日本と米国のクルーズに関する 論文の論旨整理と分類 - JAFIT

日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
《調査報告》
日本と米国のクルーズに関する
論文の論旨整理と分類
な る
み
し ん
ご
成実 信吾
東洋大学大学院
Despite relatively long history in Japan, cruise has not been popular among Japanese for a long time. Similarly only a few
Japanese academic researchers paid attention to this field.
As modern cruise industry started in USA in 1970’s and became fast growing segment in the US travel industry, there are many
report on this field. This article is to group Japanese and American academic papers and find out what will be next subject for
the research on Japanese cruise industry.
キーワード:クルーズ、日本の先行研究、米国の先行研究、マーケティング
Keyword:Cruise, Researches in Japan, Researches in USA, Marketing,
2-1 日本のクルーズ市場の問題点につ
1.はじめに
心の高い領域であり、経済効果が高い反
最近、新聞にもクルーズの広告が現れ
面、環境への影響も生じることを考慮に
て来ているが、日本でのクルーズ人気は、
入れる必要があること(即ち投資に見合
有馬(2002)
、森本(2002)
、國玉(2003)、
その比較的長い歴史にも拘わらず、未だ
う収入が得られるか)が多数の論文から
五艘(2008)
、白井(2010a)
、飯田(2011)
大きな盛り上がりを欠いている。国交省
読み取れる。
マーケティングについては、
の6件の論文が存在する。
の「海事レポート2013」によると、日本
北米市場の更なる拡大を目指すものが多
この6件の論文で共通して取り上げら
のクルーズ人口は未だ年間22万人に過ぎ
く見られた。
れていたテーマは、
ず、米国の1,350万人に遠く及ばない。四
日本と米国のクルーズ関係の論文を調
▷低価格・短期クルーズの提案
方を海で囲まれている日本が、大陸国の
査し、論旨を整理し、分類することによ
▷定期定点クルーズの設定
米国の70分の1に過ぎないのである。
り、今後の日本におけるクルーズ研究に
▷規制緩和による外国クルーズ船の呼び
一般の不人気を反映して、日本におけ
どのようなテーマがあるか、を探る。
いて論じた日本人による論文
込み
であった。
るクルーズの研究も進んでおらず、ク
ルーズに関する論文は10件を数えるのみ
2.日本人によるクルーズ研究
それぞれのテーマ毎の共通の論点と個別
である。その内6件は、わが国のクルー
日本人によるクルーズに関する先行研
の論点を見ていくと、
以下の通りとなる。
ズ市場の問題点について論じたものであ
究を CiNii や Google Scholar を使用して
る。
調査したところ、10件あることが分かっ
2-1-1 低価格・短期クルーズ(1)の提案
それに対して、クルーズの盛んな米国
た。
有馬(2002)
、森本(2002)
、國玉(2003)、
においては、研究も盛んであり、2014年
その内訳は、
五艘(2008)及び飯田(2011)の5件で
10月現在318件が発表されており、その
●主としてわが国クルーズ市場の問題点
取り上げられていた。
テーマも地域への経済的・環境的影響、
マーケティング、船員の労働問題、医療
関係など色々な分野に及んでいる。地域
への経済的・環境的影響とマーケティン
グが3分の1ずつを占め、特に関心が高
い分野となっている。地域への経済的・
について論じたもの
6件
この5件の論文は共通して、日本のク
●主として米国クルーズ市場の発展要因
ルーズ市場がシニアの富裕層に大きく依
について論じたもの
2件
存しており
(即ち、
高額で長期間のクルー
●北米クルーズ市場の現状分析を行った
ズに依存)
、
市場の拡大や活性化には低価
もの
2件
であった。
格・短期クルーズを実施して、中年や若
者等の新たな年齢層を呼び込む必要があ
環境的影響は寄港地の国や地方政府の関
る、と指摘している。
-195-
日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
一方、細かい点では、それぞれの主張
経過を経て顧客に浸透した」と主張して
ては無いと言って良いほど少ない。
に異なる点がある。それらは以下の通り
いるが、この点についてはその根拠が示
少ない中で、研究者が共通して取り上
である。
されていない。筆者のこれまでの研究で
げているのは、低価格・短期クルーズや
有馬(2002)は、2000年にスタークルー
は、そのようなことを示した文献は無く、
定期定点クルーズの必要性であった。ど
ズが日本で実施した低価格・短期クルー
どのような経緯からそのような結論に至
ちらも米国でのクルーズ船の成功の要因
ズ
ったか、知りたいところである。
とされる点であり、適切な指摘である。
期クルーズが日本でも受け入れられる、
五艘(2008)は、カリブ海や地中海は
一方、有馬(2002)は、外国のクルー
と主張している。
海域が安定していると主張しているが、
ズ船に国内クルーズを解放すべきと主張
國玉(2003)は、低価格・短期クルー
実際に海が安定している時期でも波が高
しているが、これはクルーズに止まらな
ズで若者やファミリー層を取り込むこと
く、船が揺れることがある。また、地中
い大きな問題であり、クルーズ振興とい
が出来たため、米国のクルーズは成功し
海ならば、短い航海時間で文化の異なる
う一局面からのみ考えて判断できる問題
た、と考え、日本においても低価格・短
国に行くことが出来ると指摘している
ではない(5)。筆者には極論と思える。こ
期クルーズはクルーズ人口拡大にはぜひ
が、日本も韓国や中国に行くことが出来
のような大問題に正面から取り組まなく
必要なものと考えている。
る。
ても、韓国、中国、ロシアという隣国に
が人気を得たことから、低価格・短
(2)
五艘(2008)は、日本のクルーズ人口
がシニア層に偏っており、何時かこれら
のシニア層がクルーズに行けなくなる日
ワンタッチすることで、この問題は十分
2-1-3 規制緩和による外国クルーズ船
の呼び込み
に回避できるのであり、既に米国のク
ルーズ船会社は、この方法で回避してい
が来て、気が付くと客がいなくなってい
有馬(2002)と五艘(2008)は、クルー
る事態になるかもしれない。そうならな
ズ人口拡大には外国船に頼る必要がある
い為には、新規顧客の拡大が必要となる。
が、強制水先区(4)等がコストを押し上
その為に、低価格・短期クルーズで新た
げ、外国クルーズ船社による低価格・短
な客を見つけ出さねばならない、と主張
期クルーズの実現を阻んでいるとして、
現代のクルーズのビジネスモデルは、
している。
規制緩和を主張している。特に強制水先
1960年代末から1970年代始めにかけて米
森本(2002)は、日本人の特質に適合
区は、既に外国籍船用に免除制度はある
国で成立したもので、モデルはカーニバ
したクルーズ計画の開発・開拓こそが、
ものの、日本語のコミュニケーション能
ル・クルーズ・ライン(以下「カーニバ
問題解決となる。単純な低価格・短期ク
力や(当該海域への)
航海経験数などハー
ル社」と略す)によって作られた。現在
ルーズでなく、個性的で人間的な触れ合
ドルが高いものとなっている。
同社は世界最大のクルーズ船社グループ
いに満ちたクルーズを企画することが、
有馬(2002)は、唯一海運関係者の手
の中心企業となっている。
クルーズ人口拡大に貢献する、と主張し
による論文であり、適切な内容であると
従って、米国のクルーズ市場発展につ
ている。
思えたが、13年前の論文であり、状況が
いて見る場合、カーニバル社の事業展開
白井(2010a)は、日本にはカジュアル
当時とは大きく変わり、外国船が参入し
を検討する必要がある。
クラスの船
ている現状についての続編を期待した
日本人による研究は、田中(1996)と
ラスの船しか無いため、客単価が高額に
い。
魚谷(2001)の2件があり、共にファン
なり、依然高齢者がクルーズ参加者の大
五艘(2008)は、強制水先区について、
シップ構想、低料金・短期間クルーズの
半を占めている、と指摘している。
カリブ海等で航行するクルーズ船の船長
実施、フライ・アンド・クルーズの実施、
には操船練度の高い人がいるので、水先
及びCLIA(6)による旅行代理店の教育な
2-1-2 定期定点クルーズ(同じエリア
案内人は不要ではないか、と指摘してい
どを挙げている。
を定期的に周回するクルーズ)の設定
るが、少々乱暴な意見である。水先案内
田中(1996)は、クルーズの本場であ
國玉(2003)と五艘(2008)は、カリ
人はその海域を熟知しており、不要とす
る米国でも研究が未だ緒に就いたばかり
ブ海等で一般的な定期定点クルーズの実
るには船長が、その海域について水先案
の時期に、クルーズがそれほど盛んでは
施を提案している。日本では気象・海象
内人と同等の知識を持つ必要がある。
無い日本において、いち早く着目したも
が無く、ラグジュアリーク
(3)
条件が厳しいため難しいが、クルーズの
振興には必要なものとして、日本でも実
施することを主張している。
る。
2-2 日本人による米国のクルーズ市場
発展の要因について論じた論文
のである。残念ながら、今となってはい
2-1-4 わが国のクルーズ市場の問題点
について論じた論文のまとめ
ささか古い内容となっているものの、米
国クルーズ市場発展の要因について指摘
國玉(2003)は、
「米国においても当初
日本の研究者による先行研究は、想像
している点は適切である。
より定着したわけではなく、10年近くの
していたより多かったが、学術論文とし
一方、魚谷(2001)は、後述の米国ク
-196-
日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
ルーズ市場の現状を分析した魚谷(2006)
の前篇とも言うべきものである。米国ク
2-2-3 フライ・アンド・クルーズの実
施
魚谷(2006)は、魚谷(2001)の続編
として2004年までの米国のクルーズの状
ルーズの発展要因について指摘している
田中(1996)は、
「航空会社、およびホ
況と課題について論じている。2001年の
点は、こちらも適切である。
テルと提携して商品をパッケージ化し、
同時多発テロにも拘わらず、米国のク
フライ・アンド・クルーズを低価格で提
ルーズ人口は拡大に向かっている。しか
2-2-1 ファンシップ構想
供したこと」を挙げている。
し、新たな課題も浮かび上がっている、
クルーズ船の寄港地だけでなく、ク
魚谷(2001)は、
「クルーズ会社は当
と主張している。
ルーズ船の船上でも娯楽を豊富に提供
初、当然のことながらクルーズのみを販
臺(2003)は、米国のクルーズマーケ
し、クルーズ船自体をも観光の目的地に
売していた。そのため全米各地からク
ットの動向の分析を行い、更にクルーズ
変えてしまう構想である。
ルーズの乗・下船港への往復の交通、必
船の要目を1989年と2002年で比較し、そ
それまでのクルーズ船は、どこへ行く
要に応じて乗船前ないし下船後の宿泊施
の変化を見ている。
か、即ち寄港地を重視していた。それに
設の予約は参加者がする必要があった。
対して、カーニバル社は、客を楽しませ
その煩わしさと高運賃負担を軽減する目
る船、即ち「ファンシップ」を掲げ、ク
的で導入されたのが、フライ&クルーズ
ルーズ船の観光地化を考え出した画期的
である。この商品を購入すれば、クルー
魚谷(2006)も臺(2003)も、その時
な構想である。
ズのみならず往復の航空機の予約も併せ
点としては適切な分析を行っているが、
田中(1996)は、
「客船を輸送の手段と
て行われ、参加者は一つの予約で済み、
残念ながら、続編が無く、時代遅れとな
して見るのではなく、『船が旅の目的地』
しかも航空運賃が個人で手配するより格
ってしまった。また、臺(2003)はクルー
(Fun Ship Concept)
という極めて独創的
段に安くなっており、ケースによっては
ズ船の比較にスペースレシオ(7)とパッセ
な戦略を取った」ことを要因の一つに挙
航空運賃が無料であるという表示がされ
ンジャーレシオ(8)を使用しているが、そ
げている。
ている」と指摘している。
れだけで比較になるのか、筆者は疑問に
一方、魚谷(2001)は、
「クルーズはも
2-3-1 日本人による米国クルーズ市場
の現状分析論文のまとめ
思うところである。スペースレシオにつ
っと『カジュアルに楽しむ』べきもの、
2-2-4 CLIA による旅行代理店教育
いては、ラグジュアリークラスの小型船
というコンセプトで、従来の『上品でフ
田中(1996)は、
「客船会社の業界団
など数値ではカジュアルクラスに分類さ
ォーマル』な保守的イメージを否定し、
体、CLIA が販売戦略のリーダーシップ
れてしまうことになる。また、パッセン
特に中年層から若者にターゲットを絞
をとり、消費者への宣伝、旅行代理店の
ジャーレシオでは、ファーストクラスを
り、新しい顧客層を創造するに効果があ
教育に非常に力を入れたこと」を指摘し
設けたカジュアルクラス船の出現など、
った」ことを挙げている。
ている。
数値には表れない変化が出現しており、
魚谷(2001)は、
「クルーズの普及を計
数値に頼って比較する難しさが出てい
2-2-2 低料金・短期間クルーズの実施
るために、その商品を販売してくれる旅
る。
田中(1996)は、
「料金を下げ、クルー
行会社の組織化、そのスタッフに対する
ズ日数を短縮し、大量集客によるマス・
教育、販売支援用具としてマニュアルや
3.米国のクルーズに関する研究
マーケットのメリットを追求したこと」
ビデオの作成等を重点的に行ってきた」
既述の通り、米国でのクルーズに関す
を挙げている。
ことを指摘している。
る研究は、
日本に比べると盛んであるが、
魚谷(2001)は、
「従来の標準クルーズ
の期間は8日間であった。しかし、1週
間を二分割した4日間と5日間のクルー
その研究は早くから始まったものでは無
2-2-5 日本人による米国クルーズ市場
発展要因論文のまとめ
かった。
Klein(2012)は、
「クルーズは、発生
ズが導入されることにより、時間的ない
僅か2件しかないものの、両者ともポ
したのが早かったにも拘わらず(9)、1990
しは経済的に8日間クルーズに参加でき
イントをついている。上述の通り、田中
年代まで研究者の注目を浴びることは無
ない層が参加できるようになった。また、
(1996)は、未だ本国米国での研究が本格
かった。2000年代の初期から中期になっ
未経験者が初めての試みに体験するにも
化していない時期にクルーズに着目して
て、漸く一握りの研究者がクルーズにつ
短期間の方が抵抗感が少ない。そのよう
おり、この点は賞賛に値する。
いて研究し出した。今日(2012年)でさ
なことで短期間クルーズの参加者が増加
した」と指摘している。
え、この分野は余り研究が進んでいると
2-3 日本人による米国クルーズ市場の
現状分析を論じた論文
魚谷(2006)と臺(2003)の2件である。
-197-
は言えない」
(筆者訳、括弧内筆者註記)
と述べている。Klein は、上述の通り、
1990年代にクルーズに関する研究は無か
日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
った、と主張しているが、ごく少数では
間船に乗り続けなければならない。陸上
れた空間で、一定の期間寝起きしている
あるが、論文は日本人によるものも含め、
の事務職とは異なり、船上では午後5時
のである。そうなるとノロウィルスに襲
存在する。
を過ぎたら、自宅に帰り、仕事のことを
われる危険性が増す。申すまでも無く、
又、Papathanasis(2010)は、2010年
忘れる、とは行かないのである。ストレ
ノロウィルスは生死にかかわる病気では
までに発表されたクルーズ関係の論文は
スの多い職場でもある。
無いものの、伝染性が極めて強いものゆ
145件だった、と述べている。
Gibson(2008)は、乗客に対応する色々
え、患者が出た場合には船内を徹底して
既述の通り、Google Scholar で検索し
な部署のスタッフへのインタビューを通
消毒する必要がある。勿論船側でも予防
た2014年10月現在の英文のクルーズ論文
じて、クルーズ船における職場の実態を
対策は講じているが、僅かでも隙がある
は318件であるが、それを分類すると以下
浮かび上がらせている。
と、ウィルスはその弱点を突いてくる。
の通りとなる。
Terry(2011)は、今まで船員の供給
Lawrence(2004)は、アメリカ疾病予防
源であったフィリピン人の給与レベルが
管理センターの船舶衛生プログラムによ
上昇しており、
クルーズ船会社にとって、
り過去30年クルーズ船における消化器系
33件(10%)
フィリピン人が最早、安価で豊富な労働
疾病、特にノロウィルスによる胃腸炎の
109件(34%)
力としては期待できなくなる、と警鐘を
発生が大幅に削減された経緯について発
鳴らしている。
表している。しかし、残念ながら、時折
地域への経済的・
111件(35%)
環境的影響
船員の労働問題
マーケティング等
医療関係
28件(10%)
全般
37件(12%)
クルーズ船での発生を見ることがあり、
3-3 マーケティング
根絶とまでは行かないようである。
3-1 地域への経済的・環境的影響
冒頭に述べた通り、米国のクルーズ人
レジオネラ菌も船上のスパで発生する
現代のクルーズ船は、乗客定員が3,000
口は約1,350万人と推計されるが、米国の
恐れがある。
人から4,000人のものが主流であり、この
人口が3億人であることを勘案すると、
一方、船客は年齢が高いことから、長
ような大型船が寄港すると、乗客は観光
未だ人口の5%に過ぎない。従って、ま
い航海では、急な病気やけがへの対策も
やショッピングに出かけるため、その土
だまだ成長の余地があると言って良いだ
必要となる。Prina et al.(2001)は、ク
地に対する経済効果は大きい。一方、良
ろう。未経験者をクルーズに引き込む方
ルーズ船からの重病人の航空搬送の評価
いことばかりでなく、観光客の増加で、
法の検討が目につく。Hung and Petrick
を行っている。
調査した104人の重篤患者
港湾などのインフラ整備に多額のコスト
(2010)は、インタビューとインターネッ
の内、79人(76%)が生還しており、ク
が必要となったり、環境への負荷が大き
トを利用した米国人のクルーズ参加の動
ルーズ船会社の対応の良さが分かるが、
く な っ た り す る 面 も あ る。Brida and
機について調査しているが、クルーズ参
改善の余地もある、としている。
Aguirre(2008)は、寄港地は投資コス
加の全体的な動機を調べるためにはアジ
トに見合う収入を得られるのか、と疑問
ア太平洋地区や地中海地区での調査を行
3-5 全般
を投げかけている。
う必要があるとしている。
全般的な北米市場の分析、米国クルー
環境面においては、Mak(2008)がア
また、激しい競争に晒され、どの会社
ズ企業の欧州への展開、クルーズ創成期
ラスカの人頭税
を取り上げ、他の地方
も同じようなサービスを提供するように
の状況などクルーズ全般にわたる論文で
自治体でも利用出来るように数式化して
なってきた米国のクルーズ業界において
ある。クルーズ創成期の状況を紹介した
いる。
は、ブランドイメージに磨きをかけて差
Dickinson and Vladimir(2008)とGarin
別化を図 る こ と が 重 要 と な っ て い る。
(2005)は、他の論文に引用されることが
(10)
3-2 船員の労働問題
Kwortnik(2006)は、カーニバル社に対
多いものである。
船は危険をはらむ職場であり、クルー
して、ブランドイメージをクルーズ船業
Dickinson and Vladimir(2008)の 著
ズ船も例外ではない。つい最近も大型ク
界のKMart(安売りで有名)からWal*
者の一人 Dickinson は、カーニバル社の
ルーズ船で事故があり、乗組員2名が死
Mart(薄利多売で有名)に転換すべきだ、
創成期からの営業責任者であり、最後は
傷している
と主張している。
社長を務めた人間である。もう一人の
。一方、クルーズ船は大型
(11)
Vladimirはフロリダ国際大学のクルーズ
化に伴い、乗組員の数も増加している。
一隻当たり、1,000人から2,000人が乗船し
3-4 医療関係
を専門とする教授である。従って、実務
ている。更にその乗組員は多国籍であり、
上述の通り、最近のクルーズ船は乗客
の専門家で当時の事情を知る人間が学識
日本船主協会によると、一隻のクルーズ
が3,000人から4,000人、乗組員が1,000人
経験者と組んで書き上げたものである。
船に30か国の乗組員が乗っているケース
から2,000人乗っている。即ち4,000人から
それゆえ、引用されることが多いものと
もある、とのことである。また、一定期
6,000人の人がクルーズ船と言う閉じら
なっている。
-198-
日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
Garin(2005)の著者Garinはジャーナリ
株と見ており、将来への布石を打ってい
ジアとの比較研究」立教大学『立教観
ストであり、多数のクルーズ関係者にイ
る
光学研究紀要』第5号(研究ノート)、
ンタビューして書き上げたものである。
する。
Dickinson and Vladimir(2008)が ど ち
労働問題と医療問題は重要なテーマで
らかと言えばカーニバル社関係の記述が
あるものの、
共に専門性の高い領域ゆえ、
マーケットにおける発展過程と課題に
多いのに対して、Garin(2005)は、カー
論文が少なくなるのはやむを得ないだろ
おける考察」日本観光研究学会『第23
ニバル社以外のクルーズ船会社の状況も
う。
回日本観光研究学会合同大会学術論文
(12)
とのことであり、その表れと推測
2003年3月、65頁~70頁
・五 艘みどり[2008]「我国のクルーズ
集』
、2008年11月、393頁~396頁
豊富に記載されている。それゆえ、こち
らも引用されることが多いものとなって
4.最後に
いる。
臺(2003)は、日本の学術論文のテー
ツーリズム I」高崎経済大学地域経済
マとしてクルーズは未開拓の分野であ
学会『地域政策研究』第12巻第4号、
る、と指摘しているが、12年後の現在も
2010年3月、59頁~75頁
3-6 米国のクルーズ研究に関するまと
め
・白井義男[2010a]「クルーズシップ・
状況は変わっていない。
人気が無ければ、
・白井義男[2010b]
「クルーズシップ・
米国のクルーズ研究は、日本に比べる
研究者の関心を引かないのはやむを得な
ツーリズム II」高崎経済大学地域経済
と、件数が格段に多く、且つ広範な分野
いことであろう。
学会『地域政策研究』第13巻第2・3
をカバーしており、クルーズ人気の高さ
クルーズは優れたレジャーであるか
合併号、2010年11月、31頁~43頁
を反映している。また、上述の通り、論
ら、日本では先ずその人気を持ち上げる
文総数は4年間で2倍以上に増加してい
ことから始める必要がある。それには、
マーケット動向とクルーズシップの変
る。Papathanassis(2010) は、Google
米国でのマーケティングの研究が役に立
化」立教大学『立教観光学研究紀要』
Scholar のみならず、多数の学術論文検
つと思われる。上述の通り、米国の研究
第5号(研究ノート)
、2003年3月、49
索エンジンを使用しているので、現時点
には、未経験者をクルーズに引き込む方
頁~56頁
での論文総数は、筆者が Google Scholar
法をはじめとする消費者心理を分析して
・田中武雄[1996]
「躍進する北米及びア
のみを使用して検索した318件を上回っ
いる論文が多く発表されているからであ
ジアのクルーズ市場」武蔵野女子大学
ている可能性もある。
る。
以上
が共に3分の1を占め、このテーマへの
関心の高さを表している。
・森本三男[2002]
「北米及び日本の外航
引用文献
クルーズ事業展開と企業の適応戦略」
・有馬卓男[2002]
「状況変化の中でのク
地域への経済的・環境的影響は最も論
ルーズ業界の経営課題」日本海運経済
文が多いが、これは寄港地の国や地方政
学会編『海運経済研究』第36号、2002
府の関心が高いためと思われる。クルー
年10月、125頁~136頁
ズ船の寄港が地域に経済的効果をもたら
『武蔵野女子大学紀要』第31巻第2号、
1996年2月、45頁~54頁
論文のテーマは、上述の通り、地域へ
の経済的・環境的影響とマーケティング
・臺 純子[2003]
「北米クルーズ産業の
・飯 田芳也[2011]「わが国におけるク
白鴎大学『白鴎大学論文集』第17巻第
1号、2002年9月、13頁~51頁
・Brida, J. B., and Aguirre, S. Z.(2008),
“The Impacts of the cruise industry
on tourism destinations” Sustainable
す、という理由で港湾投資を行うため、
ルーズ発展の可能性:旅行会社の中核
tourism
as
a
factor
その理由付けに利用されると思われる。
ビジネスとなり得るか?」城西国際大
development, 2008, pp.1-4
日本においても、港湾管理者は、地域経
学『城西国際大学紀要』第19巻第6号、
済の発展のためクルーズ船寄港による港
2011年3月、1頁~28頁
of
local
・Dickinson R., H., and Vladimir, A., N.,
(2008)
, “Selling the Sea An Inside
・魚谷和弘[2001]
「北米クルーズ業界の
Look at the Cruise Industry 2nd
次に論文数の多いマーケティングにつ
現状と将来展望」長崎国際大学『長崎
Edition”, John Wiley & Sons, Inc.,
いては、北米市場の更なる拡大を目指す
国際大学論叢』第1巻、2001年3月、
2008, pp 20-31
論文が多かったものの、アジア太平洋地
53頁~61頁
の活性化を目論んでいる。
・Garin, K. A., (2005)
, “Devils on the
域への転換を目指すものも出てきてい
・魚谷和弘[2006]
「北米クルーズの現状
Deep Blue Sea The dreams, schemes
る。クルーズ船会社の経営陣が船の大型
と課題」長崎国際大学『長崎国際大学
and showdowns that built America’s
化により、将来的に北米市場にも限界が
論叢』第6巻、2006年1月、81頁~93
cruise-ship Empires”, Penguin Group,
来る、という不安を反映している可能性
頁
2005, pp71-91
もある。最近のニュースによると、米国
・國玉勝一[2003]
「日本におけるクルー
・Gibson, P.(2008)
, “Cruising in the 21st
クルーズ船会社は中国市場を今後の成長
ズ・ビジネスの変遷と課題 ― 米国・ア
century: Who works while other
-199-
日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015
play?”
International
Journal
of
Hospitality Management 27(2008),
2008, pp.42-52
・Hung K., and Petrick J., F.(2011),“Why
do
you
cruise?
Exploring
the
motivations for taking cruise holidays,
and the construction of a cruising
motivation scale” Tourism Management
32(2011),2011, pp.386-393
cruise
tourism
research:
An
introduction”, Tourism Vol.60 No.1,
2012, pp.7-13
同じくクルーズ船を比較する場合に使
(8)
シンガポールのクルーズ船会社スター
用する数値の一つ。クルーズ船の乗組
クルーズが、2000年に実施した日韓間
員総数を乗客定員で割った数値。乗組
の低価格・短期クルーズ。好評を博し
員一人で乗客何人を担当するか、とい
たが、クルーズ期間を長くし、料金も
う数値であり、
この数値が小さいほど、
高くしたため、
一遍に人気が無くなり、
乗客のサービスに当たる乗組員が多
同社は撤退した。
い、即ちサービスが良いことを示して
(2)
クルーズ船のグレード。ファミリー層
(3)
や若者が気楽に乗れる船をカジュアル
・Klein, R. A.(2012),“Different streams
in
一人一泊一万円、期間は3~4日程度。
いる。
既述の通り、現代のクルーズのビジネ
(9)
船、きめ細かなサービスを提供するラ
スモデルは、1960年代末から1970年代
グジャアリー船、両者の中間のプレミ
初にかけて米国のカーニバル・クルー
アム船の3分類が一般的。
法律で水先案内人を乗船させなければ
(4)
ズ・ラインによって作成された。
2006 年 ア ラ ス カ 州 議 会 で 可 決 さ れ、
(10)
・Kwortnik Jr., R.J.(2006), “Carnival
航行できないと指定された区域。船が
2007年より実施された税制。クルーズ
Cruise Lines: Burnishing the Brand”,
混雑したり、地形や水路が複雑であっ
船でアラスカを訪れた(ジュノー港、
Cornell
たり、潮流が急であったりする区域で、
ケチカン港、どちらか一方乃至は両方
Administration Quarterly Vol.47 No.3,
東京湾、伊勢三河湾、大阪湾、関門な
に寄港した)乗客一人、一回につき当
2006, pp.286-300
Hotel
and
Restaurant
ど。料金は船の大きさなどで異なるが、
初50米ドルを徴収するもの。滞在日数
・Lawrence, D., N.,(2004), “Outbreaks
大型クルーズ船の場合、おおよそ入港
は無関係。
2010年には半減されている。
of Gastrointestinal Disease on Cruise
または出港で一回当たり200万円位か
徴収された税金は、クルーズ船による
かると想定される。
環境に与えた負荷の修復に使用するこ
Ships: Lessons from Three Decades of
Progress” Current Infectious Disease
Reports 2004, pp.115-123
外国船に国内のクルーズ、即ち国内のビ
(5)
ジネスを解放することは、客船の分野の
とになっている。
クルーズ船はテンダーボートと言う小
(11)
・Mak, J.,
(2008)
, “Taxing cruise tourism:
みならず内国海運にも多大な影響を及
型のボートを搭載しており、このボー
Alaska’s head tax on cruise ship
ぼし、日本の海運業界全体に波及する
トで船が入港できないような小さな港
passengers” Tourism Economics Vol.
問題である。と同時に、非常時に輸送を
に乗客を運ぶ。米国のクルーズ船A丸
14 No.3, 2008, pp599-614
確保できるか、という国家安全保障にも
では、乗客が全員帰船したため、ボー
・Papathanassis, A.
(2010)
, “Assessing the
係わる問題でもある。諸外国も国内の輸
トの格納作業を行っていた時、ボート
‘Poverty of cruise theory’ hypothesis”
送については、自国の産業を守ってお
を引き上げていたケーブルが何等かの
Annals of Tourism Research, Vol. 38
り、今後も自由化する国は無い、と断言
事情で切断し、そのためボートは乗っ
No.1, 2011, pp.153-174
できる。昨今、
外国のクルーズ船会社が
ていた乗員2名ごと海中に落下した。
・Prina, L., D., Orazi U., N., Weber, R., E.,
日本で運航しているのは、韓国の釜山港
この種の事故は、比較的多く発生して
(2001)
, “Evaluation of Emergency Air
にワンタッチすることにより、法律違反
おり、国際機関で事故対策が検討され
Evacuation of Critically Ill Patients
from Cruise Ships”, Journal of Travel
Medicine Vol. 8 No. 6, 2001, pp. 285-292
・Terry, W., C., (2011), “Geographic
limits
to
flexibility:
paradox
global
The
of
the
labor
market
を回避しているもの。
Cruise Line International Association
(6)
ている。
業界第2位のロイヤルカリビアンは、
(12)
の略。1975年に設立された米国のク
乗客定員5,000人の新造船を1~2か
ルーズ船社の団体。
月 の カ リ ブ 海 で の 慣 ら し 運 航 の 後、
クルーズ船を比較する場合に使用する
2015年初頭より中国へ持って来て貼り
(7)
human
resources
数値の一つ。クルーズ船の総トン数を
付け運航とする。また、カーニバル社
cruise
industry”,
乗客定員で割った数値で、この数値が
は中国最大の造船所と造船建造の合弁
大きいほど、船内の空間に余裕がある
企業立ち上げの覚書を締結している。
ことを示している。なお、この場合の
将来的にはクルーズ船を中国で建造す
乗客定員とは、客室一部屋当たり、2
る計画。
Geoforum Vol.42, 2011, pp.660-670
注
名として計算する。
(実際にはエキスト
具体的な数字はほとんどの論文に記載
ラベッドを入れて3~4人で利用する
されていないが、目安としては、価格は
ケースもあるが。
)
(1)
-200-
【本稿は所定の査読制度による審査を経たものである。
】