福岡県工業技術センター 研究報告 No.25 (2015) 金型表面形状制御による摺動性改善メカニズムのFEM解析 阿部 幸佑 *1 深浦 裕之 *2 荒牧 正俊 *3 古君 修 *3 FEM Analysis of Friction for Pressing Dies Controlled by Shot Treatment Kosuke Abe, Hiroyuki Fukaura, Masatoshi Aramaki and Osamu Furukimi 自動車部品等への高張力鋼板使用増加に対応するために,摩擦特性の制御を目的としたショットピーニング処理 による金型表面形状制御技術が提案されている。金型-鋼板摺動面では,表面制御した凹凸が潤滑油を保持・供給 する働き(油だまり効果),凹凸により局所的に生じる弾塑性変形(掘起し効果)など,複雑な現象が生じる。本報告 では,これら摩擦に寄与する現象を解明し,摺動性に及ぼす金型表面形状の影響を評価するために,金型-鋼板摺 動面の局所的な弾塑性変形のFEM解析を行った。その結果,表面形状に応じて潤滑油の有無を考慮したモデルに基 づくFEM解析によって,摺動試験での摩擦係数の挙動を再現することに成功し,金型表面形状制御による摺動性改 善メカニズムを明らかにできた。 ット処理無しでCVD-TiC被膜処理した試料を用いた。 1 はじめに 2-2 FEM解析 近年,自動車の軽量化等を目的に高張力鋼板の使用 量が急増し,それに伴う金型寿命の低下が大きな問題 後述するドロー摺動試験条件を模擬し,押付荷重 FP となっている。著者らはこの課題に対して,ショット を2~30 kNの範囲で変化させた際の工具表面凸部の押 ピーニング処理によって金型表面に凹凸を形成し,こ 付ならびに引抜時の弾塑性変形をFEM解析した。解析 れを油だまりとして利用する摺動性改善手法を提案し ソフトにはダッソー・システムズ社製ABAQUSを用いた。 た。一般に,このような表面処理の効果は,摺動試験 解析モデルを図1に示す。工具の表面形状を,2山のサ における押付及び引抜荷重より算出される摩擦係数を イン波形とし,凹部から凸部までの高さhは,レーザ 指標に評価されている。その際,実際の摺動面では局 ー顕微鏡により測定した表面粗さに基づいて決定した。 所的な弾塑性変形が生じ,純粋な摩擦以外に,弾塑性 変形の寄与(掘起し効果)が加算されることを前提とし ている。しかし,金型-鋼板摺動面のその場観察が不 可能なため,そのメカニズムの実証は困難である。 本報告では,極めて複雑な金型-鋼板間の摩擦現象 を解明し,摺動性に及ぼす金型表面形状の影響を評価 する目的で,金型-鋼板摺動面の局所的な弾塑性変形 の FEM 解析を行った。 2 実験方法 2-1 供試材 供試材には,SKD11を用いた。表面処理として,1段 階ショット処理(投射材:Al2O3-0.3 mm)及び2段階ショ ッ ト 処 理 ( 投 射 材 :Al2O3-0.3 mm,Fe-0.86,C-0.05 mm) 後,低温窒化処理(733K,8h)を施し,比較材にはショ *1 機械電子研究所 *2 九州大学(現 日本パーカライジング(株)) 図1 *3 九州大学 - 87 - FEM解析モデルの概略 福岡県工業技術センター 研究報告 No.25 (2015) また,油だまり効果を簡潔に表現する試みとして, 3-2 ドロー摺動試験結果 図1(b)に示すように,工具凹部に溜まった潤滑油を弾 図3にショット無し及び2段ショット条件における各 性体として記述する擬似潤滑油モデルを用いた。 押付荷重での摩擦係数を示す。なお,図中には各条件 2-3 ドロー摺動試験 に対応するFEM解析結果を併せて示した。ドロー摺動 表面処理が摺動性に及ぼす影響を評価するため,ド 試験結果及びFEM解析結果を同一のショット処理条件 ロー 摺 動試 験 を行っ た。 相 手材 と なる 引 抜鋼 板には 同士で比較すると,ショット無しの場合は擬似潤滑油 SPFC440を用いた。上治具と金型試料の間に防錆油を 無しのモデル,2段ショットの場合は擬似潤滑油モデ 塗布した引抜鋼板を挟み込み,所定の押付荷重を負荷 ルに基づく解析によって,実験結果の傾向をそれぞれ した状態で引抜いた。この際,引抜速度を1 m/min, よく再現している。この結果は,金型表面形状制御は, 摺動距離を250 mmとした。押付荷重は,1回目を1.96 押付荷重増加に伴い摩擦係数を増加させる掘起し効果 kNとし,その後,かじりが発生するまで1.96 kNずつ と,高押付荷重下で摩擦係数を減少させる油だまり効 段階的に増加させ,各押付荷重における引抜荷重から 果の両方に影響を及ぼすことを示唆する。 摩擦係数を求めた。 3 結果と考察 3-1 FEM解析結果 2段ショット条件の高押付荷重(30 kN以上)におけ るFEM解析では,工具表面凸部による押込変位が引抜 時に増大し,異常変形を生じて計算が強制終了した。 2段ショット,押付荷重 FP:30 kNにおける引抜後の相 当応力分布を図2に示す。この条件での相当応力の最 大値は1449.6 MPaであり,見かけの平均接触面圧の約 15倍を示すことから,局所的に極めて大きな負荷が生 じたことが明らかとなった。 また,擬似潤滑油モデルを用いた場合を除く全ての 条件において,押付荷重増加に伴い,掘起し効果によ る見かけ摩擦係数の増加が認められた。それに対し, 擬似潤滑油モデルを適用した場合には,押付荷重増加 図3 に伴って摩擦係数が減少した。この現象は油だまり効 各表面処理における摩擦係数と押付荷重の関係 果に対応するものであり,擬似潤滑油モデルの妥当性 4 まとめ を示している。 金型-鋼板摺動面の局所的な弾塑性変形のFEM解析 を行い,表面形状に応じて潤滑油の有無を考慮したモ デルに基づくFEM解析によって,摺動試験結果を再現 することに成功した。金型表面形状制御は,掘起し効 果だけでなく,高押付荷重下で発揮される油だまり効 果にも寄与するとの結論が得られた。 5 掲載文献 HTM Journal of Heat Treatment and Materials, Vol.70, pp.26-32(2015) 図2 高押付荷重時の相当応力分布(2段階ショット) - 88 -
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