携帯端末を使った遠隔操作の手法と科学館展示への

大阪市立科学館研究報告 25, 35 - 40 (2015)
携帯端末を使った遠隔操作の手法と科学館展示への応用
西 野
藍 子
*
概 要
近 年 、スマートフォンなどの携 帯 端 末 が急 速 に普 及 している。こうした携 帯 端 末 には、さまざまな機 能
が備 わっており、科 学 館 での展 示 や教 育 普 及 活 動 など、さまざまな場面 に大 いに活 用 できうるものである。
例 えば、自 分 でスマートフォンのアプリを開 発 して、無 線 通 信 を使 ってモノを自 由 自在 に遠 隔 操 作 するこ
とも実 現可 能 である。本 稿 では、スマートフォンアプリの開発 方 法 と、無 線 通信 を使った遠 隔 操 作 の手 法 、
および科学 館 展 示 への応 用 例 を紹 介 する。
1.はじめに 
近 年、スマートフォンなどの多 機 能 携 帯 端 末 が急 速
に 普 及 している 。総 務 省 が 発 表 した「 平 成 2 5 年 通 信
2-1.従来の携帯電話との比較
従 来 の携 帯 電 話 との大 きな違 いを(1)~(4)に述 べ
る。
利用動向調査」によると、スマートフォンの 1 世帯当た
りの保有率 は平成 22年 末 の 9.7%に対 し、平 成25年
には 62.6%となっており、非 常に急 速 な普 及が進んで
いる。
(1)操作方式
従来の携帯電話では、ボタンを押して操作することが
主 流 であった。スマートフォンではタッチパネル方 式 が
また、地 方 自 治 体 が観 光 やイベント、災 害 対 応 など
取 り入 れられており、液 晶 画 面 を指 でタッチしたりなぞ
で、スマートフォンアプリを活 用 した公 共 サービスを提
っていくことで、指 の動 きに合 わせてメニューが選 択 さ
供する例も、この数 年 で急 速 に増 加 している。
れたり、画面が変わる。
当 館 の 展 示 場 に は 、来 館 者 が 能 動 的 に 展 示 に 触
れ、科 学 を楽 しくわかりやすく学 ぶことのできる体 験 型
(2)インターネットアクセス
展 示が数 多 くあるが、もしこうした展 示 にスマートフォン
携 帯 電 話では閲 覧 できるサイトの種 類がスマートフォ
アプリを活 用 した新 たな展 示 手 法 を確 立 することがで
ンに比べて少なく、情 報 量 が限 定されている。スマート
きれば、さらに幅のある体 験 型 展 示 を提 供 できるように
フォンでは、ほとんどのサイトをパソコンと同じように見る
なると考える。
ことができる。
そこで今 回 は、その第 一 歩 として、スマートフォンア
プリの開 発、およびスマートフォンの基 本 機 能 である無
(3)SNS
線 通 信 を 使 っ て、物 を 遠 隔 操 作 するための 手 法 を 紹
近年、Facebook や Twitter などのソーシャル・ネット
介 し、今 後 の 科 学 館 展 示 へ どのように応 用 できるかと
ワーキング・サービス(SNS)を利 用した情 報 発 信が進ん
いうことについて述べる。
でいる。携帯電話ではこうした SNS の利用が難しいが、
スマートフォンでは簡単に利用することができる。
2.スマートフォンについて
ス マートフ ォ ンとは 、パソコ ンと 同 等 の 様 々 な機 能 を
持つ多機能型携 帯 端 末 である。iPhone や Android 端
末などが主流である。
(4)アプリ
従 来の携 帯 電話と大きく異 なるスマートフォンの最 大
の特 徴は、アプリを自 由に取 捨 選 択できるところである。
自分の用 途に合ったアプリをダウンロードし、自分の好
 *
大 阪 市 立 科 学 館 学 芸 グループ
E-mail:[email protected]
みで使いたい機能をカスタマイズすることができる。
西野 藍子
2-2.アプリ開 発
③Arduino(アルドゥイーノ)
スマートフォ ンの 最 大 の 特 徴 と も 言 える アプ リとは、
初 心 者 でも比 較 的 簡 単 に扱うことができるマイコンボ
正 式 に は 、 ア プ リ ケ ー シ ョ ン ソ フ ト ウ ェ ア (Application
ー ド で あ る 。 Bluetooth 通 信 で 伝 送 さ れ た 命 令 を
Software)といい、メールソフトや音 楽 プレイヤーといっ
Arduino に組み込まれたソフトウェアで解析し、信 号を
た、パソコン上で動くソフトウェアのことである。
モーター側へ伝送する。
スマートフォンには 、非 常 に 多 くのアプリが 存 在 し、
ユーザは自由に取 捨 選 択 することができる。また、誰で
も開発できるように無 償 でソフトウェア開 発 キットが公開
されているため、開 発 環 境 の構 築 方 法 とプログラミング
の知 識 があれば、誰 でもスマートフォンのアプリを開 発 、
配布できるようになっている。
3.開 発
今 回 、遠 隔 操 作 する“もの”(ハードウェア)とスマート
フォンの“アプリ”(ソフトウェア)の両 方を製 作 した。
具 体 的には、Android 端 末 のアプリから無 線 通 信 の
写 真 2:マイコンボード「Arduino Leonardo」
一つである Bluetooth 通 信を使って、ラジコンカーの遠
※マイコンボードに組 み込 むソフトウェアの開 発 には、「 Arduino
隔操作を実現する、というものである(図 1 参 照)。
統 合 開 発 環 境 」が無 料 で公 開 されており、ダウンロード可 能 。
今回の製作には、書 籍「Arduino+Bluetooth Android
プログラミング」を活 用させていただいた。
④Arduino モーターシールド
Arduino 本体に搭載して、機能拡張を実現するため
の Arduino 専用「シールド」というキットがいくつか販売
されている。今 回 は、ラジコンカーの車 輪を駆 動 させる
ため、Arduino モーターシールドを使用した。
図 1:Android 端 末 から無 線 通 信 (Bluetooth)で命 令 信 号 を送 り、
ラジコンカー側 で Arduino マイコンボードが命 令 を読 んで、モー
ターからギア(車 輪 )に命 令 信 号 を伝 達 させる。
※書 籍 「Arduino+Bluetooth Android プログラミング」p.97 より抜
粋
写 真 3:「Arduino モーターシールド」
3-1.用意するもの
①Android 端 末
⑤タミヤ工作セット(各 種)
スマートフォンとして Android 端 末を用 意する。開発
を行ったのは、Android 端 末 専 用のアプリである。
ラジコンカー本体となる部品。以下に列挙する。
○ツインモーターギヤーボックス(写 真 4 左)
左 車 輪 と右 車 輪 を別 駆 動 させるため、モーターが二
②Bluetooth モジュール
つついているものを用意。
ス マ ート フ ォ ン と の Bluetooth
○タイヤセット(写真 4 中央)
通 信 を実 現 するためのモジュー
ラジコンカーの後輪として車輪を 2 つ用意。
ル。ラジコンカーに搭載し、
※前輪はボールキャスターを 1 つ使用。
Bluetooth 通信で受 け取った信
号をマイコンボードへ伝 送する。
写 真 1:Bluetooth モジュール
○ユニバーサルプレート
ラジコンカーの車体部分。ここに Arduino やモーター
を取付ける。
携帯端末を使った遠隔操作の手法と科学館展示への応用
②マイコンボードの周辺回路を構築
Arduino をラジコンカー
のユニバーサルプレート
を取り付け、その上に
Arduino モーターシール
ドを差 し込 む。さらに、そ
の上に Bluetooth モジュ
ー ルを 取 り 付 け る 。 モー
写 真 7:ジャンプワイヤー
ターと Arduino モーター
差 し込 むだけで使 用 でき、
シ ー ル ド 、 Arduino と
面 倒 なはんだ付 けが不 要 。
Bluetooth モジュールとをジャンプワイヤーでそれぞれ
写 真 4:タミヤ工 作 セット
接続する。
⑥電池、工具など
単 3電 池 4本 、ジャンプワイヤー、半 田 ごて、カッター
ナイフ、プラスドライバー、ペンチ、はさみなど。
⑦開発用PC
Android アプリや Arduino ソフトウェアを開 発 するため
のパソコン。今 回 は、Windows7 OS が搭 載 されたパソ
コンを使用。
3-2.製作
①ラジコンカーの組 立
写 真 8:マイコンボード周 辺 回 路 の取 り付 け
ツインモーターギアーボックス、およびタイヤを手順書
通りに組み立て、ユニバーサルプレートにセットする。
ここまでで一 通 りラジコンカー(“もの”=ハードウェア)
は完成。以 降 、プログラム(ソフトウェア)の製作に入る。
③Arduino プログラム製作
Arduino プログラムの開発環境は無料で公開されて
おり、以下サイトよりダウンロードすることができる。
[Arduino IDE(開 発 環 境)]
http://arduino.cc/en/Main/Software
写 真 5:タミヤ工 作 セットを組 み立 てる
写 真 9:「Arduino IDE」Windows 版 をインストール
上記は、Windows、Mac、Linux などさまざまな OS に
対応している。今回の開発用 PC は Windows7 である
写 真 6:組 み立 てたラジコンカー
ため、Windows 版をインストールした。
西野 藍子
Arduino のプログラムは、C/C++ベースの独 自プログ
ラミング言語(Arduino 言 語)を使 用し、プログラムのこと
[Eclipse]
https://www.eclipse.org/downloads/
を「スケッチ」とよぶ。
写 真 12:Eclipse ホームページよりダウンロード
[Android SDK]
https://developer.android.com/sdk/index.html?hl=i
[JDK]
http://www.oracle.com/technetwork/java/javase/d
ownloads/index.html
写 真 10:Arduino IDE とスケッチ(プログラム)
上記を開発用 PC にダウンロードし、順番にインストー
開発用 PC と Arduino を USB 接 続し、作 成 したスケッ
チを転 送 、Arduino マイコンボードにプログラムを書 き
込む。
ルする。
インストール後 、Eclipse を 起 動 して ADT(Android
Development Tools) のインストール、および、Android
端末の OS バージョンに対応した API のインストールを
行う。
写 真 11:PC からスケッチを Arduino に USB 転 送
④Android アプリ製 作
写 真 13:Eclipse の開 発 画 面
今 回 は、Android アプリの開 発 環 境 として「Eclipse」
を使用した。Eclipse は、IBM によって開 発された統合
今回製作した Android アプリにおける Bluetooth 通
開発環境で、Android SDK を組み込むことで Android
信のメイン部 分は、Android SDK 内 のサンプルコード
アプリの開発環境とすることができる。
「BluetoothChat」の処理をベースに製作した。
なお、開発用 PC には Java 環 境も必 須のため、もし
なお、画 面 部 分やメインの処 理プログラムに関しては、
入っていない場合 には JDK の事 前 インストールも必要
前 述の書籍「Arduino+Bluetooth Android プログラミン
である。
グ」に記載されているコードを活用させていただいた。
携帯端末を使った遠隔操作の手法と科学館展示への応用
写 真 14:
完 成 した Android アプリ。
画 面 は 11×11 の青 いマス目
となっている。
指 を置 いたところの上 下 左 右
のマス目 が黄 色 に変 わる。
→指 を動 かした方 向 にラジコ
ンカーが動 くよう命 令 信 号 を
Bluetooth 通 信 で送 信 する。
(上 なら前 進 、下 は後 退 、左
右 は左 右 )
②探査車を操作してミッションを成功させよう!
スマートフォンを活 用した体 験 型 展 示の例を考える。
例えば、展示物としてミニチュアの「火星表 面 」と「火 星
探査車」を用意する。スマートフォンの画 面 上で操作を
すると、目 の 前 にあるミニチュアの 火 星 探 査 車 が 動 い
て、画 面 上 での命 令 通 りに火 星 表 面 の写 真 を撮 影 を
行 ったり、地 表 面 の採 掘 に挑 戦 できる、というものであ
る。
③「大阪市立科学館ナビ」アプリ
将 来 的 には、展 示 物 との 連 携 も 含 めた大 阪 市 立 科
学館独自のアプリが制作できたらと考える。来館者は、
このアプリを利 用することで、より深く楽 しみながら科 学
4.科学館 展示への応 用
4-1.スマートフォンと連 携 する強 み
を学ぶコツを知ることができる。
内容としては、以下のようなものである。
スマートフォンにはさまざまな機 能が備わっている。例
えば、さまざまなセンサー(加 速 度 センサーや温 度 セン
サー、接 近 センサーなど)や無 線 通 信 (WiFi、赤 外 線 、
Bluetooth、LTE)、髙 い計 算 能 力 などが挙 げられる。こ
う した 機 能 を 科 学 館 展 示 に 活 用 していく こと が できれ
ば、さらに多 種 多 様 な体 験 型 展 示 を実 現 することも可
能である。
[大 阪 市 立 科 学 館 ナビ]
・展 示 物 にスマートフォンをかざすと、展 示 の詳 しい
紹介動画が流れる。
・展 示 だけでなく、インフォメーションカウンター、トイ
レ、授 乳 室 の場 所 など、館 内 のあらゆる情 報 を検 索
することができる。
・当 館 の楽 しみ方 やオススメ情 報 などが随 時 更 新 さ
4-2.科学館展示 への応 用 例
スマートフォンとの連 携 とは実 際 にどのようなアプロー
チがあるのか、展 示への応 用 例を以 下に示す。
①スマート人間の部 屋
大 阪 市立 電 気 科 学 館 の時 代 に人 気 を博 した展示に、
「透 明 人 間 の部 屋 」がある。その現 代 版 として、スマー
トフォンで部 屋 中 の家 電 などを操 作 する「スマート人 間
の部屋」を考える。
例 えば、スマートフォ ン の 画 面 に 部 屋 が 表 示 され 、
画 面 上 にあるカーテンにタッチすると実 際 に部 屋 のカ
ーテンが開いたり、照 明 にタッチすると点 灯 する、という
ものである。
れ、来館者は最新情報をいち早く知ることができる。
・Twitter などの SNS と連携させて、来館者 同士のコ
ミュニティの場とすることができる。
5.まとめ
今 回 は科 学 館 における教 育 普 及 活 動 に 有 効 活 用
する第一歩として、スマートフォンアプリを開発し、無線
通信を使った遠隔操作の手法と科学館展示への応用
を考えた。
スマートフォンのアプリ開 発 は初 めて であったが、実
際 に開 発 環 境を構 築 し、アプリを完 成させることができ
たことは、大 き な収 穫 であっ た。今 後 は 、科 学 館 展 示
に限 らずさまざまな場 面 で、教 育 普 及 に効 果 的 なアプ
リを考え、開発に挑戦していきたい。
しかし一 方 で、さまざまな課 題 も見 えてきた。例 えば、
スマートフォンに搭載されている OS は随時バージョン
アップする。もしアプリを配 布 するのであれば、常 に対
応していかなければいけない。また、iPhone と Android
など様々なスマートフォンに対 応するためには、それぞ
れにアプリ開発が必要となる。
こうした課 題 をクリアしていくために、さまざまな有 識
者に協力を仰ぎ、アドバイスいただくことも必要であると
実感した。今 後もし可能であれば、他館の方々や開 発
写 真 15:「透 明 人 間 の部 屋 」(大 阪 市 立 電 気 科 学 館 )
の専 門 家 の方 々とも連 携 して取り組んでいきたい事 業
である。
西野 藍子
謝辞
今 回、開発を行 ったハードウェアやソフトウェアは、す
べて書籍「Arduino+Bluetooth Android プログラミング」
に記載された内容を基 に製 作させていただきました。
開発にあたっては、この書 籍 の執 筆 者 である鈴木圭
介 氏 、および、丸 石 廉 氏 に幾 度 となくアドバイスをいた
だきました。ここに、改めて御 礼 申 し上げます。