サラブレッドにおけるミオスタチン遺伝子タイプは 骨格筋遺伝子発現と

(177)
文 献 紹 介
サラブレッドにおけるミオスタチン遺伝子タイプは
骨格筋遺伝子発現とレースパフォーマンスに影響を与える
MSTN genotypes in Thoroughbred horses influence skeletal muscle gene expression and racetrack performance
Beatrice A. McGivney, John A. Browne, Rita G. Fonseca, Lisa M. Katz, David E. MacHugh, Rohan Whiston and E. W. Hill
Animal Genetics, 2012, 43, 810-812.
競走馬総合研究所 運動科学研究室 向井和隆
【イントロダクション】
【方法】
ミオスタチンは骨格筋量を制御する役割を持っ
同じ牧場で飼養されているトレーニング前の1
て い る 。サ ラ ブ レ ッ ド は 他 の 動 物( 体 重 の
歳馬60頭を遺伝子タイプ別にグループ分けし
30 40%)に比べて骨格筋量が多く(体重の55%以
(C/C, n=15; C/T, n=28; T/T, n=17)、中殿筋から筋
上)、成長やレースパフォーマンスを考える上で、
バイプシーを実施した。このうち33頭(C/C, n=10;
骨格筋の発達にはミオスタチンが重要であること
C/T, n=13; T/T, n=10)については、同じ調教師の
が知られている。近年、ウマミオスタチン遺伝子の
元で同様のトレーニングを行った後にもサンプリ
最初のイントロン内にある一塩基多型(SNP)とサ
ングを行った。採取した中殿筋サンプルからtotal
ラブレッドのレースパフォーマンスとの間に関連
RNAを分離し、リアルタイムRT-PCRを行った。
があることが発見された。Cアレルのホモ個体(す
なわちC/C)は短距離レースに、C/Tは中距離レー
【結果】
スに、T/Tは長距離レースに適性があることが示
トレーニング前のサンプルにおいて、ミオスタ
されている。さらにミオスタチン遺伝子型と体型
チン遺伝子型と遺伝子発現には有意な関連があ
に相関があることも示されている。つまり、C/C馬
り、C/C馬はC/TおよびT/T馬に比べて、高いミオス
はC/T馬やT/T馬より体重/体高比が高く、これは
タチンmRNAレベルを示した。トレーニング後の
スプリンターがステイヤーより筋肉質であるとい
サンプルにおいては、ミオスタチン遺伝子型と遺
う点と一致している。また、我々は先行研究におい
伝子発現には関連がなかった。また、トレーニング
て、ミオスタチン遺伝子の400-1500 bp下流の遺
後はトレーニング前に比べて、すべての群でミオ
伝子発現がトレーニング後に減少していることを
スタチン遺伝子発現が減少しており、C/C馬の減
報告しており、これはトレーニングに対するサラ
少率が最も大きかった。
ブレッドの骨格筋適応にミオスタチン遺伝子発現
の変化が関わっているという仮説を裏付けてい
【考察】
る。そこで、今回はミオスタチンのSNPが、ミオス
他の動物において、ミオスタチンタンパク質の
タチン遺伝子の発現の仕方に影響を与えているか
機能不全の結果として、筋肥大が用量依存性に起
どうかを調べた。
こる。例えば、ドッグレースに用いられるウィペッ
トのホモ個体は極度の筋肥大によりレース能力を
(178)
馬の科学 Vol.52(2)2015
欠くが、ヘテロ個体は優れたレース能力を示す。こ
育に直接影響を与えている可能性が高そうであ
のことから、レースパフォーマンスのためには、ミ
る。筋の成長や分化にミオスタチンが与える影響
オスタチンが欠落しているよりは、低いレベルの
はより複雑であり、単に筋の成長を抑制するだけ
方が適している可能性がある。
ではなさそうである。
今回の研究において、トレーニング前のC/C馬
サラブレッドではType IIb線維は今まで検出さ
のミオスタチンmRNAレベルが最も高かったのは
れたことがないため、ミオスタチンが骨格筋の
驚きであった。しかし、トレーニング後にはC/T馬
Type IIb線維の発達に与える影響は特に興味深
の-2.38倍、T/T馬の-3.31倍に比べて、C/C馬のミオ
い。また、サラブレッド集団において、近年選択淘
スタチンmRNAは最も大きな減少率(-5.88倍)を
汰があったことを示す領域にミオスタチンと作用
示した。
しているシグナリング分子をコードする遺伝子が
これらの結果から考えると、成長の様々なス
存在することが報告されている。
テージにおいて、ミオスタチンは複数の役割を果
結論として、ミオスタチン遺伝子型とミオスタ
たしている可能性がある。例えば、Type IIb線維の
チン遺伝子発現の間には有意な相関があったが、
発育や、ミトコンドリアの増加に起因する酸化酵
この相関はトレーニング後には消失していた。こ
素活性の制御を含めた、筋肥大以外の機能の有無
の研究はウマの骨格筋においてミオスタチンが中
が議論されている。今回のデータからは、ミオスタ
心的な役割を果たしていることを示しており、さ
チン遺伝子発現の変化がサラブレッドの競走能力
らにミオスタチンの制御に関わるメカニズムや運
に影響を与える詳しいメカニズムは特定できない
動誘発性の筋発達におけるミオスタチンの影響を
が、トレーニング期間におけるミオスタチン遺伝
明らかにする一助となるだろう。
子発現の減少がサラブレッドの骨格筋の成長や発