ASEAN+3「地域通貨単位」に関する一考察

日 本 国 際 経 済 学 会 第 74 回 全 国 大 会 報 告 論 文
ASEAN+3「地域通貨単位」に関する一考察
報告者:赤羽
裕(亜細亜 大学大学院 非 常勤講師)
目次
はじめに
第 1章
第 2章
第 3章
・・・P.3
地 域 通 貨 単 位 ( RMU) の ASEAN+3 で の 検 討 内 容
・・・P.4
1 .ASEAN+3「 リ サ ー チ・グ ル ー プ 」の 位 置 付 け と 活 動
・・・P.4
2 . 先 行 研 究 ~ 2011 年 時 点 で の 課 題 認 識
・・・P.5
環 境 変 化 を ふ ま え た RMU の 考 察
・・・P.8
1.その後の環境変化の認識
・・・P.8
2 . 域 内 各 国 に と っ て の RMU の メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト
・・・P.11
3 . RMU 導 入 条 件 の 考 察
・・・P.15
RMU に 関 す る 今 後 の 展 望
・・・P.19
1 . 域 内 RMU の 位 置 付 け
・・・P.19
2 . RMU 利 用 へ の 展 望
・・・P.20
おわりに
・・・P.22
注
・・・P.23
参 考 文 献 ・参 考 ウェブサイト
・・・P.24
2
はじめに
本 報 告 は 、 ASEAN+3 で こ れ ま で 検 討 さ れ て き た 「 地 域 通 貨 単 位 ( = RMU : Regional
Monetary Unit, 以 下 RMU と い う ) 」 の 内 容 を 確 認 す る と と も に 、 そ の 課 題 と 展 望 を 考
察 す る も の で あ る 。RMU は 、ASEAN+3 に お け る リ サ ー チ・グ ル ー プ に お い て こ れ ま で 複
数回取り上げられてきたテーマであり、その検討内容の確認と利用に関する展望を中心に
報告する。
具 体 的 な ア プ ロ ー チ と し て は 、 以 下 と し た 。 ASEAN+3 の リ サ ー チ ・ グ ル ー プ の 研 究 な
ど で も 、 RMU 自 体 の 評 価 や 導 入 へ の 課 題 は 多 く 論 じ ら れ て い る が 、 各 国 通 貨 別 の メ リ ッ
ト・デメリットが個別に論じられるケースは多くないと考えている。一方で、域内各国が
国 別 に RMU の 創 出 ・ 参 加 を 検 討 す る 際 に は 、 自 国 の メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト は 大 き な 判 断
材料となるであろう。そこで、検討にあたり、現行の為替制度、経済状況・規模もふまえ
て、定性的な評価を筆者なりに行い、そうした視点での議論の「たたき台」を提示するこ
とを目指した。そのため、メリット・デメリットとも、一面的な評価に留まるものの、両
面を検討することで、バランスの取れた議論へつなげることを考えた。合わせて、先行研
究でも利用された「ゲーム理論」の発想を取り入れ、導入条件の考察を行った。
そ の う え で 、 昨 今 の 域 内 で の 資 金 ニ ー ズ に 関 わ る 案 件 も ふ ま え 、 RMU の 位 置 づ け と 利
用への展望をまとめた。
なお、本報告は、亜細亜大学アジア研究所のプロジェクト研究「東南アジアのグローバ
ル化とリージョナル化」の一環として、取組んでいるものである。ただし、本稿の内容・
見解は個人的なものであり、本務先、その他いかなる組織とも無関係である。
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第 1章
地 域 通 貨 単 位 ( RMU) の ASEAN+3 で の 検 討 内 容
1 . ASEAN+3「 リ サ ー チ ・ グ ル ー プ 」 の 位 置 付 け と 活 動
ASEAN10 ヶ 国 と 日 本・中 国・韓 国 か ら 構 成 さ れ る ASEAN+3 は 、1997 年 の ア ジ ア 通 貨
危機以降、その解決や再発防止の観点で、域内の通貨・金融協力を進めてきた。具体的に
は 、1997 年 12 月 に 第 1 回 ASEAN+3 首 脳 会 議 を 行 い 、そ の 後 、財 務 大 臣 会 議 が 設 置 さ れ
1999 年 か ら は 毎 年 開 催 さ れ て い る 。2012 年 か ら は 、中 央 銀 行 総 裁 も 加 わ る 会 議 と な っ た 。
こ の 枠 組 み に よ り 、 こ れ ま で チ ェ ン マ イ ・ イ ニ シ ア テ ィ ブ ( 1 )、 ア ジ ア 債 券 市 場 育 成 イ ニ
シ ア テ ィ ブ ( 2 ) な ど の 成 果 が あ げ ら れ た 。 チ ェ ン マ イ ・ イ ニ シ ア テ ィ ブ が 2010 年 に マ ル
チ化発効まで漕ぎ着け、それと平仄を合わせる形で、域内のサーベイランス機関の必要性
も 認 識 さ れ 、 2011 年 5 月 に AMRO( = Asean+3 Macroeconomics Research Office) が シ
ン ガ ポ ー ル に 設 立 さ れ た 。 当 初 、 シ ン ガ ポ ー ル 法 人 で あ っ た AMRO も 、 昨 年 2014 年 10
月には国際機関化するための署名がなされた。
「リサーチ・グループ」は、金融協力を強化し、域内の一層の金融の安定を促進するた
め の 方 策 を 研 究 す る た め に 、2003 年 の 第 6 回 会 議 で 設 立 が 合 意 さ れ た も の で あ る 。そ れ を
受 け 、2004 年 以 降 、域 内 の 金 融 関 連 の 複 数 の 課 題 を テ ー マ と し 、複 数 の 研 究 機 関 が 調 査 ・
報 告 を 毎 年 行 っ て い る 。毎 年 の ASEAN+3 の 会 議 の 際 に は 、成 果 へ の 評 価 と 次 の 1 年 の 研
究トピックが明示されてきた。
RMU に 関 す る リ サ ー チ ・ グ ル ー プ で の 報 告 テ ー マ の 経 緯 を 振 り 返 る と 、 以 下 と な る 。
2006/2007 年
Toward Greater Financial Stability in the Asian Region: Exploring Steps to Create
Regional Monetary Units (RMUs) ( 会 議 共 同 声 明 に お け る 財 務 省 仮 訳 :「 ア ジ ア 地 域 の 一 層 の 金 融 安 定
化 に 向 け た 地 域 通 貨 単 位 構 築 手 順 の 研 究 」。)
2007/2008 年
Toward Greater Financial Stability in the Asian Region: Measures for Possible Use of
Regional Monetary Units for Surveillance and Transaction ( 会 議 共 同 声 明 で の 言 及 は な い が 、
「 サ ー ベ イ ラ ン ス お よ び 取 引 に 関 す る 地 域 通 貨 単 位 の 使 用 可 能 な 手 順 」 の イ メ ー ジ 。)
2010/2011 年
Possible Use of regional Monetary Units – Identification of Issues for Practical use
( 会 議 共 同 声 明 に お け る 財 務 省 仮 訳 :「 地 域 通 貨 単 位 の 使 用 可 能 性 ― 実 用 面 に お け る 課 題 の 特 定 ― 」。)
4
2006/2007年 に あ る 「 構 築 手 順 の 研 究 」 で は 、 か な り 長 期 的 な 展 望 の 色 彩 が 強 い が 、 そ
の 後「 使 用 可 能 性 」を 検 討 し 、
「 実 用 面 に お け る 課 題 の 特 定 」へ と 進 ん で き て お り 、着 実 に
段 階 を ふ ん だ 検 討 と 考 え ら れ る 。 本 報 告 で は 、 直 近 ( 2010/2011年 ) の 研 究 結 果 の 内 容 の
検証を中心としたい。
な お 、 昨 年 ( 2014年 ) の ASEAN+3の 会 議 で は 「 リ サ ー チ ・ グ ル ー プ の 活 動 の 方 向 性 に
関する議論」と言及されたのみであり、今後の位置付け・運用は注目される。
2 . 先 行 研 究 ~ 2011 年 時 点 で の 課 題 認 識
ま ず 、こ れ ま で の 検 討 経 緯 の 確 認 の た め に 、2006/2007 年 、2007/2008 年 の 報 告 概 要 を
確認しておきたい。
2006/2007 年 で は 、 国 際 通 貨 研 究 所 ( 日 本 ) を は じ め と す る 5 研 究 機 関 か ら 報 告 が な さ
れ て い る 。 国 際 通 貨 研 究 所 の 報 告 概 要 を 確 認 す る と 、 以 下 の 通 り 。 ま ず 、 RMU を 構 成 す
る 通 貨 を 規 定 し 、 そ の 通 貨 間 の シ ェ ア を GDP と 貿 易 取 引 量 な ど を 基 準 に 決 定 す る 。 使 用
にあたっては、サーベイランス目的と実取引が想定可能。サーベイランスに関しては、域
内通貨間の相場に関するミスアライメントの捕捉に適している。サーベイランスの目的の
明 確 化 、 RMU の 価 値 ( レ ー ト 水 準 ) の 毎 営 業 日 の 公 示 、 他 の 諸 変 数 と RMU を 利 用 し た
「早期警戒システム」などが想定されている。実取引には関しては、商業取引・金融取引
の 双 方 に 利 用 可 能 。 民 間 に お け る 利 用 促 進 の た め 、 取 引 可 能 な RMU 建 て 金 融 商 品 市 場 の
発 展 の 必 要 性 を 指 摘 し て い る 。 ま た 、 経 常 取 引 ・ 資 本 取 引 の 区 分 へ の 留 意 や RMU 構 成 通
貨との交換性の確保などもあげられている。
続 く 2007/2008 年 の 報 告 は 、 国 際 通 貨 研 究 所 を 含 め た 4 機 関 が 作 成 し た 。 前 年 分 と 方 向
性 で は 大 き く 異 な る 点 は な い 。 国 際 通 貨 研 究 所 の 報 告 か ら 、 RMU 創 出 の ロ ー ド マ ッ プ を 確
認 す る 。 短 期 的 に は 、 サ ー ベ イ ラ ン ス 用 RMU に つ い て は 、 ① 定 義 を 行 い 、 ② 毎 営 業 日 の
レ ー ト 開 示 、③ RMU お よ び RMU 指 数 を 地 域 サ ー ベ イ の た め に モ ニ タ ー を 行 う 。一 方 、民
間 で の 実 利 用 RMU は 、 ① 政 府 ま た は 国 際 機 関 に よ る 債 券 発 行 、 ② 主 要 な RMU 関 連 取 引
の 規 制 を 外 す 、③ RMU を 法 的 に ま た は 事 実 上 の 外 貨 と し て 認 め る 、④ RMU 関 連 商 品 に 関
す る 会 計 処 理 と 税 務 処 理 の 調 和 を さ せ る 、 ⑤ RMU の 決 済 シ ス テ ム を 作 る 。 中 長 期 的 に 求
められるのは、以下の事項。①政府など公的機関の関与、②域内通貨間の為替レートの安
定、③域内各国通貨の交換性確保、④経済統合の進展、⑤金融統合の進展、⑥常設事務局
の設置、があげられている。
5
上 記 2 回 に わ た る 報 告 か ら 3 年 を 経 た 2010/2011 年 の リ サ ー チ・グ ル ー プ は 、国 際 通 貨
研 究 所 ( 日 本 )、 南 洋 理 工 大 学 ( シ ン ガ ポ ー ル )、 イ ン ド ネ シ ア 大 学 ( イ ン ド ネ シ ア ) の 3
研究機関で、それぞれから報告がなされている。各機関とも、サーベイランス利用に関し
ての有用性は認めている。そこで、ここでは、実利用に関する課題を中心に整理したい。
国 際 通 貨 研 究 所 は 、RMU の 先 行 事 例 で あ る ECU ( 3 ) の 経 験 か ら 、民 間 利 用 に あ た っ て
は、金融取引が貿易取引よりも取り組みやすいとしている。そのうえで、利用促進策をい
く つ か 提 示 し て い る 。そ の な か で 、
「 ネ ッ ト ワ ー ク の 外 部 性 」の 重 要 性 を ま ず 指 摘 し て い る 。
そ の 理 由 を「 ゲ ー ム 理 論 」に お け る「 ナ ッ シ ュ 均 衡 」に 求 め て い る 。
( 図 表 1 )こ の 理 論 に
基 づ き 、 域 内 各 国 が RMU の 利 用 に メ リ ッ ト を 見 出 す こ と が で き れ ば 、 そ れ の 実 現 に 向 け
てさらに協力ができることとなる。報告では、そのための施策として、以下の取組や特徴
を指摘している。
( 図 表 1 ) RMU に 関 す る ナ ッ シ ュ 均 衡
(出所)国際通貨研究所報告
① 一 つ の RMU の 創 出 : RMU を 構 成 す る 通 貨 お よ び そ の シ ェ ア の 統 一
② 完 全 交 換 性 が な い 通 貨 を 含 む RMU の 強 み
~ SDR か ら の Lesson: 投 資 対 象 と し た い 交 換 性 に 制 限 の あ る 通 貨 を 含 む RMU と し
ての魅力(4)
③ RMU 使 用 に 向 け て の サ ポ ー ト
~ ECU か ら の Lesson: 外 貨 と し て の 認 知 、 RMU 建 て 債 券 の 創 出 、 RMU の 決 済 シ ス
テムの構築
こ う し た 取 組 を 、 2007/2008 年 に 既 に 打 ち 出 し て い た ロ ー ド マ ッ プ と 組 み 合 わ せ 進 め る こ
とが提言された。
南洋理工大学は、認識調査を行い、その結果をふまえた報告を作成している。調査にあ
た っ て の 質 問 は ASEAN+3 の 経 済 統 合 、 RMU、 チ ェ ン マ イ ・ イ ニ シ ア テ ィ ブ 、 AMRO な
ど の 役 割 に つ い て と RMU 自 体 の 目 的 、 構 成 通 貨 シ ェ ア 、 実 務 的 な 問 題 と い っ た 分 野 。 そ
6
れを政府関係者、学術関係者や金融業界関係者に対して行ったもの。調査結果としては、
AMRO を 中 心 と し て RMU を 定 義・算 出 し 、サ ー ベ イ ラ ン ス 利 用 に は 前 向 き 。民 間 利 用 は 、
公的利用の方向性が固まった後、あるいは公的なサポートが重要というものである。アン
ケ ー ト 回 答 と と も に コ メ ン ト も な さ れ て お り 、「 RMU と 民 間 」に 関 す る 内 容 の も の を 確 認
しておく。
① 民 間 で の 利 用 は RMU 成 功 の 鍵 と な る 。
②先導は公的セクターによってなされるべき。
③ RMU 構 想 が ビ ジ ネ ス 業 界 団 体 レ ベ ル で 議 論 さ れ る こ と を 強 く 推 奨 す る 。
④ RMU は 人 工 通 貨 で あ り 、 そ の 利 用 に あ た っ て は 公 的 コ ミ ッ ト メ ン ト で 信 用 性 が 補 完 さ
れるべき。
⑤ 先 物 市 場 を 含 め て 、 他 の 主 要 通 貨 同 様 に RMU の 通 貨 の 市 場 が 整 備 さ れ な け れ ば 、 民 間
セクターは関心を持たない。
どれも、民間での実利用を展望するにあたっては、参考にすべきものであろう。
イ ン ド ネ シ ア 大 学 の 報 告 は 、RMU に 関 連 す る 分 野 の 専 門 家 18 人 か ら の イ ン タ ビ ュ ー を
中 心 と し て い る 。概 観 と し て は 、 イ ン ド ネ シ ア の 立 場 を ASEAN+3 の な か で は 、ま だ 先 行
す る 立 場 に な い と 考 え て お り 、 結 果 と し て RMU の 推 進 に つ い て は 、 慎 重 な 立 場 の 印 象 で
あ る 。一 方 で 、民 間 で の 利 用 に 関 し て は 、競 争 力 の 指 数 と し て は 導 入 が し や す い と の 立 場 。
しかし、実取引での証券発行や銀行取引での使用については、難しいと整理している。イ
ン ド ネ シ ア 経 済 、 あ る い は イ ン ド ネ シ ア ・ ル ピ ア に と っ て 、 RMU に メ リ ッ ト が あ る か の
視 点 が イ ン タ ビ ュ ー 全 般 で 重 要 視 さ れ て い る と 考 え ら れ る 。 RMU の 実 現 案 と し て は 、 シ
ン ガ ポ ー ル 、中 国 、日 本 、韓 国 で 立 ち 上 げ 、2015 年 に イ ン ド ネ シ ア 、マ レ ー シ ア 、フ ィ リ
ピ ン 、 タ イ が 続 き 、 2020 年 に ベ ト ナ ム が キ ャ ッ チ ア ッ プ 。 最 後 に カ ン ボ ジ ア と ラ オ ス が 、
数 年 後 に 加 わ る 段 階 的 な 案 を 提 示 し て い る 。( ブ ル ネ イ ・ ミ ャ ン マ ー の 言 及 な し 。)
上 記 3 件 の 報 告 か ら 、 こ の 時 点 で の RMU の 展 望 は 以 下 の よ う に ま と め ら れ る 。 実 利 用
は 、ま ず は サ ー ベ イ ラ ン ス 分 野 で 、そ の た め の 構 成 通 貨 の シ ェ ア を 規 定 す る こ と 。一 方 で 、
金 融 や 貿 易 な ど 実 際 の 取 引 で の 使 用 ま で 展 望 し た 場 合 は 、 RMU と の 一 定 の 交 換 性 が 各 通
貨 に 求 め ら れ る 。 ASEAN+3 の 各 通 貨 を 、 両 者 ( サ ー ベ イ ラ ン ス と 実 取 引 ) を 勘 案 し て 、
どこまでを構成通貨とするかを検討する必要がある。さらに、各国が自国にとってのメリ
ットを見出すこと、民間利用には、実利用者としての民間の視点・意見が反映される必要
があると考える。
7
第 2 章 環 境 変 化 を ふ ま え た RMU の 考 察
1.その後の環境変化の認識
上 記 の よ う な 2011 年 時 点 の 展 望 を ふ ま え 、そ の 後 4 年 を 経 過 し た 現 在 、RMU を 検 討 す
る 際 に 、考 慮 す べ き 環 境 変 化 を ま ず 整 理 し た い 。大 き な 変 化 は 3 点 考 え ら れ る 。1 点 目 は 、
中 国 の 人 民 元 の 国 際 化 の 進 展 で あ り 、 2 点 目 は 本 年 2015 年 末 を 目 指 し て 進 め ら れ て い る
ASEAN 経 済 共 同 体 の 準 備 と そ れ に 伴 う ASEAN の 経 済 力 の 伸 長 。 3 点 目 は 、 2012 年 末 よ
り、アベノミクスのもと、大きく進んだ円安である。
中国は、独自の通貨スワップ協定の締結国や海外の人民元のクリアリングバンク(図表
2)を増やした。また、上海自由貿易試験区をはじめとする人民元の資本勘定での自由化
も 着 実 に 進 め て い る 。ま た 、欧 州 各 国 か ら も 多 く の 参 加 を 得 た「 ア ジ ア イ ン フ ラ 投 資 銀 行 」
開 業 に 向 け て 、 準 備 を 進 め て い る 。 本 年 2015 年 8 月 の 人 民 元 安 へ の シ フ ト 以 降 、 そ の 経
済動向に不透明感が強くなった状況ながら、その際の世界の株式市場などへの影響を鑑み
ても、中国ならびに人民元の影響力は着実に増加している。
(図表2)人民元のグローバル外為市場概念図
クリアリング銀行
( 出 所 ) 村 瀬 ( 2010)
ASEAN の 経 済 力 の 伸 長 は 、 図 表 3 に 見 ら れ る よ う に ア ジ ア 全 体 で の 所 得 水 準 の 向 上 や
消費額の増大を支えている。従来は、日系をはじめとする外資系企業の製造拠点であった
中 国 や ASEAN は 、 生 産 の み な ら ず 、 そ の 消 費 額 の 伸 び か ら 市 場 と し て の 存 在 感 が 大 き く
8
増 し て い る 。 こ れ は 、 貿 易 取 引 が 域 内 で 完 結 す る 割 合 が 伸 び て い る こ と も 示 し 、 RMU の
利 用 価 値 の 高 ま り を 意 味 す る と 考 え ら れ る 。 ま た 、 本 年 2015 年 末 に 設 立 予 定 の ASEAN
経 済 共 同 体 の 創 設 も 、ASEAN の 一 体 化 を 着 実 に 進 め る も の で あ る 。ASEAN 域 内 関 税 撤 廃
の 流 れ の 中 、 ASEAN 域 内 取 引 も 拡 大 が 予 想 さ れ 、 そ の 際 に ASEAN 域 内 通 貨 建 て 取 引 も
増 加 し 得 る 。 そ の 場 合 、 域 内 通 貨 間 の 為 替 相 場 安 定 に 資 す る RMU を 創 出 す る こ と は
ASEAN 各 国 に も メ リ ッ ト が あ る と 考 え ら れ る 。
(図表3)アジア地域の最終消費市場としての潜在性
( 出 所 ) 平 成 27 年 3 月 3 日 財 務 省 関 税 ・ 外 国 為 替 等 審 議 会 外 国 為 替 等 分 科 会 資 料 よ り 転 載
円安 は、対米 ドル で は名目 レート も実 質実 行為替 レート とも、図 表 4 の とおり 着実 に進
ん で い る 。 RMU の 視 点 で は 、 経 済 産 業 研 究 所 ( 以 下 RIETI と い う ) が 算 出 す る AMU ( 5 )
でも日本円が域内通貨の中でも円安方向にシフトしていることがわかる。日本円を含め、
域 内 各 通 貨 の AMU で の 乖 離 状 況 を サ ー ベ イ し な が ら 、RMU 創 出 の タ イ ミ ン グ や 参 加 通 貨
間 の シ ェ ア 、 創 出 時 の RMU の レ ベ ル を 検 討 し て い く こ と が 現 実 的 で あ ろ う 。
こ の 4 年 で 、 世 界 の 中 で 、 ASEAN+3 の 経 済 的 な シ ェ ア が 大 き く な っ た こ と は 、 RMU
が創出される条件の整備が進んだと考えられる。経済および金融における域内の関係の重
層 化 、統 合 の 進 展 は 、RMU 実 現 に 向 け た 重 要 な 条 件 で あ る こ と は 、こ れ ま で の リ サ ー チ ・
グループでの研究でも指摘されてきたことである。また、域内取引が増大する場合、通貨
間の為替レートの安定が進むことは、各国にもメリットとして認識される。これは、前述
9
の ナ ッ シ ュ 均 衡 の 理 論 で も 、 RMU 創 出 の 気 運 が 高 ま る 方 向 へ の 動 き と 考 え ら れ る 。 こ う
し た RMU へ の 認 識 を 日 本 が ど の よ う に 捉 え 、 そ れ を ふ ま え て ASEAN+3 の コ ン セ ン サ ス
をどの方向に導くかが、重要となると考えている。
: 東 京 市 場 ド ル 円 ス ポ ッ ト 17 時 点 /月 中 平 均
( 図 表 4 - ( 1 )) 為 替 相 場 推 移 ( 1980 年 ~ 2015 年 9 月 )
:実効為替レート指数
(出所)日本銀行HP
( 図 表 4 - ( 2 )) 日 次 名 目 AMU-cmi 乖 離 指 標 ( 2000 年 1 月 以 降 )
( 出 所 ) RIET I HP
10
単 位 : 2010 年 = 10 0
2 . 域 内 各 国 に と っ て の RMU の メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト
実 際 に 域 内 各 国 で の RMU 創 出 の 機 運 が 盛 り 上 が る た め に は 、各 国 に と っ て の メ リ ッ ト が
重 要 と な る 。そ こ で 、各 国 の 経 済 規 模 を 中 心 に 比 較 ・ 評 価 し た う え で 、域 内 RMU の 各 国 に
とってのメリット・デメリットを、それぞれの現行の為替制度もふまえたうえで検討する。
(図表5)域内各国の経済規模概観
国
人口(百万人)
1997
2013 割合(2013)
一人当たりGDP(ドル)
外貨準備(百万ドル)
GDP(10億ドル)
1997
2013 割合(2013)
1997
2013 2014年末
割合
貿易(10億ドル)
2013年
割合
ブルネイ
0.302
0.406
0.02%
5.20
16.11
0.09% 17,224.53 39,658.80
3,649
0.06%
17.0
0.17%
カンボジア
11.396
15.087
0.70%
3.39
15.51
0.08%
297.645
1,028.14
6,108
0.09%
14.6
0.15%
1,236.260 1,360.763
63.08%
985.04
9,469.12
51.63%
796.793
6,958.69
3,900,039
58.85%
3,821.9
38.52%
中国
香港
6.517
7.220
0.33%
178.97
274.03
1.49% 27,463.09 37,955.45
328,517
4.96%
993.5
10.01%
インドネシア
199.280
247.954
11.49%
215.75
870.28
4.75%
3,509.82
111,863
1.69%
360.8
3.64%
日本
126.045
127.341
5.90%
4,324.28
4,898.53
26.71% 34,307.37 38,467.79
1,260,680
19.02%
1,525.1
15.37%
韓国
45.954
50.220
2.33%
560.49
1,304.47
7.11% 12,196.78 25,975.07
362,835
5.47%
1,172.3
11.82%
ラオス
5.097
6.770
0.31%
1.85
10.79
0.06%
362.171
1,593.59
1,219
0.02%
5.3
0.05%
マレーシア
21.769
29.948
1.39%
100.17
313.16
1.71%
4,601.40 10,456.89
115,959
1.75%
406.1
4.09%
ミャンマー
n/a
50.979
2.36%
n/a
56.76
0.31%
n/a
1,113.37
7,353
0.11%
16.7
0.17%
フィリピン
71.650
97.484
4.52%
91.23
272.07
1.48%
1,273.33
2,790.88
79,629
1.20%
109.8
1.11%
シンガポール
3.796
5.399
0.25%
100.16
297.94
1.62% 26,386.64 55,182.48
261,583
3.95%
813.5
8.20%
タイ
60.816
68.229
3.16%
150.89
387.25
2.11%
2,481.11
5,675.80
157,163
2.37%
444.4
4.48%
ベトナム
74.307
89.691
4.16%
26.89
170.57
0.93%
361.908
1,901.70
34,189
0.52%
236.8
2.39%
合計
1,862.887 2,157.085 <倍率>
1.16
6,739.12 18,340.47 <倍率>
2.72
1,082.64
6,627,137
ミャンマー:2012年
9,920.84
ブルネイ:2012年
( 出 所 ) World Bank デ ー タ よ り 筆 者 作 成
図 表 5 よ り 、 域 内 全 体 の 経 済 規 模 は 2013 年 時 点 で 、 ア ジ ア 通 貨 危 機 の あ っ た 1997 年
と 比 較 し て 、 全 体 で み る と 人 口 で 1.16 倍 、 GDP で は 2.72 倍 ま で 拡 大 し て い る こ と が わ
11
か る 。国 ・ 地 域 別 に 見 た 場 合 、人 口( 63% )・ GDP( 52% )と も 中 国 の 圧 倒 的 な シ ェ ア の
高 さ が 目 に つ く 。 ま た 、 GDP で は 、 経 済 伸 張 の 高 い ASEAN 地 域 も 、 域 内 の 日 中 韓 ( 含
む 香 港 ) と の 対 比 で は 前 者 が 約 15% 、 後 者 が 約 85% と 、 そ の 規 模 に は 格 段 の 差 が あ る 。
「 失 わ れ た 20 年 」と 叫 ば れ る 日 本 で は あ る が 、域 内 に お け る 経 済 規 模 は 十 分 な 存 在 感 が
あることが、あらためてわかる。
以 下 、 個 別 項 目 の デ ー タ を 概 観 す る 。 一 人 当 た り GDP で は 、 中 国 は 、 シ ン ガ ポ ー ル ・
日 本 ・ 韓 国 と は 大 き な 差 が あ る こ と 。 一 方 で 、 国 ベ ー ス の GDP で は 最 小 レ ベ ル の ブ ル ネ
イが、一人当たりでは日本を凌ぐ豊さであることが目につく。外貨準備は、中国・日本が
突出しているが、全体でもかなりの規模を持っている。チェンマイ・イニシアティブの仕
組と合わせ、域内通貨間の相場安定をさせる際に必要な原資として、相応の規模と考えら
れ る 。貿 易 に つ い て は 、日 中 韓 の 規 模 が 大 き い が 、GDP 対 比 で い え ば 、香 港 ・ シ ン ガ ポ ー
ル の 規 模 も 相 応 に あ り 、「 貿 易 立 国 」 と し て の 機 能 が 裏 打 ち さ れ る 結 果 と 考 え ら れ る 。
以 上 の よ う な 域 内 各 国 の 経 済 規 模 を ふ ま え 、 RMU を 導 入 し た 際 の 各 国 の メ リ ッ ト ・ デ
メ リ ッ ト を 検 討 ・ 整 理 し た 結 果 が 図 表 6 で あ る 。 こ こ で は 、 RMU の 構 成 通 貨 間 の シ ェ ア
が、チャンマイ・イニシアティブ(マルチ化後)の貢献額割合で規定される想定をしてい
る。
RIETI の AMU は 、欧 州 の ECU と 同 様 に 各 国 の GDP と 貿 易 量 の 加 重 平 均 に よ り 、各 国
通貨のシェアを決めたものが当初算出された。その後、当該シェアの決定の「たたき台」
ともいえる割合として、チェンマイ・イニシアティブのマルチ化が実現したことから、そ
の シ ェ ア に も と づ く も の も 、 公 表 が 開 始 さ れ た 。( AMU-CMI と 呼 ば れ る 。) RMU 創 出 に
あたっては、その構成通貨間のシェアの決定も大きな問題となると思われることから、本
稿 で は 、上 記 AMU-CMI の 発 想 と 同 様 に 、チ ェ ン マ イ ・ イ ニ シ ア テ ィ ブ の 貢 献 額 シ ェ ア を
RMU の シ ェ ア と し た う え で 、 メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト の 検 討 を 行 う こ と と す る 。
ASEAN+3 の リ サ ー チ・グ ル ー プ の 研 究 な ど で も 、RMU 自 体 の 評 価 や 導 入 へ の 課 題 は 多
く論じられているが、各国通貨別のメリット・デメリットが個別に論じられるケースは多
くないと考えている。一方で、第1章で触れたインドネシア大学の報告から考えると、国
別 に RMU の 創 出 ・ 参 加 を 検 討 す る 際 に は 、 自 国 の メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト は 大 き な 判 断 材
料となるであろう。そのため、本稿では、検討にあたり、現行の為替制度、経済状況・規
模もふまえて、定性的な評価を筆者なりに行い、そうした視点での議論の「たたき台」を
提示することを目指す。そのため、メリット・デメリットとも、一面的な評価に留まるも
12
のの、両面を検討することで、バランスの取れた議論へつなげたいと考えている。
( 図 表 6 ) 域 内 各 国 の 為 替 制 度 と RMU 導 入 の メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト
国
ブルネイ
特記事項
経済の特徴
3.500 Currency board
米ドルペッグ
中国と1国2制度
中国とのパイプ
金融・貿易に強み
3.793 Floating
自国通貨の使用義務
域内での為替相場安定の
資源豊かながら、経常
経常赤字・財政赤字のまま
化、為替ヘッジ規制等
仕組に参加することによる
赤字・財政赤字
での参加の場合のリスク。
強化
自国通貨相場安定化。
CM貢献Iシェア(%)
0.025 Currency board
カンボジア
0.100
中国
28.500
香港
インドネシア
為替制度(IMF分類)
Other managed
arrangements
Clawl-like
arrangements
メリット
デメリット
シンガポールドルのみでは
シンガポールドルに
金融政策、再検討の可能
資源豊か、一人当たり
なく、域内通貨との為替
ペッグ
GDP高い
性
レート安定。
経済発展はこれから。
AMU参加にあたり早期の
ドル化経済、緩やかな
メコン経済圏の中心に 脱ドル化には資する。
資本取引自由化のリスク
脱ドル化を目指す
位置。
あり。
国際化進展
人口世界第1位、GDP AMU内シェア高く、人民元 人民元としての基軸通貨
頻繁な中銀介入
世界第2位
の影響力維持。
化は一度見送り。
2015年8月切り下げ
日本
32.000 Free Floating
主要通貨(SDR構成)
韓国
16.000 Floating
為替介入の頻度が高
い
ラオス
0.025
Clawl-like
arrangements
国内では、タイバーツ、
人民元、米ドル流通
マレーシア
3.793
Other managed
arrangements
複数通貨バスケット制
ミャンマー
0.050
Other managed
arrangements
2012年4月より、多重
為替制度から一本化
フィリピン
3.793 Floating
シンガポール
タイ
ベトナム
3.793
Stabilized
arrangements
3.793 Floating
0.833
Stabilized
arrangements
為替相場安定に必要
な際は為替介入を行う
余地あり。
バスケット通貨
金利政策手段
アジア通貨危機を契機
に変動相場制へ
2015年8月、対ドル変
動幅拡大。
域内通貨との為替安定。
通貨に関する1国2制度の
変更リスクあり。
今後の成長地域国通貨と SDR構成通貨でなくなる可
少子高齢化・財政赤字
の為替相場安定継続。域 能性(AMUを新規採用の
深刻
内SCM利用にも寄与。
場合)
対日本円での相場安定
域内経済規模第3位
中国・ASEAN通貨との相場
が、製造業の競争力にお
安定。
FTA積極対応
けるリスクとなる可能性。
AMU参加にあたり早期の
AMU参加通貨としての、国
経済規模域内最小
資本取引自由化のリスク
内自国通貨への信認上昇
あり。
域内での為替相場安定の
ブミプトラ政策の影響、
現行の通貨バスケットとの
仕組に参加することによる
イスラム金融に注力
相場の違いに留意
自国通貨相場安定化。
「東アジア最後のフロン
AMU参加にあたり早期の
AMU参加通貨としての、自
ティア」の期待と開発進
資本取引自由化のリスク
国通貨への信認上昇
あり。
展
域内での為替相場安定の
海外出稼ぎ送金の経
AMUとしての対ドル相場の
仕組に参加することによる
済成長への貢献大
推移に留意
自国通貨相場安定化。
貿易相手国としての域内 従来の自国の通貨バス
貿易・金融立国
国のシェアが高く、相場安 ケット運営からの離脱とな
定はプラス。
り、金融政策に変化。
域内での為替相場安定の
輸出が経済を牽引。ア
AMUとしての対ドル相場の
仕組に参加することによる
ジアのデトロイト
推移に留意
自国通貨相場安定化。
域内での為替相場安定の
人口規模大かつ人口
仕組に参加することによる 対ドル相場の不安定化
ボーナス期継続
自国通貨相場安定化。
( 出 所 ) 筆 者 作 成 ( 為 替 制 度 は IMF( 201 4) を 参 照 )
個 別 通 貨 に 関 し て は 、上 記 の と お り だ が 、主 要 国 お よ び 為 替 制 度 等 で グ ル ー ピ ン ン グ し
たうえでの評価を次に試みたい。
香 港 も 加 え た ベ ー ス で 、 日 本 と な ら び 最 大 の シ ェ ア ( 32% ) を 持 つ 中 国 は 、 2008 年 の
リ ー マ ン シ ョ ッ ク 以 降 、人 民 元 の 国 際 化 を 着 実 に 進 め て い る 。そ の 戦 略 は 、域 内 の 基 軸 通
貨 化 、 IMF の SDR の 構 成 通 貨 入 り 、 将 来 的 に は 米 ド ル の 次 の 世 界 の 基 軸 通 貨 を 目 指 す 、
な ど さ ま ざ ま な 見 方 が な さ れ て い る 。 一 方 で 、 本 年 2015 年 8 月 の 人 民 元 切 り 下 げ 以 降 、
顕 在 化 し て い る 経 済 の 減 速 、 合 わ せ て 、 10 月 か ら は 為 替 予 約 の 「 売 」 規 制 を 導 入 予 定 で
あ る な ど 、こ れ ま で の 国 際 化 推 進 に ブ レ ー キ を か け る 必 要 性 も 出 て き た 面 も あ る 。そ の 場
合 、デ メ リ ッ ト に あ げ た「 人 民 元 と し て の 基 軸 通 貨 化 を 一 度 見 送 り 」も 、中 期 的 に は 問 題
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な い と 思 え る 。ま た 、RMU を 実 現 さ せ 域 内 基 軸 通 貨 化 、そ れ を SDR の 構 成 通 貨 化 し 、並
行 し て RMU 内 の 人 民 元 の シ ェ ア 増 加 を 目 指 す と い っ た 戦 略 の 展 望 も 可 能 で あ る 。
次 に Floating と 区 分 さ れ て い る イ ン ド ネ シ ア ・ フ ィ リ ピ ン ・ タ イ の ASEAN3 ヶ 国 に 関
し て は 、 域 内 通 貨 間 の 相 場 安 定 の メ リ ッ ト を 得 る が 、 RMU と し て 対 米 ド ル の 為 替 相 場 に
留 意 が 必 要 で あ る 。た だ し 、こ の 点 は 自 国 通 貨 と し て も 対 米 ド ル の 相 場 変 動 リ ス ク は 存 在
し て い る こ と を 勘 案 す れ ば 、 メ リ ッ ト の ほ う が 大 と 評 価 で き る 。 同 じ く Floating に 区 分
さ れ て い る 韓 国 の 場 合 は 、状 況 に 違 い が あ る と 考 え ら れ る 。円 - 韓 国 ウ ォ ン 相 場 と 日 経 平
均 株 価 の 相 関 が 指 摘 さ れ る こ と が 多 い よ う に 、韓 国 の 製 造 業 は 日 本 の 製 造 業 と の 競 合 関 係
が 強 い 。対 円 で の ウ ォ ン 安 が 、自 国 の 輸 出 競 争 力 強 化 に 寄 与 す る こ と か ら 、日 本 円 と の 相
場 の 安 定 が 続 く こ と と な る RMU へ の 姿 勢 は 、 不 透 明 と 考 え ら れ る 。
Stabilized Arrangements に 区 分 さ れ る シ ン ガ ポ ー ル と ベ ト ナ ム と で も 、 違 い は あ る 。
シ ン ガ ポ ー ル は 、現 在 も 米 ド ル や ユ ー ロ も 含 ん だ と 考 え ら れ る 、自 国 向 け の 通 貨 バ ス ケ ッ
ト を 為 替 相 場 の 基 準 と す る と と も に 、金 融 政 策 に お い て も 為 替 相 場 を 実 施 手 段 と し て 利 用
し て い る 。 そ の た め 、 域 内 ア ジ ア 通 貨 の み と 連 動 す る 前 提 の RMU を ど う 評 価 す る か が 鍵
と な ろ う 。一 方 、ベ ト ナ ム は 日 々 の 基 準 相 場 の バ ン ド 運 営 ( 6 ) を 行 っ て い る が 、こ れ ま で
そ の バ ン ド を 外 れ る 相 場 変 動 に 苦 労 し た 経 験 を 持 つ 。 そ の た め 、 前 述 の Floating の
ASEAN3 ヶ 国( イ ン ド ネ シ ア・フ ィ リ ピ ン・タ イ )に 近 く 、域 内 他 通 貨 と の 相 場 安 定 を 志
向する可能性は高いと思料する。
先 行 ASEAN の 主 要 国 の ひ と つ で あ る マ レ ー シ ア は 、通 貨 バ ス ケ ッ ト 参 照 の 変 動 相 場 制
を 標 榜 し 、Other Managed Arrangements に 区 分 さ れ て い る が 、最 近 で は ア ジ ア 通 貨 危 機
以 来 の 自 国 通 貨 安 に 陥 る な ど 、為 替 相 場 の 変 動 が 大 き く な っ て い る 状 況 で あ る 。そ の た め 、
イ ン ド ネ シ ア 等 の Floating の ASEAN 諸 国 と 同 様 に RMU に 参 画 す る メ リ ッ ト は 十 分 あ る
と考える。
ベ ト ナ ム を 除 く CLMV の 残 る 3 ヶ 国 、カ ン ボ ジ ア ・ ラ オ ス ・ ミ ャ ン マ ー は 、RMU に お
け る 自 国 通 貨 の シ ェ ア も 低 く 、か つ 資 本 取 引 の 早 期 自 由 化 を 求 め ら れ る リ ス ク を 考 え る と 、
現 時 点 で の メ リ ッ ト が 大 き い と は 評 価 し づ ら い 。む し ろ 、先 行 研 究 に あ げ た イ ン ド ネ シ ア
大 学 の ア ン ケ ー ト 結 果 と 同 様 に 、RMU が 創 出 さ れ た 後 に 参 加 す る 方 が 無 難 と 考 え ら れ る 。
残 る カ レ ン シ ー ・ ボ ー ド 制 の ブ ル ネ イ ・ 香 港 は 、図 表 6 に 記 載 し た 、そ れ ぞ れ 独 自 の 事 情
があると考える。
最 後 に 、 日 本 に つ い て 考 え た い 。 デ メ リ ッ ト と し て 記 載 し た SDR の 構 成 通 貨 か ら 円 が
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外 れ る 点 は 、 RMU の 議 論 で こ れ ま で 触 れ ら れ な か っ た 点 で あ る と 思 う 。 ま た 、 現 時 点 で
そ う し た 想 定 を す る こ と は 現 実 的 で は な い か も し れ な い 。た だ し 、前 述 の と お り 、中 国 が
RMU の SDR の 構 成 通 貨 入 り ま で 展 望 し 、 RMU の 創 出 に 前 向 き と な る な ら 、 そ れ と 協 働
す る こ と は 、 日 本 の RMU へ の 本 気 度 を 示 す も の と も 考 え ら れ る 。 ま た 、 中 長 期 的 な ア ジ
ア 域 内 の 経 済 成 長 を 、 日 本 の 経 済 成 長 に も 活 か す う え で も 、 RMU の 実 現 に は メ リ ッ ト が
あると考える。
3 . RMU 導 入 条 件 の 考 察
前述の各国別のメリット・デメリットの検討につづき、メリットの共有・拡大を通じ
て 、域 内 RMU 創 出 に ど の よ う に つ な げ る か を 検 討 し た い 。ま ず 、第 1 章 で あ げ た 国 際 通
貨研究所の報告で使用された「ナッシュ均衡」をあらためて確認したい。
< 再 掲 > ( 図 表 1 ) RMU に 関 す る ナ ッ シ ュ 均 衡
(出所)国際通貨研究所報告
「ナッシュ均衡」である左上と右下は、ゲーム理論では「非協力ゲーム」を前提とす
る も の で あ る 。で は 、 残 り の 左 下 ・ 右 上 の 選 択 肢 は ( 破 線 枠 囲 み 部 分 )RMU 検 討 に あ た
っ て は 、存 在 す る の か を 考 え て み た い 。RMU は 複 数 通 貨 か ら 構 成 さ れ る バ ス ケ ッ ト 通 貨
で あ る た め 、RMU の 創 出 ・ 使 用 は 、 1 ヶ 国 で は 困 難 と い え る 。し た が っ て 、 上 記 の 破 線
部 分 は 存 在 し な い と 考 え ら れ る 。一 方 で 、理 論 的 に は 2 ヶ 国 で も RMU の 創 出 は 可 能 と な
る 。( 7 ) で は 、 A・ B 間 で 利 得 が 異 な る ケ ー ス ( 破 線 部 分 ) が 存 在 す る ケ ー ス が 想 定 で き
る RMU の 整 理 は 可 能 か を 考 え る 。す で に RMU の 存 在 を 前 提 と し 、そ の 上 で 2 ヶ 国 間 の
取引通貨の選択の際を想定する。それを示すと図表7のように示せる。
日本企業 A 社と中国企業B社間での貿易取引を想定し、その契約時点での取引建値の
選 択 肢 に そ れ ぞ れ の 自 国 通 貨 と と も に 、RMU を 加 え た も の で あ る 。自 国 通 貨 ま た は 相 手
国 通 貨 を 選 択 す る こ と と な る 「 ケ ー ス 1 」・「 ケ ー ス 3 」 は 相 手 国 通 貨 を 選 ぶ こ と と な っ
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た企業が片務的に為替リスクを負うこととなる。そのため、A と B の利得は異なる。一
方 で RMU を 選 択 す る 「 ケ ー ス 2 」 は A 社 ・ B 社 の 双 方 に 為 替 リ ス ク が 存 在 す る こ と を
示す。
(図表7)貿易取引における取引通貨の選択に関わる利得表
B.中国企業の利用通貨
円
円
A.日本企業の
利用通貨
RMU
人民元
RMU
人民元
<ケース1>
(0, ±5)
<ケース2>
(±5, ±5)
<ケース3>
(±5, 0)
Note:(A's Gain, B's Gain)
Gain:当該取引から生じる為替差損益と定義(したがって、5はあくまで例示の数値)
(注)A社-B社間取引なので、選択肢は上記3とおりのみ
(出所)筆者作成
図 表 8 は 、そ う し た 日 本 企 業 の 建 値 選 択 行 動 の 研 究 で あ る 清 水( 2013)に よ る も の で あ
る。日本企業が、自社の生産ネットワークをアジア域内に築き、従来、最終輸出先となる
米国の米ドルを、アジアにおいても主に使用してきた構造を示す。同図における「最終輸
出 先 」に お い て 、
「 そ の 他 の ア ジ ア 諸 国 」が 増 加 す れ ば 、ア ジ ア 域 内 通 貨 の 使 用 ニ ー ズ の 増
(図表8)アジアにおける日本企業の貿易建値選択<概念図>
( 出 所 ) 清 水 ( 2013)
加 が 予 想 さ れ る 。 日 本 以 外 の 中 国 や ASEAN 企 業 に と っ て も 、 同 様 の ニ ー ズ が 想 定 可 能 。
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そ う し た ニ ー ズ へ の 対 応 と し て 、 RMU を 創 出 し た 場 合 の 上 記 の 利 得 表 は 以 下 の よ う に 想
定が可能。
( 図 表 9 ) 貿 易 取 引 に お け る 取 引 通 貨 の 選 択 に 関 わ る 利 得 表 ( 米 ド ル と RMU の ケ ー ス )
B.中国企業の利用通貨
RMU
RMU
A.日本企業の
利用通貨
米ドル
米ドル
<ケース4>
(±2, ±2)
<ケース5>
(±5, ±5)
Note:(A's Gain, B's Gain)
Gain:当該取引から生じる為替差損益と定義(したがって、2・5はあくまで例示の数値)
(注)A社-B社間取引なので、選択肢は上記3とおりのみ
(出所)筆者作成
図表7および図表9が示すことは、以下のとおり。取引通貨の選択は、当事者間の取
引関係や商品の独自性などで決定される。また、ケース2、ケース4、ケース5のケー
ス で の A 社 と B 社 の 利 得 は 、 輸 出 入 の 立 場 が 異 な る こ と と 自 国 通 貨 と RMU の 為 替 変 動
が異なることから同一ではない。一方で、ケース4とケース5の比較では、それぞれの
自 国 通 貨 を RMU に 安 定 的 な 設 定 と し て い る こ と か ら 、為 替 差 損 益 は 、対 RMU の 方 が 対
米 ド ル よ り も 小 さ い 可 能 性 が 高 い こ と を 示 し て い る 。( そ の た め 、 例 示 の 数 値 と し て は ケ
ー ス 4 が ケ ー ス 5 よ り も 小 さ い 。) RIETI に よ る AMU な ど で 、 自 国 通 貨 の RMU の 安 定
性を示すことができれば、各国通貨当局もその創出の動機が強まることが期待される。
ま た 、利 得 表 に 例 示 と し て 示 し た 数 値 例 を 、AMU 等 の デ ー タ を ベ ー ス に 、国 お よ び 民 間
の一定の範囲の取引から推計して示すことで、実金額ベースでのメリットの試算を行う
こ と が で き れ ば 、RMU 創 出 メ リ ッ ト の 訴 求 が 可 能 で あ ろ う 。こ れ を ASEAN+3 域 内 各 国
で協働して行うことは、ゲーム理論でいう「協力ゲーム」と考えられ、その「解」を求
め る こ と が で き れ ば 、 RMU 創 出 の 気 運 が 高 ま る の で は な い だ ろ う か 。
RMU の 実 取 引 利 用 の た め に は 、域 内 の 民 間 の 貿 易 取 引 や 資 本 取 引 に お い て 、米 ド ル よ
りも域内通貨の利用が選好される必要がある。さらに、域内通貨間の為替相場の安定が
必 要 と な る こ と か ら 、RMU 創 出 を 前 提 に 域 内 各 国 間 の コ ン セ ン サ ス 醸 成 が 重 要 で あ ろ う 。
資本取引には、いわゆる金融資本取引のみならず、中長期のインフラ整備のための資金
調達スキームも含まれる。具体的な事例としては、ラオスでのダム・水力発電所建設に
あたり、ラオス政府がタイバーツ建ての債券発行を行った事例がある。これは、発電し
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た電力の供給・販売先がタイ電力公社であり、収入がタイバーツのため、為替リスク軽
減可能であることから、実現したものである。こうした域内インフラニーズに伴う資金
は 今 後 も 必 要 で あ り 、そ う し た 資 金 調 達 を RMU 建 て で 行 う こ と は 、資 金 調 達 者 、域 内 投
資家の双方にとって、為替リスク低減の観点で好ましいものである。陸路で結ばれてい
る メ コ ン 地 域 な ど の 道 路 整 備 は 、3 ヶ 国 以 上 に わ た る ケ ー ス も 想 定 さ れ 、そ う し た ケ ー ス
に も RMU は 有 用 で あ る 。前 述 の「 国 お よ び 民 間 の 一 定 の 範 囲 の 取 引 」を 、貿 易 な ど の 域
内の経常取引とこうしたインフラ需要に限定しても、相当の金額に達するであろうこと
は 、 昨 今 の AIIB 設 立 の 動 機 や ADB の 動 き を 勘 案 す れ ば 、 想 像 は 可 能 で あ る 。
導入条件としては、上述のメリットの試算への取組と第 1 章で取り上げた国際通貨研
究所の報告にあるような、ロードマップの着実な進行が必要となる。金額的な試算とし
ては、メリットの試算と合わせて、ロードマップにあるような決済などのインフラ整備
費 用 お よ び 公 的 な RMU を 当 初 ど の 程 度 の 金 額 で 創 出 す る か と い っ た 事 項 も 必 要 と な る 。
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第 3 章 RMU に 関 す る 今 後 の 展 望
1 . 域 内 RMU の 位 置 付 け
こ こ ま で 、 ASEAN+3 に お け る リ サ ー チ ・ グ ル ー プ に よ る 先 行 研 究 の 確 認 と そ の 後 の 環
境 変 化 を ふ ま え た 、 RMU 創 出 の メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト の 検 討 を 行 っ た 。 そ の う え で 、 ゲ
ー ム 理 論 の 発 想 を 使 い 、 導 入 条 件 の 考 察 を 行 っ た 。 そ こ で 、 本 章 で は 、 あ ら た め て RMU
の位置づけに関して検討したい。
RMU と 同 様 の バ ス ケ ッ ト 通 貨 の 前 例 と し て は 、 本 稿 で も 触 れ た IMF に お け る SDR と
欧 州 の ユ ー ロ 前 身 で あ る ECU が 代 表 的 で あ ろ う 。 た だ し 、 そ の 二 つ に は 大 き な 違 い が あ
る 。SDR は 、IMF の「 特 別 引 出 権 」と の 位 置 づ け で 、現 在 は 米 ド ル ・ ユ ー ロ ・ 英 ポ ン ド ・
日 本 円 か ら 構 成 さ れ て い る も の の 、通 常 の 取 引 で は 一 般 的 に は 使 用 さ れ な い 。一 方 で 、ECU
は 、 欧 州 で は 域 内 為 替 相 場 安 定 の シ ス テ ム で あ る EMS の 枠 組 の 中 で 生 ま れ 、 公 的 ECU・
民 間 ECU と し て 、 実 取 引 に 利 用 さ れ た 。
SDR と ECU の 前 に 、 や は り バ ス ケ ッ ト 通 貨 に 近 い 構 想 と し て 提 案 さ れ た も の が 存 在 す
る 。そ れ は 、現 在 の IMF・ 世 界 銀 行 の 体 制 が 検 討 さ れ た 際 に 、ケ イ ン ズ ら の イ ギ リ ス 代 表
団 か ら 「国 際 清 算 同 盟 」の 仕 組 と と も に 提 案 さ れ た 「 バ ン コ ー ル 」 の 構 想 で あ る 。 政 府 間 通
貨とすることで、
「 中 央 銀 行 の 銀 行 」的 な 組 織 の 創 設 と パ ン コ ー ル を 国 際 取 引 の 決 済 手 段 と
することを目指していた。固定相場制ながら、その相場は調整可能とされたといわれ、各
国通貨のバスケットの色彩を持っていたとも考えられる。
こ う し た 過 去 の 経 験・検 討 経 緯 を ふ ま え 、ASEAN+ 3 に お け る RMU を 考 え る と 、ECU
の ア ジ ア 版 、 あ る い は SDR の ア ジ ア 版 と も 位 置 付 け 可 能 で あ る 。 2008 年 の リ ー マ ン シ ョ
ッ ク 後 に 、 中 国 人 民 銀 行 総 裁 の 周 小 川 は 論 文 ( 周 ( 2009)) に お い て 、 SDR を グ ロ ー バ ル
な準備通貨として採用することを提案し、一国の国民通貨である米ドルへの依存度を下げ
る こ と を 構 想 し て い る 。 域 内 で RMU を 創 出 す る こ と は 、 ア ジ ア 域 内 で 特 定 国 の 国 民 通 貨
に頼らずにすむような仕組を構想することとも、評価できる。
また、それを域内の為替相場の安定のためのモニタリングの手段に留めず、実際の取引
にも使用できるようにすることは、今後の域内の経済成長および地域内の経済的な結びつ
きや相互依存が高まる局面でも、有用であると考えられる。そのためにも、アジア通貨危
機 以 降 に 、 継 続 的 な 活 動 と な っ て い る 、 ASEA+3 財 務 大 臣 ・ 中 央 銀 行 総 裁 会 議 の 枠 組 を 継
続・発展させていくことは重要である。その枠組で、当面の課題のみならず、中長期的な
19
課題を検討・相談していく必要がある。
将 来 的 な RMU の 利 用 ニ ー ズ に つ な が る 最 近 の 域 内 の 動 き も 、こ こ で 確 認 し て お き た い 。
中 国 の AIIB 設 立 、 お よ び そ れ と と も に 打 ち 出 し て い る 「 一 帯 一 路 」 構 想 は 、 域 内 の イ ン
フラ整備ニーズに対応するものであり、そうした資金ニーズに域内通貨で対応することは
好 ま し い 。ADB が 邦 銀 3 行 を 含 む 民 間 銀 行 8 行 と 官 民 連 携( PPP)の 協 働 助 言 に 至 っ た の
も 、同 じ く 域 内 イ ン フ ラ 資 金 ニ ー ズ を PPP で 対 応 す る こ と を 念 頭 に 置 い た も の で あ る 。個
別 国 で は 、「 東 ア ジ ア 最 後 の フ ロ ン テ ィ ア 」 と い わ れ る ミ ャ ン マ ー が 、 昨 年 、 邦 銀 3 行 を
含めた外銀 3 行の進出を認めた背景にも、国内の今後の開発への資金ニーズ対応がある。
日本に目を向けてみると、みずほ銀行が人民元建てにつづき、タイバーツ建ての債券を発
行し、それを東京プロボンド市場(8)に上場させたのも、域内通貨のクロスボーダー取引
に関わる新たな動きといえる。
こ う し た 資 金 ニ ー ズ に 対 応 す る 際 に 、 各 国 通 貨 建 て で の 対 応 と と も に 、 RMU 建 て の 対
応が可能となることは、資金の運用・調達両面での多様化に資する。そうしたことも可能
と す る 手 段 と し て 位 置 づ け 、RMU を 考 え る の は 新 た な 視 点 と 考 え る 。欧 州 の ECU 建 て 金
融商品が、低金利国の投資家にとっての魅力ある商品であり、高金利国の資金調達者にと
っ て 低 利 調 達 手 段 で あ っ た こ と に 加 え て 、 こ う し た 役 割 を 果 た せ る の も RMU の メ リ ッ ト
といえるであろう。
2 . RMU 利 用 へ の 展 望
ア ジ ア 通 貨 危 機 の 原 因 と い わ れ る 、「 ダ ブ ル ・ ミ ス マ ッ チ 」、 す な わ ち 「 通 貨 と 期 間 の ミ
ス マ ッ チ 」 か ら の 脱 却 を 目 指 し 、 ASEAN+3 で は チ ェ ン マ イ ・ イ ニ シ ア テ ィ ブ を は じ め と
し て 、 さ ま ざ ま な 取 組 を お こ な っ て き た 。 こ う し た 取 組 の 延 長 と し て 、 RMU の 創 出 ・ 利
用を実現させることを考えればよいと思える。
RMU が 域 内 通 貨 間 の 為 替 相 場 の 安 定 の サ ー ベ イ ラ ン ス の 手 段 と し て も 有 効 で あ る こ と
か ら 、 前 述 の AMRO が そ の サ ー ベ イ の 主 体 と な る こ と は 可 能 で あ ろ う 。 合 わ せ て 、 そ の
将来的な実利用を検討する役割も担えるように、機関の強化・拡充が期待される。当初の
シ ン ガ ポ ー ル 法 人 と し て の 位 置 づ け か ら 、2014 年 10 月 に 国 際 機 関 化 さ れ る こ と が 正 式 決
定されたことは、そうした観点では好ましいものといえる。
ま た 、前 述 し た と お り 、2014 年 に は 今 後 の 活 動 の 方 向 性 を 議 論 す る と さ れ た 、ASEAN+3
の リ サ ー チ・グ ル ー プ は 、本 年 2015 年 5 月 の ASEAN+3 の 会 議 に お い て 、そ の 活 動 が AMRO
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によるテーマ別研究に統合されることが決まった。このテーマ別研究での活動が、今後ど
の よ う に な っ て い く か は 不 明 な が ら 、 AMRO の 機 能 強 化 ・ 拡 充 が 行 わ れ 、 RMU に つ い て
も研究が継続されることを期待したい。そして、その研究の際には、創出タイミングで、
① ど こ ま で の 国 の 通 貨 を RMU の 構 成 通 貨 と す る の か 、 ② 創 出 後 の 参 加 通 貨 の 増 加 や 各 国
経 済 力 の 伸 長 を 想 定 し た 通 貨 間 の シ ェ ア の 見 直 し ル ー ル ( ECU は 5 年 ご と )、 の 2 点 は 重
要なテーマと考えられる。
また、域内のインフラ資金ニーズが巨額であることから、民間との連携・資金活用が、
今 後 ま す ま す 必 要 と さ れ て い く と 予 想 さ れ る 。合 わ せ て 、RMU の 実 利 用 に 必 要 な 、資 金 ・
証券の決済インフラの構築といった分野でも、官民が連携する仕組が望まれる。
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おわりに
本 稿 で は 、 ASEAN+3 で の RMU の 創 出 に 向 け た 課 題 ・ 展 望 の 検 討 の た め 、 実 現 し た 際
の各国にとってのメリット・デメリットを考えることに取り組んだ。結果として、各国ご
との事情はあり、さまざまなメリット・デメリットが想定できた。しかし、絶対的にデメ
リ ッ ト が 大 き い 国 は 見 当 た ら ず 、 将 来 的 な RMU の 実 現 の 可 能 性 を 否 定 す る も の で は な い
印象を得た。本テーマに取り組んだ背景には、ギリシャ問題を皮切りに欧州のユーロの根
源的な問題、すなわち、通貨・金融政策は共通単一にもかかわらず、財政政策は各国別で
あ る こ と が 顕 在 化 し 、ア ジ ア で の 同 様 の 取 組 へ の 気 運 が 下 が っ て き た と 感 じ る こ と も あ る 。
そ の た め 、 あ く ま で ア ジ ア 版 ユ ー ロ で は な く 、 ア ジ ア 版 ECU ま で の 想 定 で 、 検 討 を 進 め
た。
つづいて、
「 ゲ ー ム 理 論 」の 枠 組・発 想 を 使 い 、域 内 取 引 で の 外 貨 と し て の RMU の 利 用
の選択肢を、域外通貨の米ドル使用と比較することを試みた。これにより、導入のための
条件を探ることとした。貿易等の経常取引と、今後も多額の資金ニーズが存在する域内イ
ン フ ラ 整 備 資 金 に 、 RMU の 利 用 を 想 定 し 、 そ の 金 額 的 な 試 算 を 目 指 す と い う ア プ ロ ー チ
案 を 考 え た 。 そ の う え で 、 昨 今 の 域 内 で の 資 金 ニ ー ズ に 関 わ る 案 件 も ふ ま え 、 RMU の 位
置づけと利用への展望をまとめた。
メ リ ッ ト ・ デ メ リ ッ ト の 検 討 と 合 わ せ 、 ま だ 、 RMU 創 出 条 件 の 検 討 手 法 の 「 た た き 台 」
を 示 し た に 過 ぎ な い 。 し か し 、 今 後 、 議 論 ・ 検 討 を 重 ね て い か な い 限 り 、 RMU の 創 出 に
は辿り着くことはないと考え、自身としては、現実的な利用可能性を実務面もふまえ、検
討する必要性を感じている。
昨今の国際金融情勢では、中国の経済の不透明感が増し、その影響も受け、金融政策の
正常化のため利上げを目指していたアメリカも、そのタイミングを模索している状況であ
る 。 そ う し た 環 境 で 、 ま だ 多 く の 新 興 国 を 抱 え る ASEAN+3 で は 、 再 び い わ ゆ る 金 融 危 機
の影響を大きく受けないように、可能な対策を協力して講ずる必要があろう。こうした視
点 も 持 ち な が ら 、 今 後 も RMU の 研 究 ・ 検 討 動 向 を 注 視 し て い く と と も に 、 そ の 実 現 可 能
性を高める条件を研究していきたい。
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(注)
1 .「 ASEAN+ 3 財 務 大 臣 会 合 」 を き っ か け に 、 2000 年 に 合 意 さ れ た 域 内 の 「 外 貨 融 通
協 定 」。 当 初 2 ヶ 国 間 の 協 定 だ っ た も の が 、 2010 年 に は マ ル チ 契 約 化 さ れ 、 2012 年
に は 金 額 も 2400 億 円 へ と 増 加 さ れ て い る 。
2 . ABMI( = Asian Bond Market Initiative)。 日 本 で は 、 ア ジ ア 債 券 市 場 育 成 イ ニ シ ア
テ ィ ブ と 呼 ぶ 。ア ジ ア 通 貨 危 機 の 原 因 と さ れ る 、
「 通 貨 の ミ ス マ ッ チ・期 間 の ミ ス マ ッ チ 」
への対策として、域内資金の域内還流を狙い、債券市場を拡大させる取組。
3 . European Currency Unit。 1979 年 3 月 に 発 足 し た EMS( = European Monetary System )
にて導入されたEC域内通貨により組成されたバスケット通貨。
4 . SDR の 構 成 通 貨 は す べ て 高 い 交 換 性 が 確 保 さ れ た も の の た め 、 投 資 家 に と っ て は 、 各
通 貨 に SDR の 構 成 比 率 と 同 じ 割 合 で 投 資 す る こ と が 容 易 で あ り 、 SDR 建 て 商 品 へ の 投 資
ニ ー ズ は 高 ま ら な い こ と を 示 す 。 RMU に 投 資 対 象 と し た い が 、 交 換 性 の 低 い 通 貨 が 含 ま
れた場合、その通貨の代替投資対象としてのニーズを喚起し得る発想。
5.
AMU(= Asian Monetary Unit )。 RIETI( 経 済 産 業 研 究 所 ) が 日 次 で 算 出 し て い る RMU
の研究のひとつ。
6. ベ ト ナ ム は 中 央 銀 行 が 、 一 定 の 為 替 バ ン ド 内 に ベ ト ナ ム ・ ド ン の 対 米 ド ル レ ー ト を 安
定させるように取り組んでいる。
7. 中 北 ( 2012) は 、 日 本 円 と 人 民 元 と の 2 ヶ 国 で の バ ス ケ ッ ト 通 貨 の 選 択 肢 を 提 示 し て
いる。
8.英 語 の み で の 開 示 や プ ロ グ ラ ム 上 場 が 可 能 で あ る な ど 、デ ィ ス ク ロ ー ジ ャ ー や 上 場 手 続
が簡素・柔軟化されている、プロ投資家向け市場。
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(参考文献)
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西 村 陽 造 〔 2011〕 『 幻 想 の 東 ア ジ ア 通 貨 統 合 』 日 本 経 済 新 聞 出 版 社
村 瀬 哲 史〔 2011〕「 人 民 元 市 場 の 内 外 分 離 政 策 と『 管 理 さ れ た 』国 際 化 ~ 国 際 金 融 秩 序 へ の
挑 戦 ~ 」 『 国 際 金 融 論 考 』 2011年 第 2号 国 際 通 貨 研 究 所
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People’ s Bank