巻頭言 地区医師会から見た災害医療の枠組み 大阪府医師会 理事 鍬方 安行 わが国では、1963年に救急業務が法制化され、1970 活動に備えています。このように、被災地への外部か 年代に一次・二次・三次救急を階層化した現在の救急 らの支援スキームは整備が進み、実地適用の経験も確 医療の骨格が整いました。1995年に発生した阪神淡路 実に蓄積されています。 大震災は、このような平時の救急体制の整備が完了し 一方で東日本大震災は、今までの教訓だけでは解決 て以降、はじめて生じた甚大な災害でした。大規模災 しきれない災害時医療の側面を浮き彫りにしました。 害時には平時とは異なった災害医療の枠組みが必要で その一つが、患者さんからみた医療の連続性です。こ あることは、今となっては自明のことですが、当時は れは、かかりつけ医からみた医業の連続性ともいえる 十分な体制が整っていませんでした。この震災では倒 でしょう。避難所医療をはじめとする被災地内医療を 壊家屋によるクラッシュ症候群など重度外傷が多発 考えた場合、近視眼的には外部からの人的・物的医療 し、多くの命が失われたことがクローズアップされま 支援は計り知れない恩恵となりますが、患者さんの立 した。のちの実態調査で、これら重度外傷の被災地内 場を考えると、やはり被災地での医療供給の主役は、 病院の死亡率が後方病院に転送された例より有意に高 現地の郡市区医師会の先生方であるべきでしょう。災 く、救い得た死が相当数存在したのではないかという 害救助法は、救護班によって提供された医療に対して 反省が生まれました。多数の傷病者の予後を改善する 実費支弁をすると定めており、2014年度の災害救助法 ためには、被災地内病院に搬入された重篤な傷病者 全国担当者会議は、地域医師会と救護班の連携体制を を、二次トリアージによって速やかに被災地外の拠点 予め整えておくよう進言しています。また、救護所を 病院へ 転送す べ き と 結論し、 災害派遣医療チーム 訪れた医師・看護師を事後に救護班と認定したケース (Disaster Medical Assistance Team : DMAT) も実際にあります。地域住民が利用する避難所は、市 の組織へと繋がったのです。また日本医師会では、救 町村による地域防災計画によって平時から予め決まっ 急災害医療対策委員会において自らの役割検討を重 ています。避難所の名簿管理は市町村、衛生管理は管 ね、2010年3月に日医災害医療チーム (JMAT) 構 轄の保健所が行うことになっています。この情報をか 想を打ち出しました。 かりつけ医が熟知していれば、被災後に周辺状況が落 2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震により死 ち着いたあと、診療所の開設地域に応じた避難所を訪 者・行方不明者1万8千余名をもたらした東日本大震 問することで音信の取れなくなった患者さんのもとに 災では、初期3日間に全国の救急科専門医施設122病 行き着くことが可能です。災害の規模・態様によって 院などから多数のDMAT隊が現地出動し、急性期診 は長期間の避難所医療が必要になります。やむを得な 療 ・ 患者移送に活躍しました。当時JMATの構想途 い事情で継続診療が不可能であっても、患者さん固有 上段階であった日医も、3月15日に医療支援チームの の細やかな医療情報を、その後の担当医に引き継ぐこ 派遣を決定し、以後4カ月間にわたって支援活動を実 とは可能です。外部から被災地に入って活躍するだけ 施しました。この派遣を通じDMAT後の被災地診療 が災害時の貢献ではありません。実際の大規模災害時 支援がJMATの主な役割として位置付けられ、確立 に、地域に根ざした貢献を実現可能にするためには、 されたと言えるでしょう。現在、大阪府医師会でも災 避難所医療の実施について平時から市町村と地区医師 害時のJMAT参加に備えた知識 ・ 技能獲得研修を開 会の先生方の協議を十分に行って準備を整えておいて 催し、すでに500余名の受講者を重ねて来るべき次の いただくことが何より重要ではないかと考えます。 大阪府医師会報10月号 (vol.388)
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