ENDOCRINE DISRUPTER NEWS LETTER

ENDOCRINE DISRUPTER
NEWS LETTER
June 2015
Japan Society of Endocrine Disrupter Research
Vol. 18 No. 4
環境ホルモン学会(正式名 日本内分泌攪乱化学物質学会)
http://www.jsedr.jp/ 目次 巻頭言.................................. 1
総会報告.............................................7
I
INFORMATION..................................8 研究最前線 ........................ 2
巻頭言
第1号
世界における出生コーホート研究の現状
「奪われし未来」が1996年に発刊されたことで、世界的に環境化学物
質、特に内分泌かく乱作用による影響に関心が高まった。さらにG8環
境大臣会議において「子どもの環境保健」は最優先事項であるとさ
れ、「マイアミ宣言」を採択。その後、WHOでは、内分泌かく乱物質
問題に対するリスク評価と、健康影響を緊急の課題として、必要な限
りの手段をとることを決議した。これらをうけ、WHO/IPCSはヒト、
実験動物、および野生生物への内分泌かく乱物質による影響について
2002年に「Global Assessment of the State-of-the Science of Endocrine
Disruptors」を発行した。その後10年が経過し、全面的に更新した新し
い報告書「State of the Science of Endocrine Disrupting Chemicals 2012」
がUNEP(国連環境計画)とWHOから刊行され、さらにWHO本部から
「Endocrine Disrupting Chemicals and child health: Possible developmental
early effects of endocrine disrupters on child health」も出版された。
現時点で世界での大きな関心は実際の人での疫学研究の成果である。
特に出生コーホート研究での科学的なエビデンスが急速に増加してい
る。下図は世界5大陸でon going の出生コーホート研究の数を示した。
岸 玲子 北海道大学
重要なのは、人の疫学研究のデータをリスク評価に利用し、政策に結
びつける方向性である。例えばEU では、2007-2013年には第7次フレームワークプログラムとして出生コーホー
トの研究成果を、戦略的に環境政策につなげようとしており、2009年にはENRIECO:Environmental Health Risks
in European Birth Cohorts が設立されデータ統合やリスク評価が共同で行われ始めた。それに倣いアジアでも日本
(Hokkaido Study)、韓国(MOCHE)、台湾(TBPS)の3つのコーホートの主任研究者が提案して
BiCCA(Birth Cohort Consortium of Asia)が設立され、現在20か国23の出生コーホートが参加している。さらに日
本では環境省エコチル研究が2011年から3年間をかけて約10万人の母児(一部は父も参加) の登録が終わり本年
4月から5000人を対象に詳細調査が始まった。今後
の追跡と化学物質分析に期待が集まっている。
そこで本特集では、アジアのBiCCA主要メンバー
である台湾のTMICSコーホートと、日本の東北
コーホート、北海道コーホートの最新のデータを
紹介したい。なお、本年4月から私の所属する北海
道大学の環境健康科学研究教育センターは「環境
化学物質からの健康障害予防のためのWHO協力機
関」の一つに指定を受けることになった。地味な
疫学研究成果を戦略的に環境政策につなげようと
する地球規模の取り組みにアジアから大きな貢献
ができる時代になったことは嬉しい限りである。
今後は本学会をはじめ、日本の大学や研究機関の
最新の動向も合わせて情報を発信し、化学物質の
リスク評価・マネジメントに結びつけていくよう
にしたいと考えている。北海道大学環境健康科学
研究教育センター(WHO Collaborating Centre fo
Environmental Health and Prevention of Chemical Hazards)岸 玲子
[1]
研究最前線
Effects of phthalates: Experience of Taiwan Maternal and
Infant Cohort Study (TMICS)
Shu-Li (Julie) Wang
Division of Environmental Health and Occupational Medicine
National Health Research Institutes, Taiwan
Daily exposure to environmental endocrine
disrupting chemicals (EDC) has been of public health
concern. Early life exposure to EDC may exacerbate
significant and prolong effects from previous
epidemiological studies such as Yucheng research – a
human experimental design 1). More studies from western
countries assure the hypothesis, for instance Barker one
for cardiovascular mortality in relation to fetal
malnutrition, and atopic disease associated with increased
hygiene together with chemical priming. Phthalate esters
are widely used plasticizers that are present in many daily
used products. Over 2500 suspected phthalate-tainted
foodstuffs were found during the 2011 phthalates incident
in Taiwan. This explained the reason of the generally
higher exposure particularly in children. Although some
of phthalate effects have been reported, many await
confirmation by human studies, especially for susceptible
fetus.
The aim is to assess the association of prenatal
and postnatal exposure to phthalate esters with
neurodevelopmental, endocrinal, reproductive and
allergic status in a 12-year follow-up study. A total of 430
pregnant women were recruited in 2000-2001 and their
infants were followed at birth, 2, 5, 8, and 11 years.
Urinary concentrations of major phthalate metabolites
(i.e., mono-2- ethyl-hexyl phthalate [MEHP], mono-(2ethyl-5-hydroxyhexyl) phthalate [MEHHP], mono-(2ethyl-5-oxo-hexyl) P. [MEOHP], mono-butyl P. [MBP],
mono-benzyl P. [MBzP], mono-methyl P. [MMP], and
mono-ethyl P. [MEP]) were determined using liquidchromatography tandem mass-spectrometry (LC-MS/
MS). Behavioral syndromes of children at 8 years of age
were evaluated using the Child Behavior Checklist
(CBCL). The reproductive development measurements
included bone age, testicle size (for boys), uterus size,
and ovarian volume (for girls). The International Study of
Asthma and Allergies in Childhood (ISAAC)
questionnaire was used to assess asthma and wheezing
symptoms and serum total IgE levels were measured at 8
years of age.
Externalizing problem scores of CBCL, including
delinquent and aggressive behaviors, were significantly
increased with increasing concentrations of maternal
MBP, MEOHP, and MEHP in log 10 -transformed
creatinine-corrected concentrations (Figure) 2). Regarding
the reproductive development, after controlling for
Tanner stage, we found a significant association between
reduced uterus size and increasing phthalate exposure in
the 2nd tertile relative to the 1st tertile of creatininecorrected MEHP (B=-0.40; 95% confidence interval:
-0.73, -0.07, relative to the 1st tertile) and total DEHP
(B=-0.39, 95% CI: -0.66, -0.01 for the 2nd tertile and
B=-0.34, 95% CI: -0.67, -0.01 for the 3rd tertile, relative
to the 1st tertile) with a linear trend among girls. MBzP
was also found negatively associated with bone age /
chronological age ratio (B=-0.07, 95% CI: -0.13, -0.01
for the 3rd tertile, relative to the 1st tertile) with a linear
trend for girls 3). Maternal urinary MBzP concentrations
were associated with an increased occurrence of
wheezing in boys at 8 years of age 4). Urinary MEHP
levels over the quintile at 2-year-old were associated with
increased asthma occurrence in boys. Similarly, the sum
of DEHP metabolites at 5 years was associated with
asthma in boys. Urinary MEHP in maternal and 5-yearold children urine were significantly associated with
increased IgE in allergic children at 8 years 4).
Our study not only confirms previous findings
but also demonstrated new effect concerns. Phthalate
diesters might affect neurological, reproductive, and
immune systems. The mechanism might include
epigenetic changes such as altered DNA methylation
during fetal development. Further studies with larger
sample sizes in TMICS (cycle 1) and longer follow-up
period are warranted.
References
1) Wang SL, et al. Environ Res. 2003;93:131-7.
2) Lien YJ, et al. Environ Health Perspect.
2015;123:95-100.
3) Su PH, et al. Environ Res. 2015;136:324-30.
4) Ku HY, et al. PLOS ONE. 2015
Figure 1. Linear associations between maternal
MEOHP concentration (µg/g creatinine) and
externalizing score for boys (green 1) and girls (black
0) at 8 years old (n=122, p value<0.01).
[2]
研究最前線
胎児期のPCBsダイオキシン類による出生体重とアレルギー感染症に与える影響
北海道大学 環境健康科学研究教育センター 宮下ちひろ、岸玲子
1.はじめに
ポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン (PCDD) 7種, ポ
リ塩化ジベンゾフラン (PCDF) 10種,ノンオルソPCB 4種,およびモノオルソPCB 8種の合計29種類の化合
物は,2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン
(TCDD) と分子構造および毒性メカニズムが類似して
おり,ダイオキシン類 (Dioxin-like compound) として
まとめて呼ばれている。ダイオキシン類は妊婦の胎盤
を通過して胎児の組織に移行する。胎児期から生後早
期の児は発達途中で未熟であるために環境要因に影響
を受けやすく,この時期に受けた影響は生まれた後に
生涯にわたって継続する可能性が示されている。
2. 高濃度曝露による影響
1960年代の中毒事故である台湾油症で,高濃度のダ
イオキシン類に母親が曝露され,その児は出生後の感
染症の増加および血中IgA レベルなどの低下が報告さ
れた。その後,上記の台湾油症で,PCBsよりむしろ
PCDFが免疫毒性に関係する可能性が示された。PCBs
ダイオキシン類に汚染された海洋哺乳類 (アザラシや
クジラ等)を摂取する習慣があるイヌイットやフェ
ロー諸島の住民を対象にした1990年代のからの研究で
は, 母体血や母乳中のPCBsダイオキシン類濃度が高
いほど,児の出生体重が低下し,感染症の有病率が有
意に高く,ワクチン抗体反応が減少することが報告さ
れた。このように高濃度曝露を対象にした研究では,
PCBsダイオキシン類の胎児期曝露が児の出生体重を低
下させ免疫機能を抑制させると報告された。
また,どの程度の曝露レベルで生体影響が引き起こ
されるかについて,疫学研究や動物実験の結果を総合
的に検証したところ,我々が日常生活で曝露される低
レベルでさえも,胎児期の複合的なPCBsダイオキシン
類曝露がヒトに対して免疫抑制を引き起こす可能性が
示された。
3. 日常生活での低濃度曝露による影響
2000年代のオランダ・ロッテルダム研究では,母体
血や母乳中PCBsダイオキシン類の濃度(母乳中35.8
TEQ pg/lipid)は,喘鳴有訴の低下,および感染症の罹
患率増加に関連した。さらに,生後42か月でのリンパ
球CD4/CD8,T細胞,予防接種への抗体産生の減少な
どが報告された。一方で,オランダ・アムステルダム
研究では,母乳中のダイオキシン類濃度は8歳のアレ
ルギー減少と関係が認められた。日本では,母親の母
乳中ダイオキシン類と生後10か月の末梢血中のリンパ
球サブセット比の増加が関連したが,別の集団を対象
にした研究では認められなかった。以上のように,欧
州を中心に日常生活でのダイオキシン類への胎児期曝
露について若干の報告があったが,食生活や生活習慣
の違いにより曝露状況が諸外国で異なるために,各地
域,特に日本国内やアジアでの検討が必要であった。
4. 日本の妊婦の曝露レベルと児の免疫系への影響(北海
道スタディの研究成果)
2001年より「環境と子どもの健康に関する北海道ス
タディ」で,世界で初めて高精度の GC/MS分析(ガス
クロマトグラフィー質量分析)を用いて,特にカネ
ミ・ライスオイル事件で問題となったPCDD,PCDFな
どの同族異性体分析およびdioxin-like PCBs濃度を測定
し,またWHOが設定した毒性等価係数 (TEF)を用いて
ダイオキシン類の毒性等価量 (TEQ)で評価した。①
曝露レベルについては,札幌コーホートの母体血中総
dioxin濃度は16.5 TEQ pg/g lipid(中央値)で,出産可能
年齢の女性で比較した場合,国内(福岡:22.1 TEQ pg/
g lipid),およびオランダ(35.8 TEQ pg/lipid)やアメリカ
(NY)(39.1 TEQ pg/lipid)などの諸外国より低かった。
②出生時体重については,母体血中の総PCDFs濃度,
[3]
総PCDFs TEQ濃度が高いほど出生体重を有意に約300g
低下させ,男児では総 PCDDs濃度,総dioxin TEQレ
ベルが高いほど体重を下げた(図1)1)。異性体別では,
2,3,4,7,8-PeCDFにより出生時体重の有意な減少が認め
られた。しかし,女児では影響は認められなかった。
③免疫アレルギーについては,母のダイオキシン類濃
度が高いほど臍帯血IgEレベルが低下し2),生後18か月
までの中耳炎と関連が認められた。PCDFs TEQレベル
が最も濃度が低い第1四分位に対して,最も濃度が高
い第4四分位では中耳炎オッズ比が2.5倍に増加した。
男児のみ母体血中ダイオキシンレベル増加に伴い中耳
炎オッズ比の有意な増加が認められた(図2) 3) 。なお
PCBとは有意の関連は認められなかった。上記は,油
症などの高濃度な曝露で報告された結果と一致し,日
常生活の低濃度曝露において,児の免疫への影響を世
界で初めて報告した。
5. 謝辞
本研究は,厚生労働科学研究,および文部科学省科学
研究の研究助成を受けて実施しています。また,参加
者,協力医療機関関係者,多くの共同研究者などに厚
く感謝申し上げます。
6.参考文献
1) Konishi K., et al. Environ. Res. 109, 906–913, 2009.
2) Washino N., et al. Tokyo 2007.
3) Miyashita C., et al. Environ Res. 111 (4):551-558,
2011.
図1 母体血中のダイオキシン類(PCDFs)と児の出
生体重(男女別)
図2 母体血中のダイオキシン濃度と男児の生後18か月
中耳炎リスク
研究最前線
化学物質曝露の疫学調査における低用量問題:
どの程度の影響を有害と判断するか?
東北大学大学院医学系研究科・発達環境医学分野 仲井邦彦、龍田希
ポリ塩化ビフェニル(PCB)がヒトに対して有害で
あることに異議はないであろう。ただし、その化学物
質が実際に有害なリスクとなるかどうかは、曝露レベ
ルによる。海外と我が国のPCBの汚染レベルを臍帯血
PCB-153で比較すると(表)、日本の曝露レベルは必
ずしも高くない。内分泌撹乱化学物質では低用量問題
(low dose issues)が常に重要な課題となるが、低レベ
ルのPCB曝露について、どの程度の健康影響を有害と
考えるかが議論となる。
我々は2001年より東北コホート調査を進めてお
り、臍帯血PCB(特に高塩素化PCB)と、3歳半の子ど
もの知的能力との間に負の関連性があることを報告し
た(Tatsuta N et al, Environ Res 133:321, 2014)。その
関連性の強さは、認知処理尺度の偏回帰係数
で-6.8(p<0.05)であり、これはPCB濃度(対数変
換)が10倍になると、子どもの知的能力が6.8点下がる
ことを示している。実は、統計学的に有意であるから
といって、実際にそのリスクが許容できないかは別に
議論が必要である。偏回帰プロットを見ると、対象者
の曝露幅もおおよそこの10倍の範囲内にはいる。そこ
である化学物質の曝露により、曝露が低い集団に対し
て、曝露が高い集団で、知能指数が5点下がった場合
を想定してみる。
昔、先輩諸氏から薦められて鉛の疫学調査の文献
レビューをしたことがある。鉛は低用量レベルで知能
が低下することが懸念されているが、その中にピッツ
バーグ大学Needlemanらが小学生を対象に、脱落乳歯
の鉛濃度と知能検査(WISC-R)との関連性を解析し
た報告があった。高濃度曝露群では、低濃度曝露群に
比較してIQが有意に低く、その絶対値の差は4点程度
であった(Needleman HL, et al., NEJM 300:689,
1979)。この報告に対して、たかだか4点の差は、統
計学的に有意であるとしても生物学的には有意とは言
えない、との批判が出された(Hall DM, NEJM
301:161, 1979)。Needlemanらが反論のため提出した
図があり(Needleman HL, et al., NEJM 306:367,
1982)、両群のIQを小さい方から累積してIQが80点を
下回る子どもの割合を比較したものであったが、平均
値の差は小さいものの、IQが80を下回る子どもの割合
は、低濃度曝露群に対して高濃度曝露群で3.8倍に増加
したことを示すものだった。
彼らの表現法を参考に、ある化学物質の曝露によ
り正規分布する健康指標の平均点が5%減少した場合
の様子をシミュレーションを試みたのが図である。IQ
は平均100(SD 15)の正規分布を示し、−2SDの70点
未満(2.3%)は知的障害の懸念が高い。仮に曝露によ
り平均値が5%左方移動した場合、高濃度曝露群につ
いて、低濃度曝露群の70点未満を基準とした発生確率
を計算すると4.8%(約2.1倍)となる。あくまで個人
的意見であるが、この影響の大きさは許容し難く、環
境を良くすることで回避できる影響であるならば、回
避する努力を惜しむべきではない、と考えるがいかが
だろう。
科学雑誌に、さまざまな化学物質の有害性評価が報告
されているが、実は多くの健康影響の程度はそれほど
大きなものではなく、平均値で5%程度であることが
多い。しかし疫学としての平均値の5%の差は、案外
の疾患が惹起されるとは考えにくく、生活習慣、社会
経済的条件、さらに遺伝要因等が複雑に交絡すると思
われるが、環境要因も決して軽視できない要因と考え
る。
表 臍帯血(血清)中の曝露指標に関する先行研究との比較(中央値)
コホート(国)
year
n
GRD (The Netharlands)
Faroes2 (Denmark)
INMA (Spain)
DUISBURG (Germany)
TSCD (Japan, Sendai)
FLEHSI (Belgium)
INUENDO (Greenland)
Michalovce (Slovakia)
HUMIS (Norway)
PELAGIE (France)
Warsaw (Poland)
Kharkiv (Ukraine)
ELFE pilot (France)
RHEA (Greece)
1990-1992
1994-1995
1997-2008
2000-2002
2001-2003
2002-2004
2002-2004
2002-2004
2002-2006
2002-2006
2003-2004
2003-2004
2007
2007-2008
382
173
1227
189
599
1068
546
1082
418
396
199
589
44
30
PCB-153
(ng/L)
150
484.2
134.1
124.0
48.0
60.0
155.1
271.8
39.2
110.0
20.1
37.1
92.5
23.8
母親毛髪総水銀
(μg/g)
4.3
2.0
Govarts E, et al, Environ Health Perspect 120:162-70, 2012.
Nakamura T, et al. Sci Total Environ 394:39-51, 2008. などを参考に作成した。
と大きいのではなかろうか。化学物質曝露のみで特定
[4]
研究最前線
胎児期の有機フッ素化合物曝露による児の健康への影響
北海道大学 環境健康科学研究教育センター 荒木敦子、宮下ちひろ、岸玲子
1.はじめに
有機フッ素化合物PFAA(Perfluoroalkyl acids)は、絶
縁性や撥水性・發油性などのすぐれた表面特性を有する
ことから、撥水撥油剤、界面活性剤、消火剤として世界
的に使用されてきた。しかし、残留性や生物蓄積性が問
題 と な り 、 2 0 0 9 年 に は
PFOS(perfluorooctanesulfonate)は残留性有機汚染物
質に関するストックホルム条約 (Stockholm Convention
on Persistent Organic Pollutants) により使用が制限さ
れ、PFOA(perfluorooctanesulfonic acid)は米国環境
保護庁等により自主的な削減がなされている。
2. PFAAs曝露による影響
PFOS/PFOAは血液胎盤関門を通過して母体から胎児
へ移行することから1)、児への健康影響が危惧されてい
る。これまでに、高濃度のPFOS/PFOA胎児期曝露によ
る出生体重低下が報告された一方で,デンマークの研究
では胎児期のPFOA曝露と20歳時の肥満増加との関連が
示された。これはPFAAs曝露により胎児期から生後早期
に発育抑制を受けると、後に追いつき(キャッチアッ
プ)による急激な成長を引き起こし,むしろ肥満になる
可能性を示唆している。免疫機能については、アメリカ
の横断研究でPFOA濃度とIgE量の負の相関が示され
た。フェロー諸島の研究では、母体PFOS濃度と5歳児の
ジフテリア抗体価、および5歳時のPFAAs濃度と5歳・7
歳時の破傷風およびジフテリア抗体価が負の相関を示し
た。ノルウェーの研究では、母体血中PFOS/PFOA濃度
が高いほど3歳児の麻疹抗体価が減少した。これらの先
行研究は、PFAAs曝露が体液性免疫機能を抑制する動物
実験の結果と一致している。しかし、臍帯血IgE、アレ
ルギー疾患・感染症の発症や、性差については検討が不
足していた。
3. 北海道スタディの結果
1)低濃度のPFOS/PFOA曝露による影響
北海道スタディ札幌コーホートの母体血中PFAA濃度
は、PFOS 5.2ng/mL、PFOA 1.3ng/mLと、アメリカオ
ハイオ州(PFOS: 13.6 ng/mL) 、デンマーク (PFOS: 34.4
ng/mL)、ノルウェー (PFOS: 13.0 ng/mL)などの諸外国
より低かった。しかし、PFOS濃度が高いと女児の出生
体重を有意に低下させた(表1)2)。また、PFOAは高濃
度になるほど臍帯血中IgE量を低下させ、これも女児で
顕著であった3)。一方、男児ではPFOS濃度が高いと精巣
のLeydig細胞およびSertoli細胞の機能を表す性ホルモン
の臍帯血中濃度が低かった。ところで、母体血中PFOS
濃度はリノール酸・α–リノレン酸・アラキドン酸・DHA
など8種類の母体血中脂肪酸濃度と負の相関を示した4)。
これは世界でも初めての重要なデータで、妊娠期間中の
母の必須脂肪酸低値が、児の出生体重や神経発達への影
響に重要な役割を担っている可能性を示唆しており、引
き続き検討すべき課題である。
2)炭素の差の長いPFAAsによる影響
大規模コーホートでは、2003年から2011年に登録し
た妊婦の血中PFAAs11種類を測定した。近年の規制強化
によりPFOS/PFOA濃度は経年で減少したが,炭素鎖が
長く,毒性が強いとされる,PFNAとPFUnDA濃度は年
ごとにそれぞれ4.7%および2.4%の増加が認められた5)。
また、PFNAおよびPFUnDAが高いほど有意に女児の体
重を低下させた。1歳時のアレルギー疾患とは有意な関
連はみられなかったが、2歳時ではPFUnDA/PFTrDA濃
度が高いほど湿疹の発症リスクが量反応的に低下し,免
疫抑制の可能性が示唆された(女児のみ)(図1) 6) 。
引き続き4歳時のアレルギー疾患および感染症との関連
を検討しており,胎児期PFAAs曝露が出生後の免疫アレ
ルギーへ及ぼす影響の持続についても明らかにする予定
である。
4. 今後の課題
濃度が低下したPFOS/PFOAについては引き続き低濃
度曝露による次世代影響について、また曝露量が増加し
ている炭素鎖が長いPFAAsについてリスク評価を行う。
加えて、遺伝的に感受性の高い集団を明らかにすること
で、規制など対策に活用できるデータを提供することを
今後の課題として据えている。
謝辞
本研究は,厚生労働科学研究,文部科学省科学研究,
および環境省環境研究総合推進費の研究助成を受けて実
施しています。また,参加者,協力医療機関関係者,多
くの共同研究者などに、ここに厚く感謝申し上げます。
【参考文献】
1. Inoue K., et al. Environ Health Perspect 112:1204-1207,
2004
2. Washino N., et al. Environ Health Perspect 117:660-667,
2009.
3. Okada E., et al. Environ Res. 112 (1):118-125, 2012.
4. Kishi R., et al. Environ Health Perspect, 2015
5. Okada E., et al. Environ Int. 60 89-96, 2013.
6. Okada E., et al. Environ Int. 65C:127-134, 2014.
表1 母体血中PFOS/PFOA濃度と出生体重
図1 母体血中PFTrDA (C13)と2歳の湿疹への影響
[5]
研究最前線
環境化学物質がホルモン環境および身体的変化に与える影響について
山梨大学大学院 泌尿器科学 三井貴彦、武田正之
北海道大学大学院 腎泌尿器外科学 篠原信雄、野々村克也
北海道大学環境健康科学研究教育センター 荒木敦子、岸 玲子
はじめに
母の内分泌かく乱物質(EDCs: endocrine disrupting
chemicals)への曝露が次世代の性腺機能、性分化や第
二次性徴の発来などへ影響を与える懸念が、近年世界
的に高まっている。実際にEDCsの曝露が、ヒトの体内
におけるホルモン環境やホルモンが作用する過程に影
響を与えていることについて、報告されている[1, 2]。現在、我々のグループが行っているコホート研究
を紹介する。
北海道スタディからわかったこと
北海道大学では全国に先駆け、EDCsが次世代に与
える影響について明らかにしてきた(北海道スタ
ディ)。
本研究では、すでに環境化学物質濃度の測定が終
了している北海道スタディへ参加している母児514組
のうち、採取・保存した臍帯血295検体を用いて、母
の環境化学物質曝露と児の臍帯血中性ホルモン濃度と
の相関について、男女差も含めて検討を行った。さら
に、学童期となった児の第2指、第4指の比(2D/4D)
の測定を行った。2D/4Dは、胎生期のアンドロゲンへ
の曝露を受けて、男児の方が女児に比べて低い値とな
ることが知られている。この学童期の2D/4Dと臍帯血
中の性ホルモン濃度の両者の測定が可能であった男児
45人、女児72人の合計117人については、2D/4Dと臍
帯血中の性ホルモン濃度、さらに母の環境化学物質へ
の曝露の程度のとの関係についての検討を行った。
まず、EDCsの一つであるフタル酸の母への曝露に
よって、男児において胎生期のホルモン環境を反映す
る臍帯血中テストステロン/エストラジオール、プロ
ゲステロン、Inhibin Bおよびinsulin-like factor 3 (INSL3)濃度が有意に低くなり、フタル酸エステルの
母への曝露が児において抗アンドロゲン作用を呈して
いることが示唆された(図1)[3]。さらに、有機
フッ素化合物への曝露でも同様の結果が得られつつあ
る。一方、ポリ塩化ビフェニル(PCB)・ダイオキシ
ン類については、本研究では胎生期のホルモン環境へ
の有意な関連はみられていない。
胎生期のアンドロゲンへの曝露を反映する身体的
変化については、2D/4Dを指標として検討を行った
が、従来の報告の通り、胎生期にアンドロゲンへの曝
露を受けた男児では、女児に比べて2D/4Dは低い値と
なった。この2D/4Dと臍帯血中ホルモン濃度との関連
を見たところ、男児においてLeydig細胞の機能を反映
したINSL3との間に負の関連を認め、INSL3が低いと
2D/4Dは女性化を示した(図2)[4]。このように、
胎生期のホルモン環境が学童期の児の身体的変化に影
響していることが示された。さらに、母の様々なEDCs
への曝露との関係についても検討を行ったが、母の
EDCsへの曝露と児の2D/4Dの間には有意な関係を認め
なかった。
このように日常生活で曝露を受けるような低濃度
のEDCsへの曝露では、胎児のホルモン環境に影響を与
えているものの、児の身体的な変化まではきたさない
と考えられた。しかし、今回の検討では、環境化学物
質やホルモン受容体の遺伝子多型、エピゲノム解析を
行っていないことから、環境化学物質の曝露やホルモ
ン環境の変化に対して脆弱な児に対する影響を検討で
きなかった。今後の課題である。
今後は、停留精巣や尿道下裂の男児についても検
討を行い、EDCsへの曝露が停留精巣や尿道下裂の発生
に与える影響について、本邦からのデータを発信した
いと考えている。
エコチル調査:今後の展開
平成22 年より環境省「子どもの健康と環境に関す
[6]
る全国調査(エコチル調査)」では、北海道全域で妊
婦を調査対象として子どもが13 歳になるまでの出生
コホート調査を展開している。エコチル調査では、北
海道大学で独自に行った追加調査において1500人を超
える新生児の性腺機能に関する身体計測を行うことが
できた。今後、これらのデータをもとにEDCsが胎生期
のホルモン環境、身体的変化に与える影響について
も、明らかにできることが期待される。
おわりに
EDCs曝露がホルモン環境や身体的変化に与える影
響は明らかになりつつある。しかし、その結果には十
分に確立されたものは少ないことから、今後も新たな
エビデンスの蓄積が必要である。特に、本邦からのエ
ビデンスの高いデータの発信が望まれる。
図1 母のフタル酸エステルへの曝露が臍帯血中
の性ホルモン濃度に与える影響(男児)(文献[3]を改
編して引用)
T/E2
T/E2、P4
P4
Leydig細胞のステロイド
⽣生合成低下
Inhibin B
INSL3
Inhibin B
Sertoli細胞の機能低下
INSL3
Leydig細胞の機能低下
MEHPは四分位
母親の年齢、妊娠中の喫煙と飲酒歴、世
帯収入、採血時期で調整
Araki et al. 2014 PLos One
図2 2D/4Dと臍帯血中INSL3濃度との関係(文献[4]
を改編して引用)
(%)
96
**
95
94
93
94.3
91.0
<0.32ng/mL
≥0.32ng/mL
92
91
90
INSL3が低いと2D/4Dは女性化を示した。**: p<0.01
引用文献
1.
2.
3.
4.
Bergman Å, Heindel JJ, Jobling S, Kidd KA, Zoeller RT. Worls
Health Organization. 2012.
Hotchkiss AK, Rider CV, Blystone CR, Wilson VS, Hartig PC,
Ankley GT et al. Toxicol Sci. 2008, 105;2:235-259.
Araki A, Mitsui T, Miyashita C, Nakajima T, Naito H, Ito S et al.
PLoS One. 2014, 9;10:e109039.
Mitsui T, Araki A, Imai A, Sato S, Miyashita C, Ito S et al.
PLoS One. 2015, 10;3:e0120636.