に注力している。
7.R&D の積極化
Mittelstand は、年間収入の 15%程度の費用を割愛して研究開発に取り組む他、本社工場に生産を集中
させ、企業秘密やノのウハウの流出を防ぐ一方、自社の固有技術は特許化せずに自社内に保管する方
針を貫いていると聞いている。
8.長期雇用関係の維持とデュアルシステムの導入効果
Mittelstand は、次世代以降の長期的視点に立って、従業員の技術や能力の向上には投資を惜しまない。
経営者は従業員を大切にする一方、従業員も経営者に忠誠心を捧げ、企業への帰属意識が高い。因み
に、米国企業の離職率は 30%であるが、Miitelstand の平均では僅か 2.7%である。従業員が蓄積した
技術や• ノウハウは企業の貴重な経営資源となって経営基盤を形成しており、それら貴重な人的資産を
失えば経営危機を招き兼ねないことを経営者はよく自覚している。
経営者は社員の技術力向上に注力するため、長期的な人材育成策としてデュアルシステムを導入、社
員を職業学校に入学させ訓練生として育成する企業が多く、その結果、従業員の並外れた忠誠心が企
業を支えることになる。因みに、厳格な徒弟制度を導入しても、ドイツでは 25 歳以下の若年層の失業
率は 7.8%に過ぎず、スウェーデンの 22.1%、スペインの 54%と比べて遥かに低い。厳格な徒弟制度
はドイツのものづくり産業の発展に貢献しており、
各州や各地域の Mittelstand に分散して根を張り、
地域社に役立っていることも事実である。この制度は義務教育を修了した若年層を対象として地域の
企業の現場で職業訓練を実施するので専門職の人材が育成され、一定の技能水準を上回る貴重な人材
を確保できる制度として注目されている。
ドイツも日本と同様に少子高齢化が進む中、高度な技術者の確保は重要課題になりつつあるが、訓練
生が修了後、自社の貴重な人材になる可能性が高いため、受入れる Mittelstand にとって大きなメリ
ットになっている。この育成システムが各地域の企業にとって人材確保の円滑化に寄与し、各地域の
産業形成に貢献していることは間違いない。
Ⅱ.ドイツ連邦共和国における新産業政策について
1.欧州委員会による産業クラスター政策の推進
クラスラーとは葡萄の房を意味し、産業クラスターとは各州・各地域に点在する Mittelstand が大学や
研究機関等が育てたシーズを活用して、新規事業を創出できる環境を整備することにより、競争優位の
ある産業が芽生え、開花して広域的な産業集積が整っていく状況を言う。欧州連合の政策執行機関であ
る欧州委員会の「EU Cluster Observatory」の中でドイツは、クラスターの規模において、産業への集
中度と波及性において、高い星付き産業クラスターを多く抱えている。因みにドイツの主要製造業の星
付きクラスターの取得数は年間平均 3.5 業種であり、イタリアの 2.5 業種、スペインの 2 業種、フラン
スの 2.4 業種と比べて高い。
2.国家プロジェクト Industrie 4.0 の推進
EU の「ものづくり」を牽引するドイツは、世界を代表する製造業者の存在と産官学の連携を加速化させ
るための振興政策を打ち出しているが、政府が始動させた産業政策の最新版として Industrie 4.0 を挙げ
ることができる。この政策を要約すると、IoT(Internet of Things)と FA(Factory Automation)を
融
合させ、
「スマートファクトリー(考える工場)」を実現させることにある。IoT とは従来人手に依存して
きた作業やサービスをセンサー技術やインターネット、コンピュータ、ロボット等の機械を使って提供
する仕組みのことである。即ち、センサー等から得た膨大なデジタル情報(ビッグデータ)をインター
ネ
ットを通じてリアルタイムに収集し、分析結果に基づき最適に制御された生産サービスをロボット等が
提供することにより、生産性の向上や異業種間の連携を促進することにあり、ドイツ政府はこの施策を
通して新しい輸出立国を目指すことにしている。
Ⅱ.Miitelstand を支援する代表的な公的機関と役割について
1.フラウンホーファー研究機構( Fraunhofer-Gesellschaft、FhG)
FhG は教育研究省の傘下にあり、1949 年に実用化研究を担当する研究機関として設立された。職員総数
は約 23、000 名で大部分が科学者及び技術者から成る。ドイツ各地に 67 の研究所を擁する他、日本代表
部を含む世界各地に研究センターや代表部を設置しており、企業、政府及び公共自治体から委託を受け
て技術開発を行い、研究成果を提供している。ドイツには他の公的研究機関として、基礎科学研究のマ
ックス・プランク協会、基礎科学から応用科学研究に繋ぐための大型研究施設を有する教育研究省傘下
のムホルツ協会とライプニッツ学術連合等があるが、FhGは最も実用化に向けた応用研究に取り組んで
おり、企業等からの委託研究、企業等への技術サービスの提供を行っている。研究分野は幅広く、マイ
クロエレクトロニクス技術、材料・部品材料技術、生産技術、情報コミュニケーション技術、光学及び
表面技術、ライフサイエンス、防衛・安全保障技術、ナノテクノロジー、自動車生産技術、エネルギー
技術、生活支援環境技術、高分子表面技術等の分野に取り組んでいる。受託件数の 30%がドイツ連邦州
及び連邦政府から、70%は一般企業からの委託や公的財源による研究プロジェクトである。
2.マックス・プランク研究所( Max-Planck-Gesellschaft ,MPG)
MPG の研究対象は、生物・医学の分野、化学・物理学・工学の分野、精神科学・社会学・人間科学の分
野であり、旧東ドイツのドレスデンに自然科学関係の基礎研究のための研究所を 3 つ設置して、大学の
枠組みを超える最新かつ将来性のある分野の基礎研究を担当、大学の研究を補完する役割を担っている。
3.シュタインバイス財団(StW)
StW 財団は、
中小企業への技術ノウハウ提供を目的として設立された公益財団で、世界 47 ヵ国で 6,000
人以上の大学教授、研究者等のスタッフを擁する産学連携型の企業支援機関である。工科大学や総合大
学、その他研究機関の研究者により、特定企業のビジネス技術やマネジメントに関する実践的な問題解
決を可能にする独特の仕組みを開発、年間 10 千社の Mittelstand に対し 14 千件以上のプロジェクトを
手掛ける一方、コンサルティング活動や研究開発業務を有償で受託、産学官連携を支援している。要す
るに FhG も StW も Mittelstand を直接支援するのみならず、技術面の仲介等により企業同士を結び
付けて各企業の連携を促し、ネットワーク形成の役割を果たしている。
4.ドイツ復興金融公庫(Gesetz über die Kreditanstalt für WWiederaufbau、KfW)
KfW は、復興金融公庫法に基づく組織であり、資本の 80%はドイツ連邦共和国が、残りの 20%は各州が
所有している。融資の対象と目的については、①中堅・中小企業、自由業、ベンチャーキャピタル等、
②住宅供給・環境保護・インフラ整備事業、③技術革新等に関する助成事業、④地方機関や特定目的に
合致した組合への融資、⑤教育や社会的な目的を達成するための施策、⑥欧州投資銀行や欧州連合によ
る経済促進施策の分野に亘っている。①を中心とする中堅・中小企業等(Mittelstand)への融資方法に
ついては、代理貸付制度を採用している。
1)KfW 中小企業銀行(KfW Mittelstandsbank)
:中小企業、ベンチャーへの助成
2)KfW 民間顧客銀行(KfW Privatkundenbank)
:個人の住宅や教育に関する融資
3)KfW 地方自治体銀行(KfW Kommunalbank)
:地方自治体向けインフラ整備融資、州立支援財団
(Landesförderinstitute)への融資
4)KfW IPEX 銀行(KfW IPEX-Bank)
:輸出金融及びプロジェクト・ファイナンス
5)KfW 開発銀行(KfW Entwicklungsbank)
:公的開発援助活動
復興金融公庫は戦後復興のために欧州復興基金を原資として設立されたが、政策金融機関としての資産
は安全に運用しなければならず、リスクを冒して Mittelstand に直接融資を行うことを回避するととも
に、公営や取引のある民間の金融機関を利用して、効率的に融資させる方法を採択している。現在、復
興金融公庫は連邦政府及び州政府の出資により間接融資を、各州の振興金融機関(投資銀行等)が州政
府の出資により直接融資を含む金融支援を実施している。さらに連邦政府及び州政府は民間の信用保証
会社による中小企業等向け融資の保証に対し再保証を供与することにより中小企業金融の振興を図って
いる。
5.Mittelstand の金融支援を行う他の公的機関のプログラム
○基本方針
◇支援総額:総額 725 億ユーロのうち中小企業関連として 226 億ユーロを割り当てる(2013 年度)
◇支援対象:中堅・中小企業及び個人の専門職、技術者を対象とする。
◇支援資金名・融資条件・限度額等:以下の通り。
(1)中小企業向け支援
1)Kfw-Entrepreneur Loan:創業資金 3 年、設備資金 5 年・10 年・20 年、運転資金 2 年・3 年・
4 年・5 年、限度額・25 百万ユーロ、金利・最長 10 年の固定金利とする。
2)ERP-Programme for Regional:融資限度額・3 百万ユーロ、金利・リスク対応金利とする。
3)ERP-Start-up Loan:対象企業・創業 3 年以内、設備資金 5 年・10 年・20 年、運転資金 5 年、
限度額・10 百万ユーロ、適用金利・10 年間の固定金利
4)ERP Capital for Start-ups:劣後ローン
(2)イノベーション支援
1)ERP-Innovation Programme:研究開発、劣後ローン
2)ERP-Startfund:対象・50 人未満、年間売上高 10 百万ユーロ未満、創業 10 年未満の革新的企業
3)環境・温暖化対策支援
4)個人向け支援:環境対策費、住宅ローン、教育ローン
5)公共団体向け支援:インフラ関係設備の更新、環境対策費
6)州政府の支援:公的金融機関への支援
7)大企業の支援:輸出ファイナンス、環境対策費、海外投資資金
8)途上国支援全般
9)支援原則:各州金融機関による代理貸し(the principal of on-lending)
10)中小企業政策の評価:SME Advisory Council、経済技術省、財務省、専門家で構成
まとめ
ドイツ経済は好調に推移しており、実質 GDP はプラス成長が続き、生産も輸出も好調で、今後もユーロ
圏経済の牽引役を果たしていくことは間違いない。一方、高齢化と若年層減少の影響や、輸出と輸出を
支える製造業に依存する経済構造が経済成長の持続性を弱めていること及び所得格差の拡大が生産性の
向上を鈍らせる懸念もある。一方、日本では多くの中堅・中小企業の中に世界ナバーワン、オンリーワ
ンの術があるのに、大企業の垂直型統合に組み込まれて、グローバル市場に挑戦する機会を失って収益
力を削がれ、ドイツの企業を大きく下回っている。結局、企業構造の裾野の広がりと付加価値の創造力
の差が日独企業の競争力の差に繋がっているように思っている。
追伸:今回のシリーズ版の最後は「ドイツの産業クラスター政策から学ぶ我国の地域創生への示唆」を
予定しているので、ご期待願いたい。