全国またいで、しっかりサポート! - 中国経済産業局

tweet!アドバイザー
全国またいで、しっかりサポート!
ベンチャー企業が大手と直接取引できる
まで成長したワケ
独立行政法人 中小企業基盤整備機構
中国本部
統括プロジェクトマネージャー 加藤一博
はじめに
今回は、中小機構の強みである「全国的なハンズオン支援」が活きた一例として、安
全性と短工期・低コストの両立でサイロ業界に驚きを与え、大手企業と直接取引できる
までに成長した岡山県倉敷市のベンチャー企業「株式会社プラントベース」の歩みをご
紹介いたします。
1.事業の概要
1-1.サイロ業界の課題
とうもろこし、大豆などの日本の食を支える穀物類は、その多くが輸入されたのち、サ
イロに保管されています。具体的に、油や飼料に使用される大豆の例を挙げます。先ず、
港湾に到着した大豆は、ベルトコンベアなどで船から一時保管用のサイロ(1次サイロ)
に移され、植物防疫法に基づく燻蒸消毒が行われます。次に、この大豆を製油工場で採油
処理し生じた搾りかすは、飼料工場にあるサイロ(2次サイロ)に運ばれます。さらに、
飼料として製品に加工されたのち、最終的に養鶏場等の比較的小さなサイロ(3次サイロ)
で、家畜のえさとして備蓄されます。
1次サイロ、2次サイロは、そのほとんどが昭和 40 年代に港湾のコンビナートに建設された
もので、補修が必要な時期を迎えています。この補修とは、穀物の燻蒸消毒に用いる臭化メ
チルなどの有毒ガスの漏れを防ぐための補修・防水塗装工事ですが、実際のところ、あまり
進んでいません。理由は、サイロ内部の作業が危険であるうえにコストを伴うからです。
従来の工事は、①地上約 50m 地点にある大人一人分ほどの穴からゴンドラを吊るして行う
方法、②単管足場を内部で組み立てて行う方法の2通りに限られていました。①ゴンドラの方
法では、少人数で直径 10m ほどの内部を揺れるゴンドラに乗って作業するため効率が悪く、
②単管足場の方法では、アンカーの打ち込みができないことから体勢が不安定になり、設
置・撤収に時間がかかる上に、サイロ内部壁面に固着した穀物カスが上から崩れ落ちて生き
埋めになる危険性を伴います。こうした理由で、使用不能のまま放置されたサイロが増えて
おり、サイロ会社は、機会ロス(穀物の保管料として得られるべきサイロ1基当たり約2千万円
/年のロス)に悩まされていました。
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2.事業の展開
2-1.ゼロからのスタート
株式会社プラントベースの五十嵐雅明社長は、建築・土木工事の職人で、同社設立までの
6年間、個人事業主として岡山県内でサイロ内のメンテナンス工事を行っていましたが、単管
足場での作業が非常に危険であるため、安全に作業できる装置の開発を思い立ちました。
五十嵐社長が、工事中に思いついた図面を、ラック・ピニオンの技術的なノウハウが豊富
な愛媛県伊予郡松前町の「米山工業株式会社」に持ち込んで設計してもらったことから、「設
置・移動が簡単で安全性に優れる移動式仮設足場『ステージタワー』」の共同開発が始まりま
した。
ラック・ピニオン技術とは、歯車(ピニオン)と歯切りした平板(ラック)を組み合わせる技術
のことで、米山工業株式会社の製造するみかん農家の作業用モノレールの動きをステージタ
ワーの上下運動に応用しました。開発中に、1年以内に法人設立する起業予定者等の支援
を目的とする岡山県産業振興財団の「岡山発!オンリーワン企業育成支援事業」に採択され、
法人化し株式会社プラントベースが設立されました。
ピニオン
ラック
ステージタワーを上から見た様子
2-2.中小機構との出会い
平成20年、岡山県から中小機構へ株式会社プラントベースを紹介されました。資金調達
の相談でしたが、当時、同社は創業3期目であり、資金・人材・経営ノウハウ等が圧倒的に不
足している状況で、その他にも建設業許可の取得や知的財産の保護など解決すべき課題が
たくさんありました。中小機構では、ステージタワー本体の利便性に、「補修・防水塗装工事
の技術」や「受注のための販路開拓力」を組み合わせることができれば、これまでサイロ会社
を悩ませてきた補修の問題を一気に解決する事業になると強く感じ、中小機構のハンズオン
支援で課題を解決しながら、事業が推進できるよう「新連携事業※」の認定を目指すことを勧
めました。
認定を目指すにあたり、株式会社プラントベースがステージタワーの開発と工事の施工を
行い、米山工業株式会社がステージタワーの製造などを行うことで、連携して取り組むことに
なりました。
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さらに、塗装工事用塗料の開発と清掃・補修工事の販路開拓に「菱洋株式会社」(東京都
港区)の力を借り、また、経年劣化によるサイロのひび割れ診断には、コンクリートの診断・補
修が主力事業の「株式会社ディアテック」(岡山県岡山市)の力を借り、他の追随を許さない
競争力の獲得を目指しました。
認定に必要な事業計画の作成においては、地元の金融機関等からも支援が得られ、半年
で新連携事業の認定を受けることができました。
認定後2年目には市場投入が行われ、その間、新事業活動促進支援補助金を活用して、
ステージタワーの改良を進め、安全性の向上、工期の更なる短縮と原価低減を実現すること
ができました。また、「営業用の DVD」や「ステージタワーのミニチュア模型」などの営業ツール
も作成し、いよいよ同社の本格的な販路開拓が始まりました。
ステージタワーと従来工法の比較
ステージタワー
単管足場
サイロ内の清掃イメージ
ゴンドラ
上部から穀物の
掻き落とし作業を
始め、下部の搬出
口からバキューム
等で排出する。
【補注】(※)「新連携事業」
新連携(中小企業新事業活動促進法では「異分野連携新事業分野開拓」といいます。)とは、その行
う事業の分野を異にする事業者が有機的に連携し、その経営資源(設備、技術、個人の有する知識
及び技能その他の事業活動に活用される資源をいいます。)を有効に組み合わせて、新事業活動を
行うことにより新たな事業分野の開拓を図ることをいいます。 新たな事業活動に取り組もうとする異
分野の中小企業者(2者以上)が、事業計画を作成し、国の認定を受けると、国の補助金や政府系
金融機関による低利融資など、さまざまな支援を受けることができます。
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2-3.親子の挑戦、開始。
新連携の認定を受けたことで、営業がスムーズになり、3年目には徐々に成果が出始めま
した。以前は、ステージタワーの台数が3台程度しかなく、受注があっても工事を消化できな
い事もありましたが、この頃には、ステージタワーが 1 台増えるごとに客先も 1 社増えるペー
スで事業を進められるようになりました。
売上は軌道に乗り始めましたが、赤字決算は依然として続いており、経営資源の拡大スピ
ードに限界のあるベンチャー企業ですので、「足元を固めながら成長を目指す方針」で、「現
場の体制に無理がないかどうか慎重に見定めながら拡大」を図るように、五十嵐社長にアド
バイスしました。
当初の事業計画では、顧客の姿が鮮明に見えておらず、また、原価構成や顧客との取引
条件について精査されていない部分があり、事業計画と実態が乖離していたのです。そのた
め、現状に合わせた事業計画の見直しと、新しい事業計画を現場で実現する具体的方策の
再検討が必要になりました。
タイミング良くこの頃、株式会社プラントベースに、五十嵐社長のご子息が取締役として入
社したこともありましたので、事業承継を視野に入れて支援を行いました。戦力の増えた同社
の吸収力の高さと実行力がいかんなく発揮され、①工事毎の原価管理と受注見込の精査、
②原価・販管費の削減、③月毎全勘定科目別の予算構築と予算管理の PDCA サイクル実行
などが行われ、これらの結果、同社は目覚ましい経営改善を遂げました。このような経営管
理への取り組みが、金融機関から評価され、運転資金の調達も無理なく行えるようになった
のです。
2-4.地震被害を食い止めたステージタワー
東日本大震災の際、同社は鹿島や仙台の作業現場でも作業を行っていましたが、人的被
害は全く出ませんでした。このことで、安全性の高さが口コミとなって広まり、次第にサイロだ
けでなく、酒のタンクや乳業メーカーの製造装置向けメンテナンスなど、大企業をはじめ、そ
のメンテナンス関連企業から、多くの直接取引の依頼が寄せられるようになりました。
2-5.勝って兜の緒を締めよ
平成25年春、同社は初めて新卒の社員を3名採用しました。毎回予想を超えた成長ぶり
を見せる同社への支援は、大変やりがいのあることでした。しかし、その頃、競合他社では粉
塵爆発や穀物カスによる生き埋め死亡事故が起きており、もし同社で同じことがあれば、右
肩上がりから一転、即「倒産」に追い込まれる恐れもありました。
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社員の増加と他社の死亡事故報道により、それまでは整備されていなかった作業現場に
おける安全衛生管理体制の構築が、喫緊の課題となったのです。このため、株式会社プラン
トベースの関東エリアの営業活動拠点(茨城県神栖市、千葉県成田市)において、中小機構
の全国組織の強みを活かし、関東在住の中小機構の専門家である 山本彰アドバイザー(A
D)に協力していただき、現地で実務改善の支援に当たる「経営実務支援事業」を活用した安
全衛生管理体制構築を開始しました。山本ADは、工場の安全管理に精通していたため、サ
イロという特殊な環境での安全指導にも対応することができる専門家でした。
2-6.安全は何を変えるか
支援を開始した当初、現場作業における安全衛生管理は、作業者個人の経験と判断に基
づく部分が大きく、「仕組み」と呼べるものはありませんでした。
中小機構の専門家が同社に寄り添える時間は限られていますので、山本 AD は、全社員
による基礎的な安全管理のノウハウの習得と、作業者が変わっても情報共有ができる「仕組
み作り」が必要と考えました。 支援の結果、①安全に関する社内基準の構築、②リスクアセ
スメントの導入・実施(緊急時含む)、③労働安全マネジメントシステムの導入が、以下のとお
り図られました。
①安全に関する社内基準の構築
最初に取り掛かったのは、労働安全衛生法と照らし合わせながら、安全に関する社内
基準を構築することでした。これまでは、現場で使われる施工要領の中に、客先の要求
と、その現場で想定される危険に対する予防策などの安全に関する事項とが、一緒に書
かれていました。このため、現場ごとに全工程の手順を書き直す必要があり、書き手・読
み手の双方に負担がかかっていました。そこで、どの現場でも遵守すべき安全に関する
事項と、現場や客先の要求によって変更する施工要領との切り分けを図りました。現場
では、それまで「安全対策は作業しながら行うもの」という意識でしたが、「安全対策は作
業の前に行うもの」という意識に変わり、ゆとりをもって安全を確保できる環境が構築で
きました。
②リスクアセスメントの導入・実施
危険を回避するには、「危険とは何か」を知る必要があります。例えば、粉塵爆発回避
のため、サイロ内部の照明を白熱球から LED に変更したことは、どういう危険を回避する
ためでしょうか。粉塵爆発は、空気中に浮遊した粉塵がある一定濃度の状態で火種に引
火すると連鎖的に爆発を引き起こす現象ですので、可能性は低いものの、熱をもった白
熱球も火種となる可能性があります。このような事例を丹念に探り、回避してゆく必要が
あります。また、故障、自然災害、火災などあらゆる災害を想定して、脱出訓練が行われ
ました。
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③労働安全マネジメントシステムの導入
最後に、これらの安全に向けた方策を、現場に携わる全員に継続して周知する仕組
み作り、安全衛生に於ける PDCA サイクルを導入しました。工事要領に記す安全基準を
法律や規定より高いレベルに作り直し、P(PLAN)に位置づけたことで、安全に対する意
識を高め、技術や環境に応じてリニューアルし続ける仕組みを作りました。また、会議を
見直し、管理職による「安全衛生運営委員会」と、全従業員が事故事例の原因解析を行
う「安全会議」の2種類を C(CHECK)と A(ACTION)に位置づけました。五十嵐社長は、こ
れにより、「事故事例をもれなく情報共有し、再発防止に役立てることができたほか、管
理職の自覚と責任感の醸成に役立った。」と言われ、2つの会議は同社の取り入れた安
全衛生管理における PDCA サイクルを動かすための原動力になりました。
≪株式会社プラントベース社が導入した PDCA サイクル≫
3.事業の成果
3-1.安全が売り上げに変わった
昨今、トレーサビリティーの強化など食の安全管理が求められるようになりました。サイロ
現場の安全管理は、単に作業者にとって良い環境を作ること以上の価値があると評価されて
います。このような流れの中で、同社が取り組んできた安全衛生管理体制の確立と信頼の施
工力は、口コミによって広まり、現在、順調に施工やステージタワーの設置・解体の受注を増
やしています。このことは、ステージタワーの他の追随を許さない革新的な特徴と、独自の安
全衛生管理体制でハード・ソフト両面の優位性が認められたといえます。
3-2.今後に向けて
中小機構に株式会社プラントベースが紹介された当初は、資金・人材・経営の問題を抱え
ていましたが、それを次々と乗り越え、現在は、権利範囲の拡大と確保を目的に特許の出願
に取り組んでいます。特許などの知的財産権の出願は、網羅的な出願をすればよいというこ
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とではありません。同社の場合は、すでに取得した特許があるため、権利の延命や現在の研
究開発状況を勘案しながら、知的財産保護の体制を確立する必要がありました。
そこで、中小機構の知財支援を担当する専門家 桑原良弘チーフアドバイザー(CAD)を同
社に派遣し、「知財戦略会議」を行いました。同社の経営者・技術者はもちろんのこと、弁理
士・弁護士・中小企業診断士などを巻き込んで一緒に知財戦略を練ったのです。
こうした地域や専門領域を超えた多面的なハンズオン支援は、中小機構の強みです。
現在、同社は、ステージタワーの他に、穀物カスの「掻き落とし機」の開発も進めており、さ
らなる工期の短縮に挑んでいます。五十嵐社長は、人材確保に苦戦を強いられる建設業界
において、労働生産性の向上を技術改革で支えることで、働く魅力のある会社にしたいという
思いを持って、日々会社を進化させています。
あとがき
ベンチャー企業が「新連携」の認定を受けるのは珍しいことですが、これだけ大勢の協
力が得られたのは、やはり全員が共通して株式会社プラントベースのステージタワーの事業
実現可能性に対して大きな期待を抱いたからでしょう。
本来であれば、同社に対して熱心に支援を担当していた 山本彰アドバイザー(AD)に、
当時の現地の様子などについて詳しく聞きながら本稿を仕上げるべきものですが、山本A
Dは、本支援終了の2週間後にご病気で永眠され、それは叶いませんでした。本支援が最
後になってしまったのは、大変残念ですが、彼の残した仕組みが、同社の発展を支える土
台となるよう引き続き、力になりたいと思います。
加藤 一博
プロフィール 中小企業診断士/広島県出身
大学卒業後、流通系企業のベンチャー部門に従事。
“ゼロ”からの出発であったが、多くの支援者や環境に恵まれ、
創業当初から黒字化を達成。10 年で事業を軌道に乗せる。
在職中に、実践を通じて得た企業経営のノウハウを理論構築するため、中小企業診断士の資格
を取得。その後同社をM&Aし、大手企業との合弁にてコンサルティング会社を設立。現在に至る。
自ら実業に携わることで常に経営感覚のブラッシュアップを図り、コンサルティングに反映すること
を信条とする。
【中小機構中国本部での歴任】
平成 14 年~ 経営支援アドバイザー
平成 17 年~ 新事業開拓(新連携)マネージャー
平成 23 年~ 新事業開拓(新連携・地域資源活用・農商工連携)統括プロジェクトマネージャー
経済産業省 中国経済産業局 広報誌
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