RC.PC - 日本臨床検査専門医会

Lab.Clin.Pract.,22(1):50-57(2004)
R-C.P.C.
Reversed C.P.C.
抗生物質の服用後,鼻出血をきたした 22 歳,男性
名古屋掖済会病院中央検査部
深
血液
WBC
RBC
HGB
HCT
MCV
MCH
MCHC
PLT
hemogram
BASO
EOSINO
NEUTRO
LYMPHO
MoC
津
俊
明
臨床化学
03/8/8
8/28
9/22
11/5
12.6
356
10.5
31.5
88.5
29.5
33.3
18.5
6.4
317
8.9
27.8
87.7
28.2
32.2
30.8
7.4
395
11.1
33.5
84.6
28.1
33.2
24.8
7.3
455
12.2
38.1
83.7
26.8
32.0
30.7
(%) 0.1
(%) 0.1
(%) 84.0
(%) 8.9
(%) 6.9
0.1
7.5
62.1
23.5
6.8
0.5
15.5
58.0
20.3
5.7
0.1
8.4
61.2
21.8
8.5
(×103/µ l )
(×104/µ l )
(g/dl )
(%)
(fl)
(pg)
(g/dl )
(×104/µ l )
03/8/8
TP
Alb
T-Cho
AST
ALT
LD
CK
ALP
γ GT
T-Bil
UN
CRE
Na
K
Cl
Glu
凝固
03/8/8
PT
(s)
INR
(%)
(23-38 秒)
APTT
Fib
(132-368mg/dl)
出血時間
(分)
(Duke 法)
8/28
14.2/12.7
1.1
82.1
37.6
488
8.0
9/22
11/5
CRP
13.7/12.6
1.1
86.1
34.9
4.5
(g/dl ) 6.3
(g/dl ) 3.2
(mg/dl )
(8-35IU/l ) 18
(4-30IU/l ) 31
(120-230IU/l ) 202
(55-270IU/l ) 18
(90-300IU/l )
(10-47IU/l )
(mg/dl ) 0.9
(mg/dl ) 16.8
(mg/dl ) 0.92
(mEq/l ) 130
(mEq/l ) 4.5
(mEq/l ) 97
(mg/dl ) 122
(mg/dl ) 17.37
8/28
9/22
11/5
7.1
4.0
163
15
16
167
35
224
36
0.5
10.5
0.89
138
5.0
7.3
4.2
155
14
7
175
37
243
23
0.3
12.4
0.79
141
4.6
8.0
4.7
174
15
12
166
278
22
0.6
12.7
0.79
142
4.6
101
103
100
96
96
98
0.67
0.20
出血傾向を認める患者にはまず,既往歴として
過去の出血歴の有無(抜歯や出産,手術時の止血
2.0
状況),家族歴,薬剤の服用歴を確認する.血小
板・血管の異常では,出血斑は小さく点状出血
(petechia)で浅在性の鼻出血や下血が多いのに対
1.出血傾向
し,凝固因子の異常では関節内出血や筋肉内出血
出血傾向とは,1.正常では出血しない程度の
などの深部出血が特有で,遅延性の出血もみられ
軽い刺激により,または全く刺激なしに出血す
る.出血傾向のスクリーニング検査としては血小
る(閾値の低下),2.血管損傷や手術の際に過剰
板数,プロトロンビン時間(PT),活性化部分ト
出血を起こす(量や持続時間の増大)のいずれか
ロンボプラスチン時間(APTT),出血時間を実施
を指す.出血傾向(止血異常)に関与する因子は
する(表2).スクリーニング検査がすべて正常の
1.血管(血管内皮細胞と内皮下組織),2.血小板,
場合は,血管性紫斑病,血液凝固 XIII 因子欠損
3.血液凝固因子,4.線溶因子,であり,出血傾
症,プラスミンインヒビター欠損症,軽症 von
向の原因もこの 4 つに大別できる(表1).
Willebrand 病などを疑う.
- 50 -
Reversed C.P.C.
表1
出血傾向をきたす主な疾患・病態
文献 1)より引用改変
1.血管壁の異常
先天性:血管内皮下障害:Ehlers-Danlos 症候群,Marfan 症候群
血管内皮障害:遺伝性出血性末梢血管拡張症(Osler 病)
後天性:血管内皮下障害:単純性紫斑,老人性紫斑,ステロイド紫斑
血管内皮障害:アレルギー性紫斑病(Schölein-Henoch 紫斑病)
2.血小板の異常
1)減少:産生の低下:薬剤性,放射線照射,再生不良性貧血,白血病
破壊の亢進:特発性血小板減少性紫斑病,血栓性血小板減少性紫斑病,
薬剤性
分布の異常:脾機能亢進症
増加:原発性:本態性血小板血症,その他の骨髄増殖性疾患
反応性:炎症性疾患,悪性腫瘍
2)機能異常:内因性:血小板無力症,Bernard-Soulier 症候群
外因性:von Willebrand 病,尿毒症,血漿蛋白異常症,薬剤性
3.血液凝固の異常
血友病などの先天性凝固因子欠損症,循環抗凝血素,抗凝固剤投与,ビタミン K 欠乏
4.線溶の異常
血栓溶解剤投与,プラスミノゲンアクチベーターの増加,プラスミンインヒビター欠損
5.複合異常
播種性血管内凝固症候群(DIC),肝疾患
表2
血小板
出血時間
PT
出血傾向のスクリーニング検査
APTT
延長
正常
外因系凝固
正常
正常
正常
延長
内因系凝固
正常
正常
延長
延長
共通・複合凝固
低下
延長
延長
延長
複合
低下
延長
正常
正常
血小板減少
正常
正常
正常
延長
正常
延長
正常
正常
正常
正常
後天性
肝疾患,ワルファリン投
正常
延長
主な原因
欠陥部位
正常
正常
文献 2)より引用改変
与,ビタミン K 欠乏
ヘパリン投与,循環抗凝血
素
先天性
Ⅶ因子欠損
血友病 A,B
肝疾患,抗凝固薬投与,ビ Ⅴ,Ⅹ,Ⅱ因子欠損,異常
タミン K 欠乏,線溶亢進
フィブリノゲン血症
DIC,肝疾患
特発性血小板減少性紫斑
病,薬剤性
血小板機能異常
尿毒症,血漿蛋白異常症, 血小板無力症,顆粒放出異
薬剤性
常症
von Willebrand 病
血管・線溶異常 血管性紫斑病
軽症 von Willebrand 病,
ⅩⅢ因子欠損
合である.ADP,コラゲン,エピネフリン,トロ
2.止血機構 3)
ンビンなどの血小板凝集惹起物質が受容体に作用
血管が破綻し出血が起こった場合,止血の第一
すると,ホスホリパーゼ A が活性化され,Ca の
歩は血管内皮の傷害により露出した血管内皮下へ
存在下で膜のリン脂質からアラキドン酸を遊離し,
の血小板の粘着である.この粘着は血管内皮下の
シクロオキシゲナーゼ(COX)により,プロスタグ
コラゲンやフィブロネクチンと血小板膜糖蛋白
ランジンエンドペルオキサイド PGG 2・PGH 2に
GP I b との von Willebrand 因子(vWF)を介した結
変換される.血小板内に留まったエンドペルオキ
- 51 -
Lab.Clin.Pract. (2004)
サイドはトロンボキサン合成酵素によりトロンボ
子とⅩ因子が結合し,Ca イオンの存在下で,プ
キサン(TX)A 2に変換される.TXA 2は強力な血小
ロトロンビンをトロンビンに転化する(プロコア
板活性化作用を有し,凝集・顆粒放出を惹起する.
グラント活性 ; 血小板第 3 因子).さらに,血小
また,血小板に刺激が加わるとイノシトール 3 リ
板の GPⅡb-Ⅲa はフィブリンと結合し血餅収縮
ン酸(IP3)や G 蛋白などの second messenger が活
を起こす.フィブリンはトロンビンにより活性化
性化され,蛋白のリン酸化および細胞内の遊離
されたⅩⅢ因子により安定化し,止血血栓となり
Ca 増加を導き,血小板は変形や凝集・顆粒放出
止血が完了する(二次止血).
をきたす.一方,血小板外に放出されたエンドペ
3.出血時間 4)
ルオキサイドは血管内皮細胞に取り込まれプロス
タサイクリン合成酵素によりプロスタサイクリン
出血時間の測定法は,耳朶を穿刺する Duke 法
PGI 2 に変換される.PGI 2 は血小板の受容体と結
と上腕にマンシェットで40mmHg の圧をかけ前
合後,アデニル酸シクラーゼを活性化し,cyclic
腕に一定の切創を加える Ivy 法があり,いずれも
AMP の生成を促進する.cyclic AMP は IP 3の作
切創を加えて出血してから湧出する血液が自然に
用に拮抗し,血小板凝集・顆粒放出を抑制する.
止血するまでの時間を測定する.Duke 法は古典
cyclic AMP はホスホジエステラーゼで分解される.
的方法で日本ではよく行われているが,切創が一
このように血小板の刺激-活性化には多くの生理
定になり難く,環境温度にも影響されるため,再
活性物質が関与し,バランスを調整している.活
現性に乏しい検査である.基準値は 5 分以内とさ
性化された血小板は膜糖蛋白 GP II b-Ⅲa の構造
れる.Ivy 法には種々の改良法があり,Template
変化をきたし,相互にフィブリノゲンを介して接
(型板)を用いて切創を一定にした Template Ivy 法
着し,凝集を惹起して血小板内の α 顆粒(β- トロ
やディスポーザブル器具で切創を加える Simplate
ンボグロブリン ; β TG,血小板第4因子 ; PF4,
法があり,基準値は 10 分以内である.Duke 法は
vWF,フィブリノゲン,トロンボスポンジン,な
血管収縮から一次止血完了まで,Ivy 法は上腕を
ど)と濃染顆粒(ADP,ATP,セロトニン ; 5-HT,
加圧して毛細血管の影響を除いているため,血小
など)を放出する.こうして凝集した血小板は,
板粘着から一次止血完了までが反映される.従っ
活性化され放出反応を示し,さらに多くの血小板
て,出血時間は,血小板数,血小板機能,vWF,
を呼び集め(正のフィードバック),凝集塊は次第
血管(内皮下組織コラゲン)の異常により延長し
に成長して血小板血栓ができる(一次止血).変化
(表3),凝固因子障害では正常である.血小板減
した血小板膜(リン脂質)上では,活性化したⅤ因
少症で出血時間が延長するのは当然であり(7~10
表3
出血時間延長の原因
文献 5)より引用改変
1.血小板自体の異常
・量的異常-血小板減少症
・機能異常-先天性:血小板無力症,放出機構異常症,Bernard-Soulier 症候群
後天性:薬剤性(抗血小板薬,NSAIDs,など),尿毒症,血漿蛋白異常症
・本態性血小板血症,骨髄異形成症候群
2.血小板機能に関与する血漿蛋白の異常
・von Willebrand 病
・先天性無フィブリノゲン血症
3.血管の異常
・遺伝性出血性末梢血管拡張症(Osler 病)
・Ehlers-Danlos 症候群
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Reversed C.P.C.
×104/µ l 以下で出血時間の延長をみる),明らか
2µg/ml , コ ラ ゲ ン
な血小板減少時には出血時間を実施する意味はな
1.5mg/ml 以上の濃度の凝集惹起物質を添加して
い.血小板数が正常で出血時間が延長している場
も凝集が起こらないか,あるいは最大凝集率が低
合には,血小板機能異常や von Willebrand 病を考
下(50%以下)する場合に凝集低下と判定する.一
えるが,日常診療ではアスピリンなどの非ステロ
次凝集の欠如は GPⅡb-Ⅲa とフィブリノゲンの
イド系抗炎症剤 ; NSAIDs や塩酸チクロピジン
相互作用の異常時に起こり,その他の凝集異常の
®
(パナルジン )などの抗血小板薬の服用例が多く,
4µg/ml , リ ス ト セ チ ン
大部分は二次凝集の欠如・低下をもたらす.
詳細な薬剤服用癧の聴取が必要となる.術前のス
血小板機能異常症は先天性と後天性に分けられ
クリーニング検査として出血時間を実施している
る7).先天性は稀であるが,それぞれ特徴的な血
施設も未だに多いが,手術時の出血量と出血時間
小板凝集曲線を示す.ADP・エピネフリン・コラ
との間に相関はなく,治療方針が出血時間の結果
ゲン刺激により一次凝集の減弱・二次凝集欠如の
により変更されることも少ない.このため,術前
パターンは血小板無力症で,一次凝集正常・二次
スクリーニングとしての出血時間には意味はなく,
凝集欠如のパターンは顆粒放出異常症で,リスト
出血傾向の既往歴や薬剤服用歴,家族歴の詳細な
セチン凝集の特異的減弱は von Willebrand 病と
聴取で充分と考えられる.
Bernard-Soulier 症候群で認められる.重症な出
血に対しては血小板輸血が行われる.一方,後天
4.血小板凝集能 6)
性血小板機能異常症は,頻度も高く,種々の疾患
クエン酸ナトリムにて採血した血液から遠心に
に随伴する 8)9) .また,血小板機能以外の出血性
より多血小板血漿(PRP)と乏血小板血漿(PPP)を
要因が付加されている場合もある(表4).特に,
作成して PRP の透過度を 0%,PPP の透過度を
薬剤は血小板機能に影響を与える10).抗血小板薬
100%に設定し,凝集惹起物質を添加後の血小板
やアスピリンをはじめとする非ステロイド性抗炎
凝集塊の形成を透過度の増加として検出する
症剤 ; NSAIDs はよく知られている.脳循環代謝
(Born 法).低濃度の ADP やエピネフリンで刺激
改善薬や冠動脈拡張薬は作用からも血小板凝集抑
した場合,まず血小板の形態変化(円盤状→球状
制は推測できるが,三環系抗うつ剤や抗生物質な
化)が生じて透過度は軽度低下した後,凝集反応
どの思わぬ薬剤が血小板機能に影響して出血傾向
の開始とともに上昇するが,顆粒の放出を伴わな
をもたらすことがあり,注意が必要である(表5).
いと血小板凝集は次第に乖離し,透過度は再び低
後天性血小板機能異常症に特徴的な血小板凝集曲
下する(一次凝集,可逆的凝集).これに対し,コ
線はないが,一般的に ADP,エピネフリン,コ
ラゲンおよび高濃度の ADP・エピネフリン刺激
ラゲンによる二次凝集の低下を認める.後天性血
では顆粒の放出反応をきたして持続的な凝集が生
小板機能異常症の治療は,基礎疾患の是正が基本
じ,透過度はプラトーに達する(二次凝集,不可
であるが,重症な出血に対しては酢酸デスモプレ
逆的凝集).一般に ADP 10µmol/l,エピネフリン
シン ; DDAVP(デスモプレシン®)の静注または皮
表4
主な後天性血小板機能異常症と要因
文献 7)より引用改変
1.慢性腎不全(尿毒症);透析可能物質(グアニド酢酸など)による血小板機能の抑制
2.血漿蛋白異常症;M 蛋白の血小板や血管壁への吸着
3.肝疾患;FDP よる血小板機能の抑制+凝固因子異常,血小板減少
4.骨髄増殖性疾患,骨髄異形成症候群;α 2受容体の減少,顆粒放出障害
5.SLE,ITP;膜糖蛋白に対する自己抗体+血小板減少
6.心肺体外循環;低体温や心肺装置による血小板活性化,顆粒放出障害+線溶亢進
7.薬剤性;アラキドン酸代謝の阻害,血小板 cyclic AMP の増加,受容体の阻害(表5)
- 53 -
Lab.Clin.Pract. (2004)
表5
文献 8),9),10)より引用改変
血小板機能に影響を与える薬物
1.アラキドン酸代謝の阻害
ホスホリパーゼの阻害;副腎皮質ステロイド
シクロオキシゲナーゼの阻害;非ステロイド性抗炎症剤 NSAIDs
アスピリン,ジクロフェナク(ボルタレン®),など
トロンボキサン合成酵素の阻害;オザグレル Na(キサンボン®,カタクロット®)
塩酸オザグレル(ドメナン®,ベガ®)
遊離 Ca に拮抗;Ca 拮抗剤(ヘルベッサー®,など)
アラキドン酸の遊離に拮抗;イコサペント酸エチル(エパデール®)
2.血小板 cyclic AMP の増加
アデニル酸シクラーゼの活性化;PGI 2(ドルナー®,プロサイリン®)
リマプロストアルファデクス(オパルモン®)
ホスホジエステラーゼの阻害;シロスタゾール(プレタール®),
イブジラスト(ケタス®),
酒石酸イフェンプロジル(セロクラール®)
;テオフィリン(テオドール®)
血中アデノシンの増加;ジピリダモール(ペルサンチン®,アンギナール®),
塩酸ジラゼプ(コメリアン®)
3.受容体の阻害
ADP 受容体阻害;塩酸チクロピジン(パナルジン®)
セロトニン受容体阻害;塩酸サルポグレラート(アンプラーク®)
トロンボキサン受容体阻害;ラマトロバン(バイナス®),トラピジル(ロコルナール®)
α 2受容体阻害;麦角アルカロイド(ヒデルギン®)
非特異的受容体阻害;抗ヒスタミン剤(レスタミン®,ポララミン®)
三環系抗うつ剤(トフラニール®,トリプタノール®)
フェノチアジン系薬剤(ウインタミン®,コントミン®)
4.膜糖蛋白の阻害;抗 GPⅡb-Ⅲa 剤
5.その他
血小板膜に結合;ペニシリン・セフェム系抗生物質
トロンビンに拮抗;アルガトロバン(ノバスタン®,スロンノン®),ヘパリン
血小板に吸着;デキストラン
下注やアプロチニン(トラジロール®)の点滴静注
5.症例の経過と解析
が有効である.アスピリンや塩酸チクロピジン
(パナルジン®),イコサペント酸エチル(エパデー
®
2003 年 7 月 22 日,発熱あり.手持ちの抗生物
ル )の作用は不可逆的で,作用を受けた血小板が
質を服用するが,その後も周期的に発熱を繰り返
血液中を循環している間(血小板寿命の 8~12 日
していた.8 月 5 日夕,近医を受診し,39℃の発
間)は凝集抑制効果がみられるが,他の薬剤では
熱と心雑音を指摘され,心臓超音波検査にて大動
投与を中止すれば,数日で機能は回復する.
脈弁の疣贅と無冠尖より右房へのシャントが認め
一方,ADP 0.5µmol/l,エピネフリン 0.01µg/ml,
られた.血液培養にて Streptococcus pyogenes が検
コラゲン 0.5µg/ml 以下で二次凝集がみられるか,
出され,感染性心内膜炎+バルサルバ洞動脈瘤破
10 分以内に自然凝集がみられる場合を,凝集亢
裂と診断された.心拡大傾向が認められたため,
進と判断する.凝集能の亢進は,動脈血栓症,心
8 月 7 日に手術目的にて当院心臓血管外科に紹介
筋梗塞,脳梗塞,骨髄増殖性疾患,ネフローゼ症
入院となった.PCG(ペニシリン G®) 3,000 万単
候群などで認められる.
位/日+GM(ゲンタシン®) 120mg/日の投与により,
発熱は 3 日で解熱し,抗生物質は有効と考えられ
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Reversed C.P.C.
図1
血小板凝集能検査(2003/9/1)
ADP 4µmol/l にても二次凝集は欠如し,エピネフリン 2.0µmol/l で二次凝集は低下,コラゲン 1.0µg/ml で凝集
はみられない.
た.GM は 8 月 15 日で中止し,PCG は 9 月 4 日
では,ADP 4µmol/l にても二次凝集は欠如し,エ
まで続行され,その後,CEZ(セファメジン α )
ピネフリン 2.0µmol/l で二次凝集は低下,コラゲ
6g/日に変更された.8 月 9 日未明に耳鼻科的処置
ン 1.0µg/ml で凝集はみられない.11 月 5 日(図
を必要とした鼻出血をきたし,その後も鼻出血が
2)には,ADP 4µmol/l での二次凝集はやや低下す
断続的に出現した.8 月 28 日に実施した出血時
るが,エピネフリンとコラゲンによる凝集は正常
間は 8 分と延長しており,貧血も進行していたた
化している.抗生物質の他には血小板凝集能に影
め,当初に予定されていた 9 月 9 日の手術は延期
響を与える薬物は投与されておらず,抗生物質に
となった.9 月 22 日の出血時間は 4.5 分と正常化
よる血小板凝集能低下と診断した.
®
し,貧血も改善したため,10 月 9 日に開心術(バ
α カルボキシル基(-COONa)を有するペニシリ
ルサルバ洞動脈瘤破裂手術)が実施された.10 月
ン系抗生物質(PCG,ABPC,SBPC,TIPC,な
20 日以降解熱し,10 月 23 日には CEZ を中止し,
ど)を投与すると,血小板膜に非特異的に結合し
10 月 26 日に退院となった.出血は浅在性の鼻出
て血小板凝集関連部位(受容体)をブロックし,血
血であり,出血時間の延長は血小板減少を伴わな
小板凝集の抑制・出血傾向をきたすことが報告さ
かったため,後天性血小板機能異常症,特に薬剤
れている11).投与量に依存して凝集能低下・出血
による血小板機能異常を考え,血小板凝集能検査
時間延長をきたし,その効果は投与 1 から 3 日後
を実施した.9 月 1 日の血小板凝集能検査(図1)
にピークとなり,薬物を中止しても数日は影響が
- 55 -
Lab.Clin.Pract. (2004)
図2.血小板凝集能検査(2003/11/5)
ADP 4µmol/l での二次凝集はやや低下するが,エピネフリンとコラゲンによる凝集は正常化している.
床医 2003; 29: 1674-7.
残る.セフェム系抗生物質の一部(CET,CTX,
CEZ,LMOX,など)にも同様の効果を示すもの
がある.セフェム系抗生物質の投与後,ビタミン
K 欠乏による出血傾向も報告されている.抗生物
質 投 与 に よ る 腸 内 細 菌 叢 の 抑 制 や N-methyl
tetrazolethiol ; NMTT 基などの特殊な構造による
2) Wallach J: Interpretation of Diagnostic Tests, 7th ed.
Philadelphia: Lippincott Williams & Wilkins; 2000.
p447.
3) 渡辺晴明: 血小板の機能. 検査血液学. 臨床病理
1994; 特 97 号: 84-9.
4) 川合陽子: 出血時間・毛細血管抵抗試験. 臨床
医 2002; 28 増: 854-5.
ビタミン K の酸化還元サイクル障害がビタミン
12)
K 欠乏の原因である .感染症に対して抗生物質
5) 高見秀樹, 玉井佳子: 出血時間延長. 血液疾患診
療マニュアル(池田康夫, 他編). 日本医師会雑
を投与中に出血傾向が出現した場合は,DIC など
を考えがちであるが,抗生物質の副作用としての
血小板減少,血小板機能異常,ビタミン K 欠乏
誌 2000; 特別号 124: S94-5.
6) 加藤 淳: 血小板機能検査. 血液疾患診療マニュ
アル(池田康夫, 他編). 日本医師会雑誌 2000;
による出血傾向もあり得ることに注意が必要であ
特別号 124: S126-7.
7) 久米章司: 血小板機能異常症. 検査血液学. 臨床
る.
文
病理 1994; 特 97 号: 224-9.
献
8) George JN, Shattil SJ: The clinical importance of
1) 小山高敏: 出血傾向を認める患者への対応. 臨
- 56 -
acquired abnormalities of platelet function. N Engl
Reversed C.P.C.
J Med 1991; 324: 27-39.
9) 松野一彦: 血小板凝集能. 臨床検査 1996; 40:
11) 小池和夫, 小林 裕, 村松 学, 他: 抗生物質投与
69-72.
10) 杉山正康: 薬の相互作用としくみ. 東京: 医歯薬
1985; 22: 1365-78.
12) 白幡 聡: 後天性凝固異常. 血液病学(三輪史朗,
後にみられた出血傾向の 8 例. 診療と新薬
出版; 2001. p166-70.
他編). 東京: 文光堂; 1995. p1298-1302.
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