観光政策促進に資するソーシャルマーケティング手法の開発

観光政策促進に資するソーシャルマーケティング手法の開発
○古川 隆 1 ・山田 泰司
2
キーワード
観光政策、地域活性化、ソーシャルマーケティング、ブランディング戦略、ブランドマネジメント
概
要
格差拡大が社会問題化し、地域活性化が再び注目を集めようとしている。また、そのための方策として交流人口の
拡大による持続的な発展の方向性が模索する市町村も多い。しかし、地域全体を経営資本として観光促進のための地
域経営を行う政策(マニュフェスト)が未構築または未熟であることなどから、せっかくの観光施策や個々の社会資
本整備が十分に生かし切れていない状況が見受けられる。こうした背景から、本研究では、ソーシャルマーケティン
グ手法に着目し、地域ブランド形成の課題を探るなかから新たな手法開発に取り組み、その結果、コミュニティブラ
ンディングによる持続可能な地域経済の再生、さらに、その「ブランド力」に磨きをかけることによる観光集客に結
びつけていくことが重要と捉えられた。
1. はじめに
国では、今後の日本社会の成熟化に対応しつつ
日本経済を活性化するには、
「国際観光」を促進す
ることが重要であるとして「ビジット・ジャパン・
キャンペーン」を展開してきている。しかし、具
体に外国人を迎え入れる地域の現状を見ると、個
別の観光施策には取り組むものの、地域全体を経
営資本として観光促進のための地域経営を行う政
策(マニュフェスト)が未構築または未熟である
ことなどから、せっかくの観光施策や個々の社会
資本整備が十分に生かし切れていない状況が見受
けられる。そのため、国は地方自治体に対し総合
的な観光施策推進のための戦略づくりを促す観光
施策の支援事業に取り組みつつある。
こうした観光政策の動向を踏まえ、本研究は、
「観光」を切り口にした地域の価値向上や地域ブ
ランド形成の課題を探り、ソーシャルマーケティ
ング手法の有効性確認やその手法開発につなげる
ものである。
1.1. ソーシャルマーケティング論
ソーシャルマーケティングは、主に2通りの意
味がある。
ひとつは、発案者のP.コトラーによるもので
ある。これまで営利企業の営利追求手段として考
えられてきたマーケティングを、非営利団体(政
府・地方自治体、学校、病院、寺院・協会、博物
館・美術館、社会組織など)にも適用しようとす
1 東北支社総合計画部
2 社会政策本部総合計画部
るものである。政府であれば、その政策を国民に
支持してもらうために、病院であれば患者を集め
るために、それぞれマーケティングを活用すれば
効果的な活動ができると考えられる。すなわち「非
営利組織のマーケティング」とも呼ばれている。
一方は、1960 年代、企業活動による公害や資源
の枯渇問題から生じた米国の消費者運動に端を発
するとらえ方である。近年、日本でも営利企業の
「企業市民」としての社会的責任(CSR)が問われ
ている。このことから、企業は、サービス・製品
だけでなく、生産・流通・販売・消費・廃棄のあ
らゆる過程で消費者を満足させるものでなければ
ならないという考え方である。
このソーシャルマーケティングの考え方は、
人々の考え方や習慣を変革するプログラムを企画
し、実施し、管理するためのマネジメント技術と
いえる。「マーケティング」とは、言葉の通り
「Market +ing(=市場づくり)
」という意味で、
すでに完成している商品やサービスを売り込むこ
とだけではなく、潜在的なニーズを探りだし、市
場に並べる商品やサービスを創造することや、
「市場(=多様な価値が交換され、関係者に満足
が提供される場)
」そのものを創ることも意味して
いる。特に一般的なマーケティングが営業や広告
を重視するのに対して、ソーシャルマーケティン
グは「社会的関係づくり」を重視している。
「マー
ケティング」で人々の集まる広場で異質が出会い、
共に語り、楽しみ、情報を交換し、新しい価値を
生み出し、物品を交換する場を再創造していく取
り組みがソーシャルマーケティングであり、地域
の問題解決には欠かせない手法である。
今日、再創造のためには、コミュニケーション
(=関係づくり)を通じて、新しい価値を創り出
し、ともに目的を達成し、かつお互いに満足を増
進させていく持続的なプロセスを機能させること
が重要である。
1.2. 観光政策促進に資するマーケ
ティングの課題
昨今、交流人口拡大の具体的政策として、観光
政策に対する期待は非常に高まっている。観光の
主体は観光客である。観光をいかにして創出する
かは、つまり観光目的地に観光客が訪れるという
現象をいかにしてつくりだすか、ということであ
る。しかし、地域づくりや地域活性化といったテ
ーマを論じる場合、地域での活動プロセスに重点
がおかれ、その結果、実際観光客を増やすための
戦略形成や戦略の実施結果により観光客が増えた
のかどうかということまで検証することは少ない。
しかし、観光交流による地域づくりを目指すので
あれば、その結果として、実際に観光客が訪れる
ところまでが目標である。サービスや商品を最終
的に消費者に届けるすべての活動は「マーケティ
ング」と呼ばれるが、観光分野においても企業や
地域に関する観光マーケティング研究が必要とさ
れる。観光による地域づくりにおいては、観光地
の戦略形成と同時に、それらが観光客に認知され
観光行動として具現化され、実際に観光が創出さ
れるマーケティングまでが行われなければならな
い。しかもその結果、観光が一過性ではなく持続
的なものとなる必要がある。そこで本稿では、観
光による地域づくりと、観光目的地のマーケティ
ング戦略までを同一のプロセスとして考え、観光
による集客が実現するためのソーシャルマーケテ
ィングの構築を試みることを目的とする。
1.3. 地域ブランド戦略の重要性
地域ブランドとは、ある地域にある商品やサー
ビスなどが、地域外の消費者からの評価を高めて、
地域全体のイメージ向上と地域活性化に結び付け
るものである。たとえ地域発のヒット商品であっ
たとしても、それが地域のイメージ向上や地域活
性化に結び付かないようでは、それは「地域ブラ
ンド」とは言えない。
いま、地域ブランド戦略に取り組む地域が急増
している。しかし、多くのケースでは単に地域名
を付けて商品を売っているものだったり、一部地
域でのみのヒット商品であったりすることが多く、
本来の「地域ブランド」と呼べるものは少ない。
また、地域や商品が一時的に人気を博したとして
も、悪いイメージが広がれば一瞬にしてブランド
の魅力は地に落ちてしまう。このようなことがな
いように、地域ブランド戦略の構築を通じてブラ
ンドマネジメントを行うことは非常に重要となっ
ている。
そのため、以下の項では、地域ブランドを構築
するにはどうすればいいのか、そして地域ブラン
ドを利益に結び付けるにはどうすればいいのか、
ブランドマネジメントにおいて、コンサルタント
の役割とは何かを考察する。
2. 地域ブランド形成の多様なア
プローチ事例
2.1. 北海道美瑛町~丘のまちびえい
(1)地域の概況
美瑛町は、
なだらかな
波状丘陵地帯と、背景
となる雄大で緑豊かな
自然に囲まれている。
欧州的な田園風景は、
テレビCMや風景写真
家前田真三氏のギャラ
リー開設などを期に、
人々の心を惹きつけ、
一躍脚光を浴びる。
また、観光客入り込み数は、昭和 62 年ごろから
右肩上がりで伸び続け、近年はやや減少傾向にあ
るものの約 120 万人を集客し、
「丘のまち」として
の知名度向上や町のイメージアップ、農産物のブ
ランド化などの相乗効果を生み出している。
(2)地域ブランド形成過程と効果
美瑛のまちづくりの特徴は、農業と観光の共存
を目指している点である。昭和 62 年に写真ギャラ
リー「拓真館」をオープンし、
「丘めぐり」を行う
観光客が増えたため、それに合わせて町は展望公
園や案内サインの整備、観光アドバイザーの配置
などに意欲的に取り組んできた。また、近年は滞
在型や交流型観光を標榜するなか、
「日本で最も
美しい村」連合の旗振り役として観光的付加価値
の向上に取り組むなど、
「丘の風景」を活かした活
動のバリエーションを広げている。
例えば、
・農業と観光が連携したまちづくりを目指すた
めのNPO法人びえい農観学園の設立。
・通過型から滞在型への転換を目指した美瑛町
地域資源活用総合促進施設の建設。
・特産品の販売や地域の食文化の提供・紹介を
行う農業用倉庫「丘のくら」の改装、廃校に
なった校舎の交流施設への再生。
・美しい地域を守り続けることで、観光的付加
価値を高め、地域経済の発展に寄与する「日
本で最も美しい村」連合設立。
また、美しい景観が観光にもたらす効果として
は、美瑛町産小麦 100%の「香麦」の産地化とカ
レーうどんによる村おこしといった食ビジネスの
創出やローカル商社機能を備えた「有限会社美瑛
物産公社」による流通システムの整備、などがあ
げられる。
2.2. 岩手県遠野市~民話のふるさと
(1)地域の概況
遠野には、特色あ
る風土が培った昔話、
民俗芸能、民間伝承
など、有形無形の文
化的な資源が今も息
づいている。
また、柳田國男がまとめた「遠野物語」により、
日本民族学発祥のゆかりの地として、全国にその
名が知られている。遠野市は、ふるさと文化の伝
承を重要な政策テーマと位置づけ、観光まちづく
りにおいても「遠野物語」と関連づけた施策が展
開され、こうした地域価値の表現を、遠野ブラン
ド形成につなげている。
(2)地域ブランド形成過程と効果
遠野ブランドは、
「遠野物語」とそこからイメー
ジされる山里文化等の魅力に支えられていること
は間違いないが、当初から市民にこの魅力が自覚
されていたわけではない。民話や伝承文化は、遠
野の辺境性や後進性を示すものとして、負の文化
と感じる市民も少なくなかったとされる。
プラスの価値をもったものに転化するきっかけ
は、観光資源としての「遠野物語」への再注目と
市民自身による地域おこしへの積極的な参加によ
るものである。
例えば、
・
「遠野物語研究所」が立ち上がり、市民自身に
よる遠野文化の見直しへの機運が向上。
・
「民話ファンタジー」や「遠野昔話物語」など、
地域固有の伝説・伝承をテーマに、市民が演
じる新しい市民文化を創造。
・見る観光から体験する観光へ脱皮し、市民は
遠野文化を語り伝えることで協働による観光
まちづくりを推進。
近年、遠野は「どぶろく特区」などでグリーン
ツーリズムの先進地域としても有名になったが、
これも遠野ブランドを支持するウチとソトの信頼
関係上に、成り立っている。また、伝承文化が観
光にもたらす効果としては、外の目で地域が評価
され、自分たちの自信と誇りにつながっているこ
と、新たな人材の発掘や活躍の舞台ができ動きが
ダイナミックになっていること、観光リピーター
や移住者が現れ、新たな起業活動が活性化してい
ること、などがあげられる。
2.3. 山形県金山町~美しく古びる
(1)地域の概況
金山町は、金山型
住宅に加えて、水路
に錦鯉放流など、景
観施策に意欲的な
町として数々の賞
を受賞している。
いまでこそ景観行政はポピュラーなものとなっ
ているが、かなり早い段階の昭和 59 年に町長が
「街並みづくり百年運動」を提唱。現在、美しく
快適なまちづくりにこだわった町として、全国的
に脚光を浴びている。
(2)地域ブランド形成過程と効果
美しい風景と調和した金山のまちづくりの特徴
は、
「景観とは、個人の所有に帰属するものではな
く、公共的なものである」という景観公有論を前
提にしている点である。そして、このきっかけは、
昭和 33 年にまでさかのぼり、町長が欧米 7 カ国の
森林行政を視察した際に、各国の美しい街並みに
深い感銘を受け、昭和 38 年に「全町美化運動」を
させたことによるとされる。
その後、昭和 59 年に提唱された「街並み景観百
年運動」を柱として、種々の誘導施策が展開され
ており、着実に成果をあげている。
例えば
・金山杉によるグリーンコンビナート構想や地
域住宅計画(HOPE 計画)による「金山型住宅」
の基準化。
・施策を前進させるため、大工・職人たちの技
術・デザイン向上のための「金山町住宅建築
コンクール」の開催。
・特産の金山杉を使った金山型住宅への建て替
え 100 年プランと着実な実践。
また、街並みが観光にもたらす効果としては、
時間がたっても色あせない、エイジング(経年)
効果を活かした風格ある町の創造、複数世代の継
承を前提とした資源循環と地産地消の地域ビジネ
スの再構築、などがあげられる。
3. ソーシャルマーケティングに
よる観光政策促進
JR 東日本の調査によると観光交流人口 10 万泊、
県外宿泊客 10 万人増えると、定住人口が 1900 人
増えたに等しい個人消費があるとされる。つまり、
観光は経済効果に期待する側面も強く、いかに地
域にお金を落としてもらえるか、あるいは一人あた
りの消費単価をどう引き上げるか、というという戦略
をもつことも重要である。そのためには、地域の課
題解決の先にある確固たる地域イメージの形成
や、旅行者を惹きつける求心力を強化など、独
自のブランディングとそのブランドマネジメン
トへの取り組み方が問われてくる。
3.1. ブランドづくりの条件
モノのブランド化では、オンリーワンの逸品づ
くりが各地で展開され、お互いにしのぎを削って
いる。特に、観光では、こうした逸品開発と地域
で生きがいをもって取り組める産直や物販などで
雇用を生むコミュニティブランディングが仕組ま
れることが期待される。そこで、先の取り組み事
例から読み取れるブランドづくりの共通条件を探
ると、
「地域のこだわり」
「地域の産物」
「地域の技
術」において、特に、他のものと差別化が図られ
ている点が浮かび上がる。まさに、美瑛の「丘」
、
遠野の「物語」
、金山の「杉」は、地域のこだわり・
産物・技術が融合した地域価値追求と、それらの
イメージの連鎖によって求心力を獲得できたブラ
ンドといえる。
3.2. ブランディング戦略の Key
ブランドを持続的に創造するための戦略とその
マネジメントを進めるための手掛かり、ブランド
づくりのkey(カギ)を探る。まず、
「本物」こ
だわりのある商品、満足感を味わえるもてなし、
地域に根付いたコミュニケーションスタイルがあ
る。
[安心]安心・安全・納得価格で、地域ののれ
んとして認知される。
「感動」訪れる地域の資源や
サービスが新鮮・斬新で、感動や発見、出会いが
ある。
[文化]社交や文化交流等の情報が発信され
る文化インフラが整っている。
[異質]異質な時間
と空間で自分磨き、夢づくりができる。等に着目
して戦略を練ることが重要である。
3.3. 持続可能な地域経済の再生
中山間地域では、面白い仕事ややりがいのある
役目からの阻害が、過疎化の要因になっていると
学識者等から指摘されるとおり、観光の効果を地
域経済の再生につなげることが課題である。こう
した、経済再生の先導的モデルのイメージを描く
とすると、まず、ベースとなる市民力が蓄えられ、
適性規模の経済とそのネットワークで新たな市民
的投資や外貨獲得を促していく経済循環の仕組み
を構築していくことが考えられる。
ベースとなる市民力(市民的投資・市民債)
・市場開発力
・顧客顕在化
・利益確保
・見本開発
・顧客の要望
・商品改良
・新市場創造
・需要創造
・受注・生産
図-1 地域経済再生のモデルイメージ
4. コンサルタントの役割
マーケティングは、供給側にとっての「投資」
を有効に回収するノウハウであるが、ソーシャル
マーケティングは、
「投資」の対象を地域全体に広
げていくものである。そのためコンサルタントは、
地域課題解決のアプローチからコミュニティブラ
ンディングへ、さらにブランドマネジメントにト
ータルに関われる新たな職能開発に努めるととも
に、観光政策促進の現場で説得力ある実績づくり
に取り組むことが重要となろう。
5. おわりに
本研究では、ソーシャルマーケティングの意義
や手法に、事例ではブランド形成に着目し、観光
政策促進の手掛かりを導きだそうとした。その結
果、ブランディングによる持続可能な地域経済の
再生、さらに、その「ブランド力」に磨きをかけ
ることによる観光集客に結びつけていくことが重
要と捉えられたが、手法についてはさらに踏み込
んだ提案が必要であり、今後、地域ブランド研究
会等のなかでフォローアップしていきたい。
[注]
注1)
『コミュニティの自立と経営』/山田晴義編著/ぎょうせ
い/2006
注 2)
『ソーシャルマーケティングのすすめ』/博報堂ソーシャ
ルマーケティング研究会/宣伝会議/2006
注 3)
『持続可能な地域経済の再生』/東北開発研究センター/
ぎょうせい/2004