66 運動療法を継続しアンドロゲン除去療法後も骨格筋量増加がみられた

第 11 セッション
内部(症例報告)
症例報告
66
運動療法を継続しアンドロゲン除去療法後も骨格筋量増加がみられた多発骨
転移を有する前立腺がん患者の一症例
堀田 健司(ほった けんじ)1),川原 勲1),吉川 聡2)
阪奈中央病院 リハセンター1),阪奈中央病院 泌尿器科2)
キーワード
前立腺がん,アンドロゲン除去療法,骨格筋
【はじめに,目的】
前立腺がんに対するアンドロゲン除去療法(ADT:androgen deprivation therapy)は有害事象として骨格筋の
萎縮をもたらし,有酸素運動と抵抗運動を組み合わせた運動療法が有害事象対策として除脂肪体重の増加に効果
があると報告されている.しかし骨転移を有する症例に対する効果は未だ明らかでない.今回,原発性前立腺が
んの腹部大動脈リンパ節・多発骨転移と診断され,ADT 療法を施行したが運動療法によって骨格筋量の増加が
みられた症例を経験したので報告する.
【症例紹介】
本症例は全身衰弱を主訴に当院 ER 救急搬送され,前立腺がん腹部大動脈リンパ節・多発骨転移と診断された
60 代男性.入院前 ADL は自立していた.肋骨・脊椎・腸骨・大腿骨に多発骨転移を合併していたが,病的骨折の
リスクはあるものの,荷重歩行,日常生活動作は許可され,入院翌日から理学療法依頼となった.第 53 病日と第
87 病日に ADT 療法(LH RH アゴニストと抗アンドロゲン薬を併用する MAB 療法)が施行され,治療前後の
PSA タンデム値は 1408.00 から 4.87 に著減し,KPS は 60% を維持し第 114 病日に施設退院となった.
【経過】
運動療法は入院翌日から退院前日まで,がんのリハビリテーションガイドラインで推奨されている有酸素運動
と抵抗運動を組み合わせたプログラムを土日祝を除く平日に 1 日につき 3 単位(60 分間)継続実施した.入院期
間を通して,がん悪液質の国際診断基準
(Fearon K et al,Lancet Oncol, 2011)
には該当しなかった.入院直後(T1),
初回 ADT 療法開始直前(T2)
,2 回目 ADT 療法 2 週後(T3)に CT 画像で腸腰筋断面積(CSA 法,mm2)を測
定し,骨格筋量の指標とした.測定は左右の腸腰筋をそれぞれフリーハンドで 3 回トレースし,その平均値を算
出し,左右の合計を測定値とした.さらに T2 から T3 までの患者の状態や経過を示す因子として,以下の評価項目
を測定した.体重(kg),握力(kgf)
,膝伸展筋力(kgf)
,Functional Movement Scale(点)
,FIM(点)
,KPS
(%)
.T1 から T2,T2 から T3 にかけて腸腰筋断面積に有意な増加が認められ,体重と血清アルブミン値(mg dL)
"
!
も有意に増加した.握力,膝伸展筋力,FMS,FIM,KPS は変化しなかった.
【考察】
ADT 療法の前から継続的に運動療法を実施した多発骨転移を有する前立腺がん患者において,ADT 療法開始
後 2 ヶ月間に骨格筋量は増加し体重と血清アルブミン値も増加した.骨転移を有する前立腺がん患者においても
ADT 療法の有害事象である骨格筋萎縮とそれによる筋力,ADL 低下の対策として,適切に処方された運動療法
の有効性を示唆する結果と考えられた.
1
第 11 セッション
内部(症例報告)
症例報告
67
最後まで生きる事への希望を持ち続けた,悪性リンパ腫患者の終末期の理学
療法士の関わり
新谷 圭亮(しんたに けいすけ)1),杉島 裕美子1),中島 敏貴1),西埜植 祐介1),森 清子1),
乾 亮介1),竹島 宏剛1),福島 隆久1),藤井 幸子1),塩野 琴1),山田 忍2)
PL病院 リハビリテーション科1),PL病院 看護部2)
キーワード
緩和ケア,QOL,生きる希望
【目的】
今回,最後まで生きることへの希望を捨てず,前向きに治療に取り組まれた終末期の悪性リンパ腫患者に対し
て理学療法を提供する機会を得た.がんの終末期患者への理学療法士(以下 PT)の介入が患者と家族の希望とな
り,治療に対しても前向きに取り組むための一助となると感じられた.その経験から,今後の終末期の理学療法
の展望について若干の考察を報告する.
【症例紹介】
78 歳男性.妻と二人暮らし.診断名:悪性リンパ腫(未分化大細胞リンパ腫)StageIV.Performance Status
(以下 PS)4.性格は何事も自分で決める,というタイプであった.
【経過】
200X 1 年 11 月から体重減少,嗄声が出現.3 ヶ月後の PET CT の結果,悪性リンパ腫(StageIV)
,肺炎及び
骨転移を認めた.主治医は化学療法を躊躇していたが,本人の強い希望により化学療法を開始し,
「家に帰りたい」
という本人の希望を叶えるため,理学療法を介入した.PS:4,Function Independence Measure:50 点
(運動項
目:22 点 認知項目:28 点)であった.しかし治療抵抗性となり,化学療法内容を変更して治療続行した.栄養
状態悪化し全身浮腫が出現し ADL は低下したが,患者は自宅退院への希望は捨てず,理学療法士の訪室を心待ち
にし,リハビリに前向きに取り組まれた.一時期は歩行器歩行が監視下で可能となるなど,機能向上を認めたが,
病状が進行し,化学療法中止後 1 週間で亡くなった.亡くなる前日,朦朧とする意識の中でも患者は,PT の名前
を呼び,リハビリを希望され,緩和的なリハビリを行うことが出来た.2 回目の化学療法前に行った QOL 評価
(Mcgill QOL)では「自分の今の生活はとても意味のあるものか」
,「私の人生の目的を達成するためによく頑張っ
ているか」
,
「支えられていると感じているか」という項目は,平均値より良い傾向だった.デスカンファレンス
!
にてがん看護専門看護師より「リハビリ提供が最期まで本人の生きる希望となっていた,亡くなる前日に呼ばれ
たのは PT に礼を言いたかったのではないか」という意見があった.
【考察】
終末期では加速的な機能の低下を呈し,他人への ADL 依存が高くなっていく.死を意識せざるを得ない絶望的
な理学療法士と共に「その日できること」を考え,前向きに取り組まれた.最後の化学療法開始前に行った QOL
の評価では「身体的側面」
「心理的側面」
「実存的側面」は平均値よりも悪い傾向を示したが,「サポート側面」は平
均値より良い傾向を示した.終末期には孤独を感じると言われているが,PT が希望を支える関わりを継続するこ
とで,本人は辛い状況でも孤独にならず,
「支えられている」と感じていたと考えられる.PT の専門性を発揮し
関わる事が,最後まで「自分らしい生き方」を支え,遺族となる家族のグリーフケアに寄与すると思われた.
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第 11 セッション
内部(症例報告)
症例報告
68
重症かつ複数の内部疾患に加え下腿切断を合併した症例に対し,義足を用い
ることで動作介助量軽減を図れた一症例
中野 まなみ(なかの まなみ)1),垣内 優芳2)
あさひ病院 リハビリ室1),西神戸医療センター リハビリテーション技術部2)
キーワード
複数の内部障害,下腿切断,義足
【はじめに】
今回,既往に腎不全,COPD を有する症例の解離性大動脈瘤に対する開胸手術後に呼吸不全,下腿切断となっ
た症例を担当する機会を得たので報告する.
【症例紹介】
症例は,ドライウエイト 42kg の 70 歳代男性である.弓部及び胸腹部解離性大動脈瘤に対し他院にて全弓部置
換術を施行,術後肺炎により人工呼吸器管理,気管切開となる.その後コレステリン塞栓症候群,左下腿切断と
なり,術後 7 か月で義足作製及びリハビリ目的にて当院転院となる.転院時,酸素療法,透析療法を実施,スピー
チカニューレを使用していた.
【説明と同意】
対象者と家族には症例報告の趣旨を説明し,文書にて同意を得た.
【初期評価と目標】
筋力は MMT 上肢 3,下肢 3+,体幹 2,大腿周径は右 27cm,左 25.5cm,左断端は中断端(成熟断端)であっ
た.呼吸は努力性で SpO2 は 94∼98%(酸素 2l 投与),CRP は 3mg dl 前後,%クレアチニン産生速度(%CGR)
は 42%,Geriatric Nutritional Risk Index(GNRI)は 73 であった.臥床傾向で易疲労性,咳嗽力低下を認め,自
己排痰困難で頻回に吸引を要した.寝返りは自立,座位保持困難,立ち上がりは重度介助,Barthel Index
(BI)は
5 点であった.
本症例の短期目標は義足の自己装着自立,座位能力向上とし,長期目標は義足装着下での移乗動作自立とした.
【理学療法経過】
!
理学療法は週 5∼6 日,ROM 運動,筋力増強運動,深呼吸練習,基本動作練習を実施した.開始 25 日で仮義足
が完成し,義足装着・立位・歩行練習追加,31 日で車椅子駆動練習を追加する.41 日頃から熱発や強い倦怠感と
掻痒感,シャント腫張,CRP 上昇を認め,イライラや不眠から離床困難となる.90 日で状態が安定,意欲向上し,
離床再開,117 日で平行棒内歩行が中等度介助で可能となる.最終評価時,MMT は著変なく,大腿周径は 4∼5
cm の減少を認めた.SpO2 は 98% で自己排痰が一部可能となる.易疲労性は継続,CRP は 6mg dl 前後,%CGR
は 32%,GNRI は 69,座位保持は可能,平行棒内歩行は軽介助で約 5m 可能,立ち上がりは中等度介助,BI は 10
!
"
点となる.
【考察】
本症例は大血管術後に加え,複数の内部疾患や透析療法,未手術の腹部解離性大動脈瘤の残存しており,%CGR
や GNRI も低値のままで全身の筋肉量低下と低栄養状態を認めている.これは炎症性疾患の存在によるものと考
える.下腿切断については,切断後できるだけ早期から義足装着練習を行うことは,切断者の全身機能面,精神
面において多大な効果を与え,義足の使用により移乗時に立位動作が安定し,ADL 場面で介助量が軽減できると
されている.本症例も義足を使用することで,基本動作の介助量軽減,平行棒内歩行が可能となったと考える.
【理学療法学研究としての意義】
重症患者に対する義足を用いた練習により患者の精神的・身体的負荷の軽減が図れた本症例の経験は,疾患の
重複,重症化の傾向が強い高齢者の理学療法を考える上で重要であると考える.
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第 11 セッション
内部(症例報告)
症例報告
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69
CRT D 症例に対して心臓リハビリテーションが有用であった一症例
笠井 健一(かさい けんいち)1),橋本 伸吾1),張本 邦泰2),川崎 達也2),進藤 篤史1),
村田 博昭1),神谷 匡昭2)
松下記念病院 リハビリテーション科1),松下記念病院 循環器内科2)
キーワード
"
心臓リハビリテーション,CRT D,運動耐容能
【目的】
両室ペーシング機能付き植込み型除細動器(CRT D)植込み症例に対する心臓リハビリテーション(心リハ)の
報告は未だ少ない.今回,心肺蘇生後の CRT D 植込み症例に対して,嫌気性代謝域値(AT)による運動処方を
行い,運動耐容能が改善した症例を経験したので報告する.
【症例紹介】
50 代男性.7 年前に当院で拡張型心筋症と診断された.1 年前に心不全が増悪したため当院で入院加療を要し
た.半年前に間質性肺炎を発症し,やむを得ず内服中であったアミオダロンを中止した.その数日後,仕事中に
突然意識を消失し他院に救急搬送された.心室細動と診断され電気的除細動を受け,神経学的後遺症なく回復し
た.その後,全身管理目的で当院に転院したのち他院で CRT D 植込み術(Mode:DDD,pacing rate:60 140
回 分,VT zone>150 回 分,Vf zone>182 回 分)を受けた.心肺運動負荷試験(CPX)では,最大酸素摂取量
は 12.92ml min kg,AT 到達時心拍数は 110 回 分であった.心リハ目的で当院に再転院した.
【経過】
服薬はカルベジロール 20mg 日.心室期外収縮が全心拍数の約 10% に認められた.心エコー図検査で左室壁運
動はびまん性に低下し,左室駆出率は 27% であった.6 分間歩行試験は 429m であった.入院中の有酸素運動は
トレッドミルを用いて AT レベルの心拍数 110 回 分を上限に設定し,状態に合わせて適宜運動負荷量を変更し
ながら週 5 回実施した.日常生活レベルの運動負荷では心不全の増悪や致死的不整脈の出現が認められなかった
ため,週に 3 4 回,1 回 30 分の有酸素運動と自己管理方法を指導し自宅退院した.退院後は外来で週 1 回の監視
下運動療法を実施し,指導に基づいた非監視下運動を自宅でも継続した.
退院後 3 ヵ月頃から心拍数が 110 回 分以下でも運動負荷量を増やすことが可能となり,心室期外収縮の発生頻
度も減少した.150 日が経過した時点で施行した 6 分間歩行試験では,461m まで歩行距離が延長していた.心エ
コー図検査で評価した左室駆出率は 39% と改善し,全経過中に CRT D による除細動は認められなかった.他院
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で施行した CPX では最大酸素摂取量は 16.85ml min kg まで改善していた.
【考察】
CRT D の適応は致死的不整脈を有する重症心不全症例である.今回 CRT D 植込み症例に対して,AT レベル
での心拍数を基に運動処方を行った.週に 1 回の監視下運動療法と自宅での非監視下運動療法を保険算定期間の
150 日間継続することで心室期外収縮の発生頻度は減少し,運動耐容能は改善した.また,自己管理や運動負荷量
"
"
に対する理解が十分に得られたことも心不全が増悪せずに運動耐容能が改善した要因として考えられた.
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第 11 セッション
内部(症例報告)
症例報告
70
咳嗽コントロールに着目し屋外活動範囲に拡大を認めた特発性肺線維症の一
症例
北村 優友(きたむら ゆうすけ)1),堀 竜次3),中村 孝人2),大西 和彦1),道脇 理嘉1),
今碇 洋介1),川本 麻加1)
星ヶ丘医療センター リハビリテーション部1),星ヶ丘医療センター 呼吸器内科2),
大阪行岡医療大学 医療学部 理学療法学科3)
キーワード
特発性肺線維症,咳嗽コントロール,6MWT
【目的】
近年,慢性閉塞性肺疾患(以下 COPD)に対するリハビリテーションの報告は多く,GOLD2011 年改訂版は,
非薬物療法としてリハビリテーションのエビデンスレベルは A と評価されている.しかし,特発性肺線維症(以
下 IPF)に対するリハビリテーションのエビデンスは確立されていない.IPF では咳嗽による活動範囲の狭小化が
問題となる症例を散見する.今回 IPF 患者を担当し咳嗽コントロールに着目してリハビリテーション介入を行っ
た結果,退院後の屋外活動範囲拡大を認めたため報告する.
【症例紹介】
70 歳代女性,BMI22.5.2013 年 12 月に IPF と診断.肺機能検査%VC52.4%,FEV1.0%98.0%,RV TLC151.2%,
ABG より A aDO261.6mmHg,PaO2159.1mmHg,PaCO253.3mmHg.既往歴にシェーグレン症候群があり口腔内乾
!
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燥訴えあり.咳嗽出現頻度が高く病棟内トイレ歩行レベルで,Needs は咳をどうにかして欲しいとの訴えであっ
た.
【経過】
入院時評価は,在宅酸素療法で屋内 O26L,屋外 O25L 同調で生活しており,入院前の屋外歩行距離は約 30 分で
300m 程度.NRADL は,動作速度 9 点,呼吸困難感 12 点の 21 点であり階段昇降や重たいものを持つことはゆっ
くりでも行えないと感じていた.6MWT は O25L 同調,開始 1 分 38 秒で咳嗽出現にて休憩し終了.歩行距離 53
m,SPO297%⇒86%,PR81⇒91 回 分,BorgScale Leg2 0⇒4 1,リカバリーは 3 分要した.入院時評価より,日
常生活に咳嗽が影響していると考え,咳嗽コントロールに着目しリハビリテーション介入を行った.咳嗽出現頻
度が多い状況は,口腔内乾燥状態,分泌物上昇時,SPO293% 以下時,安静時 PR90 回 分以上時であった.口腔内
乾燥は飴を舐め,分泌物上昇時は ACBT 指導で解消した.SPO2,PR に対しては,咳嗽を誘発する閾値に達しな
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い程度の運動強度で酸素療法の再考,コンディショニング,運動療法,生活指導を実施した.酸素療法は,屋内
O27L 屋外 O25L オキシマイザーに変更.コンディショニングは,安楽座位となり呼吸補助筋,姿勢保持筋,姿勢
アライメント調整を行った.運動療法は 50% カルボーネン法を用いた.生活指導は動作時のペーシング指導を
行った.4 週間のリハビリテーションの結果,退院時の屋外歩行距離は約 30 分で 800m 程度.NRADL は動作速
度 9 点,呼吸困難感 12 点の計 21 点.6MWT は O25L オキシマイザーで,開始 1 分 28 秒∼3 分 10 秒,4 分 35
秒∼6 分で咳嗽出現前に自己にて休憩を行い咳嗽の出現なし.歩行距離 100m,SPO299⇒88%,PR76⇒88 回 分,
BorgScale2 2⇒4 4,リカバリーは 3 分要した.
【考察】
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IPF は,労作時呼吸困難,乾性咳嗽を主症状としており,咳嗽が活動範囲の狭小化に影響を与えている.本症例
咳嗽の主な原因は,反復された咳嗽による気道壁表層の知覚神経終末感受性亢進と考える.経過より,IPF 患者の
咳嗽コントロールは,モニタリングを行い易い指標を用いて閾値に達しない動作を学習することが有効であり,
咳嗽頻度を軽減させ活動範囲の拡大に繋がる事が示唆された.
5
第 11 セッション
内部(症例報告)
症例報告
71
肺サルコイドーシスを有する両側人工膝関節全置換術後一症例患者の運動耐
容能および日常生活活動の経時的変化(第 2 報)
髙橋 昇嗣(たかはし しょうじ)1),池田 耕二2),大原 佳孝1),猪子 純一1),池田 秀一1)
池田病院 総合リハビリテーションセンター1),大阪行岡医療大学 医療学部 理学療法学科2)
キーワード
運動耐容能,心肺運動負荷試験,機能的自立度評価表
【目的】
我々は,第 54 回近畿理学療法学術大会において肺サルコイドーシスを有する右脛骨高原骨折術後一症例の運動
耐容能(Exercise Tolerance;以下,ET)に着目し,ET に対する運動療法の有用性を報告した.その後,本症例
は両側の人工膝関節全置換術(以下;TKA)を施行することになったため,改めて ET と日常生活活動(以下,
ADL)に着目し,これらの経時的変化を調査したので報告する.
【症例紹介】
症例は 65 歳の女性であった.診断名は両側の TKA,現病歴は平成 26 年 10 月初旬に TKA の施行目的にて当院
へ入院となった.既往歴は肺サルコイドーシスと右脛骨高原骨折であった.
評価としては,心肺運動負荷試験
(以下,CPX)を実施し,PeakVO2 W,AT 到達時間から ET 評価を行った.
運動プロトコールは自転車エルゴメーターで 5wattRamp 負荷に設定し,症候限界まで実施した.ADL は機能的
自立度評価表(以下,FIM)を用いて評価し,これらを術後から退院前に測定し結果を比較した.さらに ET に関
しては退院後も 4 週毎に再評価し変化を追跡した.
【経過】
理学療法においては TKA の従来の運動療法に順じて実施した.ADL の経過は術後当時の FIM が 94 点,約 4
週目で 109 点,7 週目では T 字杖歩行自立となり FIM は 120 点と改善を示した.ET は術前 PeakVO2 W が 16.3
ml kg min であったが,術後 7 週目では 14.8ml kg min となり,AT 到達時間も 6 分 51 秒から 4 分 30 秒と減少
していたことから低下が示唆された.術前と術後 7 週目における換気能,循環能の各指標に著変が見られなかっ
たことから,本症例の運動制限因子は筋代謝能の低下と推察した.そこで退院時より運動処方を行い,自転車エ
ルゴメーターを用いた運動療法を実施した.運動強度は AT 時の watt 数とし,頻度は 20 分×3 セットの運動を週
に 6∼7 回と設定した.運動休止基準は AT 時の HR とした.
退院後 4 週目では AT 到達時間が 5 分 27 秒と延長したが,PeakVO2 W は 14.6 ml kg min と改善が見られな
かった.8 週目は AT 到達時間が 6 分 54 秒,PeakVO2 W が 15.2 ml kg min とともに改善を示した.術前と退院
後 4 週目,8 週目においても換気能,循環能の各指標に著変は見られなかった.
【考察】
今回,術後 ADL の経過は改善がみられ良好であったが,ET の低下が認められた.CPX の測定結果や運動療法
の結果から,本症例における運動制限因子は術後安静による下肢筋の筋代謝能低下であると推察された.これら
から,呼吸器疾患を有する TKA 術後の症例では,短期間の臥床でも ET が低下する可能性が示唆された.
また,本症例は ET の改善に 8 週間を要した事から,退院後も継続的に運動を行う必要があると考えられた.
よって,呼吸器疾患を有する整形外科疾患では ADL の改善だけでなく,活動範囲や活動量など ET の改善を考慮
したプログラムについても設定する必要があると考えられた.
今後は,さらに呼吸器疾患を有する整形外科疾患患者の ET を評価する事の有用性や ET と ADL との関係性
等を検討していきたい.
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第 11 セッション
内部(症例報告)
症例報告
72
最重症 COPD 症例に対する運動療法の経験―強制呼気の指導により労作時
呼吸困難の改善が得られた 1 症例―
井上 大輔(いのうえ だいすけ)1),松木 良介1),尾崎 泰1),伊東 友好2)
関西電力病院 リハビリテーション科1),関西電力病院 呼吸器内科2)
キーワード
重症COPD,動的肺過膨張,強制呼気
【目的】
最重症 COPD 患者では動的肺過膨張による労作時呼吸困難によって持続的な運動が困難である.近年,運動中
の口すぼめ呼吸が,動的肺過膨張を抑制し運動持続時間を延長させることが報告されている.しかし,今回,最
重症 COPD 患者に対し口すぼめ呼吸を指導したが,運動持続時間の延長が困難であった.そこで,動的肺過膨張
の抑制を目的に,口すぼめ呼吸の呼気時間を延長させた強制呼気を指導した.その結果,運動耐容能,労作時呼
吸困難,QOL の改善が得られたので報告する.
【症例紹介】
60 歳代の男性.9 年前に COPD を指摘され,6 ヶ月前より労作時呼吸困難が増強,歩行困難となり,在宅酸素
療法導入目的にて当院呼吸器内科に入院となった.入院時の肺機能検査では,%肺活量 57.7%,1 秒率 43.5%,1
秒量 740mL,%1 秒量 28.8% であり,GOLD 分類 4 期であった.在宅酸素療法導入後,第 2 病日に理学療法開始
となった.理学療法評価として,運動耐容能は 6 分間歩行距離(6MD),労作時呼吸困難は The Activity of Daily
Living Dyspnea scale(ADLDs),QOL は COPD Assessment Test(CAT),動的肺過膨張はスパイロメーター用
いて最大吸気量を評価した.初期評価は第 3 病日,最終評価は第 21 病日に実施した.6MD 評価時は 3L min 酸素
投与下で実施した.
【経過】
理学療法介入は 23 日間であった.初期評価では,6MD:20m,ADLDs:33 点,CAT:28 点と運動耐容能,労
作時呼吸困難,QOL の低下を認めた.運動療法として自転車エルゴメーターを 20W 負荷・20 分に設定し,駆動
中の口すぼめ呼吸を指導し実施した.しかし,呼吸困難により開始 15 分で中止となった.そこで,駆動時間の延
長を図るため,口すぼめ呼吸の呼気時間を最大努力下で延長させた強制呼気を追加指導した.その結果,最大吸
気量は安静時 1.54L,駆動中強制呼気前 1.39L,駆動中強制呼気後 1.46L と強制呼気後に増加を認め,駆動時間が延
長し 20W 負荷で 30 分の運動が可能となった.最終評価では,6MD:100m,ADLDs:50 点,CAT:16 点と運動
!
耐容能,労作時呼吸困難,QOL の改善を認めた.
【考察】
最重症 COPD 患者では, 動的肺過膨張による呼吸困難に対し運動時間の延長を図る上での工夫が必要である.
今回,運動中の強制呼気により運動持続時間の延長が得られた.運動中の強制呼気は動的肺過膨張を抑制し,労
作時呼吸困難を改善させる可能性が示唆された.
7
第 11 セッション
内部(症例報告)
症例報告
73
呼吸リハビリテーションにより運動耐容能の改善を認めた閉塞性細気管支炎
患者の一症例
木本 祐太(きもと ゆうた)1),杉谷 竜司1),岡島 聡1),東本 有司3),前田 和成1),白石 匡1),
長谷 和哉1),寺田 勝彦1),山縣 俊之3),福田 寛二2)
近畿大学医学部附属病院 リハビリテーション部1),近畿大学 医学部 リハビリテーション科2),
近畿大学 医学部 呼吸器・アレルギー内科3)
キーワード
呼吸リハビリテーション,運動耐容能,閉塞性細気管支炎
【はじめに】
閉塞性細気管支炎(Bronchiolitis obliterans;BO)は,細気管支領域の不可逆的閉塞をきたし,重篤な閉塞性呼
吸機能障害を呈する予後不良な疾患である.様々な要因によって引き起こされるが,近年,臓器移植の増加とと
もに移植後の BO が増加している.
呼吸リハビリテーションマニュアルにおいて,慢性閉塞性肺疾患,間質性肺炎などの慢性呼吸器疾患に対する
リハビリテーション(以下リハ)のエビデンスは報告されているが,BO 患者に対する呼吸リハのエビデンスは確
立されていない.今回,BO 患者に対して呼吸リハを施行し,運動耐容能の改善を認めた症例を経験したので報告
する.
【症例紹介】
50 歳女性.BMI20.6.急性混合型白血病で同種骨髄移植を施行され,一年後に移植片対宿主病よる BO と診断さ
れた.BO の病気分類は最重症であった.労作時呼吸困難が強く呼吸リハの介入となった.
初期評価時の肺機能検査は肺活量:1.06L,1 秒量:0.53L,1 秒率:51%.心肺運動負荷試験(CPET)では
peakVO2:217ml min,VO2 W:4.7ml kg min,minimumVE VO2:51.9ml ml,終了時自覚症状は修正 Borg scale
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(BS)にて,呼吸困難感 4!
10,下肢疲労感 3!10.6 分間歩行テストの総距離 330m.NRADL(the Nagasaki University Respiratory ADL questionnaire)の得点 53!100.SGRQ(St. George s Respiratory Questionnaire)の総ス
コア:82.04.
【経過】
週に 2 回,外来での呼吸リハを 3 ヶ月行った.労作時の呼吸困難が著明であったため,リハ中は酸素 2L 流入下
で実施した.CPET の初期評価結果をもとにプログラムを設定した.最終評価時の肺機能検査は肺活量:1.15L,
1 秒量:0.5L,1 秒率:46.3%.CPET では peakVO2:352ml min,VO2 W:7.5ml kg min,minimumVE VO2:
46.3ml ml,終了時自覚症状は BS にて呼吸困難感 4 10,下肢疲労感 2 10.6 分間歩行は 380m,NRADL は 62 100.
SGRQ の総スコア:77.99.
【考察】
3 ヶ月間の呼吸リハの介入により運動耐容能の改善を認めた.CPET の結果から本症例の運動耐容能の低下の
要因としては,廃用による二次性の筋力・持久力低下と換気効率の低下を考え,低負荷の筋力増強運動,自転車
エルゴメータから開始して徐々に負荷量を増加させ,筋力・持久力の向上を図った.換気効率の低下については,
VE VO2 の値から BO の病態であるエアートラッピングによる残気量の増加と考え,呼吸法の指導を通して残気
量の減少,換気効率の改善を図った.その結果,初期評価時と比較して PeakVO2 の増加,換気効率の改善を認め,
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運動耐容能の改善につながったと考えられる.また,SGRQ の結果からも症状の改善が認められた.
BO は,一般的に不可逆的病変であり,予後不良とされている.確立された治療方法はなく,進行性の呼吸不全
で死亡することが多い.BO 患者の運動耐容能の低下は,肺移植後の死亡率に関与するとされており,本症例の結
果からも BO 患者に対する呼吸リハの実施は重要であることが示唆された.
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第 11 セッション
内部(症例報告)
症例報告
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重度の起立性低血圧を呈した一症例∼自宅復帰を目指して∼
胡桃 達郎(くるみ たつろう)1),上床 博久2),寺岡 沙樹3),村尾 祐輔1)
医療法人 社団 医聖会 八幡中央病院 リハビリテーション科1),
医療法人 社団 医聖会 八幡中央病院 循環器科2),
医療法人 社団 医聖会 学研都市病院 リハビリテーション科3)
キーワード
起立性低血圧,血圧コントロール,下肢筋活動量
【目的】
重度の起立性低血圧により ADL 障害を呈した症例に対して,自宅復帰を目的として介入を行った.
【症例紹介】
80 歳代女性.現病歴:約 10 数年前に大腸癌の手術を行い,その後から徐々に起立性低血圧が進行した.初期の
頃は長時間の立位時に立ちくらみやしんどさを感じる程度であった.年々症状が進行し,失神が頻繁に生じるよ
うになり日常生活が困難となった.当院受診し,起立性低血圧の診断により入院となった.併存疾患:大動脈弁
閉鎖不全症・骨粗鬆症・膀胱炎・便秘症.既往歴:大腸癌,脳梗塞.各種検査:軽度の貧血あり.その他,著明
な異常所見なし.
【経過】
初期評価時,安静臥位の収縮期血圧は 60mmHg∼180mmHg と変動が大きく,日差変動・日内変動がみられた.
特に食後から 2 時間以内に著明な血圧低下がみられた.臥位から端坐位になると著明に血圧低下し,立位保持は
困難であった.脈拍は血圧の変動に関わらず 70 前後でほぼ一定値を示した.起立耐性を示す指標として head up
tilt test を行った結果,40̊ を 2 分間実施すると収縮期血圧 60mmHg 台となり,立位負荷に近いとされる 60∼80̊
以上の実施は不可能であった.下肢体幹筋力は概ね MMT4.介入として,昇圧剤の服用・弾性ストッキングの着
用・療法士によるチルトテーブルを使用した head up 負荷練習を実施した.約 1 ヶ月の介入を行ったが,効果不
十分で症例の起立耐性はむしろ低下傾向となった.その後昇圧剤を増量し約 3 週経過を見たが,改善が見られな
かった.そこで医師と連携し,血圧管理下のもとベッド上ギャッジアップ肢位での下肢の運動を追加プログラム
として実施した.下肢の運動は等張性の自動運動・自動抵抗運動であり,各関節運動 1 セット 40∼200 回の運動
を 1 日 1∼2 セット,週 5 日以上実施した.
追加プログラムの実施から約 1 ヶ月後より少しずつ効果がみられ,徐々
にではあるが端座位保持練習や立位歩行練習等の運動が実施可能となった.ADL では看護師による入浴動作練習
が可能となり,症例に対しては血圧測定の励行とリスク管理の教育を実施した.最終的に,head up tilt test では
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60̊ が約 2 分実施可能となった.MMT は著変ないが全般的に僅かに筋出力が向上した.ADL では時間的な制約下
と血圧管理下ではあるが,自宅内での歩行・トイレ動作自立となり,当院入院より約 7 ヶ月後自宅退院となった.
【考察】
起立性低血圧に関して,一般的には薬物療法や起立負荷練習などが行われているが,本症例は重度の起立性低
血圧により端座位・立位での連続的な運動介入が困難であった.そこで,昇圧剤の増量に加えて骨格筋に対する
介入を実施したところ,一定の効果を示すことができた.効果の機序としては昇圧剤による作用・骨格筋のポン
プ作用改善による心拍出量の増大等が考えられるが,明確な根拠を示すに至らなかった.今後の課題として十分
な検討を行い,その機序を精査する必要があると考える.
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