天職にかんする一考察1

上野山 : 天職にかんする一考察
商学論集 第 83 巻第 4 号 2015 年 3 月
【 論 文 】
天職にかんする一考察1
── 富澤先生の講義と著書を出発点として ──
新井 教平・金田 直人・齋藤 龍・鈴木 歩
鈴木麻里子・鈴木 優作・千徳 春菜・上野山達哉
はじめに
本研究は,以下のような経緯のひとつの結実である。筆頭筆者以下 7 名のほぼ全員が,富澤克美
先生の「企業倫理論」を受講し,関連した内容も学ぶなかで,社会科学,とくにマックス・ヴェー
バーによる歴史的アプローチの文脈における「天職(独 : Beruf,英 : calling)
」概念にふれた。そ
こでは,宗教改革を担ったプロテスタントの教義において,仕事がひとと神をむすびつける役割を
持っており,その意味あいが,これを信じるひとびとの職業や生活についての倫理の維持に不可欠
な一要素であることが示されていた。このような,職業と生活全般にわたる勤勉かつ禁欲的な倫理
が,初期の資本主義における資本の形成をうながしたという精神史的な意義にはもちろんのこと,
1950 年代以降の米国の研究者や実践家が主導し展開してきた,自由,自己選択,デザインの職業・
キャリア理論にもとづく教育を受けてきた筆者らにとって,仕事にたいするこのような決定的論な
見方じたいに,素直に驚きを感じた。
他方で,筆者のひとり(上野山)は,キャリア論の研究のなかで,宗教的な背景から現代的な展
開を遂げつつ,よりよく働き,よりよく生きるための,仕事のなかの精神性(スピリチュアリティ)
をさぐろうとする研究(金井,2002)の一群として,
「天職」研究に関心をもっていた。このよう
な現代的な天職概念は,実務的にもかなり早い段階から注目されていたことが,富澤(2011)にお
ける史料の引用からもうかがえる(255 ページ)
。ここで calling は,宗教的背景とは無関係に,
1920 年代,つらい仕事とそのはけ口としての余暇や消費に分断された労働者の生活を,ふたたび
統合する動きの鍵概念のひとつとして登場する。史料における calling は労働者の人間的な成長と
社会への奉仕能力を高めるための手段と位置づけられていることに富澤(2011)は着目し,それを
当該年代の労使関係の精神のあらたな形成の一シーンとしてとらえている。
上記のようなそれぞれの流れが出会い,上野山が指導し,筆頭筆者以下 7 名が執筆する学術的研
究として,新井ほか(2014)にまとめられた。この研究では近年のキャリア研究の文脈における天
「はじめに」でふれているように,本研究はワーク・キャリア論,組織行動論,および経営学の文脈で「天職」
1
という概念をとりあつかうという意味で,新井ほか(2014)を基礎としているが,まったくあらたな経験的
分析およびにそれにもとづく考察など,大部分は新規に書き下ろした内容で構成されているので,内容を一
読いただければ明瞭であるはずだが,二重投稿などの問題はないと筆者らは考えている。
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第 83 巻第 4 号
職概念がどのように定義され,どのような実証研究が展開されているかが,欧米の原著論文をもと
に,荒削りなかたちでながらも整理された。さらに,欧米とは文化的な背景が異なる日本において,
この概念の適用可能性はどのようなものか,さらなる構成要素が存在しないか,などが,集中的な
面接調査データの分析をつうじて探索された。調査にあたって執筆者らは,富澤先生にもあらため
てお話をうかがい,おおいに思索と執筆のためのヒントをいただいた。
本研究は上記のような経緯をふまえつつ,以下のように展開する。第 1 に,歴史的背景にもふれ
つつ,天職概念をめぐる近年の研究動向を再整理する。第 2 に,個人が天職の存在を認知すること
が,マネジメント上どのような意味合いをもつのかをさぐるために,一企業における従業員への質
問票調査データの定量的な分析をおこなう。第 3 に,経験的分析より直接的および間接的に示唆さ
れる,天職のマネジメント上の意義にふれる。むすびにかえて,個人の仕事生活とキャリアの問題
に立ちかえり,発展的な議論をおこなうとともに,今後の研究課題などを述べる。
1. 「天職」をめぐる近年の研究動向
天職という概念は,これまで世界的に未発達であった研究分野であり,天職にかんする研究は,
近年盛んにおこなわわれるようになってきたばかりである。Dik & Duffy(2012)によると,2007
年ごろから職業心理学(vocational psychology)や職業訓練のなかで,天職を幅広くとらえる動き
が見られるようになり,天職の研究においても視点が移り変わってきたと述べている。彼らは,天
職への関心が,職業に就くひとのみならず,学生など職業経験を積んでいない状態のひとびとから
も寄せられるようになり,いままで以上に重要なものになっていると主張している。
本節では新井ほか(2014)における記述をベースに,加筆と簡潔な再整理をするかたちで,天職
をめぐる研究の概要を紹介することにしたい。第 1 に,筆頭著者以下 7 名が富澤先生の授業をつう
じてもふれた,天職概念の歴史的背景をとりあげる。第 2 に,宗教的な背景をもつ天職概念を,特
定のの宗教や文化にしばられない一般的な変数として定義するために,どのような実証研究がおこ
なわれたのかにふれる。第 3 に,実証研究を展開するにあたっての基礎となる,天職の操作的定義
についての,先行研究の記述を整理する。
1.1. 天職概念の歴史的背景
ここでは,ヴェーバー(1989)と Elangovan et al.(2010)をもとに,天職の考え方の起源とその
変遷を述べていく。天職の起源はユダヤ・キリスト教の歴史に根ざしており,聖書の中では,
“calling” や “vocation” という言葉がよく使われている。この使命や運命への召喚の考えは,やがて
聖書の伝統における天職観へと発展した。ヴェーバーは最古の天職の概念によると天職の起源や活
動の性質の観点では宗教に根ざしているとしているが,職業とは無関係であると述べている。天職
が世俗的な職業としての意味をもつようになったのは宗教改革以降である。現在,世俗的な意味あ
いの天職として使われている “calling” や “Beruf” は初めからそのような意味であったわけではない。
“calling” は「神に召された」という意味を持っており,宗教的な意味でのみ使われていた。やがて,
16 世紀の宗教改革の中で “calling” の意味合いは広がりを見せることとなる。プロテスタントの翻
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訳者であったドイツ人のルターは,聖書の中の “calling” と “Beruf” を純粋に宗教的な意味だけでな
く翻訳している。ルターは “calling” に職業的な意味を追加した。
「世俗の内にあって職業労働に励
むことを道徳的に最も意義があるもの」として重視したところにルターの職業観の新しさをみるこ
とができる。そして,この世俗的な職業としての天職の考え方が,現在最も広く知られている考え
方である,と Elangovan et al.(2010)は述べている。最近では,天職は世俗的な職業に限定されな
いという考え方も出てきている。要するに,現在就いている職業以外の活動も天職となりうるとい
うことである。
1.2. 聖から俗へ,信仰から意味づけへ
上記のような背景を有しつつ,近年の天職にかんする研究は,その宗教的な側面から,それ以外
の側面を切り離すことを試みてきた(Hall & Chandler, 2005)。それは信仰としての仕事(work as
religion)から,意味づけとしての仕事(work as meaning)へのシフトであるといえる(Steger et
al., 2010)。世俗的な天職に着目するアプローチは,ひとびとが仕事にたいして,包括的な意味づけ
や目的意識をあたえ,
またひとびとが仕事をつうじて社会のためのよりよいこと,
すなわち大義(the
greater good)のために貢献したいという欲求を,天職概念の鍵とする。
Steger et al.(2010)では,心理学の入門クラスの学生を対象に,宗教への高いコミットメントを
もつひとと,そうではないひととの 2 群にわけ,そのひとにとって天職が存在し,それをよく理解
していることが,心理的に健康で,前向きな仕事態度をもつことにどのように影響するかが検証さ
れた。その結果,宗教へのコミットメントが高い群も低い群も,内面的な宗教性(intrinsic religiousness)ではなく,意味の存在(presence of meaning)を経由しつつ,天職の存在や理解がのぞ
ましい結果に影響を与えるというメカニズムは変わらない,ということが明らかにされた。すなわ
ち,信心深いひとも,そうではないひとも,それぞれ自分なりに仕事への意味づけをおこなうこと
をつうじて,天職の存在や理解をよりよい仕事や生活の知覚にむすびつけることができる,という
ことである。
1.3. 近年の天職概念の定義と構成要素
以上のような研究の展開をうけて,天職の概念はより包括的な定義がなされるようになってきて
いる。以下,代表的なものをいくつかあげることにしたい。まず,天職を満足あるいは心理的成功
に関連づけるものとして,Hall & Chandler(2005)の定義があげられる。彼らは,
「
(1)天職の源
とは,個人の内部から湧き上がってくるものであり,(2)天職とは個人や組織の影響を受け,(3)
天職は自己反省,反映,熟考する方法および(あるいは)関係する活動によって認識され,
(4)天
職の意味とは,個人的満足感を充足する目的を果たすこと」であると述べている。しかしながら(4)
のように,満足感の充足を天職の定義に内包してしまうと,天職と仕事や生活の満足度との関係の
検証が同義反復(トートロジー)となってしまうリスクも存在する。
近年の研究でよく採用される定義としては,Dik & Duffy(2009)のものがあげられる。彼らは,
既存の定義は曖昧なものが多いため,天職をより包括的に考える必要がある,としている。そこで
彼らは天職を,「(1)通常の経験の範囲を超えた召喚,つまり,自分自身を超えて,何かを始める
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こととして経験されるもの,
(2)目的意識や意義があることを証明したり論理的に導いたりする過
程において,特定の人生役割に近づいていくこと,
(3)他者志向の価値や目的を,主要な動機づけ
の源としてもつこと」と定義している。
天職を組織行動の観点から考察している論文においては,行動の目的,目的の明確さおよび個人
的な使命感,向社会的意図(pro-social intention)の 3 つの側面から天職をとらえる傾向がある。
その 3 つを満たすように Elangovan et al.(2010)は天職を,
「現実の自分,理想の自分,あるべき自
分を一致させようとする試みを具体的に表わそうとする向社会的意図の追求における行動の過程」
と定義している。
天職を仕事外の活動と関連して考察している研究においては,天職が「
(1)ある職業を追求する
ことにひきつけられる感覚,
(2)本質的な楽しさや意義を期待すること,
(3)その職業がアイデン
ティティの中心であること,しかし,
(4)仕事役割において公式に経験されたものではない」と定
義されている(Berg et al., 2010)
。
しかしながら,本研究では天職概念をワーク・キャリア論,組織行動論,より広くは経営学の文
脈であつかうので,その対象領域は宗教的側面を除外した職業・職務的活動に限定することにした
い。そのうえで,Dik & Duffy(2009)の統合的な 3 次元モデルを基礎として,天職を,
「自分自身
を超えた力や導きが感じられ,人生の目的に合致し,社会への貢献を実感できるような職業・職務
的活動」と定義することにしたい。
2. 経験的分析
2.1. 本研究での経験的分析の立場と枠組み
前節で指摘してきたように,近年の天職にかんする研究は,理論的には職業心理学,実践的には
職業指導やキャリア・カウンセリングの文脈で展開してきた。すなわち,天職を意識したり,天職
について考えたりすることが,いかに個人の職業およびそれ以外も含む生活に影響を与え,満足や
幸福感などの心理的健康にむすびつくか,という問題としてとりあげてきたということである。し
かしながら,本研究は経営学の文脈で,組織における個人が天職の実感やそれへの探究心を持つこ
とで,組織的成果にどのように影響がありうるか,という問題に焦点をあてている。人材マネジメ
ントの分野において,組織的成果をどのような個人的行動や態度に還元しうるかについては,これ
まで組織行動論(organizational behavior)の蓄積がある。Elangovan et al.(2010)は天職との関連
の解明が期待できる組織行動変数として,ワーク・モチベーション,キャリア選択,職務満足(job
satisfaction),ストレス,コミットメントのエスカレーション(escalation of commitment),組織市
民行動(organizational citizenship behavior),組織コミットメント(organizational commitment)と
従業員離職率(employee turnover)をあげている。本研究の経験的分析でも,
これらの変数のうち,
従属的な職務態度変数の定番であるモチベーション,職務満足,組織コミットメントにおける情緒
的側面(鈴木,2002)
,の 3 つをとりあげることにしたい。
組織行動論の文脈で天職が職務態度にどのような影響を与えるかを検証することは,以下のよう
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上野山 : 天職にかんする一考察
な意義をも有している。すなわち,これまで検証されてきた,人材マネジメントにかかわるさまざ
まな変数と比較して,天職の職務態度へのインパクトがいかなるものか,検討することが可能にな
るということである。本研究における分析では,天職の職務態度への影響を検討することが一次的
な目的であるが,同時にリーダーシップ(金井,1991)や組織的公正(三崎,2006)を統制対象と
しての二次変数とあつかい,独立変数化して回帰式に投入することで,インパクトの比較をはかる
ことにしたい。これらの変数は,組織行動論の諸研究において職務態度への好影響が多面的に検証
されてきたという蓄積があり,筆者のひとり(上野山)に組織調査や実証研究の実績もある(加護
野ほか,1998 ; 三崎・上野山,2009)ので,比較の対象として位置づけることにしたい。
天職についてはこれまで複数の尺度が開発されているので,
そのどれを採用するかも問題となる。
Wrzeniewski et al.(1997)は,質問票をつうじて,ひとが自分の仕事について,もっぱら物質的な
報酬を求めるか,それとも社会的地位やパワーの向上・増大を成し遂げることを求めるか,さらに
は自分自身の人生について不可欠なものであると位置づけるかで,Job, Career,および Calling の 3
つに区分されるとした。また,Dobrow & Tosti-Kharas(2011)では,先行研究における天職との類
似概念の検討をもとに,天職への志向性,内発的動機づけ(intrinsic motivation)
,フロー(flow)
,
およびワーク・エンゲイジメント(work engagement)などより導き整理し,1 次元に収束する 12
項目で測定する尺度を開発している。
本研究でわれわれが採用する尺度は,Dik et al.(2012)で開発・検討された Calling and Vocation
Questionnaire(CVQ)である。これは,1.3. でもふれた,Dik & Duffy(2009)による天職について
の包括的な定義にもとづくものである。この尺度は様態と要素という 2 つの軸による秩序づけ
(Hage, 1972)がおこなわれている。様態については,そのひとにとって天職が存在するかどうか
(Presence)と,そのひとが天職を探求しているか(Search)に二分される。要素については,自
分と仕事とのむすびつきについて,自分を超えた力を感じるか(transcendent summons : 超越的召
喚)
,人生の目的と合致するような仕事であるか(purposeful work : 目的のある仕事)
,および自分
の仕事が社会のためにどのように役立つかを認識しているか(prosocial orientation : 向社会志向)
の 3 つに分類される。二様態三要素とも,独立した 2×3=6 の下位次元として定義されている。本
研究では,組織内でのなんらかの職にすでに就いている従業員を調査対象とするので,この尺度の
うち Presence の様態にしぼり,そこにおける 3 要素と他変数との関連をさぐることにしたい。
また,本研究における経験的分析では,天職と年齢の関係もさぐることにしたい。以下は,20
代と 40 代という,本研究の異なる執筆者陣の構成から素朴に生じるリサーチ・クエスチョンである。
天職の存在を知覚しているひとは,
若い世代からシニアの世代となるにつれ増加するのであろうか。
先にあげた Wrzesniewski(1997)において,広範な職業人 135 名を仕事にたいする見方をもとに
Job 群,Career 群,Calling 群に区分した調査によれば,Calling 群の平均年齢が最も高く,Career
群のそれとは有意差があったものの,Job 群との有意差は見られなかった。新井ほか(2014)では,
「人生経験および職業経験を積んでいれば,実際の経験にもとづき,天職にたいして学生以上に幅
広い考えを持っているのではないか」という問題意識のもとに,シニア世代へのインタビュー調査
がおこなわれた。この前提のように,若い世代の意識する天職と,シニア世代の意識する天職とで
は,職務態度への影響は異なるのであろうか。本研究では,単一組織内の広範囲の年代にわたる従
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業員を対象に,年齢と天職意識との関連を検討すると同時に,年齢と天職意識との交互作用が,職
務態度にどのようなインパクトを与えるかもみることにしたい。
2.2. データと調査項目
2014 年 4 月に,福島市内に本社をおき,県下より北関東,南東北の他県まで展開しつつあるサー
ビス業・リース業 DJ 社における従業員を対象として配布された質問票をもとに分析する。本調査
は当初より悉皆調査として企図され,ほぼ達成された。質問票は人事担当者をつうじて配布・回収
された。確実に回答が得られる従業員にのみ配布をおこなったため,回収率は 100% である。全体
で 505 部の回答を得た。本研究における以下の分析はそのうちの正社員 252 名よりの回答をもとに
実施する。天職の意識をもつことはけっして正社員の特権ではなく,非正規従業員であっても,あ
るいはだれにとっても,たとえ業務外の活動であってもよいという見方(Berg et al., 2010)もあり
うる。そのような立場からはこの区分はいちじるしく因習的であるという見方もできよう。しかし
ながら本研究での調査内容と現状の人材マネジメントの文脈において,上記のような分析対象の絞
り込みがやはりのぞましいと判断された。回答者の内訳は,男性 76.6%,女性 23.3%(小数点第 2
位を四捨五入,本項内以下同様)である。職種については,営業職が 49.4%,生産職が 19.1%,事
務職が 14.7%,集配職が 13.5% であった(以上,DJ 社内呼称による内訳)。また,平均年齢は 37.9
歳であり,標準偏差は 10.2 であった 。勤続年数の平均は 11.8 年で,標準偏差は 8.7 であった。DJ
社以外でおける仕事経験数は,企業数単位で,平均 1.2 社,標準偏差は 14 であった。なお,質問
項目はフェイスシートで得られたものを除いて,すべて 7 点尺度で測定している。
本研究における調査項目は以下のとおりである。天職の存在については,Dik et al.(2012)にお
ける CVQ を邦訳し,下位次元である超越的召喚,目的のある仕事,向社会志向に対応する各 3 項目,
合計 9 項目を使用した。マネジメント要因として比較対象をおこなうリーダーシップについては,
金井(1991)をもとに,
付録に示すような 12 項目を使用した。組織的公正については,
三崎(2006)
を参考に手続き的公正,分配的公正に対応する各 3 項目,計 6 項目を使用した。これらについても
付録に示すとおりである。
従属変数としてのモチベーション,職務満足,情緒的コミットメントについては,鈴木(2002)
および三崎(2006)を参考にそれぞれ 4 項目,5 項目,3 項目を使用した。内容については付録に
示すとおりである。
2.3. 予備的分析
はじめに,天職の存在について因子分析(主因子法,バリマックス回転,以下同様)を実施した。
結果は表 1 のように示される。アプリオリには 3 つの下位次元からなる 9 項目より,固有値 1 以上
を示す 2 因子が抽出された。第 1 因子はアプリオリ次元における超越的召喚の項目より構成されて
おり,同名の因子とした。尺度の信頼性を示すクロンバックの α 係数は 0.83(小数点第 3 位を四捨
五入,以下同様)であった。これらの平均点を天職 1(超越的召喚)得点として定義した。第 2 因
子はアプリオリ次元における目的のある仕事,向社会志向の項目より構成されている。これらの下
位次元を合成した因子として理解し,目的と向社会性因子と名付けた。α 係数は 0.78 を示したが,
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上野山 : 天職にかんする一考察
今後の分析に耐えうると判断されたので,これらの項目の平均点を天職 2(目的と向社会性)得点
として定義した。リーダーシップおよび組織的公正の項目はそれぞれ固有値 1 以上を示す 1 因子と
してまとめられた。寄与率はそれぞれ 0.58,0.68 を示し,α 係数はそれぞれ 0.93,0.90 を示した。
これらのそれぞれ平均点をリーダーシップ得点,組織的公正得点として定義した。
表 1 天職の存在にかんする因子分析
アプリオリ次元
超越的召喚
目的のある仕事
向社会志向性
超越的召喚
因子(天職 1)
質問項目
目的・向社会性
因子(天職 2)
私は,現在の職種にこだわりがあるのは,それに導かれて
きたように感じるからである。
0.76
0.23
私は,現在の職種に導かれてきたように信じている。
0.85
0.29
私は,現在の職種に,自分をこえた何かによって引きつけ
られたように思う。
0.65
0.30
私は,自分のキャリアを,人生の目的への道筋であるとみ
なしている。
0.43
0.47
私は,仕事をしているとき,自分の人生の目的を全うした
いと思う。
0.47
0.52
私のキャリアは,自分の人生の意義の重要な一部分である。
0.26
0.76
私の仕事は,社会の利益に貢献している。
0.32
0.48
私のキャリアにおけるいちばんのモチベーションは,他者
のために力を発揮することにある。
0.17
0.60
私はいつも,自分の仕事がまわりにとっていかによいもの
をもたらしているかを判断しようとしている。
0.23
0.67
固有値
4.47
1.11
寄与率
α
0.50
0.12
0.83
0.78
下線が採用された項目
職務態度変数に関して,職務満足の 5 項目,モチベーションの 4 項目,情緒的コミットメントの
3 項目についての α 係数はそれぞれ 0.87,0.82,0.75 と,充分に高いか,今後の分析に耐えうると
判断される値を示したので,それぞれすべての項目の平均点をモチベーション得点,職務満足得点,
情緒的コミットメント得点として定義した。年齢に加えて,以上定義した諸変数の平均,標準偏差,
および変数間の相関を表 2 に示す。天職 1 および天職 2 双方について,年齢との有意な相関は見ら
表 2 平均・標準偏差・相関
平均
SD
1
37.90
4.59
10.15
1.09
−0.16*
3. 組織的公正
4. 天職 1(超越的召喚)
5. 天職 2(目的と向社会性)
6. 職務満足
7. モチベーション
4.22
4.14
4.64
4.87
5.08
1.04
1.10
0.94
1.05
1.05
−0.12
0.07
−0.01
−0.13*
−0.08
0.42***
0.13*
0.07
0.41***
0.39***
8. 情緒的コミットメント
4.82
0.99
0.02
0.29*** 0.38*** 0.38*** 0.48*** 0.56*** 0.60***
1. 年齢
2. リーダーシップ
***
2
p<0.001 *p<0.05
― 25 ―
3
4
5
6
7
0.29***
0.14*
0.57***
0.29*** 0.48*** 0.39***
0.22*** 0.50*** 0.50*** 0.84***
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れなかった。対応群における変数間の平均の比較を実施したところ,天職 1 については,天職 2 お
よびその他定義された諸変数にたいしても,1% または 0.1% 水準で有意に低い結果であった。
2.4. 重回帰分析
職務態度変数にたいする,天職の存在の主効果と年齢との交互作用効果を明らかにするために,
階層的重回帰分析を実施した。階層的重回帰分析の手順として,第 1 ステップに性別(男性 =0,
女性を 1 とするダミー変数)
,年齢,リーダーシップ,組織的公正を投入した。第 2 ステップとして,
天職 1(超越的召喚)および天職 2(目的と向社会志向)を独立変数として投入した。第 3 ステッ
プとして,天職 1 と年齢,天職 2 と年齢について,主効果の変数と交互作用効果の変数との相関を
低く抑えるため,それぞれ中心化のうえ交互作用項の独立変数として投入した。結果は表 3 のよう
に示される。
表 3 階層的重回帰分析の結果
Y= 職務満足
=223
Y= モチベーション
=224
Y= 情緒的コミットメント
=224
モデル 1
モデル 2
モデル 3
モデル 4
モデル 5
モデル 6
モデル 7
モデル 8
モデル 9
β
β
β
β
β
β
β
β
β
性別
0.05
0.09
0.04
0.09
0.09†
年齢
−0.05
−0.10
−0.02
−0.06
リーダーシップ
0.37***
組織的公正
0.11
R21
0.19***
天職 1
0.09
†
0.36***
−0.02
−0.10
†
0.37***
−0.04
0.37***
0.07
0.36***
−0.08
−0.07
0.38***
−0.09
0.34***
−0.06
−0.06
0.11†
0.07
0.07
0.17*
0.17**
0.17**
**
0.19
0.19**
0.29*
0.33
0.17***
0.33***
−0.11†
***
0.20***
0.32***
0.32***
0.30***
***
***
***
天職 2
0.20
R22
0.39***
0.44***
0.45***
***
***
0.25***
**
ΔR
2
(2-1)
**
0.18
0.29
0.20
0.29
0.29
0.27
0.30***
天職 1 ×年齢
0.12†
0.04
−0.02
天職 2 ×年齢
0.01
0.08
0.10
R3
2
***
***
0.41
ΔR
2
(3-2)
R2
***
†
0.02
0.18***
0.37***
0.38***
0.46***
0.45
†
0.01
0.15***
0.42***
0.43***
0.01
0.18***
0.44***
0.44***
p<0.001 **p<0.01 *p<0.05 † p<0.1
3 つの職務態度を従属変数とした重回帰分析のすべてについて,統計的に有意な調整済み決定係
数(adjR2)となり,一定のあてはまりのよいことが示された。また,すべての回帰式について独
立変数ごとの変動インフレーション因子の値を確認したところ,1.0∼1.7 の範囲内にあり,多重共
線性の問題は回避されたとみなすことができる。職務満足については,第 2 ステップに投入した 2
変数について有意な主効果が確認された。β 値を比較すると,
天職 1 が天職 2 よりも高い値を示した。
また,第 2 ステップから第 3 ステップへの R2 の増分が有意傾向(p<0.1)であることが確認された。
― 26 ―
上野山 : 天職にかんする一考察
具体的には,天職 1 と年齢との交互作用項が,職務満足にたいして正の有意傾向の影響を及ぼして
いることが確認された。
モチベーションについても,第 2 ステップに投入した 2 変数についての主効果が有意であった。
β 値を比較すると,天職 1 が天職 2 よりもやや高い値を示した。また,第 2 ステップから第 3 ステッ
プへの R2 の増分が有意傾向であることが確認されたが,項目レベルでの有意な交互作用効果は確
認されなかった。
情緒的コミットメントについても,第 2 ステップに投入した 2 変数についての主効果が有意で
あった。β 値を比較すると,
天職 1 が天職 2 よりもわずかに高いが,
ほぼ同じ値を示した。第 2 ステッ
プから第 3 ステップへの R2 の有意な増加が確認されず,項目レベルでの有意な交互作用効果も確
認されなかった。
独立変数として投入することで統制をはかったマネジメント要因としての 2 変数,リーダーシッ
プおよび組織的公正については,つぎのような結果を示した。リーダーシップについては,1∼9
全てのモデルで従属変数にたいする強い正のインパクトを示した。職務満足とモチベーションにた
いしては,天職 1 および天職 2 よりも高いか,やや高い β 値を示した。情緒的コミットメントにつ
いては,天職 1 および天職 2 よりも低い β 値を示した。組織的公正については,情緒的コミットメ
ントにたいしてのみ,有意な正のインパクトが確認された。天職 1 および天職 2 よりも低く,リー
ダーシップに近い β 値を示した。
3. 議 論
3.1. 天職のマネジメント的含意
今回の分析では,天職の存在が職務態度にたいしておおむね好ましい影響を与えることが示され
た。CVQ の諸項目より抽出された下位要因が,仕事への全般的な満足,内発的なモチベーション,
および情緒的な組織コミットメントにたいして正の影響を与えることが確認された。階層的重回帰
分析の結果を見ても,個人属性やリーダーシップ,組織的公正を含む第 1 ステップの決定係数にく
らべて,天職の存在を投入した第 2 ステップの決定係数増分は,同程度かやや高い値を示した。個
人属性や,従来の組織行動論の研究でとりあげられてきたマネジメント要因と比較しても,天職の
存在は職務態度にたいしてより大きい正のインパクトを有することが示唆された。すなわち,天職
にたいする意識の高いひとからなる組織は,好ましい成果が得られる可能性が高いということが,
組織行動論や経営学の文脈からも示されたといえる。
天職 1(超越的召喚)と天職 2(目的と向社会性)については,後者に比して前者のスコアが有
意に低かった。多くの従業員にとって,自分が現在の仕事へ,自分をこえた存在によって導かれた
という感覚は,仕事と人生の目的や,社会とのかかわりの感覚と比較して,それほど身近ではない
ようである。しかしながら同時に,超越的召喚因子の得点平均は,7 点尺度の中央値である 4 をこ
える値を示しているし,標準偏差などを見ても,この因子への反応がごく一部の従業員のみ突出し
ているということではなく,一般的な分布形態であることが示されている。
― 27 ―
商 学 論 集
第 83 巻第 4 号
両者の職務態度への主効果を検討すると,職務満足にたいしては超越的召喚因子のインパクトが
相対的にかなり高く,情緒的コミットメントにたいしては目的と向社会性のインパクトもほぼ同等
なることが示された。天職は,基本的には個人と仕事との精神的なむすびつきを示す概念であるか
ら,マネジメントする側が直接的に関与することはむずかしいと考えられる。個人の天職意識と職
務態度との関係に組織が介入できるとすれば,それは組織や事業のもつ価値,仕事の意味づけとい
う間接的な要因をつうじてということになるのではないだろうか。
DJ 社は福島という地域に根ざしながら,
「清潔と快適をクリエイトし社会に貢献します」という
経営方針を掲げ,ホームクリーニング,清掃用品のリース,ホテルや病院への寝具・パジャマなど
の提供などを主要事業としている。また,会社のウェブサイトでは,環境への取り組みや障害者雇
用の取り組みなどについても言及されている。これらの事業は,社会のおもてで華々しく目立つも
のではないが,われわれの生活に不可欠な,縁の下の力持ちのような事業である。
著者のひとり(上野山)は,自分自身は入院したことはないが,娘が 2 週間程度手術入院したこ
とがあった。予定された入院であっても,親としてはじめてのことであればあわてたり,とまどっ
たりすることもいろいろとあるものだ。そのような状況で,DJ 社による入院者用の夜具寝間着,
付添者用ベッドなどの不便のない提供をうけたことはたいへんありがたく,
安心できるものだった。
その後縁があり,DJ 社と共同研究をおこなうなかで,代表取締役とも懇談する機会があった。そ
こではトップのもつ大きくふたつの思いがうかがえた。そのひとつは,福島という地域へのこだわ
りである。もうひとつは,本業でこその社会貢献,という思いである。この代表は,経済団体の役
員になったり,世間の関心をひく慈善活動をリードしたり,ということにはあまり関心がなく,現
在の事業を,地域社会への貢献という視点からどのように維持展開できるか,ということをつねに
考えている,ということであった。
われわれのだれも,生まれる場所を選ぶことはできない。その意味で故郷に根ざした事業をつう
じて,地域社会に貢献する意味を,組織が個人に伝えていくことで,自分の仕事とのあいだにある
自分をこえた力や,人生の目的とのかかわり,社会における自分の仕事の役割を認識する助けにな
るのではないだろうか。本研究の分析結果をふまえると,たとえば生まれ育った故郷で仕事をする
意味を伝えることは,天職の意識をつうじて最終的には職務満足につながり,それともに,組織が
社会に貢献する意義を伝えることは,同様の経緯で情緒的コミットメントを高めることにつながる
かもしれない。DJ 社の事例からの発展的な議論として,われわれは以上のように考える。
3.2. 天職,とくに超越的召喚と年齢との関係
年齢との関連についての結果はどのように理解できるだろうか。天職 1 および天職 2 とも,年齢
との有意な相関は見られなかった。また,年齢と天職 1・天職 2 との職務態度への交互作用効果に
ついても,階層的重回帰分析における第 3 ステップの決定係数増分と項目のインパクトの有意性か
ら判断すると,あまり顕著なものではないといえそうである。この結果を基礎として,まず第 1 に,
天職の意識は年齢とは無関係の変数,
たとえば本研究では調査の対象とはならなかった潜在的要因,
たとえばパーソナリティなどの影響を受けているかもしれないという発展的仮説が指摘できる。こ
の仮説にもとづけば,天職にかかわる人材マネジメント上の示唆はもっぱら組織の入り口,つまり
― 28 ―
上野山 : 天職にかんする一考察
採用の問題となってしまう。
しかしながらわれわれは,
第 2 に以下のような解釈も提示することにしたい。それは,
個人のキャ
リアが節目節目での回顧的な意味づけのプロセスを含んでいるという考え方(金井,2002 ; Weick,
1995)にもとづくものである。ひとがみずからの天職を知覚するとき,そのひとの目下の意識や感
情によって,仕事や生活にかかわる過去の経験的事象が選択的に導かれ,それらが(再)構成され
る。すなわち,「この仕事こそが自分にとっての天職であるのだ」という思いが,これを裏づける
これまでのさまざまな経験とともに体系化され,そのひとの意識や行動に定着するということであ
る。
天職についてのセンスメイキング(sensemaking)を,なんらかのきっかけ(トリガー)によっ
てもたらされる目下の意識や感情,エネルギーといったものと,
(再)構成される経験的事象との
2 要因に分解して考えたとき,おそらく前者については若い世代のほうが,熱くほとばしるものを
もつといえるかもしれない。ロミオとジュリエットの悲劇を出すまでもなく,若者はしばしば,自
分の力をこえた運命の知覚によって情熱の炎をたぎらせるものであるからだ。他方で,想起される
経験的事象について考えてみれば,これはシニアになればなるほど母数が増えていくので,目下の
センスメイキングにとって都合のよい経験が導かれる可能性が高まる,ということになる。またそ
れと同時に,長い経験から裏付けられた深い意味づけも期待できる。つまり,天職についての意識
の程度として一般変数化してしまえば見えなくなってしまうが,
若い世代は感情や情熱志向にあり,
シニア世代はより長く深い経験にもとづく傾向があるという,天職意識の質的変化があるのではな
いか,ということである。マネジメント上の含意としては,従業員の年齢やその他属性に応じ,前
項で述べたような働きかけをおこない,天職についてのセンスメイキングをうながすことで,組織
的成果にもつながる可能性がある,ということである。
本研究における調査データの分析結果では,天職 1(超越的召喚)と年齢の交互作用効果が,有
意傾向ではあるが職務満足にたいして正の影響を与えている。このことが,自分をこえた力や運命
の知覚にもとづくセンスメイキングが,シニアになればなるほどより深いものとなり,より高い満
足をもたらすことを示唆しているのではないか,とわれわれは考える。漫画『ジョジョの奇妙な冒
険』の第 3 部最終盤で,第 2 部での若者時代ではみずからの意志,能力,機転で数々のピンチを乗
り越えたジョセフ・ジョースターは,死にゆく魂として孫の空条承太郎を以下のように諭してい
る2。もちろんこの作品はフィクションである。しかしここにおける「なるべくしてなったこと」こ
とから「実に楽しかった」という表現のつながりに,われわれは,上記のような仮説の納得性をみ
るのである。
これから DIO が下にある わしに体になにをしようと…決して…
…逆上して冷静さを失ってはいけないぞ…承太郎
わしのことは気にするな…なるべくしてなったことなんじゃ
荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』コミック版,28 巻,112 ページ。
2
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商 学 論 集
第 83 巻第 4 号
花京院は DIO のスタンドの謎を解いた…わしはそれをおまえに伝えた…
なるべくしてなったことなんじゃ…
もし みんながいっしょに DIO と戦っていたなら,
一気にわれわれは全滅していた。
おまえは時の中で少しは動けるようになっている 2 秒か 3 秒か…その時間を大切につかえ
これから DIO がなにをしようと決して怒ってはならん…
怒っておまえの方からの攻撃は,自分をまずい事に追い込むぞ
承太郎……この旅行は…実に楽しかったなあ…いろんなことがあった…
まったく フフフフフ… 本当に…楽しかった…50 日間じゃったよ むすびにかえて
ワーク・キャリアやマネジメントにかんする学術的な構成概念(第 2 次構成概念)が日常的な概
念(第 1 次構成概念)に還元され,人口に膾炙するとき,われわれは,それが個人と,仕事や組織
とのかかわり方を考える一助となり,
そのひとによりよい結果をもたらすことを願うばかりである。
天職ということばは,ひとと仕事とのかかわりあいに,実践的にどのように貢献できるのであろう
か。
仕事の精神性にかかわる大先輩の概念である自己実現(self-actualization)をめぐる状況をみると,
われわれはいささか悲観的にならざるをえない。その構成概念の深い理解が叫ばれる(金井,
2002, 2006)いっぽうで,カリスマロックミュージシャンのデビューアルバムの 1 曲の冒頭に「飛
3
などと歌われるほど日常での用例は一般化し,またとくに,職業
交う人の批評に自己実現を図り」
指導やキャリア教育の場ではこの語が呪文のようにおどるようになった。そしてそれが,自分の仕
事について考えるひとの助けになったかといえば,
状況はそうでもないようである。自己実現は
「俗
流化・大衆化」(苅谷,2012)がすすみ,はじめての職を求める若年層を中心に,
「自分らしい仕事
に就かなければならない」という理想と,その手段がなかなか見つからない現実とのギャップに悩
む「難民」(山田,2007)を多数生む「アノミー」
(苅谷,2012)状態であるという指摘がある。ま
た企業組織側からの論理としては,自己実現が「美しくて安上がりな言葉」として,あるべきイン
センティブ・システムを構築する立場にある組織の逃げ口上として機能してきたという主張(沼上,
2002)も存在する。
自己実現状態については,たとえばマズロー自身の実証研究のために大学生より被験者をえらん
だところ,すでに自己実現していると見なされたひとが 300 人中わずか 1 名,将来の実現が見込ま
れるものもたった 12∼24 名であったというエピソード4 が知られている。生涯をつうじてももちろ
椎名林檎『同じ夜』アルバム『無罪モラトリアム』に収録。
3
Maslow(1970)邦訳書,222 ページ。
4
― 30 ―
上野山 : 天職にかんする一考察
んであるが,若年層にとってはきわめて実現がまれな状態を示す概念なのである。また,自己実現
をめぐるマズローの言説自体がきわめて峻険であり,著書の随所で適応の概念を否定する(金井,
2001)など他概念との共約不可能性の高い,パラダイムとみなされる状態となっている。そのよう
な経緯のせいで,操作化と仮説検証に困難をともない,どうすれば自己実現できるのか,自己実現
すればなにがもたらされるか,などのエビデンスが積み上げられないままであったことが,上記の
ようなアノミーが引き起こされたひとつの要因といえるのではないか,というのが,実証研究にた
ずさわるものとしてのわれわれの見解である。
天職についてはどのように考えられるだろうか。天職概念と自己実現概念およびそれぞれの周辺
に類似点がいくつか見出される。たとえば,調査対象として,教職や芸術家などの知識人層に着目
し,そこにおける考察を基礎にしている点などである。これまでたびたびあげている,Wrzesniewski(1997)による,被験者を仕事にたいする見方をもとに Job 群,Career 群,Calling 群に区分
した調査によれば,Calling 群は収入,学歴,社会的地位,職業的名声などの属性において,他の 2
群より有意に高い結果を示した。その意味で,苅谷(2012)が自己実現概念にたいして指摘するよ
うに「階級フリーな考え方ではない」という見方があてはまるかもしれない。
先行研究では,Elangovan et al.(2010)が,天職概念と自己実現概念との理論的定義の異同につ
いて論じている。自己実現は,個人が(生涯をつうじて)やりうることのすべてを最適化し,潜在
能力を完全に発揮しつくすこととされるのにたいし,天職概念では現実の自己,理想の自己,そう
あるべき自己の一致が求められるが,それがかならずしも自己実現を達成した自己である必要はな
い,という区別をおこなっている。つまり自己実現を達成しなくても天職にはめぐりあえるという
ことである。その意味ではわれわれの職業生活の日常にやや近く,キャリアの節目などで意識もで
きるような概念であるといえよう。
さらに天職の概念自体はすでにかなり一般的な操作的定義が与えられるようになっており,CVQ
のような適用可能性の高い尺度も開発されていることが,
自己実現概念とは大きく異なる点である。
今後さまざまな国や文化の,さまざまな個人や組織にたいして調査がおこなわれ,他要因との関係
も検証されることが期待できる。また,自己実現概念とは異なり,天職概念はキャリアについての
他の諸理論との共約可能性も高い。
現在の天職概念の重要な構成要素のひとつである超越的召喚は,
CVQ の項目では「導かれた」とか「自分をこえた何か」という表現がもちいられるが,それは偶
然にたいし,自分なりの意味づけとしてなんからの主観的な必然を見出すプロセスの結果であれば,
その主語は唯一神でもよいし,地縁血縁であっても,それ以外のどのようなものであってもよいで
あろう。その意味で,天職概念とはまったく対照をなすと考えられるようなキャリア理論,たとえ
ば「計画された偶発性(planned happenstance)」の枠組み(Krumboltz & Levin, 2004 ; Kramboltz,
2009)とも矛盾して,個人を縛るわけではない。すなわち,キャリア形成の手段として,とことん
偶然性や出会いを活用し,さまざまな学習過程を経ながら,自分の仕事そのものにたいしては精神
性を深く追求するようなひとがいてもよいのである。天職は,ひとの仕事と生活をより豊かにする
概念としての可能性を高く有しているとわれわれは考えている。今後も丹念な実証研究の知見にも
とづく,地に足のついた実践的な含意とともに,より広く一般に受けいれられていくことを期待し,
またそれに貢献することにつとめたい。
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商 学 論 集
第 83 巻第 4 号
付録
リーダーシップ項目(「現在のあなたの直属上司に,どの程度あてはまるか」と問うている)
従来のやり方にとらわれず,新たなやり方を試している。
部下に,当社全体の方針を伝え,その理解をうながしている。
仕事を進めるうえで,関連部署の支援・理解を得ている。
部下の気持ちや立場を大切にしている。
自分の上司や他の部門の管理者に,いいたいことは何でもいっている。
仕事のノウハウを部下に示している。
なぜこの仕事をやるのかを説明してくれる。
この職場内外に情報のネットワークを作り出している。
部下が持ち込んだ問題に真剣に対応している。
部下に,いったん決定したことは必ず実行するように求めている。
部下に,当面の課題とは別に,長期的な課題を示している。
当社内外で得た情報を部下に伝えている。
組織的公正項目
私の給与や待遇は,自分の成果・業績に見合ったものである。
私の給与や待遇は,仕事に対する努力に見合ったものである。
私の給与や待遇は,担当している仕事に見合ったものである。
当社では,個人の成果や能力を公平に評価していると思う。
当社の人事評価の仕組みや手続きは,公平なものだと思う。
当社内での意思決定の仕組みや手続きは,公平になされている。
モチベーション項目
私は,毎日の仕事に張り合いを感じている。
私は,自分の仕事に興味を持って取り組んでいる。
私は,自分の仕事にのめり込んでいる。
私は,自分の仕事に誇りを感じている。
職務満足項目
私の仕事は,充実感や達成感がある。
私の仕事は,楽しい仕事だと思う。
私の仕事は,満足できる仕事だと思う。
私の仕事は,理想的な仕事だと思う。
私の仕事は,価値のある仕事だと思う。
情緒的コミットメント項目
私は,会社の問題を,まるで自分自身の問題であるかのように感じている。
私は,会社の一員であることを誇りに思っている。
私は,会社に愛着を感じている。
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